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2020年5月23日 (土)

海外出張の6か国目はマレーシア

1985年2月にマレーシアへ出張することになりました。新商談への売り込みが目的でした。幸いなことに商談は順調に進展し、同年8月には顧客との技術折衝に入ることが出来ました。同年12月と翌19861月には詳細な技術についてのプレゼンテーション、同年6月には新技術紹介するプレゼンテーションが相続き、そして19871月には追加プロジェクトの技術折衝が始まりました。

5年間のアメリカ赴任(ふにん)から戻った19948月、19954月および12月と頻繁(ひんぱん)に出張したことで、1985年から1999年までの15年間でマレーシア出張はご合計20回にも及び、海外出張先としてはマレーシアが最多となりました。しかも、プロジェクトは途絶えることがなく、筆者にとってはニュージーランドと並ぶ重要なビジネス相手です。

ここでマレーシアを概観します。東南アジアにあるマレー半島の南部とその東にあるボルネオ島の北部を領有しており、面積は約33万平方キロメートル(日本の約86%)、人口は約3200万人。体制は立憲君主制、首都はクアランプールで、イギリス連邦に加盟しています。国名のマレーシアはマレー半島(サンスクリット語で山脈がある土地を意味するムラユ)が語源とされます。

次いでマレーシアの歴史を簡単に振り返ります。古代から小王国があったようですが、1400年に建国したマラッカ王国がマレー半島南部・マラッカ海峡・スマトラ島南東部を支配し、1528年以降はマラッカ王国を受け継いだジョホール王国が誕生した。これと相前後してポルトガルとオランダが植民地化を進めた。1874年にはオランダに代わってイギリスが植民地化(イギリス領マラヤ)し、1942年から1945年までは日本がマレー半島と北ボルネオを占領。日本の敗戦により1946年にイギリス領マラヤ連合となり1948年以降のマラヤ連邦を経て1957に独立。1963年にはマレーシア連邦と国名を変更して現在に至っています。

頻繁に出張したマレーシアですが、訪れたのは首都のクアラルンプールだけなのです。幸いにもビジネスが順調に進展したことで、クアラルンプール南方約20㎞の場所で新たに開発されたIT経済特区のサイバージャヤに現地子会社(研究・技術部門)を設立し、会長職(非常勤)を数年務めることにもなりました。当時のマハティール首相にも拝謁(はいえつ)する機会を得たことも忘れられない思い出になりました。

ただ、残念なことにクアラルンプールで撮影した写真はパソコン内蔵HDDのクラッシュ外付けHDDの故障によってすべて失われてしまい、今回の記事に掲載することができません。唯一、パソコンショップに救出してもらった写真が1枚あります。それがクアラルンプールの中心部にあったオフォスから撮影した当時世界一の高さ(452m)を誇った「ペトロナス・ツインタワー」(1998年竣工)なのです。

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私の好きなショーン・コネリーがキャサリン・ゼタ・ジョーンズと共演した1999年の映画「エントラップメント」(1999年公開)の舞台にもなりました。老練な美術品泥棒と保険会社の調査員が知恵比べ(駆け引き)をする痛快アクション(恋愛)映画です。結末の『どんでん返し』 が見事でした。注釈:エントラップメント(Entrapment)は『罠(わな)にかかること』  あるいは『囮(おとり)捜査』 を意味する ◇

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