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2017年4月17日 (月)

40年ぶりのミャンマー訪問(その19) バガン・ニャンウー空港からマンダレーへ

午前9時15分ころ、突然のアナウンスで港内バスに乗り、機体があるエプロンへ向かいました。昨日の朝、ヤンゴンから利用した飛行機とは機体番号が違いますが、同じAIR KBZの同型プロペラ機と思われます。ガイドさんが私の荷物を持ってくれています。
 
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機体の前方にあるハッチドアが開けられて荷物が搬入中
 
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先行するミャンマー・ナショナル・エアウェイズのプロペラ旅客機がエプロンから滑走路へ向かっています。
 
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機内は乗客がまばら
 
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マンダレー行きK7 262便は1時間5分遅れでエプロンから滑走路の南端に移動して一時停止
 
 
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発進と同時に急加速した機体は、プロペラ機らしく軽快に上昇を始めました。ただちに雲の中に入り、2-3分で雲の上に出ました。マンダレーは、バガンの北東約120km、エーヤーワデイ川沿いにあります。
  
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雲のため地上は良く見えません。K7 262便は20分ほど飛行したあと、高度を下げ始めました。眼下には高速道路のようなよく整備された道路が見えます。ヤンゴン/ネーピードー(首都)/マンダレーを南北に結ぶ国道1号線かも知れません。
 
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マンダレー空港に着陸。ヤンゴン空港と同様、滑走路(長さ4267m)に平行する誘導路がありました。
 
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現代的なデザインのターミナルビルは現代的なデザインの建物です。
 
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その脇にある管制塔
 
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エプロンから港内バスで移動してターミナルビルの到着エリアに入りました。ヤンゴン行きとなる飛行機への搭乗を待つ人たちがターミナルビルで待機していました。乗客が少なかったのは、バガンとマンダレー間は、飛行機や団体用観光バスのほかにも、長距離バス、急行列車、エーヤワディ川を航行するフェリーがあるためだったようです。到着エリアに入ると、国際線()と国内線()の間は仕切りテープスタンドがあるだけです。国際線の便数が少ないからでしょうか。
 
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ターミナルビルを出ると、シンプルなデザインに見えた建物にはミャンマー風の装飾がある塔がアクセントとなっています。団体客と一緒に車寄せから少し離れた駐車場へ向けて歩きました。
 
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マンダレー市街地内にあった旧空港を廃止して、2000年にマンダレーの南西約40kmの場所に開港した国際空港です。ちなみに、この空港の建設はタイの大手ゼネコンが施工。ターミナルビルと滑走路などの運営・維持管理業務(航空管制など一部業務を除く)については、日本企業とミャンマー企業で設立した空港運営事業会社がミャンマー航空局と2014年11月に事業権譲渡契約を締結。2015年4月に運営を開始し、開港して15年が経過したターミナルビルなどの改修工事が行われたそうです。
 

ターミナルビルの駐車場を出て一直線の道路を北上しました。 願いが叶ったようで、前日のバガンとは打って変わり好天です。
 
 
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6kmほど先で国道1号線に入りました。路傍の標識はヤンゴンからの距離(マイル)を示しているそうです。

 
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国道1号線はコンクリート舗装された片側3車線の立派な高速道路
 
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と思っていると、片側2車線に変わりました。
 
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牛の大行列と遭遇、その脇をバイクを改造したと思われるオート三輪の乗合バスが通過してゆきます。
 
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小型トラックを利用したトラックバス(ピックアップ)が前方を走っています。後で知ることになりますが、寺院へ参拝に出かける人たちのようです。
 
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前方からジーゼル機関車が現れました。
 
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何両もの客車を牽引していますから、マンダレーからヤンゴンへ向かうミャンマー国鉄の列車でしょう。1日3本運行されているそうです。
 
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ちなみに、ミャンマーでは日本の技術協力でヤンゴン地区の環状線と臨港線が電化され、その一部でJR九州の103系電車(軌間・電圧を改造)や広島電鉄の路面電車などが使われているとのこと。(続く)

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