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2024年10月 4日 (金)

岐阜県と愛知県の史跡を巡るドライブ旅(その12) 岡崎市の岡崎城に初登城④

五万石を支えた岡崎城下町: 東海道や舟運により、交通の要衝(ようしょう)であった岡崎の城下町の賑(にぎ)わいを紹介しています。

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東海道二十七曲りと城下町十九か町: 田中吉政が岡崎城を総構えしたときに、東海道が城下に引き入れられた。慶長14年(1609年)、本田康重により総構えの北辺まで大きく廻され、東海道は「二十七曲り」と呼ばれる屈曲の多い道筋となった。

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岡崎城下町模型です。江戸時代後期の町並み(岡崎城の南東部)を再現。岡崎城総構えの東の入口 籠田(かごた)総門から大手門前の対面所辺りまでを示す。東海道の両側には町家が立ち並び、南側には侍屋敷が拡がる。町家の裏手には、城下町を囲む土類と総堀が巡る。

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伝馬町の町並み: 伝馬町は、慶長14年(1609年)本多康重(やすしげ)により東海道宿駅のまちとして新設された。通りの南側には旧榎町(えのきちょう、現裕金町)から、北側には八丁村(現八帖町)から住人が移り住んだ。

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八丁味噌製造道具: 上は蒸した大豆をつぶす「きね」、 下は味噌玉と塩水をこね合わせる道具の「てこぼう」

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神社の繁栄

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古写真に見る岡崎城 岡崎城天守の特徴

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混迷する岡崎城: 岡崎は矢作川の地の利により発展したが、次第に固定化した流路に土砂が堆積し、江戸時代後期には洪水が相次いだ。岡崎藩は、救米(すくいまい)などによる被災者救済や、決壊した堤防の修復に追われ、借財が膨らんでいった。

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これはアトラクションの「岡崎城シアター」です。

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床面と壁3面のスクリーンに投影された岡崎城総構えのマップを歩くと、江戸時代の城下町の映像が現れ、現在のまちと比較・体験できるようです。

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参加者が足で桜の花びらを踏むと黄色い煙が立ち昇るとともに大きなハートマークが現れました。

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岡崎城下町あんないじょ ー岡崎見どころマップー

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(続く)

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