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2026年2月14日 (土)

横浜市都筑区の大塚・歳勝土遺跡公園を探索する!(その3)

左手方向へ進むと「高床倉庫」に近づきました

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案内パネルは表面が風化していて、説明文はほとんど読めません。

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木製の臼(うす)が置かれています。

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こちらは立入禁止ですが、

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『小型竪穴住居を堀広げて大型住居に建替えた』 ことが説明されています。

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さらに時計回りに移動しました。前方に見えるのは右手エリアの再現住居です。

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先ほどの住居と形がよく似ています。

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『大型住居の床面積は38.6㎡で、6人ほどが暮らしたと思われる』 ことが説明されています。

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さらに進みました。

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「竪穴住居跡の表示」です。復元されなかった「竪穴住居跡」は石によって位置が表示されていると説明されています。

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右手方向へ伸びる道が門へと続いていますので、これに従って進みました。

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門の抜けて、さきほど小学生たちがいたステージのような場所へ向かいます。

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ステージの上に上がると、右手に案内パネルがあることに気づきました。

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文字がかすれていますが、『古代の林が「クヌギ」「コナラ」「カシ」などで構成されていた』 ことが説明されているようです。

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正面に見えるのは「地形模型」です。脇に説明パネルが立っているようですが・・。

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ステージ前の階段は記念撮影用または係員から説明を聞くために設けられたと思われます。

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順路と思われる未舗装の道を辿(たど)ることにしました。

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案内標柱には「⇐工房」「⇒都筑民家園、草地広場」と表記されていますから、予定通りに右手方向へ進むことにしました。

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右手に堀のようなものがあります。「歳勝土遺跡(方形周溝墓群)」です。「方形周溝墓の埋葬当時を復元した姿」として詳しく説明されているようですが・・。

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少し離れた場所に説明パネルがありますので、

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ズーム撮影すると「墓道(ぼどう)」の説明でした。

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「大塚のムラ」と「歳勝土の墓地」とは約60mはなれ、この間にムラから墓地への道があったと思われます。また、接し合うように整然と並んだ「方形周溝墓」の列の間に一定の隙間(すきま)があり、これが墓地の中の通路であったと考えられます。(以下略)』 という内容です。

                             ☆

AI検索でも調べてみました。「歳勝土遺跡の方形周溝墓」は「大塚遺跡」に住んで稲作を始めた人々の墓地と推定され、弥生時代中期から後期の共同墓地と推定されるそうです。低い四角形の盛り土があり、その周囲を溝で囲むことに特長がある。25基が整然と発見され、未調査部分を含めると30基以上とのこと。

溝を掘った土で内側を少し盛り上げ、その中央の「主体部」と呼ばれる墓壙(ぼこう)に遺体を埋葬。周囲の溝の中にも埋葬が見られ、家族墓的な性格が強いと考えられる。なお、「方形周溝墓」は北は宮城県から南は熊本・宮崎県まで広範囲に分布しているそうです。

余談ですが、地名の「歳勝土」はカブトムシやクワガタムシが多く生息した場所にちなむそうです。(続く)

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