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2018年1月

2018年1月27日 (土)

「仮想通貨」を考える

最近、テレビや新聞で採り上げられることが多い「仮想通貨」についての私見を書きたいと思います。まず、「仮想通貨」とは何でしょうか? それは通常の通貨のように特定の国家(注、複数国家の場合もある)によって価値が保証されたものとは異なり、特殊な仮想グループ(バーチャルコミュニティ)でやり取りされる電子マネーの一種です。電子マネーといっても、電子的に行われるクレジットカードによる支払いや銀行預金からの引き落としや振り込みなどの電子決済で扱われるものは、もちろん「仮想通貨」ではありませんが、厳密には通貨ではなく、代用通貨と呼ばれます。百貨店や全国共通図書券などの金券やJR東日本が発行する“SUICA”などプリペイド・カード(前払い方式)の交通系電子マネーも電子決済に利用される代用通貨なのです。

 

身近な「仮想通貨」は企業やその提携企業が発行する「ポイント」(例、セブン&アイ・グループの“NANACO”、イオングループの”WAON”、カルチュア・コンビニエンス・クラブのTポイント、三菱商事の”Ponta”など)です。ちなみに、“NANACO”と”WAON”には“SUICA”と同様のプリペイドカードの機能も備えています。顧客の囲い込みが主目的で、通常は利用者に発行される「ポイントカード」(ICチップ内蔵)を利用して、商品やサービスを購入した時に「ポイント」が付加されたり、商品やサービスの支払いに使ったりできるものです。前置きはここまでにして本題に入ります。

 

「仮想通貨」の概念は1995年ころにアメリカで生まれ、1999年には一部の仮想通貨が存在していたようです。そして、仮想通貨という表現も2009年ころにできたものであるとされます。(注、2008年に中本元哲史(なかもとさとし)と名乗る人物がインターネット上に投稿した論文によって提唱され、2009には、その理論を実現するためのソフトウェアがオープンソースで開発され、ビットコインの最初の取引が行われ、2010年にはビットコイン両替ができる最初の取引所が誕生しましたとされる) 

 

現在、数百種類ともいわれる多数の「仮想通貨」が流通しているようですが、良く知られるものは「ビットコイン」、それから派生して生まれた「ライトコイン」、無償の有志が運営する「ヴァージ」などです。今週、国内最大の仮想通貨取引所である「コインチェック」から巨額の「仮想通貨」が流出した(不正送信された)事件が明らかになりました。顧客から預かった580億円分の仮想通貨(NEM/XEM)が外部からの不正アクセスにより盗まれたのです。「仮想通貨」の流出事件といえば、4年前にも仮想通貨交換所の「マウント・ゴックス」から465億円相当の仮想通貨「ネム」が流出(注、社長による横領として裁判中)して、同社は2017年に倒産(民事再生手続きを申請)しました。その他にも、2016年に「ビットフィネックス」(約66億円)と"THE DAO"(約52億円)、2017年には「ナイスハッシュ」(約72億円)などの事例があります。
注、NEMは暗号通貨で経済活動をするプロジェクト名、XEMはその貨幣名

 

「仮想通貨」の代表格である「ビットコイン」を事例として『仮想通貨」についてもう少し詳しく説明します。「ビットコイン」は通貨と交換する形で手に入れる(購入する)ことができます。これはネットワークゲームなどで利用される架空の通貨とよく似ています。両替して手に入れて自分のウォレット(財布)に保存した「ビットコイン」は、一般的な電子マネーと同様に使用することができます。家電量販店のビックカメラなど「ビットコイン」での支払いを受け付けているお店で、長い文字列の「ウォレットID」を使って電子的に「ビットコイン」での決済ができます。すると、決済後には自分の所有していた「ビットコイン」が減り、お店の所有している「ビットコイン」が同額だけ増えます。

 

通常の電子マネーと違いがないように思われますが、「ビットコインID」を持つ個人間の送金において以下のメリットがあります。

○インターネットを経由して個人間で直接送金できる(短時間での送金ができる、銀行などに依頼する必要がない、通貨単位を意識する必要がない)

注、銀行を利用する国内送金の手数料は数100円/件、海外送金の手数料は6000-9000円/件

○手数料が無料あるいは格安である(特に手数料が高い海外送金の場合に有利)

○監視や制限が存在しない(マネーロンダリングに悪用される恐れはあるが)

 

円やドルなどの通貨と「ビットコイン」の決定的な違いは『通貨を管理する「中央銀行」が存在しない』ということです。つまり、「ビットコイン」には発行を司る組織や流通を管理する組織が存在しないのです。といっても「ビットコイン」が取引されるコミュニティは、無法地帯ではなく、コンピューターのネットワークを利用して管理する仕組みとなっているのです。新しい通貨の発行や取引の詳細情報(取引台帳)はそのすべてがコンピューターネットワーク上に分散されて保存されるのです。この仕組みがあることですべての記録は残りますが、その記録に個人情報は含まれません。

 

このように「ビットコイン」はネットワーク上に分散して保存されている取引台帳のデータと期間中に発生したすべての取引のデータの整合性を取りながら、すべての取引記録を取引台帳に追記されます。そのためには膨大な計算量が必要ですが、「ビットコイン」では有志のコンピューターリソースの余っている能力を借りて膨大な計算を行い、大きな取引台帳に追記を行っているのですが、この追記作業の手伝いをしてくれた人、追記作業のために膨大な計算処理をし、結果として追記処理を成功させた人には、その見返りとしてビットコインが支払われます。この一連の行為は「ビットコイン」の採掘(マイニング)と呼ばれます。つまり、「ビットコイン」の新規発行はマイニングの結果としてだけ行われるのですが、無制限に新規発行されるのではなく、「ビットコイン」の発行総量には上限が設定されています。

 

最後に、「ビットコイン」のリスクと海外での規制についても触れましょう。上記したように取引所から顧客の「ビットコイン」が盗まれることとともに、「ビットコイン」の価値変動幅が大きい(ボラティリティが高い)ことも大きなリスクです。この理由は「ビットコイン」の価値には裏付けがなく、利用しようとする人や利用している人たちの思惑で「ビットコイン」の価値が大きく変動するからなのです。ですから、目先が効く人には大儲けのチャンスでもありますが、投資や投機の経験が豊かな人以外は近寄らないのが身のためだと私は考えます。ちなみに、「ビットコイン」の相場変動を紹介しましょう。
 

2017年1月2日    105,491円/BTC     注、BTCは「ビットコイン」の単位

2017年4月3日    135,470円/BTC

2017年7月3日    288,855円/BTC

2017年10月2日   512,458円/BTC

2018年1月1日  1,944,980円/BTC     注、1年前から18.4倍に急騰

2018年1月22日 1,197,000円/BTC     注、1月1日から21日間で38.4%急落

 

中国では従来の取引所禁止に加えて、アクセスの遮断やウォレットサービスなどほぼすべての仮想通貨サービスが検閲され、政府によって制限されることが明らかになりました。これが今年に入って「ビットコイン」が急落した最大の原因だと見られています。また、韓国でも仮想通貨取引が禁止される可能性が浮上したと伝えられます。そして、アイスランドは「ビットコイン」を禁止し、インド・インドネシア・コロンビア・タイ・台湾・ヨルダン・レバノン・ロシアなどでは国が法的に制限しているようです。そして、今月の18日にはドイツとフランスの財務大臣が3月に行われるG20(20か国・地域)財務省・中央銀行総裁会議の場で仮想通貨に対する規制案を共同提案(国際的に規制する呼びかけ)を行うことを明らかにしています。

2018年1月20日 (土)

不要な「不動産」は借金と同じ!(続編)

半年前に投稿した記事に親から相続した田舎の土地とアメリカで衝動買いした別荘地などの不動産を処分した顛末(てんまつ)を詳細に書きましたが、今回はその続編として、若い世代のゴルフ人気が低落したことなどで処分が難しくなったゴルフ会員権の扱いと私のゴルフ人生を振り返ってみたいと思います。

 

私とゴルフの出会いは40年ほど前にミャンマー(旧ビルマ)へ出張した時のことです。仕事のパートナーである現地駐在員(日本人)が、休日の娯楽(気分転換)にと、私をヤンゴン(旧ラングーン)市内のヤンゴン・ゴルフ・クラブ(注、1909年設立の名門コース)へ誘ってくれたことです。当時のミャンマーではゴルフ場はここしかなかったようで、プレーする現地の人たちはそれほど多くない、居たとしても政府関係者か上級軍人だけで、利用者の多くは我われのような外国人だったと思います。注、現在は主要都市にゴルフ場が計10か所ほどあり、外国人観光客だけではなく、ミャンマーの市民もゴルフを楽しむようになっている

 

ヤンゴン・ゴルフ・クラブに到着すると数名の男の子たちが車を取り囲み、トランクに積まれた3つのゴルフバッグを奪い合うように取り出したかと思うとクラブハウスへと運んで行くのです。もちろん、チップをもらうためでした。まったくの初心者である私を一瞬で見抜いたキャディさんは初心者に向いたクラブ(打ちやすい3番ウッドとショーアイアンなど)を選択してくれ、狙う方向をアドバイスしてくれました。しかし、クラブを振ってもなかなかゴルフボールに当りません。例え、当ったとしてもチョロ・トップ・シャンクなどが続きました。

 

クラブが偶然ボールに当った瞬間、どこからともなく出没した男の子が私のボールを確保してくれるのです。ラフでは芝を捻(ひね)って作ったティーにボールを載せて私が打ちやすいようにサポート(注、実際はズルですが)してくれました。そうこうしながら前半のプレーが半分以上経過するころには何とかクラブがボールに当るようになりました。なにせ一度もゴルフの練習したことがなく、コースにぶっつけデビューした超初心者の私は偶然にもその日ではじめてのナイスショット(注、正しくはグッドショット)をすることができました。

 

しかし、その瞬間に男の子たちが右手の池にいっせいに飛び込みました。ボールの行方を目で追うと、大きくスライスしながら見事に池に落ちました。男の子たちは私のクラブスイングを見て、飛距離とスライスの度合いを瞬時に見切ったようです。その時は男の子たちの判断理由をまったく理解できませんでしたが今では・・・・。ロストボールを拾うことも彼らの重要な仕事だったようです。

 

ヤンゴンでは2度ほどプレーしましたが、仕事のパートナー(日本人)には大変な迷惑をかけたことを後で理解した時には、穴があったら入りたい気持ちになりました。とは言っても、めげることを知らない私は、その後もタイ・マレーシア・インドネシア・フィリピン・ニュージーランド・アメリカなどへ出張した時に、誘われればゴルフ場へ出掛けました。頻度は年に1・2度と多くはありませんでしたが。

 

そして、本格的にグルフを始めたのは40歳を過ぎてアメリカの子会社へ出向した時です。先輩のアドバイスにしたがってゴルフセットを購入し、週末にはゴルフ練習場とゴルフ場通いを怠ることなく「週一ゴルファー」としてゴルフに励んだ結果、1年でスコアは100を切り、2年でボギーマン(スコア90)、3年目は週末のボランティア活動に参加(任期1年間の責任者)したため練習量が減り、スコアは一進一退することになりましたが、4年目にはボギーマン(スコア90)から10ポイント近く改善することができました。ちなみに、帰国した5年後までのベストスコアはホームコースで出した73(ワンオーバーパー)、つまりアウトはパープレイの36、インはワンオーバーの37です。

 

帰国後はプレーする頻度(ひんど)が激減して、年間2・3度のペースで推移しましたが、その10年後に先輩から勧められてゴルフ会員権を購入したことで、「月一ゴルファー」になり、ボギーマンとしてさらに15年が経過しました。しかし、2・3年前から体力の衰えと腰痛を感じ始めると、スコアが不安定になり、ボギーマンの90から100オーバーのスコアをしばしば記録するようになってしまいました。そして、18ホールをプレーするのが辛くなり、「隔月ゴルファー」へとプレーする頻度が半減しました。

 

昨年の12月、ついにゴルフ会員権を処分(返上)することを決心しました。会員権市場で購入希望価格を調べると、限りなくゼロに近いことを知ったからです。つまり、売却しようとしても、ほとんど買い手がつかない状況にあるのです。「返上手続き」は簡単でした。送られて来た書類に記入して、会員証書と印鑑証明を添えて返送するだけでしたから、翌年の年会費が発生する12月中旬までにすべての手続きを完了。しかも、期待していなかった預託金(注、売却した場合はその権利が買主に移行)、10万円弱が返済されることになりました。

 

これからは非会員(ビジター)としてプレーすることになりますが、チェックイン時の利便性確保とポイントを貯めるため、ポイントカードを会員用から非会員用(年会費無料)に切り替えました。これで従来とほとんど同じ環境(2か月に1回程度)では、年会費を考慮した一回当たりのプレー代がこれまでよりかなり安くります。注、「月一ゴルファー」の場合は、年会費を考慮すると、ビジターとほぼ同じ

 

不動産だけではなく、処分しにくい動産をすべて整理することができましたから、これらについて子供たちに迷惑をかけることはないと思います。これからは、終活準備に煩(わずら)わされず、気ままに旅行を楽しむことができそうです。□

2018年1月10日 (水)

「マツコの知らない世界スペシャル」にYOSHIKIさんが出演

1月9日(火)の夜、TBSテレビで「マツコの知らない世界」の正月スペシャル番組(20:5722:54)が放送されました。ちなみに、この番組は新しいジャンルのテーマをより身近な情報に変換して紹介することが狙いのようです。最初のコーナーはいつも通りにマニアックなテーマである「デリバリーグルメ!」に続く「YOSHIKIの全てを知るさかいさん」のコーナーに”X JAPANYOSHIKI”さん自身がマツコさんの前に現れました。注、「さかいさん」はYOSHIKIさんの熱烈な女性ファン
    

マスコミに素顔をほとんど露出しないYOSHIKIさんがこともあろうにマニアックな番組「マツコの知らない世界」に出演したのです。独特な切り口で出演者に迫る(出演者の魅力を引き出す)マツコさんとのトークにはリスクがあるはずなのに・・。私の憶測ですが、それを承知でこの番組に出演した理由はNHK紅白歌合戦では時間の制約で告知できなかった映画”We are X”を視聴者に伝えることが主目的なのかもしれません。 

 

しかし、コーナーが進むにつれ、出演することのリスクが杞憂であることが分かりました。マツコさんならではの絶妙なトークがYOSHIKIさんの素顔と魅力を見事に浮き彫りにして行くことになったのです。YOSHIKIさんの生い立ちに始まり、X JAPANを結成する経緯、派手なパフォーマンスを行うビジュアル系ロックバンドとして人気絶頂期の解散、ロックとクラシックの融合を経てビジュアル系を脱したX JAPAN10年後に再結成したことなどを、「さかいさん」が進行役になって振り返えりました。 

 

ストイック過ぎることへの心配に関して頚椎の手術(注、頚椎人工椎間板置換手術)とドラム演奏の休止、1990年代にはレコード会社の期待にもかかわらず曲への拘りから多数のCDをリリースしなかったこと、その背景にあるのは100年先にもX JAPANの曲を聴いて貰いたいとのYOSHIKIさんの思い、YOSHIKIさんを襲った悲劇(ToshIさんの脱退、X JAPANの解散、数ヶ月後にはHIDEさんの死)、亡きHIDEさんのため1か月後に作った曲”Without You”が再結成されたX JAPANに再び生命力を与えることになったことをYOSHIKIさんの言葉と当時のミュージック映像で紹介。 

 

プロデューサーとしてのYOSHIKIさんの顔について、着物、ワイン、香水、クレジットカード、キティーちゃんの例を挙げて紹介したあと、YOSHIKIさんがスタジオで”Foever Love”をピアノ演奏。曲の余韻を残しながら、X JAPANの歴史を振り返るコーナーはエンディングを迎えました。 

 

最後のコーナーは老舗和菓子屋”とらや”(御三家和菓子)」と、これも大きなテーマでした。最初はいつもの軽い調子でスタートした番組も、スペシャルらしく凝った構成に引き込まれいるうちに、2時間があっと言う間に過ぎ去りました。

2018年1月 4日 (木)

「川崎大師」への参拝に始まるわが家の年末年始

毎年参拝することを恒例としている「川崎大師 平間寺(へいけんじ)」へ年末の12月29日に出掛けました。いつも通りに、「大師公園」の駐車場に車を停めて、まだ参拝者はまばらな表茶道を歩きました。ちなみに、仕事の都合などで参加できないメンバーが二人いたため、今回の総勢は11名です。
 
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大山門にはすでに21mもある注連縄(しめなわ、注、前垂注連)が取り付けられたところで、高さ1.7m&30kgの玉飾りを中央に設置するための足場などの準備が進められているようです。ちなみに、寺院である「川崎大師」には三が日(初詣)だけで、およそ300万人の参拝が見込まれているそうです。
 
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注連縄は神様をまつるための神聖な場所を表していて、神様の領域と現世の領域を隔てる結界(注、不浄の物が入らないようにする役割)であり、伊勢神宮を除く出雲大社などの神社では一年中飾られていますが、真言宗の寺である「川崎大師」にはなぜか年末年始にだけ取り付けられます。呪術などを使う「密教」の流れを汲む真言宗だからでしょう。東京都中野区の「新井薬師」や千葉県成田市の「成田山新勝寺」でも年末年始に、形は異なりますが、注連縄が飾られるそうです。

 

大山門を潜ると、大本堂が正面に現れました。
 
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前年に授けられた護摩札(ごまふだ)を「納札殿」にお返ししたあとは「お水屋」(手水舎)へ
 
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午前11時30分の「お護摩」を申し込み、「献香所」に線香を備えます。写真に写るのはオチビちゃんとチビエちゃん。
 
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10分前までに本堂へ入るように言われています。
 
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25分ほどのお護摩のあと、新しい護摩札を頂きました。

 

午前12時直前になっていましたから、さっそく山門前にあるいつもの蕎麦屋「はやま」へ向かいました。年末年始など混雑する時は事前に食券を買う必要がありますが、食券売り場には10数人が列を作っています。一階席はほぼ満員のため、2階席(小上がり)に案内されました。
 
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オチビちゃん・コチビちゃん・同行者・叔父ちゃんの4人は「せいろそば(2枚)」(1400円)、
 
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二人のお母さんは赤ちゃんと一緒に「花巻うどん」(680円)、
 
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チビスケくん・チビエちゃんが「力うどん」(900円)、そのお母さんは「なめこそば」(900円)、
 
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お父さんは「鍋焼うどん」(1400円)、
 
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そして私は定番の「鴨南そば」(1120円)
 
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メンバー全員は蕎麦やうどんを平らげて満足そうです。なかでも中学生になったオチビちゃんは「せいろそば」をコチビちゃんと同行者からもらって4枚も食べきりました。

 

お腹を満たしたあとは、子供たちが楽しみにしている「大師公園」でのお遊びです。2時過ぎまで遊具やサッカーボールで遊んだことで、全員が大満足したようです。
 
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大晦日(おおみそか)から3が日は例年通りに自宅で過ごしました。夕方から飲み始めたため、NHK総合テレビで「紅白歌合戦」の放送がスタートして1時間を過ぎたころには睡魔に襲われてしまいました。続きはビデを録画で見ることに・・。元旦の午後に再生して見ると、知らない出場者が多かったものの、例年以上にバランスが良い構成でした。なかでも、出場が取りざたされていた桑田佳祐さんと安室奈美恵さんのそれぞれが登場するコーナーがあり、しかも私の好きなX-JAPANも出演しました。

 

半年前に頸椎(けいつい)の手術をしたYOSHIKIさんは、首に負担が掛かるドラム演奏ができないとして、ピアノで伴奏するEndless RainをToshIさんが静かに歌いました。一曲目が終わると、なんと舞台の前方にドラムスのセットがせり上がってきたのです。YOSHIKIさんはその前に座って両腕を交差させてXの文字を表現(Xポーズ)しました。私は演奏できないという意味かと一瞬思いましたが、スティックを握ってドラムをたたき始めました。曲はもちろんX-JAPANの代表曲である「紅(くれない)」です。私はサービス精神に溢れる演出を楽しみながら「紅」を思い入れをもって聞きました。紅白歌合戦では前年に続く「紅」の披露です。

 

元旦は寝坊しましたが、お雑煮を食べ終えた午前8時30分にはTBSテレビで「全日本実業団対抗駅伝競走大会」が始まりました。午前9時15分にスタートした第1区は下馬評にある旭化成・ホンダ・トヨタ自動車は出遅れて住友電工がトップで第2区の走者に襷(たすき)を渡しました。第2区では9位の旭化成がトップに、10位のトヨタ自動車が3位に躍り出ました。第3区では2位以下に変動がありましたが、第4区では下馬評通りに旭化成・ホンダ・トヨタ自動車の順番となり、最終の第7区でもその順番は変わらず、旭化成の強さが目立った大会になりました。ちなみに、第4位はトヨタ自動車九州、第5位は富士通、第6位はDeNA(注、旧エスビー食品の監督と選手が移籍)、第7位はコニカミノルタ、と順当な結果だったと思います。

 

元旦の夜(午後7時から)はNHK-Eテレ「ウィーンフィル・ニューイヤー・コンサート2018」がオーストリアのウィーンからライブ中継されました。指揮者はウィーン・フィルから名誉団員の称号を得た数少ない指揮者の一人であるイタリアのリッカルド・ムーティ氏。ちなみに、「ニューイヤーコンサート」への登場は5回目とのこと。2004年以来、14年振りです。演奏された曲目は次の通り。

 

ヨハン・シュトラウス作曲 : 喜歌劇「ジプシー男爵」から「入場行進曲」

ヨーゼフ・シュトラウス作曲 : ワルツ「ウィーンのフレスコ画」

ヨハン・シュトラウス作曲 : フランス風ポルカ「花嫁探し」

ヨハン・シュトラウス作曲 : ポルカ・シュネル「浮き立つ心」

ヨハン・シュトラウス(父)作曲 : マリアのワルツ

ヨハン・シュトラウス(父)作曲 : ウィリアム・テル・ギャロップ

フランツ・フォン・スッペ作曲 : 喜歌劇「ボッカッチョ」序曲

ヨハン・シュトラウス作曲 : ワルツ「ミルテの花」

アルフォンス・チブルカ作曲 : ステファニー・ガヴォット

ヨハン・シュトラウス作曲 : ワルツ「ウィーンの森の物語」

ヨハン・シュトラウス作曲 : 祝典行進曲

ヨハン・シュトラウス作曲 : ポルカ・マズルカ「都会と田舎」

ヨハン・シュトラウス作曲 : 「仮面舞踏会」のカドリーユ

ヨハン・シュトラウス作曲 : ワルツ「南国のばら」

ヨーゼフ・シュトラウス作曲 : ポルカ・シュネル「短い言づて」
 

そして、アンコール曲は「雷鳴と電光ポルカop.324」に加えて、もちろん、「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」の2曲も。リッカルド・ムーティ氏と一体になったウィーン・フィルの演奏を聴きながら、ウィーンの景色と建物、およびバレリーナの踊りをたっぷり楽しむ3時間になりました。
   

1月2日は午前8時から日本テレビで「箱根駅伝」(往路)のライブ中継です。下馬評では青山学院・東洋大学・東海大学・早稲田大学などが上がっていましたが、往路は1区で抜け出した東洋大学が安定に襷(たすき)をつなぎ、2位の青山学院大学(36秒差)と3位の早稲田大学(1分56秒差)の追従を許さず、トップで芦ノ湖のゴールでテープを切って往路優勝。

 

復路の6区では青山学院大学が見事な山下りでトップに立ち、7区でも区間新を記録し、8区は区間賞、9区は東洋大学と早稲田大学に追い上げられましたが、10区でもアンカーが安定した走りを見せたことで、トップで大手町のゴールに飛び込みました。2位東洋大学(4分52秒差)、3位早稲田大学(11分29秒差)、4位日本体育大学(11分48秒差)、5位東海大学(12分29秒)、6位法政大学(12分41秒差)、7位城西大学(14分33秒差)でした。

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