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2017年4月27日 (木)

40年ぶりのミャンマー訪問(その24) マンダレー観光④ 旧王宮(前編)

予定よりすこし早い午後3時20分ころ、マンダレー市内観光に出発しました。写真は本館の前方(両側)に並ぶバンガロースタイルのスイート(左側)です。ちなみに、車は右側通行のため、一方通行のアクセス路は反時計廻り。
 
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正門付近から見た本館
 
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まだ路肩の整備が行われていない高速3号線から市街地に入ると、バイクの通行が目立ちました。インド製と中国製が多いようです。ガイドさんによると、マンダレーの市街地ではバスやタクシーがほとんどないとのこと。
 

26番通りで見かけた苦行のため痩せた釈迦の像
 
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関連すると思われる話を紹介します。『出家した釈迦は、ヒンドゥー教の師に付いて
冥想(めいそう)を修行し、心を内側につなぎとめる訓練(ヨーガ)に習熟して、瞑想(めいそう)中は絶対的な自由を得ることができました。しかし、冥想から醒(さ)めるとそれが失われるため、釈迦は何かが違うと考えます。そんな折、村娘のスジャータの差し出す乳粥を受け取って断食を中断します。そして、体力を取り戻した釈迦は、ブッダガヤの菩提樹の下に座り、「十二縁起」の深い思考冥想を繰り返し、覚りを得ることになります』

 

旧王宮の南東角を右折して、幅の広い掘りに沿って66番通りを北上すると、旧王宮の入口(東の橋)がありました。
 
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ミャンマー最後の王朝となったビルマ族のコンバウン朝(注、1755年にビルマ族のアラウンパヤーが興した王朝)は1757年にモン族の都バゴーを占領して全土を統一。1767年にはアユタヤを陥(おとしい)れ、1785年にはアラカン王国を征服するなど領土拡張を続けたことが、英領インドとの緊張を生みました。そして、1824年の第一次英緬戦争、1852年の第二次英緬戦争に敗れ、ビルマ王国(コンパウン朝)はベンガル湾に面した領土を失い、内陸部に閉じこめられることになりました。
 

窮地(きゅうち)に立たされたコンバウン朝の王となったミンドン王が、アマラプラから釈迦が仏教の都が現れるであろうと予言したというマンダレーへの遷都を決定し、1857年から建設を開始し4年がかりで完成したこの王宮は一辺が約3kmの正方形をした敷地が高さ8mの城壁と幅約70mの堀に囲まれています。要所に物見の塔が建てられており、東西南北計4本の橋で市街と結ばれているそうです。そして、3度にわたるコンバウン朝との戦争に勝利したイギリスが、24年後の1885年にティーボー王をインドへ追放するとともに、王宮を軍の施設としました。

 

一直線の道を1km近く走ると王宮の中心部に到着。車を降りて右手を見ると、七重の塔が要所に設置された城壁の先にマンダレーヒルがありました。
 
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正門へ向かう途中、城壁の脇で写真撮影が行われていることに気づきました。レフ板(リフレクター)を持つ男性がいて、被写体の女性たちもきれいな衣裳を身に着けていますから、プロカメラマンが撮影しているようです。女性たち、はいずれもミャンマーらしく、黒髪美人でした。
 
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正門越しに観光客が向かう玄関と思われる建物と階段が見えます。
 
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観光客は窓口がある右手の通用口(東入口)を利用します。注、外国人に開放されているのは東入口のみ
 

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階段を上がったところで振り返って見た正門
 
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建物中に入ります。ここでは履物を脱ぐ必要はありません。
 

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書院風の建物を描いた絵が壁面に飾られています。一際目を惹(ひ)くのは七重の塔。
 
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第二次世界大戦中の1942年には日本軍が占領し、1945年3月劣勢の日本軍と反攻に転じた英印連合軍との戦闘によって、王宮は消失して、城壁だけが残ったそうです。戦後はミャンマー国軍の施設として利用され、現在も軍の施設や軍人の住宅があるようです。ちなみに、現在の建物群は1990年代末に復元して建てられた新しいものです。

 

王宮の歴史的写真が展示されていました。まず、二代目にして最期の王となったティーボー王とその王妃スパラヤッ。
 
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ミンドン王とその王妃たち、そして皇子・宰相
 
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(続く)

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