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2017年4月 8日 (土)

40年ぶりのミャンマー訪問(その14)  オールドバガンの寺院群② アーナンダ寺院(前編)

次に向かったのは、タビィニュ寺院の東方約600m(城壁跡の外側)にある、バガン最大の見どころともいわれる「アーナンダ寺院」。アノーヤター通りを東進し、未舗装の道に入り、5分ほどで到着。1090年、チャンスィッター王が建立されたバランスがとれた美しい寺院です。黄金に輝く塔(高さ50m)を中心、四方に延びる約34mの参道となる長い建物の先に立つ高さ約9.5mの過去四仏(注、シュエズィーゴン・パヤーの記事を参照)が祀られているそうです。ちなみに、アーナンダ(阿難陀)は釈迦の十大弟子のひとりとされる人物の名前。

 

塔には足場が組まれていてよくは見えませんが。くすんだ白色の本堂は一辺が63mの正方形で、4つの入口がありますが、西参道の入口近くで車を降りました。小型トラックにベンチを付けた相乗りタクシー(右端)やバイクが雑然と停められている脇を抜けて西参道の入口へ向かいました。残念ながらアーナンダ寺院では大規模な工事が行われているようです。
 
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これが西参道の入口のようです。敷地のすぐ外側には参拝客に10枚ほどがセットになった絵葉書を売る女性たちが2人並んでいました。
 
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草履を脱いだ同行者はガイドさんにしたがって入って行きます。
 
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屋根の装飾部分を中心に改修しているようです。
 
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参道の両側にはおびただしい量の商品が並べられています。前方から子供の僧が歩いてきました。
 
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上半分に壁画が描かれた西参道の先は急に広くなり、過去仏のひとつである釈迦牟尼(しゃかむに、Gotama Siddhartha)が前方に現れました。お顔は尖塔アーチに隠れてまだ見えません。釈迦牟尼は仏教の開祖釈迦を仏として敬う名前です。注、釈迦は族の名前で本名はゴータマ・スィッダッタ、牟尼は聖者あるいは修行に励んでいる人を意味する ちなみに、南と北の2体が11世紀の創建当時のまま。残りの2体は火事で焼けてしまい、14-15世紀に造り直されたものとのこと。
 
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ほぼ全身が見える釈迦牟尼の前には大きな賽銭(さいせん)箱が置かれています。日本の初詣(はつもうで)時に仮設置されるもののように賽銭(紙幣)が剥(む)き出しになっています。ちなみに、両側に立つのは悪意のある人から仏を守護する守門神。後で調べると、賽銭の下には釈迦の足跡を石に刻んだ仏足石(ぶっそくせき)があったようです。
 
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アーナンダ寺院の維持・保存工事を説明する写真集の上部に“Government of the Republic of India, Ministry of Culture”(インド共和国政府文化省)と”Archaeological Survey of India”(インド考古学調査)と書かれた紙が貼られていますから、この大規模な工事はインド政府が行っていることが分かりました。
 
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近くから見た釈迦牟尼
 
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最前列まで進んで見上げると、すべてを包み込むような釈迦牟尼の偉大さを感じさせました。材質は一本の松材とのこと。つまり、一木造または一木割矧造(いちぼくわりはぎづくり)で作られているのです。注、腕など突出した部分は通常別の木材を使用する
 
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同行者も電飾がある最前列まで近寄って小さな仏像に見入っています。
 
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小さな黄金の釈迦像に金箔を貼る信者
 
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右手の仏龕(ぶつがん)にある人物像は高貴な身なりをしており、古代インドで使われていたという宝石が付いた日傘を脇に置いていますから、身分の高い人物、おそらく初代王アノーヤターでしょう。ちなみに、インドネシアのボロブドゥール遺跡で見た浮彫彫刻レリーフに描かれた人物の帽子と衣裳に似ています。注、仏龕とは仏像や経文を安置するために設けられた小室、アノーヤター王が即位したころのパガン(バガン)では主に大乗仏教(密教)と土着宗教(ナッ神)が信仰されていた

 
 
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左手は質素な身なりですから僧侶、恐らくバガン王国に上部座仏教を伝えたタトォン国(ミャンマー南部にあったモン族の国)の僧侶シン・アラハンであると考えられます。
 
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その上方の壁に造られた仏龕に祀られた仏像
 
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二重になっている回廊の内側に入りました。この寺院では反時計回りに廻(めぐ)るようです。回廊の壁面にも多数の仏堂が設けられています。注、外側の回廊が庶民用、内側が王族用とのこと
 
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ガラスの扉がある仏龕には番号が振られています。昼食の後に立ち寄った無名の寺院にも遺跡番号が付けられていたように、重要な仏像についての管理が行き届いているようです。
 
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2つ目の過去四仏は南回廊の迦葉仏(Kassapa、かしょうぶつ)で創建当時のものとのこと。ちなみに、迦葉仏は釈迦が出現する直前に現れた仏です。
 
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近くで見上げると厳しい表情をしていますが、離れた場所から見る庶民には口角が上がって優しく見えるように作られているそうです。また、両手の合わせ方に特徴があります。
 
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(続く)

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