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2016年12月 9日 (金)

さようなら、ソニービル 「It's a Sony展」(最終回)

薄型になった「ポータブルCDプレイヤー D-J50(1991年)」
 
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世界発MDウォークマン第1号機「ポータブルMDレコーダー MZ-1(1992年)
 
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4型液晶カラーモニターを搭載し、日本全国の地図をCD-ROM1枚に収録した「ナビゲーションシステム NVX-F10(1993年)」(写真右)
 
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「メモリースティック(1998年)(左手前)、デジタルスチルカメラ DSC-F505K(1999年)」(中)、「デジタルビデオカメラ DCR-VX1000(1995年)」(右)
 
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デスクトップ型「パーソナルコンピューター PCV-T700MR(1997年)」とノートブック型「パーソナルコンピューター PCG-505(1997年)」、それらの後方はもちろん「AIBO(アイボ)の歴代製品群(10数種類)」
 
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「パームトップコンピューター PTC-300(1991年)」(左)と電話用の「インテリジェントダイヤラー IDS-300(1991年)」
 
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2000年代のフロア(4階)に移動しました。プレイステーションが大きな存在ですが、それ以外はソニーらしさを感じさせる製品はほとんど見られないのが残念です。ちなみに、後方に映し出されている映像は懐かしい「ウォークマンのCM」(1987年)です。
 
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家庭用ゲーム機で先行する任天堂やセガ(2001年に撤退)の追撃に成功した「プレイステーション SCPH-1000(1994年)」はROMカセットではなくCD-ROMを採用したことに特徴があり、良い意味でも悪い意味でもソニーの挑戦魂を象徴するヒット商品。ユニークな開発責任者・久夛良木健(くたらぎけん)氏の斬新な発想・強烈な熱意と当時5代目社長でありオーディオのデジタル化を推進した大賀典雄氏が社内に根強かった反対論を退けた英断で商品化が実現したといわれます。
 
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プレイステーションの開発当初は任天堂とソニーが友好的に共同開発する関係にありましたが、ソニーに主導権を握られることを嫌った任天堂が実質的に決別した経緯があるようです。その後も両社は主力商品の“Wii”と“PS3”でトップ争いを続け、2010年を境にソニーが任天堂を凌駕(りょうが)して圧倒的なシェアを獲得して現在に至っています。そして、12月7日にソニーはスマホ向けのゲームを来春には市場に投入すると発表しました。ライバルの任天堂は今月中にスマホ向けゲームを発売するとしていますから、大手の家庭用ゲーム・メーカーがいよいよスマホ市場へ相次いで参入することで、市場がさらに活況となうと考えられます。

 

上段はプレイステーションの国内生産・出荷が発売から3年間で(1997年に)1000万台を突破したこと記念する「ゴールドモデル」、下段は左から「プレイステーション3 CECH-4000A(2012年)」、「プレイステーション3(2009年)」、「プレイステーション2 SCPH-7000(2004年)」
 
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「プレイステーション1(PS one) SCPH-100(2000年)」(左)と専用液晶モニターを搭載した「プレイステーション1(PS one) SCHP-140(2001年)」
 
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薄型軽量を追求した「パーソナルコンピューター PCG-X505/P(2003年)
 
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世界初の「BDレコーダー BZ-S77(2003年)」
 
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長さ約1mの有機ガラス管を振動させて1台で奥行と立体感あるクリアな音を360度へ広げるユニークで高音質な「スピーカーシステム(サウンティーナ) NSA-PF1(2009年)」
 
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46インチ型液晶ハイビジョンテレビ「BRAVIA(ブラビア) KDL-46X1000(2005年)」
 
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このフロアにもロボットが展示されています。人とともに暮らすパートナーとして進化した犬型エンターテイメントロボット「アイボ ERS-7(2003年)」と、
 
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家庭内での使用に向けて安全性と耐久性・コミュニケーションの能力を高めた小型二足歩行ロボット「QRIO(クリオ)の試作機 SDR-4XII(2003年)」です。
 
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2003年に深刻な経営危機に陥ったソニーは3年後の2006年にリストラの一環としてエンターテイメントロボットの開発と生産を取りやめました。止むを得ない経営判断だったかもしれませんが、ソニーのイメージを損なうだけではなく、有能な人材の流出をもたらしたようです。

 

トリニトロン方式カラーテレビの大成功により薄型テレビ(液晶テレビなど)への転換が遅れたこと、ポータブル音楽プレイヤーの分野ではウォークマンの圧倒的な存在がありながらデジタル化ではアップルのiPadの独走を許したこと、の2つと並ぶ市場戦略の大失敗です。つまり、イノベータ―(改革者)の旗手でありながら「イノベーションのジレンマ」に陥った典型的な事例として語り伝えられています。

 

同社はそれに加えて、トップ経営者が技術革新よりも米国式のビジネススタイル(効率と利益重視)を追求したことで事態を悪化させ、2003年に巨額な赤字を計上して以来、事業改革の成果を十分上げることができず、10年以上も低迷を続けて来ました。今年6月にソニーの平井一夫社長はロボット事業を再開すると表明しました。他社が先行する中、遅きに失した感はありますが、ソニーらしさを取り戻すきっかけになることと、「さようなら、ソニー」にならないことを、50年来のファンとして切に願っています。

 

2000年代のフロアに展示される製品は高級品が目立ちました。まず、人の心に残る色・人の心に映る形・人の心に響く音を再現する最高価格テレビ「QUALIA 005(2005年)です。
 
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そして、総画素数210万画素の親指サイズ(超小型)「デジタルスチルカメラ QUALIA 016(2003年)」(左)と月15台だけ限定生産された「ポータブルMDプレイヤー QUALIA 017(2004年)」
 
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最期に、その上階(5階)にあるイノベーションラウンジにも上がりました。そこには“Hello, Sony Park!”(銀座ソニーパーク)のイメージ模型が展示があり、現在のソニービル(1966-2017.3)からPhase1銀座ソニーパーク+地下フロア(2018-2020)とPhase2新ソニービル(2022-)へ移行予定が紹介されていました。
 
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来年2月17日から始まる「It's a Sony展」の”Phase2”にも期待したいと思います。今回、約1時間をかけてソニーの創業以来の730製品を見ることができたことは貴重な経験でした。ちなみに、当ブログでは6年前に日立製作所の創立100周年記念の展示会を紹介しています。

 

ソニービルの正目口を出て裏手に回ってみました。同ビルの裏口も私にとっては懐かしい場所で、地下鉄日比谷線のB9出入り口に直結して便利であるため、よく利用したものです。
 
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銀座4丁目交差点へ向かい、日産クロッシングが1階と2階に入る銀座プレイスの4-5階に移転中の「ソニーショールーム/ソニーストア銀座も覗(のぞ)いてみました。外国人観光客が多数来店していますが、以前のような熱気は感じられませんでした。(終)

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