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2017年5月10日 (水)

40年ぶりのミャンマー訪問(その34) ヤンゴンのチャウタッヂー・パヤー(前編)

昼食を摂った中華レストランからカンドーヂ湖の畔にある道路へ出て、東へ約200m進んだところにあるチャトリウム・ホテル・ロイヤルレイク・ヤンゴンに午後2時ころ到着しました。初日に宿泊したホテルですが、夜になってチェックインし、翌朝も暗いうちに出発したため、正面ゲートを見るのは初めてです。門の上には何やら建物らしきものがあり、右手には国旗掲揚ポールがならんでいます。左から、ホテルの旗に並んで、ミャンマー、米国、タイ各国の国旗があります。
   
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初日の記事に書いたように、もともとはホテル・ニッコー・ロイヤルレイク・ヤンゴンでしたが、タイの金融資本(バンコック銀行)が買収して名称も変わりました。「チャゥトリ」とはタイ語で勇気の象徴を意味するとともに、その金融資本家(中国系)を指す言葉だそうです。

 

大きな玄関ポーチ(屋根)の下にある車寄せと玄関付近
 
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ガイドさんがチェックインを代行してくれている間、ロビーの装飾をゆっくり楽しみました。このホテルのボールルームで数日後(3月19日)に開催される結婚フェアを紹介するため、西洋式のウエディング・ドレスとともに、ミャンマーの伝統的な正装(結婚衣装)が展示されています。同行者は後者に興味を持ったようです。記録として何枚も撮影することに。
 
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馬車に乗る釈迦の透かし彫り
 
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これはロビーに続くロビー・ラウンジから見たカンドーヂ湖
 
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右手に続く人工池(手前)とスイミングプール
 
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テラスの最前列まで移動すると、右手にユートピア・タワーが聳(そび)えていました。
 
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バガンの南東約50kmにある休火山のポッパ山(標高1518m)の山麓にあるタウン・カラッ(Taung Kalat)といわれる岩峰(標高737m)を擬(ぎ)したものだそうです。古くパガン朝の時代よりミャンマーの土着宗教であるナッ神信仰の聖地とされる場所です。火山噴火したポッパ山の山頂にあるクレーターと形も大きさもほぼ同じで、過去の大噴火の際、山頂部が吹き飛ばされて現在の場所に落下したとの説があるそうです。777段の急な階段を上りきった頂上からポッパ山などの絶景を望むことができ、山頂の寺院には人気の聖人ボー・ミン・ガウンの像があるとのこと。(地球の歩き方から引用)

 

ここでヤンゴンについての概要を紹介します。ヤンゴンは6世紀に当時低地ビルマを支配していたモン族によって「ダゴン」の名創設された小さな漁村で、シュエダゴン・パヤーの門前町でもありました。先の記事に簡単に書いたように、1755年にはアラウンパヤー王がダゴンを征服し、その土地に入植するとともに「闘争の終わり」を意味するヤンゴンへ改名ました。 英国は1852年の第二次英緬戦争によってヤンゴンおよび低地ビルマを占領。その後ヤンゴンをラングーンに名称変更し、英国領ビルマの商業的かつ政治的な中心地としました。

 

独立後は2005年までミャンマーの首都。1989年に当時の軍事政権によって国名(英語呼称)をバーマ(Burma)からミャンマー(Myanmar)に変更するのと同時に、首都のラングーン(Rangoon)も現在の名称ヤンゴン(Yangon)に変更された。ちなみに、日本ではバーマではなく、ビルマとの呼び方が一般的です。オランダ語では”Birma”(ビルマ)と表記されますが、明治初期にこのオランダ語の呼び方が日本に導入されたことがその理由のようです。

 

自室で1時間半ほど休憩した午後3時40分ころ、ヤンゴン市内観光に出かけるため、ホテルのロビーから外に出ました。すると、車寄せに黒塗りの高級車が停まり、周辺には見守る人が多く、何やら物々しい雰囲気です。要人がこのホテルから出かけるところだと思われます。少し離れた場所へ移動して迎えに来てくれた車に乗ることに。
 
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カンドーヂ湖畔から北上してチャウタッヂー・パヤーへ向かいました。直線距離では約1.5kmですが、丘陵地帯には直行する道路が無いようで、到着するまで10分ほどかかりました。写真は駐車エリアがある入場ゲート付近。
 
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素足になって長い通路を歩きます。
 
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仏花とお供え物を売る店
 
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中ほどに入口がありました。
 
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大きな屋根の下に全長65.8m、高さ17.7mの巨大な寝仏(寝釈迦像)が祀られていました。目鼻立ちがはっきりした顔にはアイラインとアイシャドウ、そして赤い口紅が引かれ、男性と言うより女性的(あるいは中性的)な印象的です。ちなみに、ミャンマーで4番目の大きい仏像とのこと。
 
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近づいてみるとその巨大さが分かります。手と足の爪には口紅と同じ赤いマニキュアが!
 
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顔を見上げるとその印象がより強くなりました。どの角度から見ても中性的で優美な表情をしています。
   
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ちなみに、大きさが1.8mx0.6mの両眼はガラス製なのだそうです。

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脇にモノクロ写真が2枚吊り下げられ、それぞれに”The Buddha Wingaba”、Reclining Buddha, Wingaba, Rangoon”と表記されています。(注。Wingabaは地名と思われる) 20世紀初頭(1907年)にインド人の職人によって制作された初代の寝仏は上半身を起こした姿で容貌も厳(いか)つい印象です。このためミャンマー人の不興を買い1950年代に取り壊され
、1966年に現在の寝仏が再建されたとのこと。新旧では形も表情も明らかに異なります。
 
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この写真の人物は初代の寝仏を寄付した実業家“Sir Po Tha”(ポーター卿)
 
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 (続く)

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