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2016年12月29日 (木)

賭博について考える

IR(統合リゾート)整備推進法案(議員立法)が国会を通過しました。大型ホテル、国際会議場、飲食店、商業施設など多彩なサービスを一体として提供する民間のリゾート施設建設を推進することを政府や自治体などに求める法律です。名前だけをみると産業振興を目的とする法律ですが、最大の論点はカジノを合法化することの是非にありました。カジノ法案とも呼ばれた所以(ゆえん)です。反社会的団体の関与とギャンブル(賭博)依存症(注、厚生労働省の研究班は依存症が疑われる人数を536万人と推計、成人の4.8%で海外先進国の平均約1%を大きく上回る)のさらなる増加に対する懸念があります。つまり、統合型リゾートは従来の複合型リゾートになかったカジノ(賭博場)の設置を民間企業に許可することがポイントです。

 

これを積極的に推進しようとする人たちの目的は何でしょうか。カジノで遊びたい観光客の期待に応えることで、国の内外から観光客をより多く集めることでビジネス機会を増大させ、税収と雇用を増やしたいのです。多くの地方自治体が候補地(最初は2-3か所が選定される見込み)に名乗りを挙げているなか、大阪府と大阪市が特に熱心だといわれています。経済活動の停滞(地盤沈下)が続くなか、テーマパークUSJの活況に手応(てごた)えを感じた大阪府と大阪市は二匹目のドジョウ(経済インフラ化と経済再生)を狙っていることは確かでしょう。大阪で2回目となる2025年国際博覧会(万博)の誘致との相乗効果(費用の軽減効果)も期待していると思われます。そして、陰では運営ノウハウを持つアメリカのカジノ・オペレーターが日本市場の開放を求めているといわれます。
 
ちなみに、バブル経済の真っただ中であった1987年に制定された総合保養地域整備法(通称リゾート法)によって全国各地で国や地方自治体が開発許可を与えて、38の道府県でリゾート施設が建設されましたが、バブル経済の崩壊もあって、そのほとんどが破綻(はたん)に瀕(ひん)し、約半数が廃業することになりました。唯一といえる例外はH.I.Sが経営に参加して梃(てこ)入れしたハウステンボスでしょう。国と地方自治体はこの大失敗にもめげず、今回のIR整備推進法によって、30年前のリゾート法と同じ発想の統合リゾートの開発を進めようとしているのです。失敗についての総括と反省を一切行うことがない(行う気がない)まま、日本の政治家と官僚による画一的で貧困な発想による大規模開発が繰り返されようとしいます。
 
先行する海外のカジノを概観しましょう。カジノは中世(18世紀)のフランスやイギリスで始まったとされ、19世紀にはモナコでも開設されました。1930年代のネバダ州に始まり10州で合法化されたアメリカではホテル形式のカジノが普及しました。何といっても有名な場所はネバダ州のラスベガスであり、次いでアメリカ・ニュージャージー州のアトランティックシティも知られていますが、過当競争により収益力が低下。現在、アメリカで最大といわれるカジノは1992年に開業したコネチカット州レッドヤードのフォックスウッズ。アメリカ以外では、南アフリカのクラークスドープ、ポルトガスのリスボン、オーストラリアのシドニー/ケアンズ/ゴールドコーストなど世界で120か国以上(2000軒以上)があります。ちなみに、
規模において現在世界最大のカジノは中国のマカオであり、同じアジアではマレーシアのゲンティン・ハイランド、韓国のソウル・釜山・済州島など10数か所、シンガポールのマリナ・ベイ・サンズとリゾーツ・ワールド・セントーサが知られています。

 

カジノの是非を論じることは本記事の目的ではありません。今回は日本におけるギャンブル(賭博)について歴史を振り返りたいと思います。辞書(ことばバンク)によると、賭博(とばく)とは「金品をかけて勝負を争うこと」「かけごと」とあります。また、その言葉は、「かけごと」を意味する「賭」と、「双六(すごろく)などサイコを用いた遊び」である「博」を組み合わせたものです。後者は金品を賭けておこなわれることが多いことから、「賭」と同様、「かけごと」も意味します。このため、賭博で世渡りをする人を「博徒(ばくと)」や「渡世人(とせいにん)」などの言葉があります。

 

ちなみに、賭博の起源は原始時代の占いとされます。枝・小石・動物の骨などを地面に投げて、その落ち方で未来(神の意志)を、占ったのです。古代エジプトや古代中国からギリシャやローマをはじめ、世界各地へ広まったとされます。古代中国の亀甲(きっこう)占い、古代ギリシャのダイス(サイコロ)、古代ローマのコイントスなどもあります。

 

日本でもっとも古い賭博に関する記述は「日本書紀」に天武天皇(685年)が紫宸殿(ししんでん)で諸官を集めて博戯(賭けをともない勝負事)を催したとあるそうです。このように支配階級から始まった賭博は庶民階級まで広まり、博打打ち(博徒)は一芸に秀でる職人として市民権を得ていたとのこと。時代劇に丁半(ちょうはん)賭博の賭場(とば)と博徒(ばくと)がよく登場します。鎌倉時代と江戸時代後期には幕府から風紀が乱れるとの理由から禁止令が出されましたが、衰えることはなかったと伝えられます。宝くじの起源である寺社が興行する富籤(とみくじ)も大変人気があったそうです。しかし、明治時代に入ると、賭博を忌避する現代の倫理観が政府の方針により生まれ(植え付けられ)ました。その理由は「真面目に働かなくなる」「社会を堕落させる」の2点だったそうですが、隠れた目的は博徒が主要メンバーであった自由民権運動(注、藩閥政治に反対して国民の自由と権利を要求した政治運動)を弾圧することにあったとされます。

 

現代においても賭博関連の特例法によって認められて全国に約100か所ある公営ギャンブル(競輪・競馬・競艇・オートレース)をはじめ、遊技(注、遊びごととして行う勝負事)であると黙認されているパチンコとスロット(約12万軒、遊技人口1000万人強)が隆盛を極めています。このことから分かるように、日本は古代からギャンブル(賭博)天国であり続けています。ただし、国や地方自治体の管理下で行うことと、財政的な貢献(テラ銭を独占)することが絶対的な条件です。

 

ところが、パチンコ(パチスロ)と賞金が高額化する宝くじやロットなどの影響、および経済の停滞により、公営競技(ギャンブル)の売上額は1991年をピークに減少を続け、多くの公営競技場が赤字を出し続けているそうです。つまり、本来の目的である財政貢献ができなくなっているのです。このため、21世紀に入ると公営競技廃止に踏み切る自治体が相次いで出ています。しかし、廃止するためには、関係者への補償金、原状回復費など巨額の清算費用を要することと、雇用を確保する必要があるため、赤字であるにもかかわらず廃止に踏み切れない自治体も存在するといわれています。公営競技はいまや原子力発電所と同じジレンマに陥(おちい)っているのです。

 

最後に蛇足ですが、個人レベルであってもお金や高価な品物が絡(から)む賭けごとすべて違法行為であることを強調したいと思います。例えば、友人や知人との賭け麻雀・賭けゴルフ(会社のコンペ他)・野球賭場など。賭け金が少額である、あるいは常習性がない、組織的ではないと認められる場合は罪を問われない(逮捕されない)こともありますが、その線引きは警察の判断によりますから(明文化されたラインはないので)、高(たか)を括(くく)っていると後で痛い思いをすることになることがあります。つまり、賞罰欄に前科(罰金刑・科料刑など)があることを書かなければならなくなるのです。注、1万円以下と規定されている科料を課せられた人は検察庁の前科調書に記載されるが、市町村役場の犯罪人名簿には記載されない

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