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2018年10月10日 (水)

東濃の山城「岩村城址と苗木城址」を訪ねるドライブ旅(その12) 苗木城址②

登城路を直進すると「本丸口門址」(柱穴がある礎石)がりました。「二の丸」と「本丸」の境界ととなる門です。
 
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左手には「本丸址」の一番下の曲輪の長い石垣と急峻な坂道が続いていました。
 
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急坂を半分ほど上がったところに「武器蔵」と「具足蔵(ぐそくぐら)」の案内パネルがありました。前者は、『長さ8間(約16m)、奥行3間(約6m)の土蔵。建物の長さから別名八間蔵といわれ、大名遠山家が所持していた鉄砲や弓等の武器類が納められていた。現在は一部建物土台が崩壊しているが、礎石や縁石が往時のまま残されている。』、後者は、『本丸口門から見て右側の崖上にあり、2間3尺、3間の建物である。ここには領主の具足や旗が保管され、別名旗蔵とも呼ばれていた。』 とあります。
 
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折り返した登城路はさらに急坂になりました。
 
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ちなみに、折り返し点を右下へ直進すると「笠置矢倉址」があるようです。西方の「笠置山」に面していることから名付けられたのでしょう。
 

石段になった坂道を上がりきったところにある「玄関口門」の案内パネルには、『玄関口という名のとおり、この門を抜けていくルートが、天守への正式な道でした。この門の先には土廊下の建物が続いており、奥は小屋とつながっていました。通常は鍵が掛けられていて、ここから中に入ることは禁じられており、鍵は目付役が管理していました。』 とあります。
 
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下方を見下ろすと「大矢倉址」の全景を見て取ることができました。「三の丸址」側から石段で上がるようです。
 
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「玄関口門」を抜けて、右手へ急カーブする坂道を南側まで上がりきると、「本丸址」の最上段にある「本丸玄関址」に出ました。前方は「天守台址」へ上がる「千畳敷址」に造られた木製階段で、その手前に敷かれている玉石は往時のものを再利用したそうです。ちなみに、「本丸址」は右手の広いスペースでした。
 
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「本丸玄関」の案内パネルには、『本丸玄関には、天守台より一段低い位置にありました。そのため玄関を入ると、苗木城の特徴の一つである掛け造りの千畳敷を通り、回り込むようにして南東側から「天守台へ入りました。玄関には玉石が敷かれていたことが絵図に描かれており、整備前の調査でも、多くの玉石が確認されました。この石敷きはその玉石を利用して復元したものです。玄関の右側にある巨岩には柱穴があり、この巨岩にはみ出す形で建物(絵図の今の部分)が建てられていました。』 とあります。
 
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往時の「天守」は地下の部分を含めると三層構造になっていたそうです。写真は南方向(木曽川に向かう)を剥いて撮影。左下に写る人たちは木曽川越しの景色を楽しんでいるようです。「本丸址」まで登城した人は「天守址」の巨岩上に設けられた木造の展望台「復元された天守の柱梁」まで登らずにはいられない気持ちにさせる展望台ととしての魅力があります。ちなみに、「かつての苗木城」(再現画)で分かるように、天守台の周辺は現在のような空き地ではなく、さまざまな建物が立ち並んでいたそうです。
 
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左手にある「苗木城天守建物」の案内パネルには、『苗木城の天守は二つの巨岩のまたがる形で作られ、三層となっていました。1階部分の名称は「天守縁下」、坂縁を入れて4mX5m(2間X2間半)の広さで、岩の南西側隅にありました。2階は「玉蔵」と呼ばれ、岩が敷地を占め、建物の床面自体の大きさは6mX6m(三間四方)でした。ここには1階と3階に通じる階段が設けられていました。3階の「天守」は巨岩の上にあり、9mX11m(4間半X5間半)の大きさでした。この巨岩の上の柱と梁組みは、苗木城天守3階部分の床面を復元(想定)したもので、岩の柱穴は既存のものを利用いたしました。苗木城天守3階部分を一部復元し、展望台として利用できます。』 とあります。
 
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展望台に上がる前に天守址の南端からの景色を眺めることにしました。眼下(川面との比高差約170m)には緑に包まれて深い谷となっている木曽川上流の流れとそれに架かる玉蔵大橋(ぎょくぞうおおはし)と旧恵那鉄道の鉄道橋(廃線)、そして中津川市の街並み、遠くには恵那山(標高2191m)、その左手の富士見台と神坂峠、右手にある焼山(標高1709m)、恵那山の手前には前山(標高1351m)を望むことができます。注、「苗木城址」を俯瞰(ふかん)する空撮動画YouTube)があり
 
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木造の展望台「復元された天守の柱梁」に上がった最も高い場所(標高432m)から360度のパノラマを楽しむことができ、急坂を上がってきた疲れを忘れさせてくれます。次の写真は「木曽川」の上流(東)方面と「恵那山」です。そして、左下に写る木製階段を下りた先は、「天守址」を支える巨岩の脇を直線的に下りる急峻な石段につながっているようですが、足を痛めている同行者には無理なルートと思われます。。
 
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木曽川の下流(西)方面には「城山大橋」と県道410号の「美恵橋」、そして恵那市との境界線上にある「笠置山」を一望できます。
 
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(続く) 

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