« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

2019年6月

2019年6月30日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その17) フロム鉄道の車窓風景とショース滝(前編)

海抜57mのヴォス駅からほぼ東方へ約50km(約50分)走行したベルゲン鉄道の電車はほぼ定刻に海抜866mのミュルダール駅に到着。800m以上も高度を上げたことになりました。次は同じホームの反対側に停車するフロム鉄道の列車に乗る迫力ある山岳列車旅です。
 
201906010424
 

フロム鉄道の列車にはクラシックな客車(B3型)が接続されていました。ちなみに、客車に大きく書かれた"Flomsbana"はノルウェー語でフロム鉄道を意味します。
 
201906010422
201906010421
  
乗り込んだ車両に設置された案内用ディスプレイにはノルウェー語と英語とともに日本語モードもありました。それによると、フロム鉄道は世界でも有数の急勾配があることで知られ、フィヨルド(海抜0m)に面したフロム駅(海抜2m)から山岳地帯にあるミュルダール駅(海抜866m)まで20.2kmの景観の変化の大きさに人気があるそうです。ちなみに、我々が乗る列車はフロム駅へ向かって20のトンネルを抜けながら864mも降ることになります。最大傾斜は1:18(55パーミル)。
   
201906010425
201906010426
201906010428
  
1940年に運行が開始(1944年に電化)し、現在は、側面に絵が描かれたドイツ製EI17型機関車が6両の客車を牽引しています。確認はできませんでしたが、後方にも同型の機関車が接続されたプッシュ・プル方式になっており、接続したままで折り返すことができるようです。
 
201906010429
 
客車の座席はミュルダール駅方向に向いた座席が2席とフロム駅方向を向いた座席が3席(横に5席)でした。ただし、座席の向きは変えられませんので、後ろ向きの座席が苦手な同行者とともに3席側に着座することに。
 

出発するとほどなく右手に大きな湖が現れました。
 
201906010430
 
その反対側(左側)には崖から深い渓谷へ流れ落ちる滝が見えます。
 
201906010433
 
左へ大きくカーブした時、右側にその渓谷を見下ろすことができました。その右手にはフロム鉄道の線路とトンネルも確認することができます。
 
201906010434
 
ミュルダール駅を発車して数分後に小さなトンネルを抜けて到着したショース滝駅(Kjosfossen、海抜630m)では最大落差が225mもあるショース滝がありました。衛星地図で確認すると、先ほどの湖の一番低い場所にある崖を流れ落ちる大量の水がショース滝(Kjosfossen)となっているのです。
 
201906010437
201906010439
 
鉄製のプラットフォームへ下りると自由落下距離93mのショース滝が迫力で迫りました。
 
201906010444
201906010445
201906010443
 

プラットフォーム上はショース滝を見ようとする人たちで溢れました。滝の右手に通路のようなものが見えますから、滝口付近まで行けるのかもしれません。
 
201906010446
 

進行方向にもあるトンネルの上にそそり立った岸壁にも小さな滝があります。
 
201906010447
 
その時、音楽が鳴り始めました。何事かと思っていると、滝の右手の崖に赤いドレスを着た金髪の女性が現れて踊りはじめました。
 
201906010449
201906010450
 
姿が見えなくなったと思うと滝のすぐ近く、石垣の脇に現れ、
 
201906010451
 
次は石垣の上に移動
 
201906010452
 
そして、最初の位置に戻ると、パフォーマンスが終了しました。
 
201906010453
 

滝の飛沫(しぶき)が降りかかる中、足場が濡れた場所で激しく踊る姿にはインパクトがありました。フロム鉄道の魅力の一つと言えるでしょう。(続く)

2019年6月29日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(その16) ベルゲン鉄道の車窓風景

この日には、今回旅行におけるノルウェーでのハイライト、鉄道旅(ベルゲン鉄道とフロム鉄道の2路線、各50分から1時間)と世界遺産ネーロイ・フィヨルドのボート・クルーズが予定されています。
 

人影が疎(まば)らなヴォス(Voss)駅のプラットフォームで午前10時発の列車を待っている間に10台ほどの観光バスが到着して、プラットフォーム上に観光客が溢れました。
  

午前10時発ミドゥラル行き列車は5分前に入線。見るからに最新鋭の電車です。銀色と赤のツートンカラーですから、2001年に導入された”Type73b型”(愛称;NSBインターシティ、最高速度;210km/h、振り子式技術を採用)でしょう。1号車にある”NSB”の文字はノルウェー国鉄の略です。ちなみに、オスロ-ベルゲン間のNSBインターシティ(別名;ベルゲン急行)には銀色と青色のツートンカラーの電車である”Type73型”と電気機関車が牽引する客車編成の”Type7型”(時速160km/h)もあるようです。
 
201906010400
 

我われが乗車するのはかなり後ろの4号車。ちなみに、この電車は6両編成のようです。
 
201906010402
  

乗車口と反対側のドアの上にはベルゲン(Bergen)からミュドラール(Myrdral)までの駅名を表示した簡単な路線図が掲示してありました。
 
201906010403
 
車内はベージュ色を基調としてオレンジ色があしらわれて明るい雰囲気が演出してありました。座席は横一列に5席(2+3)。天井に取り付けられたディスプレイには各駅の到着予想時間が表示されていています。終点のミュドラール駅には10時51分。ちなみに、文字が小さくて見にくいのですが、"Avgang"はノルウェー語で「出発・発車」を、"Utgang”は同じく「出口」を意味します。
 
201906010404
 

列車はほぼ定刻の午前10時3分に動き始めました。車窓からヴォスの家並みが見えました。南側の座席に座ったため、ガラスへの写り込みが生じてしまいました。
 
201906010405
201906010406
  

青空が広がりはじめました。天気を懸念することはなかったようです。
 
201906010407
 
列車は雄大な自然の中を地形にしたがって大きく蛇行しながら快走します。車窓から見る風景を主観を交えないで簡単に紹介します。
 
201906010408
201906010409
 

高度が上がったようで、山頂付近に残雪が見え始めました。
 
201906010410
201906010413
 
渓谷の急流
 
201906010411
201906010412
201906010414
201906010415
 

岩山が近づき、細長い湖も目立ち始めました。
 
201906010416
201906010417
201906010418
201906010419
201906010420
 
(続く)

2019年6月26日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その15) ウルヴィックからフィヨルドツアーの基点ヴォスへ

午前7時近くになるとレストランの入口付近には長い列ができましたが、前日の夕食と同様に予約席となっていますから慌てる必要はありません。朝食も前日の夕食と同じビュッフェ形式です。
 

午前8時45分、専用バスに乗車してホテルを出発。最初の目的地はベルゲン鉄道(ノルウェー鉄道庁のベルゲン線)のヴォス(Voss)駅で、ソグネ・フィヨルドやハダンゲル・フィヨルドへの中継駅(基点、ベースポイント)になっています。ちなみに、この路線は首都オスロと第2の都市ベルゲンを結ぶノルウェーの主要鉄道(全線単線・電化、路線長489km、所要時間約6時間半)です。
 
201906010376_20190624132401
 

ホテル前の浮桟橋に係留されていた水上飛行機が白い航跡を残しながらゆっくり移動しているのが見えます。
 
201906010378
  

ウルヴィック・フィヨルドの折れ曲がった最深部を抜けて前日とは反対方向に走行します。
 
201906010379
201906010380
 

その時、上空でエンジン音が聞こえてきました。水上飛行機が離水したようです。慌ててカメラの電源を入れましたが、撮影できたのはその小さな後姿だけでした。
 
201906010381
 

ウルヴィック・フィヨルドとオサ・フィヨルドの合流点付近を通過
 
201906010382
 

エイド・フィヨルドに架かる国定景勝道路(RV)13号の吊り橋が見えてきました。
 
201906010383
201906010385
 

地方道路572号がトンネル内に入ると珍しい光景がありました。トンネル内にラウンドアバウトがあるのです。前日、通過した時にはスケジュールなどを確認していて気づきませんでしたが、国定景勝道路(RV)13号にヴァラビックトンネル(Vallavik)内で合流する目的で造られたのです。
 
201906010386
201906010388
201906010389
 

長いトンネルを抜けると左手に大きな湖(Nesheim)が現れました。湖畔には小さな集落が確認できます。
   
201906010390
 

ウルヴィックのホテルを出発して約45分後(午前9時30分ころ)にホルダラン県のヴォス(Voss)に到着。駅前広場で専用バスを降りてヴォス駅へ向かいました。雨はすっかり止んでいました。駅の隣接地でビルが建設中であるためか仮設の歩道橋が設置してありました。
 
201906010391
 
一段高くなったところに列車の線路があります。
 
201906010392
 

プラットフォームに上がりました。ちなみに、欧州の鉄道駅ですから改札口はありません。建設中のビルの先から列車の架線と交差するように上方へ伸びるワイヤがあることに気づきました。
 
201906010393
  
下から見上げるとロープウェイの駅のようです。
 
201906010394
 
ネット検索で調べると、標高660メートルのハングレン山の頂上まで5分ほどで到着できるロープウェイでした。しかし、ゴンドラの姿がなく、ワイヤも緩んでいるように見えます。ワイヤの張り替え工事のために運休しているのかもしれません。
 
201906010395
201906010399
 
プラットフォームの前方へ移動すると反対側にもプラットフォームがあることが分かりました。ベルゲン鉄道は全路線が単線(標準軌道)ですから、主要駅であるヴォス駅では上りと下りの列車がすれ違うようです。
 
201906010396
201906010398
 
午前10時発のミュルラール駅(Mydral)行き列車を待ちました。ソグネ・フィヨルドから分岐するオーランド・フィヨルドの最深部にあるフロム駅(Flam)へ至るフロム鉄道との乗り換え駅です。
 
201906010397
 

ちなみに、ヴォスはフィヨルドクルーズの基点であり列車やバスの中継地点となる町(人口約1.4万人)です。今回はバスから列車に乗り換えるだけで、観光する余裕がありませんので、参考情報としてヴォスの観光案内サイトにリンクしておきます。
 
北欧旅行の3日目が始まったところで投稿を小休止します。
(続く)

2019年6月25日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その14) ハダンゲル・フィヨルド地区(ウルヴィック)のブラカネス・ホテルに宿泊(後編)

荷物の整理と確認を終えた後は同行者を誘って朝の散歩に出かけることにして、最寄りの階段でフロント・ロビーに下りて、正面エントランスから外に出てみました。
 
201906010356
 

残念ながらこちら側(北側)も曇天でした。地面が濡れていますから、夜中に少し雨が降ったようです。しかも、この時は霧雨が降っていため、朝の散歩は急遽取りやめにしました。
 
201906010351
 

朝食が始まる午前7時まで1時間ほどありますから、朝の散歩に替えてロビーに続くサンルーム(コンサバトリー)で過ごすことにしました。セルフサービスですが無料でコーヒーと紅茶が提供されています。
 
201906010374
201906010352
    

ロビーとサンルームの間には年代物と思われる糸車が
 
201906010355
 
乾燥させた木の枝と松葉ぼっくりなどで作られたオブジェには小鳥が飾られています。
 
201906010357
 

サンルームの窓越しに見えるウルヴィック・フィヨルド
 
201906010359
 

紅茶を飲み終えた私は周辺の地図でホテルの場所(緑色のピン)とフィヨルドの形を再確認しました。ちなみに、黄色のピンはこの日に列車に乗るヴォス駅を示しています。
 
201906010363
 

同行者は絵葉書を手にして、『ここへも行きたいわ!』 と言います。ネット検索で調べてみました。左の絵葉書はノルウェーの南西端(ベルゲンから南へ約150km)、ローガラン県イェラグ山ある奇岩で、2つの岸壁に挟まれた丸い巨岩「シェラーグボルテン」。絵葉書でも確認できるように人が乗ることができるそうです。ただし、リーセフィヨルドに近いこの巨岩の下には984mの空間が・・・。右側の岩が突出した自然の見晴らし台は同じローガラン県のスタバンゲル(Stavanger)に近いリーセ・フィヨルド(Lysefjorden)にあるようです。ちなみに、この崖はディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」でアナたち落ちた崖のモデルとされるようです。
 
201906010361
 

朝食は前日の夕食と同じレストランでブッフェ形式です。私は控えめの内容ですが、同行者はヨーグルトをたっぷりと。
 
Img_0686
Img_0693
  
朝食後、私は雨を気にしながらサンルームからフィヨルドの近くまで出てみることにしました。
 
201906010353
201906010365
201906010367
201906010368
 
フィヨルドの上にはわずかですが青空が覗(のぞ)いています。この日のフィヨルド・クルーズでは好天が期待できるかもしれません。
 
201906010370
  

振り返って見たブラカネス・ホテルのウルヴィック・フィヨルドに面した南面です。微妙な傾斜地に建てられたため、右半分にはホールより1階下にも客室があることが分かりました。
 
201906010366
201906010369
 
浮桟橋への足を伸ばしました。
 
201906010364
 
水上飛行機の近影
 
201906010371
 
右手の岸辺には新しい施設ができるようです。
 
201906010373
 
(続く)

2019年6月24日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その13) ハダンゲル・フィヨルド地区(ウルヴィック)のブラカネス・ホテルに宿泊(前編)

外の景色を楽しんでいるうちにチェックインが完了。宿泊する部屋は1階(日本の2階)にあるロビーから時代を感じさせるエレベーターで1階分だけ上がった303号室です。ちなみに、荷物がなければロビーから続く階段を上がればすぐ部屋にアクセスできて便利な場所にありました。
  
201906010375  
201906010332
201906010333
 

4つ星ホテルだけあってバスタブが設備されています。
 
201906010334
 

3階(日本の4階)の窓から見るウルヴィック・フィヨルド
 
201906010330
201906010329
201906010331
 

午後7時30分からホテル内のレストランで夕食(ブュッフェ形式)でしたが、何組もの団体客が到着したため、大きなレストランもほぼ満席の状態。人気があることが良く分かるホテルです。
 

フィヨルドを正面に見ることができる3階の自室で絶景を3時間近く楽みました。
 
201906010335
201906010336
201906010337
201906010338
  

午後11時と言うのに外はまだ薄暮状態ですから厚手のカーテンをしっかり閉じて就寝することにしました。この日の総歩数は12,233歩です。
 
201906010340
 
天気予報では翌日雨天と伝えられていましたので、空が白み始めた午前4時頃に起床。カーテンを開けると前夜と同様の曇天で、雨は降っていないことに安堵しました。
 
201906010341
201906010343
201906010344
201906010345
 

ベランダにある椅子席からはロビーに続くサンルームがすぐ下に見えます。
 
201906010346
 

雲の状態は刻々変化して、視界が少し悪くなったようです。
 
201906010347
201906010349
 

この日は船でフィヨルドをクルーズする予定が入っていますから気が気ではありません。20年前(1999年4月)にニュージーランドの南島にあるフィヨルド「ミルフォート・サウンズ」ではボート・クルーズが風雨に祟(たた)られたことが思い出されます。次の写真はその時に撮影したものです。
 
Photo_20190623133301
 
(続く)

2019年6月23日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その12) ベルゲンからハダンゲル・フィヨルド地区へのバス旅(後編)

Stainsvegen”を出発して主要道7号を10分ほど走行するとハダンゲル・フィヨルド沿いに出ました。
注釈;全長は179kmあり、ノルウェーで2番目、世界で3番目の規模を誇る
 
201906010303
 
ハダンゲル・フィヨルド沿いに東進する主要道路7号でウルヴィック(Ulvik)へ向かいました。
 
201906010304
201906010305
201906010306
 
ハダンゲル・フィヨルドから分岐したフィヨルドに架かる吊り橋を渡りました。
 
201906010307
 
主要道路7号はハダンゲル・フィヨルドから分岐するグランヴィン・フィヨルドに沿って北東方向へ続いています。
 
201906010308
201906010309
201906010310
 
山の上から水が流れ落ちています。
 
201906010314
 
Granvin”で国定景勝道路(RV)13号に入ってエイド・フィヨルド方面へ向かい、地方道路572号へそれると、右手後方にRV13が通る吊り橋が見えました。いよいよこの日の目的地が近づいたようです。
 
201906010315
 
エイド・フィヨルド沿いに進みます。
 
201906010316
201906010318
 
エイド・フィヨルドから分岐するオサ・フィヨルドへそれる場所に出ました。
 
201906010319
 
さらに左手に分かれるウルヴィック・フィヨルド沿いに進みます。
 
201906010320
 
前方に集落が見えてきました。
 
201906010322
201906010323
 
ハダンゲル・フィヨルド地区内にあるウルヴィック・フィヨルドを間近から見ることができるブラカネス・ホテルBrakanes)に午後6時半すぎに到着しました。1952年に開業した4つ星ホテル(全143室)です。正面エントランスは一段高くなった車寄せよりもさらに高くなっているため、風格があるファサードを演出しています。
 
201906010324
201906010327
201906010328
 
このホテルはフィヨルド側へ傾斜した敷地に建っているため、1階(日本の2階)にあるホールの先にあるサンルームを抜けると前庭に出ることができます。緩やかな下り坂を10m余り歩くと、フィヨルドの最深部に造られた桟橋に出ることができました。ちなみに、最深部にあるオサ・フィヨルド沿岸のオサは数km東にあります。
 
201906010325
201906010326
   
(続く)

2019年6月22日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(その11) ベルゲンからハダンゲル・フィヨルド地区へのバス旅(前編)

ブリッゲン地区を約1時間散策した後は、ベルゲンから専用バスでハダンゲル・フィヨルド地区へ(150km、約3時間)の長距離移動です。ヴォーゲン湾沿いの道を進むと、湾の入り口付近にある大型客船用埠頭の近くを通過しました。
 
201906010273
 

ネット検索で調べると、ベルゲンに近いフィヨルドを巡るクルーズ、ノルウェーの海岸線を巡るクルーズ、そしてヨーロッパ諸国の主要都市に寄港する国際クルーズなど多彩な船旅があるようです。
 

首都オスロへ向かう欧州自動車道路E16に入って北上しました。
 
201906010275
 

ほどなくE16はソル・フィヨルド(Sorfjorden)沿いに出ると進路を東に変えました。
 
201906010276
 

ソル・フィヨルドに架かる吊り橋
 
201906010277
 

ソル・フィヨルドに沿ってE16が続きます。
 
201906010280
 

主要道7号にそれて峠のような小高い場所を通過
 
201906010281
 

ベルゲンから約1時間半、Stainsvegenにある巨大な「ステインス滝」(Steinsdals)にトイレ休憩を兼ねて立ち寄りました。川沿いにある駐車場(無料公衆トイレ有)に専用バスが駐車。
 
201906010282
201906010300
 

「ステインス滝」の案内パネルには、『この滝ができたのは幸運な事故に由ります。17世紀末まで川は現在滝がある場所の西を流れていました。しかし、1699年の洪水により農場が甚大な被害を受けましたが、古い川の流路は大量の雪または雪崩によって遮断されてしまったため、水は崖を超えざるを得なくなりました。19世紀に入ると観光地として注目されるようになりました。(中略)1890年ごろの写真には木製の橋が写っています。1910年頃の写真には滝の脇にある園亭と観光客を待つ小型馬車が写っています。1930年には自動車が 「ステインス滝」へ来るための交通手段になりました。(以下略)』 とあります。
 
201906010289
 

「ステインス滝アーチ橋」の説明パネルには、『このアーチ橋は1908年に建設されました。長さが32m(アーチのスパンは24.45m)、道幅は3.75m。(以下略)』
とあります。
 
201906010287
 

滝まで徒歩で向かいました。
 
201906010288
201906010302
201906010301
201906010290
201906010292
   

滝の裏側を通り抜けることができます。
 
201906010294
 

流れ落ちる大量の水
 
201906010296
 

駐車場とその手前にある店舗が眼下に
 
201906010297
 

近くにある小さな牧場には羊たちが草を食んでいました。
 
201906010299
 

(続く)

2019年6月21日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その10) ベルゲンの世界遺産「ブリッゲン」を散策する

その先にある埠頭(ふとう)のような場所に建つ建物は1899年に創業した老舗バーの”Jack’s Country Saloon”になっており、欧州らしいオープン・テラスは観光客で賑わっています。
 
201906010245
 
埠頭脇にこの立て看板を見かけました。ヴォーゲン湾沿いにあるモニュメントの説明のようです。
注釈; “Vagen””a”には小さな○印が付いています。これは北欧3か国で用いられる文字で、「ア」よりも「オ」に近い発音となる
 
201906010247
 
左上にある”SHETLAND-LARSEN”の説明文は『第二次世界大戦中、ナチズムに対する抵抗と北海において極めて重要な役割によって高く評価された海軍士官”Leif Larsen”への賛辞』
注釈;ベルゲン出身者、ナチスドイツに侵攻されたノルウェーからの脱出ルートを構築、”SHETLAND”はスコットランドにある基地名
 
左下にある”NORDSTJERNEN(THE NORTH STAR)”の説明文は『第二次世界大戦中、商船と海軍において海での勤務中に戦死したベルゲン出身の515名の水夫たちへの賛辞』
 
右横の”MINEBOSSEN(THE MINE DONATION COLLECTOR)”の説明文じゃ『戦傷水夫と戦没者の家族への寄付および第一次世界大戦中、ベルゲンを168隻の船が出発した時、海での勤務中に戦死したベルゲン出身の水夫292名への賛辞』
 
「ブリッケンン」が近づきました。その前の埠頭には多数の船が停泊しています。
 
201906010248
 
遠くには軍艦、帆船(はんせん)、そして大型豪華客船も見えます。
 
201906010249
 
ヴォーゲン湾東端の角、変則的な交差点に出ました。カラフルな外観の建物が魅力的です。
  
201906010251
 
その左手にある遠目には教会のように見えた建物はレストランの“Egon Kjottbasaren”です。ほぼ満席のテラス席が確認できました。
 
201906010250
 
ベルゲンで最も古い木造建築(3階建)とされるハンザ博物館が改修工事中で見られないことは残念ですが、「ブリッゲン」の木造商館群が目の前に現れました。
 
201906010252
  
地上階(0階)がショップ/レストラン/ギャラリーなどになっている建物は間口が狭いのですが、航空写真で確認すると、奥行きが異常に長い京町家風なのです。つまり、当時は前面(埠頭に近い)部分が倉庫として使われ、その奥には事務所と住宅エリアになっていたそうです。
 
201906010253
 
来し方を眺めると、バー”Jacks Country Saloon”が入る建物は意外と大きく、レストランなど多数の店舗があるようです。
 
201906010254
 
「ハンザ博物館」の湾側にあった説明パネルです。バーコードが付いていますから、詳しい説明を読むことができるのでしょう。西洋史オタクの私とは違って「ハンザ同盟」は同行者の関心事ではなさそうですから、長居しないでスルーすることに。 
注釈;「ハンザ同盟」は中世後期(13-16世紀)に北海とバルト海沿岸のドイツ諸都市が中心になって結成した経済的同盟体。ハンザとは元来「商人仲間」を意味する。ベルゲンの中心部(旧市街)であったブリッゲン地区は14世紀に加盟。
 
201906010255
 
このモニュメントは形状から見て前述の”MINEBOSSEN(THE MINE DONATION COLLECTOR)”だと思われます。
 
201906010259
 
「ブリッゲン」の建物群(続き)の写真をさらに3枚
 
201906010256
201906010260
201906010265
  
小型の軍用船が近づいてきました。
 
201906010262
 
その先にあるこちらの大きな軍艦(フリゲート)の船尾にはスカンジナビア十字をあしらった竿(さお)側からから遠い部分が燕尾形(えんびがた)をしたノルウェー国旗が掲げてあります。海上で使用したり、公館庁が掲げたりする場合の国旗で、十字がバランスよく見えるように竿寄りに十字の交点があるデザインです。
 
201906010261
201906010264
  
このエリアの建物群も同じファサードですが比較的新しいもののようです。
 
201906010265
 
帆船越しに見る対岸風景
 
201906010269
201906010266
 
土産物店を何軒も梯子をして「ご当地パッチ」(いわゆるワッペン)を探し回りましたが見つけられず、購入したのはコーヒーマグだけになりました。1時間しかない自由時間の終わりが近づきましたので、集合場所である「ブリッゲン」の西端にある「ラディソンBLUロイヤル・ホテル」に近いベンチで休憩することにしました。テラス席のすぐ隣です。
 
201906010272
201906010271
 
同行者はアイスクリーム店で選んだソフトクリームに舌鼓を打っています。
 
201906010270
 
ベルゲン市街地を展望するにはケーブルカーでフロイエン山(標高425m)の山頂へ上がる(所要時間約4分)と良いのですが、15-30分間隔で運行されているようですから、1時間の自由時間では余裕がありません。しかも、この日は曇天で山頂付近を見ることができませんから、山頂からの眺望は期待できそうにもありません。その景色は「ベルゲン観光情報」のサイトで見ることができます。(続く)

2019年6月20日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その9) ノルウェー第2の都市ベルゲンと魚市場の賑わい

ベルゲン・フレースランド空港のターミナル内(到着ロビー)から見える景色
 
201906010217
 

到着出口とバゲージクレームへ向かいます。
 
201906010221
 

空港とベルゲン市を結ぶベルゲンライトレール(トラム)のフレスランド駅
 
201906010222
 

先ほど遠目に見た“BERGEN ?”の文字が真正面に現れました。
 
201906010223
 

専用バスに乗車してベルゲン市街地へ向かいます。ちなみに、ベルゲン市はノルウェー西岸ヴェストラン地方にあるホルダラン県の都市(基礎自治体)です。注釈;ノルウェーには19の県がある
 
201906010224
 

ベルゲンはノルウェー南西部、人口約28万人の港町。1070年にオーラフ国王によって建設された町で、13世紀にはノルウェーの首都となり、14~17世紀はハンザ同盟の交易都市として栄えました。現在は貿易と漁業に加え、フィヨルド観光の玄関口、ベルゲン沖の北海油田の開発基地として発展しているそうです。
 

東方向へ走ってベルゲンライトレールと立体交差
 
201906010225
 

専用バスは緩やかに左へカーブする道路を走行しながら小さな町を通過しているようです。
 
201906010226
201906010227
  

北方向へ進路が変わってフィヨルドの脇に出ました。山の斜面にまで住宅が立ち並んでいます。
 
201906010228
 
空港を出発して約25分でベルゲン市街地に入りました。前方に港町の雰囲気が漂いますから、ベルゲンの中心地である世界遺産のブリッケンン地区に到着したようです。前方に見えるのは魚市場で、左手がヴォーゲン湾でしょう。
 
201906010231
 

ヴォーゲン湾の南側で専用バスを降りたあとは自由行動です。湾岸に建つ建物の裏手(ヴォーゲン湾側)に有料の公衆トイレがありました。我われは利用しませんでしたが、クレジットカードが使えると聞いて、その仕組みを見学するために立ち寄ったのです。各ドアにはにカード情報を入力する設備が備えられているのは不思議な光景でした。ちなみに、場所柄を考えて写真撮影は控えました。
   
対岸(湾の北東側)に北欧らしい尖がり屋根の建物が約300mの範囲に並んでいます。写真で見た通りのブリッケン(世界遺産の木造家屋群)です。ちなみに、ディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」(2013年公開)ではこのブリッケンがアナたちが住むアレンデール王国の街並みのモデルになったといわれています。(出典:TapTripの記事Naverまとめの記事
 
201906010232
201906010233
  
ブリッケンンへ向かうためヴォーゲン湾の周りを反時計回りに歩きました。湾の南東端にある大きな建物のガラス戸に書かれた“FISKETORGET”はノルウェー語で「魚市場」です。ガラス張りのモダンな「新魚市場」内には多数の店舗が並んでいました。ちなみに、上階には観光案内所と両替所などがあります。
 
201906010236
201906010237
201906010238
  

岸壁に沿って左に折れたところに昔ながらのテントが並んでいました。現在は魚市場と食堂がミックスしたカジュアルな場所になっています。
 
201906010240
201906010241
201906010242
201906010243
201906010244
 

飲み物のようなものが並ぶ店にはなぜか”Reindeer”(トナカイ)、”Whale”(クジラ)、”Moose”(ヘラジカ)の大きな写真があります。ノルウェーらしい動物ばかりですから、これらは人寄せ用の看板代わりでしょうか?
注釈; 「トナカイ」は鹿科で唯一雌雄ともに角がある。走行能力に優れているため、サンタクロースのソリを曳く動物として知られる。「クジラ」については良く知られるようにノルウェーで商業捕鯨が行われている。また、「ヘラジカ」は鹿科に属する大型動物で、ユーラシア大陸と北米の北部に生息しており、英語では生息地に応じて"elk"と"moose"と呼び分けられる
 
201906010246
 

(続く)

2019年6月19日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その8) コペンハーゲン空港からノルウェーのベルゲン・フレースランド空港へ

午前11時10分、SK2864便(ベルゲン行き)の 搭乗が始まりました。先ず優先者、次いで座席1-19列(ボーディング・ブリッジを利用)。座席が28列(階段を利用)の我われは搭乗順が最後です。
 
201906010192
 

B9ゲートのセルフ・ボーディング・ゲートを抜け、左手の階段を下りてエプロンに出ました。SK2864便の機材はエアバス社製A320-251N(座席数約180、2016年10月登録)。
 
201906010193
 

尾翼に近いドアに掛けられた乗降用階段(タラップ/オランダ語:trap)を上がります。機体の垂直尾翼には”SAS”の文字があり、胴体の上部にはスカンジナビア航空の主要拠点があるデンマーク/ノルウェー/スウェーデン(スカンジナビア諸国)の国旗を簡略化したものが描かれています。
 
201906010194
 

余談です。この3か国の国旗は色遣いが異なるだけで同じスカンジナビア十字(交点が左寄りの横長十字、ノルディック・クロス)です。これは人種的に同じ北ゲルマン系であり、言語もゲルマン系であり、過去(14-16世紀)には同君連合(デンマーク・ノルウェー・スウェーデン連合国家)を構成していた背景があるからでしょう。ちなみに、フィンランドも同じデザインですが、人種と言語が異なります(起源には諸説がある)。ただし、650年間もの長きにわたってスウェーデンの支配下(スウェーデン・フィンランド連合国家)にあったことで文化的には国境を接するロシアよりもスカンジナビア諸国に近いようです。なお、スカンジナビア諸国のみならずヨーロッパン諸国の歴史において重要な存在であるヴァイキングについては後述します。
 

SK2864便(A320)の機内(キャビン)は中央の通路を挟んで左右に3席ずつ並んでいます。 
 
201906010198
 

各座席に装備されたUSBコネクタ(タイプA
 
201906010196
 

機内WiFiサービス(有料、SAS会員は無料)
 
201906010199
 

飲み物が配られたところで先ほど購入したオープンサンドを取り出しました。箱の蓋(ふた)に書かれた“smorrebrod”(スモーブロー/デンマーク語)はオープンサンドを、”fra”は「~から」を意味しますので、“Smorrebrod fra Aamanns”は「アーマンズ製オープンサンド」です。
 
201906010200
 

蓋を開けると三角形にカットされたオープンサンドが2個入っていることが分かりました。
 
201906010201
 

ハムとチーズを挟んだオープンサンドです。
 
201906010203
 

軽食を食べ終えた(出発後1時間10分)ころ、ノルウェーの海岸線が左手に見えてきました。SK2864便はかなり高度を下げたようです。
 
201906010204
201906010205
201906010206
  

湖あるいはフィヨルドが確認できます。
 
201906010207
 
そして多数の島々も
 
201906010208
 

フィヨルドと思われる複雑な海岸線が現れました。
 
201906010209
 

窓枠の傾きからSK2864便が着陸態勢に入ったことが分かります。
 
201906010210
201906010211
201906010212
  

ベルゲン・フレースランド空港の整地された敷地が見えてきました。
 
201906010213
 

タッチダウンの予感
 
201906010214
 

定刻の午前12時50分、ノルウェー南西部にあるベルゲン・フレースランド空港に到着しました。長さ2990mの滑走路が一本あるだけのコンパクトな空港で、ベルゲン市の中心部から南西方向、10数kmの距離にあります。
  
201906010215
 

(続く)

2019年6月18日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その7) コペンハーゲン空港におけるセルフ・チェックイン

SASが国際線に利用する第3ターミナルに到着。
 
201906010164
 

専用バスを下車して、前日利用した到着口(Arrivals)の右手(注釈;Terminal 3の表示の右下)にある出発口へと進みました。デンマーク語の”Afgang”とともに英語でDepartures”と併記されていますから迷うことはありません。それにしても、小さな入口です。しかも、その前方に大きなコンクリートブロックが3つも置かれています。安全上の配慮なのかもしれません。
 
201906010165
 

第3ターミナル内には”TREAT YOURSELF TODAY!”の看板があります。チェックインはセルフサービスで行う必要があるのです。
 
201906010166
 

右手にセルフチェックイン用端末が何台も並んでいました。”Self Service Check-in”画面で先ず、航空会社を選びます。
 
201906010167
 

次いで利用したい言語を左上のアイコンをクリックして選びます。
 
201906010168
 

幸いにも日本語を選ぶことができます。
 
201906010169
 
メニューが日本語に変わりました。Eチケットに記載されている6桁の予約コード(予約番号)を入力します。
 
201906010170
201906010171
    

そして、名前と預ける荷物の数とマイレージなどの情報をメニューの指示に従って入力すれば、搭乗券(ボーディングパス)と荷物用タグが発券されました。搭乗ゲートは決まっていないようで、印刷されていません。従来の搭乗券とは異なり、搭乗時に切り取って搭乗者の控えとなる部分がない代わりに、印刷されたバーコードがありました。これは搭乗者が出発口と搭乗ゲートを通過する時に読み取り機にかざす必要があるバーコードです。
 
201906010173
 

タグを貼り付けたスーツケースを荷物預け入れカウンター(BAG DROP)にあるベルトコンベアに載せてから、荷物用タグの端についていたバーコードをバーコードリーダーで読み取らせます。そうすると、ベルトコンベアが自動的に動き出してすべてのチェックイン操作は完了です。
 
201906010174
 

これらのプロセスはすべてセルフサービスですから空港のスタッフは一切関与しません。ただし、操作がうまくできない時にアシストするスタッフが少人数控えていました。また、北欧か国のうちノルウェーはEUに加盟していませんが、いずれも北欧理事会に加盟していることで入出国管理が共通になっているため、2か国目からはパスポートコントロールがありません。また、通貨としてユーロを採用しているのはフィンランドだけで、その他は各々の自国通貨を採用しています。
 

出発まではまだ十分な時間がありますが、ターミナルの増設工事を見ながら搭乗ゲートへ向かいました。ちなみに、1枚目の写真の右上に写る建物はターミナル3の前にあるクラリオン・ホテル(Clarion Hotel)です。そして、2枚目の方はデンマークの安全靴メーカー”AIRTOX”社の広告看板。
 
201906010175 
201906010176
  

搭乗券に搭乗ゲートが記載されていませんので、出発便の表示画面で確認しましたが、ノルウェーのベルゲン行きSK2864便の搭乗ゲートはまだ決まっていないようです。
 
201906010177
 

午前11時30分発のSK2864便がベルゲンに到着するのは午前12時50分の予定ですから、軽食をスナック・バーで購入することにしました。国際便といっても飛行時間がわずか1時間20分と短いため、機内では飲み物しかサービスされないそうです。
 

ショップエリアにある手作りオープンサンドの店Aamanns Deli & Take Away”(アーマンズ空港店)で同行者が選んだフルーツの盛り合わせが35デンマーク・クローネ、デンマーク風サンドイッチが79デンマーク・クローネで、計144.75デンマーク・クローネ(約2300円)とかなり高価です。クレジットカードを使わない同行者は20ユーロ札(144.75デンマーク・クローネ相当)で支払い、30.75デンマーク・クローネのお釣りを貰いました。国際空港内ですからデンマークでもユーロが使えるのです。商品はすべて手作りのため、同行者は購入したフルーツの盛り合わせとデンマーク風オープンサンドを受け取るまで10分以上も待たされたそうです。
 
201906010178
 
ここで箸休めとしての基礎的な英会話講座を。店名にある"take-away"は「持ち帰り」を意味するイギリス英語で、アメリカでは日本語にもなっている"takeout"です。ちなみに、店員は『店内でお召し上がりですか? それともお持ち帰りですか?』を"For here or to go"と訊きますから、"For here,
please"または"To go, please"と答えてから、"Thank you"と付け加えれば完璧です。
 

同行者は隣のJOE & THE JUICEで冷たいフレッシュジュース”POWER SHAKE”(54デンマーク・クローネ、約860円)も購入。手作りのフレッシュジュースはストロベリー味でプロテインなどが入っているそうです。ちなみに、私とともにアメリカで5年間居住したことがある同行者は一人での買い物も平気なのです。
 
201906010180 
201906010181
201906010179
  

午前10時15分ころ、ディスプレイにSK2864便の搭乗口が“B9”であるとの表示が出ました。
 
201906010183
 
ゲートB9へ向かいました。ゲートB9の待合所には簡素な操作宅とともに壁にAC電源とUSBのコネクタがいくつも並んでいます。
 
201906010184 
201906010185
  

搭乗するまで1時間近くあり、手持無沙汰な私は例によって発着する旅客機と空港内の施設を眺めて歩きました。先ず、ノルウェー航空機。
 
201906010186
 
スカンジナビア航空(SAS)機
 
201906010190
 

管制塔
 
201906010188
 
(続く)

2019年6月17日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その6) コペンハーゲンの朝

<北欧旅行についての投稿を再開します>
 
まだ外が暗い午前4時前に起床。寝不足ですが、時差調整のため、止むを得ません。そして、30分後には空が白み始め、午前5時頃には青空が覗き始めました。
 
201906010146 
201906010148
  
スーツケース内を整理したり、携行品のバッテリーを充電したり、ショルダーバッグの中身も確認しました。ちなみに、ショルダーバッグに付けている革製のタグは日本航空(JAL)から搭乗総マイル数が50万マイル(約80万km)を超えた時の記念品です。

 
201906010149
 

朝食が提供される午前6時30分にはまだ時間がありますので、ホテルから外に出てみました。一面の青空が広がっていました。道路の反対側にある”QuickPot”は自動車整備工場で、その隣はシトロエン・デンマーク社のオフィスのようです。
 
201906010150
 

その他にも欧州自動車道路(E55E47)のインターチェンジの近いエリアらしい建物が並んでいました。
注釈;E55はスウエーデン南部のヘルシングボリからコペンハーゲンを経て、ベルリン・プラハ・ザルツブルグへ向かい、ギリシャのカラマタに至る総延長2920kmの欧州自動車道路(ユーロピアンルート)
 

ホテルの左手にあるオープンスペース
 
201906010151
 

ホテル・スカンディック・グロストルップのサービス図解
 
201906010153
 

午前6時30分になりましたので0階(日本の1階)にあるカフェテリアに入りました。ブュッフェ形式です。
 
201906010152
 

私のチョイスはやや控えめ
 
201906010155
  

同行者のチョイスはヨーグルトをたっぷり
 
201906010156
 
朝食の後、レセプション・ホールに北欧4か国の略図を見かけましたので、今回の旅行で立ち寄る場所を再確認することにしました。
 
201906010154
 

先ず、デンマークのコペンハーゲン。ヨーロッパ大陸と地続きになっている西半分のユトランド半島とはフィン島を経由する道路で繋(つな)がっていますが、大きなシェラン島の東端に位置します。

201906010158
 
次いで、空路でノルウェー第2の都市で12-13世紀には首都だったこともあるベルゲン(Bergen)へ飛び、陸路(バス)でフィヨルドを巡ったあとは現在の首都オスロ(Oslo)へ移動
 
201906010159
 
オスロから空路で移動するスウェーデンの首都ストックホルムからは海路でフィンランドのヘルシンキ(Helsinki)へ
 
201906010160
 
そして、ヘルシンキからは空路でコペンハーゲンに戻り、さらに空路で成田空港へと毎日移動することになります。
 
なお、今回は北極圏に近いエリアには足を踏み入れません。
 
201906010161
 
午前8時30分までにホテルをチェックアウト。前日とは別の専用バスに乗車して、E21とE20を利用してコペンハーゲン空港へ向かいました。
 
201906010162
 
(続く)

2019年6月14日 (金)

都立滝山公園に戦国の名城「滝山城跡」を訪ねる(最終回)

「中の丸」の入口(枡形虎口)方面へ続く城道
 
201905170350
 

車止めが置かれた「中の丸」の入口付近
 
201905170352 
201905170354
   

「二の丸」の中を抜ける城道を歩いて「信濃曲輪」方面へも足を伸ばすことにしました。
 
201905170355 
201905170356
 

城道より一段高くなった南側の「二の丸」へ入る細い道
 
201905170358 
201905170357
  

右手にある谷戸
 
201905170359
 

木立の間から次の説明パネルが確認できます。
 
201905170360
 

それは「行き止まりの曲輪」のパネルで、『「行き止まりの曲輪」とは「ふくろのねずみ」という意味で、両端が狭い土橋になっていて行き止まりのような形になる。寄せ手側には行き止まりのからくりだが、城兵からすると格好の馬出(出撃用)となり、実に巧妙な防御が施されている。こうした「行き止まり」の曲輪は「二の丸」の南側にあり、大変貴重な城郭遺構である。』 とあります。
 
201905170361
 

少し先へ進むと開けた場所に出ました。
 
201905170362
 

「古峯ケ原園地」は約1km南東にある滝山丘陵(加住丘陵)の最高地点(海抜170.7m)のようです。尾根が続くこの城道は「滝山城」の弱点であったと考えられ、この先には「引き橋」の木橋と大池・空堀が配置されていたことが関連資料に説明されています。
 
201905170363
 
周辺の雑木林
 
201905170364 
201905170365
  

この城道(尾根道)をもう少し先まで歩いてみたかったのですが、駐車場方面へ先に向かった同行者を追うため「二の丸」方面へ戻ることにしました。
 
201905170368 
201905170366
  
「二の丸馬出」へ向かう道の入口まで戻りましたが同行者の姿はありません。
 
201905170367
 
この道は「行き止まりの曲輪」に繋がっていると見立てていましたが、同行者と行き違いになることを避けるため遠回りになることを承知で元来た道を辿(たど)ったのです。
   
201905170368
   

「千畳敷」の手前で同行者を発見!
 
201905170370
  

午後3時ころ、「滝山観光駐車場」まで戻りました。
 
201905170263
 
時間15分ほどの「滝山城跡」巡りの後は、そのまま帰宅するのも心残りですから、滝山街道(国道411号)から国道16号(東京環状)に入って多摩川の北側にある昭島市の「昭和の森ゴルフコース」と立川市の「国営昭和記念公園」などを巡る当てのないドライブをすることにしました。(終)

2019年6月13日 (木)

都立滝山公園に戦国の名城「滝山城跡」を訪ねる(その4)

枡形虎口を抜けて「本丸」に入りました。予想していたよりも狭い印象があります。
 
201905170330 
201905170331
 
後で縄張図をよく見ると、右手(北方向)の多摩川方向に張り出した部分も「本丸」で、その先は「出丸」が続いていることが分かりました。

右手(北方向)の一段高くなった場所にある綺麗な「霞(かすみ)神社」の左横に通路があると思われます。
 
201905170332
 
橋に近い場所に『多摩川の 風吹上きて 夏木立』 と刻まれた沢井益三氏の歌碑がありました。
 
201905170333
 
木製テーブルの上に尺取り虫が!
 
201905170334
 
「霞神社」建立の記念碑
 
201905170335
 
枡形虎口と考えられる下り坂があります。後で考えると、北側に連なるもう一つの「本丸」への通路だったのかもしれません。
 
201905170337
 
「本丸」の南端にある井戸
 
201905170338 
201905170339
  
南端付近から見る「本丸」
 
201905170340
 
「滝山城本丸跡」(左)と「史跡滝山城跡」(右)の碑
 
201905170341
 
「本丸南側枡形虎口」(小宮曲輪からの城道)のパネルには本丸にある2つの「枡形虎口」のことが説明されています。
 
201905170343
 
「本丸南側枡形虎口」
 
201905170344
 
立木の間から見える「腰曲輪」
 
201905170345
 
枡形虎口を抜けて下の城道(人工的に掘られた大堀切)へ出たところに「本丸への木橋」の説明パネルがありました。
 
201905170348
201905170346 
201905170347
  
「本丸への木橋」
 
201905170351
 
「腰曲輪」への出入り口
 
201905170349
 
(続く)

2019年6月12日 (水)

都立滝山公園に戦国の名城「滝山城跡」を訪ねる(その3)

上り坂となっている枡形虎口(ますがたここう)を抜けて『中の丸」に入りました。「都立滝山公園」の説明看板は滝山城跡入口付近にあったものと内容が少し異なり、詳しい解説に加えて、滝山城の縄張りと八王子の城館跡を地図で説明しています。谷戸と空堀の組み合わせの巧みさと城館跡の多さに八王子が戦国時代に重要な地域であったことを窺い知ることができます。
 
201905170305
 

「中の丸」は木立に囲まれた多摩川方面へ続く広い場所です。
 
201905170306
 

左手の奥に立つ建物には「続日本100名城」の横断幕が掲げられています。
 
201905170307
 

記念スタンプ設置場所の案内
 
201905170312 
201905170313
  

「滝山三城 観光エリアマップ」には「滝山城跡」とともに「高月城跡」と「根小屋城跡」が表示されています。
 
201905170308
 

この建物は平成13年に廃止された国民宿舎滝山荘の一部であったとの断り書き
 
201905170309
 

ここにも「ARアプリで蘇る滝山城跡」の説明があります。
 
201905170310 
201905170311
  

「中の丸」の北端にある説明看板には「中の丸」の周囲に巡らされた城道・腰曲輪(平場)・たて堀・掘切などの詳細な地図が描かれています。
 
201905170314
 

見晴らし台にある東屋(あずまや)
 
201905170317
  

眼下に広がる多摩川と昭島市の市街地 注釈;木立に隠れている左手には「滝の曲輪」と「搦め手口」(裏側の出入り口)
  
201905170315
 

手前には「滝ガ原運動場」・「多摩川の堰堤」・「平の渡し跡」
 
201905170316
 
「見晴らし台」付近から「枡形虎口」(中の丸の入口)の方を眺めると、同行者はその近くにあるベンチで休憩していました。
 
201905170318
 
建物の前に「本丸」への順路表示があることに気づきました。
 
201905170319
 
標識が指す左手には「中の丸」と「本丸」の間に架かる「引き橋(曳き橋)」が見えました。敵軍が来襲した時にはこの橋を曳いて「本丸」を守ることができたとされます。ただし、現在の橋は来訪者の安全を考慮した強固な固定橋となっています。
 
201905170320 
201905170321
 
橋の上から見下ろすと、「滝山城跡」から「東秋川橋」へ至る城道が通っていました。「本丸」へ入る道(上)と「腰曲輪」(左上)も確認できます。
 
201905170322
 
反対側の城道(東秋川橋方面)は「滝の曲輪」と「搦め手口」につながっているようです。
 
201905170327
 
橋を渡りきった右手にある「滝山城跡 枡形虎口」の説明
 
201905170328
 
(続く)

2019年6月11日 (火)

都立滝山公園に戦国の名城「滝山城跡」を訪ねる(その2)

  ここで滝山城の概要を紹介します。滝山城跡群・自然と歴史を守る会のhpにあるリーフレット(資料)によると、『滝山城は武蔵・守護代で高月城主の大石定重の嫡男である大石定久(綱周)の養子である北条氏照(注釈;小田原北条氏・四代氏政の弟)が永禄10年(1567年)までに築城して、それまでの居城であった浄福寺城(油井城)から移住したと考えられる。滝山城が築かれた加住丘陵は東西に長く、北は多摩川に侵食された急峻な断崖、南は谷戸が入り組んだ複雑な地形になっている。こうした地形を利用した滝山城の特徴は3つの尾根が集中する「二の丸の集中防御」である。永禄12年(1569年)10月2日に甲斐の武田信玄に攻撃されたが、これを撃退した。その後、氏照は甲斐を重視して八王子城の築城に取り掛かり、天正15年(1587年)ころまでに、移ったと考えられる。』 とあります。
 

天野坂からの掘底道は舗装された「コの字型土橋」に指しかかりました。右手は「三の丸」です。
 
201905170281
 
説明看板には、『掘を掘る際に、一部を土のままに残して道路として使う場所を土橋という。当時はもっと狭く、敵方の侵攻に対して4回も体の向きを変えて進ませ、側面攻撃ができるよう工夫していた。敵の直進を防ぐための土橋であり、大変貴重な城郭遺構である。』 とありますが、現在は舗装された直線的な道に変わっています。
 
201905170282
 
「コの字形土橋」を過ぎると、城道は枡形のように折れ曲がりながら上り坂になりました。
  
201905170285
 
ほぼ平坦になった城道が続きます。
 
201905170287
 
左手の坂を上がったところに「千畳敷」があるようです。
 
201905170288
 
広場のように開けた場所に出ました。木立で遮られて見えませんが、「千畳敷」の奥には雨水や湧水を溜めた「弁天池跡」と「中の島」があるようです。現在は池をせき止める土手が分断されているそうです。
 
201905170290 
201905170289
 
千畳敷」の東側にある空堀
 
201905170293
 
城道からそれて右下へ続く道は前方にある「二の丸」の外周へ続いているようです。
 
201905170291
 
その道と「二の丸」の南端部の間には「滝山城」で最大とされる空堀(深さ数m)がありました。石垣を用いないで造られた見事な遺構です。
 
201905170294
 
「二の丸」の中心部が近づきました。ちなみに、「馬出」は虎口(出入口)の前方に設けた空間で、少人数で守れる出入り口前の防御設備です。「二の丸」にある3か所の出入り口にはそれぞれ「馬出」が設けられているそうです。
 
201905170292
 
木立の中に城道が続きます。
 
201905170296
 
左手下方に平らな土地が木立の間から確認できます。場所から推定すると「弁天池跡」またはそれに続く平地のようです。
 
201905170297
 
三差路(T字路)に出ました。前方の小高くなっている場所と右手の手前の2か所に分かれているようです。左に進むと「本丸・中の丸」、右に折れると「「二の丸」の東にある家臣の屋敷跡と考えられる「信濃曲輪」へ至ると標識に表示されています。
 
201905170298
 
右手方向は尾根伝いの道となり、
 
201905170299
 
左手方向は緩やかな下り坂の道になっています。
 
201905170300
 
左手へ進むと、「中の丸南側の防御(櫓門の推定)」の説明看板がありました。滝山城縄張図とその拡大図が描かれています。「二の丸」に続く「中の丸」は「枡形虎口」が設けられ、反対側は「腰曲輪」が設けられています。ちなみに、「腰曲輪」は一つの曲輪の側面に設ける削平地(さくへいち、削って平らにした土地)の曲輪。
 
201905170301
 
「本丸・中の丸」方面へ続く城道
 
201905170302
 
「腰曲輪」
 
201905170303
 
「本丸」と「中の丸」の分岐点に指しかかると、前方(本丸方面)には車止めがありました。
 
201905170304
 
(続く)

2019年6月10日 (月)

都立滝山公園に戦国の名城「滝山城跡」を訪ねる(その1)

調布市の神代植物公園でバラを鑑賞した後、八王子市にある滝山公園へ向かいました。2年半前、都立桜ヶ丘公園を訪れた際、近いうちに訪れたいと考えていた滝山城跡がある都立公園です。国道20号を西進した八王子市の大和田町四交差点を右折して八王子バイパス(国道16号)に入りました。中央自動車道の八王子ICを過ぎた新滝山街道(都道169号)の善太郎坂下交差点を右折すれば、次の舟木町三交差点の角に目的とする滝山観光駐車場(無料)がありました。調布市を出発して約1時間後(午後1時45分)の到着です。
 
201905170264
 

滝山公園すなわち「滝山城跡」を利用する人に午前8時から午後6時まで開放されているよく整備された駐車場(29台)です。
 
201905170259
 

ARアプリで蘇る滝山城跡、スマホをかざすとARで再現された約450年前の滝山城が目の前に!』と説明する看板があります。事前の下調べで知っていましたから、自宅を出発する前に当該のアプリをダウンロードしておきました。マーカーポイントは全部で10か所あるようです。
  
201905170262
 

『スマートフォンの機種によってARアプリが作動しないことが確認された・・』 と書かれた張り紙があることが気になります。
 
201905170260
 

案内図にしたがって滝山街道(国道411号)を約100m東へ歩くと「滝山城跡入口」がありました。
 
201905170265
 

都立滝山公園の案内看板には『戦国時代中期に建てられた滝山城は、川沿いの絶景を利用した典型的な山城で、今も本丸、二ノ丸、千畳敷、空堀などの貴重な遺構があります。滝山城跡は、昭和26年に国の史跡として指定されました。』 とあります。注釈; 本稿ではこの記述にしたがって、城址ではなく、城跡と表記
 
201905170267
 

民家の間を真っ直ぐ伸びる大手口を歩いて滝山公園へ向かいました。
 
201905170268
 

前方に見える竹林が滝山公園のようで、『一般車両通行止め』 の標識があります。
 
201905170269
 
急峻な登り勾配の「天野坂」は左へカーブして枡形(ますがた)を構成しているようです。
 
201905170270
 

左手に「小宮曲輪」を見る急坂が続きます。この辺りは堀底道になっており、城兵が効果的に攻撃できるように工夫されています。
 
201905170271
 
「小宮曲輪」との間にある空堀
 
201905170273 
201905170272
 

同行者は元気に先を急いでいます。
 
201905170274
 

1番目のマーカーポイントがありましたので、早速「滝山城跡ARアプリ」を試してみましたが、iPhone SEは反応しません。残念です!!
 
201905170275 
201905170286
 

すぐ先(右手)に「三の丸」の案内看板がありました。
 
201905170276 
201905170277
  

三の丸の空堀
 
201905170278
 

「三の丸」脇の遊歩道はなだらかな坂道になりました。
 
201905170279
 
「小宮曲輪」の標識にはその先にある「山の神曲輪」方面と「二の丸・千畳敷・三の丸」方面の分岐点であることが表示されています。ちなみに、「滝山城跡」の案内図によると「山の神曲輪」までは700-800mもありそうです。「小宮曲輪」の内部は土塁(土盛り)でいくつかのの屋敷に区切られていたと考えられるそうです。また「小宮曲輪」と「三の丸」の間には出入口である枡形虎口(ますがたここう)があったそうです。
 
201905170280
 

(続く)

2019年6月 6日 (木)

欧4か国を駆け巡る旅(その5) コペンハーゲン郊外にあるホテルに宿泊

ニューハウンの奥にある広場で客待ちをする輪タク
 
201906010127 
201906010128
  

電動キックボードも人気があるそうです。
 
201906010112 
 

運河沿いのカラフルな建物を見て回ったあとは専用バスが停車しているという王立劇場の前へ徒歩で向かいました。
 
201906010129
 
18世紀、デンマークとノルウェーが同君連合を構成していた時代にデンマークで活躍したノルウェー・ベルゲン出身の劇作家ルズヴィ・ホルベア(Ludvig Holberg)の像が王立劇場の前(右端)にありました。劇場前の反対側(左端)には作家ウーェン・シュレーガーの像があるはずですが、仮設の塀で囲まれているため確認することはできませんでした。
 
201906010130
 

初日の午後3時に到着したコペンハーゲン空港を午後4時過ぎに出発して人魚姫の像・ゲフィオンの泉・アマリエンボー宮殿・ニューハウンを駆け足(所要時間:約1時間30分)で観光した午後8時15分ころ、ニューハウンを後にしてこの日に宿泊するホテルへ向けて出発しました。高速道路を利用する陽です。
 
201906010131
 
コペンハーゲンの中心部から西方へ約30分、Glostrup地区にあるホテル"Scandic Glostrup"(スカンディック クロストルップ)にチェックインしました。我われの自室は2階(日本では3階)にありました。ちなみに、地階(0階)から客室階へ上がるエレベーターはカードキーが必要です。
 
201906010132 
201906010142
 
  
客室は簡素ですが、デンマークらしい色使いがされています。
 
201906010134 
201906010135
 
洗面所にはシャワー室だけでバスタブがないのは北欧風です。
 
201906010136 
  

客室のアウトレットはCタイプでAC250Vに加えてUSBも具備してありますから、iPhoneとデジカメなどの携行品の充電が簡単にできます。容量はiPhoneには問題ありませんが、私のデジカメには不足する(充電ランプが点滅)ため、携行バッテリーを使用して充電しました。このサービスはこのホテルだけではなく、コペンハーゲン空港の搭乗ゲート付近でも見かけました。もちろん、無料です。成田空港ではラウンジには同様の無料サービスがありますが・・。
注釈;日本語では電源を取り出す口のことをコンセントと呼びますが、これは和製英語であり、アメリカではアウトレット、イギリスではソケットという
 
201906010147
   

午後9時30分頃、最近できたばかりというスーパー“Netto”(ホテルから約300mの距離)へ買い出しに出かけました。
 
201906010137 
201906010139
  

私はアルコール燃料(ビール)とつまみ類、小腹がすいたという同行者は果物とスナックを選びました。代金の支払いに手持ちのユーロが使えなかったため、クレジットカードで支払いました。缶ビール(500cc)は190-240円と安いため、支払総額は約1400円。
 
201906010138
 

ちなみに、現地通貨はデンマーククローネ(約16円)。コペンハーゲンには一泊するだけですから円またはユーロから現地通貨への両替していません。現地ガイドさんによれば、クレジットカードなどの電子通貨が普及している北欧4国では商店やレストランでの支払いは電子通貨が一般的なのだそうです。そして、現金で購入する場合の問題点は釣り銭(コイン)が溜(た)まることです。と言うのは、溜まったコインを使おうとしても、店側が受け取らないことが多いそうです。この点が現金による支払が圧倒的に多い日本との大きな違いです。
 
午後10時近くにホテルへ戻ると、日がかなり傾いていました。
 
201906010140 
201906010141
  
初日は、何らトラブルがなくて幸いでしたが、時差の関係で到着した日は31時間もある長い一日になりました。
 

ビールを飲みながら長かった一日を振り返っていると午後11時(現地夏時間)になりましたが、まだ薄暮のままなのです。これは緯度が高い北欧ならではの現象なのでしょう。午後11時30分(午前6時30分)になると空が少し薄暗くなりましたので就寝することにしました。この日の総歩数は9398歩です。
  
 
201906010144 
201906010143
 

わずか1時間30分であった市内観光の内容が物足りないと思われた方は、コペンハーゲンの観光スポットを案内する2つのサイトを参照してください。(その1その2
 

翌朝はコペンハーゲンから空路でノルウェーのベルゲンに移動する予定ですが、「北欧4か国を駆け巡る旅」の投稿を一時休止して、箸休めとして他のテーマで投稿したいとおもいます。(続く)

2019年6月 5日 (水)

欧4か国を駆け巡る旅(その4) デンマークのコペンハーゲンに到着(後編)

チャーチル公園から南へ約600m、集合住宅が立ち並ぶエリアにアマリエンボー宮殿がありました。現在はマルグレーテ女王など王室が暮らしているそうです。海沿いの道路で専用バスを下車して宮殿の敷地内へと歩きました。噴水の先にある西洋風庭園の間を抜けるとクリスチャン7世の騎馬像がある円形の宮殿広場に出ました。ちなみに、遠く(宮殿の先)に見えるのは緑色のドームが美しいバロック様式で建てられたフレデリクス教会です。
 
201906010103 
201906010104 
201906010105 
201906010108
  
 

いくつかある入口には衛兵が立ち、時々移動するシーンが見られました。
 
201906010106 
201906010111 
201906010109
    

もともとは旧市街の中心にあるクリスチャンボー宮殿が国王の住いとして使われていましたが、大火に見舞われたことで、当時の国王クリスチャン7世がアマリエンボー宮殿を仮の住い選んだ経緯があるそうです。しかし、この宮殿が気に入ったのか、あるいは経済的な事情があったのか、現在も女王の宮殿として使われているのは質素を重んじるデンマーク人気質を反映しているようです。
 

次の目的地であるニューハウンへ向かう途中、土産物店に立ち寄りました。無料トイレを利用させてもらうのが主目的です。
 
201906010114
 

入口脇に置かれている人形はデンマーク神話に登場する妖精でしょうか。被(かぶ)っているヘルメットはバイキング風。
 
201906010113
 

ニューハウンは17世紀に開かれた港で、色鮮やかな家々が立ち並んでいました。
 
201906010115 
201906010117 
201906010118
  

海を眺めながら食事ができるレストランやカフェが沢山あります。
 
201906010122 
201906010116 
201906010120
    
人魚姫の装飾看板
 
201906010121
 

アンデルセンが住んでいたという部屋の窓
 
201906010119
 

運河クルーズの発着場には人影がほとんどありません。事前に調べておいた情報によれば、ニューハウンを出発する運河クルーズはいくつかの運河を約1時間巡りながらオペラハウス・人魚姫の像・救世主教会・デンマーク王立図書館新館・クリスチャンボー城・旧証券取引所などを水上から眺めることができるそうです。時間に余裕のある方はレンタサイクルでこれらの観光スポットを巡る方法と運河クルーズを組み合わせるとコペンハーゲンの旧市街を立体的に観光することができると思います。
 
201906010126
 
停泊中の船は夏季に運行される水上バスのようです。
 
201906010124
  
遠くにある橋にも観光客の姿があります。様々な船が通過するはずですから、恐らくは跳ね橋になっているのでしょう。
 
201906010125
 

(続く)

2019年6月 4日 (火)

欧4か国を駆け巡る旅(その3)  デンマークのコペンハーゲンに到着(中編)

旧市街を抜けてカステレットの脇に出ました。外敵からコペンハーゲン港を防衛するために造られたヨーロッパで発祥した星形の要塞(ようさい)です。ちなみに、函館の五稜郭(ごりょうかく)はこれを真似て幕末に造られ、戊辰(ぼしん)戦争の終焉の地になったことが良く知られています。注釈;当ブログでは勝浦灯台の記事下北半島の記事で五稜郭について触れています。
 
201906010078 
201906010079 
201906010080
 
カステレットの北側を通り抜けた場所にあるヨットハーバーの脇で専用バスを下車
 
201906010081
 
右手に数10m歩くと、見覚えのある人魚姫の像がありました。
 
201906010082 
201906010083
   
右手遠方には空港から移動中に一瞬だけ見えたスキー場がはっきり確認できました。 ネット検索で調べると、ゴミ焼却場・火力発電所が600m級のスキー場および85m級のクライミング・ウォールと一体化したユニークな施設でした。
 
201906010084 
201906010085
 
人魚姫の像を見終った同行者はガイドさんと一緒に専用バスへ向かいます。
 
201906010087
 
次に訪れるのはカステレット要塞の中にある「ゲフィオンの泉」ですが、専用バスは最短距離のルートが利用できないため、カステレットの外周を反時計回りに大きく迂回するようです。
 
201906010088
 
車窓から見かけた奇妙な銅像
 
201906010089
 
コペンハーゲン港を見渡せる場所に出ました。 
 
201906010091 
201906010092
  
チャーチル公園の門を入ると、右手に「ゲフィオンの泉」がありました。「人魚姫の像」のほぼ真南(距離約400m、五角形のカステレットの一辺相当)ですから、徒歩で移動することも可能なようです。ちなみに、この公園は第2次世界大戦でナチス・ドイツに占領されたデンマークを救ってくれた英元首相チャーチルへの感謝を表して命名されたそ
うです。 
 
201906010094
 
女神ゲフィオンが左手を振りかざした勇敢な姿で、4頭の牛に鞭(むち)を打っています。ゲフィオンは北欧神話に登場する女神で、スウェーデン王から与えられた広大な土地を一晩で耕地にしたと伝えられます。つまり、4人の息子を牛に変えて現在のシェラン島の土地を耕したのです。
 
201906010093 
201906010095 
201906010096
 
「ゲフィオンの泉」の左奥にある聖アルバニ教会(St Alban's Church)は1867年に建てられたローマン・カトリックの教会だそうです。壁面に黒っぽい石またはタイルを敷き詰めたような外観と尖塔がユニーク。
 
201906010097
 
同行者はステンドグラスを見たいとその教会へ急ぎ足で向かいましたが、『正面(写真左手)にある扉は閉じられていた』 と残念そう。
 
専用バスに戻って次の観光スポットへ向かう途中、ガイドさんの説明があり、車窓からチャーチル像を撮影できました。奥にある俯(うつむ)いたような像です。
 
201906010098
  
次いで港の対岸にある巨大な屋根が特徴的なモダンな建築はオペラハウス 
  
201906010101
 
港を撮影した写真に螺旋状の塔が印象的な救世主教会が偶然写っていました。
 
201906010102
 
次回はアマリエンボー城とニューハウン乗船場などを紹介します。 (続く) 

2019年6月 3日 (月)

欧4か国を駆け巡る旅(その2)  デンマークのコペンハーゲンに到着(前編)

スカンジナビア航空のSK984便はロシア(シベリア)の上空を順調に飛行して、成田空港を出発して9時間40分後にはフィンランド南のバルト海上に差し掛かりました。
 
201906010050
 
定刻より約30分早い午後3時(日本時間:午後10時)にコペンハーゲン空港の第3ターミナルに到着した時は我々を歓迎するように晴天が出迎えてくれました。ちなみに、気温は約18度。1925年に開港したコペンハーゲン空港は45年前にも訪れた巨大な空港(3000m級の滑走路が3本ある)で、国内線用のターミナルビル1と国際線用のターミナルビル2がありました。今回到着したのは比較的新しいターミナルビル3(国際線用、1998年完成)はガラス張りのモダンな内外観をしています。ところどころで改修工事が行われたいました。ちなみに、スカンジナビア航空はこのコペンハーゲン空港およびノルウェーのオスロ空港(正式名称:ガーデモエン空港)とスウェーデンのストックホルム・アーランダ空港を拠点としていますが、長距離国際便のほとんどはコペンハーゲン空港を発着に利用しているようです。また、この空港はコペンハーゲンの中心部から南東8kmに位置しているためアクセスに優れた国際空港と言えます。
 
入国審査と税関審査を終えて午後4時少し前に第3ターミナルを出ました。
 
201906010054 
201906010053
  
午後4時5分に専用バスに乗車して市内観光へ出発。半地下になった鉄道駅の脇を通過して表道路へ出ました。
 
201906010055 
201906010056
 
ロータリーがあるICからヨーロッパ国道のE20(東行き)へ入ると海底トンネルと海上橋を抜けてスエーデンのマルメへ行けるようです。東京湾アクアライン(全長15.1km)と同じ発想で建設された長さ約18kmの最新インフラです。
 
201906010058
  
専用バスは海岸線に沿って北上するようです。
 
201906010059 
201906010060
 
遠くにスキー場のスロープが小さく見えます。
 
201906010062
    
-6月は好天が多く、美しい季節。デンマークでは25度以上が夏日と呼ばれ、冬期は海が凍るとのこと。帰宅時間とあって都心へ向かう道路はラッシュ渋滞中。ドイツ車と日本車が多いなか、トヨタ車の人気が高いとのこと。街路にサンザシの木(白い木)が目立つ主要道路は橋を渡って市中心部へ続いています。バスの車窓からは運河と観光船乗り場、国立博物館、時計塔がある市庁舎、チボリ公園、市庁舎前のアンデルセン像が走馬灯のように続きました。ちなみに、コペンハーゲンは「商人の港」を意味する。
 
市の中心部が近づいたようで、午後4時30分を過ぎると渋滞が始まりました。
 
201906010063
 
自転車大国のデンマークらしく自転車専用レーンには自転車が並んで疾走する横にある運河の欄干には選挙用ポスターが所狭しと貼られています。
 
201906010064
 
コペンハーゲン空港があるアマ―島から市の中心部があるシェラン島を結ぶ橋を渡りました。
 
201906010065
 
運河と家並みの先に市庁舎の尖塔(時計塔)が見えてきました。
 
201906010066 
201906010068
 
渋滞が発生している表通りのアンデルセン通りに出ました。左手には有名なチボリ公園があります。
 
201906010071
 
市庁舎脇にあるアンデルセンの座像
 
201906010072
 
駐輪された自転車と市庁舎前広場と尖塔があるスカンディック・パレスホテル(Scandic Palace Hotel)
 
201906010074
 
POLITIKENNは有名な新聞社
 
201906010075
 
harman/kardonは1953年に設立された世界的に有名なオーディオ機器メーカー(現在はサムスン傘下)
 
201906010076
  
長屋のような建物は兵舎とのこと
 
201906010077
 
(続く)

2019年6月 2日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その1) 機内映画で2019年アカデミー賞の受賞4作品をまとめて鑑賞する

午前11時10分成田空港発のスカンジナビア航空のSK984便は、定刻にターミナルから出発し、午前11時30分過ぎに離陸しました。ちなみに、到着地であるコペンハーゲン空港までの所要時間は約11時間20分の予定とのこと。

昔話です。最初の海外旅行に出発した昭和50年(1975年)10月16日、JL405便(B747機) は午後10時30分に羽田空港を出発し、北回りで翌日の午前6時50分にコペンハーゲン空港に到着しました。つまり、フライト時間は16時間20分。5時間も長かった理由は、当時の北回り空路ではロシア(当時ソ連)の上空を飛行することは許可されておらず、北米路線と同様、アラスカのアンカレッジ空港にワンストップする必要があったからなのです。

私はその時、4年前に発売されたばかりのカップヌードルを食べた記憶があります。価格は1ドル(当時の為替レートでは約300円)くらいだったと思います。当時、国内では100円で売られていましたから、かなり高価であったことが印象に残っています。ちなみに、約半世紀後の現在でも150円~200円で売られていることは驚異的と言えるでしょう。古い記憶を懐かしく思い出しました。

閑話休題。私の座席は45D(横方向に2席+4席+2席が並ぶ機内のほぼ中央)で、窓から外を見ることはできないため、11時間以上もある長いフライト中はもっぱら機内映画を鑑賞することに。選んだ映画はいずれも今年度のアカデミー賞を受賞した作品です。
 
201906010049
  
私の左隣(通路側)に座る同行者を見るといつの間にか目の前のディスプレイを使ったゲームに夢中。
 
201906010030
  
 
機内映画(その1)

「アリー、スター誕生」(A star is born.) 吹替

キャスト:ブラッドリー・クーパー、レディ・ガガ

監督:ブラッドリー・クーパー

アカデミー賞で主題歌賞を受賞
 
201906010024
 
[あらすじ]

ライブ会場の群衆に向かって人気絶好調の歌手ジャックが舞台上でエレキギターを演奏するシーンで始まった。車内のシーンに変わるとジャックの疲れた顔が写し出され、彼が酒瓶を口にするクローズアップが。別の場所では若い女性(アリー)が携帯電話でボーイフレンドに大声で別れを告げでいる。車を降りたジャックはファンだという若者に誘われてとあるバーに入る。そこでアリーがラビアンローズをフランス語で歌うのを聴き、その迫力ある歌声に感動してアリーに興味を持つ。メークアップがレディ・ガガらしく奇抜である!

若者はジャックを楽屋へ誘う。そこでジャックとアリーは親しくなり、ジャックはアリーを飲みに誘う。そこでホステスにねだられたジャックはギターを弾きながら歌い始める。バーに入ったアリーは自分の歌は自信がないので歌わないという。ジャックはアリーがコンプレックスを持っていた鼻を褒(ほ)め、自信を持つことを勧める。酔っ払いがジャックに絡んだのをアリーが止めようとしてつかみ合いになり、アリーは手を怪我してしまう。そこでジャックはコンビニで氷などアリーの手当に必要なものを買う。そして、夜明けまで二人は話込み、ジャックはアリーを自宅まで車で送る。

また会いたくなったジャックは人を使ってアリーをライブ会場に来るように誘う。仕事があると渋るアリーは根負けして迎えに来た車に乗ってライブ会場へ。アリーを見つけたジャックはアリーを舞台へ上げて自らのギター伴奏とハモリでアリーに歌わせた。これがきっかけで、二人は親密さを増す。そして、アリーはジャックのライブツワーに参加するようになり、ジャックに強く求められて自分の曲をピアノの弾き語りで、舞台で披露すると、観衆から喝采を得る。

アリーは音楽関係者(マネージャー)に声を掛けられ、レコード会社へ曲を売り込むことに。ダンスの指導も受ける。アリーが自信を付けるのと逆に、元々酒浸(さけびた)りのジャックは精神の安定を失ってゆく。それでも二人は結婚する。ジャックの励ましで自信を持ったアリーはテレビの有名な音楽番組に出演する。ついにはグラミー賞にノミネートされる。一方、ジャックは徐々に壊れて行き、ついに二人は諍(いさか)いを始める。

アリーが受賞した晴れの場にもかかわらずジャックは酔い潰れて舞台で崩れ落ちる。(中略)最後のライブコンサートのシーンでは堪え難い悲しみを抱えながら淡々と歌うアリーが素晴らしい!! レディ・ガガの卓越した歌唱力と若い時に演劇を学んだという彼女の演技力が光りました。そして、監督も務めたブラッドリー・クーパー(ジャック役)の迫真の演技が印象に残りました。
 

機内映画を観ている途中の午後1時(日本時間)少し前に機内食(昼食)が提供されました。チキンライス、野菜サラダ、ケーキで、日本人に食べやすいメニューです。ドリンクはワインです。自分で注文した小瓶が2本に加えて同行者が注文してくれた小瓶1本で計3本。まとめて注文した理由は後述します。
 
201906010027 
201906010026
 

機内映画(その2)

「ボヘミアン・ラプソディ」(Bohemian Rapsody) 吹替(英仏独伊日語)
 
201906010046
  
アカデミー賞での受賞部門とあらすじは先の記事を参照してください。ここでは映画のハイライトであるライブエイド・コンサートのシーン(写真)を掲載します。
 
201906010031 
201906010033 
201906010034 
201906010035 
201906010038 
201906010039 
201906010045
 

機内映画(その3)

「グリーン・ブック」(Green Book) 英語・西語
 
201906010047
 
アカデミー賞で作品賞を受賞
 
[あらすじ]

生演奏を聴きながら食事をするニューヨークにあるレストランのシーンで始まった。そこで登場したのは用心棒の白人男性トニー・リップ。暴れる酔っ払いなどを遇(あし)らう、つまり退治するのが彼の仕事である。時はテレビがモノクロで放送されている時代。堅気とは言えない仕事を生業とする至って平凡な白人男性である。その彼にお雇い運転手の仕事が舞い込む。雇主は著名なピアニストのドン・シャーリー博士、しかも黒人男性であった。白人が黒人に雇われる事など考えられない時代である。金のためならどんな仕事でも気にしない彼はその仕事を引き受ける。そして、彼は南部(ディープサウス)を演奏旅行する雇い主のため、グリーン・ブックを入手する。黒人が利用できるホテルなどの施設を掲載するガイドブックである。こうしてエリート黒人とヤクザな白人の二人旅が始まった。

行先はピッツバーグ。二人が乗る車はもちろんフルサイズの大型乗用車。 後部に翼状の突起(フィン)がある古き良き時代を象徴する車(2ドア・クーペ)である。そして、演奏に使用されるピアノはもちろんスタンウェイ製。特徴的なことは車中における二人の会話のシーンが長々と続くことである。運転手(トニー)が飲み終えたドリンクの容器を車外に投げ捨てた後、車はバックし、運転手が手を伸ばして拾うシーンが大写しされる。

そんな二人にトラブルが発生する。ドンがとあるバーに入って酒を飲んでいるところを数人の白人に暴行される。知らせを受けた、トニーが危ういところでドンを助ける。ノースカロライナ州のローリーに立ち寄った時、白人たちのパーティで演奏した後、トイレを利用しようとすると、白人の執事から屋内のトイレではなく戸外のトイレを使うように丁重な言葉で指示される。あからさまな差別の始まりである。ところどころでトニーが送った手紙を彼の妻が読むシーンが挿入される。

ジョージア州のとある町にあるテイラーではドンが選んだ背広の購入を断られた。さらに、ドンに対する警察官たちの酷い仕打ちも描かれる。トニーは困惑しながらも、ドンとの距離を縮める。街中をドライブしている時には白人の運転手と後部座席に座る黒人を訝(いぶか)しがる若者を描写し、道に迷ったところをパトカーに止められ、後部座席に座る黒人が彼のボスだとトニーが説明したため、二人は留置所に入れられてしまう。しかし、警察の幹部からの電話で警察官たちは不承不承二人を釈放する。

さらに二人の親密な会話が続く。二人のドライブ旅はアラバマ州のバーミンガムへ。トニーとその知人が待つレストランでドンは入店を拒絶されたことで、トニーは支配人と揉(も)めるが、ドンがそれを制止する。二人は黒人でも利用できるカジュアルな店へ席を変える。そこでドンは見事なピアノ演奏を披露して店内の人々に感激され、楽団員と共に軽快なジャズ曲も演奏する。

クリスマスになってトニーとドンはそれぞれの自宅へ戻る。そして、ドンがトニー宅を訪れた時、来客たちが驚きで固まるなか、ドンの人となりをトニーの手紙によって理解していたトニーの妻に歓迎されて穏やかなエンディングを迎えました。

[コメント]

実在の人物をモデルにしたドラマを主人公である黒人とその使用人となった白人の会話を軸に展開するユニークな映画はアカデミー賞(作品賞)を受賞するに相応しい作品だと思います。エンディングでハリウッド的なマイルドさが出たことを批判する意見もあるようですが、些末(さまつ)なことでしょう。

 

機内映画(その4)

「バイス」(Vice) 英仏独伊西語
 
201906010048
 
アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞
 
[あらすじ]

ジョージ・ブッシュ大統領のもとで最強の副大統領を務めたディック・チェイニー氏を描いたドラマで、同氏の特異な人間性を描いたドキュメンタリー・タッチの映画。テレビ番組「ライフルマン」のモノクロ放送シーン・ベトナム戦争と思われる戦闘シーン・ニクソン大統領のテレビ演説・レーガン大統領の演説シーンなどを挿入して年代を示しながら要職を歴任した当時や選挙活動・心臓病との闘い・好きな魚釣りのシーンを回想する手法が面白い。後半は2000年の大統領選挙で副大統領に選ばれる過程と副大統領として活躍あるいはパキスタンのアルカイダやイラクのサダム・フセイン問題(イラク戦争)で難題に取り組む姿が描かれる。

オバマ大統領の登場とイラク戦争の総括でエンディングを迎えるが、なぜかウエストサイド物語の挿入歌「ミス・アメリカ」が流れる。主演したクリスチャン・ベイルがチェイニー副大統領の雰囲気を上手く演じている。妻役はエイミー・アダムス。ジョージ・ブッシュ大統領役とコーリン・パウエル役が一目でそれと分かるのも面白い。ただし、時間軸がランダムに移動することとアメリカ政界の知識が不十分であるため、ストーリーの細部を理解することはかなり困難でした。

 

座席背面に設置されたディスプレイの右端にはイヤフォン端子とともにUSB端子が具備されていますから、映画を鑑賞しながらスマホやデジカメの充電ができて便利です。充電速度から推測してiPad用の充電器並みの大容量があるようです。ちなみに、下の写真は映画「ボヘミアン・ラプソディ」の後半、元ガールフレンドからの親身な忠告に心を動かされ、土砂降りの雨に立ち尽くす主人公のフレディ・マーキュリー。
 
201906010029
 
コペンハーゲン空港に到着する約1時間半前に軽食が提供されました。赤玉ねぎ、スライスしたジャガイモなどを和えたクリーミー・サラダと野菜サラダの組み合わせです。野菜好きの同行者は大喜び。胃の調子が快復する1年前までは生野菜をほとんど食べなかった私ですが、現在は食事量の1/3は亜麻仁油を掛けた生野菜を食べるようにしています。ちなみに、食事では極力青魚や鶏肉を食べるようにしている一方、ご飯やパンは最小限に控えるようにしています。(続く)

2019年6月 1日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(序章) 自宅から成田空港へ

最近は年一回のペースで海外旅行を楽しんでいますが、長時間のフライトに耐えられる体力の快復を極力図りながら、今年は昨年の中欧3か国に次いで北欧4か国、つまりデンマーク/ノルウェー/スウェーデン/フィンランドを巡ることにしました。デンマークは45年前に最初の海外旅行先(欧州6か国)の最初の国として訪れ、コペンハーゲンの市内観光としてクリスチャンボルク城と人魚の像、コペンハーゲンの北方約40kmのヘルシンガー(ヘルシンゲル)にあるクロンボルク城を観光しています。同居者は、その時に事情があって留守番役でしたから、今回が初めてのデンマーク旅行となります。一方、ノルウェー/スウェーデン/フィンランドは私にとっても初めて訪れる国であり、4か国を一気に巡る(つまり連日移動が入る)弾丸ツアーをあえて選びました。
 
その強行軍の旅程表は以下の通りです。
 
第1日目 成田空港発、コペンハーゲン市内観光、コペンハーゲン泊

第2日目 ノルウェーのベルゲン市内観光、ウルヴィック泊

第3日目 同の鉄道旅、フィヨルドクルーズ、ラルダールに宿泊

第4日目 オスロ市内観光、スウェーデンのストックホルム泊

第5日目 ストックホルム市内観光、ヘルシンキへのクルーズ船(船中泊)

第6日目 ヘルシンキ市内観光、郊外のポルヴォ―観光、ヘルシンキ泊

第7日目 ヘルシンキからコペンハーゲン経由で成田空港へ(機中泊)

第8日目 成田空港着
 
この旅程に従って目まぐるしく展開する弾丸旅行の様子を詳細に紹介することにしますので、今回もかなりの長編ブログ記事になりそうです。。
 
自宅を午前5時過ぎに出て、半蔵門線を経由して押上駅発午前6時45分のアクセス特急で成田空港駅に午前7時43分に到着。事前に託送しておいたスーツケース(2個)を窓口で受け取り、旅行会社のカウンターに向かいました。
 
201906010001 
201906010002
 
eチケットを受け取ってスカンジナビア航空のカウンターへ向かい、午前11時10分発のSK984便にチェックインしました。注釈; 本稿では北欧3か国(デンマーク/ノルウェー/スウェーデン)の呼称をスカンジナヴィアではなく学生時代から馴染みのあるスカンジナビアと表記
 
201906010006 
201906010008
 
前回の中欧旅行の際には、全日空(ANA)のマイレージカードを携行するのを失念したため、帰国後に面倒な手続きが必要でしたから、今回はパスポートとともに携行するように自宅を出る前に何度も確認しています。ちなみに、スカンジナビア航空は全日空(ANA)と同じスターアライアンスに加盟していますから、スカンジナビア航空を利用すると全日空のマイレージとして加算されます。
 
同じスカンジナビア航空便を利用する乗客にはセルフサービスで搭乗券を入手する端末を操作する人たちがいます。
 
201906010007
 
スカンジナビア航空(SAS)のSK984便コペンハーゲン行は11番ゲートから定刻に出発するようです。
 
201906010005
 
SK984便に搭乗するため、11番ゲートへ向かいました。第2ターミナル南ウイングは全日空機が多く利用しています。
 
201906010011
 
11番ゲートには出発の準備をするスカンジナビア機がすでに駐機していました。
 
201906010012
 
搭乗までの待ち時間を潰すため、南ゲート付近で見かけた旅客機を撮影することにしました。
 
まず、ユナイティッド航空機
 
201906010013 
 
DHLのカーゴ機
 
201906010014
 
エアーフランス機
 
201906010015
 
UPS機
 
201906010016
 
ジェットスター機
 
201906010017
 
全日空機
 
201906010018
 
全日空(ANA)カーゴ便
 
201906010019
 
スイスエア機
 
201906010020
 
LOTポーランド航空機
 
201906010021
 
アリタリア航空機
 
201906010022
 
午前10時35分ころ、予定通りに搭乗が始まりました。
 
201906010023
 
(続く)

« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ