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2018年7月

2018年7月31日 (火)

中欧旅行(ダイジェスト版) オーストリア・ウィーンのシェーンブルン宮殿

シェーンブルン宮殿(Schloss Schönbrunn)は18世紀にマリア・テレジアが完成させたハプスブルク家の栄華と隆盛の象徴するウィーン風ロココ様式の離宮で、建てられた場所はウィーンの旧市街の南西方向、約5kmの距離にあった狩猟用別荘の跡地である。

 

正門前から見たシェーンブルン宮殿。18世紀にハプスブルグ家のマリア・テレジアが完成させたウィーン風ロココ様式のこの宮殿には1441室もの部屋があり、1996年に世界遺産に登録されています。ちなみにシェーンブルンは「美しい泉」を意味する。
 
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シェーンブルン宮殿(本館)の前景
 
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左手にある参観者用の入口
 
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宮殿(本館)の2階から見る宮殿前広場には観光用馬車乗り場がある。注、本館内は撮影禁止
 
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同じく宮殿のバルコニー
 
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本館右手にある出口から庭園へ向かう途中にある緑のトンネル
 
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 宮殿(本館)を挟んで宮殿前広場の反対側にある広大な庭園
 
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 庭園の奥、丘の上にある「グロリエッテ」とギリシャ神話の海神・ネプチューンと女神テティスらを描いた噴水「ネプチューンの泉」(手前)
 
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庭園は横方向にも続いている。


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宮殿(本館)の屋上に飾られた双頭の鷲はハプスブルグ家の象徴
 
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同じく、神聖ローマ帝国の象徴であった単頭の鷲

 
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宮殿前広場の噴水
 
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フランス(ブルボン家)のベルサイユ宮殿を意識して建てられたシェーンブルン宮殿はその規模において見事である。しかし、ベルサイユ宮殿のように黄金を多用するのではなく、外壁を黄金に近い黄色(マリア・テレジアン・イエロー)に塗装するなどの演出によって豪華さが表現されている。フランスとの国力の差を反映したものであるが、中欧の国であるオーストリア(ハプスブルク家)らしさを感じさせる。時間に余裕がある場合は、広い庭園を巡る観光用馬車あるいは「グロリエッテ」まで上がるシェーンブルナー・パノラマバーン(汽車型のミニトレイン)に乗ると、その規模の大きさを十分実感できるであろう。(続く)

2018年7月26日 (木)

中欧旅行(ダイジェスト版) オーストリアのザルツブルク

ザルツブルクはオーストリアの西端、ザルツブルク州の州都で、人口は約15万人、標高は424m。古くはローマ帝国の属州であったが、中世に入るとゲルマン人が南ドイツに建国したバイエルン王国の支配下となり、696年に王国が大司教にザルツブルクを領土として寄進したことでドイツ諸州のひとつとして栄えた都市である。そして、19世紀以降はフランス革命の余波(ウィーン会議)によりオーストリアに併合された。ちなみに、ザルツブルクは、モーツアルトの生誕地(1756年)、モーツアルトを記念したザルツブルク音楽祭(1920年~)、映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)のロケ地として知られる。

 

旧市街の東端にあるノンベルク修道院は映画「サウンド・オブ・ミュージック」で主人公のマリアが見習い修道女をしていた場所
 
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旧市街の中心部近くには8世紀(774年)創設され17世紀にバロック様式で建て直された大聖堂、モーツアルトが洗礼を受けた教会でモーツアルトが演奏したパイプオルガンがある、映画「サウンド・オブ・ミュージック」ではマリアが家庭教師を求めるトラップ大佐の邸宅へ向かう時に♪I have confidence in me♪(自分を信じている!)を歌い始めた場所。
 
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バロック様式のコレギエン教会(注、ザルツブルク大学の付属教会)には見事な時計塔がある。
 
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内部は白い壁が印象的。正面に主祭壇があり、その上はステンドグラスではなく透明なガラスを嵌めた明り取り用の窓が縦に2つ並んでいます。左右の壁には肖像画が架けられていた。
 
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ゲトライデ通りの中ほどにあるモーツアルトの生家(4階)
 
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ザルツァハ川に架かるマカルト小橋を渡ったところにある大きな建物の前に指揮棒を持ったヘルベルト・フォン・カラヤンの銅像を発見。台座と門扉には”Herbert von Karajan 1908-1989”と表記されている。
 
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ザルツァハ川の対岸、新市街にあるミラベル宮殿は映画「サウンド・オブ・ミュージック」の主要ロケ地(ドレミの歌を歌いながらペガサスの泉・噴水・バラのトンネル・階段を上がるシーン)として知られる 注、現在は市役所の機能(コンサート会場など)が入っている
 
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「ペガサスの泉」と「奥の石段」も映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地となっている。
 
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庭の先にある階段の上から見た「ミラベル宮殿と庭園」
 
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ここで折り返して入口方面へ戻ると、左前方に「モーツァルテウム」が見え、
 
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噴水越しに「旧市街」と「ホーエンザルツブルク城」を望むことができた。ちなみに、この噴水はウィーンのシェーンブルン宮殿で有名な建築家フィッシャー・フォン・エアラッハが手掛けたもので、「ミラベル宮殿」が建てられた1605年当時のままであるとのこと。
 
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ザルツァハ川越しに見た旧市街の町並み。ちなみに、左手前の青い屋根は大聖堂、その手前の時計台はザルツァハ川に面した市庁舎の塔、右手前の青い尖塔はフランシスコ会教会、その右隣は白の教会(ザルツブルク大学の教会)。旧市街の先にはメンヒスベルクの丘(標高差100m強)の上に聳えるホーエンザルツブルク城砦がザルツブルクを象徴している。
 
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ザルツァッハ川には小型の観光船が係留されている。ちなみに、旧市街を抜けた先まで行くルートを約40分で往復するとのこと。
 
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ザルツァハ川と並行するゲトライデ通りはザルツブルクの繁華街(商店街)では各店の看板が凝っていて面白い。
 
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ゲトライデ通りの西端で南へ折れると、岩山を削って建てられたという「祝祭劇場」がある。ザルツブルク音楽祭のメイン会場であり、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のクライマックス・シーン(エーデルワイスソーロング・フェアウェルの歌)に使われた場所。その右隣は馬の洗い場跡(馬が描かれている)。
 
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ザルツブルクは、天才作曲家モーツアルトの生地であるとともに、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地であり、一度は訪れたいと思っていた街。旧市街と新市街を散策した日(約3時間)は生憎の雨天であったが、ザルツブルクの魅力を損なうことはなかった。時間に余裕があれば、丸一日を掛けて旧市街と新市街を散策するとより充実したものになり、もし郊外にも足を延ばす場合は2-3日が必要であろう。(続く)

2018年7月21日 (土)

中欧旅行(ダイジェスト版) チェコのチェスキー・クルムロフ

チェコの南西部、南ボヘミアにあるチェスキー・クルムロフは首都プラハから南へ175kmの距離(車で約3時間)にある小さな都市で、「世界でもっとも美しい町」といわれる。歴史的にはボヘミアの重要な通商路であるヴルタヴァ(モルダウ)川沿いに13世紀後半から18世紀にかけて造られた城と街並みがそのまま残ることから世界遺産に登録されている。地名の由来は、チェスキーがチェコ語で「ボヘミアの」を、クルムロフは「川の湾曲部の湿地帯/草地」を意味する。ちなみに、周辺部を含む人口は約1.4万人。

 

チェスキー・クルムロフ城の「赤の門」を潜ると、なだらかな坂道が続く「第一の中庭」の先に円柱形の塔が聳えている。
 
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塔の中にある狭い螺旋階段を上がり、塔の中ほどにある円形ホールを過ぎて、より急峻になった階段(梯子)で最上部にある展望台へ向かう。
 
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回廊になっている展望台からはチェスキー・クルムロフ城の全体を見渡すことができる。まず、入城した「赤の門」の先には尖塔がある修道院が見える。
 
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その反対方向にある「第二の中庭」を挟んで、左側には「小宮殿」に続く「造幣所」と「下手の宮殿」、右側には「ラピダリウム」と「牛乳加工所」、「第二の中庭」の奥には一際大きな建物である「上手の宮殿」が続く。
   
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「上手の宮殿」はヴルタヴァ(モルダウ)川沿いの岩肌を巧みに利用して建てられている。
 
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ヴルタヴァ(モルダウ)川の対岸にある旧市街の中心には「スヴォルノスティ広場」と「聖ヴィットゥス教会」がある。
 
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左へ大きくカーブするヴルタヴァ(モルダウ)川の中州にも旧市街の町並みが及んでいる。
 
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塔を降りて「上手の宮殿」の中庭を通過して「上手の宮殿」と「城内劇場」を結ぶ「プラーシュチョビー橋」(渡り廊下)に出ると、
   
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先ほどとは別のアングルから旧市街を見ることができる。
 
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「城内劇場」の先にある「城の庭園」まで散策した後は、「赤の門」まで引き返し、ラトラン(Latran)通りで旧市街へ向かう。
 
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ヴルタヴァ(モルダウ)川に架かる石橋(ラゼムニツキー橋)からみたチェスキー・クルムロフ城の「下手の宮殿」(右)と「上手の宮殿」(左)
 
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旧市街の「スヴォルノスティ広場」
 
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「聖ヴィットゥス教会」の内部
 
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旧市街の奥にある展望所へ向かう小路
 
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展望所に到着
 
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チェスキー・クルムロフ城の遠景
 
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13世紀の町並みがそのままの姿で残る美しい旧市街を城の塔から展望したり、旧市街に続く石畳の小路を散策したり、時が止まったような半日を過ごすことができた。(続く)

2018年7月16日 (月)

中欧旅行(ダイジェスト版) チェコのプラハ

47回にわたり詳細に紹介した中欧(チェコ/オーストリア/ハンガリー)旅行を都市別にまとめたダイジェスト版として改めて紹介します。主要5都市(プラハ、チェスキー・クルムロフ、ザルツブルク、ウィーン、ブダペスト)の最初はチェコのプラハです。

 

                             ☆

 

チェコの首都であるプラハは、地理的にはヴルタヴァ(モルダウ)川の両岸に市街が広がり、ロマネスク以降の時代様式の建造物と石畳の小路など中世の趣が残る古都である。人口は約120万で、中央ヨーロッパ(中欧)で有数の大都市である。歴史的には1346-1437年および1583-1611年の2度にわたって神聖ローマ帝国の首都であった。プラハの中心部は、ヴルタヴァ(モルダウ)川の左岸(西岸)にあるプラハ城と城下町の小地区(マラー・ストラナ)、そして右岸(東岸)の旧市街に大別される。

 

プラハ城での見どころは正門を入った「第一の中庭」で毎時行われる衛兵の交代式 注、正午にはフラチャニ広場に面した正門で大規模な交代式が行われる
 
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1600年代に造られた大きな噴水がある「第二の中庭」を通り抜けたプラハ城の中心部にある聖ヴィート大聖堂の正面と右側面(南ファサード)を撮影。高さが99mもあるゴシック様式の鐘楼(南塔)には2つの時計(それぞれ時と分を示す珍しい方式)が設置されており、287段の階段で最上部まで上がることができる。
   
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交差ヴォールトの高い天井が印象的な中央祭壇付近
 
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後陣(入り口付近)にあるバラ窓は天地創造の場面を表現している。
 
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920年に木造で創建された聖イジー修道院(教会)はプラハ最古の教会で、1142年の火災後に石造りで再建され、17世紀後半にバロック建築によるハァサードが追加された。後方には2つの白い尖塔があり、右側の部分が礼拝堂。
 
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黄金の小径を抜け、プラハ城からヴァルタヴァ(モルダウ)川畔に出てカレル橋を渡ると、プラハ城を遠望することができる。
 
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旧市街の中心部にあるゴシック様式の旧市庁舎。右端の塔には天文時計があり、毎正時には12人の使徒が姿を現わすとのこと。
 
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塔の展望回廊から見るプラハの旧市街(南側)の家並み
 
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北方向にある聖ミクラーシュ教会
 
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東方向にはティーン聖母教会と旧市街広場
 
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ミクラーシュ教会の内部
 
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ヴァルタヴァ(モルダウ)川の対岸にある桟橋からクルーズボートに乗船
 
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クルーズボートはカレル橋を潜って下流方向へ
 
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クラシックな観光船とすれ違う。
 
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赤い屋根の建物はナ・フランティシュク病院で、14世紀から教会が医療を続けできた場所である。
 
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大きな建物は産業貿易省
 
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フラーヴクーフ橋の手前でUターンして広いレトナー公園脇を通過
 
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いくつもの橋と両岸の建物をたっぷり楽しむ約一時間のボートクルーズはプラハ観光には欠かせないもので、ローレライ渓谷の急斜面に広がるワイン畑を眺めながら両岸に点在する城を巡るドイツのライン川下り(所用時間:1時間40)とは異なる趣(おもむ)きがある。(続く)

2018年7月 9日 (月)

不用品の売却談

現役時代は海外出張の機会が多かったことで、私の部屋はいつの間にか海外の土産物で溢れてしまい、購入した時の記憶が薄れるとともに不用品(ガラクタ)と化しました。特に、中国・台湾・ベトナムなどでは訪問者が手土産を持参する習慣があるため、自分の好みではないものや価値が定かではない品物を貰うことが多いのです。いずれも処置に困ります。ゴミとして処分できるものはまだ良いのですが、大きな美術品・木彫の仏像・書画などは特に面倒な存在です。

 

まだ終活ではありませんが、多くの不用品に囲まれている生活は精神衛生に良くありません。最近、人気があるメルカリでこれらを売ることを考えましたが、商品の撮影・梱包・発送・質問/トラブルへの対応などが煩雑で、しかも手数料(販売金額の10%)が必要であるため断念しました。対面で不用品を買い取ってくれる店をネットで検索すると、わが家の近くにもあることが分かりましたので、早速十数点を持ち込みました。ユーズドの店です。入口を入った左手にある受付カウンターはブックオフのものと良く似ています。スタッフに売りたい品物を渡して受付票を受け取った後は店による査定を待ちます。

 

数分後には私の番号が店内放送で呼ばれました。カウンターに出向くと、スタッフが査定結果を説明してくれました。買い取り可能な品物は約半数と期待外れです。この店では書籍・切手・コインを扱っていないとのこと。買い取り可能な品物の評価額は私が期待するものとは逆でした。大きくて見た目が良いものは二足三文である一方、小さくて可愛らしい物の評価が高いのです。例えば、私が一番期待していた木工象嵌(ぞうがん)細工の美術品は僅か100円であるのに対して、干支(えと)が描かれたお猪口セットと絵付きガラス玉の置物はいずれも200円と健闘しました。しかし、木彫の大黒天は何と30円と最低評価。

 

査定の条件をスタッフに尋ねると、「売りやすい物は高く評価するが、売りにくいものや大きくて展示(保管)するスペースが必要なものは低い査定となる。美術品としての価値は評価しないので、高く売りたい場合は専門の古美術商へ持ち込む必要がある」とのこと。痛く納得しました。買い取り価格の合計は1000円にもなりませんでしたが、不用品の半数を処分して重荷を下ろしたことで、充分満足できました。ちなみに、自治体が回収する粗大ゴミに出せば、一品当たり200円あるいは500円のチケット(粗大ごみ処理券)を購入する必要があります。

 

翌日は貴金属・切手・金券などを扱う店に出かけました。最初の店で買い取ってもらえなかった切手とコインに加えて、金券(商品券や株主優待券など)を持参。ついでですから、これまでに収集した国内の記念切手(800)の半数近くも加えました。これまで、郵便料金が変わるたびに古い記念切手を郵便局へ持ち込んで、手数料(5/)を支払って新しい通常切手に交換してもらうようにしてきましたが、とても使い切ることはできません。つまり、記念切手はかさばりませんが、死蔵状態ですから、不用品の範疇に入れるべきなのです。

 

土産物用としてアルバム化された海外の記念切手はほとんど値がつきません。値が付く唯一の例外は中国の文化大革命当時に発行された記念切手とのこと。アメリカで発行された芸能人が描かれた切手シートもゼロ査定。国内で発行された記念切手は額面の50%(シートは80%)で一律に査定されます。注、シートとは切手の周囲(四方)に白地の部分が残っている状態のものを指す

 

外国のコインもかなり溜まっていました。ドルやユーロのコインであれば海外旅行先で使うことができますが、それ以外は発行された国でしか価値がありません。とにかく、買い取ってもらえそうな記念コインとともに各国のコインも持ち込みました。記念コイン以外は値が付きませんでしたが、兎に角引き取ってもらえました。 コインが溜る理由は海外出張後に手荷物の中から見つけることも珍しくないからからです。

 

もし、買取店で外国のコインを引き取ってもらえない場合は、三井住友銀行の支店に置かれたユニセフ外国コイン募金箱に寄付するつもりでした。これから 海外旅行をする場合には、帰国時に成田空港などの到着ロビーにはユニセフ外国コイン募金箱あるいはリムジンバスの乗車場付近にある回収箱に投入することにします。

 

最後は金券です。これは相場がはっきりしていて、かなり良い金額で買い取ってもらえました。国内の記念切手が買い取り価格の約70%を占めたことで、買い取り金額の総額は2万円近くになりました。加えて、不用品の買い取りについていろいろ知識をえたのが最大の成果。日を改めて同じ店を訪れ、手元に残っているすべての記念切手と金券を2万円強で買い取ってもらい、不用品の処分で一区切りを付けることができました。その対価として2軒の買取店から総額4万円強の支払いを受けたことは望外の成果でした。

2018年7月 2日 (月)

衛星放送受信用アンテナの交換作業

日頃、掃除が行き届かないテレビ周りが気になり、テレビをテレビ台(スピーカー内蔵)ごと移動して徹底的に掃除することにしました。ホームシアター用ではありませんが、結構な重量(約34kg)があるため、キャスターが付いています。移動防止用と傷防止用のキャスターストップを外せば、容易に移動が可能で、その下の床に溜まっていた塵と埃を一気に取り除くことができました。衛星放送を受信しながら行いましたが、時々画面が乱れるのです。アンテナ・ケーブルのコネクタが緩んでいるのかと思い、確認しましたが、すべてしっかり締められていました。ここで、テレビ台をもとの場所に戻せば、この記事を書く発端となるトラブルに遭遇することはなかったのです。
 

テレビの周辺が綺麗になったことで気持ちがハイになった私はつい余計なことを考えました。最近、ほとんど使わなくなったビデオデッキ(1999年ビクター製)をテレビ台の棚から取り外して、代わりに古いDVDレコーダー(2002年シャープ製)を設置することです。テレビ台に元々あるBDレコーダー(2015年シャープ製)と組み合わせると、何かと便利に違いありません。別番組を同時に録画でき、DVDレコーダーでは音楽CDも再生することもできます。
注、わが家のBDレコーダーは音楽CDに対応していないため、これまで同居者はソニー製のラジカセでダンス音楽のCDを聞いていました。しかし、20数年前にアメリカで購入した年代ものであり、数年前に音楽カセットテープの録再ができなくなり、つい最近にはCDの再生が覚束(おぼつか)なくなったそうです。また、アメリカ仕様の大きなラジカセは、わが家の狭いリビングには不釣り合い、つまり邪魔な存在だったのです。
 

これは一石二鳥の妙案だと変更案を実行しました。もう一度、テレビ台を壁面から移動させて、ビデオカセットレコーダーとDVDレコーダーを入れ替え、テレビとのAV接続を行い、最後に分配器のBS/CS出力(衛星放送)との芋づる式接続にDVDレコーダーを加えれば、入れ替え工事は完了です。そのはずでしたが、先程まで写っていた衛星放送が映らない、つまりテレビ画面には「アンテナが接続されていません」と虚しく表示されているのです。チャンネルを変えても同様。それではと地デジに切り替えると、こちらは正常に写っています。
 

衛星アンテナの配線を接続する順番をテレビ・BDレコーダー・DVDレコーダーの3者で入れ替えても状況は変わりません。衛星受信アンテナが故障してしまったようです。現用のアンテナ(2006TDK製BCS-45DHV)は購入して12年が経過していますから、寿命だったのかもしれません。今年12月に開始される4K/8K衛星放送の様子を見て、12年後には41k放送に対応するテレビとアンテナを購入することを考えていましたから、予定が狂うことになりました。ちなみに、良い環境で使用すれば衛星放送受信アンテナの寿命は15年ほどのようです。
   
当面の対策として現行の衛星放送を受信するアンテナを購入する(買い替える)ことにして、近くの家電量販店へ出かけました。10年以上前に衛星放送用アンテナを購入した時には豊富な製品が展示されていましたが、現在は2K/4K/8K対応(受信周波数:11.7~12.75GHz、右旋回・左旋回偏波用、出力周波数:1032~3224MHz)と現行の2K(11.7~12.75GHz、右旋回偏波用出力周波数1032~2072MHz)が各1種類しか扱われていません。もちろん、私は旧アンテナと同じ仕様(受信周波数と出力周波数)の後者を購入。注、TDK製BCS-45DHVは2007年ころに製造中止になっている
 

自宅に持ち帰り、簡単な取扱い説明書にしたがって組み立て、既存の衛星アンテナと交換するだけのはずでしたが、予期せぬ問題が生じました。既存のアンテナと新しいアンテナ(MASPRO製BC45R、オフセット型)は形状が異なるため、新しいアンテナは既存の取付け金具ではポールの長さが足りず、アンテナがベランダの手摺りに当ってしまうのです。注、現用品(センターフィード型)は小型であり、購入した方はオフセット型でやや縦長であるため ホームセンターで探しましたが、適当な太さのポールが見つかりません。そこで、強度に難点はありますが、ポールを繋ぎ足すことで必要な長さを確保することにしました。
   
ここで、やっと冷静さを取り戻した私は、屋内配線のVU(地デジ)とBS/CS(衛星)の分波器(ケーブル一体型)に断線などの異常が発生した可能性が高いことに気づき、同種のものと交換しました。その理由は、テレビ台を移動させた時にBS/CS側のケーブルが強く引っ張られて、断線寸前になって画面のチラツキが発生と思われるからです。衛星放送受信用アンテナと接続するケーブルには15V/0.5Aの電流が流れているため、これを断続するとアンテナ内の電子回路が損傷する恐れがあります。注、テレビやレコーダーなどの説明書にも注意書きがある
 

ベランダに出て、新旧のアンテナを交換し、アンテナ・ケーブルを接続し直せば、残るはアンテナの方位調整だけです。旧来のアンテナを設置した時には、春分の日あるいは秋分の日の午後2時に太陽がある方向にアンテナの正面を向ければ良いとのアバウトな基準であったため、テレビ画面を確認しながらの方位調整には長時間を要しました。今回は文明の利器であるiPhoneを活用することにしました。アプリの一つである「コンパス」の精度を利用する方法です。
   
BS
放送と110CS放送は東経110度に位置する衛星からの電波を利用していますが、地上(東京・横浜)からみると衛星は方位222.4222.5度、仰角38.038.3度にあるはずです。仰角はアンテナの取付け金具(固定および仰角調整用)に表示された目盛りを利用して調整し、方位はiPhoneのアプリである「コンパス」を利用して取り付け金具とポールとの角度を変えることで行いました。具体的にはアンテナ取付け金具の平らな部分にiPhoneの上部を押し当てながら、コンパスの針が所定の方位を指すようにするだけです。
 

テレビとBDレコーダー(アンテナに給電するように設定)の電源を入れると衛星放送の画面が写りました。電波の強さを示す数値は"90"であり、目安の"60以上"を大きく上回っています。念のため、方位と仰角を微調整しましたが、いずれも"90"が最大値でした。『iPhone恐るべし』です。この状況を考えると、故障したのはアンテナではなく、分波器の方だったのかもしれないとの思いが強くなりましたが、もう引き返すことはできません。12年もの長きに亘って働いてくれたアンテナに感謝して、役目を終えてもらうことに決めました。本当にありがとう。

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