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2016年10月14日 (金)

「超高速名城巡り」<山陽・山陰編①> 国宝「姫路城」(その5)

「にノ門」(櫓門)を潜って「二の丸乾曲輪」へ向かいます。狭い通路の先にある「にも門」は門柱・冠木(かぶき、横木)・大戸・くぐり戸まで一面鉄板で覆(おお)われており、中の通路が右に折れ曲がった鉄壁の防御を誇っています。中に入ると天井が低く、階上の床板を外せば、櫓の上階から侵入する敵を攻撃できる構造になっているそうです。
 
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生垣に沿う順路は姫路城の中核部へ向かいます。前方には「乾小天守」「ロの渡櫓」「東小天守」が並んでいました。
 
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その先にある「ほノ門」は石垣上の土塀の一部を切り欠いた埋門(うずみもん)であり、「にノ門」と同様に門柱・冠木・大戸が総鉄板張りになっており、しかもは冠木が極端に低く、上り階段になっていおり、多数の敵兵が速やかに侵入することを難しくする備えがあります。ちなみに、右上にあるのは「油壁」と呼ばれる高さ2.8mの漆喰土塀(しっくいどべい)より硬(かた)い防御用の壁とのこと。ちなみに、軒瓦は松平家の「三つ巴」。
 
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石段を上がった「腰曲輪」から見上げた「乾(いぬい)小天守」(右)と「ロの渡櫓」(左)です。ちなみに、「腰曲輪」は天守の腰の部分にあたることから付けられた名前です。注、乾は北西の方角を指す
 
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その脇、天守の石垣(左)と「油壁」の間(少し奥まった場所)に「水一門」がありました。両側の鏡柱に冠木(かぶき)を渡して切妻屋根をかけただけの簡単な棟門です。籠城した時に、「ほノ門」を入った北側にある「ロの渡櫓(多門櫓)」内にある井戸から水を運ぶことになるため、天守の入口までに続く6つの門に水の名が付けられたそうです。また、このエリアは「水曲輪」とも呼ばれるそうです。
 
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「水一門」を入って左に折れました。写真は振り返って見た「水一門」と「油壁」です。
 
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天守の石垣が一部だけ金網で保護されています。案内看板には、『「姥ヶ石」(うばがいし)は石垣の間詰(まづ)め石として積まれたもので、羽柴秀吉にまつわる伝説がありますが、実際は池田輝政(てるまさ)が築いた石垣です』 と説明されています。
 
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水二門」(胸門)は天守の石垣と「二の櫓」(本来は三の櫓)の間にある幅が約3mと狭い門です。奥に「水三門」が見えます。ちなみに、「水一門」からは緩(ゆる)やかな下り坂になっていました。
 
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その軒瓦(のきがわら)の装飾は「水一門」と同様、池田家の家紋「揚羽蝶(あげはちょう)」ですが、秀吉の時代に姫路城主であった木下家定(豊臣秀吉の正室「寧々(ねね)」の兄)の家紋「七五の桐(きり)」に似た「三七の桐」も混在しています。
 
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「乾小天守」(左)と「ハの渡櫓」(右)
 
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「水三門」はさらに小さな門で、扉の横幅は1.5mほどしかありません。これも石垣の一部を切り抜いた埋門です。
 
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「西小天守」脇の上り坂と石段の先(右手)に天守閣の入口があるようです。
 
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「水四門」の先には左手へ向かう石段が控(ひか)えています。
 
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さらに左に折れた「水五門」の手前には仮設通路が設けられていました。上部が鉄パイプと金網で覆われていて見にくいのですが、「水五門」の上部(櫓の部分)は大天守と西小天守をつなぐ2階建ての「二の渡櫓(わたりやぐら)」になっているそうです。
 
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左に折れた場所にある「水六門」から西小天守の地階を経由して天守閣に入ります。ここで履物はビニール袋に入れて携行する必要がありました。このように登閣ルートは複雑ですが、簡略化すると「乾小天守の脇を抜けたあと「西小天守」をほぼ周回する「数字の9」に似た形をしているのです。
 
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「西小天守」と繋(つな)がる「ハの渡櫓」にある幅が狭くて急な階段で1階へ上がります。
 
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「小天守」(1階)の窓から見た西方向の景色です。「水二門と「水三門」の間の順路」(手前)、「にノ門」(右端)、そして「化粧櫓」「ろノ門」「はノ門」(中央)、「百間廊下」(左)を一望することができます。さらに、「百閒廊下」の先には「姫路城十景」のビュースポットに登録されている「景福寺公園」の木立が見えます。
 
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「二の渡櫓」を経て大天守の地階から1階へ上がりました。北方向には「腰曲輪」の「多門櫓」の先に「シロトピア記念公園」(ふるさとの森、1989年シロトピア博跡地)の緑地は広がっています。こちらも「姫路城十景」のひとつです。
 
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「平成の大天守閣保存修理」の案内看板には、『昭和の大修理から約半世紀が過ぎ、屋根や壁面の破損劣化が進行したため、平成21年(2009年)から約6か年計画で本格的な保存修理工事を開始した』 ことが修理工事の経緯とともに説明されています。

 
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大天守閣の縮尺骨格模型(展示)
 
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(続く)

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