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2018年1月20日 (土)

不要な「不動産」は借金と同じ!(続編)

半年前に投稿した記事に親から相続した田舎の土地とアメリカで衝動買いした別荘地などの不動産を処分した顛末(てんまつ)を詳細に書きましたが、今回はその続編として、若い世代のゴルフ人気が低落したことなどで処分が難しくなったゴルフ会員権の扱いと私のゴルフ人生を振り返ってみたいと思います。

 

私とゴルフの出会いは40年ほど前にミャンマー(旧ビルマ)へ出張した時のことです。仕事のパートナーである現地駐在員(日本人)が、休日の娯楽(気分転換)にと、私をヤンゴン(旧ラングーン)市内のヤンゴン・ゴルフ・クラブ(注、1909年設立の名門コース)へ誘ってくれたことです。当時のミャンマーではゴルフ場はここしかなかったようで、プレーする現地の人たちはそれほど多くない、居たとしても政府関係者か上級軍人だけで、利用者の多くは我われのような外国人だったと思います。注、現在は主要都市にゴルフ場が計10か所ほどあり、外国人観光客だけではなく、ミャンマーの市民もゴルフを楽しむようになっている

 

ヤンゴン・ゴルフ・クラブに到着すると数名の男の子たちが車を取り囲み、トランクに積まれた3つのゴルフバッグを奪い合うように取り出したかと思うとクラブハウスへと運んで行くのです。もちろん、チップをもらうためでした。まったくの初心者である私を一瞬で見抜いたキャディさんは初心者に向いたクラブ(打ちやすい3番ウッドとショーアイアンなど)を選択してくれ、狙う方向をアドバイスしてくれました。しかし、クラブを振ってもなかなかゴルフボールに当りません。例え、当ったとしてもチョロ・トップ・シャンクなどが続きました。

 

クラブが偶然ボールに当った瞬間、どこからともなく出没した男の子が私のボールを確保してくれるのです。ラフでは芝を捻(ひね)って作ったティーにボールを載せて私が打ちやすいようにサポート(注、実際はズルですが)してくれました。そうこうしながら前半のプレーが半分以上経過するころには何とかクラブがボールに当るようになりました。なにせ一度もゴルフの練習したことがなく、コースにぶっつけデビューした超初心者の私は偶然にもその日ではじめてのナイスショット(注、正しくはグッドショット)をすることができました。

 

しかし、その瞬間に男の子たちが右手の池にいっせいに飛び込みました。ボールの行方を目で追うと、大きくスライスしながら見事に池に落ちました。男の子たちは私のクラブスイングを見て、飛距離とスライスの度合いを瞬時に見切ったようです。その時は男の子たちの判断理由をまったく理解できませんでしたが今では・・・・。ロストボールを拾うことも彼らの重要な仕事だったようです。

 

ヤンゴンでは2度ほどプレーしましたが、仕事のパートナー(日本人)には大変な迷惑をかけたことを後で理解した時には、穴があったら入りたい気持ちになりました。とは言っても、めげることを知らない私は、その後もタイ・マレーシア・インドネシア・フィリピン・ニュージーランド・アメリカなどへ出張した時に、誘われればゴルフ場へ出掛けました。頻度は年に1・2度と多くはありませんでしたが。

 

そして、本格的にグルフを始めたのは40歳を過ぎてアメリカの子会社へ出向した時です。先輩のアドバイスにしたがってゴルフセットを購入し、週末にはゴルフ練習場とゴルフ場通いを怠ることなく「週一ゴルファー」としてゴルフに励んだ結果、1年でスコアは100を切り、2年でボギーマン(スコア90)、3年目は週末のボランティア活動に参加(任期1年間の責任者)したため練習量が減り、スコアは一進一退することになりましたが、4年目にはボギーマン(スコア90)から10ポイント近く改善することができました。ちなみに、帰国した5年後までのベストスコアはホームコースで出した73(ワンオーバーパー)、つまりアウトはパープレイの36、インはワンオーバーの37です。

 

帰国後はプレーする頻度(ひんど)が激減して、年間2・3度のペースで推移しましたが、その10年後に先輩から勧められてゴルフ会員権を購入したことで、「月一ゴルファー」になり、ボギーマンとしてさらに15年が経過しました。しかし、2・3年前から体力の衰えと腰痛を感じ始めると、スコアが不安定になり、ボギーマンの90から100オーバーのスコアをしばしば記録するようになってしまいました。そして、18ホールをプレーするのが辛くなり、「隔月ゴルファー」へとプレーする頻度が半減しました。

 

昨年の12月、ついにゴルフ会員権を処分(返上)することを決心しました。会員権市場で購入希望価格を調べると、限りなくゼロに近いことを知ったからです。つまり、売却しようとしても、ほとんど買い手がつかない状況にあるのです。「返上手続き」は簡単でした。送られて来た書類に記入して、会員証書と印鑑証明を添えて返送するだけでしたから、翌年の年会費が発生する12月中旬までにすべての手続きを完了。しかも、期待していなかった預託金(注、売却した場合はその権利が買主に移行)、10万円弱が返済されることになりました。

 

これからは非会員(ビジター)としてプレーすることになりますが、チェックイン時の利便性確保とポイントを貯めるため、ポイントカードを会員用から非会員用(年会費無料)に切り替えました。これで従来とほとんど同じ環境(2か月に1回程度)では、年会費を考慮した一回当たりのプレー代がこれまでよりかなり安くります。注、「月一ゴルファー」の場合は、年会費を考慮すると、ビジターとほぼ同じ

 

不動産だけではなく、処分しにくい動産をすべて整理することができましたから、これらについて子供たちに迷惑をかけることはないと思います。これからは、終活準備に煩(わずら)わされず、気ままに旅行を楽しむことができそうです。□

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