文化・芸術

2020年6月 7日 (日)

逆転人生「親子2代の夢を実現 世界が認めたウイスキー」を観る

5月25 日にNHK総合テレビで放送された掲題の番組を観ました。

ウイスキーの人気が右肩下がりで低下するなか、江戸時代から続く秩父の小さな酒蔵(造り酒屋)の息子・肥土(あくと)伊知郎さんは大手酒造会社に勤務している時、父親に請われて1994年に父親の会社へ入社。20年以上に亘(わた)ってウイスキー・ビジネスで奮闘し、ついには3年連続で世界最高賞を受賞。ウイスキーセットが約1億円で落札されるなど、世界から注目を集めるまでを描いたドキュメンタリー番組です。

ウイスキー造りを諦めて日本酒の量販ビジネスを目指す父親と対立しながら邁進(まいしん)する主人公は、本業の酒造ビジネスの低落による赤字で負債(39億円)が積み上がる中、主人公が取締役であった2001年に父親が病いに倒れる事態が発生しました。

造り酒屋である自社の経営権を売却して雇われ社長になった主人公は、新しい経営者からウイスキー・ビジネスを撤退すると通告されたため、原酒の入った400樽を引き取って自らビジネスを始めることを決意。福島の酒造会社にある倉庫に大量の原酒を置かせてもらった主人公は借金をして自ら有限会社(現在の株式会社ベンチャーウイスキー)を2004年に起こしました。しかし、ウイスキーの販路はなかなか広がりません。

個性で勝負しようとすれば原酒づくりに時間がかかってしまいます。そこで主人公はスコットランドから購入した古い樽に父親の原酒を詰め替えて(樽替えをすることで)味を創り上げる秘策を実行。これが奏功(そうこう)して国内の賞を受賞したことで、自社の知名度が徐々に上がって行きました。さらに、自らも原酒を造ることを決意します。

2006年に知り合いから朗報(ろうほう)が舞い込みました。ウイスキー・ビジネスから撤退しようとしていた洋酒メーカーから買い手のない原酒を買い取る代わりに、蒸溜所を再稼働してもらう条件を出して、1か月間だけその蒸留所を使って原酒造りの基礎を学びました。さらに、スコットランドへ渡り、老舗(しにほ)ウイスキー・メーカーに頼み込んで、短期間でしたが本場のウイスキー造りに接します。そして、帰国後にはスコットランドに負けない水の豊かな秩父に小さな蒸溜所を建設します。半年後、父親が造った原酒をベースにした7400 本のウイスキーを販売すると、期待以上の反応があり、即座に完売してしまいました。

父親が作った原酒のお陰と主人公は感謝。疎遠(そえん)になっていた父親を自分の工場へ招待したことで、親子の距離が一気に縮まりました。イギリスの品評会「ワールド・ウイスキー・アワード」で2017年から4年連続で日本部門の1位を獲得し、2018年には長く熟成した父親の原酒と自らが作った原酒をブレンドしたウイスキーが"World Whisky Award"で世界最高賞を受賞したことを紹介。そして、秩父で開催された「秩父ウイスキー祭り」で国産ウイスキーの飲み比べをするシーンを紹介して番組は終わりました。

〈筆者コメント〉 酒好きな私ですが、このウイスキー・メーカーの存在を知りませんでした。この番組を観ながら純米大吟醸酒「獺祭(だっさい)」の蔵元「旭酒造」(山口県)と新潟県の地酒メーカー「八海醸造」、そして長野県のワイナリー「サンクゼール」を想起しました。

2020年5月15日 (金)

映画「日々是好日」を観る

「日々是好日」(にちにちこれこうじつ)は中国の唐未から五代にかけて活躍した「雲門禅師」の悟(さとり)りの境地を表した最高の言葉です。『優劣・損得・是非にとらわれた考え方をさっぱり捨て切って、その日一日をただありのままに生きる清々しい境地』 を意味する言葉であることをつい最近になって知りました。注釈:五代または五代十国は唐の滅亡から北宋の成立まで華北を支配した5つの王朝と華中・華南を支配した諸地方政権が興隆した時代を指す

この言葉を知ったのは5月6日にWOWOWで放送された映画「日々是好日」(2018年公開、上映時間:100分)のタイトルになっていたからなのです。

先ず、映画「日々是好日」についての映画.comの解説を以下に転載します。

『エッセイスト森下典子が約25年にわたり通った茶道教室での日々をつづり人気を集めたエッセイ「日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」を、黒木華主演、樹木希林、多部未華子の共演で映画化。』

そのあらすじは、『「本当にやりたいこと」を見つけられず大学生活を送っていた20歳の典子は、タダモノではないと噂の「武田のおばさん」が茶道教室の先生であることを聞かされる。母からお茶を習うことを勧められた典子は気のない返事をしていたが、お茶を習うことに乗り気になったいとこの美智子に誘われるがまま、流されるように茶道教室に通い出す。見たことも聞いたこともない「決まりごと」だらけのお茶の世界に触れた典子は、それから20数年にわたり武田先生の下に通うこととなり、就職、失恋、大切な人の死などを経験し、お茶や人生における大事なことに気がついていく。』

『主人公の典子役を黒木、いとこの美智子役を多部がそれぞれ演じ、本作公開前の20189月に他界した樹木が武田先生役を演じた。監督は「さよなら渓谷」「まほろ駅前多田便利軒」などの大森立嗣(たつし)。』(出典:映画.com)

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ここからは映画を見ながら書いたあらすじです。ネタバレとは言えませんが、ストーリーをすべて網羅していますからご注意ください。

一生をかけて身につける何かを求めて同い年(20歳の女子大生)である従妹同士の二人(典子と美智子)は茶道教室に通い始めます。大きな家に一人で住む初老の女性、武田先生から茶道の手ほどきを教えてもらうようになった二人は2週目にはお茶の作法と所作を学びます。細かい茶道の作法に戸惑い武田先生に質問する二人ですが、『そういう風に決まっていることだから、とりあえずまず身につけていくように』 と武田先生は諭(さと)します。『お茶はまず形から、そこでできた入れ物に心を後から入れるもの』 と言われた二人は次第に茶道に魅せられて行きます。武田先生の言葉が一つひとつ心に染み入りました。

1か月後にはかなり本格的な稽古(けいこ)が始まりました。そんな折、活発な美智子はお茶の稽古を休んでイギリスとフランスへ旅行に行くと言い出しました。それに影響された典子はお茶の稽古を休むと両親に告げますが、なぜか考え直して一人で稽古に行くことにして、武田先生から個人レッスンを受けます。心静かに稽古して手応えを感じる典子を武田先生は言葉少なく見守ります。

2か月後の立冬(りっとう)、旅行から戻った美智子と二人で稽古を受ける典子はさらに細かい指導を受けるようになりました。すると、少しできるようになったと喜んでいた典子はなぜか振り出しに戻ったように感じるのでした。そして、正月。晴れ着を着た多くの生徒たちが一堂に会して華やかな年始の初稽古の場で武田先生の所作をじっと見つめる典子がいます。

1か月後の大寒(だいかん)には横浜の三渓園(さんけいえん)で大規模な茶会が開かれました。招かれた和室には「日々是好日」の掛け軸が飾られています。緊張する典子でしたが、隣に武田先生がいることで安心できたことで、無事に茶会は終わりました。美智子は商社に就職しますが、典子は希望する出版社への就職は叶(かな)わず、そこでアルバイトとして働くことになりました。

夏至(げし)、そして立秋(りっしゅう)になると典子は生徒たちの先輩格になっていました。立冬、典子は茶席の亭主を務める練習を始めます。大暑(たいしょ)が過ぎて行きました。季節(二十四節季)の移り変わが時間の経過と典子の心の変化を象徴します。

時が過ぎたある日、美智子は会社を辞めて結婚すると突然典子に言うのです。結婚を機に美智子が田舎へ引っ込み一人になった典子は少し落ち込みますが、武田先生宅で達磨禅師(だるまぜんじ)の掛け軸を眺(なが)めて心を沈めます。一人で茶の練習に励む典子。相手の裏切りで結婚に失敗した典子ですが、この辛(つら)い経験が過ぎ去り、また大寒と立春が訪れました。ある日突然、母からの電話で父が倒れたことを告げられます。いつの間にか疎遠(そえん)になっていた父の急死を考えながら武田先生と語り合う典子。時間の経過とともにその悲しみを乗り越えて行きます。そして、典子は父に感謝します。

12年後(2018年)の小寒(しょうかん)、武田先生の言葉を安らかな気持ちで聴く典子がいました。「雨聴」の掛け軸と、「日々是好日」の額を見てそれまでの日々について納得する典子は『何でもない日々においてお茶を楽しむことの幸せ』 を改めて感じます。それが「日々是好日」が意味するところであることを知り、『ここからが本当の始まりなのか?』 という典子の呟(つぶや)きでエンドロールを迎えました。

<視聴後の感想> エッセイストの森下典子さんが著(あらわ)した『日日是好日-「お茶」が教えてくれた15のしあわせ-』 を映像化したこのユニークな映画は、何気ない日々の中に存在する「茶の湯」(注釈:16世紀末の安土桃山時代に完成)と「禅の言葉」(注釈:禅宗は14-16世紀の室町時代に普及)を通して、茶道の先生である年配女性と2人の若い女性たちの心の交流を季節の変化を背景に淡々と描いています。日本の静粛な景色と調和する3人の女優さんの抑えた演技が印象に残ります。故小津安二郎監督の古い映画に登場する優しい人物たちの穏(おだ)やかな会話シーン(東京弁ではありませんが)を彷彿(ほうふつ)させ、日本文化と日本人を気負いなく表現した良質な映画だと感じました。◇

2020年4月 2日 (木)

映画「戦争と平和」を観る

昨日、花散らしの雨が終日降ったことで、桜が散り始め、葉桜になりつつあります。新型コロナウイルスの感染が東京都で拡大し、先に拡大した北海道を超えて最大の感染地になりました。東京オリンピックが1年間延期されることが決まった途端、小池東京都知事は「オーバーシュート」(Overshoot/度を超す・行き過ぎること)と法的根拠のない「ロックダウン」(Lockdown/厳重監禁)という「カタカナ言葉」を使って危機感を表し、「不要不急」の外出を自粛するように都民へ呼びかけました。

今回はそれぞれ「感染者の爆発的増加」および「都市封鎖」(つまり住民の活動制限)を意味して使われたと思われますが、「ロックダウン」発言の直後にスーパーマーケットで食料品などの買い占め行動が多発したため、翌日にはトーンダウンしました。

余談です。理系(技術者)であった私には"Overshoot"は、その反対の状態を指す”Undershoot"とともに、物理学の過渡現象あるいは自動制御理論(フィードバック理論)における不安定な状態を指す一般的な言葉であり、ピンと来ません。日本語の「爆発的増加」の方が分かりやすい言葉であることは論を待ちません。一方、"Lockdown"は外部からの侵入者に対して内部の人間を守るために建物を封鎖することを意味する言葉ですから、規模を拡大した「都市封鎖」として使っても妥当だと思います。ちなみに、"Lock up"は「鍵をかける」「保管する」「ブレーキがロックする」を意味します。

しかし、この都知事の都民への呼びかけは、強い言葉と行動自粛の要請(ナイトクラブ/バー/カラオケ/ライブハウスなど)を並べただけで、具体的な対策やそれに伴う被害への救済処置にはほとんど触れていないことが気になります。ちなみに、フランスなどでは外出禁止に伴い労働者に休業補償(70-80%)を支給しているようです。都知事は7月5日に予定される都知事選を3か月後に控えて、今年11月3日の大統領選を意識した不安定な言動を続けるトランプ大統領にならい、「ヤッテル感」を言葉だけで誇示(こじ)しているように思えてしまいます。

国情が異なるとは言え、新型コロナウイルス感染の拡大で先行したニューヨーク州のクオモ知事が具体的(定量的)な内容を伴う言動(しかも、その結果に責任を取ると明言)を連日行っていることと対照的です。

<2020.4.8追記> 4月7日、非常事態宣言を出した後の記者会見で安倍首相は、新型コロナウィルスの対策に失敗したら責任を取るのかとの外国人記者の質問に対して『これは例えば最悪の事態になった時、私が責任を取ればいいというものではりません!』 と答えたことが報道されました。この堂々たる前代未聞(ぜんだいみもん)の「責任拒否宣言」は海外に報じられたことは間違いないでしょう。彼我(ひが)の違いに愕然(がくぜん)たる思いです。

また、昨日のことですが、安倍首相は唐突に『布製マスクを各住所に2枚ずつ配布する』 と発表しました。有効な対策を打ち出し阿具根(あぐね)ている中から出てきた思い付き(予測できる効果が不明)としか言えないもので、マスクが入手できない国民の人気取りとしか言えないでしょう。海外ではこの愚策(ぐさく)が失笑されているようです。

『3月に入ればマスクが出回る』 と発言した内閣官房長官は3月下旬になり、『4月に入れば供給が1億枚上積みされる』 と内容が大幅に後退しました。上積み分を各家庭に配布することにしたのでしょうか。地方自治体が悲鳴を上げている現状を理解すれば政府としてやるべき重要なことがあるはずですが・・。

この深刻な状況を見ると、私は都民ではありませんが、わが家の「巣篭(すごも)り生活」はもうしばらく続きそうです。さて、今回は自宅で鑑賞した三作目のオードリー・ヘップバーン主演映画を紹介しましょう。

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3月4日にWOWOWで放送された「戦争と平和」(1956年公開)を録画で観ました。女優オードリー・ヘプバーンが出演した有名な映画ですが、何故(なぜ)かこれまで観る機会がありませんでした。帝政ロシア末期の小説家レフ・トルストイ(貴族出身)が著した長編小説であることだけを聞き知っていましたが、背景やストーリーなどはまったく知りませんでした。つまり、予備知識なしで観ることになったのです。

モノクローム(白黒)の映画かと思いましたがフルカラーでした。19世期のロシアを舞台に、ナポレオン・ボナパルトのロシア侵攻(ロシア遠征)により翻弄(ほんろう)されるロシア貴族(特に4つの家族)の人間模様を描いています。ヒロインのオードリー・ヘブパーンはロストフ伯爵家の娘ナターシャ・ロストフを演じました。無邪気で天真爛漫(てんしんらんまん)な少女役はオードリーにはまり役で、多くの男性を惹(ひ)き付けるのです。他の女優では鼻について浮いてしまいそうな難しい役柄(やくがら)を演じました。

ヘンリー・フォンダが演じた主役のピエール(ロシア名:ピョートル・キリーロヴィチ・ベズウーホフ)は莫大な財産を持つキーリル・ウラジーミロヴィチ・ベズウーホフ伯爵の私生児であり、父に愛されてその財産と爵位を継ぎます。フランスに憧(あこが)れて留学し、フリーメーソンに加入。フランス軍の捕虜(ほりょ)になり、愛なく結婚した浮気性の妻の自殺など波乱万丈(はらんばんじょう)の人生を経て、最後にナターシャと結ばれます。

一方、ナターシャの恋愛相手は軟弱な青年であるロストフ伯爵家のニコライ・イリーイチ・ロストフ。彼が出征した後、ナターシャを誘惑したのはクラーギン公爵家のアナトーリ・ワシーリエヴィチ・クラーギン。ピエールの親戚であり、享楽的で数多(あまた)の浮名を流す人物。アナトーリの積極さに負けたナターシャは彼を受け入れてしまう。しかし、彼が妻帯者であることを後になって知ります。しかも、この噂(うわさ)は貴族界に広まるだけではなく、戦地にいるニコライにも伝わってしまうのです。ナターシャは死ぬほど後悔しますが「覆水(ふくすい)盆に返らず」。

このナターシャをピエールが何度も慰めました。しかし、ピエールも前線に出征し、フランス軍の捕虜機なってしまいました。ナターシャが最悪状態から立ち直り、前線で捕虜になったピエールとどのように結ばれるのかは映画を観て(あるいは小説を読んで)のお楽しみです。オードリー以外の女優が演じたとすると「ソープドラマ」(日本語ではメロドラマ)になってしまい、ハッピーエンドに至るプロセスを見事に演じ切ることはできなかったでしょう。

蛇足です。アメリカでは石鹸会社が男女間の恋愛模様を描くテレビドラマのスポンサーになることが多かったことから、そのジャンルのドラマは「ソープドラマ」と呼ばれでいます。一方、西洋の「メロドラマ」は感情の起伏を誇張(こちょう)したドラマを指します。しかし、日本の「メロドラマ」は女性の浮気(不倫)をテーマにしていますから、「よろめきドラマ」と言うべきでしょう。ちなみに、「よろめき」とは三島由紀夫の恋愛小説「美徳のよろめき」(1957年出版、同年に映画化)から生まれた当時の流行語です。下らないエンディングになって済みません。

2020年3月31日 (火)

オードリー・ヘプバーンが主演した映画「麗しのサブリナ」を観る

相変わらず巣篭(すごも)り生活を続けていますが、例外的に外出した「お花見」の記事が長くなってしまい、最近見た映画の紹介が2週間ぶりになってしまいました。さて、モノクローム(白黒)の映画「麗(うるわ)しのサブリナ」は映画「ローマの休日」の翌年である1954年に公開されたアメリカのロマンティック・コメディです。私はこれらの映画は世代的に見ることはなく、高校生になった時に観た映画「ティファニーで朝食を」(1961年に公開された奔放な女性の純愛を描いた映画、主題歌の「ムーンリバー」がヒット)、「シャレード」(1963年のサスペンス映画)、「マイ・フェア・レディ」(1964年もミュージカル映画、アカデミー賞8部門を受賞)、「暗くなるまで待って」(1967年のサスペンス映画)などで知っ女優さんです。また、ヘンリー・マンシーニの美しい音楽(メロディ)も魅力的でした。注釈:「マイフェアレディ」の音楽はアンドレ・プレビンによる

私が社会人になったころ、私より二回りほど年上の叔母が彼女と同世代であるオードリー・ヘプバーンの長年のファンであることを知った時、ずいぶん昔から有名な女優だったことに驚いたことを覚えています。独特でスタイリッシュな髪形とハイセンスなファッション、そして魅力的な笑顔が人気でした。ちなみに、この映画は33日にWOWOWで放送されました。(注釈:414日に再放送予定)

今回、紹介する「愛しのサブリナ」(原題:Sabrina/英語圏の女性名)はオードリー・ヘプバーンのヒット作の一つと言われますが、上述したように初めて観る映画です。実はストーリーはおろか題名すら知りませんでした。主演は当時若々しく美しさが光輝いていたオードリー・ヘプバーンと中年の魅力に溢(あふ)れるハンフリー・ボガード(注釈:映画「カサブランカ」などで知られる)です。

それでは、ストーリーを紹介しましょう。(注釈:ネタバレあり、ウィキペディアの記事をベースに加筆)

アメリカ・ニューヨーク州のロングアイランドに暮らす大富豪ララビー家の運転手であるフェアチャイルドの娘サブリナは、ララビー家の次男デイヴィッドに幼いころから密かに恋をしていました。しかし、彼は女好きで、何度も結婚・離婚を繰り返した上、今は大銀行頭取の令嬢であるグレッチェンに夢中。サブリナのことはまったく眼中にありません。叶(かな)わない恋をするのは止めるように父からも言われた傷心(しょうしん)のサブリナは車庫で自殺しようとしますが、異変に気付いたララビー家の長男ライナスにより何とか事なきを得ます。(注釈:序盤はまるでB級映画のよう)

翌日、サブリナは以前から父に勧められていたようなパリへ留学して料理を学びます。2年後、サブリナは見違えるような美女(注釈:ファッションとヘアスタイルが評判)になって帰国し、デイヴィッドは彼女に惚(ほ)れ込んで自宅のパーティーに招待します。しかし、デイヴィッドはララビー家の事業拡大を図る父オリヴァーと兄ライナスの勧めで実業家タイソンの娘エリザベスとの結婚が決まっていたのです。「月に手を伸ばすのは止めろ」と諭(さと)す父に対し、サブリナは「月が私に手を伸ばしているのよ!」と自信満々に答えます。

パーティー会場で注目の的となるサブリナとダンスを踊るデイヴィッドは二人で会場を抜け出そうとしますが、エリザベスを放ってサブリナに夢中であり姿をライナスに見られ、ついには父に呼び出されてしまう。父と口論となったデイヴィッドは、ポケットにシャンパングラスを入れたまま椅子に座ったため、お尻に大怪我をしてしまいませ。待ち合わせ場所でデイヴィッドを待つサブリナの元にライナスが現れ、彼女の相手をします。ライナスはタイソンとの合併を実現させるため、障害となっているサブリナをデイヴィッドから引き離そうと画策するのですが、次第に彼女に心惹(こころひ)かれるようになってしまいます。

ライナスはサブリナをパリに追い出そうと考えて自分もパリに向かう振りをしてパリ行きの乗船券を用意しますが、その前夜にサブリナが彼の会社を訪れて『もう会うことはできない!』と告げます。ライナスは彼女をオフィスに入れて暫(しばら)く話を聞いていましたが、サブリナはライナスの机の上にパリ行きの乗船券が二人分あることに気付きます。『自分もパリに連れて行ってもらえる!』と喜ぶサブリナですが、ライナスは彼女を追い出すために乗船券を購入したことを正直に告げました。

事実を知ったサブリナは落胆(らくたん)してオフィスを後にします。翌日、考えを改めたライナスは重役会議に出席して合併の取り消し決めようとして、デイヴィッドに「1サブリナと共にパリに行くように!』と伝えます。これに対してデイヴィッドは『彼女は兄貴に恋している!』と告げ、デイヴィッドはライナスへ船に乗るように勧めます。デイヴィッドの説得を受けたライナスはサブリナへの想いを認めて会社を飛び出します。そして、出航したパリ行きの船をタグボートで追いかけて船に乗り込み、船のデッキでライナスはサブリナと抱き合います。(出典:ウィキベディアの記事を一部改変)

ウィリアム・ホールデンが演じた浮気男のデイヴィッドがこの映画を盛り立てたことが印象に残りました。ちなみに、彼は映画「慕情」(原題:Love is a Many-Splendored Thing 1955年公開)では英中のハーフであるハン・スーインと恋に落ちるアメリカの新聞記者のマーク・エリオットを好演しました。今風に言えばW不倫の関係です。主題歌 "Love is a Many-Splendored Thing"(意味:愛は多く輝くものだ)、歌唱:Nat King Cole、第28回アカデミー賞歌曲賞を受賞)は映画音楽史上屈指の名作として世界的に大ヒットしました。邦題の「慕情」もこの映画の内容をよく表していますが、日本人好みのタイトルと言えます。

さて、主演したオードリー・ヘプバーンは、映画「ローマの休日」と同様、奔放(ほんぽう)さとエレガントさを遺憾なく発揮(はっき)しました。もし、他の女優さんがサブリナを演じたとすれば、多くの視聴者は最後のハッピーエンドを心から喜べないでしょう。一方、ハンフリー・ボガードはビジネスにしか関心がない冷血漢を見事に演じました。しかし、怪我(けが)をした弟の代理と称して何度もサブリナをデートに誘うのは、例え弟想いの兄だとしても、不自然だと思います。そして、『弟からのキスだよ!』と言いながらサブリナにキスをするのです。代役を演じているうちにサブリナに心惹(ひ)かれたのかもしれませんが・・。

ラストシーンの重役会の場でライナスと弟のデイヴィッドはサブリナを巡って互(たが)いに譲(ゆず)り合います。実は前夜、サブリナがライナスに対する自分の気持ちをディヴィット告げていたのです。そして、二人の父親もこれを認めるように自分が重役会を取り仕切り始めます。エンディングでは、船員がサブリナも良く知っている中折れ帽をサブリナに差し出して、『鍔(つば)の形を整えて欲しい』 と突然言うのです。サブリナが咄嗟(とっさ)に事態を理解すると、ライナスがその場に現れて、二人はデッキで抱き合います。帽子が重要な小道具として使われる古き良き時代のアメリカ映画なのです。◇

2020年3月30日 (月)

神奈川県立三ツ池公園でお花見を楽しむ!(最終回) コリア庭園

門を潜(くぐ)って敷地内に入ると、目の前に見覚えのある建物が現れました。別堂(別棟)の「通友斎」です。

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右手(建物の正面)にある「主庭」には亀を模(かたど)った「亀形山」があり、

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その奥には「方池円島」(陰陽魚の形をした池)が続きます。その奥には塀越しに東屋(あずまや)が見えます。

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「通友斎」の入口へ向かいました。

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別堂「通友斎」の説明

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建物内の左手にある部屋

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右手にある板張りの部屋

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その右手には一段高くなった板張りの広い部屋があります。

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展示されている陶磁器や銅製火爐(かろ、火鉢)など

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木製長持(ながもち/キャビネット)

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建物の外へ出て反対側にある「後庭」の土塀(どべい)と花壇

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台所に近い後庭に造られた醤油・味噌・漬物置場の「醤壺壹(チャントッテ)」

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ちなみに、瓶(かめ)と壺(つぼ)の区別は日本と異なるのかも知れません。下の写真は「醤壺壹」の説明看板です。

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余談です。「醤壺壹」の最後の「壹」は数字の一を意味する漢字です。3世紀末に中国で書かれた魏志倭人伝(ぎしわじんでん)に「邪馬壹國」、つまり日本語でいう「邪馬台国(やまたいこく)に女王の「卑弥呼(ひみこ)」がいたことが記述されています。ちなみに、中国語では「壹」を「イツ」または「イチ」と発音するようです。しかし、5世紀になると字体が似ている「臺」(台の繁体字で高い建物を意味する、中国語の発音:ダイ、タイ、日本語の訓読み:うてな/しもべ)を使って「邪馬臺国」と表記されるようになったことを「邪馬台国」関連の本で読んだことがあります。

「後苑」に出る「後門」を潜(くぐ)ります。ちなみに、「後苑」は土塀で囲まれたエリアの周囲(3方向)に広がっていました。

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六角亭の「観自亭」

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敷地の奥から見た正門方面

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想像上の神獣である韓国の狛犬「ヘテ石」

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正門前の駐車場は1時間半ほどの間にほぼ満車に近づきました。早めに訪れたことで、ほとんど人影のない園内をのんびり散策しながら、落ち着いてお花見を楽しむことができました。ただし、散策路にはベンチが一切無く、休憩できる場所は最初に立ち寄った正門近くの「パークセンター」(テーブルとイス)以外、「中の池北側の売店内」、中間地点の「遊びの森」「花の広場」「遊びの森」「中の池西端の親水エリア」「中の家南側の東屋」にある少数のベンチだけでしたから、混雑時にイスやベンチで休憩することは困難でしょう。午前10時を少し過ぎたところで小雨が降り始めましたから、そのまま帰路に着きました。

〈同行者のコメント〉 何処へも連れて行ってもらえない日々が続きましたが、旦那様が突然お花見に行くと言うのです。少し寒そうでしたので、コートとマフラーを持参しました。というのに、旦那様は軽装なのです。三ツ池公園の桜は綺麗に咲いていましたが、冷たい風が吹いていたため花冷えとなり、園内を歩いているうちに体が冷えてしまいました。それでコリア庭園はパスして車に逃げ込みました。

2020年3月29日 (日)

神奈川県立三ツ池公園でお花見を楽しむ!(その6)

直前の天気予報通りでしたが、今、季節外れの本格的な雪が降っています。朝方、確認した時には雨でしたが、それが急に雪に変わったのです。外気温は1度で溶ける気配はまったくなく、植栽や屋根はもちろんのこと、路面にも雪が積もり始めています。最近、再開したウオーキングは終日控えるつもりです。閑話休題。「お花見」の記事を続けます。

<追記2020年3月29日午後2時45分> 雪が止んだ午後2時過ぎに通路と車庫の周辺を除雪すると、これを待っていたかのように同居者は車で出かけて行きました。

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「上の池」の東側に続く遊歩道を「中の池」方面へさらに歩きます。

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「池周りランニングコース」 の1000m地点

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「コブシ」の花も咲いています。

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「上の池」と「中の池」とを仕切る堤防に設置された水門

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「池周りランニングコース」 の1200m地点

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こちらは「中の池」と「下の池」との水路を開閉するもう一つの水門

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「下の池」の南岸を進みます。周回コースの終点である「水辺の広場」はもうすぐです。

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水辺の広場」に到着

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「水辺の広場」の端にある「天馬の像」は中国古代(1700年前)の芸術的逸品だといわれる「馬超龍雀(ばちょうりゅうじゃく)」の複製品だと説明されています。

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入園時には前を通過したコリア庭園の「前苑」(注釈:階段の下)と「前庭」(注釈:階段の上)を抜けて「正門」へ向かいました。李朝朝鮮時代の両班の住宅を再現した施設です。注釈:両班とは上流士族の東班(文人)と西班(武人)を総称する言葉

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門の右手にある案内看板には『神奈川県と韓国・京畿道(きょんきどう)との友好提携(19904月)を記念して作られた朝鮮王朝時代の両班(ヤンバン)の家を模した家と地方貴族の山荘庭園をイメージしたコリア庭園である』 ことが詳しく説明してあります。

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右手前にある「方池円島」は朝鮮時代の民家正門前の前庭に一般的に設置されたものであることが説明されています。

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土塀に囲まれた「前庭」とその説明

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(続く)

2020年3月28日 (土)

神奈川県立三ツ池公園でお花見を楽しむ!(その5)

「中の池」の西端を回り込んだ所にある「親水エリア」から見た「花の広場」方面

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「中の池」の南側に続く遊歩道は緩(ゆる)やかに上って行きます。

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「池周りランニングコース」が正式名称でした。前方に「東屋(あずまや)」が見えます。

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鮮やかな黄色の花は「黄梅(おうばい)」でしょう。

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「中の池」と「上の池」の間に出ました。

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「ジャンボすべり台」と「大砂場」の脇を通過

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外周散策路に繋(つな)がる階段

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「横浜緋桜」

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通常は10月ころから12月ころと翌春4月中旬ころに開花するという「冬桜」が咲き始めています。
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噴水から噴き出した水が小川となって「上の池」に流れ込む「水の広場」脇を通過しました。子供の水遊び場でしょう。

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南端から見た「上の池」の岸辺は黒いシートで覆(おお)われています。

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ここにも「案内地図」がありました。

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幹が遊歩道へ傾いた「関山」

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「上の池」の東岸を北へ歩きます。

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「水仙」が開花し始めています。

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東側にある傾斜地の上に散策路が見えます。

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(続き)

2020年3月27日 (金)

神奈川県立三ツ池公園でお花見を楽しむ!(その4)

白色の里桜「白妙(しろたえ)」は大輪八重咲の花が咲くはずです。

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まだ固い蕾(つぼみ)の「松月(しょうげつ)」の花は淡紅色の八重咲きで、花の中心は白色で細かい切れ込みが入るのが特徴のようです。

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「紅笠(べにかさ)」の花は大輪・八重咲き淡紅色で、開花期は4月下旬のようです。

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「紅豊(べにゆたか)」の花は八重咲で濃厚紅色で、通常の開花時期は4月上中旬

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「中の池」の西端近くにある「遊びの森

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「中の池」の西端に設けられた水辺階段(親水エリア)の下にできた「花筏(はないかだ)

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カモ科で渡り鳥の「金黒羽白(きんくろはじろ)」

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「江戸彼岸桜(えどひがんざくら)」の開花時期は通常3月下旬ですから、暖かい今年でも例年並みと言えます。

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若葉を塩漬けにして桜餅(さくらもち)を包む野生の「大島桜」(注釈:通常の開花時期は4月上旬)はすでに満開です。

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対岸の親水エリア近くを泳ぐのは水鳥の「軽鴨(かるがも)」でしょう。

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花の広場」です。奥へ続く舗道(ほどう)は公園敷地の周辺に続く散策路に繋(つな)がっているようです。名前通りに桜の木が群生していますから、草地にシートを敷けば、簡単に「お花見会場」になりそうです。

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野生種の「大島桜」は、通常4月上旬に開花するそうですが、323日というのにほぼ満開状態です。

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「大島桜」と「中の池」越しに臨んだ県域放送局「テレビ神奈川(TVK)」(昭和47/1972年開局)の電波塔(高さ170mの三ツ池公園送信所、愛称:三ツ池タワー)です。鶴見区と川崎市南部のランドマークと言えます。

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ちなみに、開局時はUHF電波を使うアナログTV放送(42ch)でしたが、200412月から地デジ放送(18ch)が始まりました。そして、アナログ放送は20117月に終了。また、東京にある"inter-FM"の中継局を併設しているそうです。

ここにも「三ツ池の桜」の案内看板があります。

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通常は3月上旬に開花する「大寒桜」は既に葉桜となり始めています。

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西端から見た「中の池」

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「水鳥」の説明看板

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「軽鴨」と「金黒羽白」を一緒に捉(とら)えようとましたが、シャッターのタイミングが悪くて・・!

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(続く)

2020年3月26日 (木)

神奈川県立三ツ池公園でお花見を楽しむ!(その3)

山桜群の「山桜」も開花し始めています。通常の開花時期は4月上旬から下旬とのこと。

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野生の桜である「山桜」は芽出しとほぼ同じころに花が咲き、花や若葉の色の変化が楽しめるそうです。「山桜」から私は藤沢修平さんの短編小説「山桜」(1980年に小説宝石に掲載)を思い出します。海坂藩(山形県鶴岡市にあった庄内藩がモデル)の下級武士と同じく下級武士の娘の心情を見事に描いた小説です。2008年には東山紀之さんと田中麗奈さんの共演で映画化されました。二人は小説の風情をよく表現していたと思います。参考:中国語(繁体字)字幕付きのトレイラー映像

「下の池」と「中の池」を仕切る堤防に濃い桃色の桜が咲いているのが見えました。

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「下の池」の西端にある「染井吉野」の古木(開花標本木)

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「苔清水(こけしみず)」

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中の池」に群れる水鳥たち

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堤防の両脇に咲くのは「横浜緋桜(ひざくら)」でした。

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木立に覆(おお)われた「石の広場」にある歌碑(江戸末期の天保14年/1843年建立)には「三ツ池」を詠(よ)んだ和歌が刻(きざ)まれていました。

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同じく「百樹の森」碑は神奈川県知事津田文吾書とあります。昭和43年(1968年)に命名された「三ツ池公園」の雅称(がしょう)のようです。

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長い石段の上にある小さなお社(やしろ」

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桜の花越しに見る「中の池」

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遊歩道は「中の池」に沿ってさらに続きます。

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3つの池の周りに設定されたジョッギングコースの距離標識

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これも山桜群の「山桜」

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里の広場

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(続く)

2020年3月25日 (水)

神奈川県立三ツ池公園でお花見を楽しむ!(その2)

里桜群の「普賢象(ふけんぞう)」は4月下旬に八重咲の大輪の花を咲かせるそうです。

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「染井吉野」の古木

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「下の池」を取り囲んで咲く桜

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モザイク状に舗装された遊歩道

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テニスコートの脇に出ました。「下の池」の周囲にはテニスコート、軟式野球場、いこいの広場などがあります。

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里桜群の「関山(かんざん)」もまだ蕾(つぼみ)が固い

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「大島桜」は幹や枝から芽吹き始めています。

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テニスコートを過ぎた所に立つ看板には園内の案内地図・桜の品種・開花時期が説明してあります。

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「下の池」に沿って続く散策路の両側には染井吉野(そめいよしの)・薄重(うすがさね)大島・普賢象(ふけんぞう)・関山(かんざん)・大島桜(おおしまざくら)が廻廊を造形しています。予想通りに染井吉野と大島桜は5分咲きですが、その他はまだ蕾(つぼみ)です。

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右手の坂道は高台を巡る散策路へ続いているようです。

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八重咲きの「横浜緋桜(ひざくら)」

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梅護寺数珠掛桜(ばいごじじゅずかけざくら)

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里桜群の「紅華(こうか)」

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「染井吉野」の古木は、幹が大きく刳(えぐ)れ、しかも反対側まで穴が貫通していますが、新芽には生命力が感じられます。

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(続く)

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