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2019年3月

2019年3月25日 (月)

川崎市の桜の名所「宿河原堤桜並木」を巡る

東京で桜の開花宣言があった3月21日の翌日、川崎市多摩区へ出掛けました。厚木街道(国道246号)から府中街道(県道9号)に入り、梅林交差点を左斜め前方に進むと今から12年前の2007年2月に全線を辿(たど)った「二ヶ領用水(本川)」沿いに出ました。さらに進んでJR南武線の久地(くじ)駅前に差しかかる辺りには「宿河原用水」、別名「二ヶ領用水(宿河原線)」との合流点があるはずです。そして東名高速道路の下を通過する地点では写真の右側に写るガードレールとさらに右手にあるフェンスの間に「二ヶ領用水」が流れていました。ちなみに、「二ヶ領用水」のルートを巡る旅は前編中編後編住吉桜の各記事で紹介しています。
 
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「二ヶ領用水(本川)」沿いに800mほど進んだ長尾橋交差点を右折し、市道でJR南武線の宿河原駅方面へ向かいました。このエリアも「二ヶ領用水」を辿(たど)った時に何度も行き来した場所です。交差点から約600m先に「宿河原用水」に架かる「北村橋」(昭和45年3月竣工)に指しかかりました。(注、写真は下流方面) 宿河原の地名に興味を持ってネット検索で調べると、小名(こな、こあざ)の「宿」と多摩川の「河原」から名付けられたとの説がありました。
    
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すぐ先にあるJR南武線の踏切に遮断されて長い車列ができていましたので、緊急避難とばかりに「宿河原用水」の左岸へ左折。しかし、「行き止まり」である旨を告げる立て看板がありますので、方向転換ができる場所を探しながら、開花したばかりの桜の花を眺めて徐行しました。そして、邪魔にならない場所に車を停めて「宿河原用水」の遊歩道に下りて綻(ほころ)び始めた桜を撮影。目黒川の桜並木を小規模にした風情です。
 
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すぐ先には3-4分開花した桜に覆(おお)われた太鼓橋が見えます。
  
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目の前には開花したばかりの桜の花が逼(せま)ります。
   
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頭上にある桜の枝も
 
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足元にはタンポポの花が
  
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iPhone SEのマップで確認すると、多摩川にある宿河原堰堤(えんてい)脇の取水口まで約500mですが、「北村橋」から約200mの地点を南武線が横切っているため、この道が行き止まりになっていることを確認。
 
元来た道を「北村橋」まで戻り、さらに「宿河原用水」に沿って下流方面へ向かうと、「宿河原橋」の袂(たもと)に出ました。左手にはJR南武線の「宿河原駅」へ向かう道が伸びています。
  
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その先では「宿河原用水」に下りる遊歩道で鳩が、用水の中では鯉や鴨などが戯(たわむ)れていました。
    
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下流方向へ変化に富んだ遊歩道が続きます。
  
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「長尾の里」の案内看板には宿河原駅から「宿河原堤桜並木」と「緑化センター」を経て津田山駅方面へ至る散策ルートが図解されています。
   
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「二ヶ領用水」の説明看板にはこの用水が造られた経緯が簡単に説明されていました。
  
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その先にある「緑橋」と2-3分咲きの桜の木
  
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対岸(右岸)には「親水公園」があります。国土交通省の「手づくり郷土(ふるさと)賞」の2017年大賞を受賞した記念碑が立っています。ちなみに、同省関東地方整備局管内の9都県で唯一の受賞とのこと。
  
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八幡下橋」に出ました。
  
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橋の横にあるスペースに建てられた記念碑
  
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その向かい側にある「八幡下圦樋(いりひ)」の記念碑
  
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記念碑の脇にある石板には、『八幡下圦樋とはこの二ヶ領用水の水を堰(せき)止め調整したものである。請負人関山五郎右衛門という人により明治43年4月に完成した。(以下略)』 との説明があります。ここで引き返すことにしました。
   
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「北村橋」から約600mの距離にあるこの「八幡下橋」の先には、東名高速道路付近までの約700mにも桜並木が続いているようです。つまり、「宿河原堤桜並木」は全体で約2kmにも及ぶのでです。
 
「八幡下橋」で折り返した「宿河原用水」の右岸にある「二ヶ領用水」の説明看板には、『「土木学会選奨土木遺産2012」に認定されたこと、江戸時代以前の1597年(慶長2年)開削に着手し、現在の多摩区から川崎区にわたる灌漑用の水路として、14年の歳月をかけて1611年(慶長16年)に造られたものです。当時の川崎領と稲毛領の2つの領に水を引いたことが名前の由来とされます。(以下略)』 と説明されています。地図には「二ヶ領用水」とともに川崎市内を流れる多くの川は描かれ、幸区と川崎区においては「二ヶ領用水跡」が示されています。
   
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「二ヶ領用水竣工400年記念」の説明看板
  
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少し戻った「仲乃橋」の先では車が通れる道は「宿河原用水」と徐々に離れますので、「宿河原堤桜並木」の開花状況を確認するドライブ散策を終えることにしました。
  
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ちなみに、「宿河原堤桜並木」の両岸には約340本の染井吉野が植えられていて、例年3月下旬から4月上旬にかけて花が開花し、満開になる4月の第1日曜日に桜祭りが開催されるそうです。ただ、今年は開花時期が早いため1週間前の3月31日ごろが見頃かも知れません。
  
[筆者のコメント] 3月19日に行われたココログアプリの全面リニューアルにともないアプリへアクセスができなくなりました。翌日には徐々に改善されたようですが、従来の「ログイン」「ブログを書く」のリンクが無効になっていたため、相変わらずログインできない状態が続き、私がそれに気づいた4日後の23日にやっと正常にアクセスできるようになりました。しかし、アプリソフトが大幅に変更(改版)になったことについての丁寧な説明がないため、アプリの操作手順でかなり間誤付き、あれこれ試行錯誤した結果、2日がかりで新しい記事をなんとか投稿することできました。15年振りの新アプリは機能が豊富でレイアウトが見やすくになったのは良いのですが、大幅な変更をする時には新しいアプリの操作手順書を掲載するか、あるいは従来との違いを解説して欲しいものです。

2019年3月18日 (月)

またまた日本料理の「木曽路」へ

この5か月間で3回も訪れている日本料理店「木曽路」にまた出かけました。10月の「しゃぶしゃぶ」、1月の「すき焼き定食」に続いて、2月は季節限定メニュー(1月15日~3月31日)の「鰻のひつまぶし」を目当てに利用しましたが、先月食べた「和牛のひつまぶし」が気に入った同居者がもう一度食べたいと言うのです。そういう場合には何も言わずに従うのが私のポリシーです。

 

私は最近食べていない「昼御膳」から4月18日までの期間限定メニューである「妻籠(つまご)(2000円+税)を選びました。内容は、お造り、焼物、一人鍋(レモン鍋)、揚物、茶碗蒸し、御飯、汁物、香の物、デザート。

 

一方、同行者は前回とまったく同じ「和牛のひつまぶし(デザート付)(2200円+税)を迷わず注文。今回、同行者が選んだデザートはアイスクリームの「桜バニラ」です。

 

休日とあって正午になり前に満席になったようです。焙(ほう)じ茶を飲みながら待つこと10分余り、先ず私の「妻籠」が配膳されました。久しぶりに目の前に置かれた昼御膳は品数が多く、胃が復調したとはいえ、まだリハビリ中の私には挑戦のし甲斐(がい)があります。
 
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まず、昼御膳の内容を目で楽しみました。
 

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ほどなく、お鍋が追加されました。
 
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鍋に火が通ったころ、店のスタッフさんが蓋(ふた)を外してくれました。

 
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早速、牛肉を出汁(だし)に付けて食べることに。
 
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「和牛のひつまぶし(デザート付)」を待つ同行者は暇を持て余したようでi Phone 6sを弄(いじ)り始めました。ほどなく、「和牛のひつまぶし(デザート付)」も配膳されると一転してご機嫌(きげん)に。
 
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早速、「ひつまぶし」の食べ方に従って食べ始めましたので、前回はしなかったお裾分けをねだると、そのままの牛肉とご飯だけではなく、出汁をかけた牛肉とご飯も小皿でくれました。程よい濃さであり、同行者が気に入った理由が分かりました。
 
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その後、私は鍋が煮詰まらないように鍋に専念しました。
 
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同行者のアドバイスにしたがって選んだ十穀米のご飯もしっかり食べました。
 
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少し時間を掛けましたが、何とか食べきることができました。
 
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先に食べ終えた同行者の前にはデザートのアイスクリーム「桜バニラ」が置かれ、
 
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 そして、少し遅れた私のデザートは「道明寺粉と餡の練り菓子」でした。
 
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今回を胃の快復状況を確認する機会と捉えた私にはチャレンジでしたが、難なく完食することができました。1年前には半分も食べられなかったことを考えると、大変な快復といえるでしょう。これから、その他の体調不良に一つひとつ向き合って行く勇気を貰いました。今日のランチには大満足です。心地よい満腹感がしばらく残りました。

2019年3月11日 (月)

汐留のシオサイトを散策(終章) シオサイト3区「イタリア公園から3区D南街区を通って新橋駅へ

「ゆりかもめ」と都道481号沿いに整備された歩道を歩いて新橋駅へ向かいます。
 
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東京下水道のマンホール
 
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3区D南街区にある東京ツインパークス用駐車場の出口
 
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同じく入り口
 
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住友不動産系の「ホテルヴィラフォンテーヌ東京汐留」(Hotel Villa Fontaine)は2004年に開業した高級ビジネスホテルで、客室数497、「ゆりかもめ」の汐留駅に直結しています。
 
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「ゆりかもめ」の下とJR(新幹線・山手線など)のガードを潜って第一京浜(国道15号)の新橋五丁目交差点に出て第一京浜を北上すると都道405号との交差点脇に日比谷神社(住所表示:東新橋二丁目)がありました。東新橋にあるにもかかわらず「日比谷神社」と呼ばれることに違和感があり、ネット検索で調べると、その理由は江戸時代初期に行われた江戸城の拡張工事のため、現在の日比谷公園辺りから現在地に遷(うつ)されたためでした。ちなみに、氏子地域は新橋の大半と東新橋(汐留)とのこと。
 
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その交差点で第一京浜の反対側の歩道へ移動すると前方に虎ノ門ヒルズが確認できました。第一京浜から虎ノ門ヒルズの下を抜けて外堀通りまで続く環状2号線(都道405号)の愛称は「新虎通り」のようです。
 
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第一京浜から山手線沿いの脇道に入るとほどなく日比谷口側にあるSL広場に出ました。新橋駅らしく大変な人出があります。何か催し物が開かれているのでしょうか。
 
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この催し物に興味がある方は当ブログの兄弟ブログである「竹輪会」を参照してください。同時に、この夜に食べたグルメ料理も見られます。(終)

2019年3月10日 (日)

東新橋一丁目の汐留シオサイトを散策(その3) シオサイト3区「イタリア公園」・H街区と2区E街区(東新橋一丁目)

隣の区画と隔てる道路の反対側、浜松町一丁目に真新しい高層ビルがありました。完成間近なマンションのようです。
 
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「浜離宮 ザ タワー」の表示を見つけました。
 
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高架線路の向こう側に高層マンション「アクティ汐留」が見えます。
 
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イタリア街の南東角から東海道線新銭座ガードを抜けたシオサイト3区(東新橋一丁目)に入ると「区立イタリア公園」がありありました。
 
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イタリア人の設計によるこのイタリア式庭園は14世紀から16世紀にかけてイタリアで発達したトスカーナ・ルネッサンス様式とのこと。「日本におけるイタリア2001年」を記念してイタリアから寄贈された公園とのこと。
 
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公園入口の先(南方向)には、シオサイトの3区H街区(住所表示:港区海岸一丁目)の超高層賃貸マンション「アクティ汐留」(中央と左手前、地上56階建て、高さ約190m、2004年竣工)、都道481号と「ゆりかもめ」の線路に隔てられたシオサイト4区1-2街区(港区海岸一丁目)にある高層オフィスビルの「汐留ビルディング」(左手後方、地上24階建て、高さ117m、2007年竣工)があります。ちなみに、その南隣には「旧芝離宮恩賜庭園」があります。
 
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「アクティ汐留」の少し右手には、浜松町の超高層多機能ビル「世界貿易センタービル」(40階建て、高さ152m、1970年竣工)と超高層賃貸オフィスビル「日本生命浜松町クレアタワー」(地上29階建て、高さ約155m、2018年8月竣工)、その後方には分譲タワーマンション「クレストプライムタワー芝」(地上32階建て、高さ約132m、2007年竣工などの高層ビルが林立しています。

 

首都高速道路の反対側には「浜離宮恩賜公園」があります。
 
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「イタリア公園」の入口に設置されたプレート
 
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幾何学的でシンメトリー(対象的)なレイアウトの小さな「イタリア公園」です。ちなみに、生垣の後方に聳(そび)えるのは「東京ツインパークス」の「ライトウイング」(手前)と「レフトウイング」(後方)、そして先ほど前を通過した「パークホテル東京」と「トッパンフォームズ本社ビル」。
 
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入口の脇にある石柱のモニュメント
 
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中央には丸い広場があり、南側にも北側と同じ形状(シンメトリー)の区画があります。
 
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「東京モノレール」のレール(手前)と東海道新幹線の車両(奥)を見ることができます。
 
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南端に近いエリアにはイタリア製の彫像が生垣に内に展示されています。この辺りが東新橋一丁目と海岸通り一丁目の境界かもしれません。生垣の向こう側は草花を育てる花壇になっているようです。
 
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北方向にも彫像が並んでいます。後方は超高層マンションの「トウキョウツインパークス」(地上47階建て、高さ165m、2002年竣工、総個数1000戸)の「ライトウイング」(手前)と「レフトウイング」(奥)、「日本通運本社ビル」(右端)など。
 
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東側には1体だけ男性の彫像「冬」がありました.。
 
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こちらは良く知られるミロのヴィーナス像
 
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イタリア式庭園の特徴である軸線(ビスタ)の中心に噴水があります。銘板は見当たりませんでしたが、調べると名称が「泉」である彫像のようです。
 
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イタリアンヴィーナスを含めて全部で12体ありました。
 
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(続く)

2019年3月 9日 (土)

汐留シオサイトを散策(その2) 2区E街区と5区(西街区/東新橋二丁目)

汐留交差点の南、「ゆりかもめ 汐留駅」がある2区E街区(東新橋一丁目)を南に歩きます。駅の東側に建つビルは「汐留住友ビル」(地上27階建て、高さ約126m、2004年7月竣工)です。ちなみに、その東隣りにあるのは「東京汐留ビルディング」(地上37階建て、2005年1月竣工)で、低層階(3-26階)にはソフトバンクグループ各社、高層階(28-37階)にはヒルトングループの高級ブランド「コンラッド東京」が入居しています。
   
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「ゆりかもめ 汐留駅」の西側に聳(そび)える超高層ビルは「汐留メディアタワー」(地上34階建て、高さ約173m、2003年6月竣工)です。低層階(1-4階)は貸オフィスと商業施設、低層階(5-23階)には共同通信社本社、高層階(25-34階)には独立系ホテルの「パークホテル東京」が入居しています。
 
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ペデストリアンから 地上に下りて歩道を歩いて、「汐留メディアタワー(共同通信本社ビル)」の前に出て、
 
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さらに、凸版印刷の子会社である「TOPPAN HOMES」の本社が入るオフィスビルの「トッパンフォームズビル」(地上34階建て、高さ約173m、2003年4月竣工)の前を通過します。前方に見えるユニークな建物はJRAの場外発見所「ウインズ汐留」です。
 
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汐留南交差点からガードを抜けて山手線の西側へ向かい、シオサイト5区(西街区)(東新橋二丁目)にあるイタリア街に入りました。
 
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イタリア風の外観を持つ建物が立ち並ぶエリアです。左手に円形の広場がありましたが、残念なことに撮影するのを失念しました。手前は賃貸オフィスビル「サンマリーノ汐留」(地上9階建て、2004年5月竣工)です。
 
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2つ目の交差路の角にあるイタリアン&和食の”Communication 55”は「パラッツオ・ジーラソーレ」の1階にあります。
 
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筋向いにはオープンテラスがあるスペイン料理店”MILE FIORE”(ミッレ フィオーレ)がある賃貸オフィスビルの「カーサベルソーレ」(9階建て、2003年10月竣工)です。
 
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大きなコインパーキングの先に目を惹(ひ)くビルがありました。
 
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気になってそちらへ向かうことにします。
 
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建物の名称が分かる表示はありませんが、駐禁コーンにある「芝消防署」の名前と窓に貼られた消防団員募集のポスターが目に入りました。
 
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反対側に回り込むと、確かに「芝消防署」であることが確認できました。官公庁の施設らしくないのは建物をイタリア街に調和させるためのデザインでしょう。
 
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(続く)

2019年3月 8日 (金)

汐留シオサイトを散策(その1) 1区B街区と1区C街区(東新橋一丁目)

銀座線新橋駅下車し、2番出入口を出て外堀通り(都道405号)と第一京浜(国道15号)の交差点を直進して昭和通り(都道316号)に入りました。ちなみに、写真では右手にシオサイトがあります。
 
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50mほど先、シオサイトの入口とも言えるシオサイト1区B街区に建つ超高層ビル「汐留シティセンター」(地上43階建、高さ約216m、2003年竣工)と「パナソニック東京汐留ビル」(地上24階建て、高さ約120m、2003年竣工)に南側と東側を遮られた広場に出ました。
 
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9年前の記事でも汐留エリアのビル街「シオサイト」を1区B街区→1区A街区→2区E街区の順に巡っていますが、今回はそのアップデート・拡大編です。

 

右手にあるのが「汐留シティセンター」で、左手が「パナソニック東京汐留ビル」、その手前に見えるクラッシクな外観をした建物が再現された「旧新橋停車場」と併設されているフレンチレストラン「汐留 BEER DINING LION」です。
 
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ちなみに、右手前に見える「汐留シティセンター」の低層棟1階にはポルシェオーナーとファンのためのハイクラスビストロ(高級レストラン)”The Momentum by Porsche”、その店名は「ポルシェによる推進力」を意味するのでしょう。店内はポルシェのブランドカラーである白と黒を基調としたモダンでスタイリッシュに内装がデザインされているそうです。

 

閑話休題。「汐留シティセンター」の敷地内(東側、昭和通り寄り)にある「旧新橋停車場鉄道歴史展示室」(10:00~17:00、入館無料)には9年余り前に立ち寄っていますが、記憶が曖昧(あいまい)になっていますから、もう一度入館することにしました。ちなみに、館内は撮影禁止です。
 
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2つの巨大なビルに囲まれている様子が良く分かります。
 
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それに、明治150年記念の企画展「NIPPON鉄道の夜明け」が2018年12月18日(火)→2019年3月3日(日)の期間限定で公開されています。
 
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「旧新橋停車場」の説明パネル
 
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入口の先、行き行き当ったガラス窓越しに「汐留 BEER DINING LION」の店内を見ることができ、左手へ進むと受付がありました。「旧新橋停車場鉄道歴史展示室」での見学順路は2階が先であるという係員の案内にしたがって螺旋階段を上がりました。 

 

2階フロアでは多数の展示用パネルが順路を示すように並んでいました。手前にはアメリカ合衆国東インド艦隊司令長官ペリー提督が日本における鉄道建設の切っ掛けを与えたことの説明と、ペリー提督が安政元年(1854年)に二度目の来航をした時に将軍へ献上したものの目玉品である蒸気機関車の模型(縮尺1/4のミニチュアモデル)が展示されています。陸揚げされた横浜で仮設されたレール上を実際に走行したそうです。余談ですが、日本人として初めて蒸気機関車列車に乗車したのはジョン万次郎で、この9年前の1845年にアメリカ西海岸の鉄道に乗車したそうです。

 

その他、諸藩が模型の機関車を製作したり、藩士を欧米に派遣して鉄道を学ばせたりしたこと、御用技術者を日本に招いて新橋-横浜間の鉄道建設の計画作りから建設工事の指導や運営上必要なことがらを日本に提供したことが詳しく説明されていました。鉄道施設ではお雇い技術者のイギリス人・エドモンド・モレルが、新橋駅と横浜駅はアメリカ人建築技師・ブリジェンスが設計したそうです。また、現在よりも海岸線が手前にあった品川の区間では東京湾が埋め立てられて軌道が設置され、多摩川にも鉄橋が掛けられましたから、国家的な一大事業だったのです。そして、明治時代らしくカラフルな絵図には日本ではじめて建設された鉄道が誇らしく描かれていました。

 

ジェームズ・ワットが蒸気機関車を完成させたのは1775年と言われていますから、日本が80年ほど遅れて明治5年(1872年)に新橋駅-横浜駅(現在の桜木町駅)間に導入したことになります。しかも、残念なことに国産ではなく、イギリス製の蒸気機関車を10台輸入して利用されました。6年前の記事で紹介したように、大宮の「鉄道博物館」にはその1台が展示されています。

 

蛇足ですが、ワットが完成させた蒸気機関車はその後50年間ほどほとんど改良されず、英国で蒸気機関車が導入されたのは、文政8年(1825年)、イギリスのストックトン-ダーリントン間に貨物鉄道を、文政13年(1830年)にはリヴァプール-マンチェスター間に旅客鉄道だったようです。つまり、実質的に40年ほど遅れて日本に導入されたといえます。

 

次いで1階フロアに下りると、半地下のように低くなった場所にある展示ケースには旧新橋駅跡からの出土品と思われる小物が展示してありました。

 

展示室を出てプラットフォーム側に回り込んでみました。10年前とまったく同じです。
 
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プラットフォームの遺構を見ることができることも同様です。
 
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「汐留シティセンター」の脇を抜けて「ゆりかもめの新橋駅」方面へ向かいました。
 
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前方に「ゆりかもめの新橋駅」と「日本テレビタワー」が見えてきました。
 
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行き当ったところで左手を見ると、「汐留シティセンター」(左)と「ゆりかもめ」(右)に挟まれて「電通本社ビル」(中)がありました。1区A街区で2002年に竣工したこの超高層ビルは地上48階建て、高さ約213m。
 
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横断歩道は100m以上も先にありますから、「ゆりかもめ」用に設置されているエレベーターを利用して駅改札口のレベルにでました。
 
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日本テレビタワー」(地上32階建て、高さ192m、2003年4月竣工)をすぐ近くで見上げました。日本テレビの本社機能とともに、スタジオ設備などによってテレビ放送の制作業務を行っているそうです。
 
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こちらは同じく地上レベル
 
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ペデストリアンデッキ(渡り通路)で「日本テレビタワー」方向へ歩きます。左手のビルは「日本テレビタワー」と同一プロジェクトで建設されたオフィスビルの「汐留タワー」(地上38階建て、高さ172m、2003年4月竣工)で、2004年度グッドデザイン賞の建築・環境デザイン部門を受賞したことで分かるように、汐留シオサイトにおいて一際目立つ存在です。ちなみに、上層階(24-38階)には三菱地所グループが展開するホテルグループ「ロイヤルパークホテルズ」に属する「ロイヤルパークホテル東京汐留」が入居しています。
 
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地上から上がるエスカレーターとマイスタとゼロスタがある低層テラスの「大屋根広場」
 
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宮崎駿氏がデザインした「日テレ大時計」
 
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(続く)

2019年3月 1日 (金)

川魚料理の老舗「魚勝」

日本各地にはナマズ(鯰)料理を提供する川魚専門店が多数あります。ナマズの里と言われるほどナマズ料理が有名な埼玉県吉川市(よしかわし)の「糀家(こうじや)」「福寿家」「ますや」「魚竹」「魚藤」をはじめ、埼玉県さいたま市の小島屋、土浦市の「うなぎ錦水」や、古くから川魚を食べる習慣がある岐阜県南西部輪中(わじゅう)地帯にはナマズ料理が食べられる料理店として海津市(かいづし)の「ほていや」「魚信」「やまと本店」「やまと新館」、羽島市(はしまし)の「魚勝」などが存在しているのです。注釈:輪中とは周囲に囲堤(かこいづつみ)を築くことで洪水から守られた水郷地帯の集落や耕地を指す

 

今回紹介するのは旧友との会食に利用した川魚料理店「魚勝」(うおかつ)です。新幹線岐阜羽島駅からタクシーで約10分(約5km)南へ走った羽島市の南端の桑原町(くわばらちょう)八神(やがみ)にあります。車を利用して名古屋市から向かう場合には名古屋高速6号清須線と名神高速道路(下り線)を利用して岐阜羽島ICで出るか、あるいは一般道(県道67号・県道130号・県道134号)を利用して稲沢市祖父江町へ向かい、木曽川に架かる馬飼(まがい)大橋(別名:馬飼頭首工)を渡るルートなどがあります。

 

事前に得た情報によると、「魚勝」は様々な川魚料理と海鮮料理をリーズナブルな価格で楽しめる人気料理店とのこと。中でも有名なものが「ナマズ料理」と「ウナギ料理」。ちなみに、ナマズの蒲焼が丼(どんぶり)に載った「ナマズ丼」(約1000円)や大きなボリュームが魅力である「ナマズの蒲焼料理」(時価)、「うなぎひつまぶし御膳」(2572円)、「特上ウナ丼」(1953円)、鮒(ふな)・鯉(こい)・鱒(ます)の刺身や塩焼きなどメニューは多彩です。なお、価格は変わっている可能性があります。

 

営業時間は月~金はランチ営業が午前10時半から午後2時半まで(L.O)、ディナー営業が午後5時から午後8時まで(L.O)で、土日祝日は午後の中休み時間なし。定休日は水曜日ですが、第1週だけは午前10時半から午後2時半まで営業するとのこと。

 

愛知県道/岐阜県道134号(桑原祖父江線)から木曽川の堤防方向へ伸びる脇道に入ると右手に旅館を思わせる純和風の建物に「魚勝」の看板がありました。100年以上前に創業した老舗ならではの風情がある建物です。
 
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駐車場は約100台(2か所)、席数が約300席(大小の和室が数室)と人気店に相応(ふさわ)しい規模があります。第一駐車場はほぼ満車でした。
 
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民家の向こう側にある第二駐車場の先には木曽川の堤防が見えます。
 
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ネットで調べると、堤防の下(手前)に羽島市指定史跡「八神渡船跡」の石碑があり、『八神渡しは、岐阜県羽島市桑原町八神から対岸の愛知県中島郡祖父江町に達するもので、名古屋藩宿老毛利氏(八神城主)の登城のため設置された。』 と説明されているようです。(注釈:名古屋藩は尾張藩の別名、宿老は家老または古参の臣)
 
さらに調べると、この辺り(木曽川の下流エリア)は律令時代から美濃国(現岐阜県の南部)中島郡でしたが、1586年の大洪水で木曽川の流れが西方向へ移動したため中島郡は美濃国と尾張国にまたがる郡となり、江戸時代に入ると少し上流(木曽川右岸)に位置する葉栗郡とともに徳川御三家の筆頭である尾張藩の領地となりました。また、明治12年に木曽川右岸エリアが岐阜県の行政区画としての中島郡となり、明治30年に両群は羽島郡として統合され、昭和30年に旧中島郡のほぼ全エリアが羽島市として分離した経緯があります。ちなみに、羽島は葉栗の「ハ」と中島の「シマ」を組み合わせたものとのこと。
 
ついでに余談です。織田信長が舅(しゅうと)の斉藤道三(どうさん)と初めて会った場所は少し上流(濃尾大橋東詰の上流約200m)にあった「越(おこし)の渡し」に近い起宿(おこしじゅく、現一宮市越)にかつてあった聖徳寺(しょうとくじ)です。また、当ブログで11年前の記事で言及した松平容保(かたもり)は6kmほど南西(長良川と揖斐川に挟まれたエリア、現在の海津市高須)にあった高須藩松平家(注釈:江戸時代後半に尾張藩の支藩となった)の出身でした。
     

閑話休題。「魚勝」の入口にある引き戸を開けて土間に入り、左手の下足箱に履物を入れ、上り框(かまち)から右手へ向かいました。
 
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そこにある注文カウンターで先に料金は支払って番号札を貰うフードコート式のシステムになっており、予約客も並ぶ必要がありました。ちなみに、窓口の上に主なメニューを記載したパネルが掛けられています。
 
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1階の席は混み合っているようですから2階の席を選びました。
 
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2階の廊下からは池のある日本庭園を眺めることができます。
 
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我われが注文した料理は、話題の鯰(なまず)料理ではなく、「川魚の会席(かいせき)料理」と呼べる配膳形式の一汁三菜のコース料理で、昭和の料理スタイルを踏襲しています。ちなみに、発音が似ている懐石(かいせき)料理は茶道(さどう)から産まれたもので、茶の湯の際のメインであるお茶を頂く前にもてなされる食事を指します。

 

料理の詳細は写真で確認していただくとして、主な内容はお通し(小海老・魚の甘露煮など)・刺身(マグロ/サーモン/イカ)・牛鍋・海老塩焼き・鱒(ます)塩焼き・海老と野菜の天ぷら、鰻(うなぎ)の蒲焼、そして最後に飯・味噌汁・香の物、デザート(フルーツとケーキ)です。
 
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蒲焼の味が甘辛いのは名古屋(熱田)の「蓬莱軒神宮店」や「木曽路」の「ひつまぶし」と同様です。なお、料理の品数が多いため、食べ終えた時には満腹になっていました。

 

参考までに、トリップアドバイザー日本のサイトで羽島市のグルメランキングを確認すると636店中第2位でした。ちなみに、第1位には岐阜県(あるいは愛知県)のソウルフードである「味噌カツ」の店「たちばな」がランキングされ、第6位は10年前に同じ岐阜県の郡上八幡(現郡上市八幡)から長良川の清流沿いに岐阜県の最南端にある宝暦治水碑(河口まで約12km地点)まで辿(たど)った時に立ち寄った「なまずや 羽島分店」でした。

 

最後に、「魚勝」は近大マグロで有名な近畿大学が開発した「うなぎの味に近付けたナマズ」を仕入れているそうです。常時食べられるかは不明ですが、そのナマズ丼の価格は手ごろな1200円+税のようです。

 

住所: 岐阜県羽島市桑原町八神1799

電話番号: 058-398-8811

URL: https://s.tabelog.com/gifu/A2101/A210102/21001214/

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