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2017年7月31日 (月)

不要な「不動産」は借金と同じ!

戦後の日本では永く土地神話が疑われることもなく信じられていました。国土の大半を山岳地帯が占めるため、農地・宅地・商業/工業用に利用可能な平坦な土地が限られていることと、急速な人口増加が続いたことから合理的な考えとされました。このため、土地への投資は必ず儲かると信じられ、土地の価格は上昇し続けたのです。

 

昭和30年(1955年)から平成2年(1990年)までの45年間で、消費者物価指数は6.1倍になりましたが、住宅地は214倍、商業地は127倍、工業地は147倍と、いずれも桁違いの上昇をしています。しかし、それ以降、2012年までの22年間は、消費者物価指数がほぼ横這(よこば)いであるのに対して、住宅地は1/3に、商業地は1/7.7に、工業地は1/3.7へと急落しました。つまり、バブル景気のピークを境に、資産インフレから一転して、資産デフレが急速に進んでいるのです。加えて、景気が長期にわたって低迷、つまり設備投資と所得が減少するなか、2005年ころをピークとして日本の総人口は減少に転じました。

 

時間とともに財産価値が増えると信じられてきた土地(不動産)は年々価値が減少し続けています。一方、土地に対する固定資産税を毎年払う必要があり、同時に発生する維持費も無視できません。居住する住宅であれば減少する財産価値は実感することはないかもしれませんが、利用価値のない土地は金食い虫でしかありません。損を覚悟で売却しようとしても、買い手は容易に見つけられません。例え「二足三文」であっても売れれば幸運でしょう。

 

一般論はここまでにして、私の体験談(つまり失敗談)を紹介しましょう。最初に取得した不動産は住宅(分譲マンション)でした。3人目の子供が産まれたことで手狭になった公団住宅(現在のUR都市機構)の賃貸住宅から転居することにしたのです。良好な住宅地に立地し、しかも交通の便も良いことから購入を決めました。借金が嫌いな私は奨学金の返済を終えていたことと、銀行からの借入を最小限にしたことで、10年ほどで返済することができました。

 

ここまでは不動産で悩むこととは無縁でしたが、転機が訪れました。アメリカへの転勤です。家族帯同の場合、通常は戸建住宅を賃貸することになるのですが、当時のアメリカは不動産不況の間っ只中(まっただなか)であり、買い手市場であることから、完成間近の新築物件を購入することにしました。アメリカの新築住宅に住むことも魅力でした。住宅ローン(モーゲージ))も簡単に利用でき、帰国予定の5年後には住宅市場が好転して値上がりすることも期待しました。家族が到着する1か月後には指定した内装もなんとか出来上がり、家族を飛行場から直接新居に案内して、家族と一緒のアメリカ生活が始まりました。子供のころからの憧(あこが)れが実現したのです。

 

これに気を良くした私は、アメリカ人のライフスタイルに感化され、郊外の湖に面した別荘地も衝動的(しょうどうてき)に購入してしまいました。しかし、これが私の躓(つまず)きの始まりとなりました。期限付きで転勤した日本人には週末を別荘で過ごすような余裕がある生活は無理だったのです。結局、草刈りなどの作業に時々通うだけで任期の5年間は過ぎ去りました。住宅の方は、日々の手入れを怠らず、敷地内と建物の魅力をアップすることに務めたことで、簡単に買い手が付きました。ただし、不動産不況は購入時と比較してほとんど改善しておらず、時間の制約もあって、売却価格は購入価格を少し下回りました。住宅ローンの利子と維持費(固定資産税など)を考慮したコストは賃貸した場合とほぼ変わらなかったと思います。

 

問題は別荘地です。帰国が決まった時、業者に購入希望者の募集を依頼しましたが、手数料を支払っただけで、帰国するまでに見つかりませんでした。頼んだ業者が良くなかったようです。それ以来、固定資産税と管理費の請求書に対応する(個人小切手で支払う)ことを20年以上も続けました。『何をしているのだろう!』 との思いが募(つの)りました。まるで手の掛かる子供のような存在です。イソップ童話の「キツネと酸っぱいブドウ」の逆、つまり心理学でいう「甘いレモンの論理」(注、いずれも防御機制の合理化)ですが、『退職したらアメリカへ移住して、その別荘地に住むのも悪くない』 と正当化(心を防御)することにしました。

 

アメリカから帰国した数年後(2000年ころ)、国内の土地を相続することになりました。私の意思ではありませんが、親の遺言に従いました。あまり利用価値のない土地ですが、やはり固定資産税と草刈りなどの維持費が毎年発生します。しかも、アメリカの別荘地とは比べ物にならない大きな出費なのです。私は2つの重荷を背負うことになりました。国内の土地にアパートを建てるようにとの勧誘が業者からありましたが、さらなるリスクを負(お)うことになるようで、まったく気が進みません。

 

そして、5年ほど前のある日、不動産業者から隣接地に住宅を建てるため、私が所用する土地を一時使用したいとの依頼がありました。それを了承したことがきっかけになり、その不動産業者に私の土地を売却する話に発展しました。相続した時の評価額から半減する提示額でしたが、渡りに船とばかりに受け入れました。『売れて「なんぼ」なのです!』 

 

古希を迎えた私は、不良資産を処分することを決心し、一年前からアメリカの別荘地をどうするかに注力することにしました。まず、売却の意思を別荘地の管理団体を通じてPRしました。引き合いは一件ありましたが、話し合いは進展しません。そこで、最後の手段として寄付(ドネーション)することにして、受け入れ先を探しましたが、これが意外と難しいのです。あちこちに当たったことで、今年に入って寄付を受け入れてくれる団体をやっと見つけることができました。

 

アメリカでは土地の取引をする書類の作成にはアトニー(弁護士)の手助けが必要です。しかし、必要な書類は寄付先が準備してくれたことで、面倒な作業を省くこともできました。私は書類にサインして返送するだけで良いのです。20年以上に亘(わた)って抱えていた重荷(懸案)からやっと解放されたのです。衝動買いは本当に厄介(やっかい)なこと、つまり大きな負担と損失につながる結果になったのです。これらの経験から、不要な土地(不動産)を所有することは借金をすることと同じである(費用負担が発生する)ことを嫌というほど痛感しました。

 

私の所有物を点検すると、コストが発生するものがまだありました。不動産ではありませんが、ゴルフ会員権です。ゴルフブームが去った現在、会員権は大幅に値下がりして紙屑(かみくず)同然になっており、かつ売却は困難なようです。また、年会費も結構な金額で、プレーする頻度(ひんど)が下がった現在は負担に感じるようになりました。今は自分の体力を考えながら、ゴルフ会員権を処分(売却または返納)するタイミングを考えています。

 

このように、不要な土地(不動産)や会員権などを処分することは、家庭内の不要品を断捨離すること以上に困難であり、終活の重要なポイントといえます。家族に引き継がせて苦労を受け継がせることは絶対に避けるべきでしょう。

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