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2017年8月

2017年8月24日 (木)

帰路の大渋滞

善水寺の駐車場からアクセス道路を経由して市道へ出ると、案内標識は左折して甲西大橋北詰交差点へ出ることを推奨していますが、回り道になると考えて右折することにしました。すれ違いが困難な狭い道とされるルートです。確かに、狭い山道でした。幸いなことに対向車がなく、無事に県道13号へ出ることができました。そして、岩根交差点で国道1号に入れば、新名神高速道路の甲賀土山ICのアクセス道路にそれる前の交差点までは一本道です。

 

前野交差点を右折して曲がりくねったアクセス道路走れば甲賀土山IC新名神高速道路に入ります。4kmほど走ると鈴鹿トンネルが迫りました。
 
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鈴鹿トンネルを抜けると亀山西JCTの工事現場に差し掛かります。
 
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安坂山トンネルを通過する時、カーナビが亀山JCTと鈴鹿IC間(約5km)で渋滞が発生していることを表示し始めました。
 
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亀山JCTで東名阪自動車道へ合流します。すでに渋滞が始まっていました。
 
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こういう場合は、慌てて走行車線へ入らないで、約3km続く合流車線を走行するのが正解です。
 
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鈴鹿ICが近づくと渋滞区間が2つに分離しました。
 
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四日市ICまで25分と表示されています。
 
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渋滞を抜けて四日市JCTで伊勢湾岸自動車道に入りました。こちらは渋滞と無縁のようですが、横風が強いため、慎重に運転します。
 
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1時間後、浜松SAに立ち寄って休憩することに。同行者はソフトクリーム店”Pecolita”(ペコリータ)で「富士山麓牛乳ソフト・コーン」(380円)と「サバサンド」(500円)を選びました。サバサンドはトルコ・イスタンブールの名物とのこと。脂がのったサバとオニオン・レモン果汁の組み合わせがさっぱりしていて、食べやすいサンドイッチです。
 
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浜松SAを出発して間もなく、大井松田IC-横浜町田IC間で30kmの渋滞が発生しているとの表示が!!
 
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今度は御殿場IC-横浜町田IC間で断続40kmの渋滞との表示も。
 
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御殿場IC-横浜町田IC間断続渋滞45kmと渋滞区間は徐々に長くなります。
 
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午後7時ころ、駿河湾沼津SAに立ち寄って休憩することにしましたが、駐車場が満車のため、空くのをしばらく待つことに。
 
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小腹が空いたため、ドライバーズスポット天神屋でテイクアウトした「静岡おでん」を食べながら1時間余りの長い休憩を取ると、渋滞区間の長さが短くなったようです。出発することにしました。東名高速道路に入って御殿場ICに差し掛かると交通量が増え始め、中井PAの手前から渋滞が発生していることがカーナビに表示され始めました。
 
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秦野中井ICが近づくと、車列の速度が徐々に落ち始めました。カーナビによれば渋滞区間が海老名SAの手前から東京方面へ移動しているようです。
 
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このまま渋滞区間が東京方面へ移動することを期待しましたが、厚木ICが近づくと渋滞区間は厚木ICの手前まで戻ってきました。
 
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そして、ノロノロ運転は厚木IC、海老名SA、港北PAを過ぎても続きました。横浜町田ICの出口が先頭かも知れないと考えましたが、実際は渋滞の名所である大和トンネルの入口。トンネルを抜けると、長い渋滞が嘘のようにスムーズに流れ始めました。自宅に戻ったのは午後10時を少し回っており、予定より2時間余りの遅れ。ちなみに、平均燃費は約24km/ℓと、渋滞に遭遇した割には、まずまずの結果でした。

2017年8月21日 (月)

湖南三山・国宝巡り(その3) 岩根山善水寺の本堂と厨子

県道22号で菩提寺西交差点まで戻り、さらに県道27号で甲西大橋北詰交差点を左折して岩根山(十二坊、標高405.5m)の山道に入り、温泉施設「ゆらら」を過ぎ、S字カーブを道なりに老人ホーム「ヴィラ十二坊」方面へ走りました。
 
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老人ホームを過ぎると、国宝「善水寺」の案内標識には右手400mと表示されていました。よく整備された山道はこの先で狭くなるようです。
 
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50台の車が停められる広い駐車場に到着しました。正面に「善水寺」の入口があるようです。
 
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「善水寺」の案内図には失われた僧坊跡(推定)も表示されています。
 
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洗面所の前を通過したところに入山受付を見つけました。その先には「本堂」のような建物が確認できます。
 
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「善水寺」は奈良時代和銅年間(708-715年)に元明天皇の勅命により鎮護国家の道場として草創され、和銅寺と号したそうです。桓武天皇が病気になられた時、最澄上人が本尊の薬師仏の前に池水を供えて7日間病気平癒の祈祷を行い、その霊水を天皇に献上したところ、病がたちまち平癒したことで、天皇より「善水寺」の寺号を賜ったとのこと。

 

入山受付の先、左手には寛文三年(1663年)に建立された「鐘楼」
 
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右手にあるのは「元三大師堂(がんざんだいしどう)」は江戸時代、正徳三年(1713)再建で、 本尊元三慈恵大師良源大僧正の等身大尊像を奉安しているそうです。
 
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「百伝池」は「岩根の池」とも呼ばれ、前述した寺号の「善水寺」に縁がある池です。
 
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国宝の「本堂」は南北朝時代の貞治五年(1366年)に再建された木造平屋建・入母屋造桧皮葺(ひわだぶき)・桁行(けたゆき)七間・梁行(はりゆき)五間の天台密教仏殿です。正面に向拝を持たないため、屋根の曲線を見ることができます。
 
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国法建造物「善水寺本堂」の説明看板には寺号についてパンフレットとは少し異なる内容が書かれていますので引用します。『善水寺(天台宗)は、和銅年中(710年ころ)の開基で、和銅寺2と号した。その後、延暦9年(790年)に伝教大師が中興して善水寺と改めたという。しかし、延文5年(1360年)3月に火災にあい、記録などが消失した。貞治3年(1364年)5月に延海が再建し、天和2年(1682年)に東叡山輪王寺より医王院の号が下がり、岩根山医王院善水寺と号した。』
 

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さらに詳しい説明もあります。
 
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その前には蓮の花が咲いています。
 
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本堂の入口は左奥にありました。
 
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横から見た本堂の屋根
 
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履物を脱いで本堂の回廊を進みます。
 
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本堂の横にある庭
 
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本堂の前面に出ました。蔀戸(しとみど)は上下2枚に分かれ、上半分だけが内開きできる、半蔀(はじとみ)です。ちなみに、蔀戸は板の両面に講師を組んだ戸のこと。
 
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この寺でも本堂内の写真撮影はできません。
 
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本堂内は前二間通りが礼堂(外陣)、中二間通りが正堂(内陣)、後一間が後戸、後戸には五間幅の張り出しが付いています。内陣仏壇上には厨子(国宝)内の本尊薬師如来(重要文化財)をはじめ、三十余躯(く)の仏像が安置されていました。拝観コースは後一間まで続いていました。安置されている本尊をはじめとする仏像は善水寺のhp(本尊ならびに諸尊)に写真と説明が掲載されていますので、そちらを参照してください。

 

一通り拝観させていただいた後は、境内を散策するつもりでしたが、外気温が上昇し、日差しも強くなりましたので、駐車場に停めた車に戻ることにしました。

 

本記事で紹介したもの以外に、行者堂・地蔵堂・観音堂・閼伽井(あかい)・不動岩などの見どころがあり、善水寺のhp(境内案内)で紹介されていますので、関心がある方は参照すると良いでしょう。(終)

2017年8月18日 (金)

湖南三山・国宝巡り(番外) 近江牛料理の「徳志満」

県道119号で庁舎西交差点まで戻り、県道113号を経て、県道22号を北へ向かいました。菩提寺西交差点のすぐ先にある菩提寺鵜ヶ下交差点を左折して脇道に入り、菩提寺小学校の先に看板を見つけました。「徳志満(とくしま)」は近江牛の販売と気軽に近江牛が味わえるランチを提供しているとのことで、立ち寄ることにしました。小売販売店(左)とレストラン(右)が並んでいます。
 
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近江牛は滋賀県で飼育される良質の黒毛和牛で、松阪牛と神戸牛ともに日本三大和牛と呼ばれます。ただし、山形の米沢牛あるいは岩手の前沢牛を松坂牛と神戸牛と組み合わせる説もあるようですが、日本を代表するブランド牛であることは確かです。ちなみに、7年前、大津SAの叶匠寿庵で「近江牛の牛丼」を食べたことがあります。また、4年前には「米沢牛のメンチカツ」を、昨年は神戸牛の素牛である「但馬牛のうどんとバーガー」を食べたことを紹介しています。

 

店内に入ると「ビリケンさん」が出迎えてくれました。
 
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店員さんの言葉にしたがい、履物を脱いで下足箱に預け、備え付けのスリッパを着用しました。正午を少し回ったところですが、幸いなことに席が空いていました。
 
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ランチメニューは焼肉・すき焼き・揚げ物など多彩です。
 
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私は「近江牛ひつまぶし」(1500円)、同行者は近江牛の「ミンチカツランチ」(850円)を選び、店内の装飾を眺めながら、配膳を待ちました。
 
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「近江牛ひつまぶし」は「鰻のひつまぶし」と同じ食べ方をするようです。
 
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近江牛の「ミンチカツランチ」にはご飯が付いているのですが、同行者はいつものように辞退。
 
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「ひつまぶし」は、半分ほど食べたところで薬味を加え、お茶を掛けて食べました。
 
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「鰻のひつまぶし」の強い印象が影響したのか、お茶を掛けた時の味は私には向いたものではありません。同じランチメニューにある「近江牛のローストビーフ丼」の方が近江牛を十分味わえたかもしれません。同行者から近江牛の「ミンチカツ」を少しお裾分(すそわ)けしてもらったところ、米沢牛のメンチカツと同じように美味しく、同行者も気に入ったようです。(続く)

2017年8月17日 (木)

湖南三山・国宝巡り(その2) 阿星山長寿寺の本堂・春日厨子(後編)

釈迦如来坐像(重要文化財)は藤原時代の作。皆金色・寄木造・高さ1.77mで、涼やかな表情をしています。
 
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 絹本著色仏画の「十六羅漢像十六幀」(重要文化財)
 
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左側の回廊に出てみました。
 
  
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そして、こちらは順路となる右脇の回廊です。本堂の右手奥、小高い場所に最近建てられた収蔵庫には、大仏の阿弥陀如来坐像が安置されているそうです。本堂の裏側にもガラス窓の中に仏像が安置されていましたが、撮影は控えることにしました。
 
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 本堂を退出して、右手に続く石段を上がって収蔵庫へ向かいました。
 
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こちらも内部は撮影禁止です。
 
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長寿寺のパンフレットから引用した大仏「丈六阿弥陀如来坐像」の写真を掲載します。藤原時代の作で、皆金色・寄木造・定印・高さ約3m。(注、丈六座像は高さ約8尺、2.43mのものをいう)
 
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収蔵庫の前から見た長寿寺の本堂です。常楽寺(西寺)と同様、三重塔が本堂の反対側(左後方)の小高い場所に建っていた伽藍(がらん)配置を容易にイメージできました。
 
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「丈六阿弥陀如来坐像」の詳細と「三重塔」の移築についての解説パネル
 
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先ほどは撮影を控えた本堂の裏手回廊の遠景
 
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本堂の前まで戻って、その左手前(東側)に石段があることに気づきました。
 
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長寿寺の鎮守社である白山神社の拝殿
 
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白山神社の本殿
 
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二の鳥居を潜って、白山神社の参道を戻ります。
 
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子宝祈願の石が祀られる「内佛堂」に立ち寄りました。
 
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山門脇の受付まで戻ると、先に到着していた同行者は冷たいお茶を頂いています。私も少しお裾分けに預かることに。

駐車場から県道119号の終点に出たところで湖南市の田園風景を撮影
 
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緩(ゆる)やかな傾斜地に造られた棚田
 
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県道119号を戻ります。次は3つ目の寺である善水寺です。12kmとあり、常楽寺と長寿寺とはかなり離れています。
 
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少し進んだ場所にも棚田がありました。
 
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(続く)

2017年8月16日 (水)

湖南三山・国宝巡り(その2) 阿星山長寿寺の本堂・春日厨子(前編)

常楽寺の駐車場から県道119号に出てさらに約1km南下。生涯学習施設「阿星のステージ」と町営公園「じゅらくの里」を過ぎて県道の終点に長寿寺の案内看板を見つけました。
 
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案内看板にしたがって右折すると、50mほど先に長寿寺の駐車場(約20台)がありました。山門脇にある受付で拝観料(大人500円)を納めて参道に入ると、
 
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紅葉シーズンの写真が飾られています。
 
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一直線に伸びる参道が続きます。参道脇に植えられた楓(かえで)が直射日光を遮ってくれることに感謝しながら歩きました。
 
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阿星山(あぼしさん)長寿寺は阿星山(693.1m)の北東麓にあり、常楽寺の西寺に対して東寺と呼ばれる天台宗の古刹(こさつ)です。奈良時代後期、聖武(しょうむ)天皇の勅願によって良弁が創建したと伝えられ、七堂伽藍二十四の僧坊があり、聖武天皇が皇女の長寿を願い長寿寺という寺号を贈ったことに始まるそうです。平安時代初めに中興されて阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台密教の修行寺院となった後、一時衰えましたが、鎌倉時代初期には源頼朝が、室町時代には足利将軍家が祈願所として諸堂を造改修したといわれ、寺内への軍勢などの乱入を禁止した足利尊氏の制札が保管されているそうです。そして、信長が本堂の左後方にあった三重塔を安土城内の總見寺へ移築したため、現在は本堂、弁天堂、石造多宝塔を残すだけになりました。ちなみに、三重塔は總見寺に重要文化財として現存しています。

 

参道の左手に子宝祈願の石が祀られる「内佛堂」があります。
 
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さらに進むと、参道は二手に分かれました。右手が長寿寺の本堂方面で、左手が鎮守社の白山神社の参道となっています。
 
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フクロウの置物を見かけました。「ふくろうのお宿」と表示されています。「長寿寺」の名前にちなんだのでしょう。
 
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参道の右手に「日本最大級の石造多宝塔」がありました。
 
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これは聖武天皇の菩提を弔うために鎌倉時代に建立されたものだそうで、上部が大きいことでアンバランスかつ無骨な姿が味わい深い印象を与える立派なものです。相輪が欠けていることが惜しまれます。
 
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参道の先にある鐘楼
 
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重要文化財の「弁天堂」の説明看板
 
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こちらが池の中にある「弁天堂」
 
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小池の中島に立っていて、桁行(正面)一間、梁行(側面)一間と小規模、屋根は一重入母屋造・唐破風付檜皮葺(ひわだぶき)でありながら、美しい建築です。左手では睡蓮の花が咲いています。
 
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国宝「長寿寺本堂」と重要文化財「長寿寺弁天堂」の説明看板
 
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国宝に指定されている「長寿寺本堂」は双堂(ならびどう)と呼ばれる古い木造建築の様式だそうです。
 
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屋根が低くて形姿(なりかたち)のすぐれた国宝の本堂は天平(注、奈良時代前半)年中に創建されましたが、貞観(じょうかん、奈良時代後半)年中に消失・復元して現在に至っているそうです。大きさは桁行(正面)五間、梁間(側面)五間、屋根は一重寄棟造、向拝は三間檜皮葺、四面回廊がある天台伽藍には珍しい建築とのこと。中央三間は桟唐戸の入口、左右に連子窓になっています。(出典:長寿寺のパンフレット) 注、説明看板には鎌倉時代前期に建てられたとあり、いずれが正しいのか不明

 

本堂の脇に重要文化財「丈六阿弥陀如来坐像」の案内看板が立っていました。注、丈六は仏像の背丈を示し、坐像の場合は約8尺(2.43m)
 
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写真を撮っている間に同行者はさっさと本堂に上がっています。
 
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正堂と礼堂とに分かる本堂内は写真撮影ができません。正堂内陣にある春日厨子(かすがずし)内には中央に秘仏のご本尊「子安地蔵尊」、脇士に「観世音菩薩」と「毘沙門天」が安置されているそうです。秘仏のため、ご開帳は50年に一度だけですが、数年前に行われたため当分開帳されることはないとのこと。グループの参拝客と座って説明員から長寿寺と仏教の話を20分あまり聞かせていただきました。(注、以下4枚の仏像写真は長寿寺のパンフレットから引用貞観)

 

春日厨子(国宝)
 
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阿弥陀如来坐像(重要文化財)は藤原時代(平安時代中後期)の作。皆金色・高さ1.42mの寄木造、定印(注、両手のひらを上に向けて上下に組む形)、二重敷茄子(注、敷茄子とは蓮華台の下にある鼓形の台)の立派な蓮座に坐し、美しい唐草をきりすかした二重円光(注、光を二重の輪で表した光背)を負っています。
 
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(続く)

2017年8月15日 (火)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)④

第19番霊麀山(れいゆうざん)行願寺は京都府京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町にある天台宗の寺(別称:革堂)
 
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第20番西山善峯寺(よしみねでら)は京都府京都市西京区大原野小塩町にある善峯観音宗の寺(別称:よしみねさん)
 
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第21番菩提山(ぼだいさん)穴太寺(あなおじ)京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻にある天台宗の寺(別称:穴穂寺)
 
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第22番補陀洛山総持寺は大阪府茨木市総持寺にある高野山真言宗の寺
 
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第23番応頂山勝尾寺(かつおじ)大阪府箕面市粟生間谷にある高野山真言宗の寺(別称:弥勒寺)
 
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第24番紫雲山中山寺は兵庫県宝塚市中山寺にある真言宗中山寺派の寺(別称:中山観音)
 
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第25番御嶽山清水寺は兵庫県加東市平木にある真言宗中山寺派の寺(別称:清水さん)
 
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第26番法華山一乗寺は兵庫県加西市坂本町にある天台宗の寺
 
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第27番書寫山圓教寺(えんぎょうじ)は兵庫県姫路市書写にある天台宗の寺(別格本山)(別称:西の比叡山)
 
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下り坂に入ったところにある第28番成相山成相寺(なりあいじ)は京都府宮津市成相寺にある真言宗の寺(別称:成相さん)
 
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第29番青葉山松尾寺は京都府舞鶴市松尾にある真言宗醍醐派の寺(別称:まつのおさん)
 
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第30番厳金山(がんこんさん)宝厳寺(ほうごんじ)は滋賀県長浜市早崎町にある真言宗豊山派の寺
 
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本堂の右奥に出た所にある第31番姨綺耶山(いきやさん)長命寺は滋賀県近江八幡市長命寺町にある寺
 
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本堂の右脇に出れば、第32番繖山(きぬがささん)観音正寺は滋賀県近江八幡市安土町石寺にある天台系の寺(別称:仏法興隆寺)
 
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そして、第33番(満願)谷汲山(たにぐみさん)華厳寺(けごんじ)岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある天台宗の寺(別称:たにぐみさん)
 
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本堂の右手前にあるカエデが色付き始めています。湖南三山は紅葉が美しいことでも知られているそうです。
 
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常楽寺の境内を出ると、左手に三聖神社(さんせいじんじゃ)がありました。常楽寺の塀が参道と鳥居に迫っていて、参道は人がやっと通れる幅しかなく、不自然なほど窮屈になっています。
 
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伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、速玉之男神(はやたまのおおかみ)、事解男神(ことさかのおのかみ)を祭神とする神社でした。平安京の表鬼門に鎮座する日吉大社の摂社と思われます。拝殿は入母屋造、間口二間、奥行二間、本殿は一間社流造、間口一間、奥行一間とのこと。
 
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常楽寺の護法社の神像でしたが、明治期の神仏分離令により独立したようです。駐車場へ戻って2番目の寺に向かいました。(終)

2017年8月14日 (月)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)③

第6番壺坂山南法華寺(みなみほっけじ)は奈良県高市郡高取町にある真言宗系の単立寺院(別称:壺坂寺)
 
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第7番東光山岡寺奈良県明日香村にある真言宗豊山派の寺(別称:龍蓋寺、りゅうがいじ)
 
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上り坂に差し掛かりました。
 
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三重塔を見下ろす場所にある第8番豊山長谷寺は奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派の寺(別称:初瀬寺)
 
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次いで、第9番興福寺奈良県奈良市登大路町にある法相宗の寺
 
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第10番明星山三室戸寺(みむろとじ)は京都府宇治市菟道滋賀谷にある本山修験宗の寺(別称:御室戸寺)
 
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来し方を振り返りました。
 
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第11番深雪山上醍醐寺(かみだいごじ)は京都府京都市伏見区醍醐醍醐山にある真言宗醍醐派の寺
 
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第12番岩間山正法寺は滋賀県大津市石山内畑町にある真言宗醍醐派の寺(別称:岩間寺)
 
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第13番石光山石山寺滋賀県大津市石山寺にある東寺真言宗の寺
 
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第14番長等山園城寺(おんじょうじ)は滋賀県大津市園城寺町にある天台寺門宗の総本山(別称:三井寺)
 
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第15番新那智山観音寺京都府京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派の寺(別称:今熊野観音寺)
 
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第16番音羽山清水寺京都府京都市東山区清水にある北法相宗の寺
 
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三重塔と本堂を見下ろす場所に出ました。
 
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かなり高い場所ですが人口の池がいくつもあり、睡蓮(すいれん)の花が咲いています。
 
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同行者が小さなカエルを見つけました。
 
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振り返って見た池
 
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第17番補陀洛山(ふだらくさん)六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)は京都府京都市東山区五条大和大路上ル東入2丁目轆轤町にある真言宗智山派の寺
 
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第18番紫雲山頂法寺は京都府京都市中京区六角東洞院西入堂之前町にある天台系単立の寺(別称:六角堂)
 
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(続く)

2017年8月13日 (日)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)②

本堂の内部は、中世天台密教の本堂様式に基づいて、仏像を祀る内陣と、礼拝の為の外陣に分かれていました。入口から外陣を経由して内陣に至る字型に巡る拝観ルートにしたがい、内陣に安置されている仏像を拝観しました。中央には本尊(秘仏)が安置されている厨子を覆う鮮やかな糸で織られた布の迫力もさることながら、その 両脇にずらりと並ぶ重要文化財の仏像群に目を奪われます。延文5年(1360年)の火災時に僧侶らによって持ち出されて難を逃れた風神・雷神と千手観音の眷属(けんぞく、従者のこと)である二十八部衆のうち、昭和56年に風神・阿修羅王(あしゅらおう)・摩睺羅伽王(まごらかおう)の3体が盗難にあい、昭和60年に阿修羅王だけが見つかり戻ってきたそうです。つまり、風神と摩睺羅伽王は欠けています。大きさはどれも小ぶりですが、それぞれ恐ろしい顔、穏やかな顔など個性豊かな表情が印象的でした。(注、写真は常楽寺のパンフレットから借用)
 
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祭壇の裏側にもいくつかの仏像が祀られています。こちらにもU字型の拝観ルートを辿りました。仏像群の中央にあるのが重要文化財の釈迦如来座象(高さ139.1cm)。木造(ヒノキの寄木造り)で平安時代の作とのこと。(注、写真は常楽寺のパンフレットから借用)
 
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本堂を出たところで「石仏観音巡り」の案内看板があります。
 
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反対側に番外の石仏観音を見つけました。後方(右上)に写る建物は「行者堂」と「薬師堂」の間にある「普賢堂」です。
 
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本堂の左手へ進みました。本堂を横から見ると、その特徴がよく分かります。
 
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もう一つの国宝である三重の搭が目の前に聳えています。
 
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三重塔・本堂の周りには三十三体の観音石仏が祀られており、それら全てをお参りすると、西国三十三所観音巡礼したのと同じだけのご利益があるそうです。西国三十三所観音はまだ10か所ほどしか参拝していませんから、この寺でご利益をいただくことにしました。ちなみに、西国街道巡りのなかで立ち寄った兵庫県伊丹市の昆陽寺にも同じような西国三十三ヶ所霊場石仏があったことを思い出しました。

 

こちらが第1番の那智山青岸渡寺(せいがんとじ)は和歌山県那智勝浦町にある天台宗の寺
 
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長い階段を上がります。
 
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三重塔は完璧なバランスに安定感があり、屋根を支える垂木(たるき)が美しいラインを描いています。室町時代の大工がその技術を傾注した名建築といえるでしょう。また、搭の周囲は樹々に囲まれ、自然との調和も見事です。
 
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三重塔は室町時代の応永7年(1400年)に再建。三間塔婆本瓦葺、高さ22.8m。塔は本来仏舎利を安置する建物ですが、天台宗では法舎利(釈迦の根本経典の法華経を仏舎利の代わり)を安置して法華経の功徳による国家安穏、護国豊穣を願っているそうです。(出典:常楽寺のパンフレット)

 

一層目はもちろんのこと、二層目と三層目の組物(くみもの、注、柱上の上部構造を支える部材)も見事で、構造と装飾の両面を兼ねた造形です。
 
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第2番紀三井山金剛寶寺(きみいさんこんごうほうじ)は和歌山県和歌山市紀三井にある救世観音宗の寺(通称:紀三井寺)
 
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三重塔脇から見ると、本堂は急な斜面の下に建てられていることが分かります。
 
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第3番風猛山粉河寺(ふうもうざんこかわでら)は和歌山県紀の川市粉河にある天台宗系粉河観音宗の寺
 
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第4番槇尾山(まきのおさん)施福寺(せふくじ)は大阪府和泉市槙尾山町にある天台宗の寺(通称:槇尾寺)
 
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第5番紫雲山葛井寺(しうんざんふじいでら)は大阪府藤井寺市藤井寺にある真言宗御室派の寺(通称:藤井寺)
 
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「西国観音霊場石仏巡り」の散策路は長さ約150m、所要時間3~7分と説明されています。
 
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(続く)

2017年8月12日 (土)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)①

オチビちゃんとコチビちゃんの家に1週間ほど滞在して、夏祭りやスイミングプールなどに出かけて楽しい日々はあっという間に過ぎてしまいました。名残は尽きませんが、最終日の朝、国道1号を東に走って京都市から滋賀県の大津市・草津市を経て湖南市に入りました。石部口交差点を右折し、県道113号と県道119号を利用して石部南小前交差点を通過。6年前、旧東海道を辿った際、石部宿跡を巡った時に立ち寄ったエリアです。石部南小前交差点の約1km先にあるY字路に「常楽寺」と「長寿寺」の案内標識を見つけました。常楽寺は右手の道に入るように指示されています。
 
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150mほど進むと、右手に「常楽寺入口」の立て看板がありました。その先には寺院と思われる建物が木立隠れで確認できます。右手奥にある駐車場に車を停めました。
 
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車を下りて先へ進むと、本堂と三重塔が国宝であることを示す立て看板が誇らしげに立てられています。受け付けは小さな川に架かる石橋を渡ったところにあるようです。
 
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入口と表示された先に受付が見えます。事前に調べると、「常楽寺」に参拝するには予約が必要とありましたので、前日に電話を入れて午前11時からの参拝を予約してありました。その午前11時にはまだ20分ほどありますが、受付からの声に促されて受付窓口へ進みました。入山料(参拝料)は大人が500円ですから、同行者と私の二人分を納めると、パンフレットを2部手渡されました。
 
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そして、拝観時の注意事項をいくつか説明されました。『本堂に入ると自動的に電燈が点灯すること』、『本堂内には防犯用カメラが設置されていること』、『本堂から出ると自動的に電燈が消灯されること』、などだったと思います。
 

受け付け窓口を抜けて境内に入った場所に手作り感に溢れる立て看板を見かけました。常楽寺とともに湖南三山と呼ばれる長寿寺と善水寺への道案内図です。長寿寺は県道119号を1kmほど進んだ場所にあり、善水寺は国道1号の北側、約9km離れた「十二坊温泉ゆらら」の近くにあるようです。
 
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左手に折れると、右手に「鐘楼」がありました。
 
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その右後方の建物は行者堂と表示されています。柱が右に傾いたため、屋根が右方向に少しずれています。そして、内部に「役の行者像」はありません。
 
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「常楽寺」の本堂と三重塔を背景にして記念写真を撮影する場所のようです。共に国宝に指定されている威風堂々とした名建築で、その重厚さはさすがに圧巻です。屋根は檜皮で葺かれた一重の入母屋造で、三間の向拝(こうはい、注、屋根の中央が前方に張り出した部分)が付く巨大さです。
 
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「常楽寺の縁起」
 
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「常楽寺(じょうらくじ)」は、滋賀県湖南市石部地区にある天台宗の寺院で、山号は阿星山(あぼしさん)、本尊は千手観音(秘仏)です。同じ石部地区にある長寿寺の「東寺(ひがしでら)」に対して、「西寺(にしでら)」と呼ばれているそうです。湖南市・栗東市・信楽町の境界にある阿星山(あぼしやま)の北鹿(ほくろく)にある「常楽寺」は、奈良時代の和銅年間(708~715年)に元明天皇の勅令により、良弁(ろうべん)僧正が開祖した阿星寺(あせいじ)五千坊の中心寺院として、また紫香楽宮(742~745年)の鬼門鎮護として栄えたそうです。南北朝時代の延文5年(1360年)に落雷による火災で全焼しましたが、同年、観慶(かんけい)らによって再興されました。桁行7間、梁間6間、向拝3間、入母屋造、桧皮葺の本堂は、明治31年国宝(旧法)に指定され、昭和28年には新法(文化財保護法)により国宝に再指定されました。(出典:常楽寺のパンフレットなど)

 

「常楽寺の縁起」の脇にある応永13年(1406年)に造られた重要文化財の石灯籠
 
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本堂の扁額(へんがく)に寺号の「常楽寺」が書かれています。その両側には長い軒支輪(のきしりん)が巡らされていることも大きな特徴とのこと。また、蔀戸(しとみど)は上下2枚に分かれ、上半分だけが外開きできる、半蔀(はじとみ)です。上部は換気用に少し開けられています。ちなみに、蔀戸は板の両面に講師を組んだ戸のことです。 
 
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本堂の前に立つ説明看板
 
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本堂の右手に進みます。
 
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右手の「薬師堂」には新しい「薬師如来」が祀られているようです。
 
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下足箱に履物を置いて本堂へ上がります。
 
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堂内は撮影禁止です。
 
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(続く) 

2017年8月 9日 (水)

大阪への高速ドライブ旅(後編)

四日市JCTで東名阪自動車道に入ります。右手にそれる車線は昨年部分開通した東海環状道の四日市JCT-東員(とういん)IC間へのアクセス道です。近い将来(2018年度)にはその途中に建設される新四日市JCTから新名神高速道路の延伸区間(新四日市JCT-亀山西JCT、区間長23km)を利用できるようになり、東名阪自動車道の四日市JCT-亀山JCT間で多発する交通渋滞の改善につながることが期待されます。
 
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東名阪自動車道の四日市ICを通過します。珍しいことですが、この日は渋滞がありません。
 
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亀山JCTで新名神にそれます。ちなみに、新名神高速道路の延伸区間が完成すると、東名阪自動車道と新名神高速道路とを結ぶ新名神高速道路の支線(亀山連絡路)になるはずです。
 
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鈴鹿山脈が前方に迫りました。鈴鹿峠(標高357m)の北方約2kmの地点です。
 
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鈴鹿トンネル(長さ3960m)に入ります。
 
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甲賀土山ICを通過
 
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信楽(しがらき)ICを通過
   
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草津JCTで名神高速道路へ入り、
 
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瀬田東JCTで京滋バイパスへ反れます。
 
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内畑トンネル(長さ650m)に入ります。この先には二尾トンネル(長さ320m)、宇治トンネル(4313m)が続きます。
 
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久御山(くみやま)JCTで第二京阪自動車道にそれて、
 
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午前9時半の少し前にオチビちゃんとコチビちゃんの家に到着。
 
走行距離450.7kmの平均燃費はエコドライブ(定速走行)に心掛けたことで27.3km/ℓと前回の25.9km/ℓより良い結果が得られました。
 
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所用時間が6時間30分と長めになったのは、渋滞に遭遇しなかったことで平均速度が78km/hと速いものの、途中を意図的に休憩階数を多く取った(注、累計45分ほど)ためです。ちなみに、これまでの最高値は走行距離456.6kmにおいて28.0km/ℓ。(終)

2017年8月 8日 (火)

大阪への高速ドライブ旅(前編)

昨秋、近畿山陽・山陰の名城巡りに出かける途中に立ち寄って以来、10か月ぶりに大阪へ向かいました。今回の目的は夏休みに帰省できないオチビちゃんとコチビちゃんに会うためです。昨年末にわが家に来てくれましたが、中学生になったオチビちゃんが部活と塾通いで忙しくなったのです。

 

交通渋滞を避けるため、久しぶりに「七つ立ち」(注、厳密には八つ半立ち)をしたことで、新東名高速道路駿河湾沼津SAに到着した時には午前4時を少し回ったばかりで、新東名高速道路で人気のあるNEOPASA(ネオパーサ)駿河湾沼津内のショップはすべてクローズ中でした。
 
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そして、沼津市街地はまだ夜の帳(とばり)に包まれています。
 
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清水PAに立ち寄った午前4時40分ころには空が白んできました。ドーン(市民薄明開始)から日の出の時間へと移行するタイミングです。生憎の曇天ですから清水PAの展望台から富士山を望むことはできそうにもありません。
 
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小型車エリアに駐車する車はまばらですが、大型車のエリアは大型トラックでほぼ満車のようです。
 
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新静岡ICを通過
 
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次いで静岡SAも通過します。静岡SAは上下線共通の大きなNEOPASA(ネオパーサ)静岡がありますが、敷地の制約があるため、アクセス路が複雑なことが難点です。
   
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午前5時25分には掛川PAに到着。時計回りでアクセスする駐車場と、オレンジ色がアクセントになっているNEOPASA(ネオパーサ)掛川に特徴があるパーキングエリアです。
 
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山の端(は)から太陽が覗(のぞ)きました。
 
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駿河湾沼津SAと並んで人気がある浜松SAを通過します。楽器メーカーが多い浜松らしいデザインのNEOPASA(ネオパーサ)浜松はフードコートとショップが充実していますから、帰路(上り線側)に良く利用します。
 
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浜松いなさJCTに差し掛かりました。三遠南信(さんえんなんしん)自動車道は東名高速道路との連絡路になっています。
   
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長篠設楽原(ながしのしだらがはら)PAを通過します。広い駐車場があるパーキングエリアです。
 
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東海環状自動車道と接続する豊田東JCTを通過
   
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東名高速道路と接続する豊田JCTを通過して伊勢湾岸自動車道に入ります。
   
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来場者数が多いという刈谷ハイウェイオアシスに立ち寄ります。
 
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午前6時40分ころに到着したため、フードコートはまだ営業していません。
 
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暇つぶしのため散策してみることにしました。刈谷ハイウェイオアシスの建物脇にある階段を上がった場所(屋上)にソーラーパネルが設置されていました。
 
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北側には刈谷ハイウエイオアシスの外部駐車場と溜池を望むことができます。
 
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蝉しぐれに気づいて階下に下りたところで同行者はセミを見つけました。
 
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午前7時にフードコートがオープン。向かった「ごはんや」では久しぶりに「きし麺」を選びました。同行者は温泉卵と納豆だけを選びましたので、「きし麺」をシェアすることに。
 
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自宅を出発した直後に最寄りのコンビニで購入した軽食を食べていますから、これだけでも朝食として十分でした。(続く)

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