グルメ・クッキング

2017年6月24日 (土)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その15) 「ファミリーロッジ旅籠屋・前橋南店」と鳥めし本舗「登利平本店」

県道127号から県道10号に入り、国道17号と県道11号、そして県道27号を走って、前橋市西善町にある「ファミリーロッジ旅籠屋(はたごや)・前橋南店」に到着。最近知った郊外型B&B形式(軽朝食付き)の宿泊施設で、市街地の外れに立地するアメリカのモーテル(注、日本とは意味が異なる)とほぼ同じといえます。車で旅行する人には便利(幹線道路への好アクセスと無料駐車場)で経済的な(簡素な客室、夕食なし)宿泊施設といえます。
 
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敷地の奥にある駐車場から収穫期を迎えた麦が栽培される田んぼが広がっています。
 
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実は、群馬県など北関東地方は小麦の生産が盛んな地域なのです。ちなみに、生産量でみると、首位の北海道、それに続く福岡県(2位)・佐賀県(3位)・群馬県(4位)・埼玉県と愛知県(5位)・滋賀県(7位)・三重県(8位)・茨城県(9位)・熊本県(10位)・栃木県(11位)と北関東の3県が上位に入っています。

 

客室は最低限の設備があるだけですが、適度な広さと内装に清潔感があります。ドライブ旅をする観光客だけではなく、車で移動する出張者の利用も多いようです。
   
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旅籠屋では夕食のサービスがありませんから、昼食に続いて、ご当地グルメ(前橋市あるいは群馬県のB級グルメ)を楽しむことにしました。

 

県道274号と県道11号を戻り、脇道で北上した前橋市六供町へ向かいました。天川原町交差点近くの上州御用鳥めし本舗「登利平(とりへい)本店」(六供町1-18-6)を候補に選んでいました。「登利平」は群馬県内を中心に、テイクアウト店を含めて30数店展開する有名店のようです。マンションの1階と2階に入る、「鳥めし」と「ソースかつ丼」に人気がある店のようです。裏手に駐車場がありました。
 
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駐車場からは裏口を利用すると便利ですが、写真は店舗の正面入口です。
 
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店内は半個室のスタイルになっていました。
 
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同行者は涼しげな「サラダうどんセット」(950円)を選びました。「ミニ鳥めし」あるいは「ミニソースかつ丼」がついていますが、同行者は後者を選びました。
 
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私は迷わず「ソースかつ重(みそ汁・お新香付き)」(930円)です。
 
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「サラダうどんセット」は「冷やし中華」や「冷やしソーメン」に似ていますが、サラダがたっぷりトッピングされていて、女性客に人気がありそうです。同行者はサッパリした味の「サラダうどん」が気に入ったようで美味しいと言いながら完食。「ミニソースかつ」もすべて食べきり、それにつられたのか、珍しいことにご飯も半分ほど口に入れました。初日のグルメは何とか及第点がもらえたようです。

 

一方、「ソースかつ重」は大きな「鳥かつ」がご飯の上に3つも盛られています。さっそく食べてみました。鶏の胸肉を使う「ソースかつ重」のカツは柔らかく、甘辛いタレがたっぷりかけられた味は群馬らしく濃い目でインパクトがありますから、「味噌汁」がついているのはありがたい。タレ味がほどよくついたごはんも、「鰻重(うなじゅう)」や「天丼」と同様、美味しく食べられました。ただし、昼食に「原嶋屋総本店」で「焼きまんじゅう」を一串半食べて満腹になったため、ご飯を少し残してしまいました。

 

メニューにあった「鳥めしたけ松重(みそ汁付き)」(900円)も機会があれば食べてみたいと思います。
 
次回の「箸休(はしやす)め記事」に続いて、第2日の旅先を紹介します。(続く)

2017年5月25日 (木)

40年ぶりのミャンマー訪問(最終回) ヤンゴン空港から帰国の途へ

午後2時少し前にチャトリウム・ホテル・ロイヤルレイク・ヤンゴンに到着。ストランド・ホテルでのアフタヌーン・ティーを取りやめたため、予定より1時間ほど早い帰着になりましたが、あらためて外出するのも気が進みません。ロビーラウンジでカンドーヂ湖を眺めながら休憩したり、ホテル内を散策したり、残りの自由時間をのんびり過ごすことに。

 

午後5時30分、ホテルのロビーでガイドさんと合流し、前日と同じ車で空港へ向けて出発。この日はチャゥッタ―ヂー・パヤーへ向かった時と同じルートに入り、インヤー湖の東側に出る道路を走りました。何度も走ったヤンゴン・インセイン通りとは違う景色を見せようとしたガイドさんの配慮あるいは車の混み具合による判断でしょうか。念のため地図を確認すると、実はこれがチャトリウム・ホテル・ロイヤルレイク・ヤンゴンからヤンゴン空港への最短ルートでした。

 

途中、インヤー湖の畔に最近完成したという気象レーダー用のタワーを見かけましたが、あっという間につうかしたため、撮影するタイミングを逸しました。帰国後に確認すると、昨年10月に完成したこの施設は18階建てのタワーの頂上に載る気象用レーダー・ドーム(高さ約75m)とのこと。日本政府の無償援助で建設されたものでした。

 

午後6時30分ころヤンゴン空港のターミナル1(国際線用)に到着。午後7時15分に窓口が開いた全日空のチェックイン・カウンターで搭乗手続きを完了し、同行者はショップで土産物を追加購入。5日間にわたって親切に観光案内してくれたガイドさんと分かれを惜しみながら、午後7時30分にはエスカレーターで2階へ上がって出国手続きを終えました。

 

お腹はそれほど空いていませんが、出国ラウンジにある土産物店とフードコートがあるエリアに立ち寄ることに。
 
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タイのファストフード”Thai Express”にするか、軽くラーメンで済ませるかで迷いましたが、腹具合を考えて後者にしました。筑豊ラーメン「山小屋」でワカメラーメン($6.5)を注文すると、店員さんからお釣り代わりにノリ($0.5)を勧められました! お釣りとして現地通貨のチャットを貰っても困りますから、提案に同意しました。値段の設定からみて、いつもの対応なのでしょう。
 
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トンコツ・スープと細麺の組み合わせた筑豊ラーメンは思った以上の水準で一安心!! 帰国後に調べると、「山小屋」九州を中心に全国に100店舗以上展開するラーメン・チェーン店(ワイエスフード)のブランド名でした。一方、”Thai Express”はシンガポールで創業され、現在はタイの大手企業が経営しています。

 

3階のデューティフリーショップ街をウインドーショッピングして1時間以上待ち時間を潰(つぶ)しました。午後9時40分、アナウンスにしたがって2階出発ロビーのゲート14から全日空NH814便(ボーイング767-300)に搭乗しました。
 
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午後10時10分ころ、全日空NH814便はヤンゴン空港をほぼ定刻で出発
 
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眼下にヤンゴンの夜景が流れて行きます。
 
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NH814便が北東へ機首を向けて1時間ほどが経過した時、どこかの街の明かりが見えました。ミャンマー東部(シャン州)にある、タイとの国境に近いタチレク(タチレイ)空港あるいは中国との国境に近いチャイントォン空港かもしれません。スクリーンに表示された飛行ルートは、往きとは大きく異なり、ヤンゴン-昆明(クンンミン、こんめい)-武漢(ウーハン、ぶかん)-蘇州(スーゾー、そしゅう)-上海です。
 
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離陸して3時間半が経過した午前1時40分(ミャンマー時間)に機内灯が点灯され、その30分後に夜食が提供されました。蘇州の上空を通過するころだったと思います。私はお粥(かゆ)と蕎麦(そば)のメニュー、同行者はソーセージ・豆・ポテトなどと蕎麦の組み合わせを選びました。
 
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成田空港が近づいた午前5時30分(日本時間)ころ、空が明るくなりはじめました。
 
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その5-6分後には陽光が翼に反射するようになりました。
 
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さらに数分後には月も見えました。
 
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午前6時5分、海面と房総半島が確認できる高度まで降下
 
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午前6時10分、房総半島の九十九里浜が見えて来ました。
 
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その5分後には主翼のフラップを大きく下げて成田空港への着陸態勢に入りました。
 
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午前6時20分少し前にタッチダウン
   
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強い偏西風(約240km/h)を利用したことで飛行時間は約5時間40分と予定より25分ほど短縮されました。成田の外気温度は3-4度のようです。ミャンマーの最低気温22度とは20度近い差(最高気温の差は約25度)があるため寒さは一入(ひとしお)です。ただし、ターミナルビルの地下にある京成電車の成田空港成田第一ターミナル駅へ直行できることは救いです。午前7時38分発のアクセス特急で成田空港第一ターミナル駅を後にしました。

 

<同行者のコメント> ずいぶん長い旅行記になりましたね。下調べをしているのはいつものことですが・・。優しいガイドさんのおかげで楽しい5日間になりました。バガンではシュエサンドー・パヤーのテラスに上がって見た周囲に立ち並ぶ仏塔や寺院の多さに圧倒されたこと、マンダレーとヤンゴンでは美しい夕日を見たこと、そしてシュエダゴン・パヤーの大きさと美しさを通してミャンマーの人たちが信仰心にあついことが印象に残りました。旦那様がミャンマーへ強いこだわりを持つ理由が分かったような気がします。(終)

2017年5月23日 (火)

40年ぶりのミャンマー訪問(その44) ヤンゴンでの自由時間③ 懐かしいストランド・ホテル

ストランド・ホテルまで引き返しました。昔のままの荘厳なビクトリア様式建築(3階建)で、右奥の裏口にも見覚えがあります。結婚式が行われるホールの入口になっており、正装した若い女性たちを見かけた場所です。
 
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ストランド・ホテル、正式名称はザ・ストランド・ホテル(The Strand Hotel)、はヤンゴン川沿いの商業と外交における中心地であるストランド通りに位置します。イギリス統治下だった1901年、イギリスの実業家ジョン・ダーウッドによって建てられ、後にアメリカのホテル経営者サーキーズ兄弟(注、シンガポールの最高級ホテル「ラッフルズ・ホテル」で知られる)が買収。創業時よりミャンマーのランドマークとして人々に知られる由緒ある高級ホテルです。戦後は所有者が何度も変わりましたが、1989年に買収したミャンマーの実業家が提携したアマンリゾーツ創業者であり伝説のホテルマンであるエイドリアン・ゼッカが荒れ果てたこのホテルの改修事業に関与。見事に生まれ変わらせて1993年に再オープン。

 

玄関ポーチ(車寄せの入口側)
 
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反対側から見た車寄せ
 
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中央にあるのが正面玄関です。ドアの左手には5つ星ホテルであることが表示され、”The Strand Hotel”の銘板も誇らしげに貼られています。注、5つ星の格付けは「フォーブス・トラベルガイド」が行っており、日本ではマンダリン・オリエンタル東京、パレスホテル東京、ザ・ペニンシュラ東京がホテル部門で認定されている
 
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右手には”THE LEADING HOTELS OF THE WORLD”の表示もありました。アメリカにあるホテル協会が施設やサービスを評価して入会を認めた証で、現在約420のホテルが入会しているそうです。ちなみに、日本では帝国ホテル東京とパレスホテル東京の2つが会員となっているようです。

 

実は、2016年12月にストランド・ホテルが再び改装オープンしたことを知って今回の旅行を思い立ったのです。建物の外観は定宿としていた40年前と同じですが、外観が見違えるほど綺麗になっています。そして、時間の経過とともに不確かになっていた40年前の記憶が蘇(よみがえ)ってきました。

 

正面玄関の前には1階にある施設案内とレストランのメニューがありますから、宿泊客でなくても利用することができるようです。ドアの前に立つとドアマンが館内へ導いてくれました。
 

内装は40年前とは大きく変わっており、大理石の床や調度品は煌(きら)びやかでありながら、落ち着いた雰囲気があります。しかし、籐椅子があるロビーと3階までの高い吹き抜けは昔の雰囲気を伝えています。とはいっても、籐椅子に座るたびに南京虫に悩まされた40年前の想い出とはまったく結びつきません。
 
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まだ午前11時半ですから、ホール内を少し見て回ることにしました。右手には英国風に”THE BAR”と表示された場所があります。
 
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日本のバーとは違い、女性スタッフが酒のサービスすることはありません。また、客は注文するたびに料金を支払うのが一般的なセミセルフサービスの酒場です。ちなみに、欧米のバーではバーテンダーと客の間にあるものをカウンターとは呼ばずにバーというのは、もともとバー(棒)が仕切りとして使われていたことに由来するとの説があるようです。

 

壁に貼られた古いモノクローム写真に惹(ひ)かれました。右上はシュエダゴン・パヤー、右下はヤンゴン川(旧ラングーン川)のパンソダン埠頭、左側はスーレー・パヤーだと思われます。
 
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ワーパタラ(竹製の木琴)奏者の後方にあるのは、もちろんビルマの竪琴(サウン・ガウ)
 
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仏塔とダウンタウンの写真が続きます。
 
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右側の写真はマンダレーで訪れたシュエナンド―僧院だと思われます。
 
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右側はシュエダゴン・パヤーですが、左側については見覚えがなくて不明です。
 
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美しい漆器(しっき)の箱
 
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午前11時40分になりましたので、日本を出発前から心積もりしていた通り、このホテルのレストランで昼食を摂(と)ることにしました。
 
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レストラン内にもモノクロームの写真パネルが掛けてあります。
 
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メニューを眺める同行者にはこの朝 ホテルの庭園で参拝したばかりの「四面佛」に変身してもらいました。
 
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私は国産ラガービール ”DAGON”($3)とスパゲティ・カルボナーラ($16)を、同行者はライムのフレッシュジュース($5)とボンゴレ($16)を選びました。
 
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ミャンマーの所得水準(ヤンゴン住民でも日本の1/10程度)からはかけ離れた価格であり、我われのほかにレストランを利用していた客は欧米人やビジネス関係者と思われる人たちでした。
 
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カルボナーラの味はヨーロッパ風(本場仕込み)でやや癖(くせ)がありましたが、ボンゴレは食べやすい味です。初めて飲んだ”DAGON”(だごん)は日本のビールに似て味が濃く、爽(さわ)やかさも感じさせます。ちなみに、ダゴンはシュエダゴン・パヤーの名にあるようにモン族の集落名でしたが、ミャンマー最後の王朝(コンバウン朝)を創設したアラウンパヤー王によって征服され、1755年に「争いの終結」を意味するヤンゴンに改称されました。ダゴンは現在も地区名として残るようです。
 
2階と3階にある客室についても興味がありましたが、宿泊者ではありませんから立ち入ることはできません。そこでネット検索すると、旅行案内サイトで客室の様子を確認することができました。(続く)

2017年5月20日 (土)

40年ぶりのミャンマー訪問(その41) ホテル内散策

ミャンマー旅行における最終日の朝は午前6時ころに起床。東の空が赤味を帯び始めています。
 
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この日は夕方にヤンゴン空港へ向かうまではガイドなしで自由行動ができます。ヤンゴン市内の主な観光地は前日までに巡(めぐ)りましたから、ややマイナーな観光地であるインド人街・中国人街、国立博物館・宝石博物館、ボーヂョーアウンサン博物館などを訪れるのも一案です。しかし、ヤンゴン川沿いの昔懐かしいストランド通りとパンソダン埠頭を散策することを旅行を計画した時から決めていました。同行者には興味が湧(わ)かない場所かもしれませんが、私にはバガン遺跡とともに今回のミャンマー旅行の最大の目的なのです。

 

帰国準備をしたあと、いつもより遅い午前8時ころ、グランド・フロアにあるカフェテリア「ジ・エンポリア・レストラン」へ向かいました。朝食ビュッフェで私が選んだのは相変わらずのオムレツを中心にした内容です。
 
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同行者の選択はバラエティに富んでいます。
 
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朝の散歩代わりにホテルの敷地内を散策することにしました。たまたま見かけた壁面の装飾は2羽の鳥が首を絡(から)ませたデザインの木目透(す)かし彫りです。酉年(鶏年)を祝っているのでしょうか。バガンのシュエズィーゴン・パヤーで大きな鶏の像を見かけたことをふと思い出しました。
 
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同じグランド・フロアで中国の神様のような置物も見かけました。ヤンゴンにおけるグルメ料理と夜の娯楽に関連する業界に贈られる“MYANMORE Dining & Nightlife Awards 2016”の中華料理部門で、このホテルのグランド・フロアにある中華レストラン”Tiger Hill”(虎丘楼)が受賞したことを祝う記念品のようです。右手前には「ミャンジャポ!」と題したヤンゴン・ベスト・ランチの小冊子(日本語)が置かれています。今年3月に創刊されたばかりの生活情報誌です。
 
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前日、チェックインする時に見かけたプール・エリアへは「ジ・エンポリア」の脇にあるドアからアクセスすることができました。左手に見えるのはロビーラウンジの先にあるミャンマー風の建物で、正面がプール・エリアです。
 
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左手へ進むと、階段状の噴水の最上部に騎乗するお釈迦様の像がありました。
 
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よく見ると、水はロビーラウンジの人工池から流れ落ちているようです。
 
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泳いでいる人がいますが、今回は水着を持参していませんから、彫像(ちょうぞう)とプール・バーが並ぶ周囲を歩くだけです。
 
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プールに水を注(そそ)ぐ噴水
 
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本館を見上げました。横に長いロビー・フロア(ロビーとロビーラウンジ)の下がグランド・フロアにあるカフェテリア「ジ・エンポリア」です。ちなみに、我われの部屋は右側の7階です。注、階数の呼び方はグランド/ロビー/その上が1階とするイギリス(ヨーロッパ)方式
 
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「四面佛」の案内看板を見つけました。
 
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順路にしたがって進むとミャンマー風の建物に行き当りました。
 
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その中に祀られているのがこの「四面佛」
 
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四面佛は古代インドのバラモン教の神様「ブラフマー」(4つの顔と腕を持つ創造神)を指し、その影響を受けた仏教では仏法の守護神(釈迦の脇侍)である「梵天(ぼんてん)」と呼ばれます。ちなみに、古代インドのバラモン教における神ではない魔族の「アスラ」も釈迦の眷属(けんぞく、従者の意)、つまり八部衆の一神として仏教に取り入れられ、中国語で阿修羅と表記されるようになりました。その影響を受けた奈良・興福寺にある国宝の阿修羅像は三面六臂(三つの顔に六つの腕)です。

 

虎の像も祀られています。東南アジアでは強いものの象徴である虎を信仰の対象とする国が多いようです。また、ミャンマーのシャン族は白い虎を先祖として崇(あが)めているそうです。
 
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その後はしばらく自室でNHKのテレビ放送(日本語)を観て過ごしました。(続く)

2017年5月18日 (木)

40年ぶりのミャンマー訪問(その39) カンドーヂ湖の水上レストラン「カラウェイ・パレス」(前編)

チャトリウム・ホテル・ロイヤルレイク・ヤンゴンの近く、カンドーヂ湖の東湖畔に浮かぶ黄金の鶏を模った水上レストランで、夕食として「アジアンビュッフェ」と「民族舞踊」を楽しむことにしました。シュエダゴン・パヤーの駐車場を出て、カンドーヂ湖の南側にある道路を東進し、南東の角付近からカンドーヂ自然公園に入りました。

 

レストランがオープンする午後6時まで数分の余裕がありましたから、ガイドさんが湖畔の夕日鑑賞スポットへ案内してくれました。もうすぐ沈む夕日と先ほどまでいたシュエダゴン・パヤー(右端)を同時に望むことができます。服装から判断して観光客と思われる人たちも夕涼みを兼ねて夕日を眺めていました。
 
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夕日を鑑賞するベストポイントと思われる位置へ移動すると、黄金の鳥を模(かたど)った「カラウェイ・パレス」が右端にあり、遠くにはシュエダゴン・パヤー(右端)とマハ・ウィザヤ・ゼディ(中央)も写っています。また、湖畔の木立の隙間から屋根の頂部が少し見えるのは老舗リゾートの「カンドーヂ・パレス・ホテル」です。ちなみに、同ホテルには湖の中に設置された散策用の木道があるようです。
 
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夕日とシュエダゴン・パヤーを撮影したあと、「カラウェイ・パレス」がオープンする午後6時になるタイミング入店しました。スタッフは手に持つ予約リストでガイドさんに我われの名前を確認したようです。
 
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カラウェイ・パレス」は左右に並ぶ2羽の黄金の鳥で構成されていますが、我われは左側の鳥(建物)に案内されました。後方からは船の形に見えます。
 
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通路の左脇にある小さな屋台ではミャンマーで人気があるというタコ焼きに似たお菓子を売っています。タコ焼きといっても日本のそれとは異なり、ミャンマー人が嫌いなタコの小片は入っておらず、この屋台のものは球体に丸めるのではなく、タコ焼き器の形のままの半球です。ちなみに、その名前は「モン・リンマヤー」(注、モンは菓子、リンヤンマーは夫婦の意、つまり半球を2つ合わせて丸くした菓子)、中身は米、豆、油、塩、味の素などが入っているそうです。ミャンマー人好みの油っこい味で右端に写る爪楊枝(つまようじ)を使って食べるようです。脇に置かれているのは赤ザラメ(粗糖)と思われました。
 
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入口には衛兵の衣裳を身に着けたスタッフが控えています。
 
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オープンとほぼ同時に入館したため、豪華なインテリアが施された広いホールには先客がわずか一組だけ。レストランのスタッフはガイドさんを舞台に近い前列の席へ案内するようです。
 
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やはり、最前列の1番テーブルでした。
 
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お仕着せのミャンマービールを注文し、アジアンビュッフェの夕食です。ミャンマー料理、タイ料理、インド料理などから選びましたが、少し多めに盛ってしまったようです。
 
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同行者はと見ればまずは控えめな選択
 
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楽団席にミャンマーの民族衣装(正装)の男性が現れました。
 
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午後6時20分に民族舞踊ショーが始まり、舞台にビャンマーの民族衣装を身を纏(まと)った美しい女性が現れました。マンダレー近郊にある「古都アマラプラの記事」で紹介したように、女性は艶やかな長い黒髪を固く結い、下半身には女性用のロンジーである絹織物のタメインを着け、エンジーと呼ばれる同じ生地で作られた上着の上にレースのベールを羽織るのが正装です。注、男性用のロンジーはパソーと呼ばれる
 
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ミャンマーの民族舞踊はンドネシアよりもスローで優美な踊りです。この写真以降は諸事情によりデジカメとiPhone SEを使い分けて撮影したため、画質にムラがあることをご容赦ください。注、撮影した動画は残念ながら容量オーバーとなるためココログにアップロードできない
 
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舞台を転換する幕間のあとは、小芝居に続いて3つの民族舞踊が披露されました。
 
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バンブーダンスが始まりました。バンブーダンスはフィリピンの中部にあるヴィサヤ諸島の民族舞踊として有名ですが、台湾・タイでも行われているようです。帰国後に確認すると、出演者が着ていたのはインド・バングラディッシュとの国境に接するチン州に居住するチン族の民族衣装でした。
 
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カラフルな衣裳を身に纏った巨大な象がテーブル席脇の通路から舞台へ上がります。11世紀に起源をもつといわれる象の踊りはマンダレーの南、約40kmに位置するチャゥセーの地を灌漑してくれたバガン王朝のアノヤーター公に感謝する900年続く祭りのようです。
 
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(続く)

2017年5月16日 (火)

門前仲町の「イベリコバル門仲」でランチ

GSIX(ギンザシックス)で目の保養をしたあと、この日のランチのために予定したレストランへ向かいました。東京メトロの銀座駅から2つ目の日本橋駅、そして東京メトロ東西線に乗り換えて2つ目の門前仲町駅で下車。午前12時20分ころ、3番出口から永代通りへ出ました。
 
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歩道に足の彫像を見かけました。1985年の石井厚生氏の作品「時」(歩くがテーマ)です。
 
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永代通りを西方向へ数十m歩き、松屋の角を右折して「深川モダン館通り」へ入って、
 
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100mほど北へ歩いたところに目的地を見つけました。イベリコ豚料理店「イベリコバル門仲」です。
 
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テレビ東京の人気番組「モヤモヤさまーず2」のなかで紹介されたこの店に同居者が興味を持ったのです。
 
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店名から分かるようにイベリコ豚を使った料理を提供するスペインの居酒屋風レストランです。
 
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店内はスペイン国旗が飾られ、スペインのテノール歌手、ホセ・アントニオ・モレノがメンバーとして参加する『ADESSOJapan tour 2017』(4月18日北千住シアター1010)とローマ時代からの一大ワイン産地のカタル―ニア蒸留所のポスターなども壁面に貼られ、流れる軽快な音楽がとあいまって、スペインのムードを演出しています。ちなみに、カタル―ニアはスペインの東端にある州(州都:バルセロナ)で、独立運動が盛んな自治州。
 
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この雰囲気では店員たちの大きな声も気になりません。1階は背の高いテーブル席(約30席)とL字形のカウンター(4-5席)あり、2階には予約が必要なイベリコ豚のシャブシャブ専用のテーブル席(30数席)があるようです。平日ですから若いサラリーマン客でテーブル席はほぼ埋まっていました。
 
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ゴブレットで水が出されるのはスペインバル(居酒屋)を売りにする店らしい配慮です。お勧めメニューもありますが、
 
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私は塩ラーメン(900円)を、同行者は特製ハヤシライス(1100円)を注文しました。
 
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前菜のコールスロー(注、キャベツのサラダ)とミネストローネ(注、トマトを使った野菜スープ)に続いて配膳されたハヤシライスは、良く煮込んだルーに濃(こ)くがあり、やや硬いイベリコ豚(ロース)のスライ(2枚)および柔らかく煮込んだブロック肉とよくマッチしています。トッピングされたレンコン・チップの食感が良いアクセント。

 

また、塩ラーメン は白濁のスープと細麺の上にイベリコ豚のプランチャー(鉄板焼き)、茹(ゆ)でタマネギ、揚(あ)げネギ、ディル(ハーブ)、糸唐辛子がトッピングされています。硬(かた)めの細麺と深い味のスープはイベリコ豚に負けておらず、全体としてバランスが良いものでした。ただし、私には厚切りされたイベリコのプランチャー(鉄板焼き)が硬すぎました。

 

和風料理であるハヤシライスと塩ラーメンにイベリコ豚を組み合わせる意外性だけではなく、上述したようにいずれも期待通りにバランスの良い味でした。同行者は出汁の効いたコリアンダーライスとイベリコの肩ロースを組み合わせたイベリコ丼にも興味を持ったようです。

 

カウンター席側の壁に掛けられているものを見つけた同行者はさっそくホールスタッフ(実は店長)に尋(たず)ねました。店長さんはにこやかにケルド・イベリコ・ベジョータ(ドングリを食べたイベリコ豚)のサルシチョン、つまり生サラミ(写真左)、そして同じくチョリソー、つまり香辛料入りポークソーセージ(写真右)であり、薄くスライスして食べることを説明してくれました。
 
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こちらはハモン・イベリコ(スペインで作られるイベリア黒豚の生ハムです。
 
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白豚で作られるハモン・セラーノ(注、山のようなハムの意)より貴重であるため、かなり高価なものだそうです。ランチメニューには入っていませんので、「食べログ」で調べると、この生ハムが入ったパスタ「ハモンイベリコベジョータ」は2700円とのこと。また、イベリコ豚鉄板焼きコース(3500円)には、イベリコ生ハム・セボ(注、ドングリを食べたことがないイベリコ豚)、イベリコ豚のチョリソー&サラミもコースに入っていますから、イベリコ豚尽くしのメニューと言えるでしょう。
 
 

厨房側には手書きのワインリストがありました。リーズナブルな値段のものが多いようです。この店などを経営する「スペインクラブ」はスペインからイベリコ豚などの食材とワインを輸入する業者だったことから、数あるスペインワインの中から厳選された銘柄なのでしょう。
 
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参考情報です。同じスペインクラブ傘下のレストランはこの店の他に、GSIXのある「あづま通り」沿い、銀座七丁目に「レストランテ スペイン クラブ銀座」と「バル スペイン クラブ銀座」、千代田区麹町には「メソン・セルバンテス」、そして中央区月島には「月島スペイン クラブ」があります。
 
 

カウンター席の上には“R.LOPEZ de HEREDJA VINA TONDONIA”(R.ロペス・デ・エレディア・ヴィニャ・トンドニア)の紋章と大量のコルク栓も飾られています。
 
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帰宅後に調べてみました。同社は1877年、ドン・ラファエル・ロペス・デ・エレディアによってスペイン北部、ラ・リオハ州のアロ(Haro)で設立。ちなみに、アロで造られるリオハワインは、スペインワインで最高品質であり、世界屈指のワイン産地として知られているそうです。また、コルク栓の上にあるプレートに表示された“MONTARAZ“(モンタラス)はイベリコ豚の生ハム・メーカーのようです。(終)

2017年5月 9日 (火)

40年ぶりのミャンマー訪問(その33) ヤンゴンのダウンタウン観光と飲茶の“Royal Garden Restaurant”

ボーヂョーアウンサン通りから南東角にサクラタワーがある交差点を右折してスーレーパゴダ通りへ出ました。500mほど進むと左手に純白のヤンゴン市庁舎City Hall)が見えました。スーレー・パヤーがあるロータリー交差点の角です。英国植民地時代の1903年に建てられた伝統的なミャンマースタイルの建築物です。40年前にも見た印象的な建物ですが、よく手入れされているようで見違えるほどきれいになっています。横断歩道を歩く人たちの服装も同様。
 
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マハバンドゥーラ公園(独立記念公園)の東隣りにある旧最高裁判所はイギリス統治時代に建設されたビクトリア建築様式の建物です。横(北側)から撮影。駐車する車には段ボールのようなもので日除けが施されています。注、ビクトリア建築様式は19世紀後半のビクトリア女王時代に流行した中世のゴシック様式に回帰する建築様式
 
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マハバンドゥーラ公園の南側、マーチャンㇳ通りにあるヤンゴン証券取引所は2015年に設立され、2016年に取引を開始したミャンマーで最初の証券取引所です。帰国後に確認すると、日本の大和証券の子会社と日本取引所グループがミャンマーの銀行とが設立した合弁企業でした。
 
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公園の中央にある独立記念碑は1948年イギリスから独立した時、記念としてバンドゥラ公園内に建てられました。周辺の道路が車で混雑していたこともあり、車中から撮影するシャッターチャンスがありませんでした。初日にサクラタワーの最上階(20階)にあるレストラン「ティリピサヤズ・スカイ・ビストロ」から写真撮影しています。

 

スーレー・パヤーはダウンタウンの中心にある八角形の細長いパゴダ(高さ46m)は街のシンボル的な存在です。東西南北に木製の塔が確認できます。ちなみに、スーレーとは聖髪を意味し、この仏塔にも仏陀の聖髪が安置されているといわれています。左手前のコロニアル建築は銀行のようで、後方に見える高層ビルはスーレー・シャングリ・ラ ヤンゴン(左)とサクラタワー(右)。そして、車のダッシュボードに小さな仏陀像が置かれているのは信仰深いミャンマー人ならではです。
 
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周囲が2階建ての建物で囲まれているため、ロータリー交差点を走る車からは中央にある仏塔が良く見えません。
 
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昨年(2016年)にオープンしたスーレースクエアの隣にある古い建物と一部建物の外装が改修中のスーレー・シャングリ・ラ ヤンゴン(右)
 
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さらに北上してボーヂョーアウンサン・スタジアムとヤンゴン動物園前を通過
 
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動物園とカンドーヂ湖の西側を通過する道路のロータリー交差点(注、シュエダゴン・パヤーの約700m南東)にはルビー(原石)のモニュメントがありました。ミャンマー宝石博物館には世界一大きいといわれるルビーの原石があるそうです。ここにも”Mingalaba”(こんにちは)の広告看板があります。
 
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午後1時過ぎ、宿泊するホテルに近く、カンドーヂ湖の北湖畔(カンダンヂー自然公園)にある中華レストランRoyal Garden Restaurant(帝花酒家、1994年オープン)に到着。注、酒家はもともと居酒屋あるいは料理店を意味したが現在は高級レストランを指す、一方 酒店はホテルのこと
 
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大きな玄関ポーチ(屋根)の下にある車寄せから階段を上がりました。入口の上部に繁体字(はんたいじ)で「鶏年平安」と表示されています。台湾や香港などのほか、中華圏外の華人によって現在も繁体字が使われているようです。注、日本では例えられた動物の鶏ではなく、原義にしたがい果実の熟しが極まった状態や物事が極まった状態である酉(とり)と表記

 

「金鶏賀歳」は鶏(酉)年の正月を祝う言葉(注、金鶏は星の中に住むという想像上の鶏)で、「福星」は福の神のようです。ただし、ここで使われる「熊」の意味は不明。また、「玉燕迎春好運来」についてはおめでたい意味であることは容易に分かります。

 

大きなガラス越しにカンドーヂ湖を望むことができる開放的なこのレストランは結婚式の披露宴に使うステージとメインホールがある広い空間(最大700席/70テーブル)で構成されています。昼食の時間帯を過ぎたためか、数組の身なりの良い客がいるだけであり、少し落ち着きません。
 
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昼食は飲茶(やむちゃ)です。中国茶を飲みながら中華料理の軽食である点心(てんしん)を食べる食事の様式です。まず、ミャンマービールと先付け。
 
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フカヒレスープ
 
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春巻き、シュウマイ、エビとネギの餃子(ぎょうざ)、ゴマ団子、エビと玉子焼き
 
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エビのシュウマイ(変わり種)
 
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チャーハン
 
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飲茶は揚げものが少ない薄味の軽食(点心)ですから、なんとか食べきることができました。本来は中国茶をたっぷり飲むことが必要なのでしょう。(続く)

2017年5月 3日 (水)

40年ぶりのミャンマー訪問(その30) ホテルからマンダレー空港へ

午前4時に起床、前日に訪れた場所を復習したあと、シャワーを浴び、荷造りを確認しました。宿泊するホテル・シュエ・ピー・ターでは午前6時からレストランで朝食を摂ることができますが、前日に朝食を食べ過ぎたことの反省と、出発までの時間が限られているため、機内で軽い朝食が出ることを期待して朝食をスルーするつもりでした。

 

本館の廊下には、我われと同じように早立ちする宿泊客のスーツケースが出されていました。
 
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廊下に飾られていた絵画に目が留まりました。どこかで見たこの構図は、今回は訪れないインレー湖の案内で見た足こぎ漁船(インター族の漁師)の写真とそっくりです。マンダレーの南東約200km、シャン高原にある観光地です。ガイドさんによれば、ヤンゴン、バガン、マンダレーと並んで人気があるそうです。
 
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こちらの絵はお釈迦様でしょう。翼のある象とライオンも描かれています。
 
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午前5時半ころ、1階のロビーへ降りると、カフェテリア「ロイヤル・カフェ・レストラン」はすでにオープンしていました。西洋人のグループ客のスケジュールに合わせて開店時間を30分ほど早めたと思われます。そこで急遽(きゅうきょ)方針を変更し、同行者に声を掛けてカフェテリアに入りました。

 

朝食にオムレツは欠かせません。
 
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同行者も朝食メニューに大満足のよう。
 
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午前6時近くには外が薄明(はくめい)になりましたので、同行者を誘って広い前庭を散策することにしました。
 
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様々な動物の像が置かれて南国の雰囲気に溢れています。
 
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広い芝生の前庭から見た本館
 
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正門の近くまで進んだところでUターンし、本館近くまで戻ったころ、東の空が白んできました。
 
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同行者は本館のエントランスにある大理石で作られた白い象と戯(たわむ)れています。ミャンマーでは白い象(アルビノ)は国の平和と繁栄を司(つかさど)る吉祥(きっしょう、めでたい兆しの意)とされるそうです。
 
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午前6時を過ぎましたので、本館に戻りました。
 
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同行者はロビーにある木製の大きなイスが気に入ったようです。
 
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フロントでチェックアウトして、午前6時30分にホテルを出発してマンダレー空港へ向かいました。ガイドさんから前夜にヤンゴン近くで地震があったことを聞かされながら、高速道路(国道1号)を利用して約40分、午前7時10分過ぎにマンダレー空港に到着。
 
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チェックインしたあと、セキュリティチェックを受け、午前730分に12番ゲートに移動。搭乗するのは午前8時30分発、ヤンゴン・エアウエイズのヤンゴン行きYH918便です。
 
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表示されていた通り、午前8時10分に搭乗が始まりましたが、搭乗客は5名のみでした。
 
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機種はヤンゴン空港からバガン空港まで利用したAIR KBZK7 242便と同じATR72(66人乗り)です。
 
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マンダレーを後にしてヤンゴンへ向かうタイミングで投稿を小休止します(続く)

2017年5月 2日 (火)

40年ぶりのミャンマー訪問(その29) マンダレー観光⑦ マンダレーヒルの夕日鑑賞とエターナル・レストランの雲南料理(後編)

20分ほど経った午後5時40分ころの夕日です。テラスとエーヤワディー川に反射する陽光を意識して撮影しました。
   
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少しずつ陽光の角度が変わる様子が分かります。
 
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エーヤワディー川に夕日が沈みます。
 
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夕日を見つめる人、疲れて座り込む人、観光客の振る舞いは様々。西洋人の観光客が目立つようです。
 
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地平線に漂う夕靄(もや)に夕日が迫ります。
 
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午後6時5分、太陽光はついに夕靄に包まれました。
 
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午後6時15分ころ、マンダレーヒルを出発。一方通行のマンダレー・ヒル・ストリートにしたがって北側へ下り、さらにマンダレーヒルの東側を南北に走る道に出て、旧王宮の東側にある66番通りを南下してダウンダウンへ向かいました。午後6時30分にはエターナル・レストランに到着。旧王宮の南東角に近い27番通りと63/64番通りにありました。夕食は中国・雲南風鍋料理です。注、エターナルとは英語で「永遠の」あるいは「不滅の」を意味し、数日前に紹介した草間彌生さんの絵画作品群「わが永遠の魂」(My Eternal Soul)の名称に使われた言葉
 
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平凡ながらすっきりした外観とは異なり、内装は下町の中華料理店のように垢(あか)抜けないものです。しかし、どんな料理が出されるのか、逆に期待が高まりました。ちなみに、カウンターには春の文字を書いた紙「春聯(しゅんれん)」が貼られていますが、倒了(注、逆さまにすること)ではありませんから、春節(新年)がすでに到来していることを表しているのです。
 
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この店もマンダレー・ビールを置いおらず、人気ナンバーワンのミャンマー・ビールを注文することに。前菜として野菜や白身魚などの天ぷらや揚げ春巻きが出されました。この店でもゴマだれと辛いタレの2種類が出されます。ミャンマー料理と似ているのは、中国西部の青海省出身とされ、11世紀になって中国南部の雲南省から南下した、ビルマ族にとっても郷土料理に当たるからでしょう。
 
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メインの鍋料理は火鍋(ホークオ)の一種である火鍋子(ホーコーツ)で、鍋の中央にある太い煙突状の部分に炭火を入れ、小さなエビと白菜などをスープで煮る料理です。30年前にマレーシアで食べたスチームボートと同じ鍋であり、また日本のしゃぶしゃぶ鍋もルーツは火鍋子といわれています。調理法は日本の水炊きのようですが、テーブル脇で行う調理だけではなく、小鉢への取り分けも店員がやってくれることが日本とは異なります。注、東南アジアの火鍋は、鍋の中に対極の陰陽に見立てた仕切りがあり、2種類のスープを使うタイプ(二色鍋)が多い
 
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ゴマだれ、あるいはニンニクと青唐辛子が入った酸味があるタレとともに食べるのはミャンマー・スタイルです。最後は中華麺(注、ミャンマーの麺より細くて柔らかい)を入れてもらいました。さっぱりした味は締めにぴったりです。いずれも美味しいのですが、朝から食べ過ぎたため、途中でギブアップ。

 

午後7時30分ころ、エターナル・レストランを出て、昼過ぎにチェックインしたホテル・シュエ・ピー・ター(約3km東方)に向けて出発しました。(続く)

2017年4月26日 (水)

40年ぶりのミャンマー訪問(その23) マンダレー観光③ エーヤワディー川沿いのミャ・ナンダール・レストラン

サガイン・マンダレー道路を北上し、35番通りへと左折してエーヤワディー川方面へ向かいました。もし、この交差点を直進するとマンダレー駅とマーケットなどがあるマンダレーの中心部。昼食会場はエーヤワディー川に行き当って少し北上した(シティパークに近い)場所にあるミャンマー料理とアジア料理の「ミャ・ナンダール・レストラン」(Mya Nandar Restaurant)です。
 
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ガイドさんにしたがって敷地の奥へ向かいました。
 
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店のスタッフに案内されたのはバガンでのランチと同様、エーヤワディー川に面したオープンテラスです。その中央にいる別のスタッフたちがシルエット(影絵)になり、あちこちに操り人形が飾ってあるようです。手前には小さな木造船もオブジェとして置かれています。
 
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最前列の席が予約されていました。中洲に貨物船や小型客船が停泊しています。
 
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マヤンチャン埠頭(ふとう)からは10kmほど遡(さかのぼ)った対岸にあるミングオンへ行く小型客船が出ているそうです。ミングオンにはコンバウン朝のボードーパヤー王が18世紀末に建設しようとして未完成のままとなったミングォン・パヤーの巨大な台座(一辺140mの正方形、計画された仏塔の高さは150m)と世界最大といわれるミングオンの鐘(外径約5m、重量90トン)、およびバーヂードー王が皇子時代の1816年に他界した妻を偲んでスメルー山(注、古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山)の頂上に建つといわれるスラマーニ・パヤーを模して建てたシンピューメェ(白亜の仏塔)があるそうです。
 
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雨に見舞われた前日のバガンとは異なり、こん日のマンダレーは天気が回復したため、エーヤワディー川西岸の山並みが良く見えます。その先は無数の仏塔が立ち並ぶサガインヒルがあると思われます。バガン王朝の滅亡した混乱に乗じてシャン族の王が1322年に都を置きましたが、1364年にはインワに遷都されたため、その後は遺跡・僧院・仏塔の町となったそうです。
 
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視力が良い同行者は下流に3連のアーチ橋があることを見つけました。地図を見ながらガイドさんに確認するとインワ(旧アヴァ)のエーヤワディー川に架けられた新旧2つの橋です。帰国後に確認すると、下流側にあるカンチレバー式トラスト構造で鉄道・道路併用のインワ橋(長さ約1200m、別名:アヴァ橋)と2015年に上流側に架けられた道路橋のエーヤワディ橋(長さ約2350m、別名:新アヴァ橋)です。ちなみに、前者はイギリスによってエーヤワディ川に初めて架けられた古い橋(1934年完成)です。注、トラストとは部材を三角形に繋(つな)いだ構造であり、カンチレバーとは片側の梁(はり)だけが固定され、他端は動くことができる構造体

 

上流方向にもエーヤワディー川西岸の山並みが続いていますが、ミングオンは小高くなった辺りだと思われます。
 
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この日の昼食はミャンマー料理です。このレストランもマンダレー・ビールを置いていないため、赤ワインを注文。突き出し(通し物)として瓢箪(ひょうたん)の天ぷらがミャンマー風ダレとともに配膳されました。
 
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次いで、バガンの漆器店で購入した土産物に似たミャンマーの弁当容器と玉子スープが
 
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大きな蓋(ふた)を取るとさまざまなメニューとご飯が小分けされたプレートが現れました。オカズの量はランチとしてほどよいのですが、私にはご飯の量が多すぎました。
 
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ミングオンへ行く小型客船でしょうか。
 
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デザートのフルーツも同じ形の容器に盛られています。
 
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この日に宿泊するホテルは2012年にオープンしたホテル・シュエ・ピー・ダー。マンダレー郊外(旧王宮の南東角から26番通り/高速3号線で約3km)にある4つ星の高級リゾートで、本館とは別になったバンガロースタイルのスイートがあるそうです。休憩するため、バガンと同様、午後2時と早めのチェックインです。玄関脇に巨大な象の置物があり、
 
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入口脇で民族衣裳を着た女性像が出迎えてくれました。
 
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ガイドさんがチェックインを代行してくれている間、エントランスホールの奥に一際目立つものを見つけました。ホテルとその周辺を描いた大きな絵と木工彫刻がすばらしい椅子です。その絵に描かれたホテルは田園地帯と市街地の境界付近に立地していることが分かります。注、航空写真はこちら
 
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そして、医師の前にあるテーブルには見事な浮彫細工(レリーフ)の装飾が
 
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スタッフに案内された部屋はそれほど広くはありませんが、落ち着いた雰囲気があります。
 
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午後の観光に出かけるまでの1時間ほどを自室で寛(くつろ)いで過ごしました。宿泊者はWiFiが無料で利用できます。(続く)

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