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2026年4月

2026年4月27日 (月)

宮前美しの森公園(後編)

突然、開けた場所に出ました。

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右手にある木立越しに見ると、下方に「木道」のようなものが見えました。先ほどの「獣道」とは見る角度が異なりますが、より近くなったようです。

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拡大して写真撮影すると、「木道」をはっきり確認することができました。

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「遊歩道」をさらに進むと、幅が狭く未整備の区間が下方へと続いていました。

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「水飲み場」に出ました。そして、右手には金網のフェンスに囲まれた施設があります。「谷戸」の地下水を汲(く)み上げる施設かもしれません。

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左手方向には緩(ゆる)やかな上り坂の道が園外の道路へと続いています。

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一方、「遊歩道」は「下り階段」になって続いています。

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階段を下り切ると「木製のテラス」に出ました。そして、右下へ続く「別の階段」があるようです。

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木製の「下り階段」は折れ曲がって続いていました。

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池を「Oの字型」に巡(めぐ)る「木道」(あるいは木製の橋?)の全貌(ぜんぼう)を見渡すことができました。小さな公園の規模からは想像できないほどの起伏(きふく)がある設(しつら)えです。

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水草が生(お)い茂った「水辺」は川のようにも見えますが、流れはありません。周囲の高い木立に囲まれた低地であることから外界からは隔絶(かくぜつ)されているため、「マンション群」に囲まれた公園に人の手で作られた「水辺」とは思えません。

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「宮前美しの森公園」を説明するサイトから次の説明文を引用します。『宮前美しの森公園のビオトープは、湧水と小さな流れ、池状の水辺、周囲の林が一体になった「森と水辺のセット」が大きな特徴です。川沿いの遊歩道から水辺を眺められ、季節ごとに水辺の草花と昆虫を観察できる自然観察向きのつくりになっています。』 ビオトープの説明:"BIO"(生きもの・生命)+"TOPOS"(場所)を組み合わせたドイツ語

「木道」を反時計回りに少し進んだところに上方へと伸びる「木製の階段」があります。これははどこへ続いているのでしょうか?(どこへも行けない階段??) 公園内を時計回りに移動しながら、かつ「上下方向にも大きく動いたため、筆者の方向感覚は麻痺(まひ)してしまったようです。

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「Oの字型」に続く「木道」の反対側まで進みました。

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前方には石垣のような堰堤(えんてい、説明:水をせき止める構造物)を確認することができました。なお、この公園が「矢上川」(説明:鶴見川の支流、川崎市幸区南加瀬付近で合流)の源流になっているそうです。

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「Oの字型の木道」から先に折れ曲がって伸びる「木道」に入って、階段を上がりました。

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園外へは出ないで、一直線に伸びる「遊歩道」を進むと、

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出発地である「広場」に出ました。「案内地図」がないために「無手勝流」の「散歩」になりましたが、迷わずに園内を一周することが出来たのです。なお、所要時間は約20分、歩数は約2,000歩。

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「公園」に足を踏み入れてから時間が少し経過したことで、先ほどベンチに座っていた人達の姿はもうありません。そのベンチに一人で座って筆者も「小休憩」です。と思ったのも束の間(つかのま)、「べこ亭」の駐車場で待つ同行者に思いが至り、急いで戻ることにしました。

今回は食後の軽い散歩のつもりでしたが、かなりハードな運動(ミニトレッキング)になってしまいました。散歩の後に車で近くを探訪するプランはまた別の日に実行することにして、帰宅しました。(終)

2026年4月26日 (日)

宮前美しの森公園(前編)

「べこ亭」の門を出ました。目の前を通る道路は右手方向が急な上り坂となって「たまプラーザ」方面へと続いています。

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なお、この道路はずいぶん前に計画されましたが、やっと工事が行われて2005年12月に暫定開通(説明:横浜市青葉区の美しが丘側の区間は工事が完了しましたが、川崎市宮前区犬蔵地区は旧来の細い道を利用)し、その後に宮前区犬蔵地区も道路整備が完了して、現在のような利便性の高い2つのエリアを直結する市道になった経緯があります。

閑話休題。反対方向へ歩いて、すぐ先にある「美しの森公園交差点」を左折すると、こちらも緩(ゆる)やかに右へカーブする上り坂になっており、前方左手には鬱蒼(うっそう)とした木立が見えます。

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交差点から100mほど歩道を進むと、歩道の左手に幅の狭い階段がありました。どう見ても「通用口」(裏口)のようです。

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少し先には「宮前美しの森調整池」の看板が立っていました。『大雨の時、雨水を一時貯水して、下流に影響をあたえるよう、少しずつ流す大切な役目をします。』 との説明に加えて、地下に貯水槽が埋められていることが図解されています。

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物好きな筆者は長さ50mのプール(幅が25m、深さ2mと仮定)の何倍に当たるのかを計算してみました。貯水面積が2,290㎡(説明:幅が25mの長さ50mのプールは面積が1,250㎡ですから、その約1.8倍)、水深4.4mは深さ2mの2.2倍ですから、貯水量は50mプールの約4倍に相当します。かなり大規模な調整池であると言えます。

それと並ぶように「川崎市地区計画区域(犬蔵地区)の説明看板には「地区の区分」が地図上に色分けされています。「宮前美しの森公園」は黄緑色に塗られていますが、深緑色に塗られた「集合住宅(マンション)地区」とオレンジ色の「住宅地区(戸建て住宅)」に囲まれていることが分かります。

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なお、横浜市との境界はその上にある太い点線で示されています。

幅がやや広く入口と思われる場所から公園内に入ると、土のままの広場があり、周辺に並ぶベンチに座って休憩する人達の姿がありました。なお、この日は平日ですから子供たちの姿のであるようです。なお、公園に付き物のブランコやすべり台は見当たりません。

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右手を見ると舗装された「遊歩道」がどこかへ伸びています。なお、小さな建物(右手前)はトイレのようです。

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事前の調査によれば、「宮前美しの森公園」は犬蔵地区の土地区画整理事業により、20063月から供用が開始されたことが分かりました。広さは1,559.3平米。園の北西部には井戸から汲み上げた地下水が池へと注ぐ清流があり、今も残る谷戸(説明:丘陵地が雨水や湧き水で浸食されてできた細長い谷状の地形)の風景とともに自然豊かな景観をつくり出しているそうです。案内地図や標識などが無いのは地元の住人だけが利用するからのでしょう。

どちらへ進むべきか迷いましたが、広場の右奥に見つけた「美しの森公園」と刻まれた大きな石碑(コンクリート製?)へ向かうこと。

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さらに、その左前方には人が通った跡(説明:草が生えていない部分)が奥の階段へと続いていることに気づきました。

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誘(さそ)われているように感じた筆者はその足跡に従って進むことにしました。なだらかな上り坂を進んで行き着いた階段にあるかなりの段数(20段ほど)を上がり切ると、さらに別の階段が現れました。今更引き返すわけにも行きませんから、頑張(がんば)って上がることにしました。なお、「踊り場」の左手には別の入口があったようです。

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何とか2つ目の階段を上がり切ったところで振り返ると、公園とは道路を挟(はさ)んで隣接するマンションの3階から4階の高さに達していることが分かりました。

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さらに続く緩(ゆる)やかなスロープを上がると、ベンチが並ぶ広場に出ました。

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ここが「見晴らし広場」のようですが、「木(こ)の間」から別のマンションが何とか確認できます。公園が造られた20年前には周囲の木々が若くて周囲を見晴らせたのかも知れません。

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ベンチに座って小休止した後、少し先へ進むと、右手に筆者の探求心をそそる脇道を発見!

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当然のこととして筆者は足を踏み入れました。しかし、脇道(つまり獣道)は10m余りで消滅してしまい、もう先へは進めません。

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「木の間」からは崖(がけ)の下に池のようなものを覗(のぞ)き見ることができました。無理に進もうとすれば遭難(そうなん)しそうな崖です。

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唐突(とうとつ)でしたが、筆者が大好きな社会派の小説家・松本清張氏を代表する恋愛小説『波の塔』の中で、『道があるから、どこかへ出られると思ったけれど、どこへも行けない道ってあるのね』 と頼子(よりこ)が主人公に囁(ささや)いたセリフを思い出しました。

元の「遊歩道」へ戻って更に進むと、右手方向に下り階段がありました。

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その先には「公園」の北側に通る道路が見えます。

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(続く)

2026年4月25日 (土)

べこ亭たまプラーザ本店を訪れる!

焼肉の「べこ亭たまプラーザ本店」を久しぶりに訪れました。前回は昨年の1月でしたから、随分足が遠のいていたのです。ところが、この1か月はドライブ旅が続いて体力を消耗(しょうもう)したためか、焼肉を急に食べたくなったのです。さっそく、平日の昼時を予約しました。

当日は道路の混雑を予想して少し早めに自宅を出発。予約時間の10分ほど前に店の駐車場に到着しました。昼時ですから、駐車場はほぼ埋まっています。

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店内に入って名前を告げると、予約席に案内されました。

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メニューは色々ありますが、

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筆者はいつも注文する「茜(あかね)御膳」(2,750円)に決めています。「タン塩」「和牛雌牛上カルビ」「和牛雌牛上ロース」の肉3種に、「キムチ・ナムル」「グリーンサラダ」「岩のりスープ」「北海道ななつぼしのご飯」が付いています。

一方、ロースが好きな同行者は「黒毛和牛雌牛 ロース御膳」(1,980円)にするだろうと思っていましたが、意外なことに「黒毛和牛雌牛 カルビ御膳」(2,002円)を選びました。「キムチ2種」「ナムル3種」「グリーンサラダ」「北海道ななつぼしのご飯」「岩のりスープ」が付くのは「茜御膳」と同じです。

待つこと5₋6分でいつものように次々と配膳されました。「キムチとナムル」(写真上)と「グリーンサラダ」(写真右)、そして「ご飯」と「岩のりスープ」の順です。写真は筆者の前に置かれたものですが、同行者にもまったく同じものが並びました。

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そして、最後には「タン塩・黒毛和牛上カルビ・黒毛和牛上ロース」が盛られたお皿が置かれました。

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こちらは同行者の「黒毛和牛雌牛カルビ」です。

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筆者は先ず「タン塩」から焼き始めました。

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すると、すぐさま同行者も参戦。

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30分ほどで二人とも完食しました。と言いたいところですが、筆者は「ご飯」と「グリーンサラダ」を少し残してしまいました。御免なさい!料金は〆て4,807円。ご馳走様でした!! なお、同行者は自分のメニューが「上カルビ」ではなかったことが・・。

                             ☆

食後は、「べこ亭」のすぐ隣にある「宮前美しの森公園」(開設:2005年10月1日)へ散歩に出掛けることにしました。8年前から10数回「べこ亭」を訪れていますが、以前からこの公園に興味を持っていたのです。なお、事前に得た情報によると、「マンション(集合住宅)」と「戸建て住宅(低層住宅)」に囲まれたこの小さな公園はこのエリアでは「比較的新しい公園」のようです。

そして、公園内の北西部、丘の上には「見晴らし広場」があり、その隣り(中央部)にある「湿地と池のエリア」には蛍(ほたる)やトンボが生息する池が保護されているとのこと。なお、ボランティア団体やNPO法人の方々が公園内の掃除や草刈りなどの活動をされているそうです。

公園の北側を通る市道は「梶ヶ谷菅生線」と呼ばれています。川崎市を縦貫する主要道路「尻手黒川線」のバイパス機能を持つ路線として計画されて、「高津区梶ヶ谷」と「宮前区菅生」を結ぶこの道路には未開通区間(計画線)が2か所もあるのです。その一つが「東名高速道路」の下を通過するトンネルを含む約400mの区間であり、もう一か所が、「宮前 美しの森公園」の先にある約600mの区間です。

話が逸(そ)れてしまいましたが、次回から筆者が公園内を散歩した様子をご紹介します。◇

2026年4月20日 (月)

沼津へのドライブ旅(最終回) 御殿場リゾート 時之栖③ 帰路

さくらSQUERA」まで戻って来ました。

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同行者が橋の袂(たもと)にある街灯の柱に「白絹の滝」の案内札(説明:写真右端)を見つけました。なお、橋の向こう側には「御柱」が確認できます。「ありがとう寺(禅堂)」への入口のようです。

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筆者は「さざれ石」を・・。「君が代」の歌詞とともに『これがさざれ石です。』 と説明されています。「さざれ石」とは「細かい石・小石」を意味しますが、国家「君が代」では 『小さな石が長い年月で石灰質で固まり岩となることから、長寿や繁栄を意味する言葉』 です。

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橋の袂(たもと)に「ほたるの栖(すみか)」の入口がありました。

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橋の下から「砂防ダム」のようなものが見えますが、まさかこれが「白絹の滝」では・・。冗談で言ったつもりでしたが、同行者に笑われてしまいました。

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少し下った所で「竹林」越しに小さな滝が見えました。

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右下へとさらに流れ落ちているようですから、これが「白絹の滝」でしょう。小道をもっと下まで降りれば全貌(ぜんぼう)を見られるかもしれませんが、雨上がりのため足元が滑りやすくて・・。

橋の袂(たもと)まで戻ると、すぐ近くに「曼荼羅堂(まんだらどう)」の古びた看板がありました。

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見慣れないフォント(字体9であるため、左上に書かれた2つの漢字は読みにくいのですが、「蒔風(まきかぜ)」かもしれません。しかし、「園内マップ」にも表記がありませんから、「曼荼羅堂}を探訪することは諦(あきら)めました。帰宅後にネット検索すると、紹介するサイトを見つけました。

散策の出発地である「御殿場高原ホテル」の脇に出ました。実は、「桜並木」を見るための立ち寄りでしたから、またの機会があれば「王宮の丘」や「ありがとう寺」へも足を伸ばしたいと思います。

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日没が近づいたようですから、「時の栖」を出発することにします。なお、滞在した時間は約20分です。

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元来た道を「裾野IC」方面へ引き返して「裾野IC」手前の交差点で信号待ちをする間に、防風林と思われる高木の先端から「富士山の山頂」が覗(のぞ)いていることに気づきました。
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そのままでは見にくいため拡大してみました。

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次の瞬間には、山頂に雲がかかり始めて・・。

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「東名高速道路」の本線に入ると、「電光掲示板」には 『御殿場まで10分 横浜町田まで60分 東京IC(東名終点)まで80分』 とありますから「上り線」は順調のようです。

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「新東名高速道路」の下を通過すると「駒門PA」が近づきました。

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予定外の立ち寄りをすることに・・。「富士山」の様子が気になったのです。

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しかし、久しぶりに立ち寄った「駒門PA」は隣接する施設の建物があるため、「富士山」方面を見通せないのです。残念!

直ちに本線へ戻りました。ほどなく、「新東名高速道路」から「東名高速道路」へ伸びる「下り線のランプ」(説明:高速道路などのつなぎの車道・連絡路)の下を潜(くぐ)ります。

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前方では雲が途切れて晴れ間が見え始めました。

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この先にある「足柄SA」「鮎沢PA」「中井PA」では、いずれも「大型トラック」の駐車場が混雑しているようです。夕方になって時間待ちをする「大型トラック」が増えたようです。

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その後も「東名高速道路」を順調に走行して、日没時間を少し過ぎた午後6時30分ころに「東名川崎IC」を出ることができました。

なお、この日の走行距離は214.2㎞、燃費25.6㎞/ℓ(良好)、平均速度57㎞/hでした。

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こうして、慌(あわ)ただしくも充実した一日が終わりました。(終)

2026年4月19日 (日)

沼津へのドライブ旅(その4)御殿場リゾート 時之栖②

”GKB CAFE”の前にある"GKB GARDEN"の脇からクランク状に折れ曲がる散策路を進むと、

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GKB レストラン グランテーブル(GRANDTABLE)」の建物がありました。ここでは富士山の湧き水とドイツの技術が生んだ地ビール(説明:醸造所はレストランに併設)と国際色豊かな料理が楽しめるようです。

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余談です。店名は英語およびフランス語の"GRAND TABLE"(説明:大きなテーブルを意味する)から作られた造語のようで、"GRAND"(グラン)だけがフランス語風の発音。なお、フランス語で"TABLE"は「ターブル」と発音します。

レストランの前を通過して「桜SQUARE(スクエア、意味:広場)」に出ました。雨上がりですから人影はありません。

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その先には「ステージ」のようなものには、"Early Spring! SAKURA SQUARE" (意味:早春、桜広場)の文字が・・。

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右手へ進んだ同行者が「木曽馬(きそうま)小屋」を見つけました。掲げられた看板には「長野県天然記念物」とあります。

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小屋の中には小型の馬がいました。

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外にある「立て看板」には、『木曽馬とは長野県木曽地域を中心に飼育されている日本在来種の馬で、その起源は中国系蒙古馬であったとされ、長い年月山間高冷地の厳しい自然環境と用途に適応して現在のような木曽馬になったと考えられます。』 と説明されています。

筆者はこの「木曽馬」の説明から 「チンギス・カン(成吉思汗)」と「木曽義仲(よしなか)」の二人を連想しました。前者は蒙古馬に乗る騎馬軍団を率(ひき)いて人類史上最大規模の世界帝国である「モンゴル帝国」の基盤を築き上げた人物であり、後者は源頼朝の従兄弟(いとこ)として信濃の木曽で挙兵(きょへい)して「倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦い」などで平家軍を破り、源氏の中で最初に京都に入った武将です。

左手へ進むと、大きな「園内マップ」がありました。「現在地」はマップの中央(やや右より)にある「木曽馬小屋」の近くです。

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「Y字路」の角に立つ「大きな石柱」には 『念ずれば花ひらく 時之栖』 と刻まれています。日本の仏教詩人の坂村真民(しんみん)氏が詠(よ)んだ詩の冒頭にある言葉です。

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大きな「石の門」を通過します。右手に「日本一金魚水族館 水中楽園」と「前島秀章(ひであき)美術館」(説明:前島氏は静岡市出身の木彫り彫刻家・工芸家)の案内が見えます。

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春らしい花の植え込みが出迎えてくれました。折からの「花ちらしの雨」で花びらが地上に落ちて、「花筏(はないかだ)」ならぬ「地上の花筏」になっています。

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散策路が一直線に伸びています。

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左手に黄色い花が咲いていました。「ウマノアシガタ(馬の足形)」に似ていますが・・。

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『鳥は飛ばねばならぬ 真民(しんみん)』 の歌碑がありました。詩人の「坂村真民氏」の詩の冒頭です。『鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ 怒涛(どとう)の海を 飛びゆく鳥のように、混沌の世を 生きねばならぬ(以下略)』と続きます。どんなに混乱した時代でも人は自分の命を生ききらねばならないというメッセージが込められているそうです。

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「めだかの学校」の看板が木の枝から吊(つ)るされています。「水中楽園」(水族館)の別名でしょうか?

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花の苗が植えられたプランターが山積みにされています。そして、この先には同じようなものが幾(いく)つも並んでいます。

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ここで同行者の足が止まってしまいました。この先には「サッカーグラウンド」や「テニスコート」などがあり、さらに奥には「王宮の丘」がるようですが、そろそろ引き返した方が良さそうです。筆者も元来た方向へ戻ることにしました。

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記念にと、プランターに植えられたピンクの花を撮影

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「石の門」を出て「Y字路」を左手に入ると、「天然温泉 気楽坊」と「ホテル時之栖」がありました。

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その先では鉄製の高い塔を見かけました。その内部には梯子(はしご)のようなものがあって上に登ることができるようです。

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「火の見櫓(やぐら)」かと思いましたが、頂部に「半鐘(はんしょう)」がありません。

先行した同行者は「木曽馬小屋」前に居ました。もう一度会いたかったようです。

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(続く)

2026年4月18日 (土)

沼津へのドライブ旅(その3) 東名高速道路(御殿場JCT→愛鷹SIC) 御殿場高原リゾート 時之栖①

御殿場JCT」が2㎞先に迫りましたが、その先の「各JCT」の状況についての表示はありません。

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いつもはここ「御殿場JCT」で左手のレーンに移って「新東名高速道路」に入るのですが、今回は「東名高速道路」をそのまま直進します。久しぶりのことです。

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長い区間を経て「新東名高速道路」へ入る「ランプ」(説明:この場合は本線から分離するための通路)が離れました。

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『駒門(こまかど)PA 3km』 の案内標識のすぐ先で、「新東名高速道路」への「ランプ」下を潜(くぐ)り抜けます。

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『駒門PA 1km 空き 愛鷹(あしたか)PA 16㎞ 混(雑) 富士川SA 38km 混雑』との表示があります。

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駒門PA]を通過すると、

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『雨 走行注意』 の警報が出ており、

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そして「裾野(すその)IC」に差し掛かりました。

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ここも通過します。

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いよいよ目的地に近い「沼津IC」(沼津 三島 下田出口)ですが、筆者は追い越し車線を走行しています。ここで出入りする車を避(さ)けているのです。 

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次の「愛鷹PA」が500m先に迫りました。

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いよいよ「愛鷹PA」(ETC出口)の案内板に従い、

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「愛鷹PA」内に入りました。今回は「沼津IC」ではなく、ここにある「ETC出口(SIC)」(2026年3月19日開通)を利用することにしたのです。

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なお、「東名高速道路」で渋滞が発生することを考えて、この朝は早めに自宅を出発したため、「愛鷹PA(SIC)」には予定より30分ほど早く到着しました。そこで、休憩を兼ねて「時間調整」をします。

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沼津市での用件を滞りなく済ませた午後4時半過ぎに帰路へ着きましたが、日没まで1時間半以上ありますから、事前に考慮していた場所に立ち寄ることにしました。

往路に利用した「愛鷹SIC」から「東名高速道路」の「上り線」に入り、長い上り坂を快適に走行し、30分後には「裾野IC」を出ました。立ち寄る先は「御殿場高原」にあるリゾート地「時之栖(ときのすみか)」(説明:1995年ころに御殿場市神山で開場、栖とは住んでる場所を意味する)です。この変わった名前はずいぶん前に立ち寄った時から忘れていません。

2005年10月30日に始めた当ブログの前身である「温泉大好き、ドライブも!」と、現在のブログ「旅行大好き、飛行機も!」(2013年11月28日に開始)のいずれにも「時之栖」の記事がありませんので、訪れたのは2005年よりも前だと思われます。

カーナビの案内に従い、「国道246号線/裾野バイパス(上り)」の「御宿北交差点」で右折し、入り組んだ市道を進みました。当初の案では「時之栖」の正面入口前にあると思われる「第1駐車場」(無料)に車を停める予定でしたが、雨上がりでもあり敷地の一番手前にある「御殿場高原ホテル」の向い側にある駐車場を選びました。空スペースが十分あります。

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写真に写るのは「身障者用ロット」(約10台)で、その左手にあるのが「一般用ロット」(約20台)です。

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ホテルの前から徒歩で奥(北東方向)へと進みました。「桜並木」に沿って右側に店舗(Sakura MARCHE、石窯パン工房Flicker)が並んでいます。

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その先では、"We love cacao"と表示された看板には"The Normandie Chocolat FACTORY"とありますから、チョコレート工房のようです。

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散策路の行き当たりには「GKB(御殿場高原ビール)CAFE(カフェ)」の看板も・・。

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左手には「朱色の太鼓橋」(2017年7月15日開通)がありました。「第1駐車場」から入場する時に渡る橋ですが、黄色いロープには「立入禁止」と書かれた札が・・。

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ここは縁起物として有名な「一富士二鷹三茄子(なすび)」に因(ちな)んだ場所なのです。なお、この橋は「初夢の橋」(「時之栖」のウエルカムゲート)と呼ばれているようです。ところで、「鷹」はいますが、「富士山」は雲の中であり、「茄子」はどこ? あれ、鷹の足元に・・。(続く)

2026年4月17日 (金)

沼津へのドライブ旅(その2) 東名高速道路(中井PA→足柄SA)

中井PA]を通過します。上を跨(また)ぐのは「一般道」です。

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2つのルート」に分かれます。今回はあえて「左ルート」を選びました。

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「路肩注意」を示す「矢印標識」が並んでいます。

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吾妻山トンネル」(長さ360m)に入ります。

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次は「都夫良野(つぶらの)トンネル」(左ルート、長さ1,689m)です。ところで、右側にあるコンクリート製の物体はナニ?

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「足柄SA」が11㎞先に近づきました。

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鮎沢PA」を通過します。ここで、大きな雨粒が・・。

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「上り線の東名足柄橋」(長さ370mのPC斜張橋)の下を通過します。

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2㎞先にある「足柄SA」の駐車場は空きがあるようですから、

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予定に従い「足柄SA」に入ります。

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駐車した隅のエリアには「東名リニューアル工事」の立て看板があります。

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『身障者用駐車ます上屋(うわや、意味:上にかぶさる屋根・建物)工事を行っています』 の案内看板も・・。

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EXPASA足柄」に入ります。

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「足柄麺処」で選んだのは、

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「ネギトロ丼セット 冷やしうどん(冷)」(1,280円)。同行者とシェアします。

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いずれも美味しかったのですが、小雨交じりの肌寒い日には選択ミスだったかもしれません。

「イートイン」はほぼ満席です。ご馳走様!

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「本線」に戻ると、さっそく『1キロ先 落下物有注意 雨走行注意』 の警報が出ていました。

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(続く) 

2026年4月16日 (木)

沼津へのドライブ旅(その1) 東名高速道路(東名川崎IC→中井PA)

岐阜市から戻った2日後(4/7)に沼津へ出掛けました。まったく別件ですが、以前から予約してあったため、期日を変更しないことにしたのです。このため、3週間連続で「東名高速道路」を利用することになりました。

東名川崎IC」の入口にある「電光案内盤」には、今日もやはり、『横浜青葉ー綾瀬SIC 渋滞4㎞ 10分』 の文字ががあります。

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本線に入ると、『横浜町田まで15分 厚木まで40分 御殿場まで70分』 との表示がありますから、ほぼ順調のようです。
 
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次は、『港北PA 混雑 海老名SA 小型車 空き 中井PA 空き』 と順当な表示内容です。

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車が混み始めたようです。

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タイムリーに、『ここから渋滞 現在4㎞ 10分 6km先渋滞 現在2㎞ 5分』 と表示されています。とても分かり易(や)い表示です!

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と思っていると、次の表示盤では 『ここから渋滞 現在4㎞ 10分 6㎞先渋滞 現在2㎞ 5分』 に変わりました。

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気づけば、走行車線に「トラックの長い車列」ができ始めました。

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「トンネル情報」では 『走行注意 渋滞中』 とオレンジの文字で表示が・・。

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大和トンネル」(長さ280m)に入ります。

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ほぼ平坦地である大和市に「トンネル」があることは筆者にとって不思議でしたが、実は住宅地を抜ける「箱型トンネル」だったのです。

航空写真で確認すると、「厚木街道」(旧国道246号、旧大山街道)が通る「西鶴寺交差点」の近く、「大和水源地」がある公園「森の泉」から続く丘陵(きゅうりょう)の先端付近を通過する際、「森の泉」を水源とする「引地川(ひきじがわ)」が流れる西側の低地へ向かう急な下り坂(説明:上り線では上り坂)を避けるために「切通し」に屋根が付けられたような形状になっているのです!!

次の「電光掲示盤」には『海老名SA 大型 混(雑) 中井PA 空(き) 鮎沢 空(き)』 の表示が・・。

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綾瀬(あやせ)出口(SIC) 700m」の地点で『☔ 雨走行注意』 の表示がありました。

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海老名(えびな)SA」を通過

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「海老名JCT」の案内表示板が近づきました。

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海老名JCT」を通過します。

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前方に「厚木 平塚 小田原 出口」の案内標識とともに見慣れた「高層オフィスビル」が・・

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路肩に「作業中」の表示とともに「黄色い矢印」がある電光掲示板をを載せた小型トラックが停車しています。何の作業でしょうか?

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『中井PA 大型車 混(雑)』 の表示

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「2つのルート」に分かれます。

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『大井松田IC 10分 御殿場 25分 沼津 50分』 の案内表示も・・。

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(続く)

2026年4月14日 (火)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(最終回)河原町エリアと帰路のグルメ

「長良川」に架かる赤色のシンプルな「トラス橋」(説明:細い部材を三角形状に組み合わせて荷重を支える構造形式の橋)が見えて来ました。「県道93号線」(川島三輪線:起点は各務原市川島渡町/終点は岐阜市三輪宮前)の「藍川(あいかわ)橋」です。

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藍川橋東交差点」を左折して「藍川橋」に入りました。筆者の子供時代を思い出させる古い形式の鉄橋です。何と言うことでしょうか、歩道がないのです!

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橋を渡り切った対岸から見ると、橋の架け替え工事が行われていることが分かりました。新しいコンクリート製の橋脚(きょうきゃく)の規模からみて、幅の広い橋になりそうです。

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「長良川」の対岸(右岸)沿いに続く「県道94号線」(岐阜美濃線)を走行して岐阜市の中心部方向へ戻ることにしました。「加野南交差点」を通過します。

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道なりにしばらく走っていると「長良川」の堤防上に出て、前方に「金華山」が見えてきました。

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「長良橋通り」の「長良丘1交差点」を直進して「県道163号線」(墨俣合戸岐阜線)に入って直ぐの「鵜川町交差点」で右手方向に逸れ、 「 メモリアルセンター北交差点」で「長良川競技場」を始めとする多くのスポーツ施設が集まる「岐阜メモリアルレコセンター」を回り込むように左手に折れました。

ここで、意図せずに少し遠回りをすることになり、その結果として「則武中1東交差点」まで進んだところで左折して、「忠節橋通り」(県道91号線岐阜美山線、起点は岐阜市早田/終点は岐阜県山形市谷合)に入りました。

忠節橋北交差点」を左折して長良川右岸の堤防上にある「県道163号線」(前出)を「岐阜公園」方面へ戻ると、

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ほどなく「金華橋北交差点」に差し掛かりました。ここが「長良川沿いを辿(たど)るドライブ・コース」のゴール地点です。橋の袂(たもと)から、街路灯の間に「金華山」とその頂上に聳(そび)える「岐阜城」を間近に見ることができました。

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金華橋」を渡り切ると行き当たる「金華橋南交差点」を左折し、信号のある交差点をさらに左折して「小さな橋」を渡りました。「長良川」の上流(鏡岩付近)で取水された水が「忠節用水」(説明:本流に出る手前にある逆水樋門で水の逆流を防ぐ仕組みがある農業用水路)となって「河川敷」を流れているのです。

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石製の欄干(らんかん)越しに満開の桜を見ることができます。

「川原町通り」に入りました。左手前に見えるのは「十六銀行」だった建物です。

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通称で「川原町地区」と呼ばれるこのエリアは「湊町」「玉井町」「元浜町」の総称です。これらの地名から分かるように、昔 「長良川」の水運で栄えた港町があった場所で、現在もその雰囲気を良く残していることで「人気スポット」になっているようです。

「石像」があるのは「土蔵レストラン」の「時季の蔵」と思われます。なお、隣家の白壁には「玉井屋」の文字があります。
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「川原町通り」を奥まで進んだところに大きな「燈篭(とうろう)」のようなもの(説明:昔の灯台か?)がありました。その手前にある石碑は『五木ひろしさんが1984年にヒットさせた歌謡曲「長良川演歌」の歌碑』でした。なお、この先に「鵜飼観光船乗り場」があり、さらに後方に見えるのは「長良川」に架かる「長良橋」です。

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午前中の「岐阜公園散策」と「長良川を巡るドライブ」の後、午後の重要な用件を滞(とどこお)りなく済ますことができました。

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そして、午後5時過ぎには「岐阜市」を後にして帰路につきました。「高速道路のドライブ旅」については「往路の(その1)と(その2)」で詳しく紹介していますので、帰路では立ち寄った「サービスエリア」で楽しんだ「グルメ」だけを紹介します。

最初は「新東名高速道路の岡崎SAにあるNEOPASA岡崎」です。

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美味しそうな「肉巻きにぎりめし」が目に入りました。「道中旅」には相応(ふさわ)しい食べ物です。

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しかし、筆者はこちらに目移りしてしまいました。

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黒光りする「五平餅(ごへいもち)」です。今回も同行者と美味(おい)しく食べました。

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次は170㎞ほど先にある「新東名高速道路」の「駿河湾沼津SAのNEOPASA駿河湾沼津」。

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今回は「麺処 駿河庵」のメニューにしました。

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筆者は「きつねとろろ温うどん(小)」(800円)を、

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同行者は「温玉とろろ温うどん(小)」(750円)を選びました。

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実は、「お魚丼屋とと丸食堂」の「キハダまぐろ赤身丼」(1,320円)が売り切れだったと、同行者は残念そう・・。

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慌(あわ)ただしかったこの日を締(し)めくくる食事としては、これらの「温かいうどん」がベストチョイスだったようです。ご馳走さまでした!

御殿場JCT」で入った「東名高速道路」は相変わらず混雑していましたが、順調に走行して午後10時過ぎには帰宅することができました。一日も早く「新東名高速道路」が全線開通することを利用者の一人として願っています。(終)

【ドライブ後記】長くなった当ブログ記事を最後までお読みくださり、ありがとうございます。

2026年4月13日 (月)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その7)岐阜公園から金華トンネルを抜ける

前方に立派な藤棚のようなものが見えます。

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そして、右手には清水のせせらぎがありました。

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筆者は「でんがく処 むらせ」の暖簾(のれん)を見つけました。「五平餅」とともに「味噌田楽」が大好きな筆者ですが、休憩を兼ねて店先の長椅子に座った筆者の口をついて出たのは、『小腹が空いたから「みたらしだんご」が食べたい!』 でした。頷(うなづ)いた同行者は直ちに窓口へ・・。一本が130円と格安だったようですが、大変美味(おい)しく頂きました。もちろん、お裾分(すそわ)けすることは忘れません。

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小休止した後、再び歩き始めると右手に「ロープウェイのりば」を案内する立て看板が有り、そちらの方向へ人が向かう様子が伺(うかが)えました。人気があるようです。

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「紅い日傘」がある休憩所の脇を通過します。ここで気付きました。「美濃和紙」と「真竹」を使った「和傘」と「和提灯」は岐阜市の伝統工芸品なのです。

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左手には広い「大宮駐車場」が現れました。「岐阜公園」の中心部へのアクセスが容易な場所にあり、バスの発着や身障者用の車が優先される駐車場のようです。

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ここで、同行者は最初に立ち寄った「岐阜公園総合案内所」を再訪したいと言います。その理由はもちろん「ソフトクリーム」です。

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と筆者は思いましたが、壁に貼られた写真入りメニューには「TOMI スジャータシルクアイス」と表示されています。後で調べると、『「スジャータめいらくグループ」が製造・販売するこの「シルクアイス」はソフトクリームより溶けにくく、アイスクリームよりやわらかい「シルクのようななめらかさ」が特徴である』 とのこと。

「プレミアム宇治抹茶」は何と550円!

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同行者に勧(すす)められるまま、付属しているプラスチック製の匙(さじ)で一掬(ひとすく)いだけ味見を・・。

大満足の同行者とともに「正門」を潜(くぐ)って、「駐車場」まで戻りました。

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なお、「岐阜公園」内の総歩数は2,140歩でした。

ここで、「岐阜公園」を後にして「県道287号線」(上白金真砂線、説明:起点は関市上白金/終点は岐阜市真砂町1丁目)に入り、「岐阜公園」の脇にある「金華山トンネル」へ向かいました。

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その名前通りに、「金華山」(高さ329m)の「山麓下」を通り抜けるためのトンネルです。筆者には特別な目的はありませんが、ここを通過しない手はないと思ったのです。

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「金華山トンネル」(長さ804.4m、幅8.5m)を抜けると、崖(がけ)沿いの狭い場所に出ました。なお、左手は「長良川」が流れています。この地形から「岐阜城」が「天然の要害(ようがい)」に守られていたことが分かります。説明:地形そのものが守りやすく攻めにくい場所という意味

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前方に変わったものが見えて来ました。倒れかけのポールを両側のワイヤーで支えているように見えます。

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「長良川」に架かる「鵜飼い大橋」でした。「県道77号岐阜環状線」が通る「斜張橋」(正式名称:鋼単径間斜張橋)は2003年に完成しましたが、高さ60mの主塔が左岸の陸上にあり、地上から75度の角度で傾いているそうです。つまり、水が流れている河川部分は「斜張橋」ですが、河原の部分は「箱桁橋(はこげたばし)」(説明:桁の断面が箱型になっている橋)という2つの橋梁(きょうりょう)形式を組み合わせた構成になっているそうです。

この橋を渡ってみたくなりましたが、「県道287号線」とは立体交差になっていることに気づかず、迂闊(うかつ)にも通過してしまいました。残念です!

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気を取り直して、先へ進みました。

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名前が分からないトンネルを通過します。

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出発して約5㎞走行しましたが、このままでは10㎞ほど先の関市まで行きそうです。

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(続く)

2026年4月12日 (日)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その6)岐阜公園の織田信長居館跡(後編)

「信長公以前の居館 ー斎藤氏の時代ー」の説明パネルには『柵の下に見えるのは巨石列通路の下層から見つかった石積の穴と階段です。1567(永禄10)年の信長入城以前、ここには斎藤道三(どうさん)、義龍(よしたつ)、龍興(たつおき)の居城がありました。(以下略)』とあります。

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前方に石垣や石積みが横に長く広がっています。

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「庭園跡と金箔飾り瓦」の説明看板

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「金箔瓦の建物は濃姫のお屋敷か!?」と「第6の庭園跡が見つかる!」の説明看板も・・。

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「居館跡」の敷地は「三重塔方面」へと広がっています。

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「岐阜城」がメタバース(仮想空間)に甦(よみがえ)りました。

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「岐阜城今昔VR」

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朱塗りの橋を渡って、さらに先へ行けるようです。

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小さな滝から清水が流れ落ちています。

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前方に石段が現れました。

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登録有形文化財の「三重塔」まで上がれるようです。

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左下に人だかりがありました。

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「ロープウェイ」が上空を通過して、前方にある「ロープウェイの山麓(さんろく)駅」へ向かって下りて行きます。

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下のエリアに下りてみました。よく見ると緑色の規制バーに沿って人の列ができており、

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その列は「ロープウェイの山麓駅」まで続いていました。

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同行者は人の長い列に並びたくないようですから、先を急ぐことにしました。

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(続く)

2026年4月11日 (土)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その5)岐阜公園の織田信長居館跡(前編)

女神の噴水」は「岐阜公園」におけるランドマーク(目印)のようです。

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その横には手前の小さめの洋館があり、奥には大きな洋館が並んでいます。どちらかが「岐阜市歴史博物館」でしょう。

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奥の洋館は入口が閉鎖されているようです。

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手前の方には「名和昆虫博物館」の名称とともに昆虫をあしらった看板があります。

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さらに先には「名和昆虫研究所」の表示がある建物が・・。

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ちょうど通りかかった制服を着た方に「岐阜市歴史博物館」について訊(たず)ねると、『大きな洋館である「岐阜歴史博物館」は改修のため現在は閉館している』と教えてくださいました。残念!

元来た広い道に戻ったところで大発見です! 「日本遺産・信長居館 発掘調査案内所」の幟(のぼり)を見つけたのです。先ほど「女神の噴水」へ向かった時には、裏側が見えていた幟に気づけなかったのです。粘り勝ちのようです。

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しかし、案内所らしき建物は見当たりません。

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「来園者休憩所」の案内板に従うことにすると、和風建築の建物内に『日本遺産・信長居館発掘調査案内所」の垂れ幕を発見しました。ついに辿(たど)り着いたのです。

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中へ入ってみると、「張りぼて」で作られた大きな模型がありました。赤地に白抜きで「現在位置」と表示されたすぐ先に「織田信長居館跡」の表示を見つけました。それは「ロープウェイ乗り場(山麓駅)」のすぐ近くのようです。

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壁際に吊るされた「垂(た)れ幕」には「岐阜城山麓の館」の説明が・・。

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そして、その「復元イメージ模型」も置かれていました。

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案内所内では発掘結果について説明するビデオが流されていましたから、しばらく観ることにしました。

しかし、別の「垂れ幕」には山頂付近にいくつもの館があったことが図解されていることに気づきました。今回、発掘現場を見学したかったのはこちらの方なのです。

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そこで係員の方に訊(たず)ねました。しかし、『山頂付近で発掘された遺構(いこう)は埋め戻されており、今はもう発掘時の様子を見ることはできない』との説明がありました。残念です! 「国史跡 岐阜城跡」の詳細な説明があるパンフレットを頂きました。

往生際(おうじょうぎわ)の悪い筆者は山麓(さんろく)の「織田信長居館跡」を見学することにしました。道案内に従って進むと、長い石段の右手に銅像がありました。

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その脇にある「板垣退助遭難の地」の案内看板には、『この近くの場所で暴漢に襲われた』との説明があります。(詳細は省略)

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長い石段を上がりました。

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長い石段を上り切ったところにある木製のシンプルな「冠木門(かぶきもん)」の右脇には「織田信長居館跡」と刻まれた石柱と「居館の入口」の案内パネルがあります。なお、入口の前で説明を聞く人たちは観光客のようです。

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「冠木門」を入った所には「国史跡岐阜城跡」の大きな説明看板が・・。

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その中央にある写真を拡大して撮影しました。

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こちらは右端の部分です。

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(続く)

2026年4月10日 (金)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その4)岐阜公園へ

岐阜市の中心部からやや北東方向に位置する「岐阜公園」へ向かいました。市中の混雑をさけるため、一旦は「長良川」沿いの道に出ました。途中、「金華山」と「岐阜城」が良く見える場所を通過します。

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手前にある"nagaragawa Flavor"(ナガラガワフレーバー)は 長良川近くにある工芸とカフェが一体になったスペースとして観光マップなどに掲載されているスポットで、後に訪れる「河原町エリア」とともに散策しながら立ち寄れる場所です。

前方に「長良橋南交差点」と「岐阜公園正門」が見えて来ました。

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ここからは「金華山山頂」に聳(そび)える「岐阜城」がかなり近く見えます。

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車を停める予定である「岐阜公園第一駐車場」は、「長良橋南交差点」を左折して「長良橋通り」へ入り、少し北上して脇道に入り、「長良川縁」で「長良橋通り」の下を潜る必要がありました。駐車場の入口付近は車で埋まっており、奥(西方)へ進み、「長良橋通り」の下を潜る必要がありました。

余談ですが、岐阜市内の長良川には「コンクリート製の防水壁」が設けられて、「長良川の水位」が上がった時には市中側と河川敷側を行き来する通路が木製の扉で閉じる仕組みがあり、被害を最小限に留める工夫が施されています。

車を停めた河川敷側にある駐車エリアから階段を上がり、「長良川南交差点」を斜め方向に横断して、階段で高くなった場所にある門へ向かいます。

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正門の右手前に弓を構える武者姿の騎馬像がありました。

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その台には「若き日の織田信長」と刻まれています。

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正門を入った右手に「岐阜公園の案内地図」がありました。なお、現在地は中央のやや右よりで、岐阜城・7織田信長公居館・神社仏閣・博物館・美術館・ロープウエイ乗り場などの場所が示されています。

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「クア(健康)の道」として「金華山・長良川・岐阜公園コース」と「主要施設」を案内する看板も・・。

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そして、左手に「岐阜公園総合案内所」(無料休憩所)がありました。

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館内に入ると「大きな地形模型」が目を惹(ひ)きました。山腹に「ロープウエイの山麓駅」と「三重の塔」を確認でき、山頂近くにも建物があるように見えますから、「岐阜公園」とその周辺を再現したもののようです。そして、手前(提外)の町並みは「河原町エリア」でしょう。

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奥には「イートインコーナー」が・・。

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そして、右手には「まちなか案内所」も。

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筆者が立ち寄った目的は、『織田信長館跡の発掘現場について尋(たず)ねる』ことでした。係員さんからは『「岐阜市歴史博物館」で聞いてほしい』との答えが・・。先ほど見た「案内地図」によれば、「歴史博物館」は「岐阜公園」の南寄りにあるようです。

ほぼ一本道ですから、「歴史博物館」へは歩いて向かうことにしました。

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途中、左手の広場で「猿回しのショー」が開催されているのが見えました。

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右手には比較的に新しい建物の店舗があり、

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その先では両側にも・・。

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さらに先には苔(こけ)がむすエリアへの入口がありました。

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その近くで地図を見つけました。この先の「女神の噴水」がある広場に面した場所に「岐阜市歴史博物館」はあるようです。

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女神の噴水」です。その奥に立派な建物が・・。

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(続く)

2026年4月 9日 (木)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その3)岐阜市内のホテルに宿泊

「遠州森町PA」を出発。「浜松SA」を経由して「豊田JCT」で入った「東名高速道路」、そして「名神高速道路」と「東海北陸自動車道」を順調に走行して「岐阜各務ヶ原IC」から岐阜市内へ入る状況は「前回のドライブ」と同様に順調でしたから、ここでは省略します。

午後5時ころ、岐阜市の中心部にあるホテルへ到着しました。雨が降り続いていましたから、ホテルの地下駐車場から1階のエントランス・ホールに出ました。

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受付カウンターでチェックイン

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筆者たちの客室は7階にありました。

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なお、この日は「新東名高速道路」の「藤枝岡部ー島田金谷間」で工事渋滞があり、愛知県から岐阜県に入るころから雨天になりましたが、概ね順調なドライブができました。翌日はきっと好天になってくれるはずだと思いながら早めに就寝しました。

                             ☆

ゆっくり起きた翌朝は、午前8時ころに朝食を摂るため11階にある「スカイレストラン ボン・ルパ(bon-repas)へ向かいました。なお、朝食は宿泊料金に含まれています。ちなみに、"bon-repasu"はフランス語で「良い食事を!」を意味することばです。日本で良く知られるフランス語の"bon appetit"(ボナペティ)と同じ意味です。

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窓際の席(写真手前)へ案内されました。

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「スカイレストラン」と言うだけあって、窓越しの景色が楽しめます。

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ここで、筆者は好きな音楽グループ「ハイ・ファイ・セット」(2013年4月のブログ記事2013年6月のブログ記事2014年6月のブログ記事)のヒット曲「スカイレストラン」(1975年)を思い出しました。都会女性の感傷的な想いを歌ったこの曲は爽(さわ)やかな朝には場違いですが・・。

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テーブルに置かれた「朝食セット・メニューの説明書き」には筆者の好きな「飛騨郷土料理の朴葉(ほうば)みそ」「清流長良川の鮎(あゆ)」「飛騨郷土料理にたくもじ(説明:煮た漬物)」「飛騨郷土料理こも(説明:藁を編んで作ったむしろで包み煮た)豆腐」「飛騨郷土料理赤かぶ漬け」「岐阜の名品明宝ハム」「長良川伏流水の湯葉」などが・・。

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木製の重箱で提供されました。仕切りがあって料理が盛られた器がピッタリ収まっています。

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「朴葉みそ」は「朴葉の上に味噌と飛騨牛」が載(の)っています。

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温(あたた)めるために使われる小さな焜炉(こんろ)には草書体で何やら書かれていますが・・。

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「サラダ」は陶器の皿に盛られています。なお、白いご飯・味噌汁・飲み物はセルフサービスです。

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寒さが厳しく食材も凍るとされる飛騨地方を発祥の地とする「朴葉みそ」は囲炉裏(いろり)の火で朴葉に載せた漬物や味噌などを温めて食べたと伝えられるそうです。他の料理を摘(つ)まみながら出来上がるのを待ちました。

「サラダ」が苦手な筆者は同行者に少し助けてもらいましたが、その他は完食することができました。ご馳走様!

部屋へ戻って小休止した後、午前9時30分頃に「ホテル・グランヴェール岐山」をチェックアウト。昨日、到着した時には雨模様でしたからホテルの外観を眺(なが)めることができませんでしたから、地下駐車場から表の道へ車を出した時にホテルのエントランス付近とオーバル(楕円形)の筒状をした外観を写真撮影しました。

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最上階(11階)は朝食を摂(と)った「スカイレストラン」と「スカイラウンジ・エスペラート(esperanto、意味:世界共通語を目指して造られた言語名)」があります。

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すぐ目の前に”Star Place Yanagase”(スター・プレイス・柳ヶ瀬)の看板(ネオンサイン)を見つけました。

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岐阜はもちろん、東海地方を代表する繁華街・歓楽街である「柳瀬通り」の西半分である「西柳ヶ瀬商店街」の愛称のようです。つまり、美川憲一さんが歌って大くヒットした「柳ヶ瀬ブルース」(1966年/昭和41年に発売されたムード歌謡)の舞台なのです。

午後の予定までにはまだ3時間ほどありますから、訪れて見たかった市内の観光地を巡る(めぐ)ことにしました。(続く)

2026年4月 8日 (水)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その2)島田金谷ICから遠州森町PAへ

渋滞の最後尾に付きました。

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本線が右手に大きくカーブしていることで、かなり前方から渋滞が続いていることが分かります。

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左側のフェンス脇には『1000m先で工事が行われている』ことを示す標識が立てられています。

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筆者たちが走行する追い越し車線は『1㎞先で規制されている』ことを示す標識が本線右側の路肩にありました。『中央の走行車線もその先で規制されるようです。

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少し先にも同じ内容の立て看板がもう一つありました。ここで雨粒がインドシールド(windshield、なおフロントガラスは和製英語)に付き始めました。

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『左側の車線へ移るようと促(うなが)す矢印』がいくつも並び始めました。

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「一際大きな矢印」が現れた地点で、前を走行する車が車線を変更し始めましたので、筆者も追従することに・・。

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「車線の変更」を完了。

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大きな電光表示板を荷台に搭載した黄色い工事用車両が本線の右端に停車しています。

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左端の走行車線へ移ったタイミングで、また雨粒が・・。

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車列が進む速度が少し上がったようで、前の車との車間距離が長くなり始めました。そして、前方にはトンネルの入口と「注意報らしき電光表」示が見えます。

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なお、「粟ヶ岳トンネル」(長さ4,662m)の中も車線規制が行われていましたが、通常走行には支障ありませんでした。

15㎞ほど先にある「遠州森町PA」(説明:東名川崎ICからの距離は190㎞余り)で昼食を兼ねて休憩することにしました。感の良い方は名前をみて気がつくかも知れませんが、ここは森町は浪曲や講談のヒーローである「森の石松」の出身地とされているようです。

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駐車場の4か所あるエリアの混雑状態はマチマチであることが表示されています。もちろん、空いている奥から2番目のエリアに車を停めることにします。

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駐車場が広くないことから、これまで2-3度立ち寄ったことがあるだけです。

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通路の正面に売店やイートイン・コーナーがあります。

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イートインにある店舗のメニューです。

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筆者は「遠州製麺所」の「とろろ蕎麦」(1,050円)を選びました。

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同行者は「森町茶屋」へ向かいました。

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そして、テーブルに持ち帰ったのは「黄な粉を塗(まぶ)したバニラソフト」(500円)でした。

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一口だけ「お裾分け」を貰いましたから、「とろろ蕎麦」を二人でシェアすることに・・。なお、食べ終わってから気づいたことは、「とろろ蕎麦」の写真を撮影を失念したことです。同行者の行動に気を取られて・・。上に掲載したメニューの写真をご覧ください。(続く)

2026年4月 7日 (火)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その1)東名川崎ICから島田金谷ICへ

前回から日を置かずに岐阜市へ再び行くことになりました。

東名川崎IC」の入口にはある「電光案内表示板」には前回のような「東名高速(下り線)」についての表示はありませんから、安心して「東名川崎IC」から本線に入りました。

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前回とは打って変わり、本線は順調に流れています。

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しかし、突然『藤枝岡部ー島田金谷 工事渋滞 5㎞ 40分』の表示が・・。

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「駐車場案内」に『乗用車〇 トラック△ 大型バス〇』とあるのはすぐ先にある「港北PA(下り線)」で大型トラックの休憩所になっている場所です。

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正面に背の高いビルが見えて来ました。「厚木アクストメントタワー」(高さ約117mのオフィスビル)は「厚木IC」の目印です。その先には「丹沢大山」(標高1,252m)の優美な姿も・・。

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本線左端にある「案内標識」には『中井PA・鮎沢PA・足柄SAとも駐車場が空きがある」ことが表示されています。

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大きな吊り橋が見えて来ました。「東名高速(上り線)」の「東名足柄」(全長370m/最大支間長185m/主塔高81.75mの斜張橋)であり、「上り線」と「下り線」が立体交差する珍しい場所の一つなのです。

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余談ですが、曲りくねり・アップダウンの多い片側2車線の「東名高速道路・山北エリア」における混雑を解消するために「上り線専用の道路と橋」が1991年に建設されました。「東名高速道路:が全線開通した1969年の22年後のことです。

「下り線」の「右回りルート」(注釈:筆者が走行)と「左回りルート」とが合流する地点付近を走行中、急に小雨が降り始めました。

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これも余談ですが、「右回りルート」とは上記の大工事が完了するまで「上り線」であったものの進行方向を逆転させて利用しているのです。

「東名高速道路の足柄SA・駒門PA」と「新東名高速道路の駿河湾沼津SA」はいずれも小型・大型の駐車場に空きがあるようです。

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御殿場JCT」で「新東名高速道路」に入りました。

『藤枝岡部ー島田金谷 工事渋滞 5㎞ 25分』の表示内容は30分前に較べれば通過所用時間がやや短縮されましたが・・。

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雨足が少しだけ強くなってきました。

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『新富士ー新清水 故障車有注意』と『藤枝岡部ー島田金谷 渋滞7km 30分』が表示されています。

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渋滞情報は先ほどと同じ内容です。

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「東名名古屋IC」までは177㎞、140分とありますから、ほぼ通常通りと言えるでしょう。シャッターを押したタイミングでワイパーが・・。

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渋滞情報に『新城-岡崎東 事故渋滞 1㎞ 10分』が加わりました。

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『清水エリアに雨走行注意の警報』が出されています。

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『新静岡 6㎞ 5分』の案内情報が出たところで、「伊佐布(いさぶ)トンネル」(長さ2,149m)に入ります。

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『名古屋 163㎞ 140分』の案内表示を見ながら順調に走行しています。

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『2キロ先 渋滞 現在5㎞ 25分』の表示がありますから、いよいよ渋滞地点に近づいたようです。

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路肩に「警報表示板」を載せた黄色い車が停まっています。

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渋滞の最後尾はまだ見えませんが、何やら不穏な雰囲気が・・。(続く)

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