« 中欧3か国を巡る旅(その4) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」① | トップページ | 中欧3か国を巡る旅(その6) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」③ »

2018年4月17日 (火)

中欧3か国を巡る旅(その5) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」②

聖シギスムンド礼拝堂の説明パネル
 
201804110084
 

プファルツ選帝侯フリードリッヒ5世がカレル橋を渡ってプラハを逃亡する様子を描いた木製レリーフ
   
201804110085
   

聖ヤン・ネポムツキー殉教の場面を描いた絵画です。左端の部分ではネポムツキーが王妃の懺悔(ざんげ)を聴いており、右側の部分では王妃の不貞を疑うヴァ―ツラフ4世がネポムツキーに王妃の懺悔の内容を明かすように命じています。しかし、ネポムツキーは王の命令に従わなかったため、拷問を受けて殺害されました。中央のやや左の部分ではネポムツキーの遺体が橋の上からヴルタヴァ川に投げ込まれるシーンが描かれています。
 
201804110086
   

プラハの守護聖人ヤン・ネポムツキーの墓碑には2トンの純銀が使われているそうです。天蓋の下には十字架を握る聖ヤン・ネポムツキー像と墓碑を支える天使・騎士が配されています。
 
201804110087
   

向って左側にある明り取りの窓
   
201804110088
   

王の像のようですが、現地ガイドからの説明がありませんでした。
 
201804110089
   

チェコの紋章
 
201804110090
   

聖ヴァ―ツラフ礼拝堂は聖遺物が保管された大聖堂で一番重要な礼拝堂とされており、立ち入りが禁止されていますから、入口付近から内部を覗くことができるだけです。
 
201804110091
   

壁に描かれた紋章とボヘミア王国の象徴であるライオン像 注、PRAVDA(プラウダ) VITEZI(ヴィテジィ)はチェコ語で「真実は勝つ」(チェコ共和国の標語)、宗教改革者ヤン・フスの最後の言葉と伝えられる
 
201804110092
   

交差ヴォールトの高い天井が印象的な中央祭壇付近
 
201804110093
   

中央付近から見た後陣(入り口付近)にあるバラ窓は天地創造の場面を表現しているそうです。
 
201804110094
 
ゴチック建築に特有なフライングパッとレス様式によって壁面を強化しながら、バラ窓がはめ込まれています。ちなみに、このステンドグラスには約2万7000個のガラスが使われているそうです。
 
201804110095
   

左側の上部に設置されたパイプオルガンは反対側(右側)から見ることができます。
 
201804110096
   

ステンドグラスの光が壁画と融合
 
201804110097
   

右手にある出口から外に出ました。写真は右側面(南ファサード)から見た聖ヴィート大聖堂です。高さが99mもあるゴシック様式の鐘楼(南塔)には2つの時計(それぞれ時と分を示す珍しい方式)が設置されており、別に入場チケット(150コルナ、約660円)が必要ですが、287段の階段で塔の最上部に上がることができるそうです。時間に余裕があれば、プラハ城の最高部からカレル橋と旧市街を展望したかったのですが・・。
 
201804110098
   

鐘楼の上部には、バロック様式のクーポラ(注、半球形の天井)が特徴的です。四角形の回廊部分あるいはその上の緑色の部分から旧市街を展望できるのでしょう。
 
201804110101い色
 

鐘楼下部の「黄金の門」には14世紀のモザイク画「最後の審判」のシーンが描かれています。
 
201804110102
   

旧王宮は大統領府として使われています。
 
201804110100
   

(続く)

« 中欧3か国を巡る旅(その4) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」① | トップページ | 中欧3か国を巡る旅(その6) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」③ »

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 中欧3か国を巡る旅(その4) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」① | トップページ | 中欧3か国を巡る旅(その6) プラハの歴史地区探訪「プラハ城」③ »

2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ