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2026年5月

2026年5月30日 (土)

麻生文化センターと黒川谷ツ公園(最終回)黒川谷ツ公園④

休憩用ベンチの手前から、左手(北方向)へ向かう「遊歩道」に入りました。

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「京王相模原線」の線路沿いに舗装道路が続いていました。

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作業者の仕事道具でしょうか、「一輪台車」をはじめ、いろいろな物が置かれています。

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大きな木の下に表示板のようなものがあるようです。

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近づいてみると、「エコパッチ」についての説明でした。訊(き)き慣(な)れない言葉ですが、『植物や昆虫の保護のために、草を刈り残している場所です。』 として、「ナンバンギセル(南蛮煙管)」(ハマウツボ科ナンバンギセル属の寄生植物)、「ハネナガイナゴ(翅長稲子)」(バッタ目バッタ科の昆虫)、「ジャノメチョウ(蛇目蝶)」(タテハチョウ科ジャノメチョウ属の蝶)が写真入りで紹介されています。

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行き当たったゲートから表道路へ出られるようです。

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ゲートの脇のフェンスには「はるひ野5丁目9」の住所表示があります。なお、「小田急多摩線」の北側にある住宅地は「黒川谷ツ公園」を含めて「はるひ野5丁目」のようです。

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そして、反対側(左側)には「黒川谷ツ公園」の石柱が立っています。

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その脇には、筆者がこの公園に入る時に見かけたものとまったく同じ『黒川谷ツ公園の管理と利用について』 と題する説明看板がありました。

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入口の右脇から少し右よりに立派な掲示板があり、同じ「公園開放日」などが掲示されています。

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これも後で知ったことですが、筆者が公園に入ったのは「出入口1」、今出たのが「出入口4」、筆者が手前で引き返したのが「出入口5」でした。残る「出入口2」と「出入口3」はこの後、通過することになるのです。

スマホ(iPhone SE3)で確認すると、現在地は公園の北東角付近を示しています。

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公園の周囲を歩いて、「はるひ野駅」へ戻ることにしました。

次の写真はフェンス越しに見た「公園の湿地」です。なお、ここは「閉域」であり立ち入ることはできないようです。

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歩道は公園のフェンスとともに緩(ゆる)やかに左カーブして続いています。そのフェンス沿いにかなり進んだ、看板が小さく見える場所に「出入口3」がありました。

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116枚を撮影したこのタイミングでトラブルが発生! デジカメのバッテリーが切れてしまいました。自宅を出る前に充電しておいたはずですが・・。さらに迂闊(うかつ)なことに、予備のバッテリーを持参していません。そこで止むを得ず、以降はスマホ(iPhone SE3)のカメラで撮影した写真を掲載します。

歩道の道路側には『自転車等放置禁止区域』 の立て看板が立っています。「はるひ野駅」周辺がその対象となっていることが分かります。

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公園の南端角から右へ入る急な階段を上がりました。この先に「はるひ野駅の北口」があるはずです。

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長い階段を上がり切ると、なだらかな坂道が続いていました。公園寄りの歩道を歩きます。この先(右手)に「出入口2」があるはずです。

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はるひ野駅北口」が見えて来ました。

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「駅北口」にばかり注目していたため、「出入口2」を見過ごしてしまったようです。実は、「駅北口」の右手、階段の手前にある「緑農会館」の駐車場だと思われた場所が「出入口2」だったのです。

「ストリートビュー」で確認すると、「黒川谷ツ公園」と刻まれた石柱がありました。なお、「出入口2」と「出入口3」は「湿地」の脇(わき)を抜ける「遊歩道」で繋(つな)がっていおり、公園内を巡(めぐ)るルート(遊歩道)の一部になっているようです。

「駅北口」の前から見上げると、目が眩(くら)むような階段でした。そして、思い出しました。駅舎の脇を通過する「歩道橋」からこの階段を見下ろしたことを。

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なお、真ん中の薄茶色の部分は自転車を押したり、カートを引いたりするための「スロープ」でしょうか? いずれにしても大変そうですが・・。

長い階段を何とか上がり切りました。「公園の入口」へ向かった「歩道橋」の「上部通路」に出たのです。

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「駅南口」方面へ戻ります。

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南口側の階段を下りて、「駐輪場」の中を抜けることにしました。駐車場への近道です。

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そして、無事に駐車場へ戻ることができました。駐車時間は44分と単位時間の40分を越えたため、料金は400円。ともあれ、この日は期待通りに「里山散策」を楽しむことができました。大満足です!!

帰路は往路と異なり、「ドライブ計画」の詳細を忘れて運転に集中したことで、日曜日にもかかわらず、予定よりも早く帰宅することができました。なお、この日の走行距離は約30㎞です。(終)

2026年5月29日 (金)

麻生文化センターと黒川谷ツ公園(その5) 黒川谷ツ公園③

こちらは「田んぼエリア(D-E)」です。

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「小田急 多摩線」の高い築堤(ちくてい、意味:線路を通すために土を盛り上げて造った土手)とその後方にあるマンション群の上層階も眺(なが)めることができます。

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木製擬(もど)きの柵(さく)に吊るされた「案内パネル」には、『いま、公園の田んぼでは、シュレーグルアオガエルが鳴いています。シオヤトンボが飛んでいます。』 と写真付きで説明されていました。このパネルではすべての漢字に手書きでフリガナが振(ふ)られています・・。やっと分かりました。小さな子供たちもこの公園を訪れるのです。

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なお、"AI"に質問すると、『「シュレーグルアオガエル」は日本にだけに棲(す)む小型のアオガエル(青蛙)の仲間で、体長はだいたい3~5センチ、本州・四国・九州の田んぼや湿地、里山の林のそばなどにいます。』 と答えてくれました。また、『「シオヤトンボ(塩屋蜻蛉)」は日本に広く分布するトンボで、北海道から九州までの平地~低山地の池や沼、湿地、水田などの水辺に棲(す)みます。成虫は主に四月から五月ごろに現れる春先のトンボです。』 とも。

隣りにあるパネルには『田おこし後の田んぼに、鳥たちや蝶もやってきます。』 として、多くの動物の写真を紹介していました。

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『昆虫の体のつくり』 と題した次のパネルでは、昆虫の写真を使って体の多くの部位の名称が示されています。

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「前翔(ぜんし)」は筆者にとって初耳です。「まえしょう」と読みそう!? "AI"の答えは、『多くの昆虫では中胸と後胸から一対ずつ翔(はね)が出ていて、前側の翔を「前翔(ぜんし)」、後側を「後翔(こうし)」と呼びます。』 でした。『甲虫(こうちゅう、例:カブトムシ、テントウムシ)では硬くて厚い前翔で体を保護する。』 との説明も。

両側に柵(さく)がある「遊歩道」を進みます。

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「湿地帯」は草と木々に覆(おお)われています。

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左手の草むらに休憩(きゅうけい)用のベンチが2つ置かれていましたので、ここで小休止(しょうきゅうし)を取ることにしました。

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「田んぼエリア」とその先(東)にある「西の林」、そして空を眺(なが)めることができます。

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1₋2分の休憩で身体の疲れが退(ひ)いたようです。さらに前方(西方)へ歩くと、目の前に長く急な階段が現れました。

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階段の脇には、『この階段、わたしたちの手で作りました!』 と題して、たくさんの写真入りで詳細に工事状況が説明されていました。

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写真を順番に眺(なが)めるだけで「作業工程」がよく分かるように工夫(くふう)されています。

階段を作った人たちに感謝しながら急な坂道をひたすら上がると、開けた場所に出ました。落ち葉が積もっていて、その感触を楽しみながら快適に歩くことができます。

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「路傍(ろぼう)」に育つ「ハリギリ(針桐)」(ウコギ科ハリギリ属)は、花期が6₋7月、果期は10月、果実は液果で直径5mmほどの球形、熟(じゅく)すと赤褐色(せっかしょく/せきかっしょく)から黒紫色(こくししょく)へ変化、枝や幹に鋭(するど)いトゲが密につくと説明されています。

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前述したように、「多肉質(たにくしつ)」は『植物の組織に水分が多く含まれていて、厚くてぷっくりしている状態を指す言葉』 であり、「液果(えきか)」は『一部が多肉質または多汁質(たじゅうしつ、説明:英語では"juicy")になっている果実』 のことです。

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「遊歩道」は「尾根道」のようになだらかな上り傾斜で続いています。

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縦長の構図で撮影してみると、その様子が強調されるようです。

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雑木林の中では前方の様子を見通せないため、スマホ(iPhone SE3)で場所を確認してみると、公園の西端まで数十mに迫(せま)った場所でした。

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帰宅後、撮影した写真を整理した時に疑問に答えてくれる情報を見つけました。

「田んぼエリアの説明パネル」(説明:本ブログ記事の(その4)に写真を掲載)に描(えが)かれた地図によると、「遊歩道」はこの先で「はるひ野4丁目」(はるひ野駅南口周辺)と「はるひ野5丁目」(小田急多摩線の北側の住宅地)を結ぶ生活道路に面した「公園の出入口」まで続いていることを。なお、上記の「公園の出口」の部分をクリックすると「ストリートビュー」を見ることができます。

そして、その生活道路の西側には神奈川県と東京都の境界線があり、さらに東京都側(多摩市永山)には都道18号府中町田線(通称:南多摩尾根幹線道路)が通っています。

参考情報です。都道18号府中町田線は神奈川県鎌倉市から群馬県高崎市を結ぶ「旧鎌倉街道上道(うえつみち)」の一部区間であり、東京都町田市より手前の神奈川県では、小田急江ノ島線の東側を南下して横浜市瀬田区・泉区・戸塚区、そして藤沢市を経由して鎌倉市へ至る旧道(かまくらみち)が残っています。

なお、「鎌倉街道上道」は『新田義貞(にったよしさだ)による鎌倉攻めのルート』であり、当ブログでも関連する記事「比企城館跡群(その2)菅谷館跡」「多摩市を探訪する 和田古墳群」「新田義貞の鎌倉攻め(前編・中編・後編)」「大山道探索 横浜市の巻」「大山道探索 大和市から厚木市へ」を投稿しています。

閑話休題(かんわきゅうだい、意味:話を本題に戻すこと)。尾根道をさらに歩いて「公園の出入口」まで行っても仕方がありませんから、ここで引き返すことにしました。

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「物は試(ため)し」とばかりに、縦構図でも撮影すると、やはり遠近感がよく出ていました。

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下り坂の尾根道を戻り、「長い階段」を無事(ぶじ)に下りることができました。草陰(くさかげ、意味:草が生い茂っている場所やその物陰)に、先ほど休憩(きゅうけい)したベンチが見えます。

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(続く)

2026年5月28日 (木)

麻生文化センターと黒川谷ツ公園(その4) 黒川谷ツ公園②

「ガマズミ(莢蒾)」(ガマズミ科ガマズミ属の落葉低木)は秋に赤く熟した果実は食用になり、薬酒(やくしゅ)にもなるそうです。

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「コゴメウツギ(小米空木)」(バラ科スグリウツギ属の落葉低木)は花期が5₋6月、果期は9₋10月。果実は球形の袋果(たいか/ふくろか)とのこと。生垣(いけがき)などに利用されるようです。

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西の林」に陽光が差し込んでいます。

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その雑木林(ぞうきばやし)の中を「遊歩道が」続きます。

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「クロモジ(黒文字)」(クスノキ科クロモジ属の落葉低木)は雌雄異株(しゆういしゅ)で秋にイチョウと同様に黄葉(こうよう)し、花期は早春で、黄緑色の小さな花が集まって咲くそうです。果実は液果(えきか、説明:一部が多肉質または多汁質になっている果実)で、秋に黒紫色に熟(じゅく)すようです。なお、枝の黒い斑点(はんてん)を文字に見立てて命名されたと言われているとのこと。

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「遊歩道」は緩(ゆる)やかな下り坂となって下方へ続いています。

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ここまで下ると、右手方向もなだらかな地形に変わりました。

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そして右手へ分岐する「遊歩道」には小さな橋があるのが見えました。どこへ続くのでしょうか?

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気になりますが、これまでの「遊歩道」を真っ直ぐ進むことにします。

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「遊歩道」の左脇にカラフルな写真を見かけました。『キランソウの花で吸蜜(きゅうみつ)するベニシジミ』 と説明されています。なぜか「キランソウとベニシジミ」と手書きされたシールが貼(は)ってあります。

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ちなみに、”AI”によると、「キランソウ」はシソ科アジュガ属の多年草で、日本や朝鮮半島、中国などに自生(じせい)する野草とのこと。地面に這(は)うように広がり、春には紫色や青紫色の小さな花を咲かせるとのこと。

急に細くなった「遊歩道」は窪地(くぼち)の中を続いています。

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右前方に小さな池が現れました。水草が生(お)い茂(しげ)っています。

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前方(池の脇)に先客の姿がありますから、ここで右へ折れることにします。

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こちらの「遊歩道」は池の反対側に続いているようです。前方には少し高い場所にある「小田急多摩線の線路」と「マンション群」が見えます。

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そして、「遊歩道」の右脇に小さな水の流れが・・。

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「遊歩道」は両側にある木々に挟(はさ)まれながら前方へと続いています。

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『田んぼエリア』 の「案内パネル」がありました。『湧水(ゆうすい)が水路や田んぼエリアに集まり豊かな水辺を形成しています。春の訪れとともに水の中の生きものも活発になり、シオカラトンボ(塩辛蜻蛉)も観察され、水面上空(注釈:水面の上の空中を意味するのか?)を気持ちよさそうに飛び回っています。初夏に向かって、ますます沢山(たくさん)の生きもので賑(にぎ)わうことでしょう。』 との説明文があります。次いで【水辺の生き物】と【田んぼを訪れる生き物】を紹介。

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「田んぼ」はAからEまで5区画に分かれており、それらの脇に「ノハナショウブ保護エリア」があることが図解されています。なお、「ノハナショウブ(野花菖蒲)」はアヤメ科アヤメ属の多年草で、園芸種の「ハナショウブ(花菖蒲)」の原種なのだそうです。

「田んぼエリア(A~C)」を見渡すように撮影してみました。「田んぼ」は休耕中のようで、「稲(いね)」の姿は確認できません。

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(続く)

2026年5月27日 (水)

麻生文化センターと黒川谷ツ公園(その3) 黒川谷ツ公園①

右へ曲がる道路に沿って歩道を進むと、大きなスーパーマーケット「クリシマ」などが入る「はるひ野ショッピングセンター」が見えて来ました。目指す駐車場へ向かう時には裏手から脇を通過する道路を走りましたが、反対側のマンションに気を取られていたため、気づきませんでした。

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横断歩道を渡ると、左手にユニークな形状の「小田急多摩線 はるひ野駅」がありました。

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「はるひ野駅」という名称が気になって事前に調べてみました。これは地名に旧来の由来する駅名ではなく、このエリアで新たに宅地開発(説明:2004年度に街開き)が行われた時に、ディベロッパー(都市基盤整備公団)がイメージ創(づく)りのため付けた地名が「くろかわあきる野」でした。そして、駅名には「あきる野駅」採用されたのです。また、隣駅は「黒川駅」。

なお、すぐ近くの「京王相模原線 若葉台駅」周辺に1980年代以降に開発された住宅地(説明:多摩ニュータウンの稲城エリアの一部として)も同様のようです。

その左横には事前に調べておいた「歩道橋」がありました。これが「黒川谷ツ公園」への「アクセス・ルート」です。その左側には先ほど見た「駐輪場」があり、その奥には、樹木が生い茂ったエリアが控(ひか)えています。

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長い階段を上がると綺麗(きれい)な通路が直線的に伸びていました。

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右手に駅へ下りるためと思われるエレベーターがありました。先ほど見た駅の正面右端には入口(南口)があったのですが・・。

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少し進むと、左手の金網越しに駅の構内を見下ろせました。ちょうど「下り線の唐木田駅行き」と思われる電車が停まっています。

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さらに進んだ右手奥に、もう一つエレベーターがありました。

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「はるひ野駅」は入口が一杯あるようです。駅構内がどんな造りになっているのか気になってきました。上り線と下り線への入口が分かれているのかもしれません。

駅舎の脇を通り抜けると長い下り階段がありました。

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少し先へ進んでから振り返って撮影すると、駅舎とエレベーター・外階段の関係がよく分かりました。

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帰宅後に「はるひ野駅」の構内図を確認すると、この階段の下には「北口」があることが分かりました。

さらに直進すると「黒川谷ツ公園の出入口」に到着。なお、「谷ツ」とは聞きなれ名言葉ですが、「谷戸(やと)」を意味する関東地方の方言です。

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これは参考情報です。「黒川谷ツ公園は」川崎市の「都市公園」で、種別としては「近隣公園」に分類されます。厳密に言うと『「都市公園」は国や地方自治体が「都市公園法」に基づいて設置・管理する公共の公園や緑地のこと』 です。また、『都市の景観向上、住民の憩(いこ)いや健康作りの場としてだけではなく、災害時の避難場所や防災空間としての重要な役割も担っています。』

出入口の近くに『黒川谷ツ公園の管理と利用について』 と題する詳細な説明書きがありました。

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その説明文を引用します。『黒川谷ツ公園は、黒川の雑木林や湿地などの地域固有の自然環境が保全された自然豊かな公園です。この貴重な動植物の生息する環境づくりのため、公園内への入園は、管理者がいる公園開放日にお願いします。』

続けて、『入園の際には、次のことを守ってください。
・動植物を傷つけたり、持ち出したり、持ち込んだりしないこと。
・犬や猫まどのペットを連れて入園しないこと。
・園内で火気の使用をしないこと。
・ゴミや空き缶、ペットボトルなどを捨てないこと。
皆様のご理解、ご協力をよろしくお願いします。
麻生区役所道路公園センター』 と。

「2026年度 黒川谷ツ公園の公園開放日」が掲示されています。

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入口を入ったところにも「警告文」が・・。

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緩(ゆる)やかな上り坂には滑り止めが設置してあります。

その先は下り坂が続きます。

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右手を見ると谷戸のような崖があります。

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緩(ゆる)やかな下り坂がさらに続きます。

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右手にあるのは「クマシデ(熊四手)」(カバノキ科クマシデ属の落葉高木)がです。注釈:銘板の表面にあるプラスチック製のカバーの反射でハレーション気味になり読みにくくなりました。なお、名称の「熊四手は、樹皮の色や質感が熊の毛並みや体を連想させ、果実や枝先が連なって細長く垂れ下がる姿を表(あらわ)す言葉である「四手(しで)」(説明:神社のしめ縄などに付ける紙垂と同じ語源)を組み合わせて命名されたようです。参考:クマシデのWikipedia

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こちらは「ウグイスカグラ(鶯神楽)」(スイカズラ科スイカズラ属)。『花期は2₋4月、果期は5₋6月。果実は楕円形で、鮮紅色に熟し、薄ら甘く食べられる』 と説明されています。参考:ウグイスカグラの解説サイト

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(続く)

2026年5月26日 (火)

麻生文化センターと黒川谷ツ公園(その2) 県道137号ではるひ野駅へ

柿生(かきお)交差点」から「県道137号上麻生連光寺線」に入り、車で混雑する県道を北進しました。

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200mほど進んだ場所で工事が行われていました。よく見ると、県道の右側にある竹林で生い茂る小高い丘が切り取られて、新たに擁壁(ようへき)が出来上がっています。

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県道の拡幅工事かと一瞬考えましたが、すぐにあることを思い出しました。先ほど通過した「県道3号の片平二丁目交差点」が川崎市を南北に縦貫する「尻手黒川道路」の終点ですが、近い将来には「県道137号上麻生連光寺線」に直結する計画があるのです。そして、このためのトンネルが今年3月に開通したことをニュースで知っていました。

そのトンネルに繋(つな)がる道路の工事現場(説明:新たに交差点ができる場所)だったのです。そう言えば、「片平二丁目交差点」の西側に工事用のフェンスが設置されていました。注釈:本ブログ記事(その1)に掲載した写真を参照

次の信号付近まで続いている工事現場(説明:次の写真の右手)を過ぎると、「県道137号上麻生連光寺線」は両側に広い歩道が整備された快適な道路となっていました。

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イタリア国旗が掲(かか)げられたイタリア料理店"OLIVE HILL"(オリーブの丘 川崎片平店)の前を通過します。

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次いで、交差点名が表示されていない交差点も通過。なぜか、信号が点灯していません。危険!!

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緩(ゆる)やかな上り坂に差し掛かりました。

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ほどなく上り切り、今度は緩やかに下って行きます。

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前方に「丁字路」が見えてきました。

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そして、右手に「小田急 多摩線の鉄道ガード」が・・。なお、その右手方向に「小田急多摩線」の「黒川駅」があるようです。

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「丁字路」である「黒川交差点」のに行き当たりました。「案内標識」には「鶴川街道」とあります。ここで「県道137号上麻生連光寺線」は「鶴川街道」の「若葉台駅南交差点」まで共用区間(説明:2つ以上の路線が同一の道路を共同で利用する区間)となり、東京都多摩市連光寺付近(都道41号稲城日野線の連光寺坂上交差点)まで続いています。

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参考情報です。「鶴川街道」は東京都町田市の原町田中央通りから神奈川県川崎市麻生区を経由し、東京都調布市の甲州街道(下石原1丁目交差点)へ至る主要地方道(東京都道/神奈川県道19号町田調布線)の通称です。ちなみに、町田市の鶴川地区を経由することが通称の由来のようです。

「黒川交差点」を左折すると、すぐ先の交差点(日影バス停の先)には「時差式信号機」と表示されていますが、交差点の名称はありません。

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地図で確認すると左手に多摩川支流一級河川「三沢川」が流れていました。

この交差点を右折して市道へ入りと、前方に住宅地が見えてきました。

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道路脇に生垣(いけがき)が整備された綺麗(きれい)な住宅街に入りました。

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この「名称がない交差点」を右折します。

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次いで「マンションの手前にある交差点」を左折します。

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大型マンション「リーフィアレジデンスはるひ野」を右手に見ながら走ると、「青と白の2色に塗り分けられたマンション」に行き当たりました。ここは右折です。

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事前に調べておいた駐車場「タイムパーキング はるひ野駅前」(41台、昼間料金(8:00₋22:00):200円/40分)に車を停めました。なお、駐車場内は未舗装ですが、好天ですから気にしません。何とか空きスペースを見つけることができました。

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駐車場を出ると目の前には「駐輪場」があり、その先に見える建物が「小田急多摩線 はるひ野駅」です。

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今回は久しぶりに「一人散策」ですから、ぶっつけ本番です。(続く)

2026年5月24日 (日)

麻生文化センターと黒川谷ツ公園(その1) 市民ギャラリーの写真展と4車線化された神奈川県道3号線

日曜日の午前9時45分ころ、筆者は車を運転して川崎市麻生区へ向かいました。「麻生区役所」と同じ敷地内にある「市民ギャラリー」で開催されている友人が出店する「写真展」を鑑賞することがこの日の目的です。「尻手黒川道路」を北上して20分余りで目的地に到着しました。何度も訪れていますから、道に迷うことはありません。

今回も「タイムズ24」が運営する有料駐車場に車を停めました。なお、土日の駐車料金は200円/30分です。

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駐車場の左手に隣接するのが「麻生区役所」です。

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それと向かい合う建物「「麻生文化センター」には「大ホール」「市民館」「図書館」、そして「市民ギャラリー」などの施設が入っています。

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外観は2階建てですが、なぜか地下にある階が1階、地面と同じレベルの階が2階と呼ばれています。

そして、その建物にはガラス扉(とびら)の入口が3か所もあります

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関心を持たれた方へ詳しく説明しましょう。右側は「大ホール(1階から3階まで吹き抜け)の出口専用」、中央は「大ホールのロビー」用、そして左側が「図書館」「大会議室」「市民館」「市民ギャラリー」用に分かれているのです。

なお、1階にある「体育室」は2階にある「大ホールのロビー」から階段で下りる構造になっています。また、3階にある「事務所」「市民館の4つの会議室・実習室・料理室」は2階の「市民ギャラリー」の手前にある階段で上がる必要がありますが、「区役所」から伸びる「解放通路」(歩道橋、説明:上の写真の左端)を利用しても入ることもできます。

「市民ギャラリー」へ向かう筆者は一番左の出入口から建物内に入りました。

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すると、ロビーの正面に「図書館」があり、

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その左手前に「市民ギャラリー」がありました。

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毎年開催されるこの「写真展」では今回も興味深い写真が多数出展されていました。受付を済ませた後は、出展者の一人である友人と一緒に作品を見て回りながら会話が弾(はず)み、30分ほどが瞬(またた)く間に過ぎていました。なお、今回は「市民ギャラリー」内での写真撮影を控(ひか)えました。

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午前10時45分ころには駐車場に戻りました。今回の駐車時間は39分、駐車料金は400円。

この日の早朝は前日から続く曇天でしたが、徐々に晴れ間が広がったことで前日よりも気温が上がり、平年並みの20度超えになっています。幸運なことに、この気象条件は次の目的地を散策するのに最適です。

次の目的地へは「神奈川県道3号/東京都道3号世田谷町田線」を経由するルートを選びました。と言うのも、「神奈川県道3号世田谷町田線」の「新百合ヶ丘駅入口交差点」から「柿生駅付近」までの約1.7km(説明:渋滞が多発する区間)4車線化されたと聞いており、改良されたこの区間を是非(ぜひ)走行してみたかったのです。そこで、やや遠回りになりますが、「柿生交差点」から「県道137号上麻生連光寺線」に入ることにしたのです。

「麻生区役所」の駐車場を出て、「新百合丘駅入口交差点」を左折して県道3号世田谷町田線に入ります。

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右前方に見える大きなマンションは、新百合ヶ丘駅周辺の再開発地に建てられた、その名も「プライムアリーナ新百合丘」(2011年3月竣工、地上10階、全128戸、推定価格6,300万円~1億4,000万円)です。その名前が気になって調べてみると、「質の高い都市型住環境を備えた複合住宅」をイメージさせるブランドとして分譲会社の「三井不動産レジデンシャル・小田急不動産」が命名したそうです。

確かに片側2車線の道路になっていました。次の写真に写る「麻生警察署前交差点」で信号待ち状態ですが、余裕を持って走行できそうです。

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真新しい道路が真っ直ぐ伸びています。なお、遠くに見えるのは「新百合丘駅」を始点とする「小田急多摩線」の「鉄道ガード」です。

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片平交差点」を通過します。

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次いで信号待ちをした「片平二丁目交差点」は川崎市を南北に縦貫(じゅうかん)する「尻手(しって)黒川道路」の終点です。なお、前方を見ると、交差点の先では片側1車線の道路に戻(もど)るようです。

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次の「柿生交差点」では右折専用レーンを使って右折し、「県道137号上麻生連光寺線」に入ります。

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(続く)

【付記】 この記事から「Yahooマップ」に加えて「Googleマップ」を使用しています。また、「NIFTYのお知らせ」に対応して、5月21日に使用するウェブブラウザーを”Microsoft Edge”から”Firefox”に変更しました。

2026年5月17日 (日)

子供の日には東高根森林公園を散策(最終回) 南口へ戻る

急勾配(きゅうこうばい)の地形(急斜面)に造られた「九十九折れ」の「遊歩道」が続きます。

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「案内標識」は左方向に「見晴台」(100m)、右方向に「あきくさ広場」(70m)と「湿性花園」(160m)・「ケヤキ広場」(180m)があることを示しています。なお、「見晴台」へは筆者が歩いて来たルートを戻っても、遠回り(230m、説明:案内標識では手前方向)になりますが、辿(たど)り着くことができることも教えています。

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突然、同行者が『大きな蜂がいる!』 と言いながら大きな木の根元を指さしました。

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身体の色がオレンジがかっており、脚(あし)が黒いようですから、「スズメバチ」かも知れません。クワバラクワバラ!! と言ってから気づきました。「クワバラ(桑原)」は雷除けの呪文(じゅもん)だったことに・・。

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右手に入る石段の脇に出ました。「公園の案内地図」に描かれていますが、これは「ピクニック広場」へ行く近道です。健脚向きですが・・。

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「案内標識」には何故(なぜ)かこの石段についての説明がありません。

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左手にそれる下り階段は「あきくさ広場」へのショートカットです。

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前方(下方)に見える橋を渡ると、「ケヤキ広場」に次いで散策した「湿性植物園」へ行くことができます。

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春なのに紅葉したように赤い葉を持つ木が気になって調べてみました。すると、ありました。「ノムラモミジ(野村紅葉)、別名:ノムラカエデ(野村楓)」「ベニシダレモミジ(紅枝垂れ紅葉)」などの「赤葉モミジ類」、「カナメモチ」(バラ科カナメモチ属)の変種である「ベニカナメモチ(紅要黐、説明:垣根に適した樹木)」、バラ科の広葉樹で垣根によく使われる常緑低木「レッドロビン」(説明:新芽が真っ赤になり、成長とともに緑へ変わる)などの「カナメモチ(要黐)類」などです。

筆者にはこれらを見分けることができそうにありませんが、樹木の雰囲気から「ノムラモミジ」ではないかと思いました。

坂道を下り切ると、「南口」から続く道幅の広い「遊歩道」(説明:この公園のメイン遊歩道)に出ました。なお、次の写真の左端には「湿性植物園」に至る「木製の橋」が写っています。

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「案内用の地図」には「湿性植物園」へ向かうルートとの分岐点であることが示されています。

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「ケヤキ広場」の「秘密基地」が見えて来ました。

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「竹の平均台」は子供たちに相変わらず人気があるようですが、「ケヤキ広場」では「子供の日」の催し物「ひがしたかね 森の自然遊び」(午前10時~午後3時)の撤収作業が始まっていました。

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ポール上にある時計(ポール時計)は午後3時5分を指していますから、この日の催し物は予定通り、午後3時に終了したのでしょう。

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「ポール時計」の近く、葉が生い茂った樹木「ヒメシャラ」が目に留(と)まりました。

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「ヒメシャラ(姫沙羅)」(ツバキ科ヒメシャラ属)は落葉高木で、庭木として人気があるようです。なお、雌雄同株の植物で、6~7月の梅雨時期に2㎝~2.5cmほどの白い小花をたくさん咲かせることで美しい景観になるとのこと。

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「南口」の近くで営業している3台の「キッチンカー」は客足が途絶えてはいません。

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「南口」を出たところにある「精算機」で駐車料金を支払いました。

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休日料金は600円だと思っていましたが、実際には800円でした。値上がりしたのかと思い調べると、以前から季節により料金が変わる仕組みでした。つまり、11月から5月までは800円なのです。どうして季節によって変わるのでしょうか?

今回の滞在時間はちょうど1時間40分で、その間の歩数は5,234歩とまずまず。今回の散策も大満足なものになりました。(終)

2026年5月16日 (土)

子供の日には東高根森林公園を散策(その8) 古代植物園から九十九折れへ

これも「万葉集」にある「大伴旅人(おおとものたびと)」が「勿忘草/忘れな草」(万葉呼名:わすれ草)を詠(よ)んだ和歌です。なお、写真ではハレーションのため読み取れない部分がありましたので、"AI"を使って復元しました。

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わすれ草 わが紐(ひも)に付く 香具山(かぐやま)の 故(ふ、注:古に同じ)りにし里を 忘れむがため』(意味:忘れ草を私の紐(ひも)に付けています。香具山(かぐやま)のあの懐(なつ)かしい古里(ふるさと)を忘れられるように) これを意訳すると、『大宰府(だざいふ)の長官として福岡県に赴任していた「大伴旅人」が香具山のある明日香(あすか、注:奈良の京)が懐かしくてたまらないので、その辛(つら)さを忘れられるという忘れな草を紐(ひも)につけてみたのだ』 でしょう。

なお、写真の右端に写るのは「河辺東人(かわべのあずまひと)」による「ヤマザクラ」(万葉呼名:山の櫻)の和歌『春雨のしくしく降るに高圓(まど)の山の桜はいかにあるらむ 』です。意味は『春雨がしきりに降るにつけても、高円山の櫻はどうなっているのだろう』 です。なお、高円山(たかまどやま)は奈良市にある標高432mの山。

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その後(右)に見えるのは桜の大木のようです。

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「案内地図」を確認すると、「古代植物園」の南端付近まで進んでいました。

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「案合標識」を見ると、「古代植物園」と「市立東高根森林公園」「ピクニック広場」の3方向を示しています。なお、「市立東高根森林公園」は隣接する川崎市の公園で、「スケボー・コース」や「サッカーグラウンド」などがあるようです。そして、「ピクニック広場」は前回(今年1月)に訪れています。

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道なりに進むと、「パーゴラ広場」と「古代芝生広場
への分岐点に差し掛かりました。なお、「パーゴラ」(説明:イタリア語の"pergola/ぺルゴラ)"が語源)は藤棚(ふじだな)のように格子状(こうしじょう)の屋根とそれを支える柱(構造物)の名前です。

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ここも直進します。

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左手に木製の階段が現れました。前回、「ピクニック広場」へ向かう途中で上がった階段です。なお、右下に休憩所が見えます。

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階段を下りてから右手へ進みました。つまり、前回と同じルートを逆向きに進んでいます。なお、案内標識にある「あきくさ広場」は「見晴台」の下に位置する「東屋」(あずまや、四阿/しあ・あずまや ともいう)がある広場です。

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「案内地図」の中央付近に「あきくさ広場」の名前があります。

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遊歩道の左側には転落防止用のフェンスが続き、坂道となって緩(ゆる)やかに下って行きます。

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右手の草むらにある「5号休憩舎」の案内看板に気づきました。先ほど通過した「木製階段」の下にあった「休憩舎」を指(さ)しているようです。なお、描かれた地図を確認すると、この公園には12か所の休憩舎があるようです。

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左手にある「展望台」には前方の景観を楽しむ人たちがいます。

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目の前で咲いている赤い花は「ツツジ(躑躅)」でしょう。

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「展望台」から続く急傾斜の下には「東屋」が見えました。ここが「あきくさ広場」でしょう。

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緩(ゆる)やかな下り坂の「遊歩道」は右カーブして先へと続いています。

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その先は「九十九折れ」になっていました。

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今回は下りですから楽ちん(説明:「楽である」の俗語表現)です!(続く)

2026年5月15日 (金)

子供の日には東高根森林公園を散策(その7) 古代植物園の植物たち②

「建物に用いた植物」の説明看板がありました。

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『最初の建物は、竪穴住居とよばれるもので、地面に円形または方形に50㎝前後の深さに掘り下げ、その上に木で骨組みを作り草で屋根をふいたもので、縄文時代には完成に近い構造を持っていました。竪穴住居とともに掘立柱の建物が出現するのは弥生時代以降のことで、これらの建物の材料には、スギ・マツ・ヒノキ・モミ・ケヤキ・ツガなどが用いられていました。本格的な木造建築は、仏教建築が伝わった6世紀以降であり、さかんに寺院や宮殿の造営が行われました。これらの建物の材料としては、緻密な木肌と曲りの少ない特性をもつ、ヒノキ・コウヤマキが主に用いられていました。』

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こちらの「オケラ」(キク科)は、『日当たりのよい乾いた山地に生える多年草 花は9~10月 雌雄別株 生薬名:ソウジュツ 薬用部分:根茎 薬用:芳香健胃、利尿』 です。

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「クコ」(ナス科)は『原野や海岸に生える落葉低木 花は8~9月 生薬名:クコヨウ、ウコン、ジコッピ 薬用部分:葉、果実 
 薬用:利尿』と説明されています。

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「秋の七草」と題して、『秋の野山には、秋らしい草や木が花を開きます。万葉歌人「山上憶良」は、この秋草のなかから秋らしい風情の花を七つ挙(あ)げています。「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七草の花」萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花。
この七草は、今日のハギ・ススキ・クズ・ナデシコ・オミナエシ・フジバカマ・キキョウのことです。』 と。

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左手には小径が植え込みの中へと続いています。

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その右側にある樹木は「ヤマモモ」(ヤマモモ科)で、『照葉樹林に生える常緑高木。花は4~5月。雌雄異株。果実は6月頃暗赤色に熟し、甘酸っぱぱくて食べられるが保存しにくい。』 と説明されています。

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小径の左手に立つ「オオムラサキツツジ」(ツツジ科)の説明看板には、『都立公園等に多く栽培されている常緑低木。花は5月頃』 とあります。ところで、都立公園等とは?

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「親しまれた植物」と題して、『日本人が草木を鑑賞の対象として眺めるようになったのは、大陸との交流がさかんとなった奈良時代以降ではないかと言われています。文字や絵画や染織などの上に四季の植物を今日でも驚くほどみごとに表現しています。古代の代表的文学作品である「万葉集」には、約170種の植物が詠(よ)まれています。中でも数多く読まれている植物は、ハギ・ウメ・マツ・タチバナ・ヒオオギ・アシ・スゲ・ススキ・サクラなどであります。』 の説明がありました。

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なお、竹製の柵の中には「ヒオオギ」(アヤメ科)の説明看板があります。『海岸や山の草地に生える多年草。花は夏。種子は黒く、これをヌバタマまたはウバタマと呼ぶ』 とあります。

立看板には「センダン」(万葉呼名:あふち)を読んだ山上憶良の和歌が紹介されています。『妹が見しあふち(棟)の花はちりぬべし わが泣く涙いまだ干なくに』(意味:妻が見たセンダン/栴檀の花は、もう散ってしまうのでしょう。私の涙は、まだ乾くことが無いのに)。奥様を亡くした大伴旅人(おおとものたびと)の気持ちになって、山上憶良(やまのうえのおくら)が詠(よ)んだ歌とされます。

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「ヤマユリ」(ユリ科)は、『山地の草原に生える多年草。花は6~8月。神奈川県の県花』 です。

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左端の立て看板には「ヤマユリ」(万葉呼名:百合)の和歌(作者不詳)が紹介されています。『道の辺の草深百合(くさぶかゆり)の花咲(はなえみ)に 咲(え)みしがからに妻といふべしや』(意味:草むらに咲く百合の蕾がほころぶように、私があなたに向かって微笑んだからといって、それだけであなたの妻と決まったようにおっしゃるのは困ります) 1200年以上目の人が、現代にも共通する「男性の早とちり」を詠(うた)っています。

こちらは「ハギ(はぎ)」(万葉呼名:萩)を詠んだ和歌(作者不詳)です。『秋風は涼しくなりぬ馬並めて いざ野に行かな萩が花見に』 (意味:秋風がもう涼しくなってきた。皆で馬を並べて、さあ野へ出掛けよう。萩の花見に出掛けようではないか。)


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「うめ(梅)」(万葉呼名:梅)の和歌は、『人ごとに折りかざしつつ遊べとも いやめづらしき梅の花かも』(意味:みんなが枝を折って髪に挿し飾りながら遊んでいるけれど、それでもやはり、なんといっても美しくこころひかれる梅の花だなあ)

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「カタクリ(片栗)」と表示されています。「カタクリ」はユリ科カタクリ属の多年草です。花期はおおむね3月から4月。「片栗粉」はもともと「カタクリ」の地下の部分から取り出したデンプン(澱粉)のことを指していましたが、市販の「片栗粉」は「ジャガイモ」由来の澱粉で作られているそうです。

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左手の立て看板には、「カタクリ」(万葉呼名:かたかご)の和歌、『もののふの八十おとめ等が挹(く、説明:汲と同じ意味)み乱(まが)ふ 寺井の上の堅香子の花』(意味:たくさんの娘たちが水を汲もうとして入り乱れている、その寺の井戸のほとりに咲いている堅香子/かたかごの花よ)です。

「春の七草」の説明看板がありました。

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『若菜(春草)の若芽で食用になるもの)を食べる行事は、古くからあり、奈良時代から平安時代には、正月初子の日に若菜を食べ、今年一年の健康を祈ったものです。七倉の種類については、古来からいろいろのとりあわせがあり、また地方によっても異なっています。せり なづな おぎゃう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草』『この七草は、今日のセリ・ナズナ・ハハコグサ・ハコベ・タビラコ・カブ・ダイコンのことで、この七種の草を正月七日に用いたのは鎌倉時代からといわれています。』

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(続く)

2026年5月14日 (木)

子供の日には東高根森林公園を散策(その6) 古代植物園の植物たち①

日差しを一杯受けられるように葉を広げた樹木があります。

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「マグワ(真桑)」(クワ科)でした。中国原産の落葉高木で、日本では養蚕(ようさん)のために広く栽培されていました。つまり、桑の葉(説明:直径が7~20㎝の卵型で葉肉が厚い)を蚕(かいこ)の餌(えさ)として利用したのです。樹高は10mほどになるため、高さを抑(おさ)えて栽培。樹皮(じゅひ)は灰褐色(はいかっしょく)で縦(たて)に割れ目が入ります。なお、現在では真桑の多くが野生化しているそうです。

「古代植物園」内の遊歩道に沿って進みます。

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前方に樹高が高く上方で葉を茂らせた木がありました。

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「ナツメ(棗)」(クロウメモドキ科)です。『花は初夏に、黄色の小花が数個葉脈に集まって着き開く。果実は初め緑色であるが、後に黄褐色になる。果実を乾燥させ染料をとり、また食用にする。』 と説明されています。

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「カリヤス(苅安)」(イネ科)は、『山野に生育する中型の多年生植物。刈(か)り取った茎や葉を乾燥後、茎や葉を煮出(にだ)すことで青みのある黄色の染料が取れる。開花期は8月~10月』 とあります。

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「染料に用いた植物」と題した説明看板がありました。

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『日本の染色は、7世紀頃から始まる衣冠(いかん)制度にともない、その技術が発達しました。「延喜式(えんぎしき)」(説明:927年に完成し967年に施行された法典)には、古代に36色も染色のあったことが記されております。このため必要な染色用植物は、各種のものが栽培・採取されました。染色用植物の主なものをあげると、赤系統はアカネ・ベニハナ、黄系統はカリヤス・ヤマハゼ・キハダ、青系統はアイ・ヤマアイ、紫系統はムラサキ、茶・黒系統はハンノキ・ナツメ・クヌギ・キハダなどがあります。』

「ヤマアイ(山藍)」(トウダイグサ科)は、『山野の木陰に生育する多年生植物。生葉を摺(す)り付けて染色し、色は青色ではなく緑色。神事で着用する小忌衣(おみごろも)の染料とされている。開花時期は3月~4月』 と説明されています。

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「キリシマツツジ(霧島躑躅)」(ツツジ科)は、『五月ごろ全体をおおうように紅・赤・白などの小花をさかせます。九州でできた園芸品種で、「ツツジ」といったらこの品種をさすこともあります。』 とのこと。

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「モミ(樅)」(マツ科)の大木が目に入りました。

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『昔は平地にもふつうにみられましたが、この木は周囲が都市化するとなくなっていきます。公園などでは公害の度あいを調べる木として利用しています。』

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「樅ノ木」と言えば、山本周五郎氏の歴史小説「樅ノ木は残った」が思い浮かびます。江戸時代前期の仙台藩伊達(だて)家で起こったお家騒動の「伊達騒動」(説明:放蕩三昧であった三代藩主の隠居と幼い嫡子の家督相続を家臣らが幕府に願い出て認められたが、大叔父(おおおじ)が実権を握って権勢を振るった。土地争いにおける目付の裁定に不満を持った伊達家重臣の伊達宗重が幕府に上訴。)を題材にしています。

老中・大目付による審問は伊達宗重に有利展開。不利と悟った仙台藩の重臣(家老相当)「原田宗輔(むねすけ)」(通称:甲斐/かい)は伊達宗重に斬りかかって宗重は死亡、その家来に斬られた宗輔も死亡。この事件を受けて、原田家は断絶(男子は全員が切腹・斬首(ざんしゅ))となり、藩主の後見人などが処分されたことで、仙台藩の幼い藩主は幕府から「御咎(おとが)め無し」とされました。

しかし、「お家騒動」はまだ続きました。なお、上記の歴史小説ではそれまで悪人として扱われていた原田甲斐が伊達家を守るために命を捨てた忠臣として描(えが)かれています。

閑話休題。「薬に用いた植物」の説明パネルには、

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『呪術(じゅじゅつ)をもって病気に立ち向かっていた時代から、薬を呪術のかたわら積極的に使いだしたのは、隋(ずい)・唐(とう)から医学の知識が伝わり薬草に対する知識が進むようになってからであります。日本各地から、薬草を朝廷に献上(けんじょう)した記録が「延喜式(えんぎしき)」(927年成立)にあります。このうち、現在も生薬(しょうやく、説明:そのまま、もしくは乾燥するかあるいは簡単な加工をしたもの)として生産あるいは輸入されている主なものは、キキョウ・クララ・クコ・オケラ・キハダ・シャクヤク・ジャノヒゲ・アミガサユリなどがあります。』とあります。

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『痛い!! カラタチのトゲに注意してね!』 と注意を呼び掛ける立て看板が!

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これがその「カラタチ(橘)」です。

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鋭く大きなトゲ(棘)が分かるように拡大して撮影

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「カラタチ(枸橘)」の棘(とげ)を見るのは筆者にとって今回が初めてです。なお、「カラタチ」といえば、筆者が小学生であった昭和時代に「島倉千代子」さんが歌って大ヒットした歌謡曲「からたち日記」(昭和58年/1956年リリース)を思い出します。母親が好きな歌手ででした。

一方、筆者の心に今も残るのは童謡の「からたちの花」(作詞 北原白秋、作曲 山田耕作)。「白い花」「青い針のとげ」「まろい金のたま(果実)」と「カラタチ」の特徴を歌い込んでいる名作です。(続く)

2026年5月13日 (水)

子供の日には東高根森林公園を散策(その5) 子供広場から古代植物園へ

「九十九折れ」の坂道を上がり切ると、「公園の北口」に近い「子供広場」に出ました。

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多くの子供連れの家族が集っています。この「子供広場」は「東高根森林公園」の一部ですが、住宅地にある普通の公園のような雰囲気があります。「北口」から自由に出入りできて、駐輪場も設けられていますから、近所に住む子供たちにとっての遊び場なのでしょう。なお、すぐ脇を「東名高速道路」が「切通し」で通過していますが、「歩道橋」があるため西側の「長尾地区」との行き来が自由でしょう。

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「北口」と反対側へ進むと、前方に階段がありました。

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階段を上がり切ると、左手の住宅地へ入る小径(こみち)を横切ります。

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小径の奥の「旗竿地(はたざおち)」には10軒ほどの住宅があるのです。見た目には「飛び地」のようです。また、「公園の案内地図」および「YAHOO! JAPAN マップ」で確認すると右手にも「東名高速道路」脇の市道から「公園側」に入り込んだ住宅地があり、筆者が歩く小径は「公園」の敷地のようです。このような配置になった経緯(いきさつ)は分かりませんが・・。

小径を直進して「古代芝生広場」へ入る直前、左手に2列になった樹木の植え込みを見つけました。

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その間を通ることができるようです。

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右手では「ツツジ(躑躅)」の花が咲いています。

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「古代芝生広場」の西端に出ました。「ヒョウタン(瓢箪)」のような形をしており、緩(ゆる)やかな傾斜地が東方向へ続いています。名前に「古代」と付いている理由は、ここで「古代(弥生~古墳時代の竪穴住居跡」が発見されたことによります。ただし、現在は埋め戻(もど)されて、見ることはできませんが・・。

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「古代芝生広場」は一面が芝生に覆(おお)われており、ピクニックや軽い運動を楽しむのに適しているため人気があるエリアのようです。この日は日差しが強いこともあり、木陰にテントが並んでいました。

「遊歩道」にしたがって進んでテント群の脇を通過すると、

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その先には「案内地図」が立っていました。

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「現在地」でいくつもの散策ルートに分かれています。「古代芝生広場」の右端(南端)を辿(たど)って「シラカシ林」へ至るルート、右手にある「見晴らし台」へ進むルート、そして「古代植物園」に入るルートがあります。

筆者は予定にしたがい、「古代植物園」を散策することにしました。と言うのも、2年半前には断念しているからなのです。

「ロータリー」のような「円形の場所」には立派(りっぱ)な木が生(は)えており、その周囲には円形をしたベンチがあります。

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前回も見た『古代植物園について』 と題した説明が書かれた碑(ひ)の文字は薄れて読みにくくなったようです。

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そこで、その全文を引用します。

『日本の風土は、温暖湿潤で、植物の生育に適したところであります。また、日本の国土は南北に長く連なり、山地も多いので、その広さの割に植物相は変化に富んでいて、その複雑さは世界でも有数であります。日本の文化もこの豊かな植物相の中でつちかわれてきたものであります。日本の伝統的文化の原型が形成された古代(縄文~平安時代)には植物がどのように生活にかかわっていたのでしょうか。この古代植物園は食料・衣料・染料・建物・薬・木製品・親しまれた植物の7つの部門に区別してそれぞれに代表的植物を植栽してあります。日本文化と植物のかかわりあいの一端を読みとってみて下さい。』

説明文の下側には「古代植物園 平面図」が描(えが)かれています。

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「古代植物園」の案合標識の脇から入ります。

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「医療に用(もち)いた植物」として、『日本における織物の始まりは、縄文晩期(じょうもんばんき)から弥生(やよい)前期だとされております。使用された繊維は、植物繊維として、フジ・コウゾ・カジノキ・クズ・シナノキなどの樹皮(じゅひ)、ついで、アサ・カラムシなどの草皮であったようです。(以下略)』 とあります。

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「コウゾ」(クワ科)は樹皮を利用した植物繊維で。『花は春、葉が伸びると同時に咲く。果実は6月ごろ球形に集まって赤色に熟す。樹皮で「ユウ」という織布(しょくふ)を作る。

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「ミツマタ」(ジンチョウゲ科)は、『花は春、葉が出る前に花が球根に集まった黄色の頭花を枝先につけ、下向きに咲かせ甘い香りをはなつ。樹皮は繊維質が強く、和紙の原料として重要である。』 と説明されています。

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上の写真の右奥にある説明看板にある名前「カラム〇」の一部が葉に隠れて読めません。英文名の”Edgeworthia chrysanntaha"を調べると「ミツマタ」の学名でした。

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これを手掛かりにネット検索(LINEとヤフーのAIである”Agent i”)で調べると、『「カラムシ」はイラクサ科カラムシ属の多年草で、その茎を蒸して皮をはいで繊維をとるそうです。名前の由来は「カラ(茎)を蒸(む)す」であると言われています。』 と答えてくれました。説明看板の内容とも符合(ふごう)しています。(続く)

2026年5月12日 (火)

子供の日には東高根森林公園を散策(その4) 湿性植物園の梅林ゾーン

「木道」は左手へ少し折れ曲がって、最後の「E 梅林ゾーン」へ続きます。

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左手にある「潺(せせらぎ)」は両側が石垣で護岸(ごがん)された水路になっています。

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「木道」にも転落を防止する木製の柵が設置されています。

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『ここで見られる野鳥たち』 写真付き説明看板には、左から「ジョウビタキ」(スズメ目ヒタキ科)、「ルリビタキ」(スズメ目ヒタキ科)、「カワセミ」(ブッポウソウ目カワセミ科)、「コゲラ」(キツツキ目キツツキ科)、「アオゲラ」(キツツキ目キツツキ科)が並んでいます。野鳥にも疎(うと)い筆者には「空飛ぶ宝石」と呼ばれる「カワセミ」以外はほぼ初耳(初見)です。

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一年半前(2024年11月)の当ブログ記事でもまったく同じことを呟(つぶや)いていますので、これら野鳥の説明はそのブログ記事を参照してください。

「木道」を離れて、右手にある「自然観察広場」に入りました。入園者が寛(くつろ)げるように木製のテーブルと長椅子が用意されています。

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そこで休憩しながら「木道」の方を眺(なが)めました。

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何かの説明看板が立っていますが遠くて読めません。仕方がなく、休憩もそこそこにして、「木道」へ戻ることにしました。

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「東高根森林公園の誕生 ーふるさとの森、シラカシ林ー」と題して、次のような長文の説明が書かれていました。

『シラカシ林は、むかし関東地方の土壌の厚い台地や、丘陵を広く被(おお)っていた本物のふるさとの森です。開発が進んだ今日では、ほとんど失われてしまいました。この東高根森林公園のシラカシ林は、県下でも珍しい自然林に近い形で残されています。20m以上になる常緑広葉樹のシラカシが高木層まで優占し、亜高木層、低木層にはじゃのひげ、ヤブラン、イノデ、ベニシダ、ヤブコウジなど、各層とも冬も緑の常緑植物が優占しています。』

「木道」は微妙なL字型に折れ曲がって続きます。

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ここにも「潺(せせらぎ)に注ぐ小さな水の流れがあります。

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またしても、「カルガモ(軽鴨)」を見かけました。これらの二羽も「つがい(番い)」でしょう。

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「潺(せせらぎ)」は緩(ゆる)やかな傾斜地を流れ下っています。

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「湿性植物園案内図」によれば「E 梅林ゾーン」を抜けたようです。

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「現在地」は「クヌギ・コナラ林」付近のようです。この先には急な斜面をジグザグに折れ曲がりながら進む「九十九折(つずらお)れ」が控(ひか)えているようです。

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「木道」は木立の中へと入って行くようです。

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九十九折れ」に入りました。

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来し方(下方)を望みました。

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木立の間に青空が覗(のぞ)いていました。

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(続く)

2026年5月11日 (月)

子供の日には東高根森林公園を散策(その3) 湿性植物園の湿性樹林ゾーンと湿性野草ゾーン

「エゴノキ」を見かけました。エゴノキ科エゴノキ属の落葉小高木で、日本に広く(北海道の道南から沖縄まで)分布しています。案内パネルには『雑木林(ぞうきばやし)にふつうにはえている木で、初夏にたくさんの白花をつりさげてさかせます。実の皮には魚をまひさせる毒がが入っています。』 と説明されています。なお、その後方には傾斜地の下に続く幅の狭い木道を確認できます。

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見上げると、まだ花は咲いていません。

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反対側に目を転じると、「シラカシ林の観察路(木製階段)」が谷戸(やと、説明:多摩丘陵の端にあるこの公園では崖が浸食されて谷状の地形がが良く見られる)の急斜面に続いていました。なお、右手前にあるのは「スタンプ・ラリー」の「確認ポイント」のようです。

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ここにある池にも「カルガモ(軽鴨)」が2羽泳いでいます。先ほどと同じ軽鴨でしょうか? 筆者には見分けがつきません。

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いつの間にか3番目の「湿性樹林ゾーン」に入っていました。

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緩やかに左へカーブする「木道」(木材で造られた歩行者用通路)が林間に続きます。なお、「木道(もくどう)」は湿原や高原などで地面や植物を踏み荒らさないようにするために設置されています。なお、高山にある「尾瀬(おぜ)」、クロアチアの「プリトヴィッツェ湖群国立公園」、そして「神奈川県立座間谷戸山公園」などの例を当ブログ記事で紹介しています。

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「ハンノキ(榛の木)」(カバ科ハンノキ属の落葉高木)を見かけました。「説明パネル」には『カバノキ科ハンノキ属、分布:北海道~九州、朝鮮~ウスリー、湿地を好む、田のあぜ(畔)に植えられ稲架(はさ)に利用する』 とあります。

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刈り取った稲を干すための道具である稲架に竹以外に木材が使われることを知りました。「稲架」の本来の読み方(音読み)は「トウカ」ですが・・。

少し先でも「ハンノキ」を見つけました。その説明文には、『水べが大好きな木で、田のあぜにうえられて、稲をほす柱につかわれます。実や木の皮のしるを染料にします。荒地(あれち)でも根粒菌(こんりゅうきん)」の力をかりて平気で育ちます。』 とあります。説明:根粒菌は空気中の窒素(ガス)を植物が使える窒素(アンモニアなど)に変える働きがある

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小さな子供が何かを釣っているようです。同行者が声を掛けて訊(き)くと、海老(えび)だと答えたそうです。これは「アメリカ・ザリガニ」のことだと思われます。

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筆者も子供の頃、カエルを餌(えさ)にして「アメリカ・ザリガニ」を良く釣ったものです。残念ながら、食べることはお勧(すす)めできませんが・・。なお、「アメリカ・ザリガニ」は食用カエルの餌(えさ)として日本へ持ち込まれた北アメリカ原産の外来種で、「条件付特定外来生物」(規制対象)に指定されています。

池には湧(わ)き水(あるいは雨水)が流れ込んでいます。

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竹林の竹は日光を求めて傾斜しているように見えます。

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この竹林は立入が制限(説明:注意書きがある)されていますが、

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この日だけはイベントの『かぐや姫を探せ!』のために規制が解かれて解放されていました。竹の中に隠れている「かぐや姫」が気になりますが、昭和生まれの筆者は参加対象者ではなさそうです!

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「ウグイスカグラ(鶯神楽)」(スイカズラ科の落葉低木、開花時期:2月~4月)は赤い実をつけています。

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「木道」はさらに続きます。

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「案内地図」によると、「湿性植物園」の「D 湿性野草ゾーン」まで進んでいたようです。

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(続く)

2026年5月10日 (日)

子供の日には東高根森林公園を散策(その2) 湿性植物園の湿性花園ゾーン

奥のエリアに奇妙なものを見つけました。刈り取った稲を干す(乾燥させる)ために使う稲架(はさ)を利用して造られた「縄文(じょうもん)時代」(紀元前1万4000年頃~紀元前4世紀頃)から「古墳時代」(3世紀頃~7世紀頃)まで日本で広く普及した「竪穴(たてあな)式住居」のようにも見えます。子供であれば中へ入れそうです。

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そう言えば、先ほど見た「森の自然遊び」の案内表示には「秘密基地」と説明されていました。2つの建物の間には「子供の日」を祝う「鯉のぼり」が飾(かざ)られています。

それらの裏手には「潺(せせらぎ)」がありました。これが「南口」の方向へ続いているのです。

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余談です。水資源に恵まれた神奈川県も、今年は「水不足」が伝えられています。この夏は大丈夫でしょうか?

流れに沿って上流へ向かうと、に出ました。心なしか、水位が低いようです。

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いつも見かける「カルガモ(軽鴨)」が2羽、のんびりと泳いでいます。留鳥(説明:渡りをしない鳥)ですから、いつもこの池にいます。

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「軽鴨」の名前が気になって調べてみると2つの有力な説があることが分かりました。一つ目は「マガモ」など他のカモに比べてやや体重が軽いことから名付けられたとする説、2つ目は奈良の「軽ヶ池」に由来とする説です。つまり、この池に一年中いるいつもいるカモを「カルガモ」と呼んだというのです。いずれが正しいかは定まっていないとのこと。

東屋(あずまや)」の手前にある「板橋」を渡って右手へ進みます。

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木柱に書かれた白い文字は薄れて読みにくいのですが、『神奈川の美林50選 東高根のしらかし林』 と書かれているようです。なお、「東高根のしらかし林」は県指定天然記念物です。

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木製の階段を上がって「湿性植物園」へと続く「木道」に入ります。

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「湿性花園案内図」には「A 稲作田ゾーン」から「E 梅林ゾーン」まで5つの区画が続いているようです。

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「A 稲作ゾーン」は休耕中のようですから、次の「B 湿性花園ゾーン」に入ると、「シラン(紫蘭)」(ラン科)は今がちょうど「開花時期」(4月~5月)です。しかし、その奥にある「二ホンスイセン(日本水仙)」は「開花時期」(12月~3月)」をとうに過ぎています。

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「ミズアオイ」(開花時期:5月~6月、注釈:8月~10月とする説も)は青紫色で気品がある花を10-20個以上もつけるそうです。

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「ホオズキ(酸漿)」(ナス科)の開花時期は6月~9月

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黄色い花が咲いている中を「木道」は折れ曲がって続いています。

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振り返って見ました。

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後で調べてみました。「キショウブ(黄菖蒲)」(アヤメ科アヤメ属)のようです。ショウブの葉によく似ていて黄色い花をつける水辺に咲く大型の多年草のことで、名前の由来にもなりました。「キショウブ」は日本にもともとあった植物ではなく、黄色い花の「アヤメ(花菖蒲)」や「カキツバタ(杜若)」がなかったことから観賞用としてヨーロッパから持ち込まれて広まったそうです。

外側の花弁は大型で垂れ下がる特徴があり、外側の花弁は3枚、また直立する内側の花弁も3枚。外側の花弁の基部には斑紋(はんもん)が入ることも特徴です。斑紋の意味:地肌の色とは異なる色が部分的に現れてできる斑(まだら)状・斑点状の模様のこと

なお、漢字名が同じ「ショウブ(菖蒲)」(サトイモ科ショウブ属)の葉は端午の節句の時に葉を束(たば)ねて邪気(じゃき)を払う「菖蒲湯(しょうぶゆ)」として古くから親しまれてきました。「ハナショウブ(花菖蒲)」と「カキツバタ(杜若)」はアヤメ科アヤメ属の植物であり、異なる種類に属しています。同じ漢字「菖蒲」が使われていて紛(まぎ)らわしいのです。説明が諄(くど)くなって、スミマセン!

「閑話休題(かんわきゅうだい)」(話を元に戻します)。次の写真に写る「ハナショウブ(花菖蒲)」(開花時期:6月~7月、カキツバタと同じアヤメ科アヤメ属)は花色の変化に富んでおり、初夏にひときわ華(はな)やかに咲き誇(ほこ)りますが、今はまだ・・。

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ここで再び余談です。古い言葉ですが、『いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)』 は、見分けがつきにくいほど、どちらも美しく優れていて優劣がつけがたく、どちらを選ぶかを迷うような場合のたとえを表(あらわ)す諺(ことわざ)です。つまり、同程度に魅力的な人や物を比べる場合に使われます。なお、『甲乙が付けがたい』 は同じ意味の口語的な表現です。

左手に木製の階段が現れました。『シラカシ林 観察路と書かれた案内看板』 が脇に立っています。2年半前にこの観察路を小高い場所にある「古代芝生広場」から「湿性植物園」まで下りたことがあります。

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鮮やかな緑色の植物が生い茂っています。

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「説明パネル」にある「ミズカンナ」のようです。北アメリカ中南部を原産とする「クズウコン科ミズカンナ属」の多年草で、水辺に育つ、カンナ「に似た名つカンナ(canna)に似た葉を持つことから「ミズカンナ」と呼ばれるそうです。なお、花期は7月~10月とのこと。

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「シュウメイギフ(秋明菊)」(キンポウゲ科、開花時期:9月~10月)の先には「幅の狭い木道」が並行して続いています。

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秋の花として有名であり、とても優雅な雰囲気がある花とされます。キク科の植物ではなく、アネモネの仲間のようです。花色は白からピンク、紫色などと多様です。しかし、花言葉はいずれの色も同じで、「女神アプロディーテー」が恋した美少年の死を悲しんで流した涙が「アネモネ」の花になったという悲しい言い伝えが由来となって「アネモネ」の花言葉になったそうです。そして、「アネモネ」によく似た「シュウメイギク」もそれに近い切ない花言葉「薄れゆく愛」「淡い思い」が付けられたそうです。

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(続く)

2026年5月 9日 (土)

子供の日には東高根森林公園を散策(その1) ケヤキ広場

ゴールデンウイークの連休も終盤を迎えた5月5日(火)は朝から快晴で、正に「五月晴れ」の好天です。急に思い立って筆者が好きな「県立東高根森林公園」へ出掛けることを思い立ちました。昼食を済ませた午後1時頃に自宅を出発し、約20分後に「東高根森林公園」に到着。予想されたことですが、駐車場の入口には入場を待つ車の列ができていました。午前8時30分から午後7時まで利用可、容量は112台。

待つこと5₋6分、出場する車と引き換えに入口のバーが開きました。

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この公園では4年前の2022年4月1日に「ナンバープレートカメラ認識システム」が導入されましたから、入場する時に従来のように駐車券を受け取る必要がありません。利用者と管理者の負担を減らすシステムとして、最近広く普及しているようです。料金の未払いを抑止する効用もあるそうです。

駐車場内は満車状態であり、空きスペースを探すために半周する必要がありました。幸運なことに「公園の南口」に近い場所に車を停めることができました。次の写真は駐車場の北端(奥)から入口方向を撮影。

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「パークセンター」(写真左)、「駐車料金精算機」(写真右)の手前にある「流れる噴水」は春の花が満開状態です。

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「南口」から川崎市で唯一の県立公園である「東高根森林公園」内へ入ります。

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今日(5月5日)、「子供の日」(5月5日)には「ひがしたかね 森の自然遊び」の催し物が開催されています。

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すぐ先で来園者を出迎えてくれるのが「潺(せせらぎ)」と、

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「南口花壇」です。

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そして、小高い場所には最近人気がある「メモフィラ」の愛らしい花が一面に広がっていました。

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反対(左)手では、4か月前の1月に訪れた時には改修工事中であった「ユリ園」が見違えるほど綺麗になっていました。ところで、ユリの花期は5月から8月とされていますが、花はまだ・・。

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ケヤキ広場」では様々な「森の自然遊び」が準備されているようです。

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「竹ぽっくり」(説明:竹を輪切りにした筒にひもを通しその上に足を乗せて歩く遊び道具、ぽっくりは空き缶で作るのが一般的)に続いて「竹のボーリング」がありました。ボールはどこ?

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「竹の輪投げ」と「竹のつみき(積み木)」も。

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こちらは「竹踏み」です。

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この「竹の平均台」は意外に難しそうで、お父さんに手を支えてもらう二人が挑戦しています。

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(続く)

2026年5月 6日 (水)

たまプラーザの近くを通る主要道路の未開通区間を訪ねる!

一週間ほど前に「宮前美しの森公園」を訪れた時、断念したもう一つの計画を実行する機会が訪れました。同居者が「たまプラーザのデパート」へ買い物に出掛けるというので、「アッシー君」(説明:自家用車による送迎者、バブル時代の流行語)を務(つと)めることにしたのです。同居者自身が「デパート」の駐車場を利用しても良いのですが、いつも混雑していますから入庫に時間が掛かるのです。

「デパート」での買い物には少なくても1時間は掛かると思われますから、その時間を利用すれば先日はできなかった計画を十分実行することができます。混雑する正面口ではなく、裏口の前で同居者を降したあとは、事前に作成した計画に従いました。

「尻手黒川道路の犬蔵交差点」から「美しの森公園交差点」方面へ「市道 向ヶ丘遊園駅菅生線」を走ると、「美しの森公園交差点」の少し手前から左斜め方向へ入る脇道がありました。

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今から20~25年前までは、横浜市側の市道(新横浜元石川線)が市境まで延伸されるのに歳月(さいげつ)を要したため、「向ヶ丘遊園駅菅生線」は横浜市側の市道には接続されていませんでした。

このため、自宅から「犬蔵交差点」を経由して「たまプラーザ」へ行く時には、古い田舎道を通る必要がありましたが、現在もその道はほぼそのまま残っていました。筆者は古い道を直進するつもりですが、「一時停止」の標識と道路上の表示があります。右手にある交差点(からL字型に折れて続く道の方が優先なのです。

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「美しの森公園交差点」側から見ると、少し細くなった道路は住宅地に行き当たっており、その先の小高くなったエリアには戸建て住宅が犇(ひし)めき合っていることが分かります。この先へ「菅生梶ヶ谷線」の未開通区間(約400m)を建設することはかなり大変な工事になりそうです。

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なお、「東名高速道路」の反対側はマンションが建ち並ぶエリアであり、道路を建設することが出来そうな空きスペースが確認できます。

これは余談です。「一時停止違反」は最も件数が多い交通違反であり、基礎点数が2点・反則金は普通車が7,000円前後です。ちなみに、「一時停止」とは車輪が完全に静止した状態を指(さ)し、車体が一瞬だけ停止するだけでは不十分です。ずっと前(30年くらい前)のことですが、筆者が首都高速道路のICから出たところで検問中の警察官にこれを指摘された苦い経験があります。

確実に「一時停止」(約1秒間)した後に直進しました。今は市道の両側に住宅が建て込んでいますが、昔と変わらない幅の狭い道が続いています。ずっと前には建物がもっと疎(まば)らだったと思います。

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すぐ先に「Y字路」がありました。左手に入ると「東名高速道路」に架かる歩道橋に出て、「鷺沼三丁目方面」へ抜けられます。また、「美しの森公園交差点」の手前にある左手の路地に入ると、「東名高速道路」の下を狭いトンネルで潜り、やはり鷺沼方面に出ることができます。

つまり、「東名高速道路」が1969年に全線開通する前から存在した路地(昔の農道)の主なものは現在も通行できるような配慮がなされているようです。

上り坂を上がった頂上と思われるところに差し掛かりました。

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「東名高速道路」上に架かる「境橋」の袂(たもと)にある信号がある交差点(丁字路)です。なお、「鷺沼(さぎぬま)駅」方面からこの橋を抜けて続く市道が横浜市と川崎市の境界線になっていますが、自宅から「たまプラーザ」へ向かうには、昔からこの橋を渡るルートを利用することが常でした。

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「たまプラーザ駅」方面へ進んだ次の交差点を経由して「美しの森公園交差点」まで戻り、左折して「同公園」の方向へ進むと坂道が続き、前方に階段が見えて来ました。市道はここで行き止まりです。

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大きな段差があるため計画された「市道の延伸計画」(説明:正確には未開通区間の開通)は未完のままになっています。計画ではこの急坂をどう克服(こくふく)するつもりだったのでしょうか? 一層のこと、トンネルを掘って通過する?

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衛星地図を見ると階段の上にある高台(説明:尾根道のような地形)には住宅が建て込んでいます。確かに、その先にあるマンションに挟まれた狭い道(注釈:マンションの脇には道路の拡幅用と思われる空き地はあるが)には「梶ヶ谷菅生線」の道路標示が短区間だけありますが、この階段から約600m先にある「県道13号線」まで片側1車線の歩道付き道路を完全な形で伸ばすことは容易ではないと思われます。

来(こ)し方を振り返ると、市道の両側には「マンション群」が続いていました。説明:右側には木立が続いていますが、「宮前美しの森公園」の隣にある「大規模マンション」です。

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なお、右手に入る道で住宅街を抜けると、階段の上にある尾根道へ出られるようです。

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筆者はこれとは反対方向(左手)の道へ進みました。すると、すぐ先の右手に「犬蔵くすのき公園」がありました。こちらの公園も住宅地内に計画的に造られたもので、子供用の遊具が設備されています。

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左へカーブする市道を道なりに進みます。

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丁字路の交差点で右手方向を見ると、緩(ゆる)やかな下り坂に道路が伸びています。なお、その右側は工事が行われているようで、広大な更地が広がっています。

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このまま直進すると、「宮前美しの森公園」の脇(南側)に出ますが、筆者は横浜市と川崎市の境界線を辿(たど)ることにして、ここでは右折して一本南側の市道に入りました。その市道は緩やかにカーブしながらマンション街に続いています。

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後方を振り返ると、細い道が高台へと続いていました。この市道が両市の境界線になっているのです。

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反対方向(上の写真に写る「幅の狭い坂道」)へ進みたいところですが、ここは堪(こら)えることにして前方へ進みました。実は、坂を上がる「幅の狭い道」が両市の境界線として、「菅生(すがお)緑地」の南側を通過して、「川崎北部市場」の西南角にあるL字カーブで「県道13号線」(横浜生田線)と交差しているのです。

見慣れたマンションの角に出ました。信号はありませんが、前方左手には「川崎市宮前区」の案内標識があり、これまで走行してきた市道と交差点の先に続く市道が横浜市と川崎市の境界線であることが分かります。なお、ここを直進すると「東名高速道路」に架かる橋へと至ります。

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この交差点で右折して横浜市青葉区の「美しが丘」に入りました。昔はこの道が長い間、未完だったのですが、これについては後述します。そして、「美しが丘公園」の角にある「美しが丘東小学校前交差点」で右折すると、一直線に伸びる市道が続いていました。「美しが丘」は1960年代後半から1970年代初めにかけて造成された「高級住宅地」です。

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美しが丘中部自治会館交差点」に差し掛かりました。

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ここを右折して北上しました。400mほど先で市道が行き止まりになっているようです。

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近づいてみました。「立入禁止」の白い立札が立てられています。昔(30年ほど前)、「美しが丘小学校」の付近で見かけた風景とよく似ています。実はここも未開通区間なのです。なお、この崖(がけ)の上を先ほど紹介した横浜市と川崎市の境界線である市道が横方向に走っているのです。明確な意思表示は見当たりませんが、「菅生緑地」の東端を経由して、この先を通る「県道13号線」へ接続する道路計画は今のところ実現していません。関連ブログ記事:俺の居場所(元石川線・横浜生田線(水沢工区) 進捗状況2021.6 | 俺の居場所|まちの観察サイト

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なお、上の写真の左端に"OPEN HOUSE"(説明:左向きの赤い矢印付)と書かれた小さな看板が2つ並んで置かれています。ちなみに、"OPEN HOUSE"とは売り出し中(for sale)の家を一般公開するイベントを意味するアメリカ英語です。時には、”OPEN HOME"も用いられるようです。

一直線の市道へ戻り、さらに西方へ走行しました。「平津三叉路交差点」を右折した「美しが丘3丁目交差点」で「県道13号線」に入って「川崎北部市場」と「菅生緑地」の間を直進すると、県道はほぼ直角に左へ折れ曲がっていました。

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右手にある「菅生緑地」の東端を抜け(約100m)、ここで「県道13号線」と「丁字路」を、さらには「梶ヶ谷菅生線」(説明:上の写真の前方)を含めた「十字路」を構成するという両市にまたがる道路計画はまだ実現しそうにありません。

本ブログ記事では「梶ヶ谷菅生線」の未開通区間2か所と「菅生緑地」脇の未開通区間をまとめて紹介したことで、話が込み入ってしまいましたが、川崎市宮前区と横浜市青葉区に跨(またが)るエリアでは「道路計画」が当初の予定通りには実現していない現状を紹介することが目的でした。これには同エリアが丘陵地帯の端に位置することと、人口が増加し続けていることが影響していると思われます。

計画を完遂(かんすい)した後は「たまプラーザのデパート」近くへ戻りました。待つこと10分ほどで同居者から『買い物が終わった』 とのメールが入り、1時間ほど前に降ろした場所の近くで同居者をピックアップ。帰路につきました。◇


【補足情報】神奈川県道13号線(横浜生田線)について
上記のブログ記事に登場する「神奈川県道13号線」は横浜市のほぼ中心部である西区高島町を通る国道1号線(東海道)の「高島町交差点」を始点とし、川崎市北部にある多摩区の「枡形(ますがた)一丁目交差点」(府中街道)を終点とする「主要地方道」(説明:地方で主要な役割を担う都道府県道または指定市の市道)です。なお、この県道の総延長は公表されていないようですが、始点と終点間の直線距離は約20㎞。

川崎市と横浜市を結ぶ主要道路である「国道1号線」「国道15号線」「首都高速横羽線」「第三京浜道路」「東名高速道路」「国道246号線」などは東西方向に並んでおり、また「府中街道」「国道16号線」はこれらと直行するように南北方向に伸びています。これに対して「神奈川県道13号線」は斜め(北西ー南東)方向に伸びていることから、両市を結ぶ貴重な道路と言えます。

最後に「神奈川県道13号横浜生田線」が通過する主な交差点を以下に列記します。
横浜市神奈川区の「三ツ沢公園前交差点」(片側2車線)、同区の「環状2号」(片側3車線)と重複する「三枚町交差点」、港北区の「岸根交差点」(県道2号/横浜上麻生道路との重複区間に入る、片側1車線)、「小机駅東口交差点」(県道2号から分岐、片側1車線)、「多目的遊水地交差点、片側3車線)、「新横浜公園交差点」で共有区間から分岐(ここからしばらく片側1車線)、「新羽町十字路交差点」、都筑(つずき)区の「歴史博物館脇交差点」、青葉区の「荏田(えだ)交差点」(国道246号線と交差)、「新石川東名北側交差点」(ここから片側2車線)、「保木(ほぎ)交差点」(ここから終点までは片側1車線)を通過すると川崎市宮前区に入って「清水台交差点」(尻手黒川道路と交差)、多摩区の「根岸陸橋交差点」(県道3号線/世田谷町田線と交差)、以上です。◇

2026年5月 1日 (金)

大腸カメラによる4回目の検査を受けました!

昨年4に「大腸カメラ」(正式名称は大腸内視鏡あるいは下部消化管内視鏡)の検査を受けてから丁度1年が経過しました。その時に7個の大腸ポリープを切除してもらいましたが、いずれも良性でした。ただし、小さな大腸ポリープがまだ2-3個残っていることも確認されました。このため、1年後に「大腸カメラ検査」を行い、必要と認められた大腸ポリープを切除して貰うことがその場で決まりました。

病院の手順だと思われますが、半年後の昨年10月、医師による問診を受けた上で検査を受ける日時(今年の4月9日)が決まり、検査直前に飲む「前処置薬」を処方されました。

4回目の「大腸カメラ検査」を受ける4月9日(木)の前日(4月8日)には、午後8時頃までに軽い夕食を終え、午後9時に「大腸内視鏡前処置薬」(説明:腸管内容物を排除する薬)の「ピコスルファートナトリウム内用液」をコップ1杯の水にまぜて服用しました。

そして、検査当日(4月9日)の午前430分頃(検査の5時間前)に腸内ガスを駆除する下剤である「ガスコン錠(5錠)」を少量の水で服用。

次いで、「大腸カメラ検査」を受ける事前準備のクライマックスである「経口腸管洗浄剤」の「ニフレック配合内用剤」を2リットルの水に溶(と)かします。白い粉末状の薬を完全に溶かすため、最初は半分である1リットルの水を薬が入るビニール袋に入れ、振りながら撹拌(かくはん)。溶けきらない薬の固まりは押し潰(つぶ)すことで対応。そして、残りの1リットルの水を追加してからも、良く撹拌(かくはん)しました。

余談ですが、溶けやすい温かい水を利用する方法もあることが指示書に付記されていました。つまり、事前に薬を溶かした温水を袋ごと冷蔵庫に入れておけば、当日の朝に間誤付(まごつ)くことはないのです。しかし、『何事も一つひとつ行うことを常』 とする筆者は薬を溶かす作業に10分ほどもかかってしまいました。

早速、水に溶かした薬を飲み始めました。指示書にしたがい、最初の200cc(コップ23杯目まで)はゆっくりと(つまり15分で1杯のペースで)服用し、その後は1リットルまでを60分で飲むペースを守りました。なお、服用を始めてから40分ほど経過したところで最初の便意があり。排出物の状態(色と固形物)を確認して、時刻とともに状態を記録。

さらにコップに入った薬を飲み続けると、その後は10-15分間隔で便意が続きました。1時間を過ぎた数回目には便の状態が変わり始めて、2リットルの水を2時間で飲み切る前には便がほぼ透明な(固形物がない)状態になりました。そして、薬を飲み始めてから約2時間20分後に全量を飲み終えました。

まだ、午前6時半でしたから、1時間ほど仮眠することに。前夜はこの「経口腸管洗浄剤」のことが気になって熟睡(じゅくすい)することが出来なかったのです。何回も経験していることですが、やはり苦手(にがて)なのです。

                             ☆

午前9時少し前に病院へ向かいました。筆者が運転する車は予定より早目に病院に到着。同乗した同行者に『正午過ぎに迎えに来てほしい』と伝えて、病院へ入りました。

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予約済みですから「再来院端末」に「診察カード」を挿入して「受診券」を受け取り、2階にある「260番受付(胃カメラ受け)カウンター」へ向かいました。

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事前の指示に従い、予約時間(午前10時)の30分前より少し早く「受診券」「診察カード」「排出物記録表などの関連書類」を提出すると、「患者番号」が記された「首掛け式のカードホルダー」を手渡されました。指示された「血圧の測定」と「アンケート票の記入」の後は30分ほど待つことになりました。

看護師さんから番号を呼ばれた患者さんが面談エリアに次々と入って行きます。必ずしも「患者番号」の順ではないようです。そして、遂(つい)には筆者の「患者番号」が呼ばれました。「面談コーナー」では氏名・生年月日の質問に始まり、提出した書類の内容を項目毎に再確認され、10分ほどで面談は終了。

持参した服用薬と「お薬手帳」で血が固まり難(にく)くなる薬を服用していないことの確認もありました。看護師さんが問題ないと判断されましたので、持参したペットボトルの水で朝食後の服用薬を飲み、面談エリアに隣接する場所にある長椅子に座って待機。

間もなく手渡された「検査着」と着替えるために更衣室へ移動しました。予約した時間まで「検査着姿」で長椅子で待っていると、「面談コーナー」には多くの患者さんが入れ替わり立ち替わり入ってきます。「大腸カメラ」あるいは「胃カメラ」の検査を受ける患者の多さに筆者は感心。

予約した時間である午前10時が近づくと、筆者の番号が呼ばれて、「処置室」へ案内されました。1年前に見た光景と同じです。「処置用ベッド」に横たわると、「鎮静剤(眠り薬)」を希望することの再確認があり、その後は担当医師が現れて事前準備が始まりました。今回は前回より「鎮静剤」の効果が出たようで、「大腸カメラ検査」の本番が始まる前に眠ってしまい、意識が無くなりました。

看護師さんからの呼び掛けに気が付いた約30分後には「大腸カメラ検査」は終了しており、看護師さんからは『ポリープを切除しました』とだけ説明されました。『幾つですか?』と質問しそうになりましたが、それは3週間後に担当医師に訊(き)けば良いことです。

看護師さんにお礼を述べると、処置用ベッドに寝たままで隣りにある「安静室」へ運ばれました。前回同様、1時間の安静時間が待っていたのです。なお、「安静室」には10人ほどの患者が並んでいました。

50分後になると、場所を少しだけ前方のエリアへ移動するとともに、背もたれが起こされて、身体の自由が効くようになりました。そして、1時間後には看護師さんの手助けを受けなが「処置用ベッド」から降りて自らの足で立ち、軽く足踏みと歩行することができるかの確認を受けました。これですべての検査プロセスが終了。

更衣室で自分の服に着替えて、受付で「カードホルダー」を返却。次いで、1階の会計エリアに向かい、「受診カード」を提出しと会計処理が終わるのを待ちました。そのタイミングで同行者から病院へ到着した旨のメールが到着。

10分ほどが経過すると、筆者の患者番号がボードに表示されましたので、会計端末にて支払いをしました。料金は26,470円です。

そして、同行者が運転する車に乗り、無事に帰宅することができました。久しぶりの長い半日です。

なお、筆者の記憶力を確認する目的で細部に亘(わた)って記述したため、長文になったことをお詫(わ)びします。

                             ☆

3週間後の4月30日(木)に同じ病院へ出掛けました。「大腸カメラ検査」の結果を担当医師から訊(き)くためです。今回は予備知識がない状況であり、一抹(いちまつ)の不安がありました。

と言うのは、これまでに受けた「大腸カメラ検査」では「鎮痛剤」の効きが少なく、検査中にも意識があったため、担当医師による状況説明とともに、スクリーンに映し出される「大腸カメラ」の映像を筆者も見ることができました。しかし、今回は上述した通り、「鎮静剤」が良く効いたことで、検査が始まった時からまったく意識がなかったのです。

予約時間である午前10時よりも30分ほど早く病院の駐車場に到着。「西棟」の2階から「連絡通路」(写真の右上)を利用して「中央棟」の2階に出ました。

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「再来受付機」で「受付番号」が記載された「受付票」を受け取り、「28番受付」(消火器センター内科の受付カウンター)へ向かいました。

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幸運なことに受付カウンターに並ぶ患者は数えるほどで、すぐに受付が完了しました。午前10時の10分ほど前に筆者の「受付番号」がディスプレイ画面にある「担当医師名」の横に表示されました。

「中待合(なかまちあい)」で待つこと数分で「担当医師の受付パネル」に筆者の「受付番号」が表示されましたので診察室へ入りました。担当医師は自身の「パソコン画面」と患者用の「ディスプレイ」を使い、「大腸カメラ」で撮影された画像を見せながら、「検査結果」を丁寧(ていねい)に説明してくれました。

『以前よりも大腸ポリープの発生が少なくなっている』 との前置きがあったため筆者は一瞬緊張しましたが、続いて『大腸ポリープは大小合わせて4個が確認され、それらをすべて切除した。もう一つは「脂肪壁」(筆者の聞き間違いで、正しくは脂肪腫か?)であるため切除しなかった。』、そして『詳細検査の結果、切除した4個の「大腸ポリープ」はいずれも良性です。』 と続きました。

『次回を予約しますか?』 との問いには、毎年受けている「後期高齢者健康診査」とともに「市のがん検診」も受ける予定であることを説明し、その結果を踏まえた対応策を相談する目的で「半年後の検診(問診)」を予約しました。もし、1年後に「大腸カメラ検査」を受けることになった場合は、「鎮痛剤」を減らしてもらおうと心に決めました。

なお、この日の診療費は230円、駐車料金が300円。

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今回も「一件落着の巻」でした。◇

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