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2016年12月 5日 (月)

さようなら、ソニービル 「It's a Sony展」(その1)

日比谷線の銀座駅で下車しました。B10出入り口で地上に出ると、目の前に見慣れた建物があります。銀座ソニービルです。
 
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有楽町から西銀座の主要な建物(有楽町そごう、日劇、朝日新聞社など)がビックカメラと有楽町マリオンへと変貌するなか、ちょうど半世紀前の1966年から存在し続けてきたランドマークとも言える存在です。私が上京したのはこの2年後で、週末にはさしたる目的もなく、このショールームに立ち寄ったものでした。写真はとんがり屋根の数寄屋橋交番と東京高速道路の高架越しに見た有楽町マリオンと有楽町センタービル別館(右端)です。
 
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その銀座ソニービルがいよいよ来年には取り壊されて、建て替えられると知り、久しぶりに訪れることにしました。同ビルの1F-4Fに入店していたソニーショールームは9月24日に銀座5丁目の銀座プレイスへ移転したそうです。その空きスペースを利用して、「It's a Sony展」(Goodbye Sony Building, Hello Sony Park)が11月12日から開催(入場無料)され、過去から現在に至る同社の730製品が展示されていることを聞いたからです。一旦営業が終了する2017年3月31日まで開催されるカウントダウンイベントです。注、Part‐1(歴史的展示物):2016.11.12-2017.2.12Part-2(未来のPark): 2017.2.17-2017.3.31
 
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ソニービルは「花びら構造」(螺旋階段状のフロア構成)となっており、来館者は連続する空間を通って自然に上階へ導かれる舞台になっていますから、その順に展示品から抜粋して紹介します。(注、左手が入口)
 
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エントランス・ホールから一段高くなった“1D”にあるのは雑誌POPEYEとのコラボ展示”My Favorite Sony”コーナーで、POPEYEゆかりのゲストたちが愛好するソニー製品が展示されていました。最初はミュージシャン・俳優のピエール瀧さんが勧める「パーソナルLCDモニター “グライストロン“ PLM-50(1996年)」は2m先に52インチ相当が出現するという当時としては画期的なマイスクリーン(個人用ディスプレイ)です。(注、後方はエントランス・ホール)
 
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「コンパクトカセットテープ C-30(1969年)」は漫画家・イラストレーターのみうらじゅん氏の推奨するソニー製品です。
 
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そして、演出家・映画監督の大根仁氏は「デジタルビデオカメラレコーダー DCR-VX2000(2000年)」の高画質にまつわる思い出を紹介します。
 
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長場雄氏は「カッセットウォークマン “My First Sony” WM-3030(1988年)」(単三電池2本使用)を紹介します。斬新なデザイン(赤・黄・青の3色)でカラフルウォークマンと呼ばれました。ちなみに、私はカセットケースサイズの「カッセットウォークマン WM-20」(1983年10月発売)を海外出張時に愛用していました。未使用時にはカセットテープケースとほぼ同サイズアで、使用時にケースを引き延ばしてカッセットテープを収納し、単三乾電池一本で2.5時間(アルカリ電池の場合は5時間)動作しました。ヘッドフォンもそれに合わせた小型軽量化(かつ高音質)が図られていました。
 
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ソニー社長の平井一夫氏が推奨する「スカイセンサー ICF-5800(1973年)」は、私が社会人になって数年が経過したころに発売されたBCL用好感度ラジオで、大変興味がありましたが、アマチュア無線に熱が入っていたため購入することはありませんでした。
 
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その他、ANI(スチャダラバー)の「8mmビデオカメラ CCD-V89(1989年)、藤原ヒロシ氏の「プロフェッショナル ウォークマン WM-D6(1982年)」、コムアイ(水曜日のパンパネラ)の「ポータブルミニディスクレコーダー “MDウォークマン“ MZ-E55(1998年)、Tom Sachsの「MEGA BASS CFD-7755(1991年)」などの実機が展示されています。

 

2階(2A/2BC/2D)に上がると、そこからはソニー製品を年代順に見ることができました。
 
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最初の1940-1950年代は、ソニーの前身である東京通信工業が生み出した製品や「設立趣意書」などが並んでいました。その上には失敗作となった「電気炊飯器」とヒット商品となった「電気座布団」も展示されています。
 
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前列左端は「国連ビル」という愛称がついた「ラジオ TR-52(1955年)」はソニーがアメリカ市場に売り込むときにサンプルとして持ち込んだトランジスタラジオですが、顧客が求める10万台の量産体制ができておらず、破談に終わった製品です。実際はキャビネットの耐久性がないことが後から分かった失敗作だったそうです。2番目の「TR-55(1955年)」は日本最初のトランジスタラジオで、3番目はソニーを飛躍させた「トランジスタ」(三端子を持つ半導体能動素子)、そして右側の製品は当時世界最小の「トランジスタラジオ TR-63(1957年)」はソニーの本格的な輸出製品の第1号機となった製品です。
 
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参考のためにソニー設立時の状況を簡単に述べます。『終戦直後の1945年9月に疎開先の長野県須坂から上京した井深大(いぶかまさる)氏は仲間たちとともに、日本橋白木屋(デパート)の3階にあった電話交換室内に東京通信研究所を10月に設立。ラジオの修理と改造(注、戦時中に禁止されていた短波放送を受信する機能の追加)がヒットし、ついで電気炊飯器を手掛けたが記念すべき失敗作となる。翌1946年5月に東京通信工業を設立し、終戦直後に文部大臣を務めた井深の義父・前田多門(まえだたもん)になってもらい、専務に井深、取締役には旧知の盛田が就任した。』

 

そして、その設立趣意書には「真面目なる技術者の技能を最高度に発揮せしむべき、自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」を社是として会社設立の目的・経営方針・経営(事業)部門を具体的に述べているのは技術者である井深氏らしいものです。

 

ソニーがベンチャー企業として発展するきっかけとなった「テープレコーダー試作第1号(1949年)」
 
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日本で最初の「G型テープレコーダー(1950年)」はさっぱり売れなかったそうです。
 
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ソニーが開発した「磁気録音テープ Soni-Tape KA(1950年)」
 
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次いで開発された普及型の「H型テープレコーダー(1951年)」(写真右側)、左側はテープレコーダーの音声とスライド写真を組み合わせた映写機「オートスライド(Automatic Slide Projector) (1952年)」です。
 
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同じく携帯型(デンスケ)の「M型テープレコーダー(1951年)」
 
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(続く)

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