岐阜県と愛知県の史跡を巡るドライブ旅(その10) 岡崎市の岡崎城に初登城②
徳川四天王の一人である本田忠勝公像がありました。鹿角脇立兜(かづのわきだてかぶと)と甲冑(かっちゅう)で身を固め、名槍蜻蛉切(めいそうとんぼきり)を携(たずさ)えています。姉川の戦い(注釈:織田・徳川連合軍が浅倉・浅井連合軍と戦った)、一言坂(ひとことざか)の戦い(注釈:徳川家康と武田信玄の戦い)、長篠(ながしの)の戦い(注釈:織田・徳川連合軍と武田勝頼の戦い)などで数々の武功を挙げた武将です。
振り返って見た「本多忠勝公像」と「二の丸能楽堂」です。なお、それらの手前には藤棚と休憩所が。
前方、木立の合間に天守閣が見えました。
右手へ下る石畳の遊歩道を進みまました。
標識によると、この先に「産湯の井戸」があるようです。後で調べましたが、「五万石ふじ」は城郭の南西部の乙川を望む場所にありました。花期は4月下旬から5月初めまでです。「えな塚は」後出。また、後方の「家康館」は先ほど通過した「ひょうたん屋」の裏手、国道1号線に近い場所にあります。
石畳の遊歩道はまだ続きます。
堀端(ほりばた)に出ました。左手の石垣上に本丸と天守閣があるようです。
「産湯(うぶゆ)の井戸」の説明パネルには、家康が生まれた時にこの井戸から産湯の水を汲(く)んだと伝えられると書かれています。
井戸から水が出る仕掛けがありますが、『東照公産湯の井戸から汲み上げた水を浄水設備を通して触れられるようにしてある』 と説明されています。「産湯の井戸」はどこにあるのかが気に掛かります。
左手には堀が続いています。
マンホールの蓋(ふた)があります。お城と帆掛(ほか)け船をモチーフにしたデザインです。帆掛け船の帆には「五万石」の文字があるのは、江戸時代を通じて岡崎藩は石高(こくだか)が五万石と小藩並でしたが、家康の出身地であることから藩主は譜代大名並に扱われていたプライドを表しているのでしょう。なお、左下には平仮名で「おすい」とさりげなく表示しています。
前方に大木があります。
近くにある立て看板には、ふるさとの名木「岡崎公園の大くろまつ」と表示されています。
先ほどの道標にあった「胞衣(えな)塚」の説明パネルです。これによると「胞衣塚」は子供の成長と出世を願う習わしとのこと。
徳川家康の「胞衣塚」は石造りの立派なものです。
「本丸埋門(うずみもん)北袖(そで)石垣」は、本丸埋門から来た方向に伸びる石垣で、高さは10mを超える大規模なものであると説明されています。
ゆるやかな坂道を上がると徐々に石垣が見えてきました。
高い場所からは石垣をよく見ることができます。

前方に見えてきたのは両側を石垣に囲まれた「本丸埋門」のようです。
(続く)
« 岐阜県と愛知県の史跡を巡るドライブ旅(その9) 岡崎市の岡崎城に初登城① | トップページ | 岐阜県と愛知県の史跡を巡るドライブ旅(その11) 岡崎市の岡崎城に初登城③ »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 稲城市の城山公園を散策する!(その2) 芝生広場・テニスコートと人工池(2026.08.17)
- 稲城市の城山公園を散策する!(その1) 都道19号線で到着した公園の散策を開始(2026.08.17)
- 飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録決定(速報)(2026.07.27)
- (続)王禅寺ふるさと公園内を散策!(最終回) 古刹王禅寺に参拝③(2026.07.25)
- (続)王禅寺ふるさと公園内を散策!(その8) 古刹王禅寺に参拝②(2026.07.24)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 稲城市の城山公園を散策する!(その2) 芝生広場・テニスコートと人工池(2026.08.17)
- 稲城市の城山公園を散策する!(その1) 都道19号線で到着した公園の散策を開始(2026.08.17)
- 久しぶりに神乃珈琲でランチを楽しむ!(2026.08.15)
- ラ・オハナのハワイ料理で家族パーティー!(2026.08.13)
- 市民税がまた還付されました!(2026.07.30)
« 岐阜県と愛知県の史跡を巡るドライブ旅(その9) 岡崎市の岡崎城に初登城① | トップページ | 岐阜県と愛知県の史跡を巡るドライブ旅(その11) 岡崎市の岡崎城に初登城③ »


コメント