早川書房が2015年4月に発刊したリチャード・ロイド・パリー著「黒い迷宮」(原題: People Who Eat Darkness/やみを食う人びと、526頁)を読みました。副題は「ルーシー・ブラックマン事件 15年目の真実」で、表紙をめくったカバー(そで)には『あの蒸し暑い夏の夜、彼女は東京の路上から永遠に消えた――――。2000年7月、六本木でホステスとして働いていた元英国航空の客室乗務員ルーシー・ブラックマン(21)が、突然消息を絶った。失踪当初から事件を追い続けてきた英紙(ザ・タイムズ)の東京支局長が、日英豪関係者への10年越しの取材で真相に迫る。滞在20年、日本を知り尽くした著者にしか書き得なかった底知れぬ闇とは?
複雑に絡み合う背景を丹念にときほぐして「文学」にまで昇華させ、海外で絶賛を浴びた犯罪ノンフィクション。著者が事件現場のその後をたどる日本版あとがき収録。』
プロローグ 死ぬ前の人生
英国人女性ルーシー・ブラックマンと親友(幼馴染)のルイーズ・フィリップスの日常が描かれる。2人はシェアハウス「代々木ハウス」(ルーシーは豚小屋と呼ぶ)で他の4人と同居している。千駄ヶ谷駅の近くだ。ルーシーは彼氏から共同電話にかかってきた電話で外出する。
千駄ヶ谷駅前で待ち合わせたルーシーは2時間後にルィーズの携帯電話煮「海辺に行く」と連絡し、「1-2時間後に、何時に戻れそうか連絡する」という。2時間にルィーズの携帯電話がまた鳴り、「彼、とても優しいの。約束通り、新しい携帯電話をくれたわ。ドンペリのボトルももらったから、あとで一緒に飲もうよ。」と。その後、ルーシーは恋人のスコット・フレーザー(アメリカ海兵隊員)の携帯電話に電話して、留守番電話に翌日会うことを約束する短いメッセージを残す。そこで、ルーシーは消える。ルィーズと約束していたダンス・パーティも、スコットとのデートも中止される。
ルーシーが約束通りに戻ってこないのでルィーズはなぜかパニックに陥ったことが同居人に目撃され、イギリスの母親モーリー・フィリップに電話をかけ、「ルーシーに何か起きたみたい」と告げ、そしてルィーズは六本木の歓楽街にあるカサブランカ(2人が働くホステスクラブ)に出かけて、「ルーシーがいなくなった。お客さんに会いにいったまま、戻ってこない」いう。この日(土曜日)は2人とも休みだという。ルィーズはクラブに夜通し何度も電話をかけている。これらから、ルィーズは疑われることになる。
日曜日にルィーズはカサブランカでウェーターとして働くカズに相談し、月曜日の朝、2人で六本木の麻布警察署へ行き、家出人捜索願を提出するが、警察にはほとんど取り合ってもらえない。その午後、ルィーズは英国大使館を訪れ、副領事に不法滞在(不法就労)していたことなどを洗いざらい打ち明けた。副領事は麻布警察署に電話をかけて、ルーシーの件は誘拐の可能性もあるのではないかとひどく憂慮していることを伝えた。
ルィーズが代々木ハウスへ戻り、夕方になるとルィーズの携帯電話に連絡が入った。相手はタカギアキラと名乗り、「ルーシーはカルトに入って、今は修行中である。」と言うだけで、ルィーズがルーシーと話したいと再三頼んでも聞き入れない。「ルーシーとはもう会えないことを伝えたかった」と言って携帯電話の回線を切った。
それから1週間後、イギリスの新聞の小さな記事がこの事件を報じたことで、世界中で大々的に報道された。ルィーズのことをはじめ来日中であるルーシーの妹ソフィー、東京へ向かう途中の父ティム、ルィーズにかかってきた脅迫電話やカルト集団に誘拐された可能性、ルーシーがナイトクラブ・ホステスであることも報道された。そして、日本のテレビ局もこのニュースに飛びつき、この話を徐々にセンセーショナルなものに変えていった。
ここから著者のリチャード・ロイド・パリーは10年間に及ぶ謎解きがはじまるのである。
第一部 ルーシー
第一章 正しい向きの世界
父と母
ルーシーの生い立ちが両親の言動を交えて説明される。両親の出会い、父は靴店の店長、塗装工事の日雇い仕事、土地開発と仕事を変えながら裕福な一家を築いてゆく。ルーシーが病弱な幼児であったが、有名校である私立初等学校に入る。母は「ルーシーはとても繊細で、きれい好きで、几帳面な性格でした」という。19世紀に創設された高い大学進学率を誇るミッション・スクールへ進学したルーシーは学校に馴染むことができない上、珍しい形態の肺炎にかかり、その闘病生活の間に、超自然的な能力を発揮するようになる。学校の勉強が2年間も遅れた。父と母はルーシーが死ぬ前の5年間、関係が悪化した。その原因は父の浮気である。時を同じくして父の会社が倒産し、両親は離婚した。
第二章 ルールズ
母ジェーン/ルーシー/妹ソフィーの関係、ルーシーのシックス・フォーム(日本の高校)卒業とフランス系投資会社への就職、英国航空の客室乗務員への転職(あらすじを省略)
第三章 長距離路線
ヒースロー空港ベースの短距離路線からガトウィック空港ベースの国際線乗務へ昇格したルーシーだが、彼女の借金は増える一方であった。そして重労働による疲労困憊の日々が続いて体調にも影響が出始める。幼馴染で同じ英国航空の客室乗務員であるのルイーズ・フィリップスに誘われて東京へ行くことを決める。目的はルーシーの悩みの種である借金を清算することである。5月3日の正午、ルーシーとルイーズはヒースロー空港から東京行きの飛行機に乗った。
第二部 東京
第四章 HIGH TOUCH TOWN
異質で好奇心をそそる国(あらすじを省略)
第五章 ゲイシャ・ガールになるかも(笑)!
ホステスという仕事/"水商売"/ノルマ
著者は欧米人に馴染みのないホステスと水商売について詳細に考察する
第六章 東京は極端な場所
TOKYO
ROCKS(東京最高)/<クラブ・カドー>オーナーの証言/海兵隊員スコット/「まだ生きてるよ!」
ルーシーの日記を引用しながらその日常が明らかにされ、ルイーズの新しい彼氏であるフランス人のコームから紹介されたアメリカ軍の海兵隊員スコットにルーシーは夢中になる。史上最高にセクシーなイケメンだという。連絡が途切れていることを心配する母親のジェーンに「まだいきてるよ」を件名とするメールを6月30日に送る。
第三部 捜索
第七章 大変なことが起きた
消えたルーシー/冷静な父親/警察とマスコミ
7月1日、土曜日の午後、ルーシーは家を出たきり戻らなかった。月曜日の朝、ルイーズは警察に行き、月曜日の午後には例の異様な電話を受けた。しかし、ルイーズがブラックマン一家に初めて連絡を取ったのは、ルーシーが疾走してから2日以上経った月曜日の夜遅くになってからだった。妹ソフィーとルーシーの元彼ジェイミールの3人が東京へゆくことになり、ふたりは大使館と警察署の往復を繰り返したが、何ひとつ生家はなかった。ルーシーが行方不明になってから10日後、父親のティムが来日。翌朝、英国大使館で開かれた最初の記者会見でティムは淀みなく正確な受け答えをする。記者やカメラマンが彼に求める役割ではなかったが。7月末、主要八カ国首脳会議(G8)が沖縄で開催されることをティムは意識していたのだ。ティムの来日すると警察の態度がころりと変わって好印象を与えようとするものになった。
第八章 理解不能な会話
ブレア首相登場/ルーシー・ホットライン開設/霊媒師たち
7月のある日、ティムとソフィーはホテルニューオータニ東京でトニー・ブレア首相と面会した。同日の午後、森喜朗首相との首脳会談の場で、ブレアは警視庁の努力に謝意を示し、ルーシーを探し出すために「あらゆる手を尽くしてほしい」と要請した。ティムの勘は見事に的中した。7月中旬、マスコミの大きな報道によって新たな動きが生まれた。リーシー操作の手伝いをしたいと、多くの一般人ボランティが集まり始めたのだ。一方、母親のジェーンのもとには多くの霊媒師たちが協力を申し出た。
第九章 小さな希望の光
マイク・ヒルズという男
ティムとソフィーが帰国した翌日、マイク・ヒルズと名乗る男からティムに電話がかかってきた。彼は日本に特別な人脈を持ち、裏社会の人間と繋がりがあり、その人脈を使ってルーシーを見つける手助けができるかもしれないという。3日後、ドーバー海峡に面したベルギーの港町オーステンでふたりは会うことになった。翌日、マイクはティムに嬉しいニュースを伝えた。ルーシーは誘拐されたあと、外国人女性の人身売買に携わるヤクザ関係者に売られたが、ルーシーは無事だというのだ。しかも、マイクの知人の助けと5万ドルがあればルーシーを確実に買い戻せるとも。翌週の火曜日、ティムは指定された港町オーステンへ行き、前払い金として指定された現金1万2500ドルをマイクに手渡した。翌日、ティムは飛行機で東京に戻り、英国大使館に行き、仲介人が誘拐犯と接触中であり、ルーシーは近いうちに解放されることを説明した。しかし、1週間後後、マイクから悪い知らせが届いた。ルーシーは3人組に売られて、コンテナ船に乗せられて日本を離れたというのだ。そして、8月末には別の船に移され、オーストラリアに向かっているとマイクは言う。ルーシーを救出するにはさらに1万ドルが必要だと言われたティムはマイクのオランダの銀行口座に金を振り込んだが、進展がないまま時間が経過。9月中旬、不審に思ったティムは携帯電話ではなく、オランダのマイクの自宅に電話を掛けて、マイクの話がでたらめであることを知る。マイクは詐欺師だった。
第十章 S&M
蔓延するドラッグ/あるSM愛好家の証言/「地下牢」へ(あらすじを省略)
第十一章 人間の形の穴
22歳の誕生日/ジェーンとスーパー探偵/ふたつの十字架/ある男(あらすじを省略)
第十二章 警察の威信
クリスタの証言/「過去稀に見る不名誉な状態」/ドラッグ
他の外国人ホステス・クリスタの被害証言からある男の存在が明らかになる。ちなみに、クリスタはルーシーとルイーズに<代々木ハウス>を紹介した女性である。
第十三章 海辺のヤシの木
ケイティの証言/<逗子マリーナ>の男/不審な物音/Xデー
クリスタと同様の被害を受けたケイティの証言に続いて、クララとイソベルも逗子マリーナに連れて行かれて、薬物を飲まされて裸にされたことを警察に証言した。六本木交差点から10分ほどの場所にあるワンルーム・マンションを警察は監視し始め、10月12日の早朝、容疑者が建物を離れて角のコンビニエンスストアに入る姿を確認し、新聞の束を抱えて店を出てきたところで、警察は彼の身柄を確保し、1996年3月31日のクララに対する拉致および準強制猥褻の容疑で逮捕した。容疑者は48歳の会社社長 織原城二(おばらじょうじ)。
第四部 織原
第十四章 弱者と強者
薄暗い闇/アイデンティティ/弟の苦悩/友人たちの証言
織原城二の生い立ちと本名、慶應義塾高校での生活が歴史的事実の詳しい解説とともに明かされる。
第十五章 「謳わない」容疑者」/父の怪死/謎の隣人/典型的な二世タイプ/声明
4人兄弟の次男である織原城二は16歳の時、事業の多角化で大阪で知られる実業家の父親が急死したことによって駐車場と田園調布の家を含む不動産を受け継いだ。高校を卒業する前後に、日本国籍に帰化して織原城二という新たな名前を獲得した。なぜか慶応義塾大学への推薦を自ら辞退した織原城二は欧米で3年間生活する。1974年頃、帰国した織原城二は慶應義塾大学の通信教育課程に合格。のちに一般通学過程に編入し、法学部の法律学科と政治学科を渡り歩いてふたつの学位を取得する。30代になった織原城二は不動産開発に没頭し、相続した財産を注ぎ込むようになった。時代は、悪名高きバブル景気の真っただ中。日本各地のビルやマンションを次々に購入した。約20件の物件を所有し、その多くを賃貸に出して家賃収入を得た。彼の総資産は40億円にも達したという。日本の地価は1989年にピークを迎え、1990年代初頭までに、バブル崩壊はもはや免れない運命となった。ローンの未払い金の回収を求めて債権者が織原を訴え、1999年には田園調布の家が一時的に差し押さえられる事態にまで発展した。
逮捕から1カ月跡、織原の弁護士のひとりが警視庁記者クラブに対して声明文を発表した。
1)逮捕された事件については、対価を支払って了解をもらった行為であり、強制わいせつや強姦ではないと信じている。
2)被害者については、外人ホステスである彼女たちが行っていたドラッグ使用、不法就労、売春行為について目をつぶり、再逮捕を繰り返して私をさらし者にしている。
3)ルーシー・ブラックマンさんについては、外人クラブで一度だけ接待を受けたが、ルーシー・ブラックマンさん失踪には関与していない。
4)これまで報道されたことは事実と違う。日本がかつて歩んだ警察国家への道を急速に進んでいくことは、止められないかと強く感じている。
第十六章 征服プレイ
アワビの肝/「プレイ」の実態/ルーシーはどこに?(あらすじを省略)
第十七章 カリタ
娘のいないクリスマス/消えたオーストラリア人ホステス/急変/ニシダアキラ/あの男(内容説明を省略)
第十八章 洞窟のなか
ダイヤモンド/発見/遺された者たち(あらすじを省略)
第五部 裁判
(第十九章から第二十三章のあらすじを省略)
第六部 死んだあとの人生(第二十四章と第二十五章のあらすじを省略)
<読後感>
残忍かつ猟奇的な犯行を150件以上も繰り返した事件をザ・タイムズ紙アジア編集長・東京支局長である知日派のイギリス人・リチャード・ロイド・パリー氏が、ジャーナリストの視点から詳細に分析し、かつ関係者の人となりを一人ひとり、特にルーシー・ブラックマンとその家族について時間をかけて調査・記述したドキュメンタリー(犯罪リポルタージュ)の力作で、他に類を見ない見事な著作である。事件の性格から、内容はオドロオドロシイ描写が多く含まれており、英文で書かれた原書"People Who Eat Darkness"を翻訳したことで文体がやや硬いことも読み進むうえで抵抗感が生まれることは避けられない。あらためて、筆者の調査能力および日本に対する知識と理解にも驚かされる。
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