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2017年3月25日 (土)

40年ぶりのミャンマー訪問(その5) ヤンゴンからバガンへ(前編)

夕食後にチェックインしたのはダウンダウンの北方、カンドーヂ(ロイヤル)湖畔にある5つ星リゾートのチャトリウム・ホテル・ロイヤル・レイク・ヤンゴン。元はホテル・ニッコー・ロイヤルレイク・ヤンゴン(1988年開業)だったそうです。2010年に日航が経営再建のためホテル事業から撤退したためでしょう。セキュリティをしっかり確保するため、正門では守衛による入場車両の目視確認が行われ、玄関前ではすべての手荷物がX線で検査されました。現地係員がフロントでチェックインを代行してくれます。
 
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ロビーに置かれたミャンマーの伝統楽器であるチョー(弦楽器)の一種サウン・ガウ(ビルマの竪琴、写真右)とワーパタラ(竹製の木琴、写真左)。いずれも王宮音楽・仏教音楽に使用されていたといわれるそうで、一般の人が演奏する楽器ではなかったそうです。
 
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わが家にある16弦のビルマの竪琴(たてごと)と形・大きさともほぼ同じですが、大きな違いはギター用とよく似た調律用のつまみ(ペグ)が付いていることです。わが家の竪琴にはこの便利な機能がなく、弦の先につながれた赤い紐(ひも)を弓なりに湾曲した棹(さお)に縛(しば)ってチューニングする古い(伝統的な)タイプのため、素人の私には調律(調弦)することができません。ちなみに、ビルマの伝統音楽は中国の影響を受けた日本の伝統音楽と同様、すべてペンタトニック・スケール(オクターブが5音階で構成)だそうです。つまり、長音階(メジャースケール)でオクターブを構成する7音階から2音を抜いた5音階。ただし、厳密には西洋音楽的ペンタトニックスケールではないと思いますが。
 
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鐘と思われるものも飾られています。左手にある黒いものの形はロータリーに設置された金色のオブジェを逆さまにしたようです。
 
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こちらはパヤー(パゴダ)のミニチュア模型でしょう。
 
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ロビーの1階下、グランドフロア(地階)にはカフェテリアがあります。ミャンマーの王宮を模(かたど)ったと思われるオブジェの中にあの形をした陶磁器が置かれていることを発見しました。ちなみに、建物の階の表示法はイギリス方式です。
 
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この日の部屋は十分に広く最上階(9階)に近い7階にあるのは良いのですが、上級クラスの部屋ではないため、湖とは反対側に面しており、お世辞にも美しい眺望とはいえません。ちなみに、シュエダゴン・パヤーまで約1.5kmと近いこともこのホテルの魅力のひとつかもしれません。ただし、酷暑の炎天下を歩く観光客がいるとは思われませんが・・。そして、このホテルには日本料理店「琥珀(こはく)」があります。
 
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部屋に用意されていたウエルカム・フルーツ。モンキーバナナより少し大きくずんぐりした形のバナナと青いリンゴはいずれもミャンマー固有の品種のようです。
   
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翌朝は午前5:30にホテルを出発して、午前7:15発の便で上座部仏教(昔は小乗仏教と呼ばれた)の聖地であるバガンへ移動するため、NHKワールド(テレビ番組)を観ることと客室Wi-Fi(無料)によるインターネット接続サービスの利用はほどほどにして、早目に就寝しました。残念ですが、早朝の散歩もマンダレーからこのホテルに戻ってからにすることにしました。

 

翌日は午前4時前に早起きし、シャワーを浴び、身の回りの品を確認して、午前5時20分までにチェックアウトを済ませて、ロビーで待つ現地係員と合流。実はミャンマー国内の全旅程を私たち二人に同行してくれるガイドさんでもあることが分かりました。すべてお任せの気楽な旅行が出来そうです。早朝の出発であるため朝食はホテルが用意してくれた軽食ボックスを空港まで持参することに。写真はフロントがあるロビーフロアへ向かう時に通り抜けた7階のロビーです。あの形をした黒いもの(写真の左下)を見つけました。
 
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前日と同じ運転手はスムーズな運転で安心感があり、早朝(日の出前)で交通量が少ないため30分後の午前6時10分前にヤンゴン空港のターミナル3(国内線専用)に到着。昨年12月にオープンしたばかりの真新しい建物は、国際線用ターミナル1と統一感を持たせた設計になっているようです。
 
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ターミナル3の1階にはチェックインカウンターが並んでいました。左端にセキュリティチェックが少し写り込んでしまいましたが、ボディチャックも入念(二重)に行われます。
 
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2階の出発ロビーへ移動して搭乗時間までホテルで準備してもらった軽食ボックスを取り出しました。またまた、40年前に始めてミャンマー(旧ビルマ)を訪れた時、タイのドンムアン空港を発ったミャンマー航空の機内で出された軽食(パン、クッキー、ソフトドリンク)が質素であることに驚いたことを思い出しました。
 
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蓋(ふた)を開けてみると、隔世の感を覚えました。決して豪華とはいえませんが、内容は日本のコンビニでも売っているようなものばかりです。同行者は娘のように若いガイドさんとの話に花を咲かせていました。
 
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ちなみに、女性のガイドさんは29歳、流暢(りゅうちょう)な日本語を話しますから、ミャンマーに居ることを意識させません。お寺の学校で日本に長期滞在したことがあるミャンマー人から日本語を習ったそうです。ヤンゴンのダウンタウンから車で1時間ほどの郊外の町に両親と住み、3年前に始めた観光ガイドの仕事が入った時はヤンゴン市内のシェアハウスに宿泊するとのこと。

 

外の様子を見ようとターミナル3の左端に移動すると、何機ものプロペラ飛行機が駐機していました。霧が出ているようで、フライトの遅れが気になります。
 
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定刻になると突然アナウンスがあり、構内バスに乗りました。幸いなことに霧はすっかり晴れています。写真はミャンマー・ナショナル・エアウェイズのプロペラ旅客機。
 
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こちらはミャンマー・ナショナル・エアウェイズのジェット旅客機ボーイング737-800
 
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こちらのプロペラ機が我われの搭乗するAIR KBZK7 242便、機体はフランスとイタリアの航空機メーカーの合弁会社であるATR社製のターボプロップ双発旅客機ATR 72-500(あるいは72-600)。3年前にハワイのホノルル空港から離島のラナイ島にあるラナイ空港まで乗っで乗ったプロペラ機もATR社製だったと思います。注、ターボプロップ・エンジンは、ガスタービン・エンジンの一形態で、エネルギーのほぼすべてをプロペラの回転に利用する方式。戦後において国産初(国内での運用期間1965-2006年)の旅客機となったYS-11も採用したエンジン。
 
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後部ドアから乗り込むスタイルになっています。ちなみに、前部にあるドアは荷物の搬入口になっているようです。
 
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同行者も窮屈なタラップを上がります。
 
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(続く)

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