グルメ・クッキング

2017年7月23日 (日)

自動運転バス一般公開試乗会に参加する(中編)

午後1時スタートの試乗者が定刻に案内されました。
 
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スタッフが車両について説明しています。手前にある青い物は充電用の発発(発動発電機)でしょう。
 
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そして、やっと我われの順番が回ってきました。定刻の午後1時15分になると、集合場所になっているテント付近で簡単な説明を受けた後、スタッフに誘導されて試乗車に向かいました。
 
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フランス製の自動運転用電気自動車「ナビヤ・アルマ」はマイクロバスの車長を短くしたコンパクトさです。
 
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車体の左右、前後の下部と上部に設置されたセンサーで接近する障害物を三次元で認識し、近づき過ぎると自動的に停止することができるそうです。
 
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また、社内にあるゲーム機のコントローラーのようなもの操縦してコースを一周すると、そのGPSデータにしたがって何度も繰り返して走行できることも。
 
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床面が低いことで、乗降が容易でした。車内は大きな窓によって解放感がありました。座席は試乗車であるためか、簡素なものです。先述したように、前後に4席ずつ、右側(乗降ドアの反対側)に3席、計11席。全員が乗り終えると、試乗車は早速スタートしました。電気自動車ですから、静かで、しかも力強く加速します。通常は約20km/h走行しますが、今回の試験走行では時速8kmに抑えているそうです。ちなみに、最高速度は45km/hとのこと。

 

こちらはドアの脇にある開閉ボタン
 
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天井に設置されたエアコン
 
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説明員のスタッフは立ったまま乗車しています。円形ルートを四半周したとことで歩行者を検知して急停止する時に小さなショックを感じました。カックンと言う感じです。
 
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また、バス停に設定された場所に停止する時はどうかと思っていると、同様のショックがありました。
 
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社内に設置されたタッチパネルを使って降車したい停留所を選ぶ機能が具備されています。停留所として“The Park、”The Box、“Marriage”の3か所が、現在停車中の”The Box”から乗降所がある”Marriage”までの所要時間が1分であることが、そしてクラクション・鐘・燃料計(蓄電量計)と思われるマークも表示されています。ちなみに、”The Box”は円形ルート沿い(停留所脇)にあるコンクリート製の建物で、”Marriage“はガーデンチャペルを意味しているのでしょう。
 
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最後だけは静かに停止。停止時のショックをのぞけば、乗り心地は想像した以上に安定したもので、3分ほどの試乗は物足りないほどでした。

 

アンケート用紙に記入していると、スタッフからSNS用のPRメッセージが書かれた大きなパネルを持ったところを撮影しましょうとの申し出がありました。折角ですから、自分のカメラで撮影してもらうことに。
 
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やれやれと思っていると、美しい女性が私に声を掛けて来ました。何かの間違いだろと戸惑っていると、マイクを向けながら、『文化放送です。どこでこの催し物をお知りになりましたか? どんなことで役立つと思いますか? どんなことを期待しますか?』などと矢継ぎ早に質問するのです。

 

美しい女性に見とれる私は上の空状態でしたが、何とか答えることができたと思います。もっとも、私の声が放送されるかどうかは分かりませんが・・。それでも気になった私はiPhoneのラジコで文化放送をエアチェックすると、「斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!(午後330分〜午後550)の中で午後4時過ぎにこの話題が取り上げられ、私の声が10秒ほど(インタビューの一部分だけ)が流れました。そして、美人さんは細木美知代記者(元テレビ局アナウンサー)であることを知りました。

 

この日も都心は真夏日(最高温度33)でしたから、屋外に1時間も居たためグロッキー気味になりましたので、ザ・プリンスパークタワー東京のロビーでひと息入れることにしました。午後1時半を回っていましたが、席が空くのを少し待つ必要がありました。
 
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ロビーラウンジでは7月1日から8月31日まで”Hawaiian Lounge 2017”が開催されています。
 
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キャッシー中島さんが作成した「ハワイアンキルト」を使ったソファークッションでハワイの雰囲気を演出しています。
 
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窓側の席に案内されました。目の前には空中庭園から流れ落ちる滝が涼しさを演出しています。
 
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私は「パストラミビーフ・ハム・チーズと野菜のサンドイッチ」とアイスティーのセット(1800円)を、同行者は「グァバドリンク」(980円)を選びました。グァバはビタミンCが多く含まれる南国の果実。もちろん、サンドイッチは二人でシェアするつもりです。

 

同行者は好きなハワイアンキルトに見入っています。やはり、おチビちゃん・コチビちゃんと楽しんだハワイ旅行に思いを馳せているようです。
 
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ほどなく配膳されたマンゴードリンク・グァバドリンクを飲みながら、『氷が入っていないから美味しい!』 と同行者は大満足。
 
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次いでサンドイッチも配膳されました。「パストラミビーフ」とは塩漬けにして香辛料で調味した牛肉の燻製食品で、そのサンドイッチは独特の香りがあって一品です。また、ハム・チーズ・野菜のサンドイッチは上品な味で食べやすいもの。野菜サンドかと思った同行者は「パストラミビーフ・サンドイッチ」を美味しいと言いながら食べる様子見たことで、なぜか私も3年前のハワイ旅行を思い出しました。
 
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(続く)

2017年7月19日 (水)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(最終回) 白根山から草津町・東吾妻町・高崎市を経由して自宅へ

「渋峠」の約200m先、渋峠ホテルを過ぎた場所に「日本国道最高地点」(標高2172m)の碑がありました。
 
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尾根伝いに続く志賀草津道路の先に「草津白根山」の山並みが見えます。手前の赤茶けた場所が白根山(標高2160m)で、噴火口にできた火口湖湯釜があるそうです。その先(南側)には逢の峰(あいのみね、標高2110m)と本白根山(もとしらねさん、標高2171m)も続いています。草津白根山は南北方向に並ぶこれらの三山の総称です。
 
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5分ほど走った場所(整備された駐車スペース)に草津白根山の案内看板がありました。それには、『草津白根山は明治15年(1882年)以降、たびたび噴火を繰り返している活火山です。明治以降の貧家ではマグマに由来する火砕流(かさいりゅう)や溶岩流は発生していません。また、現在の噴火位置は湯釜を中心とした半径600m以内に限られています。おもに水蒸気爆発により火山灰や噴石(ふんせき)を飛ばすタイプの噴火で、人頭の噴石が火口から約3km程度の場所まで落下することがあります。(以下略)』 ちなみに、白根山の登山道は立ち入り禁止になっていました。
 
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来し方を振り返ると、横手山の山頂付近には電波塔のようなものが確認できます。後で調べると、NTTテレビジョン中継回線の中継所でしたが、光ファイバー回線に切り替えられてからは通信設備が撤去され、局舎と鉄塔だけが残っているそうです。その下には渋峠へ向かう志賀草津道路の急な上り坂が続いています。
 
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その右方向には、横手山・渋峠との間にある山田峠を折れ曲がりながら超える志賀草津道路一望できました。
 
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大きなヘアピンカーブを抜けた所に右手へ分岐する道が現れました。案内看板には「浅間・白根火山ルート」と表示されています。万座温泉と鬼押出し園を経て軽井沢に至る、プリンスホテルが管理運営を行っている有料道路「浅間白根火山ルート」(万座ハイウェーと鬼押しハイウェーで構成)でした。
 
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白根山を半周するようにカーブして下る志賀草津道路は噴火口から有毒ガスが噴出されているため、途中の弓池近くにあった「駐車場・草津白根レストハウス」は立ち入り禁止になっており、もちろん路肩に車を停めることもできません。逢ノ峰と弓池などを撮影したかったのですが、監視員の方に促(うなが)されて、そのまま車を走らせました。急な坂を下って白根火山ロープウェイの山麓駅前を通過すると草津町の中心部に入りました。そして、草津交差点を右折すると、国道292号は愛称が日本ロマンチック街道に変わります。
 
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坂道を快調に下ると前方に見覚えがある山が見えてきました。「草津温泉の湯巡り」の記事で紹介した「丸岩」です。
 
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中之条町から長野原町に入り、新須川橋交差点を左折して、国道145号(日本ロマンチック街道)を経て国道406号(草津街道)に入る予定でしたが、吾妻川の八ッ場(やんば)ダム関連の工事による交通規制(通行止め)があり、かなり迂回をする必要がありました。

 

迂回ルートを経由してなんとか国道406号(草津街道)に入って、折れ曲がった道を進んだ所で、「丸岩登山口」の看板を見つけました。
 
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東吾妻町(ひがしあがつままち)に入ります。
 
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山道からなだらかな道に変わりました。
 
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大戸交差点を道なりにカーブして高崎市を目指します。
 
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高崎市内に入ると、ところどころで車が渋滞し始めました。君が代橋西交差点で国道18号(豊岡バイパス)に入り、君が代橋を渡った君が代橋東交差点で国道17号(中山道)にそれました。直進して関越自動車道路の高崎ICに入って良かったのですが、ここまでほぼ順調なペースで進んでいますから、もう少し一般道を走ることにしたのです。高崎市内の国道17号は片側2車線の広い道路ですが、中心部を抜けるまで渋滞が続きました。そして、国道17号は陸上自衛隊新町駐屯地の角にある交差点(藤岡市と上里町の境界付近)で片側1車線に変わると、またノロノロ運転が待っていました。

 

本庄市へ入ると国道17号は関越自動車道と離れて行きますから、本庄早稲田ICあるいは花園ICから関越自動車道に入る必要があります。車の流れ方をみて深谷市に入った午後5時45分ころ、国道17号(バイパス)の上増田交差点を右折した県道263号・県道47号・深谷市道、さらに国道140号を経由して午後6時10分ころ、往きにも利用したり花園ICから関越自動車道路に入りました。

 

午後6時40分に関越自動車道(上り)では最後となる三芳(みよし)PAに立ち寄って、休憩を兼ねた夕食を摂(と)ることにしました。
 
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いくつか店が並ぶ中から寿司店「大江戸」を選びました。
 
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私は「海鮮ちらし丼」(820円)を、同行者は「ネバネバ月見丼」(820円)を選びました。
 
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写真を撮る前に食べ始めてしまいましたので、メニューの写真もあわせて掲載します。
 
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予想以上の美味しさに二人とも満足。

 

午後7時20分ころ、練馬ICに到着。そして、当初予定した午後8時ちょうどに自宅へ戻りました。ちなみに、3日間の総走行距離(無給油)は723.0km、平均燃費は23.7km/ℓ。道路の種類別では、高速道路が168km(約23%)、山岳道路が約100km(約14%)、一般道が約460km(約63%)の構成比であることを考えると、まずまずの燃費結果だと思います。
   
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そして、ガソリンの残量は68km分、つまり3リットル程度と、この車の無休油での走行可能距離が約750kmであることも確認できました。
 
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<同行者のコメント> 3日間でずいぶんたくさんの場所を訪れました。運転手さんは事前のシナリオにしたがって廻っていたようですが、途中で行き先を変更したり、追加したり、と大忙しでした。今回、温泉は1か所だけでしたが、土産物を買うところが多くて楽しかったです。しかも、苦労して登山することなく、ロープウェイを利用したり、快適な山岳道路で一気に駆け抜けたりしながら、冠雪した山々をいっぱい楽しむことができました。(終)

2017年7月17日 (月)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その31) 飯綱町三水地区の「アップルミュージアム」

さっそく、道草です。「サンクゼール・ワイナリー」から800mほど戻った場所にある「いいづなアップルミュージアム」に立ち寄ることにしました。「サンクゼールの丘」へ向かう途中に見かけた施設で、飯綱町役場三水庁舎の向かい側にあります。
 
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一面にりんご畑が広がる飯綱町の小高い丘の上に建つ「いいづなアップルミュージアム」は、りんごを4分の1にカットしたような外観がひときわ印象的な「リンゴづくしの博物館」で、開館時間は午前9時30分から午後4時30分まで。
 
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館内に入った場所には、斑尾山(まだらおやま)の山麓に広がる三水地区(飯綱町の北東部)の立体地図があり、「三水の歴史と文化」と題して、明治22年(1889年)に発足した三水村(みみずむら)の由来と歴史が説明されていました。平安時代からの歴史がある3つの用水があったことが地名の由来であり、3つの用水は斑尾川(注、斑尾高原から流れ落ちる川)と鳥居川(注、北しなの線沿いに流れる川)から水を取り入れているとのこと。注、平成17年(2005年)に牟礼村と三水村が合併して飯綱町が発足)
 
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「三水村」のリンゴ栽培」の説明パネルには、『大正元年(1912年)に和リンゴ栽培が始まり、昭和に入って養蚕(ようさん)が不況になると、桑の代替作物として栽培がすすめられ、第二次世界大戦後のリンゴブームに乗って栽培面積は飛躍的に増加した。昭和38年(1963年)には最高の366haを記録し、昭和43年(1968年)には全国生産量の約1%、9560トンを達成した。』 と誇らしく書かれています。
 
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入館料(大人300円)を支払って展示室へ入りました。
 
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中央にはリンゴの木をイメージさせるオブジェがあり、その周囲にキンゴ畑の四季を表現しています。
 
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リンゴの種類
 
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「香りの扉」
 
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壁面には秋のリンゴ畑の写真が
 
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冬の写真
 
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「リンゴ畑の四季」(リンゴの栽培管理)
 
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「リンゴの歴史と今日のリンゴ栽培」の説明パネルには、『現在栽培されているリンゴの基本種はヨーロッパ東南部およびアジア西部に減勢分布していた種です。この原産地から紀元前にはヨーロッパに広がり、6世紀ころ中国に渡り、0世紀ころ日本に来ています。これが和リンゴです。17世紀ころアメリカに渡り、18~20世紀には南半半球に広がっています。今日のリンゴ栽培は明治4年(1871年)、明治政府がアメリカから75種類のリンゴを導入して始まったものです。』 とわります。
 
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こちらは「リンゴ」を題名に使った映画のポスター、「リンゴ」にちなむ音楽用カセットテープと絵画
 
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「顔が干し林檎のおじいさんとおばあさん」(タスマニアの人形)
 
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展示室を出た”i-cafe”(アイカフェ)で休憩することにして「リンゴジュース」(300円)を注文。スタッフの方がその場でオーストラリア産の珍しいリンゴ「グラニースミス」を切って絞ってくれました。ほどよい酸味があって飲みやすいジュースです。
 
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英国王立植物園から贈られたリンゴの穂木17品種が平成2年(1990年)に植えられたことをテーブルに置かれた説明資料「ニュートンりんご並木」で知りました。
 
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ガラス窓越しに見ると、敷地の前でカーブする道路沿いにそのリンゴの木々が植えられているようです。
 
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「いいづなアップルミュージアム」を30分ほどで退出して道路沿いを確認すると、「世界の主要品種」の立て看板とともに、
 
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リンゴの木が何本も並んでいました。それぞれに小さな立て看板がありますから、英国から贈られたリンゴの木のようです。
 
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飯綱町が地元(三水地区)の名産であるリンゴを意欲的にPRする博物館を運営していることに強い印象を受けました。展示内容を欲張りすぎた嫌いがあって、やや雑然とした展示になっていますが、子供から大人までが楽しめるユニークな博物館です。

 

坂道を200mほど下りて、「サンクゼール」への往路に利用した北信五岳道路(上水内北部広域農道)に入りました。(続く)

2017年7月15日 (土)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その29) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(中編)

店内を見て回る同行者を残したまま、私は「デリカテッセン&カフェ」に続くウッドデッキに出てみました。広い内庭には大きなケヤキとゴールデンアカシアの木があり、その先にあるのは工場のようです。「サンクゼールの丘」は名前通りに丘の頂上にありますから、左手(西)方向の眺(なが)めは良く、飯綱町の田園地帯の先に鼻見城山(はなみじょうやま、標高723m、写真右手前)があり、その後方には信濃町と隔てる高い山を望むことができます。
 
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内庭の右手にはテーブル席が並べられ、
 
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それに面する場所にも工場らしい建物があります。しかし、そのウッドテラスにもテーブル席がありますから、レストランかもしれません。
      
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ここで同行者に声を掛けて、集合場所である木製の手動搾(しぼ)り機の周辺で待っていると、午前11時までに数名の参加者が集まりました。写真は搾(しぼ)り汁の出口付近です。
 
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次の写真は右手に立つ黒板に描かれた施設内の地図です。入口になっているアーチの左側にはショップとデリカテッセンが、右手の建物はワイナリー、中庭の先にある建物はジャムとソーセージの工場と事務所であることが分かりました。そして、駐車場とリンゴ畑の先にはレストランと教会があるようです。後で知りましたが、サンクゼールは手造りジャムを製造販売する会社「斑尾高原農場」として1982年に発足し、2005年に現在の社名に変更したそうです。
 
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定刻になるとスタッフが現れて、簡単な説明のあと、「サンクゼール」のエントランス道の両側にあるブドウ畑に参加者を引率しました。
 
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この写真は到着時に駐車場からワイナリー(中央の建物)を背景にして撮影したものです。
 

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シャルドネ種(注、フランス原産の白ワイン用ブドウ品種)の若木(約20年もの)は横に張られた鉄線の高さに合わせて若い蔓(つる)を上に伸ばすように、つまり垣根型で栽培されるのだそうです。ちなみに、日本では食用のブドウは藤棚のような平棚で栽培されるのが普通ですが、ワイン用のブドウはヨーロパなどと同様、日当たりと作業性を考慮してこのようにするのが一般的とのこと。
 
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30年以上前にニュージーランドで訪れたワイナリーのブドウ畑やライン川下りで遠望したブドウ畑も垣根型だったことを思い出します。
 

聖書の言葉が書かれた立て看板を見かけました。『受けるよりも与える方が幸いである』(使徒行伝20章35節)と書かれています。新約聖書の一書である使徒行伝(注、使徒言行録のプロテスタントによる呼称)の13から28章は伝道者パウロが伝える主イエスの言葉です。ちなみに、1章から12章はペトロ。
 
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後で知りましたが、「サンクゼール」の経営者夫妻はキリスト教徒とのこと。

 

三角アーチまで戻って右手へ向かうと、ウッドテラスの先にワイナリーの入口がありました。
 
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内部には銅製の真新しい機械が設置してありました。『ブランデーを作るために購入したヨーロッパ製の蒸留器ですが、ほとんど利用していません』 との説明。機械のタンク部(左側)には”ARNOLD HOLSTEIN”および“MARKDOLF BODENNSEE”とドイツ語が表示されています。
 
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後で調べると、アーノルドホルシュタイン社はドイツで有名な(世界トップクラスの)蒸留機メーカーで、スイスやオーストリアとの国境にあるボーデン湖(Bodensee)の近く、マークドルフ(Markdolf)という小さな町にあるようです。用途もフルーツブランデー、ジンやウォッカ、ウィスキー、日本の焼酎など、蒸留酒であれば何にでも対応できるそうです。

 

次いで右手の入口から奥行きのある部屋に入ると、「魚沼の里」の「八海山雪室」で見たものと似た木製の樽(たる)が積まれていました。ワインの熟成工程です。
 
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木製の樽の両側に大きな金属製のタンクが並んでいますが、ワインの品質に応じて使い分けるようです。
 
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このワイナリーではフレンチオーク樽を使用しているそうです。白いチョークで書かれた記号には意味があると具体的な説明を受けましたが、迂闊(うかつ)にも失念してしまいました。SCはシャルドネ、CHはシャトー(注、城から転じてボルドーの生産者を意味する)だったかもしれません。
 
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注、樽に表示されている”ERMITAGE”(注、隠れ家の意)はフランス南東部・ローヌ地方のワインの産地、「エルミタージュの丘」を指す地名で、”TONNELLERIE”は樽製造業または樽職人を意味するフランス語と思われる

 

ワイナリーツアーは予定より少し長い20分弱で終了しました。ブドウを搾(しぼ)る工程も見学できればと期待していましたが、残念ながらワイナリーツアーには含まれていませんでした。もっとも、ブドウの収穫時期ではないこの時期には無いものねだりでした。ちなみに、秋の収穫祭では「ブドウの収穫」と「足踏み搾り体験」を楽しむイベントがあるようです。

 

昼食は、 「ワイナリーレストラン・サンクゼール」が定休日のため、サンクゼール・ワイナリー本店内の「デリカテッセン&カフェ」(営業時間:午前11時~)を利用することにしました。パラソルのあるウッドデッキあるいは芝生席で食事することが可能ですが、日差しを考慮して前者を選びました。
 
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そして、選んだメニューは、「ハム・ソーセージ・キッシュ・パン・野菜サラダのプレート」、「ドーナツ」、「白ワイン(ノンアルコール)」(注、赤は売り切れ)、「フレッシュブドウジュース」の4品。
 
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広い中庭を眺め、ワインとジュースを味わいながらプレート料理を待つことに。
 
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10分後に配膳されました。プレートに盛られた大きめのソーセージは、思った以上に柔らかくてほど良くスパイシーであり、生ハムはキッシュで巻いて食べました。いずれも、アルコールが入ったワインと相性が良いと思いました。
 
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(続く)

2017年7月12日 (水)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その26) 戸狩温泉「アルペンプラザ」に宿泊

県道38号と国道117号で柏尾橋東交差点まで戻り、柏尾橋で千曲川を渡り、戸狩野澤温泉駅の脇をから市道を経由して県道409号に入り、ちょうど午後五時戸狩温泉「アルペンプラザ」に到着。戸狩温泉スキー場のすぐ近く(徒歩5分、約300mの距離)にある、名前からも分かるように冬はスキー客が利用しますが、それ以外の季節はサイクリング客やハイキング客を対象とするホテルのようです。ちなみに、5kmほど南にある外様地区と長峰運動公園では「菜の花飯山サイクルロードレース」が4月中旬に開催されます。
  
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右側の建物にフロント・食堂・浴場があり、ロビーと客室は左側にあるピンク色の建物(3階建て、半地下有)でした。30台を収容できる駐車場があるようですが、この日はホテルのエントランス脇に駐車できました。

 

ロビーを通過して、エレベーターで客室へ向かいました。館内には、生け花とと絵画が飾られ、ジャズが流れており、落ち着いた雰囲気が感じられます。
 
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予約した部屋は十分な広さがある和室(8畳+2畳)です。
 
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客室から見た戸狩野沢温泉駅方面、2つ目の山の向こう側には8年前に訪れた木島平村の馬曲(まぐせ)温泉があるはずです。手前の水田には水が張られています。
 
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右手のひときわ高い山は高社山(たかやしろやま、標高1351.5m)は溶岩ドームがある成層火山(注、複数回噴火して溶岩などが積み重なった円錐状の火山)で、高井藤と呼ばれるようです。
 
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さっそく、ホテルの一番奥にある温泉を楽しみました。
 
そして、午後7時からは夕食です。フロントを通り抜けた食堂で出された和食は山菜を含むバラエティに富んだ「ふるさと満喫御膳」で、右上の木箱はポークと野菜の「箱蒸し」。珍しいのは長野県名物の「笹寿司」です。熊笹(くまざさ)の葉の上に一口大の酢飯を盛り、具材や薬味を載せたものです。ちなみに、新潟県でも同様の笹寿司があるようですが、石川県では箱に詰めて圧力をかけて作る押し寿司が一般的のようです。
 
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参考情報としてメニューの内容を列記します。
 
冷しゃぶ(みゆきポーク)、
天ぷら、サーモンカルパッチョ、丸茄子のチーズ明太焼き、小鉢(キューリなど)、笹寿司、冷やし茶碗蒸し、漬物

 

そして、こちらは味噌汁とデザート(フルーツ)
 

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翌朝は午前5時前に起床。午前5時になるのを待って再び浴室へ向かいました。脱衣所は小さ目で、脱衣籠は15個ほど。
 
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地下1081mから毎分420リットルもの大量の湯が自噴する天然温泉です。浴槽は小さ目ですが、一人で独占できますから、快適な広さです。ただし、加温が始まったばかりなのか、浴槽の湯はややぬるい。1時間半後に再度試すことになりましたが・・。
   
 
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ちなみに、源泉名は戸狩温泉で、泉質:単純温泉(弱アルカリ性低調性低温泉、pH:8.3、泉温:33.9度、加水なし、加温あり、循環・ろ過あり、塩素殺菌あり、入浴剤なし。

 

カランは6つと十分な数
 
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午前8時から同じ食堂で朝食を摂(と)りました。和朝食にはサラダが添えられています。
 
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ホテルを午前8時半過ぎにチェックアウトして、この日の目的地へ向かいますが、その前にもう一度立ち寄りたい場所があるのです。県道409号に出ると戸狩温泉スキー場が見えました。
 
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県道95号にそれて、戸狩野沢駅近くで県道408号に入り、昨日と同じく柏尾橋(下の写真)を渡り、国道117号を南下しました。大関橋西交差点を左折して大関橋を渡り、関沢交差点で県道38号を南下しました。前日に立ち寄った「菜の花畑」の先にある「菜の花公園」を見たくなったのです。花の季節が終わっていたため気落ちしてしまい、「菜の花公園」を散策するのではなく、「神戸(ごうど)の大イチョウ」に関心が移ってしまったのです。
 
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この公園内を散策しながら、園内にあるという「朧月夜(おぼろづきよ)」の碑を探すことにしました。当ブログ記事「鳥取城跡」で紹介したことがある高野辰之氏が作詞した名曲を記念するモニュメントです。飯山市の市政40周年を記念碑ですが、この歌の舞台として最もふさわしい場所として飯山市民が選んだのだそうです。
 

信号のある交差点近くに立つ「菜の花の丘」の案内看板は前日にも確認しています。
 
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東小学校の前に続く坂道を上がると、菜の花に代わって別の作物が植えられている場所がありました。葉の形からみてカボチャかもしれません。花が終わったあとに刈り取られた(種を採取しない)エリアのようです。
 
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こちらは小さな苗が畝(うね)に沿って直線上に植えられたばかりです。
 
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「菜の花公園」の小さな案内板を見つけました。東小学校の敷地に沿って右折するのが順路のようです。
 
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その左手には鞘(さや)が黄色くなりはじめた菜の花が広がっています。
 
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次回は「菜の花公園」の中心部を紹介します。(続く)

2017年7月 4日 (火)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その21) 新潟県南魚沼市「魚沼の里」⑤

「雪室」の右端、通路の下に雪を搬入する入口(扉)があり、除雪用のロータリー車のように雪を吹き飛ばす機械を使って「雪室」全体に雪を入れるそうです。
 
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階下へ降ります。
 
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そこには「焼酎貯蔵所」がありました。
 
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米焼酎を熟成するオーク製の樽(たる)
 
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瓶(びん)に詰められた焼酎は購入した客が預けたもので、飲みたくなった時(5年以内)に引き取る「ボトルキープ」のサービス棚です。
 
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メモリアル焼酎「面向未来」は八海山醸造の造語で、顧客は左手にある壁面(下側の写真)の前に立って記念撮影をすることができるそうです。
 
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預かり証のサンプル
 
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ここで試飲タイムですが、午後も車で移動しますから、口をつけるだけに・・。「雪室体感見学ツアー」はここで終了。所要時間はちょうど20分でした。

 

隣りの「千年こうじや」へ移動。先ほど私だけで下見をした時には撮影しなかった雪室熟成ケーキ「ヴィンテージ」を撮影。同行者は興味深そうに眺(なが)めています。
 
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そして、同行者は「千年こうじや」で購入した土産物を「ユキナカキッチン」で会計をした際に、都内にも店舗(ギンザシックスコレド室町2、神楽坂)があると聞いたことで、店員さんから勧められたポイントカードを申請しています。
 
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「雪室体験ツアー」を終えた同行者はふたたび”okatte”へ向かい、小物を買い求めました。
 
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魚沼の食材を使った旬の料理を提供する「城内食堂 武火文火(ぶかぶんか)」(平成25年/2013年11月オープン、今年4月開店)にも惹(ひ)かれましたが、「そば処 長森」で昼食を摂(と)ることにしました。市内の山口地区(八海山登山口近く)にあったそば屋「岡寮」(八海山関連企業の経営)が平成21年(2009年)にこの地へ移転して、現在の店名に変更したそうです。
 
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古民家を移築したと思われる古い建物の潜戸(くぐりど)を開けて入ると、昔ながらの土間と板張りの部屋に囲炉裏(いろり)がありました。右側の建物は調理場と思われます。
 
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大きな和室の縁側(右手)から見る菜の花畑
 
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我われは左手の部屋にある椅子席へ向かいました。「十割そば」が一番人気のようですが、私は好物の「にしんそば」(940円)を、
 
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同行者は新潟名産の野菜と鶏肉の酒蒸し・ちりめん雑魚・桜エビ・トロロ・温泉卵がトッピングされたお薦めメニュー(季節限定)の豪華な「ぶっかけ蕎麦」(1400円)を選びました。つけ汁は田舎風のようです。「十割そば」と並ぶ人気メニューとのこと。
 
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いずれも評判通りで、美味しく食べました。(続く)

2017年6月29日 (木)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その16) 新潟県南魚沼市へ

午前6時前に起床。朝の散歩を終えた午前7時ころ、ロビーへ向かいました。それほど広くはありませんが、フロントと対面する位置(道路に面した場所)にある暖炉の前に椅子が並んでいました。
 
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こちらは右奥のスペース
 
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左手の入口に近い場所に、数種類のパンとトースター、そしてジュースやコーヒーなどが置かれ、宿泊者は好みに応じて選ぶことができることも、アメリカのモーテルと同じです。もっとも、アメリカの硬いパンや甘いドーナツではなく、日本人好みの柔らかくて甘さを抑えたパンばかりでしたが・・。

 

軽い朝食を済ませた午前7時30分、次の目的地へ向けて出発しました。県道27号を西進し、県道11号を北上。そして表町一丁目交差点から国道17号に入り、利根川沿いに出てさらに北上し、渋川市に入りました。国道17号の前橋渋川バイパスではなく、従来の国道17号を直進して阪東橋を渡りました。前方(西方)には榛名山が広がっています。
 
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国道17号のバイパスに合流して沼田市方面へと北上しました。
 
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三国街道となった国道17号は沼田市に入って岩本駅前を通過(注、三国街道は中山道の高崎宿と北陸街道の寺泊宿を結ぶ街道で、三国峠を越えることからこの名前がある。江戸時代には参勤交代にも使われた上越地方の主要街道。
 
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国道17号が主要国道と交差する沼田市の中心部が近づきました。
 
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市街地方面へ向かう国道120号と分岐する下川田町交差点を直進して利根川を渡ると、国道17号(沼田バイパス)は利根川の左岸に伸びる快適な道になりました。
 
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そして、午前8時50分ころ、前方に「南魚沼 猿ヶ京温泉」の案内標識が現れました。月夜野バイパスと名前が加わる国道17号(三国街道)をこのまま進むと、猿ヶ京温泉を経由して三国トンネルを抜けた湯沢町を通過し、この日の目的地である南魚沼市まで行くことができます。
 
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ただし、到着するのが午前11時近くになりそうですから、所要時間を1時間短縮するため、沼田市の北隣、みなかみ町にある月夜野ICから「関越自動車道」を利用することにしました。
 
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水上ICを通過します。西方にある三国山(標高1636m)から北方向へ大源田太山(標高1764m)・平標山(たいらっぴょうやま、標高1984m)・仙ノ倉山(標高2026m)・万太郎山(標高1954m)・谷川岳(標高1977m)がみなかみ町と湯沢町との境界に続いていますが、左端に少しだけ写る冠雪した山は方向から見て谷川岳と思われます。中央やや右寄りに頂部がわずかに覗くのは朝日岳(標高1945m)かもしれません。
 
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左へ緩(ゆる)やかにカーブすると冠雪した谷川岳(谷川連峰)が正面、歩道橋の先に見えてきました。山頂部が双耳峰である特徴を確認できます。
 
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水上ICを過ぎると関越自動車道は山間地に入って行きます。 群馬県で最北の谷川岳PAで休憩することにしました。谷川岳PAは近くに山に囲まれているため、残念ながら展望はよくありません。
 
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積雪を考慮したのか、建物には凹凸がほとんどありません。
 
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谷川岳PAを出ると、すぐ関越トンネルに入りました。谷川岳を貫通するこのトンネルは日本一の長さ(下り線10、976m、上り線11,055m)を誇っていましたが、2015年に首都高速中央環状線の山手トンネル(長さ18、200m)が開通したことで首位の座を譲りました。ちなみに、車両の危険防止のため金属製チェーンの使用が禁止されていますから、谷川岳PAに脱着所がありました。また、危険物積載車両もこの関越トンネルを通行することはできません。
 
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照明の色がオレンジ色のナトリウム灯から白色の蛍光灯に変わりました。出口に近い場所(約3km)からエネルギー効率が良く、寿命が長い蛍光灯へ置き換えられたのだそうです。トンネルを出るまでに目を慣らす効果もあるそうです。昔は排気ガスや塵(ちり)があるトンネルでナトリウム灯のオレンジ色の方が視認性に勝るといわれていましたが・・。
 
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長大な関越トンネルをやっと抜けて新潟県湯沢町に入りました。
 
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前方の山肌にスキー場とホテル群が確認できます。多くのスキー場がある湯沢町(越後湯沢)ならではの風景です。また、積雪時に路肩の位置を示す紅白に塗り分けられた矢印が高い場所に設置されています。
 
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南魚沼市に入ったようです。田園風景が広がりました。
 
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南魚沼市の六日町ICから国道253号へ出ました。前方に見える雪山は八海山(標高1778m)のようです。八海山は山頂(八ツ峰)が岩峰群となっており、最高峰の入道岳(凹凸がある山頂部の右端)、八ッ峰と呼ばれる主峰の大日岳(標高1770m)・摩利支岳・不動岳・地蔵岳など、そして薬師岳(同じく左端、標高1654m)などで構成されています。
 
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国道253号が行き当った美差島交差点で国道17号へと左折
 
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(続く)

2017年6月24日 (土)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その15) 「ファミリーロッジ旅籠屋・前橋南店」と鳥めし本舗「登利平本店」

県道127号から県道10号に入り、国道17号と県道11号、そして県道27号を走って、前橋市西善町にある「ファミリーロッジ旅籠屋(はたごや)・前橋南店」に到着。最近知った郊外型B&B形式(軽朝食付き)の宿泊施設で、市街地の外れに立地するアメリカのモーテル(注、日本とは意味が異なる)とほぼ同じといえます。車で旅行する人には便利(幹線道路への好アクセスと無料駐車場)で経済的な(簡素な客室、夕食なし)宿泊施設といえます。
 
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敷地の奥にある駐車場から収穫期を迎えた麦が栽培される田んぼが広がっています。
 
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実は、群馬県など北関東地方は小麦の生産が盛んな地域なのです。ちなみに、生産量でみると、首位の北海道、それに続く福岡県(2位)・佐賀県(3位)・群馬県(4位)・埼玉県と愛知県(5位)・滋賀県(7位)・三重県(8位)・茨城県(9位)・熊本県(10位)・栃木県(11位)と北関東の3県が上位に入っています。

 

客室は最低限の設備があるだけですが、適度な広さと内装に清潔感があります。ドライブ旅をする観光客だけではなく、車で移動する出張者の利用も多いようです。
   
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旅籠屋では夕食のサービスがありませんから、昼食に続いて、ご当地グルメ(前橋市あるいは群馬県のB級グルメ)を楽しむことにしました。

 

県道274号と県道11号を戻り、脇道で北上した前橋市六供町へ向かいました。天川原町交差点近くの上州御用鳥めし本舗「登利平(とりへい)本店」(六供町1-18-6)を候補に選んでいました。「登利平」は群馬県内を中心に、テイクアウト店を含めて30数店展開する有名店のようです。マンションの1階と2階に入る、「鳥めし」と「ソースかつ丼」に人気がある店のようです。裏手に駐車場がありました。
 
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駐車場からは裏口を利用すると便利ですが、写真は店舗の正面入口です。
 
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店内は半個室のスタイルになっていました。
 
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同行者は涼しげな「サラダうどんセット」(950円)を選びました。「ミニ鳥めし」あるいは「ミニソースかつ丼」がついていますが、同行者は後者を選びました。
 
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私は迷わず「ソースかつ重(みそ汁・お新香付き)」(930円)です。
 
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「サラダうどんセット」は「冷やし中華」や「冷やしソーメン」に似ていますが、サラダがたっぷりトッピングされていて、女性客に人気がありそうです。同行者はサッパリした味の「サラダうどん」が気に入ったようで美味しいと言いながら完食。「ミニソースかつ」もすべて食べきり、それにつられたのか、珍しいことにご飯も半分ほど口に入れました。初日のグルメは何とか及第点がもらえたようです。

 

一方、「ソースかつ重」は大きな「鳥かつ」がご飯の上に3つも盛られています。さっそく食べてみました。鶏の胸肉を使う「ソースかつ重」のカツは柔らかく、甘辛いタレがたっぷりかけられた味は群馬らしく濃い目でインパクトがありますから、「味噌汁」がついているのはありがたい。タレ味がほどよくついたごはんも、「鰻重(うなじゅう)」や「天丼」と同様、美味しく食べられました。ただし、昼食に「原嶋屋総本店」で「焼きまんじゅう」を一串半食べて満腹になったため、ご飯を少し残してしまいました。

 

メニューにあった「鳥めしたけ松重(みそ汁付き)」(900円)も機会があれば食べてみたいと思います。
 
次回の「箸休(はしやす)め記事」に続いて、第2日の旅先を紹介します。(続く)

2017年5月25日 (木)

40年ぶりのミャンマー訪問(最終回) ヤンゴン空港から帰国の途へ

午後2時少し前にチャトリウム・ホテル・ロイヤルレイク・ヤンゴンに到着。ストランド・ホテルでのアフタヌーン・ティーを取りやめたため、予定より1時間ほど早い帰着になりましたが、あらためて外出するのも気が進みません。ロビーラウンジでカンドーヂ湖を眺めながら休憩したり、ホテル内を散策したり、残りの自由時間をのんびり過ごすことに。

 

午後5時30分、ホテルのロビーでガイドさんと合流し、前日と同じ車で空港へ向けて出発。この日はチャゥッタ―ヂー・パヤーへ向かった時と同じルートに入り、インヤー湖の東側に出る道路を走りました。何度も走ったヤンゴン・インセイン通りとは違う景色を見せようとしたガイドさんの配慮あるいは車の混み具合による判断でしょうか。念のため地図を確認すると、実はこれがチャトリウム・ホテル・ロイヤルレイク・ヤンゴンからヤンゴン空港への最短ルートでした。

 

途中、インヤー湖の畔に最近完成したという気象レーダー用のタワーを見かけましたが、あっという間につうかしたため、撮影するタイミングを逸しました。帰国後に確認すると、昨年10月に完成したこの施設は18階建てのタワーの頂上に載る気象用レーダー・ドーム(高さ約75m)とのこと。日本政府の無償援助で建設されたものでした。

 

午後6時30分ころヤンゴン空港のターミナル1(国際線用)に到着。午後7時15分に窓口が開いた全日空のチェックイン・カウンターで搭乗手続きを完了し、同行者はショップで土産物を追加購入。5日間にわたって親切に観光案内してくれたガイドさんと分かれを惜しみながら、午後7時30分にはエスカレーターで2階へ上がって出国手続きを終えました。

 

お腹はそれほど空いていませんが、出国ラウンジにある土産物店とフードコートがあるエリアに立ち寄ることに。
 
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タイのファストフード”Thai Express”にするか、軽くラーメンで済ませるかで迷いましたが、腹具合を考えて後者にしました。筑豊ラーメン「山小屋」でワカメラーメン($6.5)を注文すると、店員さんからお釣り代わりにノリ($0.5)を勧められました! お釣りとして現地通貨のチャットを貰っても困りますから、提案に同意しました。値段の設定からみて、いつもの対応なのでしょう。
 
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トンコツ・スープと細麺の組み合わせた筑豊ラーメンは思った以上の水準で一安心!! 帰国後に調べると、「山小屋」九州を中心に全国に100店舗以上展開するラーメン・チェーン店(ワイエスフード)のブランド名でした。一方、”Thai Express”はシンガポールで創業され、現在はタイの大手企業が経営しています。

 

3階のデューティフリーショップ街をウインドーショッピングして1時間以上待ち時間を潰(つぶ)しました。午後9時40分、アナウンスにしたがって2階出発ロビーのゲート14から全日空NH814便(ボーイング767-300)に搭乗しました。
 
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午後10時10分ころ、全日空NH814便はヤンゴン空港をほぼ定刻で出発
 
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眼下にヤンゴンの夜景が流れて行きます。
 
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NH814便が北東へ機首を向けて1時間ほどが経過した時、どこかの街の明かりが見えました。ミャンマー東部(シャン州)にある、タイとの国境に近いタチレク(タチレイ)空港あるいは中国との国境に近いチャイントォン空港かもしれません。スクリーンに表示された飛行ルートは、往きとは大きく異なり、ヤンゴン-昆明(クンンミン、こんめい)-武漢(ウーハン、ぶかん)-蘇州(スーゾー、そしゅう)-上海です。
 
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離陸して3時間半が経過した午前1時40分(ミャンマー時間)に機内灯が点灯され、その30分後に夜食が提供されました。蘇州の上空を通過するころだったと思います。私はお粥(かゆ)と蕎麦(そば)のメニュー、同行者はソーセージ・豆・ポテトなどと蕎麦の組み合わせを選びました。
 
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成田空港が近づいた午前5時30分(日本時間)ころ、空が明るくなりはじめました。
 
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その5-6分後には陽光が翼に反射するようになりました。
 
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さらに数分後には月も見えました。
 
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午前6時5分、海面と房総半島が確認できる高度まで降下
 
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午前6時10分、房総半島の九十九里浜が見えて来ました。
 
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その5分後には主翼のフラップを大きく下げて成田空港への着陸態勢に入りました。
 
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午前6時20分少し前にタッチダウン
   
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強い偏西風(約240km/h)を利用したことで飛行時間は約5時間40分と予定より25分ほど短縮されました。成田の外気温度は3-4度のようです。ミャンマーの最低気温22度とは20度近い差(最高気温の差は約25度)があるため寒さは一入(ひとしお)です。ただし、ターミナルビルの地下にある京成電車の成田空港成田第一ターミナル駅へ直行できることは救いです。午前7時38分発のアクセス特急で成田空港第一ターミナル駅を後にしました。

 

<同行者のコメント> ずいぶん長い旅行記になりましたね。下調べをしているのはいつものことですが・・。優しいガイドさんのおかげで楽しい5日間になりました。バガンではシュエサンドー・パヤーのテラスに上がって見た周囲に立ち並ぶ仏塔や寺院の多さに圧倒されたこと、マンダレーとヤンゴンでは美しい夕日を見たこと、そしてシュエダゴン・パヤーの大きさと美しさを通してミャンマーの人たちが信仰心にあついことが印象に残りました。旦那様がミャンマーへ強いこだわりを持つ理由が分かったような気がします。(終)

2017年5月23日 (火)

40年ぶりのミャンマー訪問(その44) ヤンゴンでの自由時間③ 懐かしいストランド・ホテル

ストランド・ホテルまで引き返しました。昔のままの荘厳なビクトリア様式建築(3階建)で、右奥の裏口にも見覚えがあります。結婚式が行われるホールの入口になっており、正装した若い女性たちを見かけた場所です。
 
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ストランド・ホテル、正式名称はザ・ストランド・ホテル(The Strand Hotel)、はヤンゴン川沿いの商業と外交における中心地であるストランド通りに位置します。イギリス統治下だった1901年、イギリスの実業家ジョン・ダーウッドによって建てられ、後にアメリカのホテル経営者サーキーズ兄弟(注、シンガポールの最高級ホテル「ラッフルズ・ホテル」で知られる)が買収。創業時よりミャンマーのランドマークとして人々に知られる由緒ある高級ホテルです。戦後は所有者が何度も変わりましたが、1989年に買収したミャンマーの実業家が提携したアマンリゾーツ創業者であり伝説のホテルマンであるエイドリアン・ゼッカが荒れ果てたこのホテルの改修事業に関与。見事に生まれ変わらせて1993年に再オープン。

 

玄関ポーチ(車寄せの入口側)
 
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反対側から見た車寄せ
 
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中央にあるのが正面玄関です。ドアの左手には5つ星ホテルであることが表示され、”The Strand Hotel”の銘板も誇らしげに貼られています。注、5つ星の格付けは「フォーブス・トラベルガイド」が行っており、日本ではマンダリン・オリエンタル東京、パレスホテル東京、ザ・ペニンシュラ東京がホテル部門で認定されている
 
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右手には”THE LEADING HOTELS OF THE WORLD”の表示もありました。アメリカにあるホテル協会が施設やサービスを評価して入会を認めた証で、現在約420のホテルが入会しているそうです。ちなみに、日本では帝国ホテル東京とパレスホテル東京の2つが会員となっているようです。

 

実は、2016年12月にストランド・ホテルが再び改装オープンしたことを知って今回の旅行を思い立ったのです。建物の外観は定宿としていた40年前と同じですが、外観が見違えるほど綺麗になっています。そして、時間の経過とともに不確かになっていた40年前の記憶が蘇(よみがえ)ってきました。

 

正面玄関の前には1階にある施設案内とレストランのメニューがありますから、宿泊客でなくても利用することができるようです。ドアの前に立つとドアマンが館内へ導いてくれました。
 

内装は40年前とは大きく変わっており、大理石の床や調度品は煌(きら)びやかでありながら、落ち着いた雰囲気があります。しかし、籐椅子があるロビーと3階までの高い吹き抜けは昔の雰囲気を伝えています。とはいっても、籐椅子に座るたびに南京虫に悩まされた40年前の想い出とはまったく結びつきません。
 
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まだ午前11時半ですから、ホール内を少し見て回ることにしました。右手には英国風に”THE BAR”と表示された場所があります。
 
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日本のバーとは違い、女性スタッフが酒のサービスすることはありません。また、客は注文するたびに料金を支払うのが一般的なセミセルフサービスの酒場です。ちなみに、欧米のバーではバーテンダーと客の間にあるものをカウンターとは呼ばずにバーというのは、もともとバー(棒)が仕切りとして使われていたことに由来するとの説があるようです。

 

壁に貼られた古いモノクローム写真に惹(ひ)かれました。右上はシュエダゴン・パヤー、右下はヤンゴン川(旧ラングーン川)のパンソダン埠頭、左側はスーレー・パヤーだと思われます。
 
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ワーパタラ(竹製の木琴)奏者の後方にあるのは、もちろんビルマの竪琴(サウン・ガウ)
 
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仏塔とダウンタウンの写真が続きます。
 
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右側の写真はマンダレーで訪れたシュエナンド―僧院だと思われます。
 
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右側はシュエダゴン・パヤーですが、左側については見覚えがなくて不明です。
 
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美しい漆器(しっき)の箱
 
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午前11時40分になりましたので、日本を出発前から心積もりしていた通り、このホテルのレストランで昼食を摂(と)ることにしました。
 
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レストラン内にもモノクロームの写真パネルが掛けてあります。
 
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メニューを眺める同行者にはこの朝 ホテルの庭園で参拝したばかりの「四面佛」に変身してもらいました。
 
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私は国産ラガービール ”DAGON”($3)とスパゲティ・カルボナーラ($16)を、同行者はライムのフレッシュジュース($5)とボンゴレ($16)を選びました。
 
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ミャンマーの所得水準(ヤンゴン住民でも日本の1/10程度)からはかけ離れた価格であり、我われのほかにレストランを利用していた客は欧米人やビジネス関係者と思われる人たちでした。
 
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カルボナーラの味はヨーロッパ風(本場仕込み)でやや癖(くせ)がありましたが、ボンゴレは食べやすい味です。初めて飲んだ”DAGON”(だごん)は日本のビールに似て味が濃く、爽(さわ)やかさも感じさせます。ちなみに、ダゴンはシュエダゴン・パヤーの名にあるようにモン族の集落名でしたが、ミャンマー最後の王朝(コンバウン朝)を創設したアラウンパヤー王によって征服され、1755年に「争いの終結」を意味するヤンゴンに改称されました。ダゴンは現在も地区名として残るようです。
 
2階と3階にある客室についても興味がありましたが、宿泊者ではありませんから立ち入ることはできません。そこでネット検索すると、旅行案内サイトで客室の様子を確認することができました。(続く)

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2017年7月
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