文化・芸術

2019年8月16日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その58) ヘルシンキ郊外にあるポルヴォーを観光する③

手作りチョコレートの店”PETRIS”(関蓮URL
 
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インテリアの店Vanille Home”(関連URL)
 
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この海老茶色の建物は1809年、スウェーデンから割譲されたファインランドにフィンランド公国を建国するため、ロシア皇帝アレクサンドル1世によって召集されたポルヴォー議会(フィンランド語:Porvoon Valtiopaivat、スウェーデン語:Borga Lantdag)が開催された場所です。つまり、フィンランドがロシア帝国の支配下に入った重要な立法議会の開催地ですちなみに、アレクサンドル1世はポルヴォー議会の会期中(1809年5月25日~7月19日)、ここに逗留(とうりゅう)したそうです。
 
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幅の広い自動車道(地方道170号)へ出てポルヴォー川に架かる橋の中ほどまで歩くと、築300年を経た倉庫群が目の前に広がりました。重要文化景観の一つだそうです。右手前は古い建物と船を利用したカフェ&バー"Porvoon Paahtimo"トリップアドバイザーの評価によるとポルヴォーで第1位のレストランです。
 
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倉庫群の先には旧市庁舎と修復工事中の大聖堂(大きな三角屋根)を見ることができました。
 
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橋から見たポルヴォー旧市街
 
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旧市街に戻りました。この建物には家具屋さんが入っているようです。
 
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その隣、同じ建物の南東の角にあるのは1871年創業のキャンディ店BruunBerg関蓮URL
 
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由時間になると同行者は、キャンディ店”BruunBerg”ではなく、手作りチョコレートの店”PETRIS”に直行しました。
 
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店の外に出ると青空を人工のカラスと本物の鳥が飛んでいました。
 
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ポルヴォー旧市街の地図を見かけました。
 
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キャンディ店”BruunBerg”の前に戻って見た南方向(幅の広い道路が東西に通っている)
 
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ポルヴォーへ到着してちょうど1時間後の午後4時ころ、専用バスに乗車して地方道170号でヘルシンキへ向けて出発しました。
 
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ポルヴォーで同行者はお土産用のチョコレートと自分のコレクションであるパッチワッペン)とスプーンの探索に余念がなく、1時間の滞在時間はあっという間に過ぎてしまいました。至極満足そうですから、帰国する前日にヘルシンキの郊外をわざわざ訪れた甲斐があったようです。 (続く)

2019年8月15日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その57) ヘルシンキ郊外にあるポルヴォーを観光する②

ポルヴォー近郊のキーアラで生まれた画家アベルト・エデルフェルト(Albert Edelfelt、1854-1905年)の胸像と彼が描いたポルヴォーの路地
 
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“Salt.”は何の店でしょうか。後で調べると、カジュアルな欧州料理のレストランでした。
 
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不思議な形状の金具が窓辺に取り付けられています。地元ガイドさんによれば、家の前を通行する人を確認するための鏡とのこと。世の東西を問わず隣人に興味津々である人はいるものです。
 
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住宅の門扉
 
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雨戸がある住宅の窓
 
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石畳の道が続いています。何軒もの住宅の脇にそれぞれ自動車が停まっていますから、この町では青空駐車が一般的のようです。
 
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右手の路地に入って急坂を下ります。
 
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前方にピンク色の建物が見えてきました。1764年に完成した旧市庁舎で、フィンランド最古の市庁舎の一つとのこと。ちなみに、現在は博物館となっています。
 
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路傍に咲くタンポポなど
 
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下り坂の路地が続きます。
 
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2重窓の内側にある綿のようなものは結露対策とのこと
 
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旧市庁舎にある“DET GAMIA BORGA”(ボルガ博物館)と表示されたレリーフ
  
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旧市庁舎の北側にある石畳のマーケット広場に出ました。前方のテントでは何か土産物のようなものが売られているようです。
 
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旧庁舎の南側にはCafé POS 3関連URL)などの店舗が並んでいます。
 
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旧庁舎の南側にあるギフトショップのSHOP SADUNHENKI
 
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フィンランドの手芸品とインテリアの店ISTRA & ILMAR” 
 
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MEAT DISTRICT関連URL)は欧州料理とステーキの店のようです。
 
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(続く)

2019年8月14日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その56) ヘルシンキ郊外にあるポルヴォーを観光する①

午後2時ころにヘルシンキの中心部を出発した専用バスは欧州自動車道路E75からE18に入ってヘルシンキの東方約50kmにあるフィンランドでは旧首都のトゥルク(Turku)に次いで2番目に古い街ポルヴォー(人口約5万人)へ向かいました。ちなみに、ポルヴォーは中世からおよそ800年の歴史があるそうです。
 
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出発して約45分が経過すると、一般道1541への分岐点に差し掛かりました。
 
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E18は森林地帯へと入って行きます。
 
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E18から一般道へ出ると、住宅が立ち並ぶ水辺に出ました。
 
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午後3時少し前、ポルヴォーに到着したようです。駐車場には大型バスが2台停まっているのが見えます。
 
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ポルヴォーはフィンランド湾に注ぐポルボー川(Porvoonjoki)沿いの町のようです。ちなみに、現在地は地図の左下。
 
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駐車場内には移動式の榴弾砲(りゅうだんほう)が展示されています。カノン砲よりも砲身が短く、短射砲ですが、軽量・コンパクトであることが特徴です。説明パネルに1941年の文字が見えますから、第二次世界大戦中においてソ連がフィンランドへ侵攻した時、フィンランド軍によって使われたものかも知れません。
 
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ポルボー川に架かるオールドブリッジを渡って対岸にあるポルヴォーの旧市街へ向かいます。かつてはポルヴォーに入るための唯一の橋であったこの橋からは重要文化的な景観として知られる川沿いの倉庫群や教会など、絵画のようなポルヴォー旧市街などが一望できました。ちなみに、ポルヴォーの旧市街にある住居は18世紀に当時の建設規制にしたがって造られ、現在にいたるまで大切に守られてきたそうです。ちなみに、前方に見える大きな三角屋根は大聖堂と思われます。
 
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船着き場(右手前)の先に見える対岸には綺麗な住宅群とポルヴォー旧市街を代表する倉庫群(写真右端)が並んでいるのが見えます。
 
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オールドブリッジを渡りきると、集落に入る坂道がありました。
 
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石畳の急坂は歩行者にとって難儀です。
 
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前方に黄色く塗られた建物が見えてきました。1923年にフィンランドスウェーデン語教区の監督職がポルヴォーに設置されたことにともない、1927年に建てられた監督館(公邸)です。
 
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右手の坂道沿いにはライラックの花が咲き誇る住宅があります。ちなみに、フィンランドの国の花はスズランのようです。
 
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左前方に大聖堂の付属施設である美しい鐘塔が見えてきました。ちなみに、13世紀から14世紀にかけて最初の教会が現在の場所に建設されましたが、現在の建物は1450年代に完成し、1723年に大聖堂となったそうです。残念ながらこの日は大聖堂が修復工事中のため敷地内に入ることができません。
 
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(続く)

2019年8月13日 (火)

北欧4か国を駆け巡る旅(その55) ヘルシンキ市内観光④欧州料理店「ジンケラー」でランチ

こちらはヘルシンキ・アイランド・ホッピング(諸島巡り"JT-LINE")の乗船場です。マーケット広場発着で世界遺産の古い要塞があるスオメンリンナ島などを巡るサービス(4ルート有)を夏季期間(5月1日~9月30日)に提供。料金は10ユーロ、途中乗下船可。
 
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桟橋に接岸するその観光船(海上バス)
 
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港の右手方向(西側)
 
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ヘルシンキの街角でもキックボードを発見
 
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セナーティ広場へ戻ると、フィンランド・チームが前々日の5月26日にスロバキアで開催されたアイスホッケーの世界選手権で優勝して世界一になったことを祝うコンサートの開催準備が始まっていました。
 
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午前12時40分ころ、大聖堂から北東へ約500mと近い欧州料理店「ジンケラー(」(Ravintola Zinnkeller)に入店しました。 
  
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ランチに出されたのはマッシュルームのスープとニシン料理です。あっさりした味付けのスープと濃いめの味付けのニシン(人参とジャガイモ添え)はいずれも美味しく食べました。
 
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ランチを終えた午後1時40分ころ、ヨットハーバー沿いの道で専用バスに乗車しました。少し離れた埠頭には貨物船が停泊しています。
 
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ウスペンスキ寺院が見える場所を通り、
 
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市中央駅の南西約1.4kmにあるラディソン・ブル・ロイヤル・ホテルRadisson Blu Royal Hotel)に立ち寄ると、この日の後半ツアーに参加しない一部メンバーが下車しました。
 
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マンネルヘイミン通り(Mannerheimintie) に入ると、国会議事堂の左手前角にフィンランドの初代大統領(1919-1925年)であるK.I.STAHLBERG(1865-1952年)の銅像を確認できました。
 
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そして、“Helsinginkatu”通りに入って東進し、リンナンマキ遊園地の脇を抜けました。
 
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そこで、自転車に乗るスイカ頭を発見。こちらは充電しなくても一人で走れるエコタイプです。
 
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これから向かう次の目的地はヘルシンキの東北東方向へ50km(約1時間)の地点にある古い町ポルボー(Porvoo)です。(続く)

2019年8月12日 (月)

北欧4か国を駆け巡る旅(その54) ヘルシンキ市内観光③ヘルシンキ大聖堂とマーケット広場

マネンヘイム元帥(1867-1951年)の騎馬像があるヘルシンキ国立現代美術館キアズマの広場の前に出ました。
 
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そして、ヘルシンキ中央駅前を通過
 
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その向かいにある“Duodecim”は1881年に設立されたフィンランド医学会です。
 
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ヘルシンキ中央駅に東隣、フィンランドの有名な小説家アレクシス・キヴィ(1834-1872年)の像があるラウタティエントリ広場の北側にある建物は国立劇場Suomen Kansallisteatteri)です。
 
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カイサ二エミ公園Kaisaniemi Park)にあるフィンランドのヘーゲル哲学者ユーハン・ヴィルヘルム・スネルマン(J.V.SNELLMAN)の銅像
 
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ヘルシンキ大聖堂に到着しました。ヘルシンキに現存する2番目に古い教会。ちなみに、最も古い教会は木造のオールド教会です。
 
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大聖堂の前にあるセナーティ広場にはかつてフィンランドを統治したロシア皇帝アレクザンダー2世(Alexander II)の銅像があります。
 
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セナーティ広場の右手にある建物
 
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セナーティ広場の左手にある建物
 
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約40万個の御影石が引きつめられたセナーティ(元老院)広場
 
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セナーティ広場を出て南方向へ歩きました。
 
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ヘルシンキ大聖堂を振り返りました。
 
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現地
ガイドさんの説明によれば、この通りは2019年2月1日から上映された映画「雪の華」のロケ地になったそうです。参考までにその映画の導入部を紹介すると、『余命1年と宣告された若い女性が偶然出会ったガラス工芸家を目指す男性に100万円を提供する代わりに1か月間の恋人になって欲しいと依頼して受け入れられたことで、2人のフィンランド旅行が始まりました。そして、二人のデートが始まったのがヘルシンキ大聖堂前の広場からマーケット市場へ向かうこの通り(SOFIEGATAN)なのです』。
 
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セナーティ広場から南へ約200m歩くと、エテラ港に面したマーケット広場に到着しました。青空市が開催されていて、オレンジ色のテントには野菜・フルーツ・お土産になる手工芸品・新鮮な魚を使った屋台飯などの店が並んでいます。
 
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振り返ると、マーケット広場の北側にはヘルシンキ市庁舎があります。
 
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マーケット広場の中心にあるモニュメント
 
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右手(東側)にはシベリウス公園へ向かう途中で一瞬だけ見えたウスペンスキ寺院が間近にあります。
 
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(続く)

2019年8月11日 (日)

北欧4か国を駆け巡る旅(その53) ヘルシンキ市内観光②テンペリアウキオ教会

“Runeberginkatu”通りに入って南下しました。
 
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トーロ地区のアパートが建ち並ぶエリアにある
テンペリアウキオ教会(別名:岩の教会)に到着しました。
 
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岩盤をくり抜いて1969年に完成した福音ルーテル派の教会で、岩盤を掘削し、その上に銅線を使った円形の屋根を被せたユニークな造りです。岩と屋根の間にはガラスを使い、自然光が取り入れられるように工夫されており、軽井沢の石の教会に似た雰囲気があります。
 
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祭壇とその周辺は岩がむき出しになっています。
 
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明かり取の大きな窓
 
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螺旋状に渦を巻いた銅線の天井は直径約24mと巨大です。
 
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2階バルコニーへ上がると、教会内の全景を見ることができました。繰り抜いた岩盤がそのまま使われていることで音響効果は抜群であるため、しばしばコンサートホールとして使われるそうです。
 
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10分余りと短い滞在の後、教会から外に出ました。
 
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次はヘルシンキのランドマークであるヘルシンキ大聖堂とマーケット広場です。(続く)

2019年8月10日 (土)

北欧4か国を駆け巡る旅(その52) ヘルシンキ市内観光①シベリウス公園

午前10時45分ころ、専用バスで約2時間のヘルシンキ市内観光へ出発しました。
 

参考情報です。フィンランドは、王国である他の北欧諸国とは異なり、唯一の共和国である。人口は約532万人、首都はヘルシンキ(人口は約61万人、大都市圏の人口は約117万人)。国土は西がスウェーデン、北がノルウェー、東がロシア、南がフィンランド湾を挟んでエストニアと接しているが、スカンジナビア半島には含まれない。また、国土の大半は平坦な地形で、氷河期に削られて形成された湖が無数に点在し、植生はタイガ(針葉樹林)と地衣類が多い。産業は農業と林業が中心だったが、携帯電話のノキアやOSのリナックスなどで知られる工業先進国かつサービス大国、つまり現在は経済大国である。
 
ちなみに、国名のフィンランドは、言語的な特徴(ウラル語族)から推定して、東方(シベリアまたはコーカサス)から移動してきたとされるフィン人の国を意味する。歴史的には、1155年までが先史時代、1155-1809年がスウェーデン時代(注釈;北方十字軍による占領
)、1809-1917年がロシアによる大公国時代(注釈;大北方戦争による)、1917年以降が独立国としてのフィンランド王国時代に大別される。また、EU加盟国で、通貨はユーロである。

注釈;1人当たりのGDPでは、4位ノルウェー(産油国)、10位デンマーク、12位スウェーデンなどに次いでは15位である。ちなみに、1位ルクセンブルグ、2位スイス、3位マカオ、そして日本は26位。
 

丘の上に建つウスペンスキ寺院は1868年に完成した北欧最大規模のフィンランド正教会です。ロシア人建築家アレクセイ・ゴルノスタヤブによって設計されたビザンチン・ロシア建築で、赤レンガと金色に輝くタマネギ形のクーポラが特徴とのこと。
 
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マーケット広場とエスプラナーディ公園の間にある交差点を左折すると、
 
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右前方に
ヘルシンキ市庁舎が見えましたので急いで撮影すると、手振れ写真になってしまいました。1833年にホテルとして建てられましたが、その移転にともない、1920年代に市庁舎として改装されたようです。
 
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エスプラナーディ公園内(左手)にあるフィンランド料理店カペリKappeli)の前を通過
 
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マンネルヘイミン通り(Mannerheimintie)へ右折すると、左手にある“FORUM Shopping Centerの前を通過
 
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右前方にヘルシンキの玄関口であるヘルシンキ中央駅(1862年開業)が見えます。
 
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左手には1931年に建設された
国会議事堂Parliament House
 
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右手にはヘルシンキ現代美術館キアズマ(左)とヘルシンキ中央図書館オーディOodi)が見えてきました。”Oodi”はフィンランド語で「頌歌(しょうか)」、古代ギリシャ劇で歌われる神の栄光や人の功績などをたたえる賛歌のことだそうです。フィンランド人が独立100周年を祝福する意味を込めて、2018年12月5日に開館しました。

注釈;フィンランドンは1155年からスウェーデン王国に属していたが、1809年にスウェーデンがロシア帝国との戦争に敗れたことからロシア帝国に割譲されてフィンランド大公国となり、1917年にフィンランド王国としてソ連(旧ロシア帝国)から独立し、1918年にフィンランド共和国となった。
 
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ヘルシンキ国立現代美術館キアズマの広場にあるフィンランド建国の父と讃えられるマネンヘイム元帥(6代目大統領)の騎馬像“Statue of Mannerheim
 
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フィンランド国立博物館では写真展”Inherit the Dust”が行われています。1916年から博物館として公開されたフィンランドを代表するナショナルロマンチック様式建築です。
 
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フィンランディア・ホールは建築界の巨匠アルヴァ・アアルトの代表作として有名なコンサートホールで、 外壁がイタリアのカッララの大理石で、内部の壁タイルの一部はアラビア社製とのこと。
   
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ヘルシンキ大学とアールト大学の訪問者用の宿泊施設テーロタワー(Toolo Towers)の付近を通過
 
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ヘルシンキ市の北西にあり、海に面したシベリウス公園に着しました。主要道路”Mechelininkatu”を挟んで東西に広がる大きな公園です。
 
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西側のエリアに入ると、フィンランドを代表する作曲家ジャン・シベリウスの肖像レリーフとステンレスパイプの彫刻がありました。
 
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大きな岩石の上に置かれたシベリウスの肖像レリーフと並んで記念撮影する人たちがいます。
 
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ちなみに、ジャン・シベリウス(1865-1957年)は後期ロマン派として活躍したフィンランドの作曲家です。フィンランドがロシア帝国から独立しようとするする時代に音楽を通じて国民意識(愛国心)を形成することに貢献したとされます。交響詩フィンランディアと7曲の交響曲などの作品が知られています。
 
公園内には露店が出が出ています。
 
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クラッシクカーを使って商品をディスプレイする露店
 
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10分足らずの滞在でしたが、次は国会議事堂の西方約500mにあるテンペリアウキオ教会へ向かいます。(続く)

2019年8月 2日 (金)

北欧4か国を駆け巡る旅(その46) ストックホルムの旧市街で教会を巡る③路地とドイツ教会

貴族の館の前から“Stora Nygatan”通りに入ると、左手に伸びる”Storkyrkobrinkenn”通りの先に大聖堂の尖塔を見ることができます。
 
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"Stragramunkegrand"通りとの三叉路の角にある“STAMPEN”はTripAdvisorによればストックホルムにある2837件のレストラン中で台314位とのこと。
 
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左手に伸びる細い路地Helga Lekamens Grand通りを進むと、
 
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大広場により近い“Vasterlanggatan”通りに行き当りました。
 
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“Vasterlanggatan”通りにあるセブンイレブンの店
 
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婦人服の店GUSTAF/MELLBINN
 
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"Kryp In Gamla stan"はTipAdvisorによる評価でストックホルムのレストラン2838軒中32位とトップクラス
 
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一旦、大広場に戻り、Skomakargatan通りを南へ歩いて、最初の交差点を右折して”Tyska Brinkenn”通りに入りました。同行者はどんどん先へと歩いて、三差路の先にある長い坂を下りそうになっていますが、目的地は今いるところの左手ですよ!!
 
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同行者に声をかけて、ドイツ教会の北門に無事到着。ドイツ教会はハンザ同盟の商人たちによって17世紀に建てられた教会です。
 
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真下から見上げた鐘楼
 
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建物の横にある入口
 
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建物に沿って進むと南側に正面の入口がありました。内部には金メッキの天使像が38体あるそうですが、自由時間の終わりが迫りましたので外観を見るだけに。
 
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元来た道を辿って大広場へ戻ります。
 
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大広場に面したレストラン”Stortorgskallaren”(大広場の記事に掲載した写真参照)でランチを摂ることになりました。当初の予定ではストックホルムで一番高い建造物であるカクネス塔にあるレストランが予定されていましたが、改装工事に伴う休業中であったための代替案です。とは言っても、旧市街の中心部にあり、かつTripAdvisorの評価ではストックホルムのレストラン2838軒中123位と評判のレストランです。ランチのメニューはスープとサーモンのムニエル(注釈;2018年ノーベル賞晩餐会で出されたアークティック・チャーと似ている)、そしてスイーツだけのシンプルな内容でしたが、味付けが上品であり、内装もクラッシクでまずまず満足できるランチでした。旧市街の散策話に花が咲いたため、スープだけの撮影になってしまいました。
 
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ストックホルムの市内観光は半日余りと短いため、ストックホルム市庁舎と旧市街(ガムラ・スタン)を観光しただけですが、他にも国会議事堂、王室専用の狩場だったユールゴーダンにあるスカイセン屋外博物館、レンブラント作品を多く展示する国立美術館、世界遺産に認定されたドロットニングホルム宮殿など見どころはたくさんあり、グルメの人は多くのレストランでスウェーデン料理を楽しむことができ、さらには北の新市街(ノッルマルムとエステマルム)や南の新市街(セーデルマルム)で北欧デザインの家具・食器・雑貨を見て歩くことも良いでしょう。また、時間に余裕がある方は水の都と呼ばれるストックホルムの水路/橋/町並みを船で巡るクルーズ観光(中央駅近くの桟橋とグランド・ホテル前の桟橋などを出発する3コースが有り)、そしてポップ・ミュージックが好きな方にはスウェーデン出身の人気ポップ・グループABBAの音楽とダンスが楽しめるABBAミュージアムをお勧めしたいと思います。
 
ここで投稿を小休止します。(続く)

2019年8月 1日 (木)

北欧4か国を駆け巡る旅(その45) ストックホルムの旧市街で教会を巡る②リッダーホルム教会(後編)

振り返って後方(入口方向)を撮影しました。残念なことにステンドグラスは彩色されていません。
 
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床面に施された細工
 
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紋章
 
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埋葬に使われた棺桶
 
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『教会の創設者かつ主要な寄付者であるMagnus Ladulas王(1240-1290年)とKarl Knutsson Bonde王(1408-70年)が埋葬されている。(以下略)』 と説明されています。
 
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イエス・キリストの磔刑(たっけい)シーンの絵画が主祭壇に祀られています。
 
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その上にあるステンドグラス
 
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右手にあるグスタフ3世の地下納骨所
 
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地下納骨所の説明
 
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もう一つの地下納骨所
 
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地下納骨所の説明には埋葬されている代々の王と王妃の名前がリストアップされています。
 
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ベルナドッテ礼拝堂の説明
 
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スウェーデン=ノルウェー連合王国国王カール14世ヨハンの王妃であるフランス出身のデジデリア(デジレ・クラリー)の納骨所
 
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“BERNADOTTE”はカール13世の養子でスウェーデン王太子のカール・ヨハンを指すと思われます。
 
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様々な装飾品が飾られています。
 
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西洋甲冑
 
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氏名不詳の肖像画
 
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入口の近くまで戻ると、教会に貢献した人々と13世紀にはこの教会は修道院であったことの説明がありました。
 
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リッダーホルム教会を出て、ストックホルム商工会議所(写真左)との間にある道を歩いて、旧市街の中心部へ戻ることにしました。
 
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(続く)

2019年7月31日 (水)

北欧4か国を駆け巡る旅(その44) ストックホルムの旧市街で教会を巡る①リッダーホルム教会(前編)

大広場に到着した到着したところで一旦解散して1時間半ほどの自由行動です。王宮に戻って博物館を梯子(はしご)することも考えましたが、旧市街(ガルマスタン)にある教会巡りをすることにしました。
 

先ず向かったのは旧市街の西端、リッダーホルメン(Riddarholmenn)島にある歴代のスウェーデン国王一族の墓所であるリッダーホルム教会です。大広場から大聖堂まで戻り、先ほど見かけた下り坂の”Storkyrkobrinken”通りを下ると、旧市街のメインストリートである”Vasterlanggatan”通りと王宮の北側から伸びる”Myntgatan”通りが交わる変則的な五差路に出ました。右手(東側)の小さな広場に新聞出版者の”Lars Johan Hierta”(1801-1872年)の像があります。
 
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向かい側(北西角)には17世紀に建造されたバロック様式の建物である貴族の館Riddarhuset)がありました。貴族階級による初の議会が行われた場所だそうです。ちなみに、その前に立つのは16世紀半ばの国王グスタフ・ヴァーサが堂々とポーズする銅像です。
 
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開館時間(Oppet for besokare)は11:00-12:00と一日当たりわずか1時間と表示されています。ちょうど午前11時になったところですが・・。
 
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交差点付近で”Riddarhustorget”通りと名称が変わった東西に伸びる道を進むと、橋の前方に大きな尖塔があるリッダーホルム(Riddaaholms)教会が近づきました。右側の歩道は工事中のようで”Gaende Hanvisas till andra sidann”(向こう側へ行け)の指示看板があります。
 
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橋の下は運河とストックホルム中央駅の付近から中央橋(Centralbron)を経て南下する自動車専用道路が通っています。
 
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自動車専用道路は旧市街を横切って南下していますが、旧市街と出入りするアクセス機能はないようで、専用バスが遠回りした理由が分かりました。
 
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橋を渡りきったリッダーホルム島の右手にはスヴェア高等裁判所(手前)、国立公文書館(中)、スヴェア高等裁判所の受付(左奥、18世紀前半の旧仮王宮) が並び、
 
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左前方に複雑な外観のリッダーホルム教会
がありました。印象的な尖塔は19世紀半ばに再建されたもののようです。
 
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リダルホルメン島の案内図には中央から左へ、リッダーホルム教会(Riddarholmskyrkan)、ストックホルム商工会議所(Kammarratten i Stockholm)、 州不動産庁リッダーホルメン・ローカル・オッフィス(Statens fastighetsverk lokalkontor Riddarholmen)、同じく右へスヴェア高等裁判所(Svea Hovratt)、国立公文書館(Gamla Riksarkivet)、スヴェア控訴裁判所(Svea Hovratt)が表示されています。つまり、リッダーホルメン島は官庁街になっているのです。

   
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1620年におけるリダルホルメン島の立体模型図
 
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1750年におけるリダルホルメン島の立体模型図
 
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リッダーホルム 教会の南側にはストックホルム商工会議所(左)と市場裁判所(右)があります。
 
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リッダーホルム教会の正面入口
 
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拝観料(50スウェーデンクローネ、約650円)をクレジットカードで納めて入ったリッダーホルム教会の内部(主祭壇)
 
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右横にある祭壇
 
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左側の壁面には数多くの紋章が並んでいます。
 
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そして十字架も
 
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1862年に行われたスウェーデンのヴィクトリア女王の葬儀において使われた十字架は金色の線維で覆(おお)われ、電飾がほどこされていたことが案内パネルに説明されています。
 
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右手にある2つ目の祭壇
 
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(続く)

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