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2017年6月11日 (日)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その4) 世界遺産「旧富岡製糸場」④

国の重用文化財に指定されている「検査人館」の玄関付近は昔のままのファサード(建物の正面デザイン)だそうです。
 
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正門からのエントランスの反対側に記念碑があります。説明看板には、『創業翌年の明治6年(1873年)6月、明治天皇の皇太后及び皇后が富岡製糸場に行啓された70周年を記念して建設された碑である』 ことが説明看板に書かれています。
 
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ちなみに、その後方にある木造平屋建ての建物は、正門を出入りする人々をチェックしていた「候門所(こうもんじょ)」で、重要文化財「旧富岡製糸場」の「附(つけたり)」として指定されています。正門から少し奥まっているのは、「記念碑を」の建設にあたって移転されたためです。のちには社宅に転用されたとのこと。

 

「検査人館」の隣は「男子寄宿舎」
 
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続く「女工館」(別名: 2号館、1873年の竣工、国の重要文化財)は木骨レンガ造り、回廊様式ベランダ月の2階建て、東西棟の寄棟造りです。大きさは東西20m、南北17mほど。もともとはフランス人女性技術指導者の住居として建てられましたが、短期間しか使われず、1階は工女たちの食堂に転用されたそうです。ちなみに、ガイドさんによれば創業時の工場長尾高惇忠氏の娘が工女の第1号だったそうです。
 
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2階ベランダの格子天井は女性向けの優しいデザイン
 
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通路の反対側、「東置繭所」の南隣には富岡製糸場の中心的な建物で、東西に細長い国宝の「繰糸所(そうしじょ)」(明治5年/1872年建築、長さ140.4m、幅12.3m、高さ12.1m))があります。場所は敷地中央のやや南寄りに位置しています。木骨レンガ造り・平屋建てで、他の建物と同様に桟瓦葺(さんかわらふ)きです。注、江戸時代に開発された桟瓦葺は伝統的な寺などに使われた本瓦葺を簡素化・軽量化したもの
 
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屋根の上部には蒸気抜きの開閉扉が多数設置された「越屋根(こしやね)」が取り付けられています。注、状況に応じて手動で開閉する仕組み
 
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ガイドさんによれば、丸い形をした鬼瓦は繭(まゆ)をモチーフにしたものだそうです。
 
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「繰糸所」の内部に入ると、紡績工場と同様、長い通路の両脇に「自動繰糸機」(日産製、注、正確に言えば日産に吸収合併されたプリンス自動車製)が並んでいました。
 
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「繰糸場」は繭(まゆ)から生糸(きいと)をとる作業が行われた場所であり、創業当初は「東置繭所」で見学したフランス式繰糸器(そうしき)300釜が設置された世界最大規模の工場であったそうです。現在、建物内部には昭和40年以降に設置された「自動繰糸機」が残されています。電気照明がない時代、採光のため東西に長く造られた「繰糸所」の建物には多くのガラス窓が設けてあるため、自動繰糸機を覆う保護用ビニールシートに外光が反射しています。注、鉄製の窓枠と窓ガラス、両者を固定するパテはフランス製
 
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「自動繰糸機」は、繭から糸口を探し出し、定められた太さに対応する複数の繭糸を組み合わせ、形状の異常である節や太さのムラがないように小さな穴やスリットを通して生糸に仕上げる過程を機械化・自動化
したものです。もし、この工程のどこかで異常が検出されると繰糸作業は自動的に停止し、女工が即座に対応する仕組みになっていたそうです。例、繭から採取される繭糸は最初と最後(外側と内側)では太さに差があるため、繭糸を交換あるいは追加する必要が生じる(注、繭糸の長さは平均約1500m、そのうち利用できるのは約1300m)
 
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繭を追加するための駆動レバーである「接緒桿(せっちょかん)」と接緒に失敗した繭を回収する「落繭捕集(らっけんほしゅう)バスケット」
 
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複数の繭糸(けんし)を小さな隙間を通して1本の生糸にまとめる「集緒機(しゅうちょき)」、正しい糸口の出た繭を運ぶ容器である「給繭器(きゅうけんき)」(注、繰糸機1セット(24台の場合)に全部で311個あると説明されている)、繰糸中の繭が隣の繭に絡むことを防ぐ「流出防止板」など
 
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高所に設置されたモノレールを使って煮繭機(にまゆき)から茹(ゆ)でた繭(まゆ)を繰糸機(そうしき)の索緒部(さくおぶ)まで運ぶバスケット(容器)です。ちなみに、女工ひとりは30以上の「索緒部」を担当していたことから、一列の自動繰糸機に4人の女工が対応していたとのこと。


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「繰糸場」の屋根を支えるためキングポストトラス構造の小屋組が使われています。「東置繭所」の2階のようにそれを支える中央の柱はなく、障害物のない広い作業空間を実現しています。蒸気抜き用開閉扉のある「越屋根」には建物の端にある梯子(はしご)を利用して上がることができ、状況に応じて人が多数ある蒸気抜き開閉扉を手動で開閉したそうです。
   

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現在は2社へと減少した国内の大規模製糸工場のひとつである「碓氷(うすい)製糸株式会社の製造ラインを説明するビデオ
 
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(続く)

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