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2019年7月

2019年7月31日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その44) ストックホルムの旧市街で教会を巡る①リッダーホルム教会(前編)

大広場に到着した到着したところで一旦解散して1時間半ほどの自由行動です。王宮に戻って博物館を梯子(はしご)することも考えましたが、旧市街(ガルマスタン)にある教会巡りをすることにしました。
 

先ず向かったのは旧市街の西端、リッダーホルメン(Riddarholmenn)島にある歴代のスウェーデン国王一族の墓所であるリッダーホルム教会です。大広場から大聖堂まで戻り、先ほど見かけた下り坂の”Storkyrkobrinken”通りを下ると、旧市街のメインストリートである”Vasterlanggatan”通りと王宮の北側から伸びる”Myntgatan”通りが交わる変則的な五差路に出ました。右手(東側)の小さな広場に新聞出版者の”Lars Johan Hierta”(1801-1872年)の像があります。
 
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向かい側(北西角)には17世紀に建造されたバロック様式の建物である貴族の館Riddarhuset)がありました。貴族階級による初の議会が行われた場所だそうです。ちなみに、その前に立つのは16世紀半ばの国王グスタフ・ヴァーサが堂々とポーズする銅像です。
 
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開館時間(Oppet for besokare)は11:00-12:00と一日当たりわずか1時間と表示されています。ちょうど午前11時になったところですが・・。
 
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交差点付近で”Riddarhustorget”通りと名称が変わった東西に伸びる道を進むと、橋の前方に大きな尖塔があるリッダーホルム(Riddaaholms)教会が近づきました。右側の歩道は工事中のようで”Gaende Hanvisas till andra sidann”(向こう側へ行け)の指示看板があります。
 
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橋の下は運河とストックホルム中央駅の付近から中央橋(Centralbron)を経て南下する自動車専用道路が通っています。
 
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自動車専用道路は旧市街を横切って南下していますが、旧市街と出入りするアクセス機能はないようで、専用バスが遠回りした理由が分かりました。
 
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橋を渡りきったリッダーホルム島の右手にはスヴェア高等裁判所(手前)、国立公文書館(中)、スヴェア高等裁判所の受付(左奥、18世紀前半の旧仮王宮) が並び、
 
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左前方に複雑な外観のリッダーホルム教会
がありました。印象的な尖塔は19世紀半ばに再建されたもののようです。
 
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リダルホルメン島の案内図には中央から左へ、リッダーホルム教会(Riddarholmskyrkan)、ストックホルム商工会議所(Kammarratten i Stockholm)、 州不動産庁リッダーホルメン・ローカル・オッフィス(Statens fastighetsverk lokalkontor Riddarholmen)、同じく右へスヴェア高等裁判所(Svea Hovratt)、国立公文書館(Gamla Riksarkivet)、スヴェア控訴裁判所(Svea Hovratt)が表示されています。つまり、リッダーホルメン島は官庁街になっているのです。

   
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1620年におけるリダルホルメン島の立体模型図
 
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1750年におけるリダルホルメン島の立体模型図
 
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リッダーホルム 教会の南側にはストックホルム商工会議所(左)と市場裁判所(右)があります。
 
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リッダーホルム教会の正面入口
 
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拝観料(50スウェーデンクローネ、約650円)をクレジットカードで納めて入ったリッダーホルム教会の内部(主祭壇)
 
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右横にある祭壇
 
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左側の壁面には数多くの紋章が並んでいます。
 
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そして十字架も
 
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1862年に行われたスウェーデンのヴィクトリア女王の葬儀において使われた十字架は金色の線維で覆(おお)われ、電飾がほどこされていたことが案内パネルに説明されています。
 
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右手にある2つ目の祭壇
 
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(続く)

2019年7月30日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その43) ストックホルムの旧市街にある大広場へ

王宮の広場を出ると、右手方向へ石畳の道が続いていました。かなり急な下り坂ですから、王宮の西側も東側と同様、斜面になっているようです。
 
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鐘楼に時計が設置されている大聖堂Storkyrkan)の前に差しかかると、
 
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入口脇には朝の礼拝(Morgonbon)の案内がありました。
 
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木彫りの馬を展示しているクリスタルや手工芸品などを品ぞろえしている土産物店のRUNSTENEN WOODEN / HORSE MUSEUM
 
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現地ガイドさんに従って右手にある路地を進む同行者
 
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細長い露地に出ました。
 
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交差点の角にある絵が描かれた石は古くからあるものだそうです。何が描かれているのかは聞き逃しました。
 
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坂道を上がって、カラフルな建物が立ち並ぶ大広場(ストールトルゲット広場)に出ました。ここがガムラ・スタン(古い街、つまり旧市街)の中心部です。
 
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大広場に向かって建つ建物は2001年にオープンしたノーベル博物館“Nobelmuseet”です。そして、その後方に見えるのはストックホルム大聖堂の鐘楼。
 
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大広場の南側にある噴水井戸
 
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その近くにはオープン・テラス席のあるレストラン
 
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東方向へ向かう路地は旧市街で最も古い通りのようです。ちなみに、左方向へ行けば王宮に至ります。
 
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(続く)

2019年7月29日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その42) ストックホルムの旧市街にある王宮

午前10時30分過ぎ、水辺に面した王宮の東側を通って、王宮の南側に到着しました。前方には鐘楼のようなものが見え、王宮の入口脇には衛兵が警護しています。ちなみに、この王宮はイタリア・バロック様式で、内部には600以上の部屋があるそうです。また、国王の執務室の他、様々な博物館があり、それらの博物館は見学が可能のようです。
 
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左手に騎馬像があります。
 
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西方へ伸びる広い坂道を5分ほど歩くと、正面にストックホルム大聖堂(Storkyrkan)が近づきました。13世紀後半に建てられた後、何度も増改築が行われたそうで、現在は王宮に合わせてイタリア・バロック様式になっています。ちなみに、現在に至るまで、国王や女王の戴冠式と結婚式などが行われてきたそうです。なお、写真の右端には近接する王宮の建物が少し写っています。
 
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王宮の西側にある広場に入りました。
 
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王宮の配置図には東西南北の建物と半円形の建物で構成されていることが分かりました。半円形の広場(The outer courtyard)では衛兵の交代が行われることも説明されています。平面図には表現されていませんが、王宮は東方向へ低くなる傾斜地に建てられていて、水辺の景色を楽しめるように2つのウイングが配置されています。案内用の番号を確認すると、主な博物館である王室武器庫(東棟)、王宮博物館(北棟)、アンティーク博物館(北東ウイング)、トレー・クローノル博物館(北棟)の場所が表示されています。
 
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2つの建物が半円形を構成して広場を囲み、
 
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左側の建物越しには大聖堂の青い鐘楼が見えます。
 
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広場の東側には四角形を構成する宮殿の建物があり、入口脇で衛兵が警護しています。
 
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滞在時間の制約があるため、王宮は外観を見るだけで、内部の見学は断念しました。(続く)

2019年7月28日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その41) ストックホルムの新市街を巡って旧市街へ

市庁舎を後にした専用バスは“Vasagatan”通りでストックホルム中央駅の前に出て、
 
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なぜか目的地である旧市街とは反対の北方向へ走行しています。
 
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バーガーキングのある交差点を”Kungsgatan”通りへ右折し、
 
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婦人服の店BIK BOKの前を通過しました。
 
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その先の大きな交差点の左角には変わったファサードの雑居ビルがあります。iPhone SEのマップ・アプリで確認すると、この交差点の南西角にノーベル賞の授賞式が開催されるコンサート・ホールがあったようです。
 
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前方にアーチ橋が現れました。
 
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道路が立体交差するようです。
 
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地形に合わせて建てられた楔形の建物を左(北東)に見ながら専用バスは右折しました。
 
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交差点の南東角には小さな広場「ストゥーレプラン」(Stureplan)はストックホルムで待ち合わせ場所として人気があるそうです。また、ルイ・ヴィトン、グッチ、ヒューゴ・ボスアルマーニ、ガントなどの高級ブランドのショップが多いエリアでもあると。ちなみに、広場の中央に見えるオブジェは1937年に建築家のホルゲル・ブロム(Holger Blom)が製作した“キノコ”を意味する「スヴァンペン」(Svampen)という名の、高さ3.3mのコンクリート製マッシュルームでした。
 
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メインストリートであるビルゲル・ヤースガータン通り“Birger Jarlsgatan”を南下します。脇道に入った場所に日本を始め世界60か国以上に進出している有名化粧品の店「オリフレーム」(ORIFLAME、写真右手)があり、その奥にはセブンイレブンの看板が確認できました。
 
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クラシックな外観が魅力的な建物です。アパートメントでしょうか。
 
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交差点に指しかかると、左前方の“Nybrogatan”通りに面した王立ドラマ劇場Kungliga Dramatiska Teatern)が確認できました。
 
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交差点を右折すると、右手前方にスウェーデンのデパート「ノーディスカ・コンパニー」(Nordiska Kompaniet)が見えてきました。その手前の交差点を左折して南下すると、
 
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ウオーターフロントに出ました。交差点の左方向にはノーベル賞受賞者が宿泊するというグランド・ホテル・ストックホルムが見えます。
  
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専用バスは旧市街にの東端に架かるストロム橋(Stromborn)を渡り始めました。グランド・ホテル・ストックホルムの前には遊覧船乗り場があり、その先にあるのは国立博物館(写真の中央)のようです。そして、 対岸(写真の右端)は近代美術館(Moderna museet)があるシェリプスホルメン(Skeppsholmen)島で、木立の中に見える青い屋根はショップスホルメン教会でしょう。
  
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橋を渡りきったところにある埠頭の脇を通り抜けると、多数の観光バスと王宮が右手に見えてきました。いよいよ、ストックホルム発祥の地で、狭い路地の街並みの中に王宮や大聖堂などがあるガムラ・スタン(注釈;古い街を意味する)に入ります。
     
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余談です。埠頭にある半球型をしたドームには"ENERGY OBSERVER"と表示されています。何だろうとと思い、ネット検索で調べると、自然エネルギー(太陽光)だけを使う双胴船で2年間に約2万km公開したロジェクトの名称でした。太陽光で得られた電気をバッテリーに蓄電するとともに、真水を電気分解して得られた水素を蓄積し、太陽光が利用できないときにはその水素と空気中の酸素と結合させて電気を得る燃料電池として機能させることができる優れた仕組みを持っています。これにより、搭載する蓄電池の容量を最小限に留めることができるようです。ストックホルム港は30カ所目の寄港先(5月24日から6月2日までの予定)とのことです、残念ながら、この日(5月27日)には屋根全体に太陽光パネルが設置されたその双胴船の姿はありませんでした。(続く)

2019年7月27日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(その40) ストックホルム市内観光・ストックホルム市庁舎(後編)

鏡の間に出ました。
 
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窓際にはストックホルムの景色を描いたと思われる大きなタペストリーがあります。
 
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シャンデリア
 
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スウェーデンの歴史上の著名人の彫刻を施したキャビネット
 
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黄金の間に入りました。壁面は1900万枚の金箔を貼ったモザイクで覆われているそうです。
 
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天井の装飾
 
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天井の高さを間違えたために、壁画の上端部が隠れています。
 
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この若者は王子でしょうか。
 
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聖エリック(Sanct Eric)とは殉教者であるスウェーデン王のエリック9世のことです。熱狂的なキリスト教信者でフィンランドでの布教に努め、またデンマーク軍の侵攻時に殺害された人物で、聖王と呼ばれているようです。
 
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黄金の間の正面にある壁には女性が描かれています。北欧神話に登場するメーラン湖の女王(女神ゲフィオン)です。デンマークのコペンハーゲンのチャーチル公園でゲフィオンの像を見ています。ちなみに、左側には黄金の自由の女神の象徴されるアメリカが、右側は東欧の街並みを表現しているそうです。
 
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女神は膝の上にストックホルムの街並みを載せています。
 
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紋章のようです。
 
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スウェーデン王グスタフ1世
 
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2階を一周してバルコニーに出ました。
 
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反対側の壁面に飾られているのはノーベル賞のメダルにもあるノーベルの横顔
 
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(続く)

2019年7月26日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その39) ストックホルム市内観光・ストックホルム市庁舎(中編)

2階にある長いベランダの奥に大広間があるようです。
 
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天井付近にある装飾板の中にはパイプオルガンの1万本のパイプが設置されているそうです。
 
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階段を少しだけ上がったところにある演台はノーベル賞の晩さん会の司会が使うのでしょう。
 
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折れ曲がる階段をさらに上がります。
 
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階段の上から見たブルーホールはそれほど広くはありません。ノーベル賞の晩餐会には約1300名もの人々が参加するため、長いテーブルがぎっしりと並べられ、1人当たりの幅は60cmと決められているそうです。つまり、旅客機のエコノミークラス並み。ちなみに、国王や大統領クラスでも横幅は70-80cmとのこと。
 
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<追記 2019/7/28> 今日午前11時55分からテレビ東京で放送された「和風総本家 傑作選」でノーベル賞晩餐会を彩るスウェーデン王立工科大学の学生自治会の旗(100年前の製作)を復元するために野蚕糸と山形県米沢市の伝統技術・米沢織が使われたことが紹介されました。注釈;2016年10月20日に和風総本家で放送された内容の再放送
 
2階の廊下を奥へ進みました。明り取りとなっている右側の窓の下は中庭のようです。
 
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小さな部屋抜けると、
 
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その先に市議会場がありました。定員は101名とされた理由は過半数を判定しやすくするためだそうです。また、男女は同数とのことですが端数の1名は・・。
 
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約200席あるというひな壇型の傍聴席とヴァイキング・ルネッサンス様式(船底がモチーフ)の天井構造
 
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壁面の飾り付け
 
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オバ-レン(楕円形)と呼ばれる部屋の100のアーチと呼ばれる天井は尖塔の基部になっているそうです。
 
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明り取りの窓
 
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(続く)

2019年7月25日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その38) ストックホルム市内観光・ストックホルム市庁舎(前編)

午前8時30分ころ、専用バスに乗って市内観光へ出発しました。
 
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ここでプチ薀蓄です。スウェーデンの首都であるストックホルムは人口が約75万人(周辺を含めると約87万人)の北欧で最大の都市です。フィヨルドに面した都市景観から水の都とも呼ばれます。13世紀半ばにスウェーデン貴族のビルイェル・ヤールによってスタッホルメン島に築かれた砦が都市として発展したとされますが、島を取り囲むように丸太の柵が巡らされたことから丸太の小島(ストックホルム)と呼ばれるようになったそうです。ちなみに、スタッホルメン島はガムラ・スタン(古い街/旧市街)と呼ばれています。13世紀中頃からはハンザ同盟の都市として発展。1389年の戦いで敗れたことによりデンマークの支配下にあったスウェーデンは1523年にグスタフ1世の下でスウェーデン王国として独立し、ストックホルムはその首都として人口が増加しました。また、国名のスウェーデンはスカンジナビア半島に居住するゲルマン民族の総称であるスヴェーア族の国を意味するようです。
  
閑話休題。まず、欧州自動車道路のE4/E20でストックホルムの中心部へ向かい、
 
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E4/E20から”Sodertaljevagen”通りに入ってリッダーフィヨルド(メーラレン湖)に架かる橋Lijeholmsbronを渡ります。
 
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次いで、長さが約600m(水面上の長さは340m)のアーチ橋Vasterbronを渡ると、右手に教会の尖塔(鐘楼)が建ちならぶ旧市街を見渡すことができました。左手前にあるのはストックホルム市庁舎の塔のようです。注釈;写真では見えませんがこの橋は橋桁の下にアーチ構造がある上路アーチ橋(開腹2スパン)です。
 
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反対側(左側)には昨夜通過したE4/E20の 橋が見えます。
 
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新市街を抜けてストックホルム市庁舎に到着しました。写真では見にくいのですが、高さが106mの塔の頂部にはスウェーデンの紋章である3つの王冠が黄金色に輝いていました。
 
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1923年に竣工した市庁舎の入口に向かいます。
 
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前庭からはリッダーフィヨルド(メーラレン湖)の対岸にある建物群が見渡せます。3つある尖塔は、左から、ストックホルム大聖堂、ドイツ教会、そしてリッダーホルム教会と思われます。

 
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市庁舎の開放的な入口(回廊あるいはピロティ)を入ると、
 
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広い中庭のような場所に出ました。
 
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左手にある建物の壁面には著名な人たちの銅像が並んでいます。
 
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振り返って見た入口付近
 
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その左手には高さ106mの塔が聳(そび)えています。
 
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入館者用ワッペンをもらいました。
 
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左手の建物に入ると、床に紋章のようなものが描かれていました。スウェーデンの紋章である3つの王冠を簡略化したものかもしれません。ちなみに、個人では市庁舎の内部を見学することはできませんから、個人客はガイド付の館内ツアーに参加する必要があります。
 
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赤レンガの壁で囲まれた部屋が市庁舎で一番広いブルーホール(青の間)でした。
毎年ノーベルの命日である12月10日にコンサート・ホールで開催されるノーベル賞の授賞式の後、ストックホルム市庁舎のこのブルーホールでスウェーデン国王夫妻が主催する晩餐会が開催され、2階の黄金の間では舞踏会が開かれるのです。
  
2階へ上がる階段の付近で観光客たちが説明を聞いています。この階段がノーベル賞の晩さん会で受賞者が広場に下りるために利用するもののようです。ちなみに、青の間と呼ばれる理由は寒さ対策で追加された天井には空の絵を描き、壁面は空のように青く塗る予定だったことによるそうです。しかし、レンガの色が美しかったため、塗装されないことになったとのこと。
 
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(続く)

2019年7月24日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その37) ストックホルムのスカンディック・クンジェス・クルバ・ホテルに宿泊

ストックホルム・アーランダ空港はストックホルムの中心部から北へ約42kmの地点にあり、既に暗くなった欧州自動車道路E4/E18を南下しました。
 
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E4/E18を出て程なく、スカンディック・クンジェス・クルバ・ホテルに到着。すでに午後11時近くになっています。ちなみにこの日(4日目)の総歩行数は14,487歩でした。
 
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翌朝、午前4時少し前に起床。窓のブラインドを少し開けると、何と言うことでしょう、道路を挟んでIKEAの店舗がありました。言わずもがなですが、IKEAはスウェーデン発祥の世界に展開する家具店チェーンです。
 
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iPhone SEの地図アプリで場所を確認しました。ストックホルムの中心部からE4/E20で約10km南西の郊外でした。
 
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午前5時半過ぎに朝の散歩に出かけました。自室がある2階(日本では3階)から階段で1階に下りると廊下のカーペンに地図の模様が描かれていました。ちなみに、2階の廊下は無地です。
 
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さらに、地階のロビーへ下りました。昨夜遅く、チェクウインした時には薄暗かったため、レセプションとロビーは初めて見るカジュアルなものでした。案内によれば、地階にはバー、ショップ、ジム、サウナ、プールがあるようです。
 
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ホテルのエントランス付近
 
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早朝のため、車が通行していない道路の反対側に大きなIKEAの店舗が続いていました。
 
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右手(北)方向へ歩きました。E4/E20はこの先のロータリーで右折したところにあるようです。
 
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IKEAのエントランスは日本の店舗とは異なり、円形になっていました。
 
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ロータリー付近から見るE4/E20方面
 
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他にこれといったものはなさそうですから、引き返すことにしました。スカンディック・クンジェス・クルバ・ホテルとは別棟ですが、プールおよび関連用品の店舗(POOLBUTIK)が併設されているようです。”POOLKUNGEN Swimmingpool och spa””(プール王 スイミングプールとスパ)とも表示されています。
 
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POOLBUTIK“の横から見ると、スカンディック・クンジェス・クルバ・ホテルは2階建ての低層棟と9階建ての高層棟で構成されていることが分かりました。

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午前6時30分から朝食が提供されますので、地階にあるカフェテリアへ向かいました。
 
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こちらは私がビュフェで選択した朝食メニューです。
 
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同行者は少食ですが、多彩なメニューを選んでいます。
 
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昨夜は遅い時間にチェックインしたため、自室内はチェックアウト直前に撮影することになりました。
 
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(続く)

2019年7月23日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その36) オスロ空港からスウェーデンのストックホルム・アーランダ空港へ(後編)

SK492便での座席16Dは主翼の真横であり、
 
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しかも、非常用脱出口がすぐ横にある変則的な座席です。つまり、16E(隣の座席(16E)がないことで圧迫感はまったく感じません。
 
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着席して程なく、CAさんが私の席の横まで来て、『英語を話せますか?』 と手短に確認しました。緊急時にこの席にいる乗客はCAさんをサポートする役割があるからなのです。
 

一列の座席は2+3の計5席で。ちなみに、総座席数165です。
 
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定刻より少し遅れて離陸すると、オスロ郊外の景色が窓越しに見えました。
 
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雲海の上に出ました。
 
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オスロ空港を離陸して30分あまりが経過すると、日が傾いたようで、空が茜色に染まり始めました。
 
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さらに5分後、SK492便が高度を下げると、太陽が雲の切れ間から覗(のぞ)き始めました。
 
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離陸して約50分が経過すると、SK492便は着陸態勢に入りました。ちょうど日没のタイミングです。

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定刻より5分遅れの午後9時40分にストックホルム・アーランダ空港に到着
 
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バゲージ・クレームへ向かいます。
 
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SK482便の荷物は5番カルーセル(Baggage Carousel)に出てくるようです。
 
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ーミナルビルから外へ出ると、変わったデザインの管制塔が見えました。
 
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(続く)

2019年7月22日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その35) オスロ空港からスウェーデンのストックホルム・アーランダ空港へ(前編)

ヴァイキング船博物館を後にした専用バスは欧州自動車道路E6に入って約50km先のオスロ空港を目指して北上しました。
 
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E6から反れてオスロ空港へのアクセス道路に入りました。
 
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ターミナルビルに近づくと駐機する旅客機が見えてきました。
 
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モダンなデザインのターミナルビルです。ちなみに、オスロ空港の正式名称はガーデモエン空港(Gardermoen Airport)
 
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ターミナルビルの前は乗降客の車で大混雑しています。
 
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17時50分ころ、ターミナルビルに入り、出発便の状況を確認すると、SASのSK492便ストックホルム行きは定刻に出発するようです。
 
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ターミナルビルは木材・金属・ガラスの素材感を生かした統一感のあるデザインです。
 
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出発まで2時間半以上もありますから、搭乗券には搭乗ゲートが記載されていません。
 
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善は急げとばかりに国際線のゲートへ向かいました。
 
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ノルウェーを代表する画家エドヴァルド・ムンクの絵画(オリジナル)がコンコースに2点展示されていました。通常はオスロのムンク美術館に展示されている絵画が適宜オスロ空港に貸し出されているとのこと。しかも、簡単なガイドポール(人の列を整理するためのベルト付きポール)で囲まれているだけなのです。大らかなお国柄の表れでしょう。
 
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窓から見えるのはポルトガル航空機、スウェーデンの詩人・小説家カリン・ボイェ(Karin Boye)の写真を垂直尾翼にラッピングした航空機(スウェーデンの航空会社の旅客機?)、その先はエチオピア航空など
 
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SK492便の搭乗ゲートがD4に決まりました。
 
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機種はボーイング737-800です。
 
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(続く)

2019年7月19日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その34) ヴァイキング船博物館(後編)

その他、奥のエリアの展示品には「織物技術」もありました。
 
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金属製の道具類
 
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美しい装飾を施した橇(そり)
 
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建物の右側袖部分にも小型の船が何艘かあります。
 
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よく見るために階上のバルコニーから見下ろしていると、40秒後に次回の上映があるようです。
 
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午後4時45分からヴァイキングについての解説(スライド上映)が始まりました。星空の下で火山が爆発。
 
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美しい船と王族のような美しい身なりをした人々が登場
 
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船には兵士達が乗り込みました。
 
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今度は実写風の画面に帆船が出現
 
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フィヨルドと帆船の風景
 
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口に近い場所に展示されている船をもルコニーから見下ろすことができます。
 
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建物の左袖の奥には発掘された人骨が展示してありました。
 
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入館して約30分が経過し、集合する時間が近づきましたから退館することに。
  
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この後、オスロ中央駅に近いオスロ大聖堂や北東へ約1.5kmの地点にあるムンク美術館にも立ち寄りたいところですが、時間の制約がありオスロ市内観光はここで終わりです。次回はオスロ空港からスウェーデンのストックホルム空港へ移動しますが、ここで原稿の投稿を小休止します。(続く)

2019年7月18日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その33) ヴァイキング船博物館(前編)

専用バスは住宅街を抜けて行きますが、北欧らしく自転車レーンがしっかり整備されています。また、交差点の停止線の上には車両を感知するセンサーがありました。
 
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ロータリーを右折して”Bygdoy”(ビグドイ)にある”Museer”方面へ向かいます。
 
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マリーナの脇を通過
 
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5分ほど高級住宅地内を走行するとヴァイキング船博物館に到着しました。駐車場の先に白い壁と茶色い瓦のコントラスト美しい建物があります。
 
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門の代わりになっている”VIKINGSKIPSHUSET THE VIKINNG SHIP MUSEUM”(ヴァイキング船博物館)と表記された立て看板にはヨーロッパ全体と北アメリカ大陸東北部(カナダ東部)を網羅するヴァイキングの航路が地図上に表示されています。
 
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“Viking voyages”(ヴァイキングの航海)と題して、『ヴァイキングの時代は西暦750-1050年。ヴァイキングは卓越した造船業者かつ航海者であり、彼らの船は速く・頑丈かつ長い海の旅に良く適していました。』 と説明されています。
 
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ヴァイキング船博物館を見学する前に、基礎的な知識を確認しましよう。西欧や東欧の歴史に詳しい方は多いことと思いますが、北欧の歴史について詳しい方は稀(まれ)だと思います。学生時代から西洋史に関心があった私ですが、北欧については残念ながら無知同然でしたから、旅行に出かける前に俄(にわか)仕込みで調べてみました。北欧とはデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの5か国を指しますが、広義ではデンマークの植民地であるグリーンランドとロシアに隣接するバルト3国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)を含むことがあります。また、狭義ではデンマーク、スウェーデン、ノルウェーの3国をスカンジナビア(またはスカンディナヴィア)と呼びます。
 
スカンジナビアの住民は元々北ゲルマン人であり、ゲルマン人の大移動(300-700年)の際に欧州大陸の北部からさらに北へ移動した人たちで、言語はいずれも北ゲルマン語であることが共通します。なお、フィンランドはコーカサス山脈付近から移動してきた人たちで、スカンジナビアの人たちとは人種・言語とも異なります。また、アイスランドは、9世紀ごろからノルウェーからの移民、次いでスッコトランドやアイルランドからも移民がおこなわれましたが、13世紀以降はノルウェーおよびデンマークの支配下に置かれました。つまり、スカンジナビアはゲルマン人の国々なのです。
 

本題であるヴァイキングはスカンジナビアおよびバルト海沿岸に住んでいた北ゲルマン人(ノルマン人)がヴァイキング時代(800-1050年)に西ヨーロッパ沿岸部へ進出するために使用した武装船団の乗組員および広義ではスカンジナビアとバルト海沿岸の住民のことを指します。人口が増加するにともない西欧へ進出するようになりました。主な目的は海賊行為でしたが、住みよい領土の獲得(植民)や商取引(交易)などを目指したヴァイキングもいたようです。具体的には北海の西側にあるスコットランドとイングランド、そしてフランス北西部のノルマンジーへの植民、さらには地中海・黒海沿岸諸国との交易へと拡大しました。
 
フランク王国からノルマンジーの領有を許されノルマンディー公ギヨーム2世はアングロ人とサクソン人(いずれもゲルマン系)が住むイングランドへ進出して1066年にウイリアム1世としてノルマン朝を開きました。これにより古英語(アングロ人とサクソン人の言語にデンマーク出身ヴァイキングであるディーン人の言語の影響が加わった)はフランス語の影響を強く受けることになりました。ちなみに、ノルマン王朝の後継であるブロア朝は1135年から1154年まで続きますが、その経緯は複雑であるため説明を省略します。
 
<追記 2019年7月28日> 前夜、TBS系で放送された「世界不思議発見」で、11世紀ころから傭兵(ようへい)としてシチリア島と南イタリアへ進出したノルマン人
が次第に実力を蓄え、やがてアラブや東ローマ帝国の支配を徐々に排して、12世紀前半にはシチリア王国を建国したことが伝えられました。蛇足ですが、シチリア王国が断絶したあとの12世紀末には神聖ローマ帝国、13世紀にフランス王国、15世紀にスペイン王国がシチリアと南イタリアの支配者となります。
    
アクセス道の右手に虹の形をしたオブジェと胸像がありました。
 
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台座には“ANNE STINE og HELGE INGSTAD” (アン・スティンとヘルゲ・イングスタッド)と”De oppdaget vikingenes Amerika”(彼らはヴァイキングのアメリカを発見した)と刻まれています。ネット検索で調べると、二人はノルウェーの著名な考古学者と探検家でした。
 
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館内に入ると巨大な木造船「ロングシップ」が展示されていました。
 
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船の中央部にはマストがあり、
 
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船体の上部にはオール用の穴が多数開いています。
 
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そして、船尾の右側には大きな舵が設備されています。
 
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船尾には船首同じ装飾があります。
 
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船尾側から見た船底
 
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十字型をした建物の左側袖部にも同様の船が展示されています。
 
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一番奥のエリアには船以外の、様々な関連の展示がありました。これは装飾彫を施した馬車です。
 
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(続く)

2019年7月17日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その32) フログネル地区のヴィーゲラン公園(後編)

橋の上から小さく見えた石柱の上の像が、正門を入って最初に見た彫像ととよく似た人と怪獣の彫像です。
 
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橋を渡り終えると噴水とその奥にある石柱が近づきました。
 
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噴水の周りには青銅製の彫像が多数並んでいます。
 
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いずれも樹木に登って遊ぶ人物像でした。
 
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それらの下にある壁には動物と戯れる子供たちのレリーフがいくつも貼り付けられています。
 
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中には不気味な骸骨を表現したものも
 
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振り返ると、噴水前の広場は2色のタイルで幾何学模様が描かれていることに気づきました。
 
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同行者は奥のステージへ向かって先を歩いています。
 
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石段を上がった場所に男性たちを描いた透かし彫りレリーフのフェンスがありました。
 
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その先にある石像が並ぶ階段は石柱の下まで続いているようです。
 
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近くから見ると石柱は無数の人たちが積み重なって塔を形作っていることが見て取れました。
 
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女性と子供たちが集合する石像を現地ガイドさんが説明してくれましたが、周りの石像に気を取られてぼんやりしていたようで、その内容はすっかり失念してしまいました。
 
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ここで振り返ると正門までを見通すことができました。
 
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反対側(奥の方)は芝生が敷き詰められた高低差のある空間が広がっていて、中央の散策路上にモニュメントが2つあることが確認できました。
 
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ステージの奥にも透かし彫りレリーフが飾られたフェンスがありました。こちらは女性たちです。
 
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低い場所にあるのは日時計のようです。
 
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そして、さらに階段を上がった高みには何人もの人達が手足を絡ませて大きなリングを作っている奇抜な彫像がありました。
 
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右手に続く散策路から専用バスが待つ裏口へ向かいます。
(続く)

2019年7月16日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その31) フログネル地区のヴィーゲラン公園(前編)

専用バスは路面電車(トラム)の路線11番に従って北西方向へ走りました。
 
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専用バスは1kmあまり先で”Kirkeveien”通りへと左折すると、市の北西部・フログネル地区にあるヴィーゲラン公園にほどなく到着しました。正門は花崗岩と錬鉄で作られています。
 
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フログネル公園の一部であるヴィーゲラン公園(別名:ヴィーゲラン彫刻公園)は面積が32ヘクタールと、王宮公園の約1.5倍の広さがあります。ちなみに、この公園のテーマは「人生の諸相」だそうです。
 
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ノルウェーの彫刻家グスタフ・ヴィーゲラン(Gustav Vigeland、1869-1943年)の作品だけを展示する彫刻公園です。ブロンズと花崗岩でできた大小212点の彫刻(人物は600以上)を公園内の6つのエリアに屋外展示してあるのだそうです。それは、正門・橋・子供の遊び場・噴水・ものリスの台地・生命の環の6つです。
 
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フログネル公園とヴィーゲラン公園の案内図には、『フログネル公園はオスロの市街地では最大の公園で、年間を通して24時間開園している。ヴィーゲラン公演はその一部で構成。グスタフ・ヴィーゲラン(1869-1943年)のライフワークは青銅・花崗岩・錬鉄製の200体以上の彫刻(彫像)で構成されてい有る。」とあります。注釈:”og”はノルウェー語で「と」を意味する
 
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右手にグスタフ・ヴィーゲラン(Gustav Vigeland)の像がありました。その前にはコペンハーゲンで見かけた電動キックボードに乗る若者がいます。
 
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少し先へ進むと両側に多数の青銅像が並んでいました。
 
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その右端には、モニュメントのように、石柱の上に人と怪獣の像が飾られていました。
 
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そして、左奥にある父子像
 
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さらに進むと池の畔に出ました。その前方にも石柱に乗る彫像が確認できます。
 
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これも父子像でしょうか?
 
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美しい花が咲き乱れています。
 
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よく見ると奇妙なポーズを撮る赤ちゃんの像が
 
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橋の欄干にある彫像の一つ目は怒る子供のようです。
 
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次いでリングで戯れる男女
 
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仲の良い父子
 
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子供たちを蹴散らす男
 
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(続く)

2019年7月15日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その30) オスロ市内観光(その2) 王宮公園

我われが乗車した専用バスは市庁舎付近から路面電車のルートを横切って右前方(北方向)へ進みました。路面電車はロータリーを直進しますが、優先権は車よりも路面電車にあるのでしょうか・・。ちなみに、左前方に見える木立は王宮公園のようです。
 
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フレデリック通り(Frederiskgate)を北上して横切ったカール・ヨハン通りKarl Johans gate)の突き当り(左方向)が王宮でした。注釈:”gate”はノルウェー語で「通り」を意味する
  
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反対側(右手)には同じくカール・ヨハン通りに面したオスロ大学があります。

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王宮公園沿いの道を進むと敷地内に建物が見えました。現ノルウェー国王ハーラル5世とその家族が実際の住居としている建物のようです。
 
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坂を上りきった辺りで専用バスを下車。
 
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坂道を少し下って王宮公園の中に斜めに続く道を歩きました。
 
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王宮公園は広さ22ヘクタールで、ノルウェー王室の居城を囲む公園です。王宮の建設がすでに始まっていた1820年代に公園の建設工事が始まったそうです。

19世紀初頭に造られた王宮の前面は、
 
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化粧漆喰(しっくい)の外壁が美しい。
 
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正面にある玄関は意外に質素です。
 
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宮殿前広場にはこの王宮を建てたスウェーデン国王およびノルウェー国王のカール3世ヨハンの騎馬像(1875年建立)が立っています。台座に刻まれている” DET NORSKE FOLK REISTE DETTE MINDE.”はノルウェー語で、直訳すると「ノルウェーの人々はこの最小の旅を」となりますが・・。
注釈:スウェーデン国王としての名前はカール14世ヨハン
 
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振り返ってみた王宮から続くカール・ヨハン通り
 
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左手の芝生内にある女性像はイギリス王太子の末子であり、1905年にノルウェー王ホーコン7世の王妃になったモード(MAUD)王女です。ちなみに、1319年以来、単独の王国として絶えていたノルウェーに約600年ぶりに復活した王妃です。
注釈:ホーコン7世はデンマーク王とスウェーデン=ノルウェー国王の娘との間に生まれた二男。ホーコン7世が即位するまでの約600年間はデンマークあるいはスウェーデンの王がノルウェー王を兼ねる同君連合が続いていた
 
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“Slottsparken”(王宮公園)の案内にある地図によると変則的な形をした傾斜地を利用して南東方向へ向いて王宮が建てられています。
 
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王宮の警護を行う衛兵の詰所です。ちなみに、衛兵の交代は毎日ランチタイムに約40分かけて行われるそうです。
 
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左手にある門から王宮の裏手へ回ってみることにしました。
 
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西洋風の小さな庭園にはコーン形に刈り込まれた植栽が並んでいます。この形状から昔(1961年公開)のフランス-イアタリ合作映画「去年マリエンバードで」の印象的なシーンを思い出しました。この映画の奇妙で難解なストーリーは黒沢明監督の映画「羅生門」(原作:芥川龍之介の「藪の中」)に影響を受けた脚本家アラン・レネロブ=グリエによるものです。
 
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王宮の脇の散策路は奥の方へと続いていました。
 
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裏庭にある「氷の池」はスイレンが美しく、昔はこの池に張った氷を切り出して王宮内などで使われたことから、その名前があるそうです。
 
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“DETKONGELIGE HOFF THE ROYAL COURT”(宮廷)と表示された立て看板があります。そこには、『工事のため道路は閉鎖されています。歩行者は閉鎖されたエリアを迂回して公園の通路にしたがっても構いません。自転車に乗っている人は次の出口を利用してください。』 と書かれていました。
 
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王宮の門がありました。奥に立派な玄関が見えますから、こちらが正門なのでしょうか。ちなみに、夏の間、王宮の内部を見学するガイドツアー(有料)が行われるそうです。
   
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ノ王宮の脇へ回ると、少し離れた場所にルウェーの女性作家“CAMILLA COLLETT”(カミラ・コレット、1813-1895年、男女平等のパイオニア)の像がありました。
 
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衛兵控所の前を通り抜けて、騎馬像の近くで待つ同行者と合流しました。
 
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なお、王宮庭園内には彫刻家グスタフ・ヴィーゲランの彫像もあるようです。ちなみに、この後はヴィーゲランの作品を屋外展示するヴィーゲラン公園へ行く予定です。(続く)

2019年7月14日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その29) オスロ市内観光(その1) オスロ市庁舎とオスロ港周辺

ノルウェーの首都であるオスロ(県/市)の名前は日本人にも良く知られていますが、どんな都市であるかはあまり知られていないと思います。北欧4か国の首都のなかで一番人口が少なく(市内:約66万人、都市圏:約86万人)、その中心部はほぼ徒歩圏内といえる小ぢんまりとした町です。日本からの直行便がないことも影響しているのかも知れません。ちなみに、名称のオスロは古い言葉で「尾根の下の牧草地」を意味するとされますが、諸説があるようです。
 

トーン・ホテル・テルミナスが角にある交差点を左折して東へ1ブロック進んだところにある公園Vaterlands Parkenの北側で専用バスが停車しました。変則5差路の角にあるCafé Con Barで遅いランチをすることになりました。テラス席がある外観通りに昼間は店内も明るくカジュアルなカフェですが、夜は落ち着いた雰囲気のバーに変身する店のようです。
 
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先ずサーブされたのはサラダとバゲット
 
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次いでメインのポークソテーの野菜添えには北欧料理らしくベイグドポテトが入っています。
 
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ポークソテーは濃い目の味付けをしたソースにポークが負けていましたが、野菜が好きな同行者には好みのランチでしょう。サービスも良かったと思います。
 
専用バスを待つ間、隣の”Vaterlands Parken”へ入ってみると、公園内の舗装された場所を利用して大きなチェスを楽しむ人たちがいました。
 
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公園の南隣に建つ現代風のガラス張りのビルは“Radisson Blu Plaza Hotel, Oslo”で、34階に展望レストラン&バーがあるようです。
 
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レンタサイクルが多数駐輪されていました。これは”Bysykkel”(シティバイク)と呼ばれるサービスです。
 
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元来た道を戻って王宮脇の道路に反れました。
 
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古代ノルウェーの遺品やヴァイキング時代の生活用品などを展示する歴史博物館の前を通過
 
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右前方に特徴あるのは外務省の建物
 
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その手前で道なりに左へ折れ、オスロ市庁舎の近くで専用バスを下車
 
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港へ向かって歩くと、オスロ市庁舎の脇に出ました。
 
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オスロ市庁舎は市制900年を記念して1950年に建てられたオスロ市のランドマークで、毎年12月10日にノーベル平和賞授賞式が開催されることで知られます。
 
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市庁舎の右上にあるレリーフ(彫刻)をズームアップして撮影すると、北欧神話(バイキング)を描いたもののようです。
 
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オスロ・フィヨルドの最北部(最奥部)に位置するオスロ港の最西部にある埠頭"Radhusbrygge"の左前方には、16-17世紀にデンマークとノルウェーの王であったクリスチャン4世ゆかりのアーケシュフース城が見えます。スウェーデンの軍隊などによる攻撃に備えて建設されたそうです。ちなみに、アーケシュフース城はディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」でアレンデール王国のお城のモデルになったともいわれます。
 
 
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港から戻る時に見かけた“NOBELS FREDSSENTERNOBEL PEACE CENTER”(ノーベル平和センター)にはノーベル平和賞の歴史や受賞者の功績を称える展示があるそうです。
 
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広い歩道にはキッチンカーが並んでいます。
 
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その先には昆虫の写真パネルが並んでいました。
 
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(続く)

2019年7月13日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(その28) ラルダールからオスロまでの長距離バスドライブ(後編)

標高約1000mのゴル山地(Golsfjellet)を下りて主要道路(RV52,RV7、地方道51号)が集まり、”Hemsil”川と”Hallingdalselva”川が合流する町、ゴル(人口2530人)に到着しました。ゴル・スカイステーション(Gol Skysstasjon)でトイレ休憩です。ちなみに、この町にもスターヴ教会(1200年建設)があるようです。
 
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行き当った国定環境道路(RV)7へと左折して、”Hallingdalselva”川に沿って下流へ進みます。
 
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草地に黄色い花が咲いています。
 
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Hallingdalselva”川に架かる橋を渡って右岸に移ると、山と空が川面に美しく写っていました。
 
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小さな町フロFla)にあるショッピング・モールにも立ち寄りました。今度は規則で決められている運転手さんの休憩タイム(1時間)です。
 
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その時間を利用してショッピング・モールに入って食物と飲み物を購入することにしました。思ったよりも規模が大きな店舗で、目立つ場所にトナカイの親子像が飾ってあります。
 
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一番奥にあるスーパー・マーケット”KIWI”で買い込んだお菓子と飲み物
 
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購入した7品の総額は177.80ノルウェー・クローネ(Nok)、つまり約2300円。ちなみに、消費税は15%。
 
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フロを出発して30分ほどが経過しました。iPhone SEのマップ・アプリで調べると、オスロにかなり近づいた場所(約70km地点)を走行していました。
 
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この先で欧州自動車道路E16へ往き行き当るようです。
 
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E16に入りました。
 
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オスロまで52kmの地点を通過
 
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左手に大きな湖が現れました。と思いましたが、これはティリ・フィヨルドTyrifjorden、面積:137平方km)でした。
 
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林の中を通過します。
 
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欧州自動車道路E16が往き当った欧州自動車道路E18(片側3車線)を左(東)方向へ向かい、
 
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約15km走行してオスロ中央駅の上を通過して、
 
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午後1時20分、オスロの中心部(オスロ中央駅の北側)に到着しました。右前方に"Thorn Hotel Terminus"(トーン・ホテル・テルミナス)が見えます。午前8時に出発したラルダールからオスロまでの長距離バスドライブ(約320km)は所要時間が5時間20分とほぼ予定通りでした。専用バスの運転手さんのスムーズな運転のお陰で快適なドライブを楽しむことができました。
 
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(続く)

2019年7月12日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その27) ラルダールからオスロまでの長距離バスドライブ(中編)

欧州自動車道路E16に戻ってラルダール川沿いに上流方向へ進みます。
 
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“Tuftas”トンネル(長さ2km)に入ります。
 
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トンネルを抜けたところで、欧州自動車道路E16から国定景観道路(RV)52へ反れると、前方に雪山が現れました。
 
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数分経過しただけで植生が高山層になりました。
 
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突然、小さな集落が現れました。どんな人たちが暮らしているのだろうかと思いましたが、地元ガイドさんよれば都市に住む人たちの別荘とのこと。ノルウェーでは一般的なことだとも。
 
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すぐ先に大きな湖Eldrevatnetがありました。海抜1116mの高地にありますから、5月でも3.48平方kmの湖面が氷結しています。ちなみに、この湖はラルダール市(Laerdal Municipality)の東端に位置します。
 
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駐車スペースから見たオスロ方面です。北国らしく路肩には路肩を示すポールが建てられています。
 
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同じくラルダール方面
 
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専用バスが”Eldrevatnet”湖の脇を出発すると、徐々に高度を下げたようで、再び緑色の牧場が目に入りました。
 
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さらに急坂を10分ほど下りると周囲は一面の緑になりました。
 
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右手にへムセダル(Hemsedal)のスキー場が見えますが、低高度にありますから、ゲレンデの残雪が少なくなっています。
 
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そして、左手にはスキー場らしい建物”TOURIST OFFICE“と宿泊施設が
 
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再び、右手方向を見ると大きな滝が見えました。
 
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(続く)

2019年7月11日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その26) ラルダールからオスロまでの長距離バスドライブ(前編)

午前8時に専用バスに乗車してホテルを出発しました。ラルダールの入口(東端)に近い住宅地の背後に大きな滝が見えました。早朝に散策したラルダール川にこの滝の水が流れ込んでいるのでしょう。
 
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国定景観道路(RV)5号はラルダールの町を出て、牧場の間を昨日とは逆方向へ走行しました。
 
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欧州自動車道路E16に入って317km先のオスロへ向かうようです。
 
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ラルダール川を渡って右岸に出ます。
 
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ラルダール市(Laerdal MunicipalityボルグンBorgund)にあるスターヴ(stavkyrkje)教会に立ち寄るようです。
 
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ホテルを出発して約30分後、スターヴ教会の駐車場に到着。その脇にボルグン(Borgund)スターヴ(stavkyrkje)と表示された大きな建物がありました。これが教会かと思いましたが、これはビジターセンターでした。
 
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右前方に黒い建物が2棟と赤い建物(新しい教会)が見えました。
 
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1180年~1250年の間に建設されたスターヴ教会(別名:樽板教会)は太い支柱と梁で構成された。中世のソグン型木造教会です。写真で分かるように3段の屋根と塔があり、手前の丸い部分はアプス(または後陣)のようです。注釈;スターヴはノルウェー語で四隅にある「太い支柱」を意味する
 
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切妻の屋根からは竜頭の彫刻が設置されています。
 
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ここが袖廊(しゅろう、別名;翼廊)と思われます。
 
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ちなみに、このスターヴ協会はアニメ映画「アナと雪の女王」における「エルサの氷の宮殿」のモデルになったとされるようです。
 
隣の小振りの黒い建物は鐘楼のようで、上部に鐘のようなものが確認できました。
 
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赤い建物は現用されている教会だそうです。
 
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ビジターセンターの中にはショップがあり、トナカイのようなものが置かれているのが見えます。
 
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教会の隣にある住宅
 
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駐車場へ戻る途中に見かけた案内看板
 
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ベルゲンからオスロへ至る主要道路の山越え区間(1793年完成)の説明です。『ラルダールとボルグンはノルウェーにおける道路の中心地で、”Filefjell”山(標高1250m)の東西を結ぶ主要なルートでした。ボルグン・スターヴ教会が1180年代に建てられた時、この道路は以前からある古いものでした。(以下略)』 と説明されています。
 
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(続く)

2019年7月 8日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その25) ラルダールのリンズトロム・ホテルに宿泊(後編)

ラルダールの案内には、『何世紀にもわたって、ラルダールは漁師、牧場主、取引業者が取引と情報交換をするために集まった市場だった。通信手段が改善され、旅行と観光が発展するにしたがい、1850年以降 人口は劇的に増加した。19世紀以降、旧中心地は主に木製の家で構成された。現在、ラルダールは約1000人の住民がいる。』 とありました。
 
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“Hedler”は家族向けに人気があるトレイル(登山道)であるとして、その道案内が詳しく書かれていました。先ほどの橋(Hedler)と町の入口付近にある橋を渡ることで、川の両岸を歩くコースです。
 
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“Sognefjorden”(ソグネ・フィヨルド)の看板には、『ノルウェー・フィヨルドの中心、世界遺産で国立公園のソグネ・フィヨルドへようこそ。最長のフィヨルド、最大の氷河、そして高い山々、世界でもっとも美しい体験ができる場所』 を地図上にプロットしてありました。
 
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ラルダールの町(拡大地図)
 
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このロータリーを直進すると国定景観道路(RV)5号と欧州自動車道路(E16)、左折すると先ほど通過した複合施設へ行けることを案内標識が示しています。
 
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ロータリーの脇にオートキャンプ場のようなものがあります。iPhone SEのマップ・アプリで確認すると、その先のフィヨルドにマリーナがありました。
 
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同行者は左方向へどんどん歩いて行きますので、マリーナへ立ち寄るのを諦めて、私もホテルへ向かうことにしました。
 
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細長く続くフィヨルドの対岸に住宅街が見えます。
 
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ここにもラルダールの案内地図がありました。ラルダールは地区全体がトレイルになっていることが説明されています。地図上にはいくつかのトレイルのルートが描かれていました。
 
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緑地には子供用の遊具が
 
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同行者は迷わず住宅街の方向へ進んで行きます。ホテルの裏手に出るつもりのようです。
 
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ホテルへ無事に帰着
 
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ホテルの自室へ戻る途中、階段の2階踊り場から向かい側にあるスーパー・マーケットを撮影
 
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自室から先ほど通過した住宅地が見えることを確認
 
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朝食の時間になりましたので、地階にあるレストランへ向かいました。朝食はビュフェ形式です。こちらは私の選択した朝食メニュー。
 
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こちらが同行者の朝食メニュー
 
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午前8時少し前、自室からフィヨルド方向をもう一度撮影
 
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この日は専用バスで首都のオスロまで長距離ドライブです。どんな景色を見られるかが楽しみです。ここでブログ記事の投稿を小休止します。(続く)

2019年7月 7日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その24) ラルダールのリンズトロム・ホテルに宿泊(中編)

左手にある池にフィヨルドの両岸と空が綺麗に写っています。
 
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レストランの前に出ました。屋根が緑化されているのは断熱(防寒)用でしょう。
 
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ロータリーの中央に大きなサーモン像が置かれています。
 
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直進するとラルダール川(Laerdalselvi)沿いに出ました。
 
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下流方向に橋が見えます。
 
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ホテルの方を振り返ると、草原の先に見覚えのあるバスが見えました。ベルゲンから乗車してきた専用バスです。その後方にはホテルの自室から見えた滝があります。
 
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川沿いに続く未舗装の道を歩きます。
 
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橋が近づきました。
 
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川の対岸
 
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先を行く同行者
 
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川の中州へ行くために架けられた手作り感のある橋
 
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思ったよりも立派なコンクリート製の橋です。iPhone SEのマップ・アプリで確認すると国定景勝道路(RV)5号でした。”Fodnestunnelen”(長さ6604m)を抜けたソグネ・フィヨルドをフェリー・ボートで越えて約110km北西の町シェイSkei)まで伸びているようです。
 
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未舗装の散策路は橋の下を通過するようにできています。
 
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どうしようかと考えながら辺りを見渡すと、先人たちが通ったと思われる跡がありましたので、それにしたがって道路上へ上がりました。
 
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道路の反対側にある歩道からラルダール・フィヨルドを眺めました。川との境界は不明ですが、左側の護岸が途切れる辺りと思われます。
 
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V字形のフィヨルドの両岸の先に見えるのはソグネ・フィヨルドの対岸かも知れません。
 
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橋の南端から見たラルダールの市街地
 
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100m前方にロータリーがあるようです。
 
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(続く)

2019年7月 6日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(その23) ラルダールのリンズトロム・ホテルに宿泊(前編)

フィヨルドの町ラルダール市(Laerdal Municipality)の ラルダールで宿泊するのはリンズトロム・ホテルLindstrom Hotel)です。
 
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幅の広いメインストリートに面しています。写真では確認できませんが、向かい側(写真右側)にはスーパー・マーケットがありました。ちなみに、ホテルにチェックインし、自室で小休憩した午後7時ころにアルコール燃料(ビール)を買いに行きましたが、午後7時を数分過ぎていたため購入できませんでした。ラダールではアルコール類を購入できる時間に制限があるのです。
 
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正面エントランス(写真右奥)から明るいロビーに入りました。左奥にはレストランがあるようです。
 
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ロビーには暖炉がありました。
 
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ガラス窓の外には小さな庭も
 
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正面玄関の右手にはフロントとショップが並んでいます。
 
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手動ドアがあるエレベーターに同行者は興味津々。ウルヴィックのブラカネス・ホテルのものと似ており、利用時には自らドアを開け閉めする必要があります。ただし、こちらのエレベーターには蛇腹式の内ドアも付いています。
 
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シンプルな色調の廊下
 
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自室は薄い茶系統に統一されていて清潔感があります。
 
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自室から見えるこちら方向(西方)にソグネ・フィヨルドから分岐するラダール・フィヨルドがあるはずです。
 
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同じく左手の崖から流れ落ちる滝が見えます。
 
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階下のレストランで夕食を済ませてから自室で日が暮れるのを眺めたあと、午後10時頃就寝しました。ちなみに、この日(3日目)の総歩行数は7,187歩でした。
 
翌朝は午前5時に起床。午前6時少し前、同行者を誘って朝の散歩に出かけることにしました。ホテル前の道路(メインストリート)と昨日専用バスが走ってきた道とが交差する場所に町の案内図が立っていました。町の左手(西方)にフィヨルドが迫っていることが分かりました。
 
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中央で上下に伸びるメインストリームの左下にリンズトロム・ホテル(Lindstrom Hotel)が表示されています。
 
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前夜、グドヴァンゲンからラルダールの町へ入ってきた道です。案内看板には電話博物館と郵便博物館が前方にあることが表示されています。
 
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先ず、メインストリートを北へ歩くことにしました。ホテルの前にあるスーパー・マーケット(写真右)と銀行(写真左)との間に伸びる道
 
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メインストリートの左手に”KIWI mini pris”の看板がある店舗がありました。ネット検索で調べると庶民向けスーパー・マーケットでした。開店時間は7-23、つまりセブンイレブンです。
 
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右手に伸びる3本目の道路沿いにはカラフルな住宅群が見えます。
 
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正面の岩山が近づきました。前方に見える灰色の建物はレストランのようです。交差点付近(右手)に置かれた立て看板には"Laksen Restaurant"と表示されています。
 
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左手にある大きな看板には博物館などを含む複合施設であるとの説明とともに、"Laksen Restaurant" “A taste of Sognefijord”(ソグネ・フィヨルドの味)と表記されパネルにはトナカイ、ムース(ヘラジカ)、鹿、サーモンの絵が描かれていますから、ジビエ料理の店のようです。
 
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右手方向には綺麗な住宅がありました。ちなみに、ラルダールの住宅街は歴史保存地域に指定されているそうです。
 
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(続く)

2019年7月 5日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その22) グドヴァンゲンから” Stegastein viewpoint”を経てラルダールまでのバスドライブ

到着したグドヴァンゲンでは先回りしていた専用バスに戻り、崖の上から流れ落ちる滝を見ながらネーロイ・フィヨルドに注ぐ川に沿って欧州自動車道路E16を南西方向へ進みました。
 
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10kmほど進むと急坂に指しかかりました。それをほぼ上りきった場所にあるテラス・ホテルはスタルハイム渓谷とネーロイ・フィヨルド方面を展望できるビューポイントがあるそうです。しかし、テラス・ホテルへ入る脇道には何ということか通行止めの警告がありました。前日の雨の影響かもしれません。そこで、運転者さんの提案で別の展望所へ向かうことになりました。
 

元来た欧州自動車道路E16をグドヴァンゲンまで戻り、ネーロイ・フィヨルドの右岸に沿って走りました。こちら方向へ進んで来る客船が見えます。フロム港に停泊していた大型クルーズ客船よりもかなり小さな客船のようです。
 
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欧州自動車道路E16はネーロイ・フィヨルドと離れて高度を上げて行きます。
 
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グドヴァンゲン・トンネル(Gudvangatunnelen、長さ11.4km)と”Flejatunnelen”(長さ5km)を抜けてフロム集落を回り込み、アウルランド・フィヨルド沿いに進んだ所で急坂を上がりはじめました。
 
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地方道243号へ反れてアウルランド・フィヨルドに注ぐ川沿いに進んだAurland集落を抜け、乗用車でもやっと通行できる幅の狭いつづら折れを上がりきったところに展望所Stegastein viewpoint、海抜650m)がありました。
 
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展望所から見るアウルランド・フィヨルドはフェリー・ボートでのクルーズ時に見たものとは一味違います。
 
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アウルランド・フィヨルド沿いの集落
 
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専用バスはさらに上方にある場所で折り返してきたようです。
   
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40km先のラルダールLardalsoyri)まで続く景勝地Aurlandfjellet National Tourist Route)があるようです。
 
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幅の狭い急坂を快調に下りて行く運転者さんの技量に感動さえ覚えました。
 
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元来た道を戻って再び欧州自動車道路E16に戻り、ラルダールトンネル(Lardalstunnelen、長さ24.5km、自動車用トンネルでは世界一の長さ)を抜けたところにあるロータリーで国定景勝道路(RV)5号へと左折しました。
 
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集落がある谷間の道が続いていました。iPhone SEのマップ・アプリによればソグン・オ・フィヨーラネ県のラルダール市(Laerdal Municipality)まで2-3kmの距離に近づいたようです。
 
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(続く)

2019年7月 4日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その21) フロムからグドヴァンゲンまでのネーロイ・フィヨルド・クルーズ(後編)

右前方の崖に滝があるようです。
 
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東山魁夷(かいい)が描いた落差600mのサーグ滝(別名:のこぎり滝)でした。
 
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幅がより狭くなりながらネーロイ・フィヨルドが伸びています。
 
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山頂の根雪
 
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右前方に小集落が見えてきました。無人集落のデュユダールDyrdal)です。
 
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雲の間から青空が覗(のぞ)き始めました。
 
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バッカBakka)集落が見えてきました。
 
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この頃になって気づきました。船室内にあるディスプレイに現在位置(青色の丸)と観光スポット(黄色の丸)が表示されていたのです。
 
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陽が指し始めたことでフィヨルドから立ち上がる崖がより立体的に見えるようになりました。
 
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天候の回復を喜んだのも束の間でした。ネーロイ・フィヨルドの最深部、目的地のグドヴァンゲンと思われる集落が前方に見えてきました。
 
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2分後には桟橋も確認できました。
 
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そして、フロム港と同様、船首を桟橋に向けて停泊します。
 
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上部デッキへ上がって美しく輝くネーロイ・フィヨルドを振り返って最後の一枚を撮影しました。他の客の話ではデッキの上はやはり寒かったそうです。
 
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下船して振り返って見たグドヴァンゲン港
 
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(続く)

2019年7月 3日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その20) フロムからグドヴァンゲンまでのネーロイ・フィヨルド・クルーズ(前編)

乗船時間が近づきました。我われが乗船するのはクルーズ客船ではなく小型のフェリー・ボート(1973年建造、長さ約55m/幅約11m、総トン数888トン)です。
 
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“Fanaraaken”号の船橋(ブリッジ)附近にはレーダー、無線アンテナ、警告灯などが確認できます。
 
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上部デッキへ向かう人が多かったため、船室の最前列(船橋の下)の席が空いていました。着席して数分後、フェリー・ボートは定刻の午後30分より少し早く桟橋(さんばし)を離れました。正面に見えるのは博物館で、左手前にある屋根に FJORDSAFARI”と表示された建物はフィヨルドをゴムボートによる高速クルーズ・サービスを提供している事務所でした。店先に吊るされていたパステルカラーの衣服のようなものはそのためのウエット・スーツだったのです。
 
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岸壁から少し離れるとフロム港とフロム駅の全景を見ることができました。
 
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こちらは観光案内所のFLAM TICKETS & VISITOR CENTERです。
 
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いよいよフィヨルド・クルーズが始まりました。グドヴァンゲンまで100km、約2時間の長旅ですが、前方が雨空のように見えることが気にかかります。
 
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アウルランド・フィヨルド(長さ約20km)に流れ落ちる滝
 
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グドヴァンゲンから来たと思われる同型のフェリー・ボートとすれ違います。
 
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懸念した通り靄(もや)が出てきました。
 
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前方からボートのような小型船が近づいて来ます。
 
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アウルランド・フィヨルドが左に折れると左前方に小さな集落が現れました。
 
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上空にワイヤが3本見えました。ボール状のものが付いているものもあります。旅行会社から貰った観光地図で確認すると、アウルランド・フィヨルドを跨ぐ送電線でした。
 
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その観光地図にはフロムからグドヴァンゲンまでのフィヨルド・クルーズで目にするものが簡潔に説明されていました。
 
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小集落が左横に見える場所まで進むと、その後方は渓谷になっていました。”Undredal”(ウンドレダール)という人口130人の集落でした。左手に小さな桟橋または埠頭(ふとう)が確認できます。
 
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少し折れ曲がって続くアウルランド・フィヨルドの左側の崖は緑に覆われていますが、その先では右側の崖と同様に岩肌が露出しています。観光地図を再度眺めると、そこにネーロイ・フィヨルド(長さ約18km)の入口があるようです。
 
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思った通りでした。アウルランド・フィヨルドはほぼ真っ直ぐに続きますが、鋭角に折れ曲がる角度にネーロイ・フィヨルドの入口が見えてきました。空はかなり明るくなったようです。
 
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世界遺産のネーロイ・フィヨルドです。
 
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奇抜なデザインの双胴船が現れました。
 
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ネーロイ・フィヨルドはこの先で幅が狭くなるようです。幅が250mしかなく、世界で一番幅が狭いフィヨルドとされます。
 
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黄色いウエット・スーツを着た人たちが乗っていますから”Fjordsafari"の高速クルージング用ゴムボートでしょう。停船していますから、フィヨルドの景色を解説しているのでしょう。
 
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(続く)

2019年7月 2日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その19) フロムでランチと博物館を楽しむ

フロム駅の西側にある博物館の前を通過して、ランチを食べるレストランへ向かいました。フロムの町並みの背後にはそそり立った岩山が迫っています。
 
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ウィーンのシェーンブルン宮殿でも走っていた蒸気機関車型ミニバス
 
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左手に大型クルーズ客船を見ながらフィヨルド沿いの道を歩きました。
 
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右手には小型電気自動車のレンタル店があります。
 
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ウッドデッキに入ったところで振り返って見るフロム港方面
 
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フィヨルド沿いに約6分(400mほど)歩いた場所にノルウェー料理の店Flam Marina and Appartment Cafeがありました。名前の通り、小さなマリーナがある全面純白に塗られた建物(屋根は海老茶色)にあるレストラン(1階部分)です。2階は宿泊施設になっており、写真右端には増設されたと思われるガラス張りのテラス・エリアがあります。注釈;トリップ・アドバイザーによれば、フロムにある14軒のレストラン中、第3位にランキングされている
 
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レストランの店内(フィヨルド側)
 
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先ず、食パンとトマト・スープがサーブされました。日本のものに近い食パンは濃い目の味付けのスープとよく合いました。
 
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次いで、メインである鶏肉のグリル料理は、薄めの味付けで食べやすく、美味しく楽しめました。実は配膳されるまで鮭料理またはトナカイの肉料理を期待していたのですが・・。
 
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ランチを終えた30分後、フィヨルドの景色を楽しみながら同じルートを戻ります。フィヨルドの遠くに小さくなった客船を確認することができました。ちなみに、停泊中の大型クルーズ客船には "PRINSENDAM"号と表示されています。後日、ネット検索で調べたところ、オランダの"Holland America Line"社所有の客船(2002年6月就航)で、総トン数約3万8千トン、長さ約200m、乗船客数835、乗組員数470との情報が得られました。
 
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フィヨルド・クルーズまでの時間(30分弱)を利用して駅に隣接する博物館に入ることにしました。同行者は土産物のショップがあることに惹(ひ)かれたようです。ネット検索で調べると、博物館の建物は旧駅舎だったとのこと。
 
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ショップエリアに留まる同行者を残して、奥の博物館エリアへ入りました。1940年に開通したフロム鉄道の建設をはじめ、フロムに関する様々な記録と遺品などが展示されているそうです。最初の展示は乗用馬車と荷馬車、手前にあるのは牛乳缶、右端に写るのは荷物を運ぶためのソリかもしれません。右端に写る説明書きにはベルゲン鉄道の山岳区間における建設工事のため、船で運ばれた工事材料などが陸揚げされたフロムからベルゲン鉄道が通るミュドラールまでのアクセス道路"Rallarvegen"が整備され、最も安全であった馬を使う輸送方法が採用されたことが書かれていました。ちなみに、そのアクセス道には21のヘアピンカーブがあり、最大勾配は1:5だったそうです。
 
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写真展示のコーナーにあるのは乗用ソリでしょう。
 
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フロムにおける郵便配達員の装備は真っ赤な旗、スキー、灯油(または鯨油)ランプ、ラッパであることが一目で分かります。
 
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こちらは鉄道建設現場で使われた測量機器と手押し一輪車など
 
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線路のゲージを図る道具(治具)と犬釘を打つ様々な工具類
 
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一番奥のエリアには電気機関車とゲージ調整用治具などの実機が展示されていました。
 
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館内で折り返すと、「フロム-ミュルダール-フロム」の表示があるパネル上に貼られた多くの写真には当時の様子がリアルに写っていました。『フロム鉄道のトンネルはほとんど手掘り(注釈;直径1-2mの穴を何本も穿(うが)った上、ダイナマイトで広い空間を造る方法)で行われ、岩石はレーキ(熊手)とトレイ(受け皿)で取り除かれた、大きな岩についてはスタンプ・プラー(根抜機)を用いた』 と説明されていました。
 
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最後はフロム地区の立体模型です。いかに急峻なエリアで道路と鉄道の建設が行われたかが良くわかります。
 
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(続く)

2019年7月 1日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その18) フロム鉄道の車窓風景とショース滝(後編)

列車が停車して7-8分後、乗客が客車に戻ったことを確認した車掌さんが電車の発車知らせました。
 
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発車するとほどなく左手に別の滝が見えました。滝口の横にホテルのような建物を確認できます。
 
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ブロムヘッラー駅(Blomheller、海抜450m地点)
 
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フロム鉄道と並走する渓流
 
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高い岸壁から流れ落ちる2条の滝 注釈;天井灯の写り込み有り
 
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フロム鉄道はかなり高度を下げたことで風景が大きく変わりました。
 
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擦れ違った列車の機関車には別の絵が描かれています。ちなみに、"SE NORGE"はノルウェー語で「ノルウェーを見てみよう、つまりノルウェーの魅力」(英語;See Norway)を、"TA TOGET"は同じく「電車に乗る」を意味するようです。
 
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水の流れが目立つようになってきました。
 
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ルーデン駅Lunden、海抜16m)
 
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ネーロイ・フィヨルドの説明
 
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民家が見えるようになると、
 
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フロム駅(Flam)に到着しました。ちなみに、フロムとは古いノルウェー語で「険しい山間の小さな平地」を意味する言葉で、現在も谷間に民家が点在する小さな村です。
 
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客車のボディには”One of the worlds most beautiful journeys”(世界一美しい旅行の一つ)と表示されています。
 
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我われが乗る客車を牽引してきたドイツ製EI17型機関車の前景
 
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プラットフォームに出ると、乗車待ちの人々とともに大型の客船が見えました。ソグネ・フィヨルドの分岐であるアウルランド・フィヨルドに面するフロムはクルージングの一大拠点なのです。ちなみに、フロム港はクイーン・メリー2号など100隻以上のクルーズ客船が毎年寄港するそうです。
 
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(続く)

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