横浜市都筑区の大塚・歳勝土遺跡公園を探索する!(その4)
「歳勝土遺跡」を通り過ぎると前方に竹林が現れました。散策路は上り坂となって続いています。
竹林に生えている竹は、北海道の函館以南の本州や九州でよく見かける「孟宗竹(もうそうちく)」のようです。しかし、江戸時代(18世紀)に中国から伝えられたとされますから、弥生(やよい)時代に「大塚遺跡」に住んでいた人々は知らない種類の竹なのです。なお、名前は中国の三国時代の呉の人物「孟宗」に因(ちな)むそうです。
ちなみに、日本固有種である竹は「真竹(まだけ)」と「淡竹(はちく)」が代表格ですが、いずれも「孟宗竹」よりも身が細く、コリコリとした食感と風味の良さが特徴です。アクが無い(あるいは少ない)ことで「アク抜き」が不要(またはほぼ不要)で生食も可能とのこと。弥生人には貴重な食糧だったのでしょう。
閑話休題。この先にある「都筑民家園」に立ち寄る計画でしたが、かなり低い場所にありますから、高い場所から見下ろすだけにしました。
江戸時代中・後期の民家です。遺跡公園近くの旧牛久保村で名主をつとめていた長沢家の住宅を移築したそうです。なお、主屋の形式は「ヒロマ型」で、主屋と馬屋が平行に建てられている、武蔵南部特有の形をしているようです。
公園の南東にある「林間広場」まで足を伸ばしました。かなり高い場所まで来たようです。
「県立東高根森林公園」(川崎市)の「ピクニック広場」に雰囲気が似ています。筆者の妄想ですが、弥生時代の林もこんな雰囲気だったのでしょう。
しかし、現代的な高層住宅が背景になっています・・。
この先にあるのは公園東端の「遊具広場」ですから、小休止した後、ここで引き返すことにしました。「都筑民家園」の手前にある北向きの斜面には2日前に降った雪がまだ残っていました。
前方に竹林が見えて来ました。こうして見るとかなりの急坂だったのです。
「歳勝土遺跡」の端まで戻りました。
芝生が敷き詰められた地面に花壇のような石囲いが幾何学模様のように続いています。

「方形周溝墓の表示」として、『復元されなかった方形周溝墓は石によって位置を示しました』 と説明されています。田圃(田んぼ)の区角割ににて整然と配置された様子を写真が見て取れます。
しかし、医師が石囲いは自由奔放に描かれた絵のようです。細長い円は溝でしょうか。

こちらは発掘された周溝の様子です。

「歳勝土遺跡」を横断する形で「九十九折れルート」の入口に出ました。なお、工芸館には立ち寄らないことにしました。
少し進んで塀に近づくと、小学生のグループがスリットのような塀の先に透けて見えます。
(続く)
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