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2017年2月

2017年2月24日 (金)

代官山を散策する(最終回) 代官山通り

旧山手通りの向かい側(西側)には交差点の名称にも使われているデンマーク大使館(正式名称:ROYAL DANISH EMBASSY)があります。外壁の色調は異なりますが、建築家槙文彦氏によるヒルサイドテラスのプロジェクトの一部として1979年に完成。写真では正門の上にデンマーク王国のエンブレムが飾られているのが確認できます。
 
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 “HOLLYWOOD RANCH MARKET”(ハリウッド ランチ マーケット)は、アメリカンカジュアルをベースとしながらも、ウェアに加えてリサイクル素材、オーガニックコットン、アクセサリーや生活雑貨などライフスタイル全般に関する商品を提案しているセレクトショップ(店独自の視点で選んだ複数ブランドの商品を取り扱う店)です。
 
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代官山駅の歩道橋から見た代官山通り
 
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2011年6月に渋谷駅から代官山駅まで歩いた時に通過した通りですが、今回は下り坂を北方向へ歩きます。
 
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左手には「代官山アドレス ザ・タワー」(右)と「同 ジ・アネックス」(左)に隣接する公園があり、入口のオブジェには見覚えがあります。ちなみに、「代官山アドレス」はかつて「ヒルサイドテラス」と並んで代官山を象徴する場所のひとつであった同潤会(どうじゅんかい)アパートメント(1927年/昭和2年竣工、1996年/平成8年解体)の跡地に造られたそうです。
 
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道路の中央になぜか空き地がある場所は5年半前とまったく変わっていません。菜の花が寂しそうに咲いています。
 
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「セレサ代官山」の2階に入るMEXICO料理店「ラ・カシータ」は5年半前の飲み会で利用した店です。
 
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次の目的地へ向かうため「セレサ代官山」の手前で右に折れると、その隣に新しい施設”LOG ROAD DAIKANNYAMA”ができていますので立ち寄ることにしました。
 
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かつて東急・東横線の線路跡地(全長220mの細長い敷地)を利用して散歩路と5棟の商業店舗を有する施設(2015年4月オープン)が造られたとのこと。
 
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アメリカ西海岸を代表するライフスタイル複合セレクトモール“Fred Seagal”(フレッド・シーガル)が日本初上陸して第2棟から第4棟までの3棟の施設を利用し。また他2棟の施設では、クラフトビールを提供するブルワリー併設のオールデイダイニング”SPRING VALLEY BREWERY TOKYO”(スプリングバレーブルワリー東京)、サンフランシスコの人気ベーカリー”TARTINE BAKERY & CAFÉ”(タルティーン ベーカリー&カフェ、日本初上陸)が出店しているようです。

 

一番手前にある”SPRING VALLEY BREWERY TOKYO”のテラスにはテントが設置された客席があります。その場でつくられたクラフトビールが楽しめるブルワリー併設のオールデイダイニングとのこと。
 
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その隣(第2棟)はフレッド・シーガルがセレクトする食マーケット「ザ マート アット フレッド シーガル」とキッチンカー
 
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3号棟の「フレッド シーガル ウーマン」や4号棟の「フレッド シーガル マン」、5号棟の“GARDEN HOUSE CRAFTS” TARTINE BAKERY & CAFÉ”についても写真入りで紹介したかったのですが、植込みの中に撮影禁止との小さな表示をみつけたため、3号棟以降は見て歩くだけにしました。

 

坂道を上りきった最初の十字路で左折して、東急・東横線が地下トンネルに入る場所を探しました。コの字型のルートを辿(たど)って線路が見下ろせる場所に出ました。5年半前には地下化工事が始まっていましたが、その時にはこんな形になると想像できませんでした。写真を撮影するには線路をまたぐ跨線橋(こせんきょう)に上がる必要がありました。
 
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陽が傾いてきましたから、この日に飲み会が開催される恵比寿西二丁目にある鉄板焼きとお好み焼きの店「らんぷ」へ向かうため、なだらかな坂道を東方向へ下りました。(終)

2017年2月23日 (木)

代官山を散策する ヒルサイドテラスと代官山Tサイトガーデン(代官山蔦屋書店)

旧山手通りに戻りました。ヒルサイドテラスの案内図によると旧山手通りの西側にはA棟からE棟まで5棟が並んでおり、東側にはF棟からH棟まで3棟があるようです。
   
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『ヒルサイドテラスは住居・店舗・オフィスからなるスタイリッシュな複合施設で、1967年から1992年まで数期に分けて段階的に建設されてきた。このプロジェクトは、都市開発の進行過程を示すひとつのケーススタディとなっているが、各期は、それまでの教訓と都市の拡大に伴う新しい要求に従って変化してきており、その点において都市と建築に対する考え方の四半世紀に渡る変容の記録ともいえる。設計は建築家の槇文彦氏。』(出典:ヒルサイドテラスのhp)

 

『30年前は緑の生い茂った細長い傾斜地で、戦後所有地の大半を失った朝倉家が所有する建物が数棟あるだけだった。朝倉不動産は土地を活用するに当たって性急な開発を望まず、むしろ長期に渡り快適な場所として保たれるよう、環境の変化に徐々に適合させていくことを望んだ。』(同上)

 

一番手前はヒルサイドテラスのA棟(ショップ&レストラン)とB棟(同左)
 
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同じくC棟(同上)
 
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さらに北へ進むと逆L字型のフットプリントを持つヒルサイドテラスD
 
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それら2棟の間(デンマーク大使館交差点の前)を左手に入ると猿楽塚(さるがくづか)古墳・北塚(渋谷区史跡)がありました。
 
 
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猿楽塚の入口には鳥居が立てられており。S字型に折れ曲がった石段の参道がありました。ちなみに、高さ約5m、直径約20m。南塚は朝倉家住宅の敷地内(あるいはヒルサイドテラスC棟とE棟の間)にあると思われるが立入が制限されていました。 ちなみに、猿楽塚が猿楽町名の起源である。
 
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 ヒルサイドテラスC//E棟に囲まれるように6~7世紀の古墳時代末期の円墳が2基ありますが、そのうち高さ5mほどの大型の方が猿楽塚、もう一つの塚はいったん取り壊されましたが不幸なことが起きたため、埋め戻されました。ちなみに、2基の塚の間を初期の鎌倉街道が通っていて目黒川に下っていたとのこと。猿楽塚の上り口に鳥居が立っており、頂上部には朝倉家が建てた猿楽神社があります。甲州武田家の家臣であった朝倉家は武蔵国に移り住み、江戸時代には三田用水の水車で財を成し猿楽町一帯の土地を所有する大地主となったそうです。
 

猿楽神社の社殿
 
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その左手には小さな社(やしろ)と馬頭観音塚がありました。
 
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猿楽塚の奥に位置するヒルサイドテラスE棟(地上4階地下1階建、は住宅を中心とした建物です。ちなみに、3LDKの物件(専用面積124平米、33平米のバルコニー付き、1977年竣工)の賃料は75万円とのこと。

 

デンマーク大使館交差点を渡ってヒルサイドテラスF棟(右)とG棟(左)
 
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北側から見たヒルサイドテラスG
 
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生活提案型商業施設「DAIKANYAMA T-SITE(代官山 T-サイト)」の中核をなす「代官山蔦屋書店」に到着。1号館から3号館の3棟で構成されています。
 
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1号館(奥)と2号館(手前)の外観です。
 
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2階フロアに連絡通路があります。
 
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2号館と3号館
 
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1号館にはビジネスと文芸関連の書籍売り場とファミリーマート(1階)、映画と子供関連の書籍売り場(2階)、クリニック(3階)
 
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2号館には美術・デザイン・建築・自動車関連の書籍売り場(1階)、ラウンジ”Anjin”(2階)
 
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3号館には食物・料理、文具、旅行関連書籍の売り場とスターバックス(1階)、音楽関連フロア(2階)
 
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「蔦屋書店」の奥には120台収容できる駐車場とカフェ/ダイニング(イタリア料理)/バーがあるレストランの”IVY PLACE”、「ボーネルンド 代官山店」などの店舗が並んでいました。
 
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その北隣り(駐車場へのアクセス通路の反対側)はワイキキに本店を構えるハワイアン・カフェ・ダイニングの“ALOHA TABLE Daikanyama Forest”(アロハテーブル代官山)が入る代官山アートビレッジ
 
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ここで代官山駅方面へ引き返すことにしました。(続く)

2017年2月22日 (水)

代官山を散策する 旧朝倉家住宅(後編)

最初の部屋は玄関の左手にある応接間
 
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順路にしたがって2階へ上がりました。注、写真は2階側から写した階段
 
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2階階段の踊り場にある板戸
 
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『2階階段の踊り場にある板戸には、踊り場側に菊、その裏側には唐獅子牡丹が描かれています。

唐獅子牡丹は、日本では古くから描かれてきた画題ですが、旧朝倉家住宅では唯一の、中国的意匠ともいえるものです。作者は、1階の応接間にある襖や板欄間、板戸などと同様、狩野永信門下で、後に小堀鞆音、橋本関雪に師事し、文展や日本南画院などで活躍した日本画家、小猿雪堂と伝えられています。』

 

2階広間前の廊下
 
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2階広間
 
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階段を下りると中庭がありました。
 
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「杉の間(奥)」には床框(とこがまち、床畳または床板の端を隠すために用いる化粧横木)を省略した「踏込み床」が採用されています。
 
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「杉の間(表)」
 
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「杉の間(表)」側から奥(中庭側)を見た様子 注、「杉の間(奥)」の右手には「角の杉の間」がある

 
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『玄関左手の応接間、2階の広間は書院造で、長押(なげし)が鴨居(かもい)の上に打たれています。正式の接待を行う部屋の意匠(いしょう)は書院風にするのが習わしでした。一方、3間ある「杉の間」のうち、東側の角の一間は書院風ですが、奥の二間はくだけた意匠を持つ数奇屋風の座敷としています。特に南の部屋は、あらゆる杉材の木目を「板目(いため)」で見せる一風変わったものです。(以下略)』

 

同上から見た回遊庭園
 
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茶室
 
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その隣の「円窓の部屋」から土蔵前に出る廊下が続いています。
 
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「円窓の部屋」の向かい側にある洗面所はモダンな作りです。
 
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「杉の間」の前にある廊下を戻って第Ⅰ会議室に入りました。現在は洋風の設(しつら)えになっていますが、以前は仏間、中の間、寝間が並んでいたそうです。
 
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「朝倉家の歴史」と「重要文化財への指定」および「建物の特徴」と「庭園の特徴」がパネルで説明されていました。

 

「朝倉家の歴史」

『朝倉家の先祖は、江戸時代の享保・元文年間(1700年代)に、武蔵国渋谷の地に定住して帰農し、大地主になりました。その後、他家から養子となった金蔵が当主だった幕末頃から、精米業を営むようになりました・対象から昭和にかけて、東京府議会議長や渋谷区議会議長などを歴任した、当主虎治郎(金蔵の孫タキの夫)が大正8年、朝倉家の本宅として、現在地に旧朝倉家住宅を建設しました。』

 

「重要文化財への指定」

『対象8年に建設された旧朝倉家住宅は、接客のための座敷、家族向きの座敷や茶室など機能に応じて、異なる意匠(いしょう)でまとめられた良質の建物や、これらと一体になった庭園が良く保存されています。東京中心部に残る、関東大震災以前に遡(さかのぼ)る数少ない大正期の和風住宅として貴重であり、また、都市化が急速に進んだ周縁部(しゅうえんぶ)に営まれた住宅であることが、近代の和風住宅の展開を知るうえで重要であるとして、国の重要文化財に指定されています。』

 

「建物の特徴」

『旧朝倉家住宅は、木造2階建てで、ほぼ全室が畳敷き、屋根は瓦葺[かわらぶき]、外壁は下見板張[したみいたばり]、一部が漆喰塗となっています。明治時代から昭和30 年頃までに建設された大きな邸宅の特徴を顕著にあらわしています。主屋は2階建ての大規模な建築です。1階南側に10 畳の仏間、12 畳の中の間(居間)10 畳の寝間(現在はこの三間を一室の会議室に改造)、北側に納戸、女中部屋、事務室がそれぞれ並んでいます。2階は15 畳、12 畳半の二間続きの広間があります。(以下略))

 

「庭園の特徴」

『旧朝倉家住宅の庭園は、大正時代の和風住宅に対応した、庭の姿を随所に残している貴重な作例です。庭園は、玄関前の前庭[ぜんてい]、敷地南側に広がる主庭[しゅてい]、坪庭の中庭[ちゅうてい]に大別されます。主庭は、西渋谷台地の崖線部にあるため、斜面とその上部平地からなり、敷地外の眺望を借景[しゃっけい]として取り入れ、富士山や目黒川、田園風景が望めるような構成になっていました。(以下略)』

 

内玄関
 
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旧朝倉家住宅で唯一の洋間
 
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『旧朝倉家住宅に洋館はありませんでした。家族や財閥とは違い、様式の大規模な宴(うたげ)を開く必要がなかったからです。しかし立派な洋間を一部屋だけ玄関わきにつくりました。来客用に様式の接待ができるようにとの配慮からです。(以下略)』

 

20分ほど旧朝倉家住宅を見学した次の目的地へ向かいました。(続く)

2017年2月21日 (火)

代官山を散策する 旧朝倉家住宅(前編)

東急・東横線の代官山駅を午後3時ころに下車しました。中央口(中央改札)は5年半前に訪れた時と変わっていません。
 
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西口(北改札)方面へ移動して、歩道橋で代官山駅に直結するショッピングモール「代官山アドレス・ディセ」に入りました。正面に聳えるのはタワーマンションンの「ザ・タワー」(地上36階建、分譲/賃貸、501戸、2000年竣工)、左手は中層マンションの「ザ・レジデンス ウェスト」「同サウス」「同イースト」(左端から)が並んでいます。
 
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アドレス・ディセ」は以前の佇(たたず)まいのままです。
 
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代官山駅入口交差点から南へ歩き、旧山手通りの代官山交番前交差点に出て、旧山手通りに架かる横断歩道橋を渡ります。旧山手通りの左側(西側)に並ぶ建物は「ヒルサイドテラスウエスト」。
 
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「ヒルサイドテラスウエスト」を間近に見る前に歴史的建造物の「旧朝倉家住宅」(重要文化財)に立ち寄ることにしました。交差点の角にある代官山交番前とヒルサイドテラスA棟の間にある路地へ入ると門と案内看板がありました。渋谷区と目黒区の境界にありますが、所在地は渋谷区猿楽町(さるがくちょう)29-20です。
 
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左手に受付があります。観覧料は一般が100円ですが、60歳以上または障害のある日とは無料でした。ちなみに、公開時間は午前10時~午後6時(11月1日から2月末までは午後4時30分、入館は閉館時間の30分前)で、休館日は毎週月曜日(休日の場合は翌日以降の平日)
 
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旧朝倉家住宅は、猿楽町の南西斜面を利用して東京府議会議長を務めた朝倉虎治郎によって、大正8年(1919年)に建てられました。宅地北側に主屋(しゅおく)が建ち、西に土蔵、東に庭門や附属屋(ふぞくや、車庫)があります。このうち、主屋、土蔵および宅地が重要文化財です。なお、庭門および附属屋が附(つけたり)として指定されています。(以下略)』(出典:渋谷区のhp/旧朝倉家住宅、以下同じ)

玉砂利が敷き詰められたアプローチの左手に附属屋(車庫)があります。
   
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『旧朝倉家住宅には大正8 年の建設当初から車庫がありました。市街地化が急速に進む東京の周縁部[しゅうえんぶ]で、自動車は必須の道具となっていきました。屋根を支える洋風の構造、コンクリートの土間、両妻[りょうづま]の内側の波形[なみがた]鉄板など、普及し始めた頃の車庫の仕様を良く示しています。(以下略)』
 

その先にある主屋に向かって歩きましたが、主屋を見学する前に左手にある回遊庭園を散策することにしました。主屋の左手に庭門があります。
 
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回遊庭園から見た主屋
 
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傾斜地に造られた回遊庭園の順路が地形にしたがって設けられています。
 
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主屋の奥に近づきました。
 
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順路は猿楽塚側の出口に至るとの標識があり、主屋の奥には蔵がありました。
 
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『2 階建ての母屋と平屋からなる主屋の西側に、中庭を取り囲むように連結している蔵は、鉄筋コンクリート造、切妻2階建ての建物です。住居である主屋とは妻側で連結しており、平側になる南の壁の各階と、反対の北側2階に観音扉の窓があり、1階の窓は銅板一文字葺(どうばんいちもんじぶき)の庇(ひさし)が覆(おお)っています。』

順路は出口専用の扉の前で終点です。主屋を見学していませんので引き返すことにしました。
 
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主屋の中央部分の近くを通過
 
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主屋の玄関前に出ました。
 
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玄関のたたき(三和土、敲)脇にある鍵付きの下足箱を利用して館内に入ると上り口に館内の案内図がありました。
  
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順路にしたがって廊下を進むと、大変珍しい木製レールの説明看板を見つけました。
 
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『明治時代になると、障子戸はガラス戸へと変化します。重くなったので、ガラス戸には車輪が組み込まれ、敷居の代わりに鉄のレールの上を戸が行き来するようになりました。旧朝倉家住宅のガラス戸は足元が鉄ではなく、一つ一つのレールが短いため交換も簡便だったと思われます。(以下略)』
 

(続く)

2017年2月17日 (金)

大崎副都心の高層ビル群(後編)

目黒川の下には首都高速中央環状線(C2)が通っています。
 
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タワーマンションの「アートヴィレッジ大崎ビュータワー」(28階建、2007年竣工)に沿って左手にカーブしました。
 
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オフィスビルの「アートヴィレッジ大崎セントラルタワー」(22階建、2006年竣工)
 
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オフィスビルの「大崎フロントタワー」(15階建、2005年竣工)
 
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オフィスビルの「大崎センタービル」(17階建、2009年竣工)
 
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大崎ニューシティ」の入り口付近を通過。後方に「TOC大崎ビルディング(1号館)」、「大崎センタービル」と「大崎フロントタワー」が並んでいる様子が見えます。
 
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オフィスビル(E棟/W棟)と商業施設(ゲートシティプラザ)がある「ゲートシティ大崎」(地上24階建、1999年竣工)の正面
 
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目黒川に行き当ると対岸に「神戸製鋼東京本社ビル(ONビル)」(地上21階建、1990年竣工)が目の前に現れました。
 
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目黒川に架かる居木(いるき)橋の上から見た「ゲートシティ大崎」のE棟とW棟です。ちなみに、左手前は「品川清掃事務所」。
 
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大崎駅に戻って新東口から新西口側へペデストリアンで移動すると、目の前にはオフィスビルの「シンクパークタワー(ThinkPark」(地上30階建、2007年竣工)が聳(そび)えていました。大崎駅新西口とはペデストリアンデッキ(歩行者専用の高架通路)で結ばれています。
 
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床面積はワンフロア約900坪と広く、天井高は2.8mと高くなっており、都内屈指の整形無柱空間(コアや外殻を利用して広い面積の室内に柱が出ない空間)を誇っています。ThinkPark Tower を中心に、ショップ&レストランが連なるThinkPark Plaza、屋外多目的スペースのThinkPark Arena、そしてホテル、フィットネスクラブ、メディカルセンター等により構成され、JR大崎駅前に広がるThinkPark Forestの中に有機的に配置されています。

 

その左隣りにあるのは「NBF大崎ビル (旧:ソニーシティ大崎)」(地上25階建、高さ140m、2011年竣工、2013年改称)はヒートアイランド現象を低減する外装が特徴で2014年に日本建築学会賞作品賞などを多数受賞。現在もソニー部ループ企業が引き続いて入居してようです。ちなみに、手前を横に伸びるのは大崎駅新西口から「シンクパークタワー」を経由して続くペデストリアンデッキ。
 
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オフィスビルの「大崎ウィズシティ」(地上24階建、2014年年竣工)とその後方にある高層マンションの「ルサンクス大崎ウイズタワー」(地上25階建、2013年竣工)です。これらのビルにも幅の狭いペデストリアンデッキが伸びています。
 
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前者は鋼管内に高強度かつ流動性の高いコンクリートを充填(じゅうてん)したCFT 柱と、鉄骨大梁(おおばり)によるラーメン架構にブレース型の制振装置を組み込んだ構造形式を採用して、整形無柱空間を実現しているそうです。後者は、総戸数204戸、間取りがワンルーム~3LDKと多様です。

 

「シンクパークタワー」と「NBF大崎ビル」の間を抜けると右手に高層マンションの「ウエストレジデンス大崎」(20階建、2008年竣工)がありました。後方に少し見えるのは「大和ロイネットホテル東京大崎」。
 
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「シンクパークタワー」に沿って左手に折れます。
 
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NBF大崎ビル」の西側壁面はオフィスビルとは思われない外観です。東側に成型無柱ワークプレイス、非常時の避難動線および雨水を循環して気化させるルーバーを配置し、西側にはコア(建物の構造骨組みの中核となる階段・トイレ・パイプシャフトなどの共有部分)を集中させたことによると思われます。
 
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同ビルの南面には非常時の避難階段が設置されているのが確認できます。
 
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NBF大崎ビル」の西側にはオフィスビルの「大崎ウエストシティビル」(地上7階建、2009年竣工)と品川区で最大級といわれるタワーマンションの「大崎ウエストシティタワーズ(W/E棟)」(地上39階建、1084戸、分譲賃貸、2009年竣工)が並んでいます。ちなみに、間取りは1LDK~4LDKとのこと。
 
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オフィスビルの「大崎ウィズシティ」(左)と高層マンションの「ルサンクス大崎ウイズタワー」(右)を西側から眺めました。
 
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東海道新幹線の高架橋の先にも建設中の高層ビルがあります。
 
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「大崎ウィズシティ」の脇にある歩道を歩いて散策の終点地である大崎駅へ戻りました。(終)

2017年2月16日 (木)

大崎副都心の高層ビル群(前編)

所用で品川区北品川を訪れました。最寄駅はJR山手線の品川駅と大崎駅ですが、より近い大崎駅で下車。用事を済ませたあと、再開発が目覚ましい大崎駅周辺(大崎副都心)の高層ビル群を巡ってみることにしました。ちなみに、東京の副都心には良く知られる新宿・渋谷・池袋に加えて、上野・浅草、錦糸町・亀戸、臨海(有明・青海・台場・東八潮)、そして大崎の計7か所があります。
 
大型の建造物が好きな私は当ブログで数多くの高層ビルを紹介しています。主なものを挙げると、「西新宿副都心」「品川駅東口」「汐留エリア」「渋谷ヒカリエ」「有明」「赤プリ」「東京ステーションシティ」「都心のビル」「三軒茶屋」「名古屋駅前」「名古屋の高いもの」「丸の内キッテ」「大阪府咲洲庁舎」「横浜みなとみらい」「日比谷通り」「池尻大橋」「グランルーフ」「新梅田シティ」「仙台展望室SS30」「仙台の展望室 AER」「高松シンボルタワー」「横浜ランドマークタワー」「亀戸天神」「虎の門ヒルズ」「二子玉川」「グランツリー武蔵小杉」「阿倍野ハルカス」「丸の内仲通り」「住みたい街武蔵小杉」などの記事です。

 

大崎駅周辺の再開発エリアは東口地区(大崎)、目黒川以北地区(北品川/東五反田)、西口地区(大崎)の3つに分けることができますから、その順番に紹介することにします。大崎駅の東口を出て透明なハーフチューブ形の屋根があるペデストリアンデッキを抜けると、複合施設の「大崎ニューシティ」(1987年竣工)の低層階2階の屋上にあたる噴水と緑の屋外広場「O(オー)パティオ」に出ました。
 
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左手にあるオフィスビルの「TOC大崎ビルディング(1号館)」(20階建、1987年竣工)
 
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その奥にはホテル「ニューオータニイン東京」(13階建、412室、1987年竣工)
 
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右手にあるオフィスビルの「新大崎勧業ビルディング(4号館)」(地上20階建、1087年竣工)
 
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その奥にあるオフィスビルの「日生ビルディング(3号館)」(21階建、1987年竣工)
 
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屋外広場「O(オー)パティオ」を抜けると、目黒川の対岸にオフィスと商業施設・住宅が共存する「パークシティ大崎」を構成する4つのビルのひとつ、「大崎ブライトタワー」(中、地上31階建、2015年竣工)と「パークシティ大崎ザ・レジデンス」(左)、「御殿山ハイツ」(右)が眼前に現れました。
 
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タワーマンションの「パークタワーグランスカイ」を望むこともできます。
 
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目黒川側から見た「日生ビルディング(3号館)」
 
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同じく南隣にあるオフィスビルの「ゲートシティ大崎(E棟/W棟)」(地上24階建、1999年竣工)
 
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目黒川を渡った「グローリア初穂御殿山」の向い側(西側)にあるオフィスと商業施設、住宅が共存する「パークシティ大崎」のひとつ、「大崎ブライトタワー」(地上20階建、高さ92m、2015年竣工)
 
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オフィスと商業施設、住宅が共存する「大崎ブライトコア」(地上20階建、2015年竣工)
 
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同じく住宅棟の「パークシティ大崎ザ・タワー」(地上40階建、734戸、賃貸、1LDK~3LDK2015年竣工)と「大崎ブライトプラザ」(手前の低層ビル)
   
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狭い道を西方へ進むと「オーバルコート大崎」の「ビュープラザ」(地上10階建、UR賃貸、2001年竣工)に行き当たりました。
 
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同じくオフィスビルの「マークイースト」」(14階建て、2004年竣工)の先にあるのはくオフィスビルの「マークウエスト」(15階建て、2001年竣工)
 
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同じく中庭とタワーマンションの「ザ・パークタワー東京サウス」(30階建て、346戸、2001年竣工)
 
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表通りに出て北上した場所にあるのがオフィスと店舗が入る「大崎フォレストビル」(地上21階建、高さ109m、2011年竣工)
 
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西隣の日野学園を挟んだ西方にあるのが大崎駅前の「大崎ニューシティ」から見たタワーマンションの「パークタワーグランスカイ」地上44階建、736戸、2010年竣工)
 
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市街地開発事業で開発された「東京サザンガーデン」内のタワーマンションで、この他に親水広場、高層業務棟「東五反田スクエア」、中層住宅「東五反田レジデンス」を含みます。

 

「オーバルコート大崎」の「マークウエスト」の角まで戻り、
 
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さらに南下して山木橋に差し掛かると、目黒川の対岸(右手)にタワーマンション「ル・サンク大崎シティタワー」(27階建、254戸、2006年竣工)がありました。
 
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(続く)

2017年2月12日 (日)

高齢者による自動車運転を考える

交通事故はさまざまな対策が取られたことで事故数がピークに達した10年前の半数の水準まで低下(改善)された一方で、高齢者による交通事故、特に運転中に起こした事故が最近増えていることが、マスコミによって連日のように報道されます。交通事故の2件に1件、つまり半数が高齢者によることが耳目を集めているのです。

 

死亡事故では、高齢者が約3割を占めますが、年代別にみると、10代と80代が一番高く、次いで20代と70代、そして30代から60代までは大差がないという鍋底形の分布になっています。

 

また、65歳以上の男性ドライバーでは6割以上が中程度の認識症を抱(かか)えていることが日本老年医学会で報告されていますが、人は認知症だけではなく、加齢とともに運動能力が衰えることは避けられません。それも徐々に進行するため自身では気づきにくいのです。特に反射能力の低下は顕著といわれます。

 

一方、古い経験(なかでも良いこと)の記憶はいつまでも残りますから、現在の運動能力と経験記憶のギャップが拡大してしまうのです。つまり、昔は容易にできたことが今はなかなかできない状態に陥る一方で、逆に慢心(過剰な自信)が生まれます。しかも、それを自分で認識することはまれであることが厄介(やっかい)です。

 

高齢者による運転事故の原因は二つに大別できます。(注、認知症によるものを除く) それたは交差点での飛び出し事故と駐車場(あるいは料金所)におけるブレーキとアクセルの操作ミス(踏み間違い)です。自動車の運転に必要な基本行動は「認知」「判断」「操作」の三つですから、この行動に対応させて考えてみます。

 

前者の劣化要因として考えられるのは、「注意力散漫」、「判断力低下」、そして「視野狭窄(きょうさく)」などです。つまり、交差点を通過する時に必要な情報(交通信号、対向・横断・右折車両、歩行者など)を十分に収集および確認しないまま通過しようとすること、あるいは十分に収集したとしてもタイミング遅れ(あるいは不適切なハンドル操作)で通過しようとするケースです。出会い頭の衝突や一方通行区間を逆走して起こす正面衝突事故が代表例でしょう。

 

また、後者の事故原因は「運動能力の低下」によるペダルの踏み間違いに、あるいは踏み込む度合いを適切に制御できずに(強く踏みすぎて)運転者がパニックに陥ることです。コンビニの店内に突っ込む事故や立体駐車場から落下する事故などがこれに該当(がいとう)します。

 

以上の原因または要因を客感的に自己認識することは意外に難しいのです。ですから、助手席に乗る人(運転経験者)の意見を聞くことはかなり役立ちますが、最も有用だと考えられる方法はドライブレコーダーで撮影された運転状況の映像を再生して、自分の癖(くせ)や欠点を確認することです。

 

事故が起こった後、その原因を科学的に解明する手段としてはEDR(イベントデータレコーダー)と呼ばれる装置があります、この装置は事故の5秒前からの操作をデータとして記録することができます。

 

私は、車の加速または減速状況を確認しながらブレーキまたはアクセル・ペダルをゆっくり操作する(踏む)よう習慣付けることで、急な加速または減速を行わないように心がけています。この理由は快適さと安全性を重視するからなのです。最近になって、急な操作をしがちな運転者のために(フェイルセーフの観点から)、万一誤操作をしたとしても重大な事故を防止する仕組みが実用化されています。つまり、不適切なペダル操作による衝突事故を防止する技術としての安全運転支援システムです。

 

トヨタ自動車において、インテリジェントクリアランスソナー(ICS)という運転支援機能がいくつもの車種にすでに搭載されています。ICSはペダルの踏み間違いなどにより急発進した時には、バンパーなどに設置されたセンサーが障害物を検知して自動ブレーキを作動させる仕組みです。駐車場における暴走、あるいは交差点での信号待ち時や渋滞する道路の最後尾車両への追突を防止することが期待できます。

 

最後に、高齢者の運転に関心が集まり、その対策が検討されることは望ましいことですが、そのセンセーショナルな視点(高齢者による運転を罪悪視)に陥(おちい)るのではなく、「高齢者の自動車を運転する能力の個人差把握」「若年層が引き起こした交通事故の原因究明」「認知症患者の運転を制限するルール」などの総合的な対策が不可欠だと考えます。

 

長年、将来の夢として語られてきた自動運転については、ドライバーの責任において行われる加速・操舵・制動の実用化が数年後(2020年ころ)には、そしてシステムの責任で行われる自動走行システムは10年以内(2025年ころまで)に実用化(市場化)されると予測されています。

2017年2月 7日 (火)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(最終回) 亀山渓谷温泉郷「湖水亭嵯峨和」の立ち寄り湯

県道34号を3kmほど戻って国道410号に入り、君津市方面を目指しました。高度を上げた国道410号は君鴨(きみかも)トンネル(長さ696m)を抜けて鴨川市から君津市に入り、徐々に高度を下げながら名取交差点で国道465号と県道24号に行き当たりました。

 

どちらの道を選んでも良いようですが、カーナビの推奨する県道24号(久留里街道)を選んだところ、亀山温泉は狭い市道の先であることを示しています。なんとか広い道に行き当たって右折すると「亀山温泉湖水亭嵯峨和」の立て看板が目に入りました。注、写真は帰る時に撮影
 
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案内看板にしたがって左折し、さらに左に折れると「湖水亭嵯峨和」の敷地内にある広めの駐車スペースに到着。以前、国道465号をドライブした時に見かけた亀山ダム湖に近い亀山温泉にある旅館のひとつです。
 
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大きな三角屋根で山小屋の雰囲気を演出する建物に入ります。
 
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右手にあるフロントで利用料金(大人700円/人)を支払って、食事処の手前にあるロビーを抜けて右手に伸びる廊下を進み、左手に折れると、そこには女湯の入口がありました。注、食事をすると温泉入浴が無料(入湯税150円のみ)になるセットメニューもあり
 
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男湯はさらに先にあるようですから、客室の前を抜けました。
 
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脱衣所はかなり小ぶりですが、右手前に鍵が掛かるロッカーもあります。
 
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壁に掛けられた温泉分析書には、泉質がナトリウム-炭酸水素塩泉(弱アルカリ性・低張性・冷鉱泉)と説明されています。先日、訪れた「綱島温泉湯けむりの庄」と同じ黒湯です。
 
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湯けむりが立ち込める浴室には小ぶりの岩風呂が設(しつら)えてありました。
 
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加温されている源泉(アルカリ性の冷鉱泉)が岩風呂へ流れ込んでいました。期待通りに濃い目の黒湯で、肌を滑らかに包みました。事前に確認した「湖水亭嵯峨和」のhpには露天風呂もあると説明されていましたが、宿泊者だけが利用できるのかもしれません。

 

同行者は入館した時にロビーで見かけた「韃靼蕎麦(だったんそば)アイス」を湯上りに食べることを楽しみにしていたようです。しかし、残念ながらその販売は終わってしまったようです。
 
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日が落ちて暗くなった国道410号を北上しました。木更津東ICの近くを抜けて行き当たった国道409号を西進して木更津北ICの前も通過し、行き当った国道16号を北上して、東京湾アクアライン連絡道の側道を西進しました。袖ケ浦ICにも入らず、往路と同様に木更津金田ICから東京湾アクアラインに入りました。
 
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同行者は、『いくつものICを通り過ぎたけど、なぜ入らないの? 高速道路の方が便利でしょ!?』 と口癖のようになっている質問を発しました。

 

強風が吹き抜ける東京湾アクアラインの橋梁区間を慎重に走行しました。最高速度は60km/hです。ちなみに、東京湾アクアラインは高速道路ではなく自動車専用道路ですから、標示がない限り、最低速度の制限はありません。
 
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「海ほたる」が近づきました。
 
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海底トンネル区間に入ります。
 
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海底トンネル内は通常通り時速80km
 
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浮島JCTが近づきました。
 
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午後7時半過ぎに帰宅。13時間弱のドライブになりました。走行距離は299.8km、平均速度は31km、燃費は27.1kmでした。
 
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<同行者のコメント> 何度もドライブした南房総ですが、どこをどう走ったのかはさっぱり分かりません。今回は漁港で海の幸を食べるのがテーマのひとつで、花を訪ねるのもテーマに入っていました。崖に造られた観音堂からの見晴らしがとても良かったことと、また黒湯の温泉を楽しむことができたこともうれしかったです。ただ、女湯は見晴らしが良くて(外から丸見えのようで)落ち着けませんでしたが・・。(終)

2017年2月 6日 (月)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(その6) 鴨川市の「大山千枚田」

走り馴れた国道410号(房総フラワーライン)で千倉町平磯や白間津(しらまづ)にある「露地栽培の花畑」を見るため立ち寄った道の駅「白間津花のパーキング」を通過したあと、より海岸線に近い県道251号を走ることにしました。千倉港を過ぎた北朝夷(きたあさい)交差点で国道410号に戻りました。ちなみに、変わった地名の「朝夷」は安房国にあった「朝夷郡」(現在の南房総市の一部と鴨川市の一部)に由来しているようです。

 

千倉町白子地区(内房線の千歳駅近く)で県道297号(房総フラワーライン)にそれてローズマリー公園前を通過し、フラワーライン入口交差点で国道128号に合流しました。その先は山が海岸線に迫(せま)って前方の見晴らしが悪くなりました。ここで鴨川灯台に立ち寄るために利用した県道247号にそれれば、当初の立ち寄り先の候補に入れていた「仁右衛門島(にえもんじま)」へことが行くことができます。約3万平方メートルの島(私有地)で、千葉県の名勝と新日本百景に指定されており、磯遊びやバーベキューを楽しむことができるそうです。ちなみに、観覧料金(渡船料含)は大人が1350円。

 

しかし、海が荒れており、時間が押して日が傾いてきましたから今回はスルーすることにして、国道128号で太海(ふとみ)を通過して安房鴨川駅に近い交差点を左折して県道34号(長狭街道)に入りました。7年前に鋸南町の保田から佐久間ダムへ花を求めてドライブしたことがある房総半島を横断する主要道路です。前回は西半分を利用しましたが、今回はその東半分を走る予定です。
 
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国道410号を横切って約3km、釜沼集落にある交差点(釜沼バス停付近)を左折して市道に入りました。目指すのは嶺岡の山並みに連なる県内最高峰の愛宕山(あたごやま、標高408m)の麓(ふもと)にある面積約4ヘクタールの急傾斜地(標高90~150m、東西約600m)に整備された大小375枚の田圃(たんぼ)が連なる棚田の「大山千枚田」で、日本の棚田百選に選ばれている東京に一番近い棚田として知られます。
 
当ブログではこれまでに日本の棚田百選のなかから、滋賀県高島市の畑棚田、長野県飯山市の福島棚田南河内の棚田や北摂・能勢町の長谷(ながたに)棚田、東三河・四谷の千枚田を紹介しています。ちなみに、「大山千枚田」は、河川やため池が水源ではなく、雨水だけで耕作する「天水田(てんすいでん)」で、として全国的に珍しいのだそうです。
 

 

緩やかな坂道を上がった場所で「大山千枚田」の立て看板を見つけました。
 
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写真を撮影していると地元の方が教えてくださいました。『大山千枚田はもっと上だよ!』 と。

 

トンネルを抜けて坂道を上がると見事な棚田が眼前に広がりました。
 
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さらに進んだところに駐車場(小型車20-30台分、無料)がありました。その奥では完成間近と思われる川崎市営トイレの建設工事が行われています。
 
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駐車場の辺りは棚田を観るにはベストポジションではなさそうです。
 
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そこで、車を下りて「棚田の里コース」の案内標識にしたがって上り坂を歩くことにしました。
 
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期待した通りに見晴らしが良くなってきました。畦道(あぜみち)を散策する人たちがいます。
 
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「大山千枚田」の説明看板
 
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駐車場がかなり遠くに見えます。畦道を歩いていた人たちは団体客のようでバスが迎えに着ました。ちなみに、黒い屋根は新築中のトイレです。
 
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一段高い場所に『刈り終へし 棚田に稲葉 青く茂り あぜのなだりに 彼岸花咲く』 と刻まれた御製碑がありました。
 
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天皇皇后両陛下が平成22年9月に「大山千枚田」を視察された時に、天皇陛下が詠まれた御製(ぎょせい、和歌)であるとの説明が脇の礎石に鴨川市長名で説明されています。

 

御製碑の脇から見る「大山千枚田」
 
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坂道をさらに上がると軽食と飲み物を提供するカフェ「棚田娯楽部」がありました。この裏手に古民家レストランの「ごんべい」があるようです。
 
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最高地点から見る「大山千枚田」の最も標高が高いエリアは棚田オーナー制度が実施されているようで、「A1」「A2」「A3」などと番号が振られています。調べると、「大山千枚田」では農業体験初心者向け(作業参加・交流型)の農業トラスト制度(一区画約百平米、年会費3万円)を運営しているとのこと。
 
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アンズの木を見かけました。古代に中国から伝わったことでカラモモ(唐桃)とも呼ばれる梅やスモモに近い品種だそうで、甘い果実を実らせるようです。
 
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最高地点で反対側(西方)を見ると棚田の造成(あるいは修復)作業が行われていました。
 
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陽がかなり傾いてきましたので、暗くならないうちに到着できるよう、最後の目的地へ急ぐことにしました。(続く)

2017年2月 5日 (日)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(その5) 相浜漁港の相浜漁業組合直営「相浜亭」

観音堂から間近に見えた船形漁港にある館山船形漁業協同組合直営の海鮮料理店「ふれあい市場」もありますが、この日は外海(相模湾)に面した相浜漁港にある同種の食事処で昼食を摂(と)ることを予定していました。県道302号と県道296号を経由して入った国道127号(館山バイパス)は立山市の中心部で国道410号(北条バイパス)に変わりました。右手の小山に見える館山城は、戦国大名の里見氏の居城跡で、現在は城山公園に三層四階天守閣(八犬伝博物館)になっており、江戸時代の文豪曲亭馬琴が著した「南総里見八犬伝」に関する資料が展示されているそうです。

 

山間を抜けて海岸に出た相浜交差点から県道252号にそれて漁港の雰囲気がある集落に入りました。「相浜亭は右折」の案内標識を過ぎると漁港がありますが、目的の相浜漁業組合直売所は見当たりません。何と、そこは相浜漁港ではなく布良(めら)漁港でした。7年前に布良鼻灯台を求めて立ち寄った場所であることを思い出しました。

 

地元の方に尋ねて相浜漁港は郵便局の脇の道に入って300mほど進んだ場所にあることが分かりました。先ほどの見かけた「相浜亭」の案内看板に従うべきだったようです。相浜漁港は布良漁港に比べると規模の小さな港です。
 
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干物が作られています。
 
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路上に駐車する車もありますが、相浜漁業集会所の横にある相浜漁協直営「相浜亭」の駐車場に車を停めさせていただきました。
 
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「相浜亭」とは反対側に目的とする「相浜組合直売所」を見つけましたが、店内にも人影がなく、呼びかけても返事がありません。開店休業なのでしょうか?定休日は翌日(火曜日)のはずですが・・。予約することが関連のサイトで勧められていたことを思い出しました。予約が入った時だけ営業するのかもしれません。 「海鮮バーベキュー」を楽しみたいと相原漁港まで遠出して来たのについていません。
 
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それではと、「相浜亭」へ向かいました。こちらもプレハブ造りの漁協直営店らしい佇(たたず)まいです。メニューに海鮮バーベキューは入っていませんが定食と海鮮丼がお勧めの料理のようで、駐車している車の多さから料理は期待できそうです。
 
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店内に入って驚きました。空席を探すのが大変なほど客が多いのです。テーブル席が約20席、小上がりと奥の席を合わせると30席以上はありそうです。注、小上がりの写真は相席だったこともあり食事を済ませた後に撮影
 
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注文を取る女性と配膳する男性が忙しそうに店内を動き回っています。小上がりの席でメニューを眺めて、私は伊勢海老の味噌汁に惹(ひ)かれて季節限定のイチオシ定食メニュー「相浜定食」(1500円)を、同行者は相浜漁協イチ押しの丼「海鮮丼」(950円)を選びましたが、注文を取ってもらうまでしばらくかかりました。
 
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そして残念なことに、この日は海老がないと言われたため、煮魚・刺身・天ぷらを組合せた「はらいっぺぇ定食」(1000円)に変更。伊勢海老は秋から春が旬ですが、折からの荒天(強風)で漁ができないのかもしれません。強風に煽(あお)られたプラスチック製の天井(実は屋根)が音を立てています。

 

入店しておよそ20分後に配膳されました。同行者の「海鮮丼」は見るからに新鮮でおいしそうです。
 
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私の「はらいっぺぇ定食」は品数が多く、ご飯もたっぷり盛られています。ご飯を食べきることはできませんでしたが、煮魚・刺身・天ぷら・ひじきの小鉢はいずれも美味しく完食できました。
 
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相浜漁港に到着して約1時間後には次の目的地へ向けて出発しました。港から国道410号(房総フラワーライン)に出る途中、海岸に打ち寄せる波の荒さに惹かれて平砂浦と相浜海水浴場方面を撮影しました。右手遠方に須崎の大山付近が写っています。
 
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国道410号を東進して白浜にある野島埼灯台の近くを通過。
 
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外海のためか岩場に押し寄せる波が一層荒く見えます。
 
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(続く)

2017年2月 4日 (土)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(その4) 普門院船形山大福寺の十一面観音立像

保田の街並みを抜けた大六(だいろく)地区で海沿いの脇道に入って大きな波が押し寄せる海岸線(大六海水浴場)を撮影しました。遠くに見えるのは鋸山(のこぎりやま)と明鐘岬(みょうがねみさき)です。
 
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安房勝山駅前を通過して南房総市に入りました。国道127号をそのまま進むと富浦地区にある道の駅「とみうら枇杷倶楽部」ですが、県道302号(内房なぎさライン)にそれて館山市に入りました。館山湾と船形山に挟まれた狭い回廊を抜け、大福寺の案内標識にしたがって左手の路地に入り、坂の上にある小型車用の駐車場に車を停めました。後で知りましたが、県道脇には大型バスが利用できる駐車場があったのです。

 

駐車場から境内に続く階段を上がると山腹をくり抜いた場所に朱に塗られたお堂が見えました。真言宗智山派大福寺の崖観音堂です。
 
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さらに階段を上がると一対の大きなソテツの木がある本堂の前に出ました。ちなみに、本尊は大日如来です。
 
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「崖の観音」と呼ばれるは朱塗りの観音堂が船形山(堂山)の岩肌に貼りつくように建っていることが分かります。本堂脇(右下)には「延命地蔵尊」が写っています。
 
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説明看板には次のように書かれています。『この観音堂の本尊は、養老元年(717年)に行基(668~749年)が投獄行脚の折に神人の霊を受け、地元漁民の海上安全と豊漁を祈願して、山の岩肌の自然石に十一面観世音菩薩(像高131cm)を彫刻したと言われます。その後、慈覚大師(794~863年)が当地に来錫(らいしゃく)した折に堂宇(どうう)が建設されたと言われます。(中略)さらに対象12年の大震災で観音堂・本堂が倒壊し現存の御堂は大正14年に、本堂は昭和元年に建てられて現在に至っています』

 

順路にしたがって観音堂へ向かいました。
 
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長い石段が一直線に伸びています。
 
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白いツバキが咲いています。
 
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石段を上りきると成田山と刻まれた石柱がある「お不動さま」がありました。千社札が所狭しと貼られています。
 
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右手の石段の先には、立ち寄った目的(目当て)である飛騨匠(ひだたくみ)の作と伝えられる舞台造りの観音堂が岩肌にへばり付いています。
 
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その石段の途中には斜めになった地層を見せる岩肌をくり抜いて作られた小さなお堂と、
 
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通路と思われる洞窟があります。
 
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観音堂の舞台に上がりました。
 
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「崖観音」の寺額
 
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御堂の装飾
 
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この日は風が強いためか御堂の扉は閉じられています。注、観音堂の内部十一面観音立像(磨崖仏、館山市指定有形文化財)の写真は大福寺のhpを参照
 
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館山湾(注、左端は船形漁港)と須崎方面を望むことができました。ちなみに、手前にある墓地の隣は大型バス用の駐車場で、左端に写るのは一般車の駐車場。
 
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真下には「本堂」の大屋根と「鯉(こい)の池」が見えます。
 
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観音堂に隣接する(左手にある)諏訪神社の社殿にも参拝したあと、傾斜が緩やかな女坂を利用して本堂脇へ下りました。
 
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その途中にも洞窟があるのを見つけた同行者は中を覗(のぞ)いて、『別の場所まで続いているみたいよ!』 と燥(はしゃ)ぎます。
 
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境内に咲く白梅
 
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正午が近づきましたので予定した食事処へ向かいました。(続く)

2017年2月 3日 (金)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(その3) 鋸南町にある「日本一の水仙の里」

保田漁港直営食事処「ばんや」に立ち寄ったあとは、鋸南町江月(えづき)地区の「水仙ロード」に向かいました。実は、7年近く前に「南房総の花と灯台(内房編Ⅰ)」で紹介したように、初春の花を求めて保田交差点から県道34号に入り、佐久間ダムを経由して県道184号で安房勝山駅までを走行した時に、県道184号から農道に入って山を越え、山の北側にある「江月水仙ロード」への立ち寄りを断念した経験があります。そこで、今回はそのリベンジ・ドライブとして、県道34号から「江月水仙ロード」を目指すことにしたのです。

 

国道127号を500mほど戻った保田交差点の角にある割烹「ゑびす屋」の前で道桁小さな立て看板にしたがって県道34号に入りました。
 
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JR内房線の踏切を渡った最初の交差点に次の案内標識を見つけました。保田神社の脇から右手に伸びる「房総ふれあいの道」で0.5kmの距離にあるようです。左手には寺のような建物が見えます。
 
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保田川を渡って行き当った丁字路にある道標には「水仙の里方面 JR安房勝山駅 4.1km」と表示されていますから、この先に「水仙ロード」があるのでしょう。
 
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300mほど先に「南房総・きょなん町 水仙の里散策の道」と表示された立て看板がありました。1番から5番まで立てられているようです。小さな駐車場がありましたが、車両の通行規制の表示は見当たりませんので、そのまま進むことにしました。
 
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菜の花畑の先に富津館山道路の高架橋が現れました。よく見ると、菜の花畑の周囲と護岸が施された小川(七面川)の両側に植えられている水仙がところどころで白い花を咲かせています。
 
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「水仙の里散策の道」の反対側にある斜面にも水仙が植えれていますが、その花はほんのわずかしか確認できません。

 

千葉県観光物産協会のhpの説明によれば、『江月地区では、出荷時期を過ぎ、観賞用となった日本水仙が、町道の両端約3km(江月水仙ロード)に渡って咲き乱れます。水仙まつりの期間中(2016年12月17日~2月5日)は、道沿いに地元農家による農産物の販売等が行われ、水仙の花も購入することができ、ひと足早い春の訪れを五感で実感することができます。土地の気候条件により、香りが豊かで背丈が長いのが特徴で、12月中旬から1月末ごろが見頃となります』 とありますが、暖冬のためか見ごろを過ぎてしまったようです。注、訪れた1月30日は遅すぎたようで、見ごろは1月上旬から中旬と思われる 

 

「水仙の里江月」の説明看板
 
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『安政年間(1854~1860年)から花づくりが行われてきた鋸南町保田地区の日本水仙は元名水仙と呼ばれ、船で江戸に運ばれたのが始まりといわれる。今では、鋸南町の水仙は、越前、淡路島とともに日本三大水仙群生地に挙げられる』(出典:花の名所案内)
 
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「水仙ひろば」が400m先にあるようです。
 
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江月の遠柿には雲をつくような巨人「デーデッポ」の足跡(窪地)があると説明されています。宮崎駿監督「もののけ姫」にも登場した巨人「デェタラボッチ」に代表されるように日本全国には巨人伝説があるそうです。
 
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源頼朝公「武士舞」を舞った場所の説明看板には「名馬池月」は江月で献上されたと書かれています。
 
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4年前の「洗足公園の桜」の記事で紹介した「名馬池月」にまつわる話ですが、千束八幡神社にある銅像「名馬池月」の台座には、『1180年(治承4年)に源氏再興のため挙兵した源頼朝は、石橋山の戦いに敗れた後、海路安房へと渡り、千葉常胤(つねたね)や上総介広常(かずさのすけひろつね)らの武将を従えて鎌倉へと向かう途中、洗足池の畔に宿営した時、どこからともなく青い毛並みで白の斑点を浮かべた野馬が飛来した。その野馬が「池に映る月影のよう」であったことから「池月」と名付けられて頼朝の乗馬とされた』 とありました。

 

水仙ひろば」に到着しましたが、人影はわずかです。
 
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Y字路のすぐ先にある説明看板には、『「馬つなぎ石」は源頼朝に献上された名馬池月がつながれた馬つなぎの石であり、江月は池月がなまった地名である』 と説明されています。
 
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斜面一帯が水仙畑になっていました。7年前に訪れた南伊豆の爪木崎の野水仙とは異なる山間の地に咲く江月の水仙が咲き乱れるシーンを思い浮かべました。
 
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山側も同様です。桃色の花がアクセントになっています。
 
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江月水仙ロードが他の農道と交差する十字路に差しかかりました。十字路の右手には地蔵堂」があり、その向かい側には富士山を望むことができる場所(海抜110m地点)がありました。山の稜線が重なった場所(鞍部)に富士山が見えるとの写真看板がありますが・・。「地蔵堂」の裏手に最後となる5番目の看板があるようです。先ほど通過したY字路は右手に進んでこの十字路に出るべきでした。ちなみに、「水仙ひろば」から「地蔵堂」までの区間が「江月水仙の里」の中心地のようです。
 
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ここにも桃色の花が
   
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「地蔵堂」がある交差点を200mほど直進すると最高地点の江月山頂に至ると表示されていますが、そこに車の方向転換ができる場所があるかどうかは知る由もありません。また、「地蔵堂」の周辺には車を駐車するスペースが見当たりませんから、心残りですが引き返すことにしました。後で詳細な地図を確認すると、「水仙ロード」をさらに進んで「見返り峠」を越して南へ向かうと、県道184号の北側に続く小川(佐久間川)沿いの農道を経て安房勝山駅へ向かうことができるようです。前回のドライブ旅で見た菜の花畑を通過する道なのでしょう。

 

保田交差点まで戻り、国道127号を南下して、次の目的地がある館山市へ向かいます。(続く)

2017年2月 2日 (木)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(その2) 保田漁港直営食事処「ばんや」

午前9時半ころ、鋸南町吉浜に到着して保田(ほた)漁協超区営食事処「ばんや」の広い駐車場に入りました。
 
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「ばんや日本料理館」はまだ営業していないようです。注、午前11時30分にオープン
 
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駐車場の全景
 
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駐車場の先には保田漁港と保田漁協がありました。
 
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海鳥が羽根を休めています。
 
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国道127号寄りの奥まった場所に「ばんや」の本店を見つけました。こちらは営業しているようです。注、午前9時30分にオープン
 
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「ばんや土産コーナー」(ショップ)の前を通過すると、
 
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「ばんや本店」の入口がありました。
 
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店内は左側半分ほどのテーブルが埋まっていました。写真は客がいない右半分のエリアで、入口脇に食品サンプルが並べてありました。
 
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入り口正面の目立つ場所にあるメニュー
 
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朝食は済ませていますから、本日のおすすめ品「刺身3点盛」を食べることにしました。テーブルにある伝票に注文したい品名とテーブル番号を客自身が記入するシステム。そして、お茶と水ももちろんセルフサービス。
 
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配膳された「刺身3点盛」の本日のネタは新鮮だと見てわかるタチウオ、ワラサ、スズキ
 
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舌鼓(したづつみ)を打ったあと同行者は「ばんや土産コーナー」(ショップ)を覗(のぞ)き、干物コーナーで「真あじ」と「本かます」を買い求めました。
 
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その隣にある土産物コーナーでは「くじらの大和煮」を2種類、「鯨の佃煮」、「磯のめぐみ」などを
 
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強風のためこの日は遊覧船が欠航でした。
 
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敷地内には高濃度の炭酸泉を24時間楽しめる「ばんやの湯」(立ち寄り湯&宿泊可)もあるようです。(続く)

2017年2月 1日 (水)

久しぶりの南房総ドライブ旅を満喫する(その1) 東京湾アクアライン

季節外れの温かさに誘われてドライブに出掛けました。最高気温が18度前後と四月上旬並みの温かさになるとの予想が出されたことで思い立ったのです。ドーン(黎明)になるのを待って自宅を出発し、午前8時前には首都高速道路の浮島JCTに併設されたIC(川崎市川崎区)から「東京湾アクアライン」(国道409号)へ入りました。ETC車割引料金は800円。夜来の雨が上がったことで快適な房総半島ドライブになるはずです。
 
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ちなみに、これまでは2006年の「富津岬・鋸山」、2007年の「七里川温泉」、2010年の「花と灯台」の各記事で房総半島の観光スポットを紹介してきました。そして、2012年にも房総半島をドライブする計画を立てましたが、「ちばアクアラインマラソン」で車の通行が規制されたために目的地を茨城に急遽変更して、キャンセルして以来です。

 

これまでのブログ記事では東京湾アクアラインを通過したと記しただけ、その詳細についてはほとんど触れていませんので、遅まきながらその概略に触れたいと思います。

 

東京湾アクアライン」(正式名称:東京湾横断道路)は約19年前の1997年12月18日に開通した全長15.1kmの自動車専用道路で、西側(神奈川県川崎市側)の海底トンネル(9.5km長)と東側(千葉県木更津市側)の海上橋(約4.4km長)で構成され、その境界には木更津側の人口島の「海ほたるPA」(休憩施設)が設置されています。また、海底トンネルの中央付近には川崎側の人工島である「風の塔」(トンネル内の換気用)もあります。

 

海底トンネル区間は直径14.14mの泥水加圧式シールド工法で建設されたそうです。つまり、直径が15m近くもあるシールドマシン(長さ13.5mの掘削機械)で水面下約60mを円形状に掘削しながら、その後方をコンクリート製の  で固めて造られたトンネルです。上り車線用と下り車線用の2本のトンネルが並行する形で掘削されましたが、工期を短縮するため川崎市浮島側と、先きに建設された海ほたる(木更津人口島)、そして、風の塔(川崎人口島)の3か所から8機のシールドマシンで掘削されたそうです。注、風の塔からは東西両方向に向けて掘削

 

ちなみに、「海ほたる」は水深31mの場所に建設された盛土式の人工島で、島の天端幅が100m、長さ方向が650mの大きさがあり、豪華客船をイメ-ジしたPA(休憩施設)が設置されています。「風の塔」(川崎人工島)は、トンネルの中央部に位置する外径約195mの円形で、トンネル内の換気を行うために設置された換気塔で、海面上96mの大塔と81mの小塔からなります。関心があるかたは「海ほたる」の1階にある技術資料館「うみめがね」(入場無料)に立ち寄ると良いと思います。
 
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「海ほたる」が近づくと警報が表示されていました。木更津市側ではまだ雨が残っているようです。
 
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例によって、「海ほたるPA」に立ち寄ることにしました。
 
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5階までエスカレーターで上がり、展望デッキの先にあるテラスから川崎側にある「風の塔」方面を撮影しました。「南房総の花と灯台」で紹介した写真と同じ場所ですが、前回とは異なりかなりの強風が吹いています。
 
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眼下には海底トンネルが「海ほたる」に上陸する部分と思われるエリアがあり、その脇にはシールドマシンの先端部のモニュメントが置かれています。ちなみに、円盤状のパネルに多数取り付けられた掘削歯は実際に使われたものだそうです。
 
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こちらは振り返って見た5階の店舗エリア
 
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そして、木更津市の工場地帯はまだ低い雲が立ち込めています。
 
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同じ5階にあるフードコートの「あさりや」見つけたのは「あさりまん」
 
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あさりの新鮮な風味を期待したのですが・・・。
 
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3階にある駐車場に戻って東京湾を航行する貨物船を撮影
 
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千葉県木更津市側の東京湾アクアライン(橋梁区間)に入ります。
 
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木更津金田IC(料金所)を通過して一般道(県道270号)へ出ます。
 
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さらに、国道16号で木更津市内を南下
 
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国道127号で君津市を通過
 
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富津市を通過して館山自動車道の富津中央ICが近づきました。
 
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強風注意報が出されています。
 
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(続く)

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