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2018年4月10日 (火)

久しぶりの欧州旅行

4年前の早春に中欧のクロアチアを訪れて以来の欧州旅行です。同年夏にハワイ旅行をした後、3年前にはトルコ旅行を計画しましたが、中東情勢の悪化と難民問題でトルコの治安が懸念された取り止めとし、代わりに東南アジアのベトナムに行き先を変えました。それ以来、一昨年はインドネシア、昨年はミャンマーと行き先をアジアに限定してきたのです。欧州の混乱も少し収まりつつあることと、昨秋受けた定期健診のフォローアップが9割方進んだ4月上旬に中欧のオーストリア・チェコ・ハンガリーを歴訪することにしました。
 

中欧には主にドイツ系とスラヴ系の人種が居住する国々が含まれます。ちなみに、スラヴ系言語が使われる地域は、東スラヴ(ウクライナ、ベラルーシ、ロシア)、西スラヴ(チェコ・ポーランド・スロバキア)、南スラヴ(ボスニア・ヘルセゴビナ・クロアチア・ブルガリアなど)の3つに分類されます。
 

今回訪れることにした場所は、オーストリアでは首都ウィーンと音楽の街ザルツブルクと景勝地のハルシュタット、チェコでは首都プラハと古都チェスキー・クルムロフ、ハンガリーでは首都のブダペストの6か所で、これらすべてを陸路(バス)で巡ります。ちなみに、いずれも世界遺産に指定されている歴史のある場所なのです。
 

これらの国を理解する上で役立つ視点を3つ列挙しましょう。
 

1) 栄華の歴史が残る国々
 

◎神聖ローマ帝国
 

西ローマ帝国の衰退にともない、5世紀後半にゲルマン人の一部族であるフランク人によって建てられたフランク王国は8世紀後半から9世紀には現在のフランス・ドイツ西部・イタリア北部・スイス・オーストリアなど西ヨーロッパの全域を支配(注、2つの王朝が統治)しましたが、ルートヴィッヒ1世(ルイ1世)の死後、843年に東・中・西の3王国に分割され、3人の王子が分割統治するフランス王国・イタリア王国・神聖ローマ帝国の母体となりました。9-10世紀に成立した神聖ローマ帝国は西ローマ帝国の後継国家を称し、ローマ教皇に即位を認められたローマ皇帝を君主とした国家であることから、その名前があります。現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在し、15世紀半ばからはオーストリア大公のハプスブルク家が帝位をほぼ独占して、フランス(ナポレオン1世)軍の侵略により帝国が解散した1806年まで存在しました。
 

◎ハプスブルグ家とオーストリア
 

ハプスブルク家は、神聖ローマ帝国から現在のオーストリアなどの領土を譲られ、ボヘミア(現在のチェコ西部)とハンガリーにも勢力を伸ばし、神聖ローマ帝国の消滅後もオーストリア皇帝、ハンガリー王としてオーストリア=ハンガリー帝国へと発展させましたが、第一次世界大戦の敗北により1918年に崩壊しました。これにともない、ドイツ人が多数を占める地域に領土が縮小。後に同じ民族であるナチス・ドイツに併合され、1955年の独立回復により現在に至っています。
 

2) 著名音楽家を輩出
  

  ① ポーランド(ワルシャワ)
    ○フレデリック・ショパン(数多くのピアノ作品で知られる)
   チェコ(プラハ)
    ○アントニン・ドボルザーク(交響曲「新世界」、セレナード、スラヴ舞曲)
    ○ベドルジハ・スメタナ(わが祖国 ヴルタヴァ/モルダウ)

    ○グスタフ・マーラー(数多くの交響曲、声楽曲、編曲作品)
   オーストリア(ウィーン)
    ○ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(フィガロの結婚、魔笛、交響曲40番、
      交響曲ジュピター、アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク、フルートとハープのための協奏曲、
      ピアノソナタ・トルコ行進曲
    ○フランツ・シューベルト(多くの歌曲・ピアノ曲・歌劇)
    ○フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(数多くの交響曲と弦楽四重奏曲)
    ○ヨハン・シュトラウス(美しく青きドナウなどの十大ワルツ、ポルカ、オペレッタ)
   ハンガリー(ブダペスト)
    ○フランツ・リスト(ピアニスト・指揮者・作曲家として有名、多くの交響詩とピアノ曲)
    ○バルトーク・ベーラ(ピアニスト・作曲家、多くの管弦楽曲・協奏曲・ピアノ曲
    ○コダーイ・ゾルターン(多くの管弦楽作品・合唱曲など)
 

3) 尖塔・展望所などから展望できる旧市街の美しい町並み
 

 プラハの市庁舎(尖塔)

 チェスキー・クルムロフ(高台にある城と塔)

 ザルツブルク(高台にある城)

 ウィーンの聖シュテファン寺院(南北の尖塔)

⑤ブタペストの漁夫の砦(高台にある砦)
 

今回の旅行を思い立たせた場所がウィーンにあります。それは毎年ニューイヤー・コンサートのテレビ中継を楽しみにしているウイーン・フィルハーモニーの本拠地である楽友協会、具体的には楽友協会内にある大小のホール見学ツアーと同ホールで開催される演奏会です。スケジュールが合わず、ウィーンフィルの公演ではありませんが、夜間に開催されるモーツアルト・オーケストラの演奏会のチケットをネット予約と郵送サービスで入手することができました。また、午後1時からの楽友協会見学(英語ガイド付)はネットで予約し、現地でチケットを受け取ることに。
 

もう1か所はモーツアルトの生誕地として知られるザルツブルク。ウィーンの西約300kmに位置し、ドイツとの国境に近い町です。名前のザルツ(塩)・ブルク(砦/街)が示すように岩塩の産地として栄えた町で、バイエルン王国の支配下(司教区管轄地)から、19世紀には複雑な経緯の後、オーストリアに併合されました。1920年に始まったザルツブルク音楽祭が開催される場所としても知られ、ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台(ロケ地)となっています。
 

そしてチェコのプラハ。ヴルタヴァ(独語名:モルダウ)川の両岸に広がる古都で、プラハ城等中世の町並みが美しい町です。スメタナが作曲した6曲の連作交響詩「わが祖国」に含まれる「モルダウ」の名で知られます。昨年私がピアノで練習した名曲です。ボヘミア(注、現在のチェコの中部・西部、6世紀ころまでにスラブ人が定住)王を兼ねたドイツ人が神聖ローマ帝国(注、西ローマ帝国/フランク王国の後継を称した)皇帝をつとめ、14世紀から17世紀初頭のある時期にはプラハに首都が置かれました。このためチェコではドイツ語とドイツ文化の影響が今でも残っているそうです。1918年にオーストリア・ハンガリー帝国が崩壊すると、チェコスロバキア共和国として独立しましたが、ドイツに併合された後、第二次世界大戦後に再度独立し、1993年にチェコとスロバキアに2国に分離されました。その背景は人種の違い・経済格差・政治的対立があったそうです。
 

ハンガリーの首都であるブダペストは変わった名称のため記憶に残ります。5世紀ごろ、ウラル山脈付近から西進し始めたマジャール人は9-10世紀にはハンガリー平野に移住し、1000年ころにハンガリー王国を建国しました。スロバキアやクロアチアなどの隣国を次々と支配下に置き、さらにルーマニアのトランシルバニア(注、ドラキュラ伯爵で知られる)にも影響力を及ぼして、中欧の強国となりました。しかし、16世紀にはオスマン帝国とオーストリアに全土を占領され、17世紀末にはオーストリア(ハプスブルグ家)が全土を支配するようになりました。第一次世界大戦が終結した翌年の1919年、革命によりハンガリー民主共和国となりますが、1920年にはハンガリー王国が復活し、第二次世界大戦が終結する1945年まで続きました。終戦翌年の1946年にはハンガリー共和国(第二共和国)が成立し、1989年に第三共和国が成立して現在に至っています。
 

このように、オーストリア・チェコ・ハンガリーは歴史的に密接な関係があり、西洋史としても大変興味深い国々です。大学生の時に東欧と中欧(特にバルカン半島と神聖ローマ帝国)の歴史に興味を持って学んだ私には是非訪れたかった国々なのです。次回記事から、旅程にしたがって旅行記を掲載しますので、興味のある方はご一読ください。
 

なお、旅行中にはいつものように詳細な情報をiPhoneにメモしていましたが、旅行が終盤に入ったウィーンで大変なハプニングが起こりました。ガイド付きツアーで訪れた楽友協会の大ホールで説明を受けている時、長年憧れていた場所にいることに気持ちが高揚したせいか、我を忘れた私はそれまで書き込んできた詳細メモを誤って消去してしまったのです。茫然自失した私は復活する裏ワザ(iPhoneを強く振る動作)を実行することにも思いが至りませんでした。悔やんでも悔やみきれません。そのため、今回は、時間やルートなどにはあまり拘らず、私の記憶を蘇らせながら原稿を書くことにしましたので、細部に不確かさが含まれるかも知れないことをご了承願います。

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