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2019年7月 2日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その19) フロムでランチと博物館を楽しむ

フロム駅の西側にある博物館の前を通過して、ランチを食べるレストランへ向かいました。フロムの町並みの背後にはそそり立った岩山が迫っています。
 
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ウィーンのシェーンブルン宮殿でも走っていた蒸気機関車型ミニバス
 
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左手に大型クルーズ客船を見ながらフィヨルド沿いの道を歩きました。
 
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右手には小型電気自動車のレンタル店があります。
 
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ウッドデッキに入ったところで振り返って見るフロム港方面
 
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フィヨルド沿いに約6分(400mほど)歩いた場所にノルウェー料理の店Flam Marina and Appartment Cafeがありました。名前の通り、小さなマリーナがある全面純白に塗られた建物(屋根は海老茶色)にあるレストラン(1階部分)です。2階は宿泊施設になっており、写真右端には増設されたと思われるガラス張りのテラス・エリアがあります。注釈;トリップ・アドバイザーによれば、フロムにある14軒のレストラン中、第3位にランキングされている
 
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レストランの店内(フィヨルド側)
 
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先ず、食パンとトマト・スープがサーブされました。日本のものに近い食パンは濃い目の味付けのスープとよく合いました。
 
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次いで、メインである鶏肉のグリル料理は、薄めの味付けで食べやすく、美味しく楽しめました。実は配膳されるまで鮭料理またはトナカイの肉料理を期待していたのですが・・。
 
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ランチを終えた30分後、フィヨルドの景色を楽しみながら同じルートを戻ります。フィヨルドの遠くに小さくなった客船を確認することができました。ちなみに、停泊中の大型クルーズ客船には "PRINSENDAM"号と表示されています。後日、ネット検索で調べたところ、オランダの"Holland America Line"社所有の客船(2002年6月就航)で、総トン数約3万8千トン、長さ約200m、乗船客数835、乗組員数470との情報が得られました。
 
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フィヨルド・クルーズまでの時間(30分弱)を利用して駅に隣接する博物館に入ることにしました。同行者は土産物のショップがあることに惹(ひ)かれたようです。ネット検索で調べると、博物館の建物は旧駅舎だったとのこと。
 
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ショップエリアに留まる同行者を残して、奥の博物館エリアへ入りました。1940年に開通したフロム鉄道の建設をはじめ、フロムに関する様々な記録と遺品などが展示されているそうです。最初の展示は乗用馬車と荷馬車、手前にあるのは牛乳缶、右端に写るのは荷物を運ぶためのソリかもしれません。右端に写る説明書きにはベルゲン鉄道の山岳区間における建設工事のため、船で運ばれた工事材料などが陸揚げされたフロムからベルゲン鉄道が通るミュドラールまでのアクセス道路"Rallarvegen"が整備され、最も安全であった馬を使う輸送方法が採用されたことが書かれていました。ちなみに、そのアクセス道には21のヘアピンカーブがあり、最大勾配は1:5だったそうです。
 
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写真展示のコーナーにあるのは乗用ソリでしょう。
 
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フロムにおける郵便配達員の装備は真っ赤な旗、スキー、灯油(または鯨油)ランプ、ラッパであることが一目で分かります。
 
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こちらは鉄道建設現場で使われた測量機器と手押し一輪車など
 
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線路のゲージを図る道具(治具)と犬釘を打つ様々な工具類
 
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一番奥のエリアには電気機関車とゲージ調整用治具などの実機が展示されていました。
 
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館内で折り返すと、「フロム-ミュルダール-フロム」の表示があるパネル上に貼られた多くの写真には当時の様子がリアルに写っていました。『フロム鉄道のトンネルはほとんど手掘り(注釈;直径1-2mの穴を何本も穿(うが)った上、ダイナマイトで広い空間を造る方法)で行われ、岩石はレーキ(熊手)とトレイ(受け皿)で取り除かれた、大きな岩についてはスタンプ・プラー(根抜機)を用いた』 と説明されていました。
 
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最後はフロム地区の立体模型です。いかに急峻なエリアで道路と鉄道の建設が行われたかが良くわかります。
 
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(続く)

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