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2018年4月29日 (日)

久しぶりの入院手術: 白内障(前編)

3年半前の定期健診で指摘された白内障が徐々に進行して、症状が悪化した右目の視力は0.5以下まで低下し、左目も0.7近くになったことが定期的に通院する眼科の視力検査で判明しました。担当医から視力が低下した右目の手術が必要となったことと、日常生活に支障がない視力がある左目も一緒に手術するかどうかは手術を担当する医師と相談するようにとのアドバイスとともに、私が希望する大学病院への紹介状を書いてくれました。これまで家族が入院と通院したことがあり、私自身も大腸ポリープの切除手術を入院と通院で計2回受けたことがある大学病院です。自宅から車でのアクセスが良いことも希望した理由の一つです。

 

自宅近くの眼科医院でさまざまな検査を受けましたから、その結果が生かされると考えましたが、大学病院ではより詳細な検査を受けることになり、2月初旬から3月にかけて3回も通院することになりました。身長・体重・血圧・心電図の測定にはじまり、血液検査(感染症を含む)、視力・眼圧・眼底・水晶体(屈折率)など数え切れないほど多項目に亘(わた)りました。大学病院の担当医師からそれらの検査結果(異常なし)の説明を受けたあと、私に与えられた選択肢(通院/入院・手術内容・レンズの種類)について一つひとつ確認する遣()り取りが行われました。

 

このプロセスを経て4月下旬の8日間入院して両目の手術を合わせて受けることと、両眼とも短焦点レンズを入れることが決まりました。注、片目の場合は3日間の通院または入院 ここまで決まれば、「まな板の鯉」も同然ですから、4月上旬に予定していた中央ヨーロッパ(中欧)への旅行(8日間)に予定通りに出かけました。そして、帰国してからは毎週教室に通うピアノの練習に専念する日々が続きました。入院する日の3日前からは右目を清潔に保つ(注、細菌の増殖を抑える)目薬を朝昼夕の13回点眼することは忘れませんでした。

 

入院日の朝、午前9時前に車で病院へ向かいました。手術前ですから、私自身が運転しましたが、自宅へ車を戻すため、同居者に同行してもらいました。入院手続きは事前に記入しておいた書類を大学病院の窓口に提出して午前9時過ぎには完了。病室のベッドが準備されるまで約2時間待った後、入院に際しての注意事項の説明を受けた上で、病室へ向かいました。ちなみに、追加料金が不要な多人数部屋は空いていないとのことで、差額料金を負担する必要がある病室です。

 

病室で寛(くつろ)いでいると、正午過ぎに昼食(一般常食)が配膳されました。病院食はボリュームが少ないので、年齢が進むとともに食が進まなくなった私にはもってこいの食事なのです。午後には翌日手術を受けるに際しての事前準備と手術の概要についての説明が15分ほど手術担当の看護師さんからありました。ここまでで初日のオリエンテーションは終了。翌日の手術に良好な体調で臨むため、病室でのんびりと過ごすことにしました。午後6時からの夕食を済ませ、午後7時半からシャワーを浴びてさっぱりしたところで、少し起こしたリクライニング式ベッドに横たわりながらラジコでラジオ番組を聴いた後、早めにに就寝しました。今回の入院は目の手術を受けるためですから、テレビの利用は申し込んでいません。ちなみに、消灯時間は午後10時です。

 

翌朝は午前6時に起床。午前730分ころ看護師が病室に現れて瞳孔を広げる(散瞳する)目薬を処方したことから始まり、午前8時の朝食、午前830分には眼科診察室で担当医師による診察、午前10時にも手術前の目薬を差してくれました。最初の目薬点眼で瞳孔が十分に開いていたそうですが、午前11時と午前12時にも同じ目的で3種類の目薬を点眼してもらいました。昼食を済ませた午後145分ころ、両眼に麻酔用の目薬をした後、車椅子に乗って病室から手術室へ移動。看護師が持参した手術関連の書類(手術同意書・各種検査データなど)と患者のバーコードを手術室のスタッフが確認したあと、午後2時に手術に移されました。

 

手術室の中央にあるリクライニングチェアに座り(横になり)、心電図・血圧計・脈拍計を身体に装着し、手術する右目に大量の麻酔薬を点眼(局所麻酔)。さらに、目の周囲を念入りに消毒し、瞼(まぶた)の周囲に麻酔薬を注射し、半透明のパッチを右目を覆うように貼られ、目が開いたままにする器具が装着されました。さらに、右目の部分だけを出す穴が空いた顔全体を覆う布(ドレープ)を顔に被せて、右目の周囲を両面テープで固定し、目の表面を清潔な水でたっぷり洗浄して、白内障の手術が始まりました。

 

右目の上には大きな医療器械(顕微鏡)があり、そこから右目に向けてカラフルな光が照射しながら手術が行われたため、患者である私には何が行われているのかはまったく伺い知れません。(注、あえて例えると半世紀前のSF映画「2001年宇宙の旅」のラストシーン近く、ボーマン船長が木星の軌道上に見つけたモノリス(石柱状の謎の物体)から別の銀河へワープ(超光速航法)する時に見た移り行く銀河) 

 

事前に入手した知識によれば、細いメスで角膜と結膜の境界あたりを切開し、その切開口から眼内に挿入した超音波が出るパイプで白濁した水晶体の核と皮質を細かく砕くとともに外へ吸い出し、その代わりに小さく折りたたんだ人工的な眼内レンズと清潔な水を残した嚢(のう)の中に挿入・注入し、傷口を閉じるプロセスが行われたようです。

 

すべて順調に進んだようで、右目の手術は15分ほどで終了。眼帯を着けてもらったあと、再び車椅子に乗せられて午後230分過ぎに病室へ戻りました。血圧を測った後、2時間はベッド上で安静にするように言われました。そして、2時間後にも血圧を測定して安静時間が終了。病棟における自由行動が許可されました。ちなみに、この日は2つある手術室で15名ほどの患者が白内障の手術を受けたようです。夕食は午後6時。この日はシャワーと洗髪は厳禁です。

 

翌朝(3日目)630分ころ、看護師さんが手術を受けた右目の眼帯を外してくれると、室内の見え方がいつもとは違っていました。極度の近視と霞みがかかっていた右目の視界がクリアで明るくなった反面、左目の方は微(かす)かに霞みがかかってやや薄暗いことを知りました。つまり、これまでとは逆の状態になったのです。そして、午前715分に室内灯が点灯され、午前8時に朝食が配膳さるました。午前830分から眼科診察室での診察(毎日)があり、手術した右目は正常であるとの診断を受けました。これに安心した私はシャワーを浴びたくなり、午前930分から(30分間)のシャワー浴と洗髪を予約しました。首から下のシャワーは自分でしますが、洗髪は担当医師からOKが出るまで看護師さんにしてもらう必要がありました。

 

午前10時過ぎには前日あった説明通りに3種類の目薬が新たに処方されました。術後の化膿止め(朝昼夕に点眼)です。3-5分間隔に眼薬を点眼した後は通常のティッシュペーパーではなく、大学病院の売店で購入したクリーンガーゼ(ウエットティッシュ)を使うように指導されました。午前中に眼科外来で術後初めての裸眼視力検査を受けましたが、体感と同様、視力は裸眼で0.7まで大幅に改善しました。そして、左目の手術の準備として、右目と同様、目を清潔に保つ目薬を手術までの3日間、朝昼夕に点眼するプロセスが始まりました。 

 

午前930分から首の下に限定してシャワーを浴びた後、看護師さんに洗髪してもらったことで、スッキリすることができました。午前1210分ころ、昼食が配膳されました。

 

この日の午後から5日目までの2日半は朝の眼科診察と視力測定以外は予定が入っていませんので、ラジコでラジオ番組をたっぷり楽しみながら、中欧旅行のブログ原稿を書き溜めることにしました。チェコのプラハ(投稿済み記事の続き)、同じくチェスキー・クルムロフ、オーストリアのザルツブルクとウィーン、ハンガリーのワルシャワ、帰国フライトまですべてカバーしたいと思います。プロローグの「久しぶりの欧州旅行」で書きましたように、旅行の終盤に差し掛かったウィーンで、それまで旅行中に書き溜めて来た詳細メモ(忘備録)を誤って消してしまう失態を仕出かしたため、記憶が薄れる前に詳細メモを復元する作業を続けているのです。(続く)

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