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2025年10月

2025年10月28日 (火)

孤独のランチはすき家のミニ牛丼!

同居者が催し物で終日出掛けているため、お昼は一人飯です。そこで、今回も「すき家」に出掛けて「牛丼」を食べることにしました。

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ランチにはやや遅い時間であり、店内は空いていました。意外なことに、店内で食べる客よりもテイクアウトする客の方が多いようです。

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カウンター席に座った筆者はさっそくタッチパネルで注文をすることにしました。

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まず左上の「牛丼」を選びます。

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次いで、詳細メニューの選択では迷わず「サイズ ミニ」を選びました。それも単品です。

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念のため、注文内容を確認しました。「牛丼 ミニ」(390円)だけが注文されています。

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待つことなく「牛丼 ミニ」が配膳されました。

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サイズはミニですが、紛(がぎ)れもない「牛丼」です。美味しく完食。

今回は「JAFのサービス券」を持参しました。「50円引(期限は12月31日)」されるはずです。

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「サービス券」つきですからセルフ会計ではなく店員さんに会計を依頼することに。

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料金は50円引きの340円。ご馳走様でした!◇

2025年10月22日 (水)

本郷貯水池公苑と東京都水道歴史館を訪ねる(最終回)

「東京都水道歴史館」に20分ほど滞在してから退出しました。次の目的地へ向かうためです。門を出て右手へ進むと大きな絵を焼き付けた陶器のパネルが道路に向けて設置してありました。最初は「淀橋浄水場起工式」とあります。消火作業と蒸気機関車などが描かれていて印象的です。

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2枚目は「江戸の長屋の台所」

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続いて「江戸の水売り」

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最後の「江戸の上水井戸」では、大きな樽(たる)製の共同井戸から桶(おけ)で水を汲んでいる様子が描かれています。細かいことが気になる性格の筆者には『この上水井戸にはどのように水が供給されるのか?』が疑問として残りました。

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敷地の角には「東京都水道歴史館」の案内パネルがありました。

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本郷庁舎」の案内も

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さらに直進すると「順天堂大学」の脇に出ました。左手に本部と順天堂医院B棟、右手にはA棟/B棟などが並んでいます。

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順天堂大学と言えば「箱根駅伝」の常連校ですが、筆者はその知識をほとんど持ち合わせていません。後で調べると、江戸期後期に佐倉藩主が招聘(しょうへい)した佐藤泰然が江戸薬研堀(東日本橋)に開学した蘭学医学塾が順天堂大学の起源でした。名前の「順天堂」は天道に順(したが)うの意味とのこと。なお、箱根駅伝2026予選会(10月18日開催)で総合2位となったことで、来年の正月には「順天堂大学」の名前がテレビから流れることになりました。ちなみに、15年連続67回目の出場になります。

外堀通り」に出ました。この道を歩いて「水道橋交差点」まで戻ります。

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道路の反対側に白い門扉のようなものが見えます。筆者は「神田上水の懸樋跡」をまだ探し続けているのです。事前の下調べに依ればこの辺りのはずですが、案内看板や案内標識も見当たりません。

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後で調べると、「神田上水懸樋跡」の石碑はやはり「外堀通り」の南側歩道の下(神田川縁)にあることが分かりました。筆者が歩いた北側の歩道からは見えなかったのです。なお、「神田上水」は文京区関口(江戸川公園の辺り)にあった堰(せき)から上水を取り入れ、小日向台下の裾(すそ)を通り、小石川後楽園(旧水戸徳川家の江戸上屋敷)の中を抜け、水道橋の東側で懸樋(かけひ)により神田川を渡し(越し)、神田・日本橋方面に給水されていたそうです。

下り坂は「水道橋交差点」まで続いていますが、道路の反対側にモニュメントのようなものが見えて来ました。

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「水道橋交差点」にある横断歩道で「白山通り」を横断します。

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次いで「外堀通り」の横断歩道も渡ったところで、左手(東方)に先ほどのモニュメントのようなものを眺めることができました。

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振り返ると「本郷貯水場公苑」から見えた高層ビル「東京ドームホテル(2000年開業)」(写真左)が聳(そび)えていました。その右隣りにある円筒形の建物は「東京ドームシティのミーツポート」です。

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「水道橋」を渡りました。注釈:写真は振り返って撮影

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下には「神田川」が流れています。

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「JR水道橋駅」に到着。開始時間が迫りましたので「旧友たちとの会食会場」へと急ぎました。

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会食を終えた約3時間後には「三田線の水道橋駅」まで戻りました。

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「水道橋駅」から1つ先の「神保町駅」まで乗車します。

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《散策後期》 「水道橋」から「本郷2丁目(東京水道歴史館)」方面への「坂道散策」では6,575歩、午後の散策を含めると9,528歩と久しぶりの長距離歩行でした。なお、急な坂道を無理な姿勢で歩いたため、もともと弱い腰を痛めてしまいました。無理は禁物です!(終)

2025年10月21日 (火)

本郷給水所公苑と東京都水道歴史館を訪ねる(その3)

館内に入った直ぐの場所に「館内案内」がありました。それによると、1階が近現代水道コーナー、2階が江戸上水コーナーです。

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どちらの階を先に回るかで迷いましたが、すぐ近くのパネルにある「神田上水」の文字が目に入り、右手の「水道情報コーナー」へ向かいました。主要なテーマは『神田上水の水はどこから来ている?』『玉川上水で運ばれた水、どのように江戸の人たちに配ったのでしょう?』などです。白い操作卓のディスプレイでその説明を見る仕組みのようです。

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なぜか英語で、"Outline of Water Resources and Service Areas"(水源とサービスエリアの概要)と表示された地図には「多数の水源で集められた水が長い送水管で都内の各地に送られている状況」が表示されています。利根川水系のダムが中心ですが、羽村市にある多摩川の取水所や神奈川県の相模ダムが表示されています。

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しかし、赤い送水管は川崎市にある長沢浄水場で止まっています。筆者が調べたところによると、①川崎市上下水道局の長沢浄水場(1954年/昭和29年開設)で分水された原水が東隣にある東京都長沢浄水場(1956年/昭和31年開設、1959年/昭和34年通水)で急速濾過方式で最大20万㎥/日の水(注釈:東京都水道局における約3%)が浄化され、②多摩水道橋を経由する導水管で世田谷区の砧浄水場と砧下浄水場へ供給され、③世田谷区と大田区の多摩川沿い地区・目黒区の南部の約50万人に水道水として提供されているはずですが・・。

「水質管理と高度浄水処理」が図解を併用して説明されています。昭和の時代には東京都の水道水は美味しくないと言われましたが、平成初期に利根川水系の浄水場に導入され、平成25年に100%に達した「高度浄水処理システム」(通常の浄水処理にオゾン処理と生物活性炭吸着処理を加えた処理システム)は東京都民の救世主になったようです。

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高度浄水処理のしくみの図解

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高度浄水処理の詳細説明

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音波を使って送水管を検査する仕組みのようです。

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送水管を背景に異なる材料で作られた古い蛇口が4種類展示されています。

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小河内ダムの建設と役立てられた技術

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戦後復興と独自水源の確保(筆者注記:人口の急増に対応するための水資源確保策)

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東京砂漠をうるおす利根川からの水の道(筆者注記:上記の「水源とサービスエリアの概要」と一部重複)

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この図では長沢浄水場と砧浄水場・砧下浄水場が送水網で繋(つな)がっています。

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様々な口径の送水管

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地中を掘り進むシールド工法の説明(筆者注記:優れた工法ですが、自動車道路用トンネルの工事においてトラブルが発生したことも)

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災害と水道(筆者注記:関東大震災から戦災まで)

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水の道を確かに(水道事業のうつりかわり)

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明治39年(1909年)にロンドンより寄贈された馬水槽(ばすいそう)筆者注:馬水槽は上部が馬用、下部が犬猫用、人間は背面の蛇口で水を飲むことができる赤花崗岩で作られた水道設備。現在は新宿駅東口広場に設置されています。

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馬水槽の実物展示(筆者注:新宿東口広場から移設されたか? 新宿東口広場の地図にはまだ残っていますが・・) 後で調べると、「東京水道歴史館」にある馬水槽はレプリカで、新宿東口広場にある方が本物のようです。

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消火栓の歴史

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淀橋浄水場と水圧系(筆者注:淀橋浄水場は1898年(明治31年)から1965年(昭和40年)まで西新宿(旧豊多摩郡淀橋町)に存在した。なお、神田川に架けられた青梅街道の淀橋が地名の由来。)余談ですが、当時の淀橋町は東京市に含まれていなかったため、地元である淀橋町には給水されませんでしたが、地元淀橋町の強い要請により、1924年(大正13年)に淀橋町の水道への分水が開始されたそうです。

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近代水道の幕開けとともに使われるようになった「鋳鉄管(ちゅうてつかん)の展示コーナー(筆者注記:先に紹介した口径の大きな送水管と同じコーナー)です。なお、写真の左手前に写るのは「遠心力ダクタイル鋳鉄管」。

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送水管の接続作業と使用する工具類

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水道に関わる複数施設の写真パネルがありました。どうやら、こちらが入口のようです・・。

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入館時に受付で貰った「水の道 400年」と題したパンフレットを確認すると、推奨するルートが図解されていました。まず、入口に近い左手の階段を利用して2階へ上がり、一筆書きルートを辿(たど)った後に1階を見学するルートです。1階は筆者が感じ取ったように、村山貯水池にある取水塔実物大で再現したモニュメント内の壁面にある写真パネルを見た後、筆者とは逆である時計回りに移動するのです。

気がつけば予定した時間になりましたので「東京水道歴史館」を退出することに。心残りではありますが、2階の見学は別の機会に譲ることにしました。(続く)

2025年10月20日 (月)

本郷給水所公苑と東京都水道歴史館を訪ねる(その2)

和風公園を抜けると、北側に西洋公園が広がっていました。西方の遠くに見える高層ビルは「東京ドームホテル」(地上43階、高さ155m)でしょう。

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ここはバラ園として整備されています。

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秋の開花シーズンであるとして期待して訪れましたが、こちらの「サン フフレーア」と「フェアリー クイーン」の開花はこれからのようです。なお、円形の物は演出用オブジェ、それとも散水設備?

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西洋公園の中心部には女神像と思われる彫像があります。後で調べると「カルメン」でした。

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ここからは目に留まって撮影したバラをランダムに紹介します。まず赤いバラです。

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こちらは白い「つるピース」

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「はまみらい」は日本産

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「スター リンカーン」

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「ホワイト マスターピース」

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「つる ピース」

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なぜか地球儀が置かれています。

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「サラバンド」

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「マリア カラス」注釈:有名な女性歌手

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バラ園の見どころ

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説明文には『このバラ園には、左右対称のデザインが隠されています。2つのパーゴラの上の風見鶏は、よく見ると雌雄になっています。また、〈時〉のシンボルは、太陽を表しているのではないでしょうか。そして地球との間にには、満天星(=ドウダンツツジ)が広がっています。(以下略)』とあります。

北西の角に門のようなものがありますので向かいました。

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ここも高架橋になっており、長い下りスロープが続きます。「本郷給水所」は高台にさらに土を積み上げて造られているようです。

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スロープを下り切った所に「本郷給水所公苑案内図」がありました。こちらが正面口のようです。

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シンメトリカルな構成で「パーゴラ」に挟まれた「西洋公園」と池を配した「和風公園」で構成されていることが図解されています。また、南側の入口近くにあった謎の石造りとそれに続く石垣は「神田上水遺構復元施設」(地図の右上)と説明されていますから、移築された「神田上水」の石樋(せきひ、説明:石製の水道管)はこの場所にあったのです。見逃して、残念!

壁面にある「文教区立 本郷給水所公苑」のパネルには昭和51年12月開苑とあります。

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道なりに東方向へ歩きました。

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「東京都水道歴史館」の案内看板に従って区道を右折して南進

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立ち入り禁止の看板があるのは「東京都水道局本郷給水所」

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その隣に「東京都水道歴史館」がありました。

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所在地は文京区本郷2丁目です。(続く)

2025年10月19日 (日)

本郷給水所公苑と東京都水道歴史館を訪ねる(その1)

都営地下鉄三田線の「水道橋駅」で下車しました。プラットフォームからエレベーターを利用してB1階へ上がり、さらに別のエレベーターで地上(A2出口)に出ました。

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A2出口は「東京ドームシティ」方面へのアクセスが便利です。しかし、この日の目的地は都道301号(白山祝田田町線)の反対側(東側)の本郷2丁目にある「東京都水道歴史館」です。一番近いA1出口(建物内)は階段のみであるため敬遠しました。なお、写真に写る「水道橋交差点」の南方向にはJR中央本線の高架とその水道橋駅(写真右奥)があります。

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「水道橋交差点」の都道301号線(白山通り)を横断し、都道405号(外堀通り)の歩道を東進しました。

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左手には都立工芸高等学校のモダンな建物が聳(そび)えています。写真の右寄りに写る赤いオブジェはサンゴ礁のように見えます。回転するのだそうです。

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それに隣接して東京都教職員研修センターがあり、その脇には上り坂の歩道が続いています。

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「外堀通り」に接するように流れる神田川沿いに「お茶の水分水路」と「神田上水懸樋跡」があるはずだ、と思いながら進むと反対側の歩道に大きな石碑を発見。

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ズーム撮影すると、その石碑には「お茶の水分水路」と刻まれていることが確認できました。ちなみに、この場合の「分水路」とは水道本流から一部の水を分けて別方向へ送るための水路です。

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しかし、「神田上水懸樋跡」の方は見当たりません。なお、「懸樋(かけひ)」とは用水が川や谷を渡る際に架けられる水道橋の一種です。

筆者の当て推量に従って、順路と思われる左手の脇道に入りました。こちらも急な上り坂です。

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勾配が緩やかになった頂部付近の交差点を右に折れます。

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横断歩道を渡った所で交差点の角に案内板を見つけました。「水道歴史館」は130m先を左折したところにあるようです。

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すぐ先には「水道工事のお知らせ」の大きな看板を見かけました。

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地下の貯水池を改良する工事のようです。

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その先に「本郷給水所公苑」の入口と思われる鉄扉を見つけました。パネルに手書きされた文字は薄れていて読めませんが・・。こちらを先に訪ねることにしました。ちなみに、水道橋駅から約300mの地点です。

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「本郷貯水池公苑」へ行くには長い階段を上がるようです。

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階段を登り切ると、右へ伸びる歩道橋(名称:上空通路)が続きます。

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歩道橋の先にある木立が「本郷貯水池公苑」の「和風庭園」のようです。

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左手には石で護岸された小川があります。事前に調べたことによると、この公苑内に江戸時代の石樋(せきひ、説明:石製の水道管)が移築されて残っているとのことですが、地図で確認すると曲りくねったこの小川は池に続いていますから違うようです。

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右手前を見ると大きな石組がありました。噴水かも知れませんが、案内板がありませんから、用途を知ることができません。

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右手前方に伸びる通路を進むと大きな石で造られた石垣のようなものがありました。先ほどの石組と関係があるかも知れません。

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石垣の先に「神田上水(白堀部分)」の説明看板を見かけました。

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写真では読み取りにくいと思いますので、冒頭部分だけを引用します。『神田上水は、井の頭池の湧水を水源とする神田川に善福寺川、妙正寺川の流れを合わせ、目白台下に設けた堰(せき)で流れを分かち、水戸藩邸を通って神田川を懸樋(かけひ)で渡し、神田、日本橋方面の飲み水などに利用していた江戸時代から明治時代までの水道である。』

左手にある「和風庭園」には木道が伸びています。

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ここが施工箇所(地下が工事現場)である「2号配水池」のようです。江戸時代の水道管はどこにあるのでしょうか?(続く)

2025年10月15日 (水)

資さんうどんの尻手店がオープン!

1976年に北九州市小倉区で創業した「資(すけ)さんうどん」の尻手店(横浜市鶴見区尻手2-2-18)が、1010日(金)午前10時にグランドオープンしました。2024年に「すかいらーくグループ」の傘下に入ったことにより、8月に閉店した同グループの「ガスト尻手店」の居抜きで開店したようです。ちなみに、店名は創業者の名前に由来するとか。なお、近くにある「ガスト尻手駅前店」の方は存続しています。

同店は神奈川県内で「相模大野店」(2025年8月8日オープン)に次ぐ2店舗目であり、これにより「資さんうどん」は全国で88店舗目になりました。なお、当面は午後12時までの営業ですが、順次24時間営業へ切り替える予定とのこと。また、12月には藤沢市内でガストの店舗跡に開業する予定のようです。

事前にネット検索で見つけた「資さんうどん」の楽しみ方(アドバイス)によると、看板メニューの「肉ごぼ天うどん」(5820円)、「おでん5本セット」(630円)、「ミニぼた餅」(110円)を推しとしていますが、「うどん」以外にも「カツとじ丼」(790円)、「大海老天丼」(840円)、「資さんカレー(650円)などがあり、複数のメニューを食べたい時はミニサイズを選ぶことができるなど、全部で100種類以上と多彩なメニュー構成です。3枚の写真は店内で撮影しました。

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グランドオープン時の喧騒(けんそう)も静まることを考えて、週明の10月14日(火)に「資さんうどん尻手店」へ向かいました。川崎駅に近い国道1号線(第二京浜)沿いにある店舗(ニトリ横浜鶴見店の隣)は、筆者の予想(期待)とは裏腹に、火曜日の昼と言うのに予想以上の混み具合で、店舗の入り口付近には人だかりが出来ていました。

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店舗の左手に続く駐車場は横に1台ずつ並んで停める細長いスペースであり、

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その脇の通路を奥まで進むと四形角の広いスペースがありました。つまり「旗竿型の駐車場」(51台)なのです。なお、隣の大きな建物は「ニトリ横浜鶴見店」です。

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駐車場の右奥(写真の右手方向)には市道への出入り口(裏口)がありました。

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予約するために筆者だけで建物の入口へ向かうと、駐車場の整理担当者が「満車」のパネルを道路側に向けていました。

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店内にある端末を使って予約した結果、50組待ちでした。その旨を車で待つ同行者にメールで送信。

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待ち組数が5組まで減った50分後に同行者をメールで呼ぶと、程なくして筆者の予約番号「126番」がアナウンスされました。1組当たり1分と高い回転率です。注釈:写真は10分数分前の状態

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88席の客席はファミレスの雰囲気がそのまま残っており、写真の左後方には設備を入れ替えたと思われる厨房が覗(のぞ)いています。

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同行者が選んだ「肉ごぼ天(3本)うどん」(789円)を注文用パネルを使って入力した後、筆者は「うどん」そのものを味わうために一番シンプルな「かけ」(429円)にしました。しかも、ネギ抜きです。

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5分ほど待つと配膳されました。次の写真が「肉ごぼ天うどん」です。大きめの「ごぼ天」と肉が美味しそうです。注釈:薄くスライスした牛肉のようです。公式X(ツイッター)への書き込みを見ると、地域(店)によっては豚肉の場合もあるそうですが・・。

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そして、筆者が選んだ「かけ」は、「資マーク」がある小さな蒲鉾(かまぼこ)がトッピングされているだけで、見るからに質素です。

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そこで、各席に置かれているトッピング用の「天かす」や「とろろ昆布」から、筆者の好きな「とろろ昆布」を少しだけ入れました。それを見かねた同行者からは「ごぼ天」を1本と肉を少々お裾分(すそわ)けしてもらいました。

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資さんうどんのhpで紹介されているように、鯖、昆布、椎茸などからとった黄金の出汁は澄んでおり、やや濃い目の味付けで甘目の風味がありました。また、うどんは「伊勢うどん」ほどではありませんが、軟らかくもちもちした食感でした。なお、腰のあるうどんが特徴である「丸亀製麺のうどん」とは好対照であり、筆者には新しい発見になりました。

余談ですが、うどんが軟らかい理由は中国から福岡へ伝えられた饂飩(うどん)は元々柔らかかったとする説や、福岡県民はせっかちで短時間で食べられるようにしたなどの説があるようです。

これは参考情報ですが、食材は北九州にある自社工場で製造されているようです。そして、器は有田焼とのこと。

15分ほどで食べ終えて会計カウンターへ向かいました。「資さんうどん」の会計カウンターには「セルフレジ」と「有人窓口」がありますが、初見参の筆者は迷わず後者を選びました。料金は〆て1,218円と超安価! ご馳走様!!

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店外へ出ると、筆者たちが到着して1時間半ほどが経過していましたが、店先で待つ客の数が減る様子はありません。

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最近、首都圏の4都県(説明:現在、10店舗がある)でも注目を浴びる「資さんうどん」ならではの順調なスタートです。◇

2025年10月 5日 (日)

多摩川花火大会と中秋の名月

昨日、10月4日(土)に「多摩川花火大会」が開催されました。夕方から小雨が断続的に降り続く生憎の天候でしたが、花火の打上には支障がないようです。なお、同花火大会は東京都世田谷区側と川崎市高津区側の2会場で午後6時から午後7時まで同時に開催されます。注釈:川崎市側の大会名称は「川崎市制記念多摩川花火大会」、世田谷区側は「世田谷区たまがわ花火大会」

◯世田谷区側の打上場所:二子玉川緑地運動場
 同打上げ数約6,000発

◯川崎市側の打上場所:多摩川河川敷
 見物席:北見方会場(国道246号線旧道の二子橋~第三京浜道路間の河川敷)、上野毛会場(東京都世田谷区河川敷)
  説明:打上場所を挟んだ両側の河川敷&堤防
 同打上数:約6,000発

20年以上前に川崎市の会場で花火を間近で鑑賞したことがありますが、大変な混雑で、最寄り駅まで戻る歩道も大渋滞しました。今回も会場の混雑が予想されますから、自宅マンションの最上段にあるエレベーターホールから写真撮影することにします。

高所であるため世田谷会場方面がよく見通せますから、写真撮影に専念することができました。ただし、小型デジカメでは最適なタイミングで撮影することが困難であり、失敗覚悟で撮影した数多くの写真の内から選んだ十数枚を掲載します。なお、最初の写真は撮影アングルを読み間違えたため、花火の頂部が少し切れてしまいました。

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低く垂(た)れ込めた雲がベールのように花火を遮(さえぎ)っています。

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まだ花火大会の序盤を過ぎたところですが、十分堪能しましたので自宅に戻りました。

                            ☆

ここからはもう一つのテーマ「中秋の名月」です。ちなみに、2025年の「中秋の名月」は、明日の106日(月)です。9月であることが多いのですが、今年は「閏月(うるうづき)」があったため遅くなりました。

少し面倒な説明になります。月の運動(公転の周期が29.5日強)に従った「太陰暦」は一年が354日(29.5日x12)であり、太陽の運動(地球の公転と自転)に従う季節(「太陽暦」、365日)と11日ほどのズレが生じてしまいます。これを補正するために約3年に一度挿入されるのが「閏月(うるうづき/じゅんげつ)」であり、今年はこの補正を行う「太陰太陽暦」における「閏年(うるうどし/じゅんねん)」なのです。

AI検索によると、『「中秋の名月」とは旧暦の815日の月を指し、現代の暦では9月中旬から10月上旬にあたります。必ずしも満月を指すわけではありません。なお、2025年の満月は「中秋の名月」の翌日である107日に現れます。』

そして、『「中秋の名月」は「十五夜」とも呼ばれ、ススキや月見団子、里芋などをお供えして月を愛でる習慣があります。これは平安時代に中国から伝わり、後に庶民の収穫祭と結びついたものです。』とのこと。

天気予報によると、10月6日と7日は残念なことに曇天が続くようです。◇

2025年10月 1日 (水)

10月に入ると小雨が続いて秋の気配が!?

秋雨前線が太平洋側に停滞して、毎日のように小雨が降り続いています。しかし、最高気温が30度Cを下回ったことで格段に過ごし易く感じます。そして今年は7月中旬の台風7号を除くと、関東地方に台風が接近することは未だありません。

このためか、今夏は関東地方にまとまった降雨がほとんどなく、東京都の水瓶である利根川水系・荒川水系貯水池(ダム)の水位は約40%と心許(こころもと)ない状況です。(注釈:一部は多摩川水系) 一方、相模川水系を主な水源とする神奈川県東部では、貯水率が90%前後を維持しており、水不足の心配は無用のようです。なお、神奈川県の主な水源については古いブログ記事に書いていますから、興味のある方は参照してください。 

長期予報によれば今年の残暑は11月まで続き、12月に入ると冬の寒さが急に訪れるようです。この予報を聞いて30年以上前に住んでいたアメリカ・テキサス州ダラスの天候を思い出しました。

大陸性気候のダラスでは1年に夏と冬の二季しかなく、春と秋に当たると思われシーズンには昼夜で外気温が大きく変動するため、大袈裟に言えば一日の内に四季が目まぐるしく移り変わるようなのです。 

温暖化が進む日本は、まだテキサス州ほどではありませんが、季節感が最近になって急変して衣替えのタイミングに苦慮している方もいらっしゃるでしょう。

筆者は木々の紅葉が気になっています。加えて、ベランダで栽培する草花のケアと植え替えを迷っています。今夏は残念なことに四季咲を楽しんでいるゼラニウムの株か半数以上枯れてしまったことです。ちなみに、栽培に適した気温は0度から30度とのこと。

その他、植え替えのための花の苗は、これまでのように参考書にしたがって計画するのではなく、園芸店に並んでいるものから思いつきで選んでいます。なお、栽培しやすかったはずの小型葉物野菜類の栽培を今夏は断念。

暑い夏に振り回されているうちに、今年も後3か月を残すだけになりました。エアコンを活用しながら乗り切りたいと思います。

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