ザルツブルクはオーストリアの西端、ザルツブルク州の州都で、人口は約15万人、標高は424m。古くはローマ帝国の属州であったが、中世に入るとゲルマン人が南ドイツに建国したバイエルン王国の支配下となり、696年に王国が大司教にザルツブルクを領土として寄進したことでドイツ諸州のひとつとして栄えた都市である。そして、19世紀以降はフランス革命の余波(ウィーン会議)によりオーストリアに併合された。ちなみに、ザルツブルクは、モーツアルトの生誕地(1756年)、モーツアルトを記念したザルツブルク音楽祭(1920年~)、映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)のロケ地として知られる。
旧市街の東端にあるノンベルク修道院は映画「サウンド・オブ・ミュージック」で主人公のマリアが見習い修道女をしていた場所

旧市街の中心部近くには8世紀(774年)創設され17世紀にバロック様式で建て直された大聖堂、モーツアルトが洗礼を受けた教会でモーツアルトが演奏したパイプオルガンがある、映画「サウンド・オブ・ミュージック」ではマリアが家庭教師を求めるトラップ大佐の邸宅へ向かう時に♪I have confidence in me♪(自分を信じている!)を歌い始めた場所。

バロック様式のコレギエン教会(注、ザルツブルク大学の付属教会)には見事な時計塔がある。

内部は白い壁が印象的。正面に主祭壇があり、その上はステンドグラスではなく透明なガラスを嵌めた明り取り用の窓が縦に2つ並んでいます。左右の壁には肖像画が架けられていた。

ゲトライデ通りの中ほどにあるモーツアルトの生家(4階)

ザルツァハ川に架かるマカルト小橋を渡ったところにある大きな建物の前に指揮棒を持ったヘルベルト・フォン・カラヤンの銅像を発見。台座と門扉には”Herbert von Karajan 1908-1989”と表記されている。

ザルツァハ川の対岸、新市街にあるミラベル宮殿は映画「サウンド・オブ・ミュージック」の主要ロケ地(ドレミの歌を歌いながらペガサスの泉・噴水・バラのトンネル・階段を上がるシーン)として知られる 注、現在は市役所の機能(コンサート会場など)が入っている

「ペガサスの泉」と「奥の石段」も映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地となっている。

庭の先にある階段の上から見た「ミラベル宮殿と庭園」

ここで折り返して入口方面へ戻ると、左前方に「モーツァルテウム」が見え、

噴水越しに「旧市街」と「ホーエンザルツブルク城」を望むことができた。ちなみに、この噴水はウィーンのシェーンブルン宮殿で有名な建築家フィッシャー・フォン・エアラッハが手掛けたもので、「ミラベル宮殿」が建てられた1605年当時のままであるとのこと。

ザルツァハ川越しに見た旧市街の町並み。ちなみに、左手前の青い屋根は大聖堂、その手前の時計台はザルツァハ川に面した市庁舎の塔、右手前の青い尖塔はフランシスコ会教会、その右隣は白の教会(ザルツブルク大学の教会)。旧市街の先にはメンヒスベルクの丘(標高差100m強)の上に聳えるホーエンザルツブルク城砦がザルツブルクを象徴している。

ザルツァッハ川には小型の観光船が係留されている。ちなみに、旧市街を抜けた先まで行くルートを約40分で往復するとのこと。

ザルツァハ川と並行するゲトライデ通りはザルツブルクの繁華街(商店街)では各店の看板が凝っていて面白い。

ゲトライデ通りの西端で南へ折れると、岩山を削って建てられたという「祝祭劇場」がある。ザルツブルク音楽祭のメイン会場であり、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のクライマックス・シーン(エーデルワイスとソーロング・フェアウェルの歌)に使われた場所。その右隣は馬の洗い場跡(馬が描かれている)。

ザルツブルクは、天才作曲家モーツアルトの生地であるとともに、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地であり、一度は訪れたいと思っていた街。旧市街と新市街を散策した日(約3時間)は生憎の雨天であったが、ザルツブルクの魅力を損なうことはなかった。時間に余裕があれば、丸一日を掛けて旧市街と新市街を散策するとより充実したものになり、もし郊外にも足を延ばす場合は2-3日が必要であろう。(続く)
最近のコメント