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2017年7月

2017年7月31日 (月)

不要な「不動産」は借金と同じ!

戦後の日本では永く土地神話が疑われることもなく信じられていました。国土の大半を山岳地帯が占めるため、農地・宅地・商業/工業用に利用可能な平坦な土地が限られていることと、急速な人口増加が続いたことから合理的な考えとされました。このため、土地への投資は必ず儲かると信じられ、土地の価格は上昇し続けたのです。

 

昭和30年(1955年)から平成2年(1990年)までの45年間で、消費者物価指数は6.1倍になりましたが、住宅地は214倍、商業地は127倍、工業地は147倍と、いずれも桁違いの上昇をしています。しかし、それ以降、2012年までの22年間は、消費者物価指数がほぼ横這(よこば)いであるのに対して、住宅地は1/3に、商業地は1/7.7に、工業地は1/3.7へと急落しました。つまり、バブル景気のピークを境に、資産インフレから一転して、資産デフレが急速に進んでいるのです。加えて、景気が長期にわたって低迷、つまり設備投資と所得が減少するなか、2005年ころをピークとして日本の総人口は減少に転じました。

 

時間とともに財産価値が増えると信じられてきた土地(不動産)は年々価値が減少し続けています。一方、土地に対する固定資産税を毎年払う必要があり、同時に発生する維持費も無視できません。居住する住宅であれば減少する財産価値は実感することはないかもしれませんが、利用価値のない土地は金食い虫でしかありません。損を覚悟で売却しようとしても、買い手は容易に見つけられません。例え「二足三文」であっても売れれば幸運でしょう。

 

一般論はここまでにして、私の体験談(つまり失敗談)を紹介しましょう。最初に取得した不動産は住宅(分譲マンション)でした。3人目の子供が産まれたことで手狭になった公団住宅(現在のUR都市機構)の賃貸住宅から転居することにしたのです。良好な住宅地に立地し、しかも交通の便も良いことから購入を決めました。借金が嫌いな私は奨学金の返済を終えていたことと、銀行からの借入を最小限にしたことで、10年ほどで返済することができました。

 

ここまでは不動産で悩むこととは無縁でしたが、転機が訪れました。アメリカへの転勤です。家族帯同の場合、通常は戸建住宅を賃貸することになるのですが、当時のアメリカは不動産不況の間っ只中(まっただなか)であり、買い手市場であることから、完成間近の新築物件を購入することにしました。アメリカの新築住宅に住むことも魅力でした。住宅ローン(モーゲージ))も簡単に利用でき、帰国予定の5年後には住宅市場が好転して値上がりすることも期待しました。家族が到着する1か月後には指定した内装もなんとか出来上がり、家族を飛行場から直接新居に案内して、家族と一緒のアメリカ生活が始まりました。子供のころからの憧(あこが)れが実現したのです。

 

これに気を良くした私は、アメリカ人のライフスタイルに感化され、郊外の湖に面した別荘地も衝動的(しょうどうてき)に購入してしまいました。しかし、これが私の躓(つまず)きの始まりとなりました。期限付きで転勤した日本人には週末を別荘で過ごすような余裕がある生活は無理だったのです。結局、草刈りなどの作業に時々通うだけで任期の5年間は過ぎ去りました。住宅の方は、日々の手入れを怠らず、敷地内と建物の魅力をアップすることに務めたことで、簡単に買い手が付きました。ただし、不動産不況は購入時と比較してほとんど改善しておらず、時間の制約もあって、売却価格は購入価格を少し下回りました。住宅ローンの利子と維持費(固定資産税など)を考慮したコストは賃貸した場合とほぼ変わらなかったと思います。

 

問題は別荘地です。帰国が決まった時、業者に購入希望者の募集を依頼しましたが、手数料を支払っただけで、帰国するまでに見つかりませんでした。頼んだ業者が良くなかったようです。それ以来、固定資産税と管理費の請求書に対応する(個人小切手で支払う)ことを20年以上も続けました。『何をしているのだろう!』 との思いが募(つの)りました。まるで手の掛かる子供のような存在です。イソップ童話の「キツネと酸っぱいブドウ」の逆、つまり心理学でいう「甘いレモンの論理」(注、いずれも防御機制の合理化)ですが、『退職したらアメリカへ移住して、その別荘地に住むのも悪くない』 と正当化(心を防御)することにしました。

 

アメリカから帰国した数年後(2000年ころ)、国内の土地を相続することになりました。私の意思ではありませんが、親の遺言に従いました。あまり利用価値のない土地ですが、やはり固定資産税と草刈りなどの維持費が毎年発生します。しかも、アメリカの別荘地とは比べ物にならない大きな出費なのです。私は2つの重荷を背負うことになりました。国内の土地にアパートを建てるようにとの勧誘が業者からありましたが、さらなるリスクを負(お)うことになるようで、まったく気が進みません。

 

そして、5年ほど前のある日、不動産業者から隣接地に住宅を建てるため、私が所用する土地を一時使用したいとの依頼がありました。それを了承したことがきっかけになり、その不動産業者に私の土地を売却する話に発展しました。相続した時の評価額から半減する提示額でしたが、渡りに船とばかりに受け入れました。『売れて「なんぼ」なのです!』 

 

古希を迎えた私は、不良資産を処分することを決心し、一年前からアメリカの別荘地をどうするかに注力することにしました。まず、売却の意思を別荘地の管理団体を通じてPRしました。引き合いは一件ありましたが、話し合いは進展しません。そこで、最後の手段として寄付(ドネーション)することにして、受け入れ先を探しましたが、これが意外と難しいのです。あちこちに当たったことで、今年に入って寄付を受け入れてくれる団体をやっと見つけることができました。

 

アメリカでは土地の取引をする書類の作成にはアトニー(弁護士)の手助けが必要です。しかし、必要な書類は寄付先が準備してくれたことで、面倒な作業を省くこともできました。私は書類にサインして返送するだけで良いのです。20年以上に亘(わた)って抱えていた重荷(懸案)からやっと解放されたのです。衝動買いは本当に厄介(やっかい)なこと、つまり大きな負担と損失につながる結果になったのです。これらの経験から、不要な土地(不動産)を所有することは借金をすることと同じである(費用負担が発生する)ことを嫌というほど痛感しました。

 

私の所有物を点検すると、コストが発生するものがまだありました。不動産ではありませんが、ゴルフ会員権です。ゴルフブームが去った現在、会員権は大幅に値下がりして紙屑(かみくず)同然になっており、かつ売却は困難なようです。また、年会費も結構な金額で、プレーする頻度(ひんど)が下がった現在は負担に感じるようになりました。今は自分の体力を考えながら、ゴルフ会員権を処分(売却または返納)するタイミングを考えています。

 

このように、不要な土地(不動産)や会員権などを処分することは、家庭内の不要品を断捨離すること以上に困難であり、終活の重要なポイントといえます。家族に引き継がせて苦労を受け継がせることは絶対に避けるべきでしょう。

2017年7月26日 (水)

自動車革命

前回までの記事で紹介した「自動運転バス」に続いて自動車の話題です。日本ではあまり注目されていませんが、蒸気自動車に始まって200年以上もの長い歴史がある自動車は近いうちに最大の変革期に差しかかることが明らかになりました。それでは、「自動車の変革」とはいったい何でしょうか。ここでいう変革は先に紹介した自動運転のことではありません。それはガソリンや軽油などの化石燃料を使う内燃機関(エンジン)を搭載する自動車が終焉(しゅうえん)を迎えるかもしれないことです。つまり、1885年にドイツ人技術者のダイムラーが内燃機関付き自動二輪車を、翌1886年年に自動四輪車を開発してから約130年、揺(ゆ)るぎないと思われてきたエンジンを搭載する従来型の自動車が姿を消すかもしれないのです。

 

この動きは昨年からヨーロッパを中心に具体化し始めています。ドイツでは2030年までに内燃機関(エンジン)を動力源とする自動車を電気自動車に置き換える決議を昨年11月に採択しました。オランダとノルウェーも2025年までにガソリン車を廃止すると伝えられました。これに続いてフランスも2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を停止する目標を7月の始めに発表し、イギリスも同様に2040年までに販売を禁止することを7月下旬に発表しました。また、アメリカでは電気自動車を販売しなければ反則金を課す制度が発足しています。

 

また、アメリカを凌駕(りょうが)して世界第一位の自動車大国になった中国は、大気汚染対策として電気自動車の普及に力を注いでおり、電気自動車・プラグインハイブリッド車・燃料電池車の生産目標をメーカーに義務付けています。2020年には市場全体の7%に相当する200万台超、2030年には同じく40%の1500万台以上に引き上げ目標を掲げています。ちなみに、中国でのエコカーは電気自動車とPHVだけで、ハイブリッド車とガソリン車は対象外です。インドでも2030年までにガソリン車とジーゼル車の国内販売を禁止する方針を明らかにしています。

 

現在、自動車の生産台数が中国とアメリカに次いで世界第3位である日本は、日産と三菱自動車が電気自動車を、トヨタ・ホンダ・三菱自動車がPHVを販売していますが、いずれも年間の販売量は数万台以下に留まっています。これは従来のガソリン車の大半とハイブリッド車がエコカーに認定されて減税の対象になっていることで、電気自動車とPHVが特別に優遇されているわけではないことが一因であると考えられます。ハイブリッド車で優位な状況にあるトヨタ自動車も、従来の燃料電池車(FCV)の開発を優先する方針から転換し、遅ればせながら平成32年(2020年)までに電気自動車を量産する計画を持っているようです。

 

歴史を振り返ると、意外なことに1839年に開発された電気自動車はガソリン自動車よりも50年ほど長い歴史を持っています。ただし、当時は実用化に必要な技術がなかったため、実用化されたのは30年以上後の1873年です。そして、1900年ころには蒸気・ガソリン・電気と3種類の動力源を利用する自動車が普及し、その内電気自動車が40%を占める時期がありました。その理由は、電気自動車は製造と保守が容易で、排気ガスが出ないことでした。しかし、ガソリン自動車の技術(点火装置など)が飛躍的に進歩したことで、性能面でガソリン車が電気自動車を上回り、圧倒的に優位な状況になりました。さらに、1908年に量産型T型フォードの登場でその差は決定的に。

 

1960年代になるとガソリン車の排ガスによる大気汚染が深刻になり、1970年代には石油ショック(原油価格の高騰)で電気自動車に再び注目が集まりました。しかし、ガソリン車の排出ガス浄化技術が進歩し、石油価格が落ち着くと、電気自動車への関心は薄れてしまいました。そして、1990年代に地球温暖化問題と化石燃料の枯渇問題が喫緊(きっきん)の課題となると、各メーカーが電気自動車の開発を始めたのです。その象徴が「フォーミュラE」です。国際自動車連盟(FIA)が開催するフォーミュラー・カーレース「フォーミュラワン(F1)世界選手権」に相当する「電気自動車のカーレース「フォーミュラE選手権」を同じFIAが2014年にスタートさせました。
 
日本では先述したように三菱自動車と日産から実用車が販売されましたが、国の積極的な支援や政策がないため、普及は進んでいません。一方、アメリカではベンチャー企業のテスラモーターズが政府からの援助を受けて事業を拡大し、昨年(2016年)の生産台数は約8万4000台(前年比64%増)となっています。またアメリカを凌駕(りょうが)して世界一の自動車大国となった中国は国策として電気自動車の普及を図っています。増加し過ぎたエンジン付きのバイクを規制して、電動バイクの分野で世界を牽引する実績(バッテリーや充電インフラなど)も中国の強みと言えるでしょう。

 

電気自動車が各国の目標通りに普及するかどうかは予断を許しませんが、多数の自動車メーカーを生き残らせる日本政府の現状政策は皮肉なことに他の自動車先進国との格差を拡大させる恐れがあります。一時はガラケイで世界に存在感を示した日本製の携帯電話端末が、他国のスマホに駆逐(くちく)されて、壊滅状態に陥った悪夢が自動車においても再発しないとは限りません。日本産業の大黒柱である自動車業界を電気自動車で活性化させることは日本において喫緊(きっきん)の最重要課題であることは確かです。

2017年7月24日 (月)

自動運転バス一般公開試乗会に参加する(後編)

所用のために帰宅する同行者を見送った私は午後2時10分ころ、再び試乗会場に戻りました。ここからは蛇足になりそうですが、試乗会の様子をもう少し紹介します。

 

”UPDATE MOBILITY”は「移動にまつわるあらゆる課題の解決に貢献すること」を使命とするSBドライブが、自動運転技術を活用し、新しいモビリティサービスを世の中に提供していくことを宣言(意思表示)する標語とのこと。
 
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ソフトバンクが主催する講演会(セミナー)が一段落したのか、首から参加証を下げた若者たちが集まり始めていました。試乗会は順調に進行しているようです。
 
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午後2時30分の回が終わったところで試乗を一時中断して、発発(発動発電機)を使って「ナビヤ・アルマ」への充電が始まりました。充電口は右前方にあることが分かります。
 
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30分ほど充電したところで試乗会が再開されました。歩行者を探知して一時停止する場所へ向かって移動し、乗降所の遠景を撮影。その後方にはホテルとの連絡通路(円形の建物)とその左手にあるガーデンチャペルを確認することができます。
 
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「歩きスマホ」をするスタッフがルート上に登場すると「ナビヤ・アルマ」は急停止しました。
 
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歩行者がいなくなると動き始めましたので、近づきすぎないように注意しながら後を追うことに。
 
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すぐ先にある停留所で止まりました。
 
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バラ園の脇を通過
 
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乗降所に到着
 
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熱中症にならないように、時々ホテル内に入って休憩しながら、試乗会の様子をさらに見学することに。上述した文化放送の番組は冷房が入っているホテル内での休憩中に落ち着いて聴くことができました。インタビューが放送されたことを確認した私は午後4時15分ころに空中庭園へ戻ることにしました。

 

この日の試乗会が終わる午後4時30分が近づいたころ、純白のウエディングドレス姿の花嫁さんとフロックコート風のタキシードを着た花婿さんがガーデンチャペルの方から現れ、東京タワーを背景に空中庭園やバラ園で記念撮影を始めました。これは試乗会の演出ではなさそうです。
 
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試乗会のスタッフが声をかけたようで、二人は「ナビヤ・アルマ」を背景に写真撮影。おめでとうございます。
 
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そして、午後4時30分の回を最後にこの日の試乗会は無事に終了しました。同じホテルで大きな催し物があったためか、試乗会場に集まった参加者のほとんどは若い男性でした。このため、シニア層である私と同行者はやや場違いだったかもしれませんが、自動運転バスの一般公開試乗会に参加することで暑い午後の約4時間を楽しく過ごすことができました。(終)

2017年7月23日 (日)

自動運転バス一般公開試乗会に参加する(中編)

午後1時スタートの試乗者が定刻に案内されました。
 
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スタッフが車両について説明しています。手前にある青い物は充電用の発発(発動発電機)でしょう。
 
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そして、やっと我われの順番が回ってきました。定刻の午後1時15分になると、集合場所になっているテント付近で簡単な説明を受けた後、スタッフに誘導されて試乗車に向かいました。
 
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フランス製の自動運転用電気自動車「ナビヤ・アルマ」はマイクロバスの車長を短くしたコンパクトさです。
 
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車体の左右、前後の下部と上部に設置されたセンサーで接近する障害物を三次元で認識し、近づき過ぎると自動的に停止することができるそうです。
 
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また、社内にあるゲーム機のコントローラーのようなもの操縦してコースを一周すると、そのGPSデータにしたがって何度も繰り返して走行できることも。
 
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床面が低いことで、乗降が容易でした。車内は大きな窓によって解放感がありました。座席は試乗車であるためか、簡素なものです。先述したように、前後に4席ずつ、右側(乗降ドアの反対側)に3席、計11席。全員が乗り終えると、試乗車は早速スタートしました。電気自動車ですから、静かで、しかも力強く加速します。通常は約20km/h走行しますが、今回の試験走行では時速8kmに抑えているそうです。ちなみに、最高速度は45km/hとのこと。

 

こちらはドアの脇にある開閉ボタン
 
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天井に設置されたエアコン
 
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説明員のスタッフは立ったまま乗車しています。円形ルートを四半周したとことで歩行者を検知して急停止する時に小さなショックを感じました。カックンと言う感じです。
 
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また、バス停に設定された場所に停止する時はどうかと思っていると、同様のショックがありました。
 
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社内に設置されたタッチパネルを使って降車したい停留所を選ぶ機能が具備されています。停留所として“The Park、”The Box、“Marriage”の3か所が、現在停車中の”The Box”から乗降所がある”Marriage”までの所要時間が1分であることが、そしてクラクション・鐘・燃料計(蓄電量計)と思われるマークも表示されています。ちなみに、”The Box”は円形ルート沿い(停留所脇)にあるコンクリート製の建物で、”Marriage“はガーデンチャペルを意味しているのでしょう。
 
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最後だけは静かに停止。停止時のショックをのぞけば、乗り心地は想像した以上に安定したもので、3分ほどの試乗は物足りないほどでした。

 

アンケート用紙に記入していると、スタッフからSNS用のPRメッセージが書かれた大きなパネルを持ったところを撮影しましょうとの申し出がありました。折角ですから、自分のカメラで撮影してもらうことに。
 
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やれやれと思っていると、美しい女性が私に声を掛けて来ました。何かの間違いだろと戸惑っていると、マイクを向けながら、『文化放送です。どこでこの催し物をお知りになりましたか? どんなことで役立つと思いますか? どんなことを期待しますか?』などと矢継ぎ早に質問するのです。

 

美しい女性に見とれる私は上の空状態でしたが、何とか答えることができたと思います。もっとも、私の声が放送されるかどうかは分かりませんが・・。それでも気になった私はiPhoneのラジコで文化放送をエアチェックすると、「斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!(午後330分〜午後550)の中で午後4時過ぎにこの話題が取り上げられ、私の声が10秒ほど(インタビューの一部分だけ)が流れました。そして、美人さんは細木美知代記者(元テレビ局アナウンサー)であることを知りました。

 

この日も都心は真夏日(最高温度33)でしたから、屋外に1時間も居たためグロッキー気味になりましたので、ザ・プリンスパークタワー東京のロビーでひと息入れることにしました。午後1時半を回っていましたが、席が空くのを少し待つ必要がありました。
 
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ロビーラウンジでは7月1日から8月31日まで”Hawaiian Lounge 2017”が開催されています。
 
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キャッシー中島さんが作成した「ハワイアンキルト」を使ったソファークッションでハワイの雰囲気を演出しています。
 
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窓側の席に案内されました。目の前には空中庭園から流れ落ちる滝が涼しさを演出しています。
 
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私は「パストラミビーフ・ハム・チーズと野菜のサンドイッチ」とアイスティーのセット(1800円)を、同行者は「グァバドリンク」(980円)を選びました。グァバはビタミンCが多く含まれる南国の果実。もちろん、サンドイッチは二人でシェアするつもりです。

 

同行者は好きなハワイアンキルトに見入っています。やはり、おチビちゃん・コチビちゃんと楽しんだハワイ旅行に思いを馳せているようです。
 
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ほどなく配膳されたマンゴードリンク・グァバドリンクを飲みながら、『氷が入っていないから美味しい!』 と同行者は大満足。
 
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次いでサンドイッチも配膳されました。「パストラミビーフ」とは塩漬けにして香辛料で調味した牛肉の燻製食品で、そのサンドイッチは独特の香りがあって一品です。また、ハム・チーズ・野菜のサンドイッチは上品な味で食べやすいもの。野菜サンドかと思った同行者は「パストラミビーフ・サンドイッチ」を美味しいと言いながら食べる様子見たことで、なぜか私も3年前のハワイ旅行を思い出しました。
 
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(続く)

2017年7月22日 (土)

自動運転バス一般公開試乗会に参加する(前編)

7月18日から23日まで港区芝の「ザ・プリンスパークタワー東京」のプリンス空中庭園で行われている「自動運転バス一般公開試乗会」(無料)に参加する機会を得ました。仕事で何度か訪れた場所ですから迷うことはありません。最寄り駅は都営地下鉄大江戸線赤羽橋駅(徒歩2分)または同じく三田線芝公園駅(徒歩3分)です。

 

赤羽橋口から地上に出て、国道1号の赤羽橋交差点を横断すると、左手に東京タワーが聳えていました。私が好きなビューポイントのひとつです。
 
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芝公園の脇に出て、公園内の遊歩道に入りました。
 
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直進すればホテルの庭園に出ますが、受付があるかもしれないと考え、ホテルのエントランスへ向かいました。
 
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正面玄関の大きなドアの脇にある通用口からホテルのロビーへ
 
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目に付く場所に”Softbank World 2017(720-21日開催)の案内看板がありました。ソフトバンクがこのホテルのコンベンションホール(地下2階)で開催する「情報革命が導く、新たな世界。」をテーマに、「IoT」「AI(人工知能)」「ロボット」の融合により実現する新たな世界とビジネススタイルを提案する法人向けのイベント(80の企業が出展、人型ロボット・ペッパーの進歩)であり、自動運転の試乗会とは別の催し物です。
 
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「自動運転バス一般公開試乗会」の案内・受付は館内にはないようです。広いロビーを抜けて、奥にあるエレベーターで2階に上がり、ガーデンチャペルの脇を通り抜けて、広い空中庭園に出ると、右手のテント周辺に人だかりが確認できました。正面に東京タワーがあり、その先には神谷町のビル群が、そして右端あるのは複合ビルの愛宕グリーンヒルズの愛宕モリタワー(手前)と愛宕フォレストタワー(奥)です。
 
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産学の連携団体「自動運転バス調査委員会」が行う実証実験(717日から23)中に行われる試乗会はフランスの”Navya SAS(ナビヤ社)が開発した自動運転専用の電気自動車(運転席がない自動運転専用車両)、名前は”NAVYA ARMA(ナビヤ・アルマ)を利用しています。高精度(誤差数cm)GPSで自車位置を測位し、LiDAR(レーザーレーダー)やカメラなどで障害物を検知して、あらかじめ設定したルートを走ることで、自動運転バスの実用化に向け、受容性や安全性と基本的な性能を検証するものです。(注、通常GPSの誤差は数mから10mといわれる) ちなみに、所有者はソフトバンクグループの「SBドライブ」とのこと。

 

自動運転バス調査委員会によると、『自動運転車両による路線バスの運行は、運転手不足や路線維持などの交通事業者が抱える課題の解決や、交通弱者の移動を支援する手段の一つとして期待されている。今後実施する実証実験の結果を公開することで、社会およびバス業界全体の自動運転への理解を促進し、自動運転バスの実用化による公共交通の維持・改善につなげるとしている。』とその意義を説明しています。

 

また、「SBドライブ」の発表によると、”NAVYA ARMA”は、2016年からスイス・シオンの公共交通機関として導入されているほか、アメリカやオーストラリア、ニュージーランドなどで試験走行が実施されています。

 

ちなみに、「ナビヤ・アルマ」の主要仕様は以下の通りです。

・乗車人員: 15名(座席数11

・動力: 電動機(定格出力 15kwx1)

・設計上の最高速度: 45km/h

・設計上の走行時間: 最長13時間

・車両寸法: 全長4.75m、全幅2.11m、全高2.65m

・車両重量: 2,400kg

・車両総重量: 3.450kg

なお、詳細は関連のページ(英文)で参照できます。

 

午前10時30分から午後4時30分まで(最終日の23日のみ午後1時まで)、ほぼ10分間隔で行われる公開試乗会は「ザ・プリンスパークタワー東京」の広い空中庭園にある円形の遊歩道(一周約150m)を利用しているようです。当日、飛び入りで参加することも可能のようですが、念のため午後1時15分の回を事前に申し込んでおきました。参考情報ですが、試乗会は最終日まで予約で埋まっており、試乗するにはキャンセル待ちのようです。
 
受付けと表示されたデスクへ向かうと、そこに居る人たちが全員、少し先に停まる「ナビヤ・アルマ」を眺めています。何かトラブルがあったのでしょうか。
 
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名前を伝えて整理券を受け取り、待機場所のテント内で強い陽射しを避けて待つことに。午前12時30分ごろ、「再開します」とのアナウンスがあり、午前12時スタートの試乗客が案内されました。30分ほどの遅れです。
さらに、「遅れを取り戻すために連続運転をします」との補足説明が続きました。試乗の間に休止時間を置かないことにしたようです。

 

やおら「ナビヤ・アルマ」が動き始めて、受付とは反対側でまた停車して、ドアが開きました。停留所に設定された場所のようです。
 
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ドアが閉まると、再び動き始めます。
 
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「ナビヤ・アルマ」がやっと受付近くまで戻ってきました。曲線を多用した柔らかな外形が印象的です。
 
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「ナビヤ・アルマ」に近づいて撮影。前後の形状がほとんど同じであり、ロンドンのタクシーのように前後にある客席には乗客が向かい合って座っているため、どちらが前か判断が難しいことが分かりました。ちなみに、赤いテールランプがある方が後部です。
 
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そして、こちらが前部です。
 
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人の歩く速さの2倍くらいのスピードを出していますから、私はすぐに追い越されました。
 
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少し先、先ほど「ナビヤ・アルマ」が停止していた場所で再び止まりました。人がコース内に入ったためのようです。この写真に写っていますが、試乗会では安全性の確保のため、オペレーターが乗車するほか、走行ルート上に監視員が数名配置されていました。
 
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受付けで整理券を受け取る人も増えました。スタッフは無線でコースの各所と連絡をとっているようです。
 
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試乗後にはアンケートを書くようです。また、その脇には「自動運転バス一般公開試乗会」への予約を呼びかけるパネルが置かれています。
 
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暑さに耐えながら待つこと約30分、遅れはほぼ解消しました。試乗客の乗降もスムーズです。
   
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同行者は冷たい水が提供される待合所のテントで、私は受付の近くにある集合所のテントでさらに待つことに。
 
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正常なスケジュールに戻り、乗降所での停車時間が長くなったことで、「ナビヤ・アルマ」の内外を撮影することができました。ちなみに、ホテルから伸びる遊歩道の先が乗降所になっています。
 
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「ナビヤ・アルマ」を所有する“SBドライブ”のロゴ
 
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車内には前後に4席ずつ。乗降ドアの反対側には折り畳み式のイスが3席あります。ガラスの反射で見にくい写真になったことをご容赦ください。
 
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(続く)

2017年7月21日 (金)

驕り高ぶりの怖さ

人生の終盤に差し掛かると、これまでの様々な事柄が思い出されます。社会人になって無心に仕事に取り組んだ20年間、そして向かうところ敵なしと感じられた10年間が続きました。しかし、そこで私は目に見えない壁に突き当たることになりました。市場環境の急激な悪化(1997年のアジア通貨危機や2000年から2002年にかけての世界的なITバブルの崩壊など)に対処することができなかったのです。攻めには強くても、守りにはからきし弱いことが露呈したのです。

 

今思えば、自分自身が生み出した壁(限界)が災いしたのです。つまり、成功体験に裏付けされた自信そのものが、一転して自らの自由な発想を阻害するようになったのです。失敗することの恐れが理屈重視の姿勢となり、逆に正確な判断力を奪うことになったのです。それでいながら、自らの能力をもってすれば不可能はないはずだとも考え始めました。

 

しかし、現実は残酷です。私の思いとは裏腹に成果を挙げることはできなくりました。しかも、それまでは気にも止めなかった小さな障害が目に付くようになり、目標を達成できない理由をあれこれ数えることも。その結果、大きな失敗はしなかったものの、私の限界が顕在化しました。守りきる術(すべ)を持ち合わせていなかったのです。

 

歴史を振り返るともっと大きな事例に事欠きません。「驕(おご)る平家は久しからず」や仏教徒を弾圧し、天下統一を目指した「信長の高転び」、近代では中国戦線で手一杯であった日本がアメリカと開戦した太平洋戦争で惨敗したことなどが挙げられます。攻めには強いため、守ることが疎(おろそ)かであったと考えられます。いずれも自身の力を過信した結果、予想外の悲惨な結果が待っていた事例です。

 

人は自らの能力を過信しがちです。例え、卓越した能力を備えていても、物事が思うように運ぶとは限りません、ましてや、時の運に助けられて成功した場合は、流れが変われば、いずれは運も離れて行きます。成功体験が度重なると、自らのなかに「傲慢(ごうまん)」が知らずしらずに生まれます。これを自ら認識できるか否かで大きな違いが生じます。例え、それに気付いたとしても、手遅れであることが多いのです。

 

最近の世界は、これまでの常識からはかけ離れた、思いがけないことが起こっています。アメリカでのトランプ大統領の誕生、イギリスのEU脱退、フランスでは既存政党との関係を持たないマクロン大統領の選出と、彼が新たに立ち上げた政党が第1党になり、共闘する政党と合わせて過半数を上回る議席を締めたことなどかあります。英国でも政治基盤を盤石にしようとしたメイ首相が総選挙(6月8日)に打って出ましたが、思惑とは逆に与党が過半数を下回ったことで、メイ首相は厳しい政治状況でEUからの離脱交渉に臨むことになりました。

 

日本でも政界に激震が走っています。傲慢(ごうまん)な国会運営と閣僚の不適切な発言を首相が咎(とが)めなかった(実質的に擁護した)ことが選挙民の反発を買い、東京都議会選挙(7月2日実施)で政権与党が惨敗する一方、新しい政党が躍進して協力する政党と合わせて過半数を大幅に上回ったことはフランスと似ています。最近の共同通信社の世論調査(7月上旬実施)によると阿部内閣の支持率は50%代から半減して29.9%に急落し、ANNの世論調査(7月中旬実施)では29.2%、いずれも第2時安部政権発足以来の最低水準になりました。評判の良くないあのトランプ大統領の44%(就任100日目の4月現在)、36%(7月16日発表)よりはるかに低い水準です。

 

支持しない理由で最も多いのは、共同通信社の調査では阿部首相を信用できないというもの(67.3%)です。国のトップが国民に信頼されない状況は異常としかいえません。最近のテロ等準備罪法案の強行採決(6月15日)や森友学系・加計(かけ)学園問題の審議などにおける国会運営のやり方と国民への説明不足がその理由であることは明白です。このためか、政府の動きが慌(あわ)ただしくなりました。焦(あせ)りの現れなのでしょう。今回のことで、国民を軽視する姿勢は政府と政権与党への支持を著しく損うことが明白になりました。

 
これまでのように、耳触りの良い言葉(名詞・形容詞・副詞)を羅列(られつ)したり、成果を出せない目玉政策の看板を頻繁(ひんぱん)に架け替えたりするだけでは、国民の信頼を回復することは覚束(おぼつか)なく、さらに国民を失望させることに首相は気づいて欲しいものです。国民が望むことは『有言実行』 なのです。しかも、これまでのような「大言壮語」で煙に巻くことはもちろんのこと、弥縫策(びほうさく、注、一時逃れの方策)や美辞麗句(びじれいく)を並べることで事態を改善することは困難でしょう。そして、このままの状態が続けば、政治の混迷はさらに深まり、日本社会はさらに世界における地位(社会・経済・文化の質)を低下させ、衰退の道を突き進むことになりそうです。

 
その中で、週明けの7月24日(月)と25日(火)の両日には衆議院と参議院において安部首相が出席する予算委員会の閉会中審査で加計学園問題が審議されることになっています。今や安部首相の口癖となった「真摯(しんし)で丁寧(ていねい)な説明」の実現を国民が見守っていることは間違いありません。安部首相が本当に信用・信頼できる政治家であることを公開の場で示す「大一番」(絶好のチャンス)と言えるでしょう。この場において、「はぐらかし」や「責任転嫁」は「百害あって一利なし」であることは明らかです。安部政権にとっては「信用を挽回する好機」(最後のチャンス)である、言い換えれば政権発足以来「最大の危機」に直面しているのです。

 

歴史に学ぶまでもなく、このような状況を放置した責任を次の選挙で審判を受けるのは、国会議員を始め、国民(住民)から政治を預かるすべての議員たちなのです。(注、今夏は多くの地方選挙が予定されている) そして、一強体制がいつまでも続くものではないことに早く気付いて欲しいものです。つまり、議員先生も選挙で落選すれば我われ庶民と同じただの人になるのです。

 
驕(おご)り高ぶること、つまり傲慢であること尊大であることは、時代と世の東西を問わず、非常に怖いことなのです。

2017年7月19日 (水)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(最終回) 白根山から草津町・東吾妻町・高崎市を経由して自宅へ

「渋峠」の約200m先、渋峠ホテルを過ぎた場所に「日本国道最高地点」(標高2172m)の碑がありました。
 
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尾根伝いに続く志賀草津道路の先に「草津白根山」の山並みが見えます。手前の赤茶けた場所が白根山(標高2160m)で、噴火口にできた火口湖湯釜があるそうです。その先(南側)には逢の峰(あいのみね、標高2110m)と本白根山(もとしらねさん、標高2171m)も続いています。草津白根山は南北方向に並ぶこれらの三山の総称です。
 
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5分ほど走った場所(整備された駐車スペース)に草津白根山の案内看板がありました。それには、『草津白根山は明治15年(1882年)以降、たびたび噴火を繰り返している活火山です。明治以降の貧家ではマグマに由来する火砕流(かさいりゅう)や溶岩流は発生していません。また、現在の噴火位置は湯釜を中心とした半径600m以内に限られています。おもに水蒸気爆発により火山灰や噴石(ふんせき)を飛ばすタイプの噴火で、人頭の噴石が火口から約3km程度の場所まで落下することがあります。(以下略)』 ちなみに、白根山の登山道は立ち入り禁止になっていました。
 
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来し方を振り返ると、横手山の山頂付近には電波塔のようなものが確認できます。後で調べると、NTTテレビジョン中継回線の中継所でしたが、光ファイバー回線に切り替えられてからは通信設備が撤去され、局舎と鉄塔だけが残っているそうです。その下には渋峠へ向かう志賀草津道路の急な上り坂が続いています。
 
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その右方向には、横手山・渋峠との間にある山田峠を折れ曲がりながら超える志賀草津道路一望できました。
 
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大きなヘアピンカーブを抜けた所に右手へ分岐する道が現れました。案内看板には「浅間・白根火山ルート」と表示されています。万座温泉と鬼押出し園を経て軽井沢に至る、プリンスホテルが管理運営を行っている有料道路「浅間白根火山ルート」(万座ハイウェーと鬼押しハイウェーで構成)でした。
 
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白根山を半周するようにカーブして下る志賀草津道路は噴火口から有毒ガスが噴出されているため、途中の弓池近くにあった「駐車場・草津白根レストハウス」は立ち入り禁止になっており、もちろん路肩に車を停めることもできません。逢ノ峰と弓池などを撮影したかったのですが、監視員の方に促(うなが)されて、そのまま車を走らせました。急な坂を下って白根火山ロープウェイの山麓駅前を通過すると草津町の中心部に入りました。そして、草津交差点を右折すると、国道292号は愛称が日本ロマンチック街道に変わります。
 
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坂道を快調に下ると前方に見覚えがある山が見えてきました。「草津温泉の湯巡り」の記事で紹介した「丸岩」です。
 
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中之条町から長野原町に入り、新須川橋交差点を左折して、国道145号(日本ロマンチック街道)を経て国道406号(草津街道)に入る予定でしたが、吾妻川の八ッ場(やんば)ダム関連の工事による交通規制(通行止め)があり、かなり迂回をする必要がありました。

 

迂回ルートを経由してなんとか国道406号(草津街道)に入って、折れ曲がった道を進んだ所で、「丸岩登山口」の看板を見つけました。
 
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東吾妻町(ひがしあがつままち)に入ります。
 
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山道からなだらかな道に変わりました。
 
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大戸交差点を道なりにカーブして高崎市を目指します。
 
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高崎市内に入ると、ところどころで車が渋滞し始めました。君が代橋西交差点で国道18号(豊岡バイパス)に入り、君が代橋を渡った君が代橋東交差点で国道17号(中山道)にそれました。直進して関越自動車道路の高崎ICに入って良かったのですが、ここまでほぼ順調なペースで進んでいますから、もう少し一般道を走ることにしたのです。高崎市内の国道17号は片側2車線の広い道路ですが、中心部を抜けるまで渋滞が続きました。そして、国道17号は陸上自衛隊新町駐屯地の角にある交差点(藤岡市と上里町の境界付近)で片側1車線に変わると、またノロノロ運転が待っていました。

 

本庄市へ入ると国道17号は関越自動車道と離れて行きますから、本庄早稲田ICあるいは花園ICから関越自動車道に入る必要があります。車の流れ方をみて深谷市に入った午後5時45分ころ、国道17号(バイパス)の上増田交差点を右折した県道263号・県道47号・深谷市道、さらに国道140号を経由して午後6時10分ころ、往きにも利用したり花園ICから関越自動車道路に入りました。

 

午後6時40分に関越自動車道(上り)では最後となる三芳(みよし)PAに立ち寄って、休憩を兼ねた夕食を摂(と)ることにしました。
 
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いくつか店が並ぶ中から寿司店「大江戸」を選びました。
 
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私は「海鮮ちらし丼」(820円)を、同行者は「ネバネバ月見丼」(820円)を選びました。
 
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写真を撮る前に食べ始めてしまいましたので、メニューの写真もあわせて掲載します。
 
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予想以上の美味しさに二人とも満足。

 

午後7時20分ころ、練馬ICに到着。そして、当初予定した午後8時ちょうどに自宅へ戻りました。ちなみに、3日間の総走行距離(無給油)は723.0km、平均燃費は23.7km/ℓ。道路の種類別では、高速道路が168km(約23%)、山岳道路が約100km(約14%)、一般道が約460km(約63%)の構成比であることを考えると、まずまずの燃費結果だと思います。
   
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そして、ガソリンの残量は68km分、つまり3リットル程度と、この車の無休油での走行可能距離が約750kmであることも確認できました。
 
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<同行者のコメント> 3日間でずいぶんたくさんの場所を訪れました。運転手さんは事前のシナリオにしたがって廻っていたようですが、途中で行き先を変更したり、追加したり、と大忙しでした。今回、温泉は1か所だけでしたが、土産物を買うところが多くて楽しかったです。しかも、苦労して登山することなく、ロープウェイを利用したり、快適な山岳道路で一気に駆け抜けたりしながら、冠雪した山々をいっぱい楽しむことができました。(終)

2017年7月18日 (火)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その32) 志賀高原から横手山へ向かう山岳ドライブ

帰路は県道362号ではなく、新道交差点を直進して信号がほとんどない北信五岳道路(上水内北部広域農道)を一気に走り、国道117号の立ケ花橋西交差点を横切って県道29号の立ケ花橋を渡ることにしました。前方に志賀高原の山並みが近く見えます。そして、右手前は三沢山(標高1504.6m)から続く尾根です。
 
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事前に検討したルートは次の3つ。①予定の時間より大幅に遅れた場合は上信越自動車道の信州中野ICに入って、藤岡JCTで関越自動車道を利用する高速道路ルート(距離:225km、練馬ICまでの所要時間:推定2時間30分)、②国道117号から国道18号に入って長野市・千曲市・上田市・小諸市・軽井沢町(碓氷峠)・高崎市を経由して国道17号から上信越自動車道の藤岡ICに入る高速道路利用する中山道ルート(距離:約230km、練馬ICまでの所要時間:推定約6時間)、③県道29号と国道292号(志賀草津道路、日本ロマンチック街道)で志賀高原と横手山・白根山を抜け、草津から国道406号(草津街道)で高崎市へ出る山岳ルート(距離:約180km、練馬ICまでの所要時間:推定約6時間)。

 

いずれも、ドライブしたことのあるルートですが、この日もタイムキーピングがうまく行ったことで時間的に余裕がありますから、3番目の案を採用することにしたのです。しかも、4月下旬に冬季閉鎖が開示された志賀草津道路は、山岳ドライブを楽しめる上に、この季節(5月末)は冠雪した山々を見られることも魅力です。

 

信州中野IC前を通過した江部交差点で国道403号に入り、七瀬交差点国道292号(志賀草津道路)に合流しました。快適な道路は一気に高度を上げて湯田中温泉に近い井野角間IC付近を通過。
 
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枇杷池(びわいけ)付近
 
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志賀高原丸池のホテル街を通過。写真は志賀ロイヤルホテル(正面)とホテル・シャレード・イン志賀(左)。
 
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ここから先は冬季に閉鎖される区間です。
 
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植生が高山らしくなってきました。
 
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平床(ひらとこ)」(標高1650m)を通過するころには山の斜面に雪が残る場所が見られます。
 
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と思う間もなく、路傍に雪の壁が現れました。
 
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「横手山」と「渋峠」が近づいたようで、大きな案内看板があります。ちなみに、「のぞき」は横手山にある展望所で、白根山と渓谷を望むことができるようです。
 
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見晴らしが良い場所に出ました。尖がった山は8年前にも見た笠ヶ岳(標高2076m)です。
 
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横手山に登る動く歩道の「スカイレーター」(長さ200m、標高差35m、約5分、上り下り交互運転)の乗り場前を通過。営業期間は6月上旬から10月下旬の午前8時45分から午後4時とのこと。2人乗りの「スカイペアリフト」(長さ410m、標高差170m、約5分)を乗り継ぐと右手にある横手山の山頂(標高2307m)へ行くことができるそうです。ちなみに、横手山の西山麓(左手)と東山麓(右端)は「横手山渋峠スキー場」になっています。
 
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横手山ドライブイン」は志賀草津道路のこの区間を通行できる4月下旬から11月上旬に午前9時から午後4時までオープンしているようです。
 
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横手山の南側、急峻な斜面に設けられた長い洞門(どうもん)に入ります。
 
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高度が上がったことで右手に続く山並みには雪が斑模様(まだらもよう)に残っています。
 
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こちらは横手山側
 
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遠くに見える2つの高い山は「草津白根山」(標高2160m)かもしれません。
 
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渋峠」(標高2172m)に到着、群馬県(中之条町)に入ります。案内看板によると、この付近には2人乗りの「渋峠ロマンスリフト」の乗り場があるようです。(営業期間:春・秋の2-3週間を除く、営業時間:午前8時45分から午後4時まで、横手山山頂へ約10分) 冬はスキー客が横手山に上がるために利用し、春から秋には眼下の花畑を楽しむことができるとのこと。案内看板の先にその駐車場がありました。
 
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(続く)

2017年7月17日 (月)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その31) 飯綱町三水地区の「アップルミュージアム」

さっそく、道草です。「サンクゼール・ワイナリー」から800mほど戻った場所にある「いいづなアップルミュージアム」に立ち寄ることにしました。「サンクゼールの丘」へ向かう途中に見かけた施設で、飯綱町役場三水庁舎の向かい側にあります。
 
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一面にりんご畑が広がる飯綱町の小高い丘の上に建つ「いいづなアップルミュージアム」は、りんごを4分の1にカットしたような外観がひときわ印象的な「リンゴづくしの博物館」で、開館時間は午前9時30分から午後4時30分まで。
 
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館内に入った場所には、斑尾山(まだらおやま)の山麓に広がる三水地区(飯綱町の北東部)の立体地図があり、「三水の歴史と文化」と題して、明治22年(1889年)に発足した三水村(みみずむら)の由来と歴史が説明されていました。平安時代からの歴史がある3つの用水があったことが地名の由来であり、3つの用水は斑尾川(注、斑尾高原から流れ落ちる川)と鳥居川(注、北しなの線沿いに流れる川)から水を取り入れているとのこと。注、平成17年(2005年)に牟礼村と三水村が合併して飯綱町が発足)
 
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「三水村」のリンゴ栽培」の説明パネルには、『大正元年(1912年)に和リンゴ栽培が始まり、昭和に入って養蚕(ようさん)が不況になると、桑の代替作物として栽培がすすめられ、第二次世界大戦後のリンゴブームに乗って栽培面積は飛躍的に増加した。昭和38年(1963年)には最高の366haを記録し、昭和43年(1968年)には全国生産量の約1%、9560トンを達成した。』 と誇らしく書かれています。
 
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入館料(大人300円)を支払って展示室へ入りました。
 
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中央にはリンゴの木をイメージさせるオブジェがあり、その周囲にキンゴ畑の四季を表現しています。
 
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リンゴの種類
 
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「香りの扉」
 
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壁面には秋のリンゴ畑の写真が
 
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冬の写真
 
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「リンゴ畑の四季」(リンゴの栽培管理)
 
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「リンゴの歴史と今日のリンゴ栽培」の説明パネルには、『現在栽培されているリンゴの基本種はヨーロッパ東南部およびアジア西部に減勢分布していた種です。この原産地から紀元前にはヨーロッパに広がり、6世紀ころ中国に渡り、0世紀ころ日本に来ています。これが和リンゴです。17世紀ころアメリカに渡り、18~20世紀には南半半球に広がっています。今日のリンゴ栽培は明治4年(1871年)、明治政府がアメリカから75種類のリンゴを導入して始まったものです。』 とわります。
 
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こちらは「リンゴ」を題名に使った映画のポスター、「リンゴ」にちなむ音楽用カセットテープと絵画
 
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「顔が干し林檎のおじいさんとおばあさん」(タスマニアの人形)
 
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展示室を出た”i-cafe”(アイカフェ)で休憩することにして「リンゴジュース」(300円)を注文。スタッフの方がその場でオーストラリア産の珍しいリンゴ「グラニースミス」を切って絞ってくれました。ほどよい酸味があって飲みやすいジュースです。
 
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英国王立植物園から贈られたリンゴの穂木17品種が平成2年(1990年)に植えられたことをテーブルに置かれた説明資料「ニュートンりんご並木」で知りました。
 
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ガラス窓越しに見ると、敷地の前でカーブする道路沿いにそのリンゴの木々が植えられているようです。
 
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「いいづなアップルミュージアム」を30分ほどで退出して道路沿いを確認すると、「世界の主要品種」の立て看板とともに、
 
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リンゴの木が何本も並んでいました。それぞれに小さな立て看板がありますから、英国から贈られたリンゴの木のようです。
 
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飯綱町が地元(三水地区)の名産であるリンゴを意欲的にPRする博物館を運営していることに強い印象を受けました。展示内容を欲張りすぎた嫌いがあって、やや雑然とした展示になっていますが、子供から大人までが楽しめるユニークな博物館です。

 

坂道を200mほど下りて、「サンクゼール」への往路に利用した北信五岳道路(上水内北部広域農道)に入りました。(続く)

2017年7月16日 (日)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その30) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(後編)

食後は中庭を歩くことにしました。ショップとサンクゼール本部との脇には石板が敷き詰められたエリアがありました。催し物会場かもしれません。
 
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ジャムとソーセージを作る工場付近
 
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その前にあるウッドデッキにはブドウの蔓(つる)で作ったと思われるゲート状のものがあります。オブジェでしょうか。
 
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ウッドデッキの近くでワイナリーとデリカテッセンを振り返ってみました。左手のワイナリーは中央の屋根が高いエリアとその右側を見学しました。また、右手の赤い屋根が「デリカテッセン&カフェ」で、それに続くエリアがショップと本部になっているようです。
 
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別のアングルで撮影
 
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ショップに戻ってお土産:を買い求めることに。土産物として無難な味と思われた白ワインの「ナイアガラブラン」(やや甘口)、「ソーセージ」、「イワシとサンマの漬物」(ゆず胡椒・バルサミコ酢・ガーリックオイル)、「栗豆(ひよこ豆)」、「WINE POURER(ワイン注ぎ口)」などを選びました。

 

定休日と聞きましたが、「ワイナリーレストラン・サンクゼール」にも立ち寄ってみることにしました。いったん市道へ出て、もう一つの駐車場がある右手へ向かいます。
 
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その途中に見かけたリンゴ畑
 
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駐車場で車を下り、石畳の遊歩道にしたがって歩くと、前方にレンガ色の建物と純白の教会のようなものが現れました。
 
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左手にあるバラのゲートを潜(くぐ)ると、南東方向の展望が開けました。レストランのテラス席の下にある斜面一帯がブドウ畑になっており、その先は飯綱町の東部、そして遠くに見えるのは長野市との境界にある山並みのようです。
 
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ブドウ畑はブドウの栽培に適した斜面を利用していると思われます。
 
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薄っすらと見える山は志賀高原(標高1340-2307m)でしょう。
 
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定休日であるレストランのテラス席はひっそりとしています。
 
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こちらがレストランの正面入口
 
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「ワイナリーレストラン・サンクゼール」は1989年(平成元年)に欧風レストラン・サンクゼールとしてオープンしたそうです。

 

そして、これは結婚式が挙げられるというサンクゼール教会の礼拝堂(2005年竣工)
 
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教会の左下にある建物には”St. Cousair Chapel”(サンクゼール教会)と表示されています。
 
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その近くから見るブドウ畑と志賀高原
 
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まだ午後1時前ですが、帰路につくことにしました。時間に余裕があれば、また道草を食うつもりです。(続く)

2017年7月15日 (土)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その29) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(中編)

店内を見て回る同行者を残したまま、私は「デリカテッセン&カフェ」に続くウッドデッキに出てみました。広い内庭には大きなケヤキとゴールデンアカシアの木があり、その先にあるのは工場のようです。「サンクゼールの丘」は名前通りに丘の頂上にありますから、左手(西)方向の眺(なが)めは良く、飯綱町の田園地帯の先に鼻見城山(はなみじょうやま、標高723m、写真右手前)があり、その後方には信濃町と隔てる高い山を望むことができます。
 
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内庭の右手にはテーブル席が並べられ、
 
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それに面する場所にも工場らしい建物があります。しかし、そのウッドテラスにもテーブル席がありますから、レストランかもしれません。
      
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ここで同行者に声を掛けて、集合場所である木製の手動搾(しぼ)り機の周辺で待っていると、午前11時までに数名の参加者が集まりました。写真は搾(しぼ)り汁の出口付近です。
 
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次の写真は右手に立つ黒板に描かれた施設内の地図です。入口になっているアーチの左側にはショップとデリカテッセンが、右手の建物はワイナリー、中庭の先にある建物はジャムとソーセージの工場と事務所であることが分かりました。そして、駐車場とリンゴ畑の先にはレストランと教会があるようです。後で知りましたが、サンクゼールは手造りジャムを製造販売する会社「斑尾高原農場」として1982年に発足し、2005年に現在の社名に変更したそうです。
 
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定刻になるとスタッフが現れて、簡単な説明のあと、「サンクゼール」のエントランス道の両側にあるブドウ畑に参加者を引率しました。
 
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この写真は到着時に駐車場からワイナリー(中央の建物)を背景にして撮影したものです。
 

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シャルドネ種(注、フランス原産の白ワイン用ブドウ品種)の若木(約20年もの)は横に張られた鉄線の高さに合わせて若い蔓(つる)を上に伸ばすように、つまり垣根型で栽培されるのだそうです。ちなみに、日本では食用のブドウは藤棚のような平棚で栽培されるのが普通ですが、ワイン用のブドウはヨーロパなどと同様、日当たりと作業性を考慮してこのようにするのが一般的とのこと。
 
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30年以上前にニュージーランドで訪れたワイナリーのブドウ畑やライン川下りで遠望したブドウ畑も垣根型だったことを思い出します。
 

聖書の言葉が書かれた立て看板を見かけました。『受けるよりも与える方が幸いである』(使徒行伝20章35節)と書かれています。新約聖書の一書である使徒行伝(注、使徒言行録のプロテスタントによる呼称)の13から28章は伝道者パウロが伝える主イエスの言葉です。ちなみに、1章から12章はペトロ。
 
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後で知りましたが、「サンクゼール」の経営者夫妻はキリスト教徒とのこと。

 

三角アーチまで戻って右手へ向かうと、ウッドテラスの先にワイナリーの入口がありました。
 
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内部には銅製の真新しい機械が設置してありました。『ブランデーを作るために購入したヨーロッパ製の蒸留器ですが、ほとんど利用していません』 との説明。機械のタンク部(左側)には”ARNOLD HOLSTEIN”および“MARKDOLF BODENNSEE”とドイツ語が表示されています。
 
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後で調べると、アーノルドホルシュタイン社はドイツで有名な(世界トップクラスの)蒸留機メーカーで、スイスやオーストリアとの国境にあるボーデン湖(Bodensee)の近く、マークドルフ(Markdolf)という小さな町にあるようです。用途もフルーツブランデー、ジンやウォッカ、ウィスキー、日本の焼酎など、蒸留酒であれば何にでも対応できるそうです。

 

次いで右手の入口から奥行きのある部屋に入ると、「魚沼の里」の「八海山雪室」で見たものと似た木製の樽(たる)が積まれていました。ワインの熟成工程です。
 
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木製の樽の両側に大きな金属製のタンクが並んでいますが、ワインの品質に応じて使い分けるようです。
 
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このワイナリーではフレンチオーク樽を使用しているそうです。白いチョークで書かれた記号には意味があると具体的な説明を受けましたが、迂闊(うかつ)にも失念してしまいました。SCはシャルドネ、CHはシャトー(注、城から転じてボルドーの生産者を意味する)だったかもしれません。
 
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注、樽に表示されている”ERMITAGE”(注、隠れ家の意)はフランス南東部・ローヌ地方のワインの産地、「エルミタージュの丘」を指す地名で、”TONNELLERIE”は樽製造業または樽職人を意味するフランス語と思われる

 

ワイナリーツアーは予定より少し長い20分弱で終了しました。ブドウを搾(しぼ)る工程も見学できればと期待していましたが、残念ながらワイナリーツアーには含まれていませんでした。もっとも、ブドウの収穫時期ではないこの時期には無いものねだりでした。ちなみに、秋の収穫祭では「ブドウの収穫」と「足踏み搾り体験」を楽しむイベントがあるようです。

 

昼食は、 「ワイナリーレストラン・サンクゼール」が定休日のため、サンクゼール・ワイナリー本店内の「デリカテッセン&カフェ」(営業時間:午前11時~)を利用することにしました。パラソルのあるウッドデッキあるいは芝生席で食事することが可能ですが、日差しを考慮して前者を選びました。
 
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そして、選んだメニューは、「ハム・ソーセージ・キッシュ・パン・野菜サラダのプレート」、「ドーナツ」、「白ワイン(ノンアルコール)」(注、赤は売り切れ)、「フレッシュブドウジュース」の4品。
 
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広い中庭を眺め、ワインとジュースを味わいながらプレート料理を待つことに。
 
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10分後に配膳されました。プレートに盛られた大きめのソーセージは、思った以上に柔らかくてほど良くスパイシーであり、生ハムはキッシュで巻いて食べました。いずれも、アルコールが入ったワインと相性が良いと思いました。
 
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(続く)

2017年7月14日 (金)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その28) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(前編)

国道117号(飯山街道)に戻って南下し、道の駅「花の駅・千曲川」の前を通過。
 
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伍位野交差点を直進してバイパスに入り、南隣の中野市に入りました。

 

道の駅「ふるさと豊田」と上信越自動車道の豊田飯山ICを通過するとバイパスは途切れて県道362号になりました。2kmほど走るとこの日の目的地がある飯綱町(いいづなまち)に入ります。
 
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県道362号は県道459号と交差
 
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真っ直ぐな道が続きます。
 
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と思っていると、少し先(3-4分)で道は左に折れます。
 
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800mほど先の新道交差点を右折して脇道に入りました。
 
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当初の予定では、豊田飯山IC付近で県道96号に入って、隣町信濃町の野尻湖畔にあるナウマンゾウ博物館・一茶記念館(いずれも午前9時オープン)や野尻一里塚などを巡ることにしていました。8年前に野尻湖を訪れたのは夕方近くで、立ち寄ることができなかった場所です。しかし、「菜の花公園」を再訪したため、この計画を急遽中止し、この日の主目的地だけに向かうことにしたのです。

 

再び直線的な道路が北方に伸びています。後で調べると、長野市豊野町(立ケ花橋西交差点)と信濃町古間を結ぶ広域農道「北信五岳道路(上水内北部広域農道)」でした。
 
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700mほど先に「サンクゼール」の案内看板を確認
 
 
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長い坂道を上がった午前10時20分ころ、「サンクゼールの丘」に到着。ブドウ畑とワイナリー(ワイン製造所)、および食材店が一体になった施設です。ちなみに、サンクゼールはフランス語のサン(Saint、聖なるの意)とクゼール(経営者の姓、久世をフランス語風に発音)を組み合わせた造語とのこと。
  
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テレビ東京のトークライブショー「カンブリア宮殿」(2016年11月3日午後9:54から)で取り上げられたことで、「サンクゼールの丘」の存在を知りました。西洋食材店の「サンクゼール」を46店舗、日本の食文化を発信する久世福商店(フランチャイズ)を52店舗、全国で展開しているそうです。
 
 
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草花が咲き乱れるエントランスの先にはワイナリーらしいフランス風の建物が並んでいます。三角形をした門にはアーチ型の通路がありました。「三角アーチ」と呼ばれているようです。
 
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三角アーチの壁面にあるプレートには「1990」の数字が見えますから、比較的新しいワイナリーのようです。
 
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三角アーチの下に木製の古い手動ブドウ搾(しぼ)り機が目に入りました。その横にある黒板には「ワイナリーツアー」(無料)の案内が書かれています。「午前11時にスタートする初回のツアーに参加するのがこの場所を訪れた主目的です。そのため、それに間に合うように移動ルートを調整しました。ちなみに、「ワイナリーツアー」(無料)は午前11時、午後1時30分、午後3時の3回開催され、各15分間のツアーです。
 
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ツアーの時間まで30分以上ありますから、同行者は左手のショップに入って行きます。
 
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ジャズ音楽が流れる店内はワインを中心に、様々な自社商品(ジャムやソーセージなど)が並んでいました。右奥にはデリカテッセン(西洋風惣菜店)とカフェがあります。
  
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同行者はなぜか「柿ピー」などを買っています。
 
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それではと、私はカウンターでワインのテイスティングをすることに・・。あくまでも、土産に買うワインを選ぶためです。販売されているワインの種類は辛口と甘口の両極端で、中間のワインはないとのこと。
 
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(続く)

2017年7月13日 (木)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その27) 飯山市の 「菜の花公園」

「飯山市立東小学校」と刻まれた石版と「菜の花公園」の案内看板の前を通過
 
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坂道を上がると、木立に囲まれた場所に出ました。
 
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ここが入口のようです。
 
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公園内にも菜の花畑があるようですが・・。
 
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公園内に足を踏み入れると展望が広がりました。思った通りでしたが、菜の花畑では花の代わりに緑色の鞘(さや)がたわわに実っていました。「菜の花公園」と刻まれた石版の右後方には千曲川と斑尾山(標高1382m)が確認できます。
 
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「菜の花公園」と刻(きざ)まれた石板の横にあったのは「千曲川河畔の眺望」につての案内図には、斑尾山の他に、高社山(標高1352m)・飯綱山(標高1917m)・黒姫山(標高2053m)・妙高山(2454m)、火打山(2462m)なども表示されています。
 
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左手にはステージと鐘が見えます。「いいやま菜の花まつり」の主会場でしょう。遠くには「アルペンプラザ」の自室からも見えた高社山(たかやしろやま)が見事な背景になっています。
 
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右手にある「寄楽舎」(売店)には4週間前(5月3-5日)に開催された「いいやま菜の花まつり」のポスターがまだ貼られています。
 
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菜の花と霞桜(かすみさくら)が満開時の写真パネルを見つけました。その説明書には、『♪菜の花畠に 入り日薄れ 見わたす山の端 霞(かすみ)ふかし♪ 賞か「おぼろ月夜」を作曲した高野辰之氏はこの奥信濃と縁が深い人物(飯山市の南隣、中野市出身)であり、この菜の花公園からの眺望はおぼろ月夜の歌詞を彷彿(ほうふつ)させます。(以下略)』 とあります。
 
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公園の右端に移動した場所に「信州ふるさとの見える丘」の写真パネルには菜の花と朱塗りの大関橋が架かる千曲川が写っています。その先には「仏ヶ峰」(標高1140m)を望むことができました。注、説明文は上記と同じ
 
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中央の遊歩道を下方へ歩いてみました。
 
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その中ほど、右手の木立に囲まれている場所に唱歌「朧(おぼろ)月夜歌碑」を見つけました。立木の影にあるため高台からは確認できなかったのです。
 
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最後に、斑尾山(標高1382m)から続く毛無山(標高1022m)などの山並み(新潟県との県境)を見ながら「ハッピーイエローのカーペット」(注、菜の花畑の愛称)を思い浮かべてみました。
 
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予定になかったこの寄り道(再訪)のため予定より1時間遅れです。先を急ぐことにしました。(続く)

2017年7月12日 (水)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その26) 戸狩温泉「アルペンプラザ」に宿泊

県道38号と国道117号で柏尾橋東交差点まで戻り、柏尾橋で千曲川を渡り、戸狩野澤温泉駅の脇をから市道を経由して県道409号に入り、ちょうど午後五時戸狩温泉「アルペンプラザ」に到着。戸狩温泉スキー場のすぐ近く(徒歩5分、約300mの距離)にある、名前からも分かるように冬はスキー客が利用しますが、それ以外の季節はサイクリング客やハイキング客を対象とするホテルのようです。ちなみに、5kmほど南にある外様地区と長峰運動公園では「菜の花飯山サイクルロードレース」が4月中旬に開催されます。
  
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右側の建物にフロント・食堂・浴場があり、ロビーと客室は左側にあるピンク色の建物(3階建て、半地下有)でした。30台を収容できる駐車場があるようですが、この日はホテルのエントランス脇に駐車できました。

 

ロビーを通過して、エレベーターで客室へ向かいました。館内には、生け花とと絵画が飾られ、ジャズが流れており、落ち着いた雰囲気が感じられます。
 
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予約した部屋は十分な広さがある和室(8畳+2畳)です。
 
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客室から見た戸狩野沢温泉駅方面、2つ目の山の向こう側には8年前に訪れた木島平村の馬曲(まぐせ)温泉があるはずです。手前の水田には水が張られています。
 
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右手のひときわ高い山は高社山(たかやしろやま、標高1351.5m)は溶岩ドームがある成層火山(注、複数回噴火して溶岩などが積み重なった円錐状の火山)で、高井藤と呼ばれるようです。
 
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さっそく、ホテルの一番奥にある温泉を楽しみました。
 
そして、午後7時からは夕食です。フロントを通り抜けた食堂で出された和食は山菜を含むバラエティに富んだ「ふるさと満喫御膳」で、右上の木箱はポークと野菜の「箱蒸し」。珍しいのは長野県名物の「笹寿司」です。熊笹(くまざさ)の葉の上に一口大の酢飯を盛り、具材や薬味を載せたものです。ちなみに、新潟県でも同様の笹寿司があるようですが、石川県では箱に詰めて圧力をかけて作る押し寿司が一般的のようです。
 
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参考情報としてメニューの内容を列記します。
 
冷しゃぶ(みゆきポーク)、
天ぷら、サーモンカルパッチョ、丸茄子のチーズ明太焼き、小鉢(キューリなど)、笹寿司、冷やし茶碗蒸し、漬物

 

そして、こちらは味噌汁とデザート(フルーツ)
 

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翌朝は午前5時前に起床。午前5時になるのを待って再び浴室へ向かいました。脱衣所は小さ目で、脱衣籠は15個ほど。
 
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地下1081mから毎分420リットルもの大量の湯が自噴する天然温泉です。浴槽は小さ目ですが、一人で独占できますから、快適な広さです。ただし、加温が始まったばかりなのか、浴槽の湯はややぬるい。1時間半後に再度試すことになりましたが・・。
   
 
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ちなみに、源泉名は戸狩温泉で、泉質:単純温泉(弱アルカリ性低調性低温泉、pH:8.3、泉温:33.9度、加水なし、加温あり、循環・ろ過あり、塩素殺菌あり、入浴剤なし。

 

カランは6つと十分な数
 
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午前8時から同じ食堂で朝食を摂(と)りました。和朝食にはサラダが添えられています。
 
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ホテルを午前8時半過ぎにチェックアウトして、この日の目的地へ向かいますが、その前にもう一度立ち寄りたい場所があるのです。県道409号に出ると戸狩温泉スキー場が見えました。
 
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県道95号にそれて、戸狩野沢駅近くで県道408号に入り、昨日と同じく柏尾橋(下の写真)を渡り、国道117号を南下しました。大関橋西交差点を左折して大関橋を渡り、関沢交差点で県道38号を南下しました。前日に立ち寄った「菜の花畑」の先にある「菜の花公園」を見たくなったのです。花の季節が終わっていたため気落ちしてしまい、「菜の花公園」を散策するのではなく、「神戸(ごうど)の大イチョウ」に関心が移ってしまったのです。
 
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この公園内を散策しながら、園内にあるという「朧月夜(おぼろづきよ)」の碑を探すことにしました。当ブログ記事「鳥取城跡」で紹介したことがある高野辰之氏が作詞した名曲を記念するモニュメントです。飯山市の市政40周年を記念碑ですが、この歌の舞台として最もふさわしい場所として飯山市民が選んだのだそうです。
 

信号のある交差点近くに立つ「菜の花の丘」の案内看板は前日にも確認しています。
 
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東小学校の前に続く坂道を上がると、菜の花に代わって別の作物が植えられている場所がありました。葉の形からみてカボチャかもしれません。花が終わったあとに刈り取られた(種を採取しない)エリアのようです。
 
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こちらは小さな苗が畝(うね)に沿って直線上に植えられたばかりです。
 
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「菜の花公園」の小さな案内板を見つけました。東小学校の敷地に沿って右折するのが順路のようです。
 
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その左手には鞘(さや)が黄色くなりはじめた菜の花が広がっています。
 
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次回は「菜の花公園」の中心部を紹介します。(続く)

2017年7月11日 (火)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その25) 長野県飯山市へ

午後2時半過ぎに、県道214号と国道17号を戻り、美佐島交差点を右折して国道253号に入りました。六日町IC前を通過。十日町市との境界にある八箇峠(はっかとうげ、標高659m)の下を貫通する八箇峠トンネル(2014年開通、延長2840m)を抜けて十日町市へ向かいます。
 
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十日町市の中心部にある山本町交差点を左折して国道117号に入り、津南町を通過し、信濃川に架かる宮野原橋を渡りました。この橋の西側新潟県と長野県の県境があります。
 
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長野県側(栄村)から見る宮野原橋
 
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新潟県側で信濃川と呼ばれる川は長野県では千曲川と名称が変わります。写真はその支流である志久見川(しくみがわ)で、県境になっているようです。
 
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前方にはよく整備された道路が千曲川沿いに続きます。
 
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すぐ先にある道の駅「信越さかえ」の駐車場脇に変わったものが置かれていることに気づきました。
 
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長瀬新田遺跡で出土した「火焔(かえん)型土器」のレプリカです。
 
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説明書きによると、『今から約5000年前に造られた先史芸術の傑作品です。手作りですので、同じものは一つもないことから貴重な文化財です。新潟県内の信濃川の沿岸に分布する縄文土器で、栄村・長瀬新田遺跡出土の発見は、その分布域が志久見川(しくみがわ)を越えることを示したものです。ツ輪能上(口縁)には、鋸(のこぎり)のような鋸歯状突起とニワトリの鶏頭冠(けいとうかん)のような鶏頭冠状突起が貼付されています。また、器面には粘土紐(ねんどひも)を巧みに貼り、立体的な渦巻文(うずまきもん)が特徴です。』 とのこと。
 
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さらに国道117号で飯山市方面へ向かいました。野沢温泉村を経て飯山市に到着。この季節ならではのものを期待したのです。それは「魚沼の里」で予期せず楽しんだ「菜の花」です。飯山市の北部、大関橋の近くで毎年連休中に開催される「いいやま菜の花まつり」の会場である「菜の花公園」(約13ヘクタール、約18万本)には、3週間以上経っても、「菜の花」の黄色い(ハッピーイエローの)カーペットの名残(なごり)があるかもしれないとの淡い期待を抱いていました。

 

国道117号の大関橋西交差点を左折して大関橋で千曲川を渡り、県道38号を南下し、目標となるた飯山市立東小学校へ入る交差点に到着。しかし、一帯に植えられた菜の花(注、アブラナ科アブラナ属の総称)はすべて種を内包する緑色のサヤに変わっていたのです。ちなみに、この公園にある「菜の花」は葉物野菜の野沢菜の花です。一般的には菜種とも呼ばれる数種類のアブラナは油を採るために栽培されますが、ここで栽培されるアブラナ(野沢菜)は、連休中に菜の花を鑑賞したあと、種を採取することが目的なのだそうです。ちなみに、開花した2か月後には、サヤが黄色に変わり、種の収穫時期を迎えるようです。
 
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農道を時計回りに歩いて東小学校の近くまで行ってみましたが・・。
 
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これでは物足りません。7年半前(2009年11月)に訪れたことがある「神戸(ごうど)の大イチョウ」(長野県天然記念物)がすぐ近くにあることを思い出して、再訪することにしました。県道38号を挟んで「菜の花畑」の反対側(農道の先)、小高くなった畑の中に見覚えのある大木を発見しました。注、写真の左側、丸く見える大木が「神戸の大イチョウ」
 
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県道38号脇に大きな標識が立っていました。
 
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小さな標識は昔のままです。
 
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当然かもしれませんが、前回(2009年11月)訪れた時のままでした。
 
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「イチョウについての薀蓄(うんちく)に続いて、『神戸のイチョウは中世から伝わる雄木で、胸高幹囲14.7m、樹高36mで県内では最大のものであり、全国でも上位に入る。』 と説明されています。
 
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「神戸の大イチョウ」の近くから見た飯山市東部の田園風景
 
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この日の宿泊先へ向かいました。(続く)

2017年7月 9日 (日)

テキサス州に注目する日本企業

7月6日、トヨタ自動車が北米新本社をテキサス州ダラス市近郊のプレーノ(Plano)市に移転しました。これまでアメリカのカリフォルニア州、ケンタッキー州、ニューヨーク市に分散していた本社機能(販売・製造・金融・コーポレート)を一か所に集中させたのです。約40万平米(東京ドーム8.5個分)の敷地に7棟のビルが建ち、従業員は4,000人規模になるようです。なぜテキサス州ダラス近郊が選ばれたのかと疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。

 

実は、トヨタ自動車の他にもテキサス州に進出する日本企業が増えているのです。住宅関連では、大和ハウスがダラスに、積水ハウスが隣接するフォトワースに、そしてシェールガス関係では中部電力・大阪ガス・東京ガスなどのエネルギー企業がテキサス州南部へ進出することを進めています。ちなみに、テキサス州に進出している日系企業は約120社(現地法人が約190社)あり、従業員数1,000人以上の現地法人はトヨタ自動車のほか8社もあるそうです。これはカリフォルニア州の11社に次いで2番目に多いとのこと。2年前には100円ショップのダイソーが、昨年にはくら寿司もダラス市近郊にテキサス2号店(全米で12号店)をオープンしました。

 

テキサス州、中でもダラス地区が注目される理由を説明しましょう。先ず、法人税(地方税)がないことが挙げられます。(注、連邦税は全米すべての州で課せられる) 次いで、北米のほぼ中央に位置し、ハブ空港であるダラス・フォートワース空港(5つのターミナルがある世界で3番目の規模)が交通の要衝(ようしょう)であること。そして、土地・家賃・物価・税金(個人税)が安く、生活の質(Quality of Life)が高いのです。(注、個人所得についても連邦税のみで州税はないが、固定資産税(Property Tax)は2.17%で全米4位、消費税は8.19%で全米12位と高い、またテキサス州は全米で5番目に日本人居住者が多く、日本食の店も多い)

 

ちなみに、州内ではヒューストン市とサンアントニオ市に次いで人口が多く、ダラス・フォートワース大都市圏(ダラス郡を中心にコリン郡・カウマン郡・エリス郡・タラント郡など)の人口は500万人強。テキサス州は面積がアラスカ州に次いで全米第2位、人口と経済規模はカリフォルニア州に次いで全米第2位となっています。地理的には州のほとんどがグレート・プレーンズ(注、ロッキー山脈の東側に南北方向に続く台地状の大平原)とメキシコ湾平原であり、山らしいものは州西端(ニューメキシコ州に近い)のグアダルペ山脈(標高2667m)とメキシコとの国境であるリオ・グランデ川に近いビッグベンド山脈(標高2400m)だけといっていいでしょう。分かりやすくイメージで表現すれば、コロラド州・オクラホマ州などとともに西部劇の主要な舞台です。
 
 注、米国の郡(county)は州内を地理的区分する行政組織(日本の県に似ている)で、その下に通常自治体の市・町などがある。ただし、郡境は直線的に置かれることが多いため、ひとつの市が複数の群に属することがある
 
テキサス州の気候は、州の東部(ルイジアナ州とアーカンソー州寄り)は温暖・湿潤であり、中部はステップ気候(亜熱帯性乾燥気候)、西部の一部は砂漠気候(注、モナハンズ砂丘がある)、と3種類に大別できます。メキシコ湾で発生するハリケーンが上陸することは良くありますが、州の北部にあるダラスなどへ進むことはありません。ただし、北隣のオクラホマ州やカンザス州に近い北部では竜巻が良く発生します。そして、巨大な雷が季節を問わず頻発(ひんぱつ)すること、さらには今日本で話題沸騰の「火蟻(ひあり)」(英語名:Fire Ant)の巣をゴルフ場などで見かけましたが・・。

 

中でもコリン郡のプレーノ市はダラスから国道75号線(ノース・セントラル・エクスプレス)で北へ車で1時間弱、ダラス・フォートワース空港へ向かうダラス環状線の州道190号(大統領ジョージ・ブッシュ・ターンパイク、注、途中から州道161号線となる)と交差する場所にあります。高温かつ乾燥した地域との印象があるテキサス州にあって、年間を通して適度な降水量があり、巨大な溜め池(人口湖)がいくつも存在することで過ごしやすい気候なのです。また、州内では裕福なエリアであり(州平均:5万ドル、プレーノ市:8万ドル)、ヒスパニック系住民が多いテキサス州にあって、ヒスパニック系よりもアジア系の住民が多く、全米で最も優秀な公立学校区うであると言われます。
 
また、南隣(ダラス市との間)にある同じくコリン郡に属するリチャードソン市は、AT&Tやベライゾンなどの大手通信会社が多く、プレーノ市と同様、高級住宅地があり、住みたい街として人気があります。

 

大きく変貌を遂げつつあるプレーノ市をまた訪れてみたくなりました。私にとってのプレーノ市は、25年ほど前の5年間を家族とともに快適に暮らした、楽しい想い出がたくさん残る場所なのです。

2017年7月 7日 (金)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その24) 八海山ロープウェイ(後編)

山頂駅舎を出ました。昨年6月、登山道の入口に建立された鳥居付近に大量の雪が残っていました。山頂駅付近は1100m以上の高地ですから、八ッ峰(海抜1600~1700m)ほどではありませんが、5月末でも残雪があるのでしょう。
 
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左手の展望エリアにも銀色にシートで覆われた大量の雪がありました。後で駅員さんに聞くと、7月22日に開催される「夏の天空雪祭 in 八海山」で行われる「そり遊び」に利用するのだそうです。
 
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その脇を抜けて展望台を目指します。
 
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急な階段が続きます。
 
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展望台の下に到着
 
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その横にはパラボラアンテナが取り付けられた電波塔が
 
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それらの周辺(西側)にも雪が残っています。
 
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展望台に上がります。
 
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展望台から東から東南の方向を望むと、「遥拝所」と「池ノ峰」、および八海山の薬師岳(標高1654m)、八ッ峰山、入道山(標高1778m)
 
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東南から南方向では、山頂駅の先には冠雪した山々が広がっています。高倉山(標高1144m)、巻機山(標高1962m)、金城山(標高1367m)
 
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そして、南西方向には、南魚沼市の六日町市街、坂戸山(標高634m)、金城山(1367m)、苗場山(2145m)、妙高山(2454m)などが
 
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六日町市街をズームアップしました。斜めに伸びる県道214号の先に国道17号と関越自動車道が左右に伸びているはずですが・・。
 
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北方向には笠倉山(標高907m)とヨモギ山(標高989m)から続く尾根と要害山(標高989m)を望むことができました。しかし、期待していた佐渡島の遠望(約100km)はかないませんでした。
 
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山頂駅へ戻りました。積雪時にはスキーヤーがフェンスの先の急斜面、というよりも崖(がけ)を急降下するのだそうです。
 
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山麓駅に少し左手に見える建物は山麓駅へ向かう途中の案内看板で名前を見た日本大学の「八海山セミナーハウス」(宿泊施設付き)でした。後で確認すると、最上階に天文台があり、600mm反射望遠鏡が設置されているそうです。
 
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次回は「八海山」を後にして次の目的地へ向かいますが、ここで投稿を小休止します。(続く)

2017年7月 6日 (木)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その23) 八海山ロープウェイ(前編)

午後1時10分過ぎ、「魚沼の里」を出発。県道28号を上原交差点まで戻り左折、県道214号を東進して猿倉山を挟んで「魚沼の里」の反対側(東麓)にある「八海山ロープウェイ」の乗り場へ向かいました。
 
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県道214号は上り勾配になり、スキー客向けの宿泊施設があるエリアに入ります。
 
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「八海山登山道 城内口」(屏風道・新開道)の案内看板には「日本大学八海山セミナーハウス」からの登山ルートが表示されています。
 
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「八海神社参道杉並木」(新潟県指定文化財)は一の鳥居から二の鳥居までの参道約440mの両側には立ち並ぶうっそうとした老杉が256本あると説明されています。
 
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「魚沼の里」を出発して15分ほどで「八海山ロープウェイ」の山麓駅に到着。
 
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山頂駅はこの方向にあるようです。ちなみに、「八海山ロープウェイ」(従来の4人乗りゴンドラを撤去して平成13年/2001年に開業)と「八海山スキー場」(昭和58年/1983年開業)は西武グループのプリンスホテル&リゾートが経営しています。
 
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駅舎内にある「フレンドタウン南魚沼市」の地図には、越後三山(魚沼三山)である「八海山」、「越後駒ヶ岳」(百名山、標高2002m)、「中ノ岳」(標高2085m)、および「兎岳」(標高1925m)、「巻機山(まきはたやま)」(百名山、標高1967m)、「一ノ倉岳」(標高1974m)、「谷川岳」(標高1963m)への登山ルートが描かれています。八海山に登るには、「大橋口ルート」、「大倉口ルート」、「新開道ルート」、「屏風道ルート」(上級者向き)、「八ッ峰ルート」(上級者向け)などがあるようです。ただし、地蔵岳と大日岳(10合目)の間(八ッ峰縦走路)は残雪があるため通行不可と表示されています。
 
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ちなみに、「八海山」はとともに越後三山(魚沼三山)の1峰で、日本200名山のひとつです。

 

午後1時20分の便が出たばかりで午後1時40分の便に搭乗。往復料金は大人が1800円(4月22日~9月30日)。ちなみに、定員は81人。冬場にはスキー客も利用するとのこと。
   
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定刻に出発
 
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山頂駅までの距離は2226.1m、毎秒10m(時速36km)、標高差771mをわずか5~7分で結んでいます。注、山麓駅海抜376m、山頂駅1147m
 
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中間地点付近から頂上にかけては右手にリフトが併設されていることに気づきました。
 
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右手に薬師岳を見ることができます。
 
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山麓駅の方向を振り返ると、ところどころに雪がまだ残っています。
 
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約6分で山頂駅に到着。駅舎内に貼られた紅葉時や雪景色などの写真群が「八海山」の魅力を伝えています。
 
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(続く)

2017年7月 5日 (水)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その22) 新潟県南魚沼市「魚沼の里」(最終回)

駐車場へ戻ることにしました。途中にある池には睡蓮(すいれん)が咲いています。
 
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同行者は、「菓子処 さとや」にもう一度入って洋菓子をよく見たいといい、店内に入って行きました。
 
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私は店内左手で焼かれていたバウムクーヘンを撮影
 
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到着時に下見した「つつみや八蔵」で焼酎「よろしく千萬あるべし」、「酒麹で作った甘酒」、「バウムクーヘン」などを土産物として買ったついでに、私だけで渡り廊下でつながる「八蔵資料館」を覗(のぞ)いてみることにしました。
 
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醸造蔵の重厚な扉を開けると左手に階段がありました。
 
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踊り場で階段は90度折れ曲がっています。
 
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「八蔵資料館」は醸造蔵の2階にありました。世界の酒と食に関する書籍3000冊ほどを揃(そろ)えたミニ図書館です。左右に明り取りの窓が2つずつあることで、館内は適度な明るさがありました。注、写真は階段寄りのエリア
 
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時間に余裕があれば、ゆっくり休憩しながら、読書を楽しめる空間です。
 
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ここからは車で移動します。まず、すぐ近くにある「第二浩和蔵」です。高品質な酒造りを行う酒蔵で、本醸造・普通酒などの定番酒を製造しているそうです。見学するためには予約が必要とのこと。
 
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アクセス道路に出て見た水田は田植えが終わったばかりのようです。
 
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どちらを見ても山並みが続く南魚沼市は盆地であることが分かります。ちなみに、地名の「魚沼」は続日本記(平安初期の797年に完成)に「伊乎乃(いおの)郡」との記述があるそうで、魚(いお)が遡上する「魚の川」からとする説や沼が多いことから「五百沼(いほのま)」とする説などあるようです。また、「大沼」が訛(なま)ったものとするのは俗説。注、このエリアはフォッサマグナ(糸魚川-静岡構造線と柏崎-千葉構造線に挟まれたエリア)の東縁にあたる
   
 
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水田の反対側、「魚沼の里」の敷地内にある菓子工房・料理教室「ブランドゥブラン」と「ブランラボ」の周辺には「魚沼の里ガーデン」があるはず。たしかに、道路脇から遊歩道が続いていました。魚沼の野の花をメインにしたナチュラルガーデンと野菜や果物を育てるキッチンファームがあるそうです。
 
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広いガーデンには手入れをする人たちの姿がありました。
 

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遊歩道の中ほどで振り返って撮影
 
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アクセス道路に戻り、「みんなの社員食堂」の前を通過。名前にあるようにランチタイムには誰でも利用できるそうです。写真には写っていませんが、後方の木立の中に「研究棟」(見学不可)があるはずです。
 
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敷地の北端にある“SATOYA BAKERY”(さとやベーカリー、平成28年/2016年10月オープン)は火曜日が定休日です。
 
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3時間余り滞在した「魚沼の里」をあとにして、次の目的地へ向かいます。(続く)

2017年7月 4日 (火)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その21) 新潟県南魚沼市「魚沼の里」⑤

「雪室」の右端、通路の下に雪を搬入する入口(扉)があり、除雪用のロータリー車のように雪を吹き飛ばす機械を使って「雪室」全体に雪を入れるそうです。
 
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階下へ降ります。
 
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そこには「焼酎貯蔵所」がありました。
 
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米焼酎を熟成するオーク製の樽(たる)
 
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瓶(びん)に詰められた焼酎は購入した客が預けたもので、飲みたくなった時(5年以内)に引き取る「ボトルキープ」のサービス棚です。
 
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メモリアル焼酎「面向未来」は八海山醸造の造語で、顧客は左手にある壁面(下側の写真)の前に立って記念撮影をすることができるそうです。
 
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預かり証のサンプル
 
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ここで試飲タイムですが、午後も車で移動しますから、口をつけるだけに・・。「雪室体感見学ツアー」はここで終了。所要時間はちょうど20分でした。

 

隣りの「千年こうじや」へ移動。先ほど私だけで下見をした時には撮影しなかった雪室熟成ケーキ「ヴィンテージ」を撮影。同行者は興味深そうに眺(なが)めています。
 
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そして、同行者は「千年こうじや」で購入した土産物を「ユキナカキッチン」で会計をした際に、都内にも店舗(ギンザシックスコレド室町2、神楽坂)があると聞いたことで、店員さんから勧められたポイントカードを申請しています。
 
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「雪室体験ツアー」を終えた同行者はふたたび”okatte”へ向かい、小物を買い求めました。
 
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魚沼の食材を使った旬の料理を提供する「城内食堂 武火文火(ぶかぶんか)」(平成25年/2013年11月オープン、今年4月開店)にも惹(ひ)かれましたが、「そば処 長森」で昼食を摂(と)ることにしました。市内の山口地区(八海山登山口近く)にあったそば屋「岡寮」(八海山関連企業の経営)が平成21年(2009年)にこの地へ移転して、現在の店名に変更したそうです。
 
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古民家を移築したと思われる古い建物の潜戸(くぐりど)を開けて入ると、昔ながらの土間と板張りの部屋に囲炉裏(いろり)がありました。右側の建物は調理場と思われます。
 
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大きな和室の縁側(右手)から見る菜の花畑
 
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我われは左手の部屋にある椅子席へ向かいました。「十割そば」が一番人気のようですが、私は好物の「にしんそば」(940円)を、
 
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同行者は新潟名産の野菜と鶏肉の酒蒸し・ちりめん雑魚・桜エビ・トロロ・温泉卵がトッピングされたお薦めメニュー(季節限定)の豪華な「ぶっかけ蕎麦」(1400円)を選びました。つけ汁は田舎風のようです。「十割そば」と並ぶ人気メニューとのこと。
 
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いずれも評判通りで、美味しく食べました。(続く)

2017年7月 3日 (月)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その20) 新潟県南魚沼市「魚沼の里」④

「雪室見学体感ツアー」の時間が近づきましたので、建物から出て、右手にあるもう一つの入口へ向かいました。
 
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予約時に手渡された整理券には1番と2番と表示されています。
 
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壁面には「雪室」についての説明がありました。『冬に降り積もった雪を茅(かや)や藁(わら)の屋根で覆い貯蓄した雪国に伝わる天然の冷蔵庫で、食品を雪の中に直接埋めて冷やす「かまくら型」と、庫内に雪を貯蓄することで空間自体を冷やす氷室型があります。「八海山雪室」は後者に分類され、約1000トンの雪を蓄えることができる雪中貯蔵庫内は、年間を通して室温を約5度以下に保っています。また、庫内の低温高湿な冷気を循環させ、食料保存にも活用しています。』
 
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ガラス戸の先には緩(ゆる)やかに傾斜する通路があります。
 
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定刻になると法被(はっぴ)を着た案内者が数名に増えたグループの先頭に立ちました。
 
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左へ折れた通路の壁に掛けられた「雪室」の写真
 
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冬の間に降り積もって固められた雪は雪室に蓄えられ、夏になると昔懐かしい運搬用の「大八車」で商店などへ運んだのだそうです。
 
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魚の冷却にも
 
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いよいよ「雪室」に入ります。
 
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「雪室」内の温度は3.1度、冷蔵庫内とほぼ同じです。
 
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日本酒(原酒)の貯蔵量は約2000石とのこと
 
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階段を上がると金属製の雪中貯蔵庫を見下ろすことができました。
 
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雪室について分かりやすく説明する案内者
 
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下方を覗(のぞ)きこむといくつもの雪中貯蔵タンクが整然と並んでいます。最長5年をかけて日本酒を熟成させるこの施設により、まろやかな味わいの日本酒が生まれるそうです。
 
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雪室ないには約1000トンの雪が蓄えられ、1年を通じて約5度にという低温、かつ高湿の環境が保たれるそうです。
 
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これが雪室に積み上げられた大量の雪
   
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一番右端には瓶詰された焼酎が置かれています。焼酎は発酵が停まっていますから、出荷まで短時間保冷するだけだそうです。
 
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(続く)

2017年7月 2日 (日)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その19) 新潟県南魚沼市「魚沼の里」③

八海山雪室の脇を通り、「魚沼の里」を見渡せる展望台へ向かいます。
 
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砂利道は山麓の傾斜にしたがい上り勾配(こうばい)になっています。
 
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歩いて2-3分で小高い場所にある「展望台」に到着しました。
 
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菜の花畑の先に「魚沼の里」の施設が点在し、水が張られて田植えが終わったばかりの水田があり、遠くの山にはスキー場が見えます。「五日町スキー場」のようです。
 
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右手には先ほど立ち寄った「菓子処 さとや」の先にある大きな黒い建物は「第二浩和蔵」(平成16年/2004年完成、見学は予約制)、その右隣は黄色い菓子工房の「ブラン ドゥ ブラン」です。
 
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「八海山雪室」へ戻ることにしました。「雪室」の建物は「第二浩和蔵」と同様、下部が打ちっぱなしのコンクリートで階上部は黒い壁と屋根で覆われていますが、右半分には明り取りの窓が設けられていることが分かります。
 
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同行者は入館した時から気になっていたようで、「ユキナカキッチン」の上階(2階)にある”okatte”(オカッテ)へ向かいました。
 
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ガラス製品や陶器類などさまざまなキッチン雑貨が展示されています。父の日が近いことで、「感謝」という販促の言葉が見に入りました。また、。天井付近には明り取りの窓が確認できます。
 
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ガラス製品のコーナー
 
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金属製の容器もありました。同行者が手に取っているのは同じ新潟県燕(つばめ)市にある玉川堂(ぎょくせんどう)の銅製品・大鎚目(おおつちめ)のようです。
 
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同行者は気に入ったものがあるようです。私は1階に下りて、「ユキナカキッチン」の奥にある
「千年こうじや」へ入りました。冷房が良く利(き)いた部屋の手前左には「こしひかり」が、奥の部屋には「熟成菓子」が並べられています。
 
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こちらは清酒「八海山」、焼酎「よろしく千萬あるべし」、「うめ酒」など
 
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「八海山の塩麹漬け・酒粕味噌漬けシリーズ」のコーナー
 
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一番奥にある「焼酎貯蔵庫」も覗(のぞ)いてみました。
 
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(続く)

2017年7月 1日 (土)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その18) 新潟県南魚沼市「魚沼の里」②

アクセス道路の右側に溜池(ためいけ)がありました。「魚沼の里」の施設を説明するページに描かれていますから、「魚沼の里」を建設する時に造られたものかもしれません。
 
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右手には大きな第一駐車場(無料)があり、すでに10台ほどが駐車していました。こちらがメインとなる駐車場のようですが、敷地の南端近くにありますから、我われが車を停めた「つつみ屋」前の駐車場の方が便利かもしれません。「八海山雪室」は左手にあると表示されています。
 
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前方(敷地の南端)にある施設は「深沢原焼酎蔵」(見学不可)です。
 
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同行者は木立に中へ入って行きます。
 
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「魚沼の里」の施設配置図
 
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同行者は立ち止まって熱心に通路の脇を見ています。どうしたのかと尋ねると、密集するクローバの中から四葉を見つけたかったとのこと。右前方に大きな建物が見えます。
 
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これが「八海山雪室」です。2013年3月に雪入れが行われ、そして同年7月にはグランドオープンしたそうです。
 
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かなりの大規模な施設であり、少し離れた位置へ移動して撮影しました。
 
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入口の近くに「八海山雪室見学体験ツアー」ある案内看板
 
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自動ドアを入ると八海山の菰樽(こもだる)が出迎えてくれました。
 
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レイアウト図によれば、左手に「ユキナカキッチン」と「千年こうじや」があり、右手は「醸造所」と「雪中貯蔵庫」、そして一番奥には「焼酎貯蔵庫」が配置され、2階には”okatte(オカッテ)があるようです。
 
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1階の広いスペース「ユキナカキッチン」には、カウンターとテーブル、右手には「千年こうじや」の商品と地元の食材を使った調理のデモンストレーション用シンク(流し台)と調理台があり、壁面の棚には様々な商品が展示してありました。
 
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カウンターで「雪室見学体験ツアー」(午前11時スタート)を申し込みました。

 

棚に並べられた商品(ピクルス・豆類・ジャム)とともに”De’Longhi”(デロンギ)のトースターとエスプレッソ・カプチーノメーカーも販売されています。
 
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(続く)

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