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2019年3月 8日 (金)

汐留シオサイトを散策(その1) 1区B街区と1区C街区(東新橋一丁目)

銀座線新橋駅下車し、2番出入口を出て外堀通り(都道405号)と第一京浜(国道15号)の交差点を直進して昭和通り(都道316号)に入りました。ちなみに、写真では右手にシオサイトがあります。
 
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50mほど先、シオサイトの入口とも言えるシオサイト1区B街区に建つ超高層ビル「汐留シティセンター」(地上43階建、高さ約216m、2003年竣工)と「パナソニック東京汐留ビル」(地上24階建て、高さ約120m、2003年竣工)に南側と東側を遮られた広場に出ました。
 
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9年前の記事でも汐留エリアのビル街「シオサイト」を1区B街区→1区A街区→2区E街区の順に巡っていますが、今回はそのアップデート・拡大編です。

 

右手にあるのが「汐留シティセンター」で、左手が「パナソニック東京汐留ビル」、その手前に見えるクラッシクな外観をした建物が再現された「旧新橋停車場」と併設されているフレンチレストラン「汐留 BEER DINING LION」です。
 
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ちなみに、右手前に見える「汐留シティセンター」の低層棟1階にはポルシェオーナーとファンのためのハイクラスビストロ(高級レストラン)”The Momentum by Porsche”、その店名は「ポルシェによる推進力」を意味するのでしょう。店内はポルシェのブランドカラーである白と黒を基調としたモダンでスタイリッシュに内装がデザインされているそうです。

 

閑話休題。「汐留シティセンター」の敷地内(東側、昭和通り寄り)にある「旧新橋停車場鉄道歴史展示室」(10:00~17:00、入館無料)には9年余り前に立ち寄っていますが、記憶が曖昧(あいまい)になっていますから、もう一度入館することにしました。ちなみに、館内は撮影禁止です。
 
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2つの巨大なビルに囲まれている様子が良く分かります。
 
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それに、明治150年記念の企画展「NIPPON鉄道の夜明け」が2018年12月18日(火)→2019年3月3日(日)の期間限定で公開されています。
 
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「旧新橋停車場」の説明パネル
 
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入口の先、行き行き当ったガラス窓越しに「汐留 BEER DINING LION」の店内を見ることができ、左手へ進むと受付がありました。「旧新橋停車場鉄道歴史展示室」での見学順路は2階が先であるという係員の案内にしたがって螺旋階段を上がりました。 

 

2階フロアでは多数の展示用パネルが順路を示すように並んでいました。手前にはアメリカ合衆国東インド艦隊司令長官ペリー提督が日本における鉄道建設の切っ掛けを与えたことの説明と、ペリー提督が安政元年(1854年)に二度目の来航をした時に将軍へ献上したものの目玉品である蒸気機関車の模型(縮尺1/4のミニチュアモデル)が展示されています。陸揚げされた横浜で仮設されたレール上を実際に走行したそうです。余談ですが、日本人として初めて蒸気機関車列車に乗車したのはジョン万次郎で、この9年前の1845年にアメリカ西海岸の鉄道に乗車したそうです。

 

その他、諸藩が模型の機関車を製作したり、藩士を欧米に派遣して鉄道を学ばせたりしたこと、御用技術者を日本に招いて新橋-横浜間の鉄道建設の計画作りから建設工事の指導や運営上必要なことがらを日本に提供したことが詳しく説明されていました。鉄道施設ではお雇い技術者のイギリス人・エドモンド・モレルが、新橋駅と横浜駅はアメリカ人建築技師・ブリジェンスが設計したそうです。また、現在よりも海岸線が手前にあった品川の区間では東京湾が埋め立てられて軌道が設置され、多摩川にも鉄橋が掛けられましたから、国家的な一大事業だったのです。そして、明治時代らしくカラフルな絵図には日本ではじめて建設された鉄道が誇らしく描かれていました。

 

ジェームズ・ワットが蒸気機関車を完成させたのは1775年と言われていますから、日本が80年ほど遅れて明治5年(1872年)に新橋駅-横浜駅(現在の桜木町駅)間に導入したことになります。しかも、残念なことに国産ではなく、イギリス製の蒸気機関車を10台輸入して利用されました。6年前の記事で紹介したように、大宮の「鉄道博物館」にはその1台が展示されています。

 

蛇足ですが、ワットが完成させた蒸気機関車はその後50年間ほどほとんど改良されず、英国で蒸気機関車が導入されたのは、文政8年(1825年)、イギリスのストックトン-ダーリントン間に貨物鉄道を、文政13年(1830年)にはリヴァプール-マンチェスター間に旅客鉄道だったようです。つまり、実質的に40年ほど遅れて日本に導入されたといえます。

 

次いで1階フロアに下りると、半地下のように低くなった場所にある展示ケースには旧新橋駅跡からの出土品と思われる小物が展示してありました。

 

展示室を出てプラットフォーム側に回り込んでみました。10年前とまったく同じです。
 
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プラットフォームの遺構を見ることができることも同様です。
 
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「汐留シティセンター」の脇を抜けて「ゆりかもめの新橋駅」方面へ向かいました。
 
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前方に「ゆりかもめの新橋駅」と「日本テレビタワー」が見えてきました。
 
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行き当ったところで左手を見ると、「汐留シティセンター」(左)と「ゆりかもめ」(右)に挟まれて「電通本社ビル」(中)がありました。1区A街区で2002年に竣工したこの超高層ビルは地上48階建て、高さ約213m。
 
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横断歩道は100m以上も先にありますから、「ゆりかもめ」用に設置されているエレベーターを利用して駅改札口のレベルにでました。
 
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日本テレビタワー」(地上32階建て、高さ192m、2003年4月竣工)をすぐ近くで見上げました。日本テレビの本社機能とともに、スタジオ設備などによってテレビ放送の制作業務を行っているそうです。
 
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こちらは同じく地上レベル
 
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ペデストリアンデッキ(渡り通路)で「日本テレビタワー」方向へ歩きます。左手のビルは「日本テレビタワー」と同一プロジェクトで建設されたオフィスビルの「汐留タワー」(地上38階建て、高さ172m、2003年4月竣工)で、2004年度グッドデザイン賞の建築・環境デザイン部門を受賞したことで分かるように、汐留シオサイトにおいて一際目立つ存在です。ちなみに、上層階(24-38階)には三菱地所グループが展開するホテルグループ「ロイヤルパークホテルズ」に属する「ロイヤルパークホテル東京汐留」が入居しています。
 
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地上から上がるエスカレーターとマイスタとゼロスタがある低層テラスの「大屋根広場」
 
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宮崎駿氏がデザインした「日テレ大時計」
 
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(続く)

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