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2017年4月 6日 (木)

40年ぶりのミャンマー訪問(その12) オールドバガンの寺院群① タビィニュ寺院(前編)

午後4時を過ぎてホテルを出発してオールドバガンの城壁内、南東の角に近い場所にあるタビィニュ寺院に到着。ホテルから1kmほど移動する間(約5分)に草原と木立に囲まれた遺跡以外の建物を見ることはありませんから城壁(約1km四方)に囲まれているとの印象はありません。ちなみに、城壁は一部の城門などを除いてほとんど残っていないようです。

 

ニャンウー村とオールドバガンを直線的に結ぶアノーヤター(Anawrahta)通り脇にある未舗装の駐車エリアで車を下り、午前中にシュエズィーゴォン・パヤーで買ったばかりの草履をはいて参道を歩くことにしました。雲間から青空が覗き始めたたて、女性たちは日傘を差しています。注、アノーヤターはミャンマーを統一したバガン王朝の初代王とされる人物の名前
 
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白いシャツと前で結わえた茶系統のロンジを組み合わせたミャンマーの典型的な衣裳を身に付けた恰幅(かっぷく)の良い男性とすれ違います。40年前と同じ格好ですが、当時は男女ともスリムな体型が一般的だったと思いますが・・。
 
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家族連れと思われる参拝者にしたがうようにタビィニュ寺院へ向かって歩くと、参道の両側に土手のようなものが現れました。
 
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近くから見ると煉瓦(れんが)造りであることが分かります。
 
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ガイドさんに勧められてその構造物に上がり、バガンでは珍しいとされる白いタビィニュ寺院の建物と参道を撮影
 
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昔は塀と堀に囲まれていたことがガイドさんの説明で分かりました。出発前に得た予備知識は、『中国南西部の雲南省にあったチベット・ビルマ語族の南詔王国の尖兵(せんぺい)であったビルマ族が9世紀にピュー族の都市を征服したあと、バガンの地の防備を固めようと、ビルマ族のピンビャー王が築いた城壁跡なのです。 ちなみに、12の城門があったそうですが、当時の東門であるタラバ―門だけがほぼ原形に近い形で残っているそうです』  と符合します。。
 
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振り返ると、駐車場から続く参道には参拝者の列が
 
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左手方向には仏塔や寺院がいくつも確認できます。足場と覆(おお)いが組まれている右端の寺院はバガンに残る唯一のヒンドゥー教のナッラウン寺院(931年建立)でしょう。
 
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タビィニュ寺院が近づくと、全体に繊細な装飾が施されていることが分かりました。ただし、煉瓦の上に塗られた漆喰(しっくい)が雨や日光の影響で屋根の部分を中心に黒ずんでいます。
 
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1144年、パガン王朝第4代国王アラウンスィードゥーによって建てられた美しい寺院で、65m(注、61mとの説もある)の高さはバガンで一番だそうです。この高さがあっても内部は2階建て。細かい彫刻が施された屋根をもち、中央に3段の方形基壇、そしてその上に金箔で覆われたパヤー(仏塔)と同じ形をした塔が立っています。タビィニュ(あるいはダビニュ)とは全知者を指し、仏陀(ぶっだ)を意味しているそうです。

 

建物の上部をクローズアップすると、頂上部にある黄金の塔に向かって竹製の足場が組まれつつあることが確認できました。また、四隅には小さな塔が並んでいるようです。
 
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北方向に向かっていた参道は斜め右方向に折れ曲がって続いています。
 
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お決まりの土産物店かと思うと、籐製品(蹴マリ/チンロン、カゴ、イスなど)や日用品(帽子など)が豊富に売られています。参拝客向けの店のようで、観光客には子供や女性たちが小物を立ち売りをしています。
 
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建物の東側にある入口で草履を脱ぎます。
 
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入口を入ったところの壁にタビィニュ寺院の写真が貼ってありました。見どころを紹介していると思われます。
 
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こちらは内部構造のようです。
 
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内部の壁や天井は漆喰または白い塗料が塗られて純白です。正面には仏陀を祀った祭壇があり、その前で礼拝する地元の人たちがいます。右手には写真入り解説書や人形などを売るショップも。
 
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祭壇の後方には
寺院の模型と入口の屋根にある複雑な装飾がレリーフで再現されています。2体の像は柵で閉じられた階段の入口の前に立っていますから、上階にある仏像の守門神のようです。
 
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タビィニュ寺院とそれを取り巻く寺院・仏塔群の写真パネル
 
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左手の回廊に入ると、高い天井と明り取りの窓が異次元の空間を演出していました。
 

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(続く)

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