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2018年5月 6日 (日)

中欧3か国を巡る旅(その14) チェスキー・クルムロフ歴史地区①チェコの名物料理

参考までにチェスキー・クルムロフの地名と歴史を概観します。地名の由来は、チェスキーがチェコ語で「ボヘミアの」を、クルムロフは「川の湾曲部の湿地帯/草地」を意味します。歴史的にはボヘミアの重要な通商路であるヴルタヴァ(モルダウ)川沿いに13世紀後半から町と城の建設が始まり、16世紀にはルネッサンス様式の建物が数多く建築されてルネッサンス都市へと変貌しました。しかし、この地を14世紀初頭から支配したローゼンベルク家が財政的に破綻したため、1601年にチェスキー・クルムロフは神聖ローマ帝国の領地となり、町にはバロック様式の建築物が加わり、城はバロック様式に改築されました。

 

1867年にはオーストリア=ハンガリー帝国の一部になり、第一次世界大戦後はオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊するとチェコスロバキア領になりました。道路と鉄道が整備されて川を利用した水上運輸が衰退するとともにチェスキー・クルムロフは衰退したことで、その最繁期の景観が当時のまま残されることになりました。そして、1982年にはクルムロフ城を含む優れた建築物と歴史的文化財が残るチェスキー・クルムロフ歴史地区が文化遺産として世界遺産に登録されています。

 

バスは市街地の外れにある駐車場に一旦入りましたが、目的地から遠かったのか、国道39号を少し引き返して丘の上に停まりました。国道の上を跨ぐ橋を渡ると、旧市街への入口であるブディヨヴィツェ門(Bude jovicka)がありました。
 
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石畳の道「ラトラーン」(Latran)がルネッサンス様式の町並みの中に伸びています。
 
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昼食はエッゲンベルク(Eggenberg)醸造所が経営するレストランで摂(と)るようです。ちなみに、エッゲンベルクは旧領主に因んだ名称とのこと。
 
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バスを下車して200m余り歩いた所にあるクロムロフ タワー
 
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その右側にある大きな建物が醸造所かと思いましたが、エッゲンベルク醸造所はヴルタヴァ(モルダウ)川の畔(ほとり)にあるそうです。
 
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そして右手前にある建物の2階に「レスタウラツェ エッゲンベルク」がありました。チェスキー・クロムロフでは一番人気のレストランのようです。いつの間にか同行者は2階の窓から覗いています。
 
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こちらがレストランの入口
 
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階段を上がったレストランの入口には「チェスキー・クルムロフ 歴史的醸造所1560年(Historicky pivovar1560)」の言葉とともに、レストランは右手との表示があります。
 
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レストランへ向かう廊下
 
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壁には入口にあったものと同じロゴが
 
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明るい店内
 
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テーブルがすでにセットアップされていました。
 
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前菜はハムと野菜のサラダで、飲み物はエッゲンベルクビール(無濾過)を選びました。黒ビールも人気があるようです。
 
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グループのメンバーから強く勧められたこともあり、極めて珍しいことですが、同行者とツーショットの写真を撮影していただきました。
 
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野菜スープが続きます。
 
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メインはチェコの人気郷土料理です。根菜とクリームで作られたスヴィチュコヴァー(Svickova)と呼ばれるクリームスープにレモン、クランベリージャム、ホイップクリームをトッピングして、サーロインテーキと蒸しパンのクネドリーキを添えたものです。注、クネドリーキは日本の白いご飯のようなもの
 
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昼食にはやや重い料理とビールを楽しんだ後は自由行動です。クルムロフ城と旧市街を巡りますが、例によって高い場所から町全体を確認するのが私の決めごとですから、クルムロフ城の塔を目指すことにしました。レストランからさらに南方向へ進むと、城の入口である「赤の門」(Cervena brana)の前に出ました。高校生と思われるグループが入門するところでした。ちなみに、旧市街は道なりに右へカーブする道の先にある橋を渡る必要があるようです。
 
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「赤の門」を潜ると、なだらかな坂道が続く「第一の中庭」の先に円柱形の塔が聳(そび)えていました。よく見ると、塔の表面には騙し絵が描かれていて、豪華さを演出しています。ちなみに、城の敷地に入るだけであれば無料です。
 
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クルムロフ城の案内図には、1番「赤の門」、2番厩舎(きゅうしゃ)、 3番塩の館、4番宮殿ラピダリウム(考古学博物館)、5番塔のある小宮殿(博物館)、6番貨幣鋳造所、7番牛乳加工所、8番宮殿、9番渡り廊下、10番バロック劇場などが表示されています。 注、Statni HradおよびZamekはともにチェコ語で城を意味するが、英語とドイツ語ではチェスキー・クルムロフの城と大邸宅(宮殿)と表現されている
 
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(続く)

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