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2019年5月 9日 (木)

又吉直樹著「火花」を読む

文藝春秋社から2015年3月に発行された掲題の著作を読みました。同社の『文學界』2015年2月号にまず掲載されると現役の人気お笑いタレントが書いた純文学小説として話題を呼び、新人小説家の登竜門である第153回芥川龍之介賞(2015年上期)を受賞した中編小説です。(注、羽田圭介氏との同時受賞) 250万部を突破する超ベストセラーとなったこの作品を発行から4年が経過した今になって読もうと思った理由は特にありませんが、敢(あ)えていえば人気を博した作品への評価が大きく分かれたことに影響されて、読むタイミングを逸したことだと思います。
 

[あらすじ]
 

花火の観覧場所へ向かう人で賑わう熱海湾に面した沿道脇にある簡素な舞台の上で松永(主人公)とその相方のコンビ「スパークス」が漫才を披露しているが二人に気をとめる人は皆無である。後方の海では花火の爆発音が成りはじめたころに二人は舞台から降りて、控えとなる粗末なテントの中で最後のコンビ「あほんだら」とすれ違った時、その一人から「仇(かたき)とったるわ」との言葉を投げつけられた。「あほんだら」の漫才は大衆に喧嘩を売るような激しいもので主人公はそのコンビから目を離せなくなっていた。そして、「ギャラ貰ったから飲みに行けへんか?」と同じ人物が声をかけてきた。こうして知り合ったのが「あほんだら」の神谷(かみや)さんだった。東京で活動している僕は二十歳、大阪の大手事務所に所属する神谷さんは二十四歳。僕はなぜか型破りな神谷さんに弟子にしてくださいと頭を下げた。
 

会う機会がほとんどない二人は携帯電話で近況を伝えあうようになった。熱海の花火大会から一年が過ぎたが、「スパークス」は小さな劇場に出演するため、月一度のネタ見せと呼ばれるオーディションを受ける日々が相変わらず続いていた。それでも、少しずつ劇場での出番が増えていくに伴い、他事務所のライブにも呼ばれるようになり、劇場に足を運んでくれる人達に名前を憶えてもらえるようになった。そのころ、神谷さんが拠点を東京に移すことになる。劇場システムから零(こぼれ)れ落ちた人と同様に新天地を求めて東京に出てくることになったのである。周囲と上手く関係を築くのが不得意のようだ。
 
その神谷さんからのメールで私は住まいがあるという吉祥寺へ向かう。吉祥寺駅で落ち合った二人はいつの間にか井の頭公園に向かう人達の列に並んでいた。神谷さんは公園で太鼓のような細長い楽器を叩いている若者が気になったのか、やおら絡み始めた。それでも雨が降ってきたことで珈琲店に場所を変えると、神谷さんが漫才に関する持論を長々と展開する。
 
それから吉祥寺で毎日のように二人は会うようになった。そんなある日、泥酔した僕を神谷さんは家に誘った。押し問答の末、僕は神谷さんの後をついて行くと、吉祥寺通りを抜けてトラックばかりが通過する青梅街道を突っ切って富士見通りと中央通りから「西武鉄道 上石神井駅」前のロータリーに出た。神谷さんの住いは吉祥寺ではなかった。二人が着いたのはとあるアパートで、「真樹」という女性が住む部屋である。神谷さんはこの部屋に転がり込んでいるようだ。
 

年が明けて間もない頃、珍しく神谷さんから渋谷に呼び出された。スクランブル交差点を横断して、宇田川交番の近くにある居酒屋で女性たちと待ち合わせているようだ。男女が出会う飲み会に参加するのが初めての僕はかなり気遅れ(注、気後れとも表記)していた。神谷さんは僕や真樹さんと一緒にいる時よりも少し明るいように見え、飲み会は神谷さんの独壇場だった。井の頭線の終電近く、二人は吉祥寺へ向かった。下北沢と明大前で多くの人の乗降があり、永福町でも。吉祥寺に着いた二人は北口を出て、神谷さんの誘いで「ハーモニカ横丁」へ行く。
 

子供の頃からテレビで見ていた大師匠の訃報を聞いて僕はすぐにネタ合わせがしたくなって、高円寺の自宅から程近い公園に相方の山下を呼び出した。ネタを考えながら口で合わせる時は新宿の喫茶店。実際に立って合わせる時は、この公園が多かった。取りあえず、次のオーディションでやる予定のネタを合わせてみたが、あまり上手く行かない。繰り返し何度もやってみたが、いつも以上に噛み合わない。お互いのテンポがまるで合っていないのだ。いつまで経っても僕達には自分達のリズムというものが見つからないのだ。そして二人は言い争いになる。(以下省略)
   

[読後感]
 

著者の又吉直樹氏は大阪府寝屋川市(北河内)出身のお笑いタレントで、相方の綾部裕二(茨城県古河市出身)とお笑いコンビ「ピース」を結成して活躍(現在は活動休止中)。又吉氏の生い立ち(大阪府出身)とお笑いタレントとしての経歴が十二分に反映された小説だといえるでしょう。
 

本書の特徴となっているポイントを私なりに列挙すると、①一人称で書かれている、②多用される関西弁(大阪弁)による芸人同士の会話を通して人物描写と心情表現が行われる、③芸人である著者の考え・心情を登場人物に語らせている、④豊富な語彙(ごい)と長文を自由に操る優れた文章力で書かれている、となりますが、これらの特徴が中編小説「火花」の評価を二分させているともいえるでしょう。特に、④の文体が芥川賞に相応しい水準であるか否かを疑問視する意見があるようです。
 

しかし、純文学に馴染みのない私はその文体の是非についてコメントすることはできませんが、②と③はこの作品の大きな魅力であると感じました。また、エンディングへと至る後半のストーリー展開も著者の並々ならぬ才能を反映していると思いました。乱暴な意見ですが、私には「火花」が上方漫才の手法を用いて書かれた中編小説のように思われてなりません。
 
題名が「火花」であることも私の心に引っ掛かりました。冒頭の場面と最後の場面はともに熱海の「花火」大会を背景としていることから「花火」で良かったのではという疑問です。一方、主人公「徳永」が結成していた漫才コンビの名は「スパークス」(火花)で、こちらは「ぱっと出てぱっと消える」ことを意味しており、この漫才コンビの行く末をそのまま予言しています。ちなみに、報道によればこの題名は文学界の編集部サイドから提示されて、又吉氏が気に入って受け入れたものだそうです。つまり、この小説に出てくる芸人は花火の中の1つの火花みたいな存在という意味があるそうです。
 

又吉直樹氏の「火花」は芥川賞よりも直木賞のほうが相応しいのではないかと思った私は第二作の中編小説「舞台」も読んでみることにしました。
   

[参考情報]
 
公益財団法人日本文学振興協会のhpによると芥川賞と直木賞は次の通り説明されています。
 

芥川賞(正式には芥川龍之介賞)は文藝春秋の創業者・菊池寛(明治21年~昭和23年)が、友人である芥川龍之介(明治25年~昭和2年)の名を記念し、直木賞と同時に昭和10年に制定しました。雑誌(同人誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編小説のなかから、最も優秀な作品に贈られる賞です。
 

直木賞(正式には直木三十五賞)は同じく友人である直木三十五(明治24年~昭和9年)の名を記念し、芥川賞と同時に昭和10年に制定しました。新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本(長編小説もしくは短編集)のなかから、最も優秀な作品に贈られる賞です。

 

少し噛み砕いて説明すると、両賞はそれぞれ純文学と大衆文学の作品を対象としている点に違いがあります。また、前者は「芸術性」と「形式」を重んじる小説で、主に文章の美しさや表現鵜の多彩さが評価され、後者は「娯楽性」と「商業性」を重んじる小説で、読んで楽しいと感じるエンターテイメント小説とされます。また、対象なると作者については、前者が無名~新人であり、後者は無名~中堅と微妙に異なり、両賞を同時に受賞することはできません。

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