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2017年7月21日 (金)

驕り高ぶりの怖さ

人生の終盤に差し掛かると、これまでの様々な事柄が思い出されます。社会人になって無心に仕事に取り組んだ20年間、そして向かうところ敵なしと感じられた10年間が続きました。しかし、そこで私は目に見えない壁に突き当たることになりました。市場環境の急激な悪化(1997年のアジア通貨危機や2000年から2002年にかけての世界的なITバブルの崩壊など)に対処することができなかったのです。攻めには強くても、守りにはからきし弱いことが露呈したのです。

 

今思えば、自分自身が生み出した壁(限界)が災いしたのです。つまり、成功体験に裏付けされた自信そのものが、一転して自らの自由な発想を阻害するようになったのです。失敗することの恐れが理屈重視の姿勢となり、逆に正確な判断力を奪うことになったのです。それでいながら、自らの能力をもってすれば不可能はないはずだとも考え始めました。

 

しかし、現実は残酷です。私の思いとは裏腹に成果を挙げることはできなくりました。しかも、それまでは気にも止めなかった小さな障害が目に付くようになり、目標を達成できない理由をあれこれ数えることも。その結果、大きな失敗はしなかったものの、私の限界が顕在化しました。守りきる術(すべ)を持ち合わせていなかったのです。

 

歴史を振り返るともっと大きな事例に事欠きません。「驕(おご)る平家は久しからず」や仏教徒を弾圧し、天下統一を目指した「信長の高転び」、近代では中国戦線で手一杯であった日本がアメリカと開戦した太平洋戦争で惨敗したことなどが挙げられます。攻めには強いため、守ることが疎(おろそ)かであったと考えられます。いずれも自身の力を過信した結果、予想外の悲惨な結果が待っていた事例です。

 

人は自らの能力を過信しがちです。例え、卓越した能力を備えていても、物事が思うように運ぶとは限りません、ましてや、時の運に助けられて成功した場合は、流れが変われば、いずれは運も離れて行きます。成功体験が度重なると、自らのなかに「傲慢(ごうまん)」が知らずしらずに生まれます。これを自ら認識できるか否かで大きな違いが生じます。例え、それに気付いたとしても、手遅れであることが多いのです。

 

最近の世界は、これまでの常識からはかけ離れた、思いがけないことが起こっています。アメリカでのトランプ大統領の誕生、イギリスのEU脱退、フランスでは既存政党との関係を持たないマクロン大統領の選出と、彼が新たに立ち上げた政党が第1党になり、共闘する政党と合わせて過半数を上回る議席を締めたことなどかあります。英国でも政治基盤を盤石にしようとしたメイ首相が総選挙(6月8日)に打って出ましたが、思惑とは逆に与党が過半数を下回ったことで、メイ首相は厳しい政治状況でEUからの離脱交渉に臨むことになりました。

 

日本でも政界に激震が走っています。傲慢(ごうまん)な国会運営と閣僚の不適切な発言を首相が咎(とが)めなかった(実質的に擁護した)ことが選挙民の反発を買い、東京都議会選挙(7月2日実施)で政権与党が惨敗する一方、新しい政党が躍進して協力する政党と合わせて過半数を大幅に上回ったことはフランスと似ています。最近の共同通信社の世論調査(7月上旬実施)によると阿部内閣の支持率は50%代から半減して29.9%に急落し、ANNの世論調査(7月中旬実施)では29.2%、いずれも第2時安部政権発足以来の最低水準になりました。評判の良くないあのトランプ大統領の44%(就任100日目の4月現在)、36%(7月16日発表)よりはるかに低い水準です。

 

支持しない理由で最も多いのは、共同通信社の調査では阿部首相を信用できないというもの(67.3%)です。国のトップが国民に信頼されない状況は異常としかいえません。最近のテロ等準備罪法案の強行採決(6月15日)や森友学系・加計(かけ)学園問題の審議などにおける国会運営のやり方と国民への説明不足がその理由であることは明白です。このためか、政府の動きが慌(あわ)ただしくなりました。焦(あせ)りの現れなのでしょう。今回のことで、国民を軽視する姿勢は政府と政権与党への支持を著しく損うことが明白になりました。

 
これまでのように、耳触りの良い言葉(名詞・形容詞・副詞)を羅列(られつ)したり、成果を出せない目玉政策の看板を頻繁(ひんぱん)に架け替えたりするだけでは、国民の信頼を回復することは覚束(おぼつか)なく、さらに国民を失望させることに首相は気づいて欲しいものです。国民が望むことは『有言実行』 なのです。しかも、これまでのような「大言壮語」で煙に巻くことはもちろんのこと、弥縫策(びほうさく、注、一時逃れの方策)や美辞麗句(びじれいく)を並べることで事態を改善することは困難でしょう。そして、このままの状態が続けば、政治の混迷はさらに深まり、日本社会はさらに世界における地位(社会・経済・文化の質)を低下させ、衰退の道を突き進むことになりそうです。

 
その中で、週明けの7月24日(月)と25日(火)の両日には衆議院と参議院において安部首相が出席する予算委員会の閉会中審査で加計学園問題が審議されることになっています。今や安部首相の口癖となった「真摯(しんし)で丁寧(ていねい)な説明」の実現を国民が見守っていることは間違いありません。安部首相が本当に信用・信頼できる政治家であることを公開の場で示す「大一番」(絶好のチャンス)と言えるでしょう。この場において、「はぐらかし」や「責任転嫁」は「百害あって一利なし」であることは明らかです。安部政権にとっては「信用を挽回する好機」(最後のチャンス)である、言い換えれば政権発足以来「最大の危機」に直面しているのです。

 

歴史に学ぶまでもなく、このような状況を放置した責任を次の選挙で審判を受けるのは、国会議員を始め、国民(住民)から政治を預かるすべての議員たちなのです。(注、今夏は多くの地方選挙が予定されている) そして、一強体制がいつまでも続くものではないことに早く気付いて欲しいものです。つまり、議員先生も選挙で落選すれば我われ庶民と同じただの人になるのです。

 
驕(おご)り高ぶること、つまり傲慢であること尊大であることは、時代と世の東西を問わず、非常に怖いことなのです。

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