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2016年9月11日 (日)

続々・奥の細道擬紀行(続編) 伊勢神宮内宮(前編)

御木本(みきもと)道路(県道32号)の宇治浦田西交差点には内宮駐車場の案内表示が出ています。
 
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すぐ先の宇治浦田交差点を右折して国道23号(伊勢街道)に入り、約600m進んだ内宮(ないくう)前交差点の先に駐車場がありましたが、A1駐車場(53台)は混雑しているようで奥のA2駐車場(207台)に案内されました。ちなみに、料金は1時間まで無料ですが、2時間になると500円、以降30分ごとに100円加算されます。ちょうど午後1時になりました。
 
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広い駐車場内にある歩行者用通路を歩いてロータリーの先にある内宮(皇大神宮)の大鳥居(高さ7.44m)を潜(くぐ)って五十鈴川(いすずがわ)に架かる宇治橋を渡ります。
 
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皇大神宮(内宮)の案内看板には、『皇室の御祖神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)は約2000年前(水神天皇の御代)に皇居を出て、各地を巡(めぐ)ったのち、この五十鈴川のほとりに静まった』 と説明されています。注、「天照大御神」の正式名は天照坐皇大御神 (あまてらしますすめおおみかみ)
 
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神宮司庁のhpによると、三輪の御諸(みむろ)の宮(奈良県桜井市)、つまり現在の大神神社(おおみわじんじゃ)に祀(まつ)られた三種の神器のひとつである天照大御神(八咫鏡、やたのかがみ)を、崇神天皇の皇女・豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)と皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)は天照大御神に仕える斎王(さいおう)となり、天照大御神を祀る(鎮座する)より良い場所を求めて諸国を巡行(じゅんこう)しました。

 

その移動中に一時鎮座(ちんざ)した場所は元伊勢(もといせ)と呼ばれる、宇太(うだ)の阿貴(あき)の宮(奈良県宇陀市)、佐佐波多(ささはた)の宮(同上)、 伊賀の穴穂(あなほ)の宮(三重県伊賀市)、阿閇拓殖(あへつみえ)の宮(宇陀市)、淡海(おうみ)の坂田の宮(滋賀県米原市)、美濃の伊久良賀波(いくらがわ)の宮(大垣市の北方に位置する瑞穂市)、伊勢の桑名の野代(のしろ)の宮(三重県桑名市)、鈴鹿の小山(おやま)の宮(同亀山市)、壹志(いちし)の藤方(ふじかた)の方樋(かたひ)の宮(亀山市)、飯野(いいの)の高宮(たかみや)(三重県松坂市)、多気佐々牟江迤(たけささむえ)の宮(三重県多気郡明和町)、玉岐波流磯(たまきはるいそ)の宮(伊勢市磯町)、佐古久志呂(さこくしろ)宇治の家田(やた)の田上(たがみ)の宮(伊勢市楠部町)の14か所(三輪の御諸の宮を含む)です。そして、現在の地・宇治(うじ)に鎮座(ちんざ)することになりました。注、外宮に祀られる豊受大御神についても元伊勢が何か所かある

 

俗界と聖域を隔(へだ)てる橋と言われる宇治橋(長さ101.8m、幅8.4m)を渡ります。床板と欄干(らんかん)は檜(ひのき)で造られていますが、橋脚(きょうきゃく)は水に強い欅(けやき)が使われているそうです。ちなみに、内宮は右側通行と決められています。注、手水舎までは緩衝(かんしょう)地帯
 
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流木から橋脚(きょうきゃく)を護(まも)る木除杭(きよけぐい)が上流側(右手)にあります。
 
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西詰北側の2本目の擬宝珠(ぎぼし)は撫(な)でるとご利益(りやく)があるとされます。橋の安全を祈って宇治橋と対面する位置にある饗土橋姫(あえどはしひめ)神社の萬度麻(まんどぬさ)が収められているそうです。ちなみに、宇治橋は式年遷宮と時期を4年前にずらして(20年毎に)架け替えられますが、この擬宝珠だけは古いものが使い続けられていて、約400年の歴史があるとのこと。注、写真は勘違いで撮影した反対側(東詰南側)の擬宝珠
 
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この大鳥居は内宮の旧正殿の棟持柱(むなもちばしら)が使われ、外側の大鳥居は外宮の棟持柱が用いられているそうです。同行者は私のあやふやな知識を鵜呑(うの)みにして一番端の擬宝珠にさわっています。
 
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宇治橋を渡り終えると右手の神苑(しんえん)に参道が続いていました。
 
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「皇大神宮(内宮)宮城図」には、「手水舎」「御手洗場」を経て、L字型に折れ曲がる参道の先に正宮があることが示されています。
 
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境内の池から五十鈴川に流れる掘川に架かる「火除橋(ひよけばし)」を渡ります。この川が結界でもあるのでしょう。ちなみに、掘川は防火用に設けられた水路です。
 
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右手にある「手水舎(てみずしゃ)」に寄りました。
 
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「一の鳥居」を潜(くぐ)ります。
 
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五十鈴川縁の「御手洗場(みたらし)」
 
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その先、木立の中にある皇大神宮所管社「瀧祭神(たきまつりのかみ)」は五十鈴川の水神「瀧祭大神(たきまつりのおおかみ)」を祀(まつ)る社殿を持たない神社で、板垣の内側には神体の石が祀られているそうです。ここは、参拝する人がほとんどなく、静かな空間でした。
 
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参道に戻ると、「二の鳥居」の先に「内宮神楽殿」が見えて来ました。
 
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小雨が降り始めたため、「内宮神楽殿」には雨宿りする姿があります。
 
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(続く)

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