心と体

2019年9月 4日 (水)

退院後の体調から気管支喘息の原因を考える

大学病院に緊急入院して気管支喘息の治療を受けると、まさに日を追って症状が改善されました。具体的には、救急センターへ搬入されてから酸素吸入を常時受けたことにより、呼吸困難な症状はほとんど現れなくなり、咳の発生も急減しました。そして、もう一つ、あれほど酷かった鼻水がほとんど出なくなったのです。水のように透明で粘性のない鼻水が出続ける時に感じる鬱陶しさと、それに伴うように頻発する咳は言葉では表現できないほど肉体的かつ精神的に大きな負担でした。
 
そんな苦しい状態が魔法に掛けられたように胡散霧消したのです。温度と湿度が耐えず調整され、毎日のように清掃されるクリーンな病室は気管支喘息には良い影響があるように思われました。というのは昨年10月に駆け込んだ近所の開業医によって気管支喘息と診断されて以来、気管支喘息がさまざまな要因によって引き起こされるアレルギー症状がトリガーになることを関連資料で読み知っていたからでした。花粉、ハウスダスト、住宅内の化学物質、温度の急変など、さまざまなものがあるようです。花粉ひとつを取っても、杉・檜・ブタクサなど四季の移り変わりにしたがってアレルギーを引き起こす要因(アレルゲン)があります。
 
アレルギーの有無については、喘息の初期症状であった激しい咳が現れた昨春、病院で血液検査をしてもらい、スギとヒノキの花粉・ハウスダストなど一般的な5種類についてはアレルゲンが見つかりませんでした。ただし、温度の急変に敏感であるとの自覚症状がその時からありました。また、就寝時と起床時に緒症状が多く現れることから自律神経の不調も原因である可能性があるのかもしれません。
 
救急センターでの応急処置と入院後の治療によって気管支喘息の症状が治まり精神的に落ち着きを取り戻したことで、退院後に気管支喘息の症状が再発しないかどうか気になり始めました。つまり、生活環境が元に戻ることで、アレルギー反応が再び起こるのではないかとの危惧です。このように体力の衰えと再発への心配があったため、退院後は一切外出しないで自宅で療養するつもりで静かな生活を送りました。また、酷暑のピークは過ぎたものの猛暑は続いていますから、熱中症を避けるためエアコンは一日中付けたままにして、水分補給を十分するように努めました。
 
その効果があったのか、初日は鼻水の兆候はまったく見られず、気管支喘息の兆候(咳と呼吸困難)も一切ありませんでした。また、一週間ぶりの軽い入浴も心地良いものでした。そして、一番気になっていた就寝時の呼吸に乱れはまったく感じられず、心穏やかに眠りにつくことができました。大袈裟ではなく、生き返った心地です。
 
退院2日後も何事もなく過ぎ、3日後と4日後になっても体調に異変はまったくありません。そして、早朝の最低気温が25度を下回った5日後には以前から予定されていた所用があったため、退院後において始めて外出しました。徒歩にはまだ自信がありませんから、同居者が運転する車に乗せてもらいました。30分ほどで所用が無事に終わった後も同じ車に乗せてもらって帰宅。このような状況下、一週間ほどで日々の生活サイクルがほぼ正常に戻りました。この状況から見て、花粉やハウスダスト(埃・カビ・ダニなど微生物の死骸など)が原因である可能性は低くなったようです。
 
9日後の月曜日(9月2日)に大学病院の外来を受診しました。担当医師の予約が取ることができた最も早いタイミングです。担当医師の問診では気管支喘息にかかわる諸症状がほぼ無いことを説明するなかで、唯一喉に軽い違和感があり、声が少し枯れていることを伝えました。聴診器を背中に当てた検診では呼吸時の異音もなかったそうです。一か月後にもう一回だけ外来に来るようにとの指示があり、それまでに必要な吸入薬は効果がやや弱い(ステロイドの量が半分の)「レルベア100」(30回分)を処方されました。症状の改善具合と喉への影響が考慮されたと思われます。
 
当面は発作を起こさない体調を維持することに専念することにして、最大の関心事であった気管支喘息の原因については次回の外来診察時に担当医に尋ねてみたいと思います。
 
結言。昨年来徐々に悪化していた気管支喘息の症状が6日間の入院治療によって劇的に改善されましたが、それに加えて全身の体調を整える効果もありました。食欲不振だけではなく、時々発生した下肢の浮腫(むく)みも解消したのです。今回の緊急事態を契機に、生活習慣をさらに見直して体調と体力を改善して行こうと改めて心に固く誓いました。

2019年8月30日 (金)

無事に退院しました

第5日目(8月23日)も同様の入院生活が始まりました。朝の検査と治療が終わった午前8時30分ころ、担当医師の指示で常時行われていた酸素吸入が終了。事後(終了して1-2分後)の測定値は98%と正常。加えて、退院時期が今日決めることになりました。
  
シャワーが許可されたことで、さっそく午前10時からほぼ1週間ぶりのシャワー浴を楽しみました。
 
そして、担当医から翌日(8月24日)午前10時の退院許可が下りたことが看護師から伝えられました。
 
この日もこれまでと同じ検査と治療が続きます。
 
午後10時消灯、就寝。入院生活に慣れて快適に感じ始めていたこともあり、翌日にはいよいよ退院すると考えると、少し心残りを感じながら眠りにつきました。
  
 
6日目(8月24日)、いよいよ入院最終日が訪れました。
 
午前9時30分ころ、同居者が病室へ来てくれて身の回り品をまとめてくれる間に私は院内で着用していたパジャマを着替えを済ませました。時間を持て余した午前10時ころ、看護師が病室に来てくれて退院手続きが始まりました。
 
①自宅で服用する薬を受領: プレドニン5mg(4錠、1日分)、ステロイド吸引剤(30回分)
②退院後の案内(通院など)
③会計手続き: 外来棟の1階にある退院手続きカウンターで待つこと15分ほど、準備されていた書類(入院手続きと退院手続き)に署名し、入院料金を横に設置されている端末で清算(現金またはクレジットカード)するまでの手順が数分で完了しました。入院時に腕に取り付けてもらったIDリストバンドを外してもらったことで晴れて自由の身になりました。同居者の運転する車でお昼ころ帰宅しました。
 
  
最後に気管支喘息についての参考情報です。事前に予備知識を持っていませんでしたが、喘息発作は致死率が非常に高いのです。適切な救急処置を受けないと、人に1人が1時間以内に死亡し、3人に1人で3時間以内に死亡しているとのデータがあるそうです。
 
これは急性腹膜炎による死亡率に近いレベルと言えるかもしれません。ちなみに、私自身も20歳代の中頃に消化官の穿孔(せんこう)による急性腹膜炎を罹患(りかん)し、救急車で搬送された病院で緊急手術を受けた経験があります。今になって考えると、今回の気管支喘息の発作による緊急入院は正にその時と同じ清明のの危機に瀕していたようです。
 
つまり、私の人生で生死を分ける度目の危機においても、救急車と病院の救急センターにより命が救われたと言っても過言ではないでしょう。半世紀近く前に七転八倒する苦しさを味わった時のことを思い出しながら、症状が治まった今、2度目の幸運に心から感謝しています。

2019年8月28日 (水)

判で押したような入院生活

3日目(8月21日)も午前6時起床。この日の朝は前日午後の土砂降りの天気とは打って変わった晴天でした。外界の影響を受けない病室ですが、大きな窓から見える景色、中でも刻々と変化する空模様が入院者に刺激を与えてくれる存在なのです。
 
午前6時45分、検温、血圧測定、気管支喘息用点滴剤リンデロン+生塩の水蒸気(スチーム)吸入などのプロセスで3日目が始まりました。
 
午前8時40分ころ、大勢の医師と看護師が来室。何かと思えば教授回診でした。体調についての質問と聴診器による呼吸音を確認をした後、「もうすぐですね」の言葉を残して退室しました。どんな意味だったのでしょうか。気になります。
 
その後は病室の簡易清掃が始まり、ホットタオルのサービスも。タオルは1枚だけで良いというと、「まだシャワーはできませんが・・」との言葉が。退院はまだ先のことなのかな。
 
午前10時に検温、血圧測定、気管支喘息用点滴剤リンデロン+生塩の吸入の後、酸素吸入を3リットルから2リットルへ減少されました。
 
空には雲が増えて曇天になりました。天気予報によれば午後から天気が崩れるかもしれません。
 
午前10時15分から気管支喘息用点滴剤リンデロン2mg/0.5mLと生理食塩水生塩)「ヒカリ」(100ml)の点滴(約1時間半強)、指先に装着する小型のパルスオキシメーターによる血中酸素飽和度を測定値(97%、正常値:96-999%)して酸素吸入量を減少させた後の確認です。注釈:脈拍数と脈拍の強さを測定して波形も測定可能
 
点滴が終わった午前12時過ぎに昼食が配膳されました。
 
午後2時20分ころ、検温(平温)、血圧測定(上下とも通常より10強だけ低い)、血中酸素飽和度の測定を実施(98%)。いずれも正常で安定しています。
 
看護師さんの勧めで、それまでの車椅子に代わり、酸素ボンベを乗せた歩行補助具を押して自力で病室外へ移動できるようになりました。
 
午後5時45分ころ、10分間の気管支喘息用点滴剤リンデロンチーム+生塩の吸入が始まりました。ホースを軽く咥(くわ)えて、口から直接スチームを吸引するような指導されました。最初は噎(む)せたためスチーム量を抑えましたが、段々慣れて適量でも問題なく行えるようになりました。
 
午後6時を少し回った時に夕食が配膳されました。今回も完食。
 
午後9時から10分間の気管支喘息用点滴剤リンデロンのスチーム吸入を行い、午後10時に消灯。
 
 
翌日(4日目)もまったく同じスケジュールで治療が行われましたが、症状の改善にともなって内容に変化がありましたので、治療内容の経過を振り返ってみます。
 
①ステロイド剤の点滴(1日1回)
   初日➡4日目まで
   プレドニン5mg(4錠)を服用
   5日目➡7日目
 
②素吸入(終日)
   初日3➡3日2➡4日1
 
③リンデロン+生食の蒸気吸入
   注釈;気管支へ直接働きかける効率的な治療法で重要
   初日➡1日4回継続中
 
④テロイドの吸入(1日1回)
   3日目➡使用期限なし
 
なお、常用薬は従来通り服用中。
 
(続く)

2019年8月26日 (月)

入院生活が始まりました!!

夜遅く入院した翌朝は午前6時の起床案内ではじまりました。4時間ほどしか寝ていないため、眠気が残るだけではなく身体全体がどんよりと重いのです。病室での朝礼代わりである、検温、血圧測定、簡単な問診、尿採取、薬剤入り水蒸気の吸入などの処置で淡々と進行しました。
 

トイレに行く時は酸素吸入と血中酸素濃度測定用のセンサーとその本体を付けたまま、車椅子に乗って移動する必要がありますから看護師さんがアテンドしてくれます。正に重病人の様な扱いです。午前8時に朝食がベッドに配膳されました。前日の午後2時頃に遅い朝食!を食べてから約18時間振りの食事です。軽めの病院食であることもあって完食することができました。
 

午前9時ころ、ホットタオルのサービスがありました。身体を自分で拭くためで、レストランで提供されるお絞りのように巻かれた通常よりも大きめのタオルが2枚のセットでした。前夜の入院時に行われなかった身長と体重の測定がナースセンター脇で行われました。
 

病室へ戻ると、気管拡張剤リンデロン2mg/0.5mL(抗炎症作用がある副腎皮質ホルモン) と生理食塩水を混合させたもので発生させた水蒸気を10分間吸入し、ステロイド剤と生理食塩水(生塩)100mℓの点滴(約1時間半)が続きました。なお、終了時には点滴剤の凝固を防ぐために生理食塩水を注射器でチューブから追加されました。これらの処置から推し量ると、緊急入院した時の私はかなりの重症患者だったと思われます。
 

午前12時半過ぎ、昼食を摂っているところへ呼吸器担当の医師が2人連れで病室に来訪し、これまでの症状と治療内容について一通りの説明と問診が行われました。その結果、自宅近くの内科医の診断通りに気管支喘息であると思われることと、症状を和らげる薬剤の投与に加えて、症状を抑える治療が必要と考えられるとの治療方針の説明がありました。順調に回復すれば一週間で退院できるかもしれないとのこと。思ったよりも長期戦になりそうです。
 

およそ1時間半後、2人の医師が再び病室を訪れて、私が現在の主流である気管支喘息用の吸入器を使用する意思があるかどうかを確認されました。これまで服用してきた気管支喘息の症状を緩和する薬(気管支収縮抑制剤と痰を切れやすくする薬)の服用は不要になるとのこと。(注釈:炎症を抑制してアレルギー反応を抑えるステロイドと痰の排出を促す作用がある薬剤を使用する1990年頃に始まった治療法で、それまでは主に気管支の収縮抑制剤のみを使用していた)
 

私がその治療方法(注釈;これまで通院していた医院の治療方針とは異なる)に同意したことで、その使用方法と吸入後の嗽(うがい)の仕方を指導してくれました。それに続いて呼吸器科の教授も来室して状況確認をしてくれました。入院した大学病院の組織立った治療方法には安心感がありました。
 

ちなみに、吸入する薬は専用容器に入ったレルベア200エリプタ30吸入用(30日分)です。簡単なカウンターが付いていることで使用した回数(残回数)が表示されます。
 

吸入する効用としては、吸入ステロイド剤とβ2刺激薬の粉末を患部である気管支に吹き付けることで効率的に炎症を抑え、かつ気管支を拡張することで、咳や息苦しさなどを改善することとのこと。気管支喘息は高血圧と糖尿病と同様、完治困難な疾病ですから、症状が無くても毎日発作を予防する治療薬(吸入剤)使用することが不可欠です。つまり、吸入剤はずっと付き合って行くことになる友になったのです。午後3時半ころ、指に付けていた血中酸素濃度センサーは症状が安定したことで外されました。
 

午後5時45分ころ、10分間の気管支喘息用点滴剤リンデロンチームと生塩の吸入が始まりました。
 

午後6時に夕食

午後8時に10分間の気管支喘息用点滴剤リンデロンチームと生塩の吸入。

午後10時に消灯。

 

午後12時ころ就寝。
 

ここで気分転換を兼ねて、入院に際して必須であるお薬手帳、診察券、健康保険証の他に必要なものを列挙しながら、入院生活のポイントを思い付くまま列挙しましょう。一昨年の大腸ポリープ切除手術(5日間)と昨年の白内障手術(両眼、8日間)のために入院した時の経験に基づいています。

 
①院内着はレンタルで借りられますが、普段着慣れたパジャマが楽です。洗濯は日常生活と、同様、家人に頼む必要がありますが。下着とタオルも同様。

②院内履き用上履き滑りにくい布製のスリッパ、スリップオンサンダルなど)

③暇な時間の潰し方は、長時間に亘って沈思黙考できる方以外はラジオとテレビが相応しいでしょうか。(理由:私のような凡人は無為な時間があると碌な事を考え勝ちです) 一方、時間を潰し安い読書は病室内が乱雑になることと、安静にできない(疲れやすい)ので適していないでしょう。テレビは病室に設置されたもの(有料)を利用。ラジオはスマホのラジコアプリがタイムシフト機能もあって便利。

④病室に冷蔵庫(有料)がある場合:アイスノンなどの氷枕を持参すると病室が合わない時にも快適に過ごすことができます。ただし、レンタルできる病院もあります。

⑤時計:病室にはつうじ時計がありませんから、腕時計やスマホの時計機能が便利。自宅で愛用する目覚まし時計は不向きなことも。

⑥洗面具、歯磨きセット、カップ、電動髭剃りなどは旅行セットで可。ティッシュボックスも。

⑦レジ袋:病室付近に準備されている場合も

⑧院内コンビニの利用(翌日配達):テレビを端末として商品を注文できる病院もあります。

⑨食事の選択:オプションがある場合は同上の方法で可能な病院もあります。(リストバンドのバーコードをリーダーで読み取ることで患者を確認)

⑩入院生活の記録:適宜スマホにメモを記入

⑪各種充電器、イヤホンまたはヘッドフォン、筆記用具
 
(続く)

2019年8月25日 (日)

唐突ですが、緊急入院しました!

酷暑の日々が続くなか、日課にしたはずであったウォーキングとはいつの間にかご無沙汰になっていました。そのせいか体調が徐々に悪化して、就寝時を中心に気管支喘息の緒症状が頻繁に発生するようになったのです。昨秋から受診している医院で処方されている対症療法用の薬が効かなくなったようで、気管支喘息の緒症状は一段と酷くなり、、睡眠に支障を来たすようになっていたのです。つまり、昼夜の生活パターンが大きく狂ってしまいました。
 

恒例行事として孫たちが泊りがけで遊びに来てくれたお盆には、孫たちとの相手をする気力と体力ともすっかり無くなり、すべてを同居者に任せざるを得ない酷い状況に陥ってしまったのです。そんな有様でありながら、お盆は何とか過ぎて行きました。
 

我が家が元の静けさに戻ると事態はさらに悪化。ほぼ毎晩のように気管支喘息の発作が起こり、睡眠不足と食欲不振が積み重なって行きました。次第に不安が募って行くなか、ついには日中から呼吸が困難になり始めました。つまり、一日中呼吸が苦しい状況が続き、食事も満足に摂れないという最悪の事態に陥ってしまったのです。
 

午前中から呼吸困難に陥ったある日(6日前の819日)には午後になると状況はさらに悪化し、夕方にはこれまで感じたこともない苦しさに耐えるしかない事態にまで陥りました。そんな状況下、同居者が外出先から戻ってくれたのは午後6時過ぎでしたが、地獄に落つつあった私にとっては正に「一条の救いの糸」でした。2年続けて大腸ポリープの切除と両眼の白内障手術のために入院した大学病院の救急センターへ同居者に電話を掛けてもらいましたが、呼吸器の急患に対応できそうもないとして、他の救急外来へ盥((たらい)回し状態になってしまいました。
 

そんな中、別の大学病院の緊急外来はとりあえず受け入れてくれることになりましたが、対応できるかどうかについては曖昧な返事しか貰えません。それまでは同居者が運転する車に乗って病院へ向かうつもりでしたが、私の症状はますます重篤になっていたため、最後の手段として救急車を呼ぶことを決断しました。20歳代半ばの私が急性腹膜炎になって救急車を利用させてもらってその年の晦日以来、ほぼ半世紀ぶり回目のことです。
 
午後7時過ぎ、救急車の到着を待つ15分ほどは非常に長く感じられましたが、救急車を呼んだことは大正解だったのです。歩行がおぼつかない私は布製の簡易型担架に乗せられて我が家に到着した救急車まで運ばれました。吸入用マスクを使った酸素吸入を受けたことで何とか会話ができるようになった私への問診が始まりました。現在の症状の聞き取り、関連する通院状況、過去の病歴などとかなり詳細な内容です。そして、救急隊員は受け入れ可能な病院の確認を始めました。別の救急隊員の説明によると、利用できる病院の情報には偏り濃淡があり、病状に合う適正な病院であるかどうかの判断ができないこともある様です。問い合わせの作業の結果、私に通院歴(診察券)がある隣区の大学病院が受け入れてくれることになりました。ただし、最適な処置ができるとの確約はできないとのこと。
 
乗車して15〜20分後、救急車がやっと出発してくれて、約10分後(午後8時ころ)その大学病院に到着。院内にある救急センターにはいくつも並ぶ仮設ベッドの一つが私に割り当てられ、救急車内と同様にマスクを使った酸素吸入を受けながら問診が始まりました。救急隊員に説明したことと重複する項目がほとんどでした。その診断結果を踏まえて、救急センター担当医の指示により、血圧測定、採血、点滴(生理食塩水とステロイド剤)、痰の切れを良くする薬剤てあ水蒸気の噴霧吸入(注釈:オムロン製超音波式ネブライザー/吸入器NE-U780を使用)と胸部レントゲン検査が2時間余りに亘って順次実行されました。
 
レントゲン検査の結果、肺には炎症などの異常は無く、気管支炎だけが認められたそうですが、私はかなり酷い脱水症状になっていたそうです。重篤な発作が再発するのを防ぐための点滴を継続する必要があるため、即時入院が決まりました。もちろん、息も絶え絶えの私に異存があるはずはありません。午後10時少し前、鼻に付けたチューブから酸素吸入を受けながら、左手の人差し指には血中の酸素濃度を常時測定するセンサーとコードで繋がれた本体を付けたまま、車椅子に乗せられて病室へ運ばれました。この頃には自分で意識しなくても自然に呼吸ができるまでに症状が改善し、身体は随分楽になりました。
 
割り当てられた病室のベッドに寝た状態でも点滴が続き、他のクリニックで処方されていた慢性疾患の常用薬に相当する病院支給薬も飲むように指示されました。ちなみに、病室にあるベッドは電動リクライニング機能が付いていますから、上体を好みの傾きに調整した状態で横になることができました。つまり、気管支喘息の発作が起きにくい態勢であり、喘息患者には大きな安心感があります。同居者が帰宅した直後に緊急搬送された私はパジャマもないため普段着のままでしたが、ベッドに寝たことですっかり落ち着いたためか、呑気なことに夕食を食べていないことに気づき、明朝までまで何も食べられないことに思いが至りました。
 
それでも酸素吸入を続けていることから、日が変わるころには呼吸の苦しさをほとんど感じなくなっていました。しかし、精神的なダメージ大きかったからなのか、眠りについたのは午前時過ぎになっていたようです。(入院生活へ続く)

2018年12月22日 (土)

生活習慣病でもある動脈硬化を改善する

まず、動脈硬化とは何かについて説明しましょう。動脈硬化は、血管の内側にコレステロールなどが付着して血管が狭く硬くなり、血液の流れが悪くなった状態です。全身の血管に生じ、さまざまな健康障害を引き起こします。たとえば、脳への血流を担保する血管が障害を受けると脳梗塞を起こしたり、大動脈に硬化が生じると解離性大動脈瘤(りゅう)といった命に関わる病気を起こしたりすることがあるそうです。ちなみに、動脈硬化は糖尿病・高血圧・高脂血症・肥満・喫煙などの諸原因により発症するとされます。最近、発症した気管支喘息のために通院し始めた医院で受けた心電図検査(波形分析により)動脈硬化が進行していると指摘されたことで、私にとって動脈硬化が大きな関心事になりました。

 

この数年の健康診断(血液検査)において、「中性脂肪」の数値が高いことを常に指摘され、その数値を下げる薬を処方してもらってきましたが、ほとんど改善されていないのです。ちなみに、健康診断(血液検査)において「脂質」に関する項目は「LDLコレステロール」「HDLコレステロール」「中性脂肪」の3つです。LDLコレステロールは「悪玉」と呼ばれており、数値は高いほど良くなく、HDLコレステロールは「善玉」であり、低い方が良くないのです。

 

なかでも多い疾病が「高LDLコレステロール血症」と「高中性脂肪血症」の2つです。その症状を放置すると、徐々に動脈硬化が進み、狭心症・脳梗塞などで突然死するリスクが確実に高まるそうです。このため、「脂質異常症」は「高血圧症」とともに「サイレントキラー」と呼ばれます。なお、「脂質異常症」の原因は、動物性脂肪に偏(かたよ)った食生活や運動不足・喫煙・飲酒などの生活習慣によるものとのこと。

 

肝細胞が破壊されてLDLが細胞外に出ると、血液中のLDLの値が上昇します。「高LDL」を改善するには、運動ではなく食事療法が効果的、つまりコレステロールや飽和脂肪酸の摂取量を減らすと効果があるそうです。具体的には、精白していない穀類(五穀)を主食とし、おかずは季節の野菜や海藻、近海の小魚を中心とした「伝統的な日本食」を食べ、肉や卵などの動物性脂肪を極力摂取しないようにするとLDHを低下させる改善が期待できるとのこと。魚があまり好きではない人は必須脂肪酸であるオメガ3(nー3系)脂肪酸を多く含むエゴマ油や亜麻仁油をサラダなどにかけると中性脂肪を下げることができるでしょう。もし、それで下がらない場合は薬を服用することになります。

 

ちなみに、LDLは細胞内で糖がエネルギーに変わるときに働く酵素のひとつ(乳酸脱水素酵素)、AST(GOT)は体の重要な構成要素であるアミノ酸の代謝にかかわっている酵素、ALT(GPT)はASTと同様であり、LDL/AST/ALTの3つが高値なら肝臓病が強く疑われます。

 

蛇足ですが、意外な食べ物と飲み物を摂取するとLDHを下げる効果があるといわれています。蒸留酒である焼酎はHDLを増やす働きがあり、HDLが増えれば血管壁がきれいになり、動脈硬化を予防することができます。また、チョコレートとココアの成分、カカオポリフェノールにはLDLの酸化を防ぎ、血液の流動性を向上させ、血管をしなやかにする働きがあるようです。コーヒーはクロロゲン酸などのポリフェノールが動脈硬化の抑制に働く可能性があり、LDLの酸化を抑えることも認められているそうです。また、緑茶・紅茶・ウーロン茶も動脈硬化などの循環器病によい影響があるといわれます。

 

一方、「高中性脂肪血症」の原因の多くはアルコールや糖質・脂質の摂り過ぎですから、両方とも控えることが必要です。運動も効果的のようです。このため、薬物療法を継続するとともに、医師のアドバイスにしたがって、好きなアルコールを控え、糖質・脂質の摂取を極力控え(糖質・脂質制限)、さらに毎日軽い運動をすることにしました。青魚に多く含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)も中性脂肪を下げる効果があります。ちなみに、血液サラサラ効果があるEPAは体内で作ることができないため、食事を通して摂取する必要があります。

 

以上を踏まえて私は糖質制限策として食事メニューからご飯を削ること(ローカーボ食化)から始め、アルコールの量を少しずつ減らす努力をしています。脂質制限はバタ-/クリ-ムの摂取を控えることと、牛肉/豚肉などで脂質の多い部位を避け、牛肉(赤身)/鶏肉/青魚(含EPA)を食べるようにしています。また、海藻/きのこ/野菜などに多く含まれる食物繊維は糖質や脂質の吸収を抑える働きをしますから、これらを意識して食べるように努めています。ちなみに、慢性胃炎で食欲が減退したこの2年間には体重が大幅に減少していますから、これ以上痩(や)せないため、食事の量を増やすように努力しています。

 

運動についても、体調不良のため半年近く休止していた自宅周辺の散歩(ウォーキング)、およびスポーツジムでのウォーキングとエアロバイクに加えて足の筋トレを再開。そして、天気の良い日にはスポーツジムではなく、自動車の通行が少ない道を1日当り8千~1万歩(注、体調が優れない時は複数回に分けて)歩く習慣を復活させました。これは筋肉の量を増やして基礎代謝を高めるためです。これは産業技術総合研究所の10年間の追跡調査によって、『有酸素性運動による動脈硬化の抑制効果が最大になるのは、活発なウォーキングやジョギングなどを週に4~5日、30~60分程度行った場合である』 ことが分かっているそうです。

 

上記を1年間続けることで、次年の健康診断において中性脂肪値の改善が確認されていると良いのですが・・。

2018年8月20日 (月)

~たかが咳、されど・・~ 「咳止め薬の怖さ」

風邪を引いた時に咳をすることは良くあることです。咳は異物が喉および気道を通して肺に入ることを防ぐために人の体が供えた自己防衛反応で必要なものですが、意思とは無関係に発生するため困った体の反応です。咳が長引けば周りに不快感を与えるだけではなく、苦しくて睡眠を妨げて自分の体力を無くすこともあります。極端な場合は肋骨を骨折することもあるそうです。ちなみに、風邪は鼻や喉などの「上気道」という部分がウィルスや細菌に感染することで起こりますが、体の中でウィルスや細菌の増殖を防ぐための防御反応として咳やくしゃみ、熱や鼻水などの症状が現れます。また、風邪でなくても気温の変化に気道や肺が敏感に反応して咳がでることもあります。

 

風邪の場合はまず治療することが大事ですが、咳の症状が軽い場合は嗽(うがい)をしたり、水を飲んだり、マスクをかけたりすることで楽になることがあります。しかし、朝晩に激しい咳が続く場合は自律神経が影響している場合が多いと考えられます。人には体や脳を興奮させる交感神経と休息したりリラックスしたりするときに働く副交感神経という二種類の神経が存在します。昼間は活動するために交感神経が活発になり、夜眠るときには体を休めるために副交感神経が働いて気管や気道が狭くなります。このため、空気の乾燥などの刺激に過敏になるため、咳がひどくなりやすいのです。朝方は就寝中に溜まった痰(たん)を排出しようと咳が出ますし、アレルギー性鼻炎や逆流性食道炎がある人も同様に咳が続くことがあるそうです。

 

乾燥などへの対策をしても症状が改善されず、朝晩に咳が長期間続くときには速やかに医療機関を受診しましょう。咳の原因を見極めて適切な治療を受ける必要があります。咳がひどい場合には対症療法として咳止めを処方されることが多いのですが、上記したように咳は自己防衛本能に基づいた反応ですから、咳が止まればそれで良いわけではありません。例え、咳が止まったとしても重篤な副作用が出る場合があります。私のケースは正にそれでした。1年ほど前から時々咳が出るようになりりましたが、今春、中欧旅行から戻った後、風邪の症状(発熱)がないのに朝晩に激しい咳と鼻水が続いたため、緊急対応として近くの内科医院でアレルギー性鼻炎の症状を起こりにくくする薬と咳止めの飲み薬を処方してもらいました。

 

指示された通り5日間に亘って薬を飲み続けた直後に副作用と思われる症状が出ました。先ず、排尿が困難になりました。それに続いて皮膚に発疹が出ることと、下痢の症状が始まりました。そこで、一番つらい排尿困難について泌尿器の専門医の診察を受けました。薬の副作用による可能性も考えられるとのことですが、排尿困難の原因として一般的な前立腺の検査を受けることになりました。その結果は軽度の前立腺肥大症(尿道の柔軟性が低下)との判定。これまで自覚症状はほとんどありませんでしたが、前立腺肥大によって生じる排尿困難を軽減する薬を処方してもらいました。前立腺の平滑筋をリラックス弛緩)させる働きがあるそうです。

 

この薬を飲み始めると、2日目には症状の改善が見られ、一週間後にはほぼ正常に戻ってくれました。ただし、処方された薬は上記のように対症療法ですから、長期間飲み続ける必要があるようです。ちなみに、前立腺肥大の根本的な治療法は薬物による方法と手術による方法があります。前者は男性ホルモンが前立腺に作用するのを抑えて肥大した前立腺を小さくするものであり、後者はレーザーやマイクロ波などによって尿道を広げる手法です。(注、前立腺癌の場合は前立腺の一部または全部を切除する必要がある) また、エコー検査と尿検査の結果、膀胱と腎臓の機能も正常であることが分かりました。これらを総合的に判断すると、軽度の前立腺肥大症と薬の副作用とがあいまって排尿困難な症状を発症したようです。

 

下痢と皮膚の発疹については日を追うごとに軽くなりました。しかし、咳と鼻水は相変わらずですから、近くの内科医からのアドバイスにしたがって、掛かりつけの病院(内科)の担当医師に相談することにしました。咳の原因を調べるため、問診に続いてアレルギーの有無を調べる血液検査と胸部のCTスキャン撮影をしてもらいました。アレルギー検査(一般的な6項目)の結果はすべて陰性。CTスキャンでは気管支炎の跡が確認されました。それらを総合判断して、咳の原因は副鼻腔炎による鼻水が喉に流れ出ることであると考えられるとの診断が下され、その症状を軽減および原因を取り除くための薬を処方されました。担当医師の考えは、咳止め薬を飲むのは継続する咳によって体に深刻なダメージを与える恐れがある場合に留めることが望ましいとのこと。幸いなことに、2週間後には咳の発生はかなり少なくなり、現在は3種類の飲み薬の1種類を変えて、さらに飲み続けています。

 

最後に今回学んだ教訓です。1時間前後にもおよぶ激しい咳と排尿困難が重なると睡眠もままならなくなり、まさに地獄に落とされたような苦しい日々が続きました。そして、お釈迦様に「蜘蛛の糸」を願いました。しかし、どんな苦しい症状であっても、神経に働きかける咳止め薬は重篤な副作用をもたらし、さらなる地獄の深みへ落ちることを痛感させられました。ちなみに、この副作用は咳止め用の市販薬でも起こることがあるようです。これほど重篤な薬の副作用は初めての経験でしたが、専門医の的確な診断と薬の処方により、副作用を抑えながら、症状が回復へ向かっていることに今は感謝しています。

2018年6月25日 (月)

胃カメラ検査とピロリ菌

国民の三分の一は逆流性食道炎の可能性があると言われていますが、かく言う私もその一人です。3年ほど前から胃と食道付近に違和感が常態化し、それに伴い食欲不振に陥りました。内科医院を受診して逆流性食道炎と診断されて投薬療法を受けたことで、その症状は少し軽くなったように感じましたが、胸やけと食欲不振は現在も続いています。つまり、この症状は私の生活の質(QOL: Quality of Life)を低下させる一番の要因になっているのです。

 

逆流性食道炎の原因は、①横隔膜と下部食道括約筋の衰えで起こる胃の入り口である噴門(ふんもん)の弛(ゆる)み、②腹圧の上昇、③胃酸分泌過多、の3つがあると言われます。私が投与されている飲み薬は③を改善する対処療法を目的とするものです。①と②は悪い姿勢に起因する身体の歪(ゆが)みで起こることが多いとされますが、私の場合はこれらを積極的に改善することを怠っているため、大幅な改善が見られないのかもしれません。

 

遅まきながらですが、定期検診で受けているバリウムを用いたX線撮影では見つかりにくい食道と胃の異変を直接見る胃カメラ(上部消化器官内視鏡)検査を担当医師に依頼しました。20年以上も受けてこなかった検査です。最近の胃カメラは、大腸カメラ(大腸内視鏡)と同様、食道や胃にポリープが見つかれば、直ちに切除することができる点が優れています。ちなみに、大腸ポリープは4年前と昨年の2回、切除手術を受けています。

 

胃カメラによる検査は昔受けた時と基本的には同じでした。前日の夜食を早めに摂り、当日の朝は水またはお茶だけにして、病院へ出掛けました。白い液体の薬(消泡剤)を飲んだ後、喉の付近に軽い麻酔をうけました。そして、唇と歯で胃カメラの通路となるプラスチック製のマウスピースを咥(くわ)えて手術台に横になり、左半身を下にすれば準備は完了です。最近は鼻から入れる経鼻挿入が一般的だと思っていましたが・・。また、胃カメラのチューブは昔より細くなったように見えます。

 

消化器専門医師が長い胃カメラを私がくわえたマウスピースから口の中・喉、そして食道へと巧みに押し入れます。体が反応して胃の内容物を吐きだそうとする嘔吐反射が起きましたが、胃の中には水と胃液だけですから、吐くことはありませんでした。そして、横にいる看護師さんが優しく背中をさすって落ち着かせてくれたおかげで、胃カメラは胃の入口(噴門)に到着。

 

食道を観察するためか、胃カメラが上下しながら、さらに胃の中まで入るのが感じられます。時々胃カメラが停止したポイントで写真を撮りながら、胃壁全体を撮影するために胃の中を縦横無尽に移動し始めました。これも気持ちの良いものではありません。もうそろそろ終わりにして欲しいと思い始めたころ、担当医師がそれを察したのか、「終わります」の言葉が聞こえました。やれやれです。

 

私が落ち着いたところで、消化器専門医師から検査結果について2つの指摘がありました。それは、「胃壁には2つのポリープを認めたが、ガン化する可能性は低いので、直ちに切除する必要がないものである。胃壁全体に慢性胃炎の兆候(赤い斑点)が見られることから、ピロリ菌の有無を検査することを勧める」というもの。食道が炎症しているとの指摘はありませんでしたから、私の場合はいわゆる逆流性食道炎ではなく、非びらん性胃食道逆流症(NERD)なのでしょう。

 

後日、担当の内科医からも同様の説明、つまり慢性胃炎(腺細胞の軽微な萎縮)になったことでピンク色の胃壁に赤色の斑点(発赤)が現れていることを告げられ、慢性胃炎の主原因と疑われるピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ菌)の存在を検査することになりました。ちなみに、健康な胃壁は年齢にかかわらず綺麗なピンク色をしているそうです。ちなみに、慢性胃炎の症状は上腹部不快感、膨満感、食欲不振などがあるそうで、逆流性食道炎の症状と似ています。治療方法は胃酸の分泌を抑え、胃粘膜を改善する薬を投与する薬物療法が一般的とのこと。
注、慢性胃炎はピロリ菌が出す毒素により腺細胞が萎縮し、胃粘膜が委縮性胃炎を起こす病気

 

ピロリ菌の有無を調べる検査には、呼気を分析する方法(尿素呼気試験)と血液検査による方法(抗体検査)があるそうですが、担当医師と話し合った結果、検査用サンプルを即日採取できる後者が選ばれました。私の場合は、逆流性食道炎の症状を抑えるため、胃酸の分泌を押さえる薬を常用しているからです。前者の場合、検査の前の2週間は薬を控える必要があるとのこと。

 

ピロリ菌の除菌療法は、1種類の「胃酸の分泌を抑える薬」と2種類の「抗菌薬」の合計3剤を、1日2回、7日間服用する治療法です。指示通りに薬を服用すれば1回目の除菌療法の成功率は約75%といわれます。状態が安定する3か月後(8月以降)に除菌できたのかどうかについて検査を受けることになりました。もし除菌できていない場合には、抗菌薬のひとつを他の薬にかえて、1回目と同様に7日間服用します。これでほとんど除菌に成功することが期待できます。ちなみに、20132月から2回目の除菌まで健康保険が適用されるようになったそうです。

 

ピロリ菌の除菌に成功しても直ちに慢性胃炎が完治するわけではありません。担当医師からは、今後も胃カメラによる検査を定期的に受けて、慢性胃炎が改善されたことと胃癌の兆候がないことを確認する必要があるとの指摘および助言をしてもらいました。

 

今回の結果を踏まえて、現在定期的に受けている「歯の検診」(半年に1回)・「健康診断」(年1回)・大腸カメラ(3年毎)に加えて、「胃カメラ(内視鏡)検査」(3年毎)を定期検査項目として私の長期予定表に書き込みました。

2018年4月30日 (月)

久しぶりの入院手術: 白内障(後編)

4日目の視力測定では、裸眼で0.9、眼鏡ありでは1.2と、前日より改善されて、申し分ない結果でした。前日と同様、シャワー浴と洗髪(介護)

 

5日目の視力測定では、裸眼が0.9、眼鏡ありでは1.2+と、さらに良くなりました。この日もシャワー浴と洗髪(介護)

 

そして、6日目は午前7時に点灯。看護師により手術前の瞳孔を広げる目薬を左目に点眼してもらう。午前8時に朝食を摂り、右目に3種類の目薬を点眼。午前830分から眼科診察を受けた後、午前9時からシャワーを浴びる(洗髪はパス)。午前12時から30分毎に手術前の目薬を点眼してもらう。午前12時に昼食。右目に3種類の目薬を点眼。午後3時から左目についても右目と同様の手術を受けました。

 

手術当日のプロセスは2日目の右目とまったく同じであり、特記することもありませんので、細かい説明は省略します。後先になりましたが、入院中は飲酒ができませんので休肝日ならぬ「休肝週」と位置づけるとともに、食生活を改善する好機と考えました。日頃、食べ残すことを常としている私は、病院食を残さず食べることを目標に設定。6日目までの結果は、量が多かった棒棒鶏(バンバンジー)を少し残した3日目の夕食を除いて、すべての食事を完食しています。

 

翌日(7日目)は午前7時に点灯。午前730分ころ、看護師が左目の眼帯を外してくれ、午前8時には朝食、午前830分から左目の術後診察がありました。幸いなことに、右目と同様、左目も正常でした。そして、右目に加えて左目にも手術後の目薬(化膿止め)13回点眼することになりました。両眼を手術したことで、左右の見え方はがほぼ同じになり、裸眼での視界はバランスの良いものになりました。つまり、短焦点の眼内レンズを入れた両眼は近視の強さがほぼ数年前の状態に戻りました。午後120分ころから受けた視力測定(左右)では、裸眼で0.9/0.8、眼鏡補正付きではいずれも1.2でした。

 

手術から1か月以上が経過して両眼の状態が安定してから新しいメガネレンズを誂(あつら)えることになりますが、それまでは予備用としてキープおいた数年前(1つ前)のメガネを暫定的な使用することにしました。

注、子供の頃からメガネと無縁であった私も、30才代後半に眼の疲労により一時的に近視のような状態(仮性近視)になり、それが本物の近視へと移行してメガネの使用を開始

注、還暦を過ぎてから近視が進行した理由は核内白内障が起きたためと考えて られ、左右で焦点距離が異なる不同視(左目:中等度近視-5D、右目:強度近視-8D)も生じた

 

最終日(8日目)の午前10時に予定通り退院することができました。当分のケアとして、両眼に手術後の目薬を13回点眼することが必要です。また、洗顔は医師の許可が出るまで禁止で、洗髪は介添えが当分(1週間程度)は必要とのこと。

 

今回の入院は白内障の手術が目的でしたが、①食事の内容に制約がないこと(ただし、飲酒は不可)、②病室での過ごし方は自由であること(ただし、生活のリズムは規則正しい)、③外部からの不必要な刺激やストレスが無いこと、により乱れ勝ちであった私の生活リズムを一旦リセットする貴重な機会になりました。つまり、視覚の曇りを取り除くとともに、心身のリフレッシュにも役立つ8日間であったと思います。

 

今後は通院で回復状況を担当医師に確認してもらえば、大学病院に通うことは必要はなくなり、自宅近くの眼科医院へ従来通り定期的に通院することになります。これまで消化器系の手術(入院3回、通院1)と外科・皮膚科の手術(すべて通院)を受けた経験がありますが、これまでの手術とは異なる心理的な抵抗感が眼科の手術にありました。しかし、担当医師と3回も事前打ち合わせする機会を通じて抵抗感や懸念は医師の懇切丁寧な説明によって霧消し、むしろ手術を楽しむ余裕さえ生まれました。最後に、患者をリラックスさせながら手際よく手術を進める高度な手術スキルを持つ医師に出会えた幸運に感謝します。
 

 

[参考情報] 近視・遠視・老眼・白内障

 

人の目は眼球の前部にある水晶体と網膜の組み合わせで外界の様子を視覚として捉える機能があります。(注、水晶体を保護する角膜および取り入れる光量を調節する虹彩は省略) 外部から眼球な入る光は水晶体で屈折して網膜上に像を結びますが、水晶体の屈折率と水晶体から網膜までの距離により、正確に像を結ぶ場所が網膜上・網膜の手前・網膜の後ろになります。それぞれ正視・近視・遠視と呼ばれる状態です。幼児は、眼球が未成熟で水晶体と網膜の距離が十分でないため、一般的に遠視であることが多いのです。

 

ひとが成長するにしたがって、眼球も大きくなるとともに、遠視から正視あるいは近視へと変化します。この変化は人の成長が一段落する20才過ぎまで続きますが、個人差があるため、正視・遠視・近視のいずれかになるのです。正視または正視に近い遠視と近視の人は裸眼でも支障はありませんが、中程度以上の遠視または近視の人はメガネまたはコンタクトレンズで矯正する必要があります。

 

水晶体は毛様体(もうようたい)と呼ばれる筋肉で眼球と結ばれており、この筋肉の緊張と弛緩(しかん)によっつ水晶体の厚さを変え、網膜上に像を結ぶように遠近調節します。このため、上記した軽度の遠視や近視をカバーすることができるのです。

 

しかし、加齢によって水晶体が硬くなったり毛様体の機能が衰えたりすると、毛様体筋が十分緊張できず、手元にピントが合わせられなくなります。この状態が老眼(老視)と呼ばれるものです。正視・近視・遠視のいずれであっても老眼になりますが、近視の人は変化を認識しにくいため、「近視の人は老眼にならない」という迷信(都市伝説)が生まれました。老眼になった人は近くに焦点が合うようにオーレンズを使った老眼鏡で補正する必要があります。ただし、遠方は逆に見えにくくなりますから、老眼鏡を外すことになります。

 

白内障は水晶体内の核と呼ばれる部分が紫外線など外的な影響や老化現象によって透明度が失われることが原因です。名称通りに水晶体が白濁して(通過する光量が低下して)物が薄暗く見える場合が多いようです。濁り方によっては水晶体内で光が乱反射して眩(まぶ)しく見える場合があります。この現象は夜間に強い光を見た時に起こります。つまり、白内障になると車を夜間に運転する時に明るい街灯や照度の高い信号を見るとこの現象が顕著になります。

 

サングラスをかけて強い日光を避けることで水晶体が劣化するペースを遅らせることができるかもしれません。ただし、誰にも不可避な老眼現象ですから、早い人は60才代始め、通常は70才前後、80才を超えるとほとんどの人が白内障になると言われます。白内障の進行を薬によって遅らすことができますが、元に戻すことはできません。生活に支障が出始めた場合は、眼科手術により水晶体を人工眼内レンズと交換する必要があります。
 
[追記] 術後の経過が良好であったことから、医師と相談の上、1か月が経過したところで新しい眼鏡を誂(あつら)えました。注、できれば眼が十分安定する2-3か月後が良い 掛かりつけの眼鏡店で相談した結果、手持ちのメガネ・フレームが古くなっていたため、フレームも新調することにしました。医師が設計通りの結果を出してくれたことで左右のバランスが良いため、左右のレンズはほぼ同じ(注、乱視の入り方が少し異なる)であり、左右の見え方はまったく同じとなるはずです。事実、1週間後に出来上がったメガネをかけてみるとその通りでした。ひと言で表現すれば、数年前の視界に戻ったのです。加えて、人工的な眼内レンズを入れたことで、眼で感じる明るさはこれまで以上ですから、クリップオン・サングラスは手放せません。注、色つきのレンズは採用せず ちなみに、医師の助言にしたがい、視力変化への補償(6か月)があるレンズを選びました。(2018年6月10日)

2018年4月29日 (日)

久しぶりの入院手術: 白内障(前編)

3年半前の定期健診で指摘された白内障が徐々に進行して、症状が悪化した右目の視力は0.5以下まで低下し、左目も0.7近くになったことが定期的に通院する眼科の視力検査で判明しました。担当医から視力が低下した右目の手術が必要となったことと、日常生活に支障がない視力がある左目も一緒に手術するかどうかは手術を担当する医師と相談するようにとのアドバイスとともに、私が希望する大学病院への紹介状を書いてくれました。これまで家族が入院と通院したことがあり、私自身も大腸ポリープの切除手術を入院と通院で計2回受けたことがある大学病院です。自宅から車でのアクセスが良いことも希望した理由の一つです。

 

自宅近くの眼科医院でさまざまな検査を受けましたから、その結果が生かされると考えましたが、大学病院ではより詳細な検査を受けることになり、2月初旬から3月にかけて3回も通院することになりました。身長・体重・血圧・心電図の測定にはじまり、血液検査(感染症を含む)、視力・眼圧・眼底・水晶体(屈折率)など数え切れないほど多項目に亘(わた)りました。大学病院の担当医師からそれらの検査結果(異常なし)の説明を受けたあと、私に与えられた選択肢(通院/入院・手術内容・レンズの種類)について一つひとつ確認する遣()り取りが行われました。

 

このプロセスを経て4月下旬の8日間入院して両目の手術を合わせて受けることと、両眼とも短焦点レンズを入れることが決まりました。注、片目の場合は3日間の通院または入院 ここまで決まれば、「まな板の鯉」も同然ですから、4月上旬に予定していた中央ヨーロッパ(中欧)への旅行(8日間)に予定通りに出かけました。そして、帰国してからは毎週教室に通うピアノの練習に専念する日々が続きました。入院する日の3日前からは右目を清潔に保つ(注、細菌の増殖を抑える)目薬を朝昼夕の13回点眼することは忘れませんでした。

 

入院日の朝、午前9時前に車で病院へ向かいました。手術前ですから、私自身が運転しましたが、自宅へ車を戻すため、同居者に同行してもらいました。入院手続きは事前に記入しておいた書類を大学病院の窓口に提出して午前9時過ぎには完了。病室のベッドが準備されるまで約2時間待った後、入院に際しての注意事項の説明を受けた上で、病室へ向かいました。ちなみに、追加料金が不要な多人数部屋は空いていないとのことで、差額料金を負担する必要がある病室です。

 

病室で寛(くつろ)いでいると、正午過ぎに昼食(一般常食)が配膳されました。病院食はボリュームが少ないので、年齢が進むとともに食が進まなくなった私にはもってこいの食事なのです。午後には翌日手術を受けるに際しての事前準備と手術の概要についての説明が15分ほど手術担当の看護師さんからありました。ここまでで初日のオリエンテーションは終了。翌日の手術に良好な体調で臨むため、病室でのんびりと過ごすことにしました。午後6時からの夕食を済ませ、午後7時半からシャワーを浴びてさっぱりしたところで、少し起こしたリクライニング式ベッドに横たわりながらラジコでラジオ番組を聴いた後、早めにに就寝しました。今回の入院は目の手術を受けるためですから、テレビの利用は申し込んでいません。ちなみに、消灯時間は午後10時です。

 

翌朝は午前6時に起床。午前730分ころ看護師が病室に現れて瞳孔を広げる(散瞳する)目薬を処方したことから始まり、午前8時の朝食、午前830分には眼科診察室で担当医師による診察、午前10時にも手術前の目薬を差してくれました。最初の目薬点眼で瞳孔が十分に開いていたそうですが、午前11時と午前12時にも同じ目的で3種類の目薬を点眼してもらいました。昼食を済ませた午後145分ころ、両眼に麻酔用の目薬をした後、車椅子に乗って病室から手術室へ移動。看護師が持参した手術関連の書類(手術同意書・各種検査データなど)と患者のバーコードを手術室のスタッフが確認したあと、午後2時に手術に移されました。

 

手術室の中央にあるリクライニングチェアに座り(横になり)、心電図・血圧計・脈拍計を身体に装着し、手術する右目に大量の麻酔薬を点眼(局所麻酔)。さらに、目の周囲を念入りに消毒し、瞼(まぶた)の周囲に麻酔薬を注射し、半透明のパッチを右目を覆うように貼られ、目が開いたままにする器具が装着されました。さらに、右目の部分だけを出す穴が空いた顔全体を覆う布(ドレープ)を顔に被せて、右目の周囲を両面テープで固定し、目の表面を清潔な水でたっぷり洗浄して、白内障の手術が始まりました。

 

右目の上には大きな医療器械(顕微鏡)があり、そこから右目に向けてカラフルな光が照射しながら手術が行われたため、患者である私には何が行われているのかはまったく伺い知れません。(注、あえて例えると半世紀前のSF映画「2001年宇宙の旅」のラストシーン近く、ボーマン船長が木星の軌道上に見つけたモノリス(石柱状の謎の物体)から別の銀河へワープ(超光速航法)する時に見た移り行く銀河) 

 

事前に入手した知識によれば、細いメスで角膜と結膜の境界あたりを切開し、その切開口から眼内に挿入した超音波が出るパイプで白濁した水晶体の核と皮質を細かく砕くとともに外へ吸い出し、その代わりに小さく折りたたんだ人工的な眼内レンズと清潔な水を残した嚢(のう)の中に挿入・注入し、傷口を閉じるプロセスが行われたようです。

 

すべて順調に進んだようで、右目の手術は15分ほどで終了。眼帯を着けてもらったあと、再び車椅子に乗せられて午後230分過ぎに病室へ戻りました。血圧を測った後、2時間はベッド上で安静にするように言われました。そして、2時間後にも血圧を測定して安静時間が終了。病棟における自由行動が許可されました。ちなみに、この日は2つある手術室で15名ほどの患者が白内障の手術を受けたようです。夕食は午後6時。この日はシャワーと洗髪は厳禁です。

 

翌朝(3日目)630分ころ、看護師さんが手術を受けた右目の眼帯を外してくれると、室内の見え方がいつもとは違っていました。極度の近視と霞みがかかっていた右目の視界がクリアで明るくなった反面、左目の方は微(かす)かに霞みがかかってやや薄暗いことを知りました。つまり、これまでとは逆の状態になったのです。そして、午前715分に室内灯が点灯され、午前8時に朝食が配膳さるました。午前830分から眼科診察室での診察(毎日)があり、手術した右目は正常であるとの診断を受けました。これに安心した私はシャワーを浴びたくなり、午前930分から(30分間)のシャワー浴と洗髪を予約しました。首から下のシャワーは自分でしますが、洗髪は担当医師からOKが出るまで看護師さんにしてもらう必要がありました。

 

午前10時過ぎには前日あった説明通りに3種類の目薬が新たに処方されました。術後の化膿止め(朝昼夕に点眼)です。3-5分間隔に眼薬を点眼した後は通常のティッシュペーパーではなく、大学病院の売店で購入したクリーンガーゼ(ウエットティッシュ)を使うように指導されました。午前中に眼科外来で術後初めての裸眼視力検査を受けましたが、体感と同様、視力は裸眼で0.7まで大幅に改善しました。そして、左目の手術の準備として、右目と同様、目を清潔に保つ目薬を手術までの3日間、朝昼夕に点眼するプロセスが始まりました。 

 

午前930分から首の下に限定してシャワーを浴びた後、看護師さんに洗髪してもらったことで、スッキリすることができました。午前1210分ころ、昼食が配膳されました。

 

この日の午後から5日目までの2日半は朝の眼科診察と視力測定以外は予定が入っていませんので、ラジコでラジオ番組をたっぷり楽しみながら、中欧旅行のブログ原稿を書き溜めることにしました。チェコのプラハ(投稿済み記事の続き)、同じくチェスキー・クルムロフ、オーストリアのザルツブルクとウィーン、ハンガリーのワルシャワ、帰国フライトまですべてカバーしたいと思います。プロローグの「久しぶりの欧州旅行」で書きましたように、旅行の終盤に差し掛かったウィーンで、それまで旅行中に書き溜めて来た詳細メモ(忘備録)を誤って消してしまう失態を仕出かしたため、記憶が薄れる前に詳細メモを復元する作業を続けているのです。(続く)

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