文化・芸術

2017年8月21日 (月)

湖南三山・国宝巡り(その3) 岩根山善水寺の本堂と厨子

県道22号で菩提寺西交差点まで戻り、さらに県道27号で甲西大橋北詰交差点を左折して岩根山(十二坊、標高405.5m)の山道に入り、温泉施設「ゆらら」を過ぎ、S字カーブを道なりに老人ホーム「ヴィラ十二坊」方面へ走りました。
 
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老人ホームを過ぎると、国宝「善水寺」の案内標識には右手400mと表示されていました。よく整備された山道はこの先で狭くなるようです。
 
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50台の車が停められる広い駐車場に到着しました。正面に「善水寺」の入口があるようです。
 
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「善水寺」の案内図には失われた僧坊跡(推定)も表示されています。
 
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洗面所の前を通過したところに入山受付を見つけました。その先には「本堂」のような建物が確認できます。
 
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「善水寺」は奈良時代和銅年間(708-715年)に元明天皇の勅命により鎮護国家の道場として草創され、和銅寺と号したそうです。桓武天皇が病気になられた時、最澄上人が本尊の薬師仏の前に池水を供えて7日間病気平癒の祈祷を行い、その霊水を天皇に献上したところ、病がたちまち平癒したことで、天皇より「善水寺」の寺号を賜ったとのこと。

 

入山受付の先、左手には寛文三年(1663年)に建立された「鐘楼」
 
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右手にあるのは「元三大師堂(がんざんだいしどう)」は江戸時代、正徳三年(1713)再建で、 本尊元三慈恵大師良源大僧正の等身大尊像を奉安しているそうです。
 
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「百伝池」は「岩根の池」とも呼ばれ、前述した寺号の「善水寺」に縁がある池です。
 
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国宝の「本堂」は南北朝時代の貞治五年(1366年)に再建された木造平屋建・入母屋造桧皮葺(ひわだぶき)・桁行(けたゆき)七間・梁行(はりゆき)五間の天台密教仏殿です。正面に向拝を持たないため、屋根の曲線を見ることができます。
 
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国法建造物「善水寺本堂」の説明看板には寺号についてパンフレットとは少し異なる内容が書かれていますので引用します。『善水寺(天台宗)は、和銅年中(710年ころ)の開基で、和銅寺2と号した。その後、延暦9年(790年)に伝教大師が中興して善水寺と改めたという。しかし、延文5年(1360年)3月に火災にあい、記録などが消失した。貞治3年(1364年)5月に延海が再建し、天和2年(1682年)に東叡山輪王寺より医王院の号が下がり、岩根山医王院善水寺と号した。』
 

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さらに詳しい説明もあります。
 
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その前には蓮の花が咲いています。
 
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本堂の入口は左奥にありました。
 
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横から見た本堂の屋根
 
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履物を脱いで本堂の回廊を進みます。
 
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本堂の横にある庭
 
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本堂の前面に出ました。蔀戸(しとみど)は上下2枚に分かれ、上半分だけが内開きできる、半蔀(はじとみ)です。ちなみに、蔀戸は板の両面に講師を組んだ戸のこと。
 
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この寺でも本堂内の写真撮影はできません。
 
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本堂内は前二間通りが礼堂(外陣)、中二間通りが正堂(内陣)、後一間が後戸、後戸には五間幅の張り出しが付いています。内陣仏壇上には厨子(国宝)内の本尊薬師如来(重要文化財)をはじめ、三十余躯(く)の仏像が安置されていました。拝観コースは後一間まで続いていました。安置されている本尊をはじめとする仏像は善水寺のhp(本尊ならびに諸尊)に写真と説明が掲載されていますので、そちらを参照してください。

 

一通り拝観させていただいた後は、境内を散策するつもりでしたが、外気温が上昇し、日差しも強くなりましたので、駐車場に停めた車に戻ることにしました。

 

本記事で紹介したもの以外に、行者堂・地蔵堂・観音堂・閼伽井(あかい)・不動岩などの見どころがあり、善水寺のhp(境内案内)で紹介されていますので、関心がある方は参照すると良いでしょう。(終)

2017年8月17日 (木)

湖南三山・国宝巡り(その2) 阿星山長寿寺の本堂・春日厨子(後編)

釈迦如来坐像(重要文化財)は藤原時代の作。皆金色・寄木造・高さ1.77mで、涼やかな表情をしています。
 
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 絹本著色仏画の「十六羅漢像十六幀」(重要文化財)
 
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左側の回廊に出てみました。
 
  
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そして、こちらは順路となる右脇の回廊です。本堂の右手奥、小高い場所に最近建てられた収蔵庫には、大仏の阿弥陀如来坐像が安置されているそうです。本堂の裏側にもガラス窓の中に仏像が安置されていましたが、撮影は控えることにしました。
 
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 本堂を退出して、右手に続く石段を上がって収蔵庫へ向かいました。
 
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こちらも内部は撮影禁止です。
 
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長寿寺のパンフレットから引用した大仏「丈六阿弥陀如来坐像」の写真を掲載します。藤原時代の作で、皆金色・寄木造・定印・高さ約3m。(注、丈六座像は高さ約8尺、2.43mのものをいう)
 
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収蔵庫の前から見た長寿寺の本堂です。常楽寺(西寺)と同様、三重塔が本堂の反対側(左後方)の小高い場所に建っていた伽藍(がらん)配置を容易にイメージできました。
 
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「丈六阿弥陀如来坐像」の詳細と「三重塔」の移築についての解説パネル
 
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先ほどは撮影を控えた本堂の裏手回廊の遠景
 
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本堂の前まで戻って、その左手前(東側)に石段があることに気づきました。
 
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長寿寺の鎮守社である白山神社の拝殿
 
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白山神社の本殿
 
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二の鳥居を潜って、白山神社の参道を戻ります。
 
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子宝祈願の石が祀られる「内佛堂」に立ち寄りました。
 
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山門脇の受付まで戻ると、先に到着していた同行者は冷たいお茶を頂いています。私も少しお裾分けに預かることに。

駐車場から県道119号の終点に出たところで湖南市の田園風景を撮影
 
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緩(ゆる)やかな傾斜地に造られた棚田
 
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県道119号を戻ります。次は3つ目の寺である善水寺です。12kmとあり、常楽寺と長寿寺とはかなり離れています。
 
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少し進んだ場所にも棚田がありました。
 
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(続く)

2017年8月16日 (水)

湖南三山・国宝巡り(その2) 阿星山長寿寺の本堂・春日厨子(前編)

常楽寺の駐車場から県道119号に出てさらに約1km南下。生涯学習施設「阿星のステージ」と町営公園「じゅらくの里」を過ぎて県道の終点に長寿寺の案内看板を見つけました。
 
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案内看板にしたがって右折すると、50mほど先に長寿寺の駐車場(約20台)がありました。山門脇にある受付で拝観料(大人500円)を納めて参道に入ると、
 
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紅葉シーズンの写真が飾られています。
 
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一直線に伸びる参道が続きます。参道脇に植えられた楓(かえで)が直射日光を遮ってくれることに感謝しながら歩きました。
 
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阿星山(あぼしさん)長寿寺は阿星山(693.1m)の北東麓にあり、常楽寺の西寺に対して東寺と呼ばれる天台宗の古刹(こさつ)です。奈良時代後期、聖武(しょうむ)天皇の勅願によって良弁が創建したと伝えられ、七堂伽藍二十四の僧坊があり、聖武天皇が皇女の長寿を願い長寿寺という寺号を贈ったことに始まるそうです。平安時代初めに中興されて阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台密教の修行寺院となった後、一時衰えましたが、鎌倉時代初期には源頼朝が、室町時代には足利将軍家が祈願所として諸堂を造改修したといわれ、寺内への軍勢などの乱入を禁止した足利尊氏の制札が保管されているそうです。そして、信長が本堂の左後方にあった三重塔を安土城内の總見寺へ移築したため、現在は本堂、弁天堂、石造多宝塔を残すだけになりました。ちなみに、三重塔は總見寺に重要文化財として現存しています。

 

参道の左手に子宝祈願の石が祀られる「内佛堂」があります。
 
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さらに進むと、参道は二手に分かれました。右手が長寿寺の本堂方面で、左手が鎮守社の白山神社の参道となっています。
 
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フクロウの置物を見かけました。「ふくろうのお宿」と表示されています。「長寿寺」の名前にちなんだのでしょう。
 
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参道の右手に「日本最大級の石造多宝塔」がありました。
 
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これは聖武天皇の菩提を弔うために鎌倉時代に建立されたものだそうで、上部が大きいことでアンバランスかつ無骨な姿が味わい深い印象を与える立派なものです。相輪が欠けていることが惜しまれます。
 
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参道の先にある鐘楼
 
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重要文化財の「弁天堂」の説明看板
 
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こちらが池の中にある「弁天堂」
 
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小池の中島に立っていて、桁行(正面)一間、梁行(側面)一間と小規模、屋根は一重入母屋造・唐破風付檜皮葺(ひわだぶき)でありながら、美しい建築です。左手では睡蓮の花が咲いています。
 
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国宝「長寿寺本堂」と重要文化財「長寿寺弁天堂」の説明看板
 
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国宝に指定されている「長寿寺本堂」は双堂(ならびどう)と呼ばれる古い木造建築の様式だそうです。
 
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屋根が低くて形姿(なりかたち)のすぐれた国宝の本堂は天平(注、奈良時代前半)年中に創建されましたが、貞観(じょうかん、奈良時代後半)年中に消失・復元して現在に至っているそうです。大きさは桁行(正面)五間、梁間(側面)五間、屋根は一重寄棟造、向拝は三間檜皮葺、四面回廊がある天台伽藍には珍しい建築とのこと。中央三間は桟唐戸の入口、左右に連子窓になっています。(出典:長寿寺のパンフレット) 注、説明看板には鎌倉時代前期に建てられたとあり、いずれが正しいのか不明

 

本堂の脇に重要文化財「丈六阿弥陀如来坐像」の案内看板が立っていました。注、丈六は仏像の背丈を示し、坐像の場合は約8尺(2.43m)
 
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写真を撮っている間に同行者はさっさと本堂に上がっています。
 
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正堂と礼堂とに分かる本堂内は写真撮影ができません。正堂内陣にある春日厨子(かすがずし)内には中央に秘仏のご本尊「子安地蔵尊」、脇士に「観世音菩薩」と「毘沙門天」が安置されているそうです。秘仏のため、ご開帳は50年に一度だけですが、数年前に行われたため当分開帳されることはないとのこと。グループの参拝客と座って説明員から長寿寺と仏教の話を20分あまり聞かせていただきました。(注、以下4枚の仏像写真は長寿寺のパンフレットから引用貞観)

 

春日厨子(国宝)
 
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阿弥陀如来坐像(重要文化財)は藤原時代(平安時代中後期)の作。皆金色・高さ1.42mの寄木造、定印(注、両手のひらを上に向けて上下に組む形)、二重敷茄子(注、敷茄子とは蓮華台の下にある鼓形の台)の立派な蓮座に坐し、美しい唐草をきりすかした二重円光(注、光を二重の輪で表した光背)を負っています。
 
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(続く)

2017年8月15日 (火)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)④

第19番霊麀山(れいゆうざん)行願寺は京都府京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町にある天台宗の寺(別称:革堂)
 
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第20番西山善峯寺(よしみねでら)は京都府京都市西京区大原野小塩町にある善峯観音宗の寺(別称:よしみねさん)
 
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第21番菩提山(ぼだいさん)穴太寺(あなおじ)京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻にある天台宗の寺(別称:穴穂寺)
 
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第22番補陀洛山総持寺は大阪府茨木市総持寺にある高野山真言宗の寺
 
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第23番応頂山勝尾寺(かつおじ)大阪府箕面市粟生間谷にある高野山真言宗の寺(別称:弥勒寺)
 
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第24番紫雲山中山寺は兵庫県宝塚市中山寺にある真言宗中山寺派の寺(別称:中山観音)
 
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第25番御嶽山清水寺は兵庫県加東市平木にある真言宗中山寺派の寺(別称:清水さん)
 
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第26番法華山一乗寺は兵庫県加西市坂本町にある天台宗の寺
 
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第27番書寫山圓教寺(えんぎょうじ)は兵庫県姫路市書写にある天台宗の寺(別格本山)(別称:西の比叡山)
 
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下り坂に入ったところにある第28番成相山成相寺(なりあいじ)は京都府宮津市成相寺にある真言宗の寺(別称:成相さん)
 
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第29番青葉山松尾寺は京都府舞鶴市松尾にある真言宗醍醐派の寺(別称:まつのおさん)
 
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第30番厳金山(がんこんさん)宝厳寺(ほうごんじ)は滋賀県長浜市早崎町にある真言宗豊山派の寺
 
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本堂の右奥に出た所にある第31番姨綺耶山(いきやさん)長命寺は滋賀県近江八幡市長命寺町にある寺
 
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本堂の右脇に出れば、第32番繖山(きぬがささん)観音正寺は滋賀県近江八幡市安土町石寺にある天台系の寺(別称:仏法興隆寺)
 
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そして、第33番(満願)谷汲山(たにぐみさん)華厳寺(けごんじ)岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある天台宗の寺(別称:たにぐみさん)
 
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本堂の右手前にあるカエデが色付き始めています。湖南三山は紅葉が美しいことでも知られているそうです。
 
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常楽寺の境内を出ると、左手に三聖神社(さんせいじんじゃ)がありました。常楽寺の塀が参道と鳥居に迫っていて、参道は人がやっと通れる幅しかなく、不自然なほど窮屈になっています。
 
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伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、速玉之男神(はやたまのおおかみ)、事解男神(ことさかのおのかみ)を祭神とする神社でした。平安京の表鬼門に鎮座する日吉大社の摂社と思われます。拝殿は入母屋造、間口二間、奥行二間、本殿は一間社流造、間口一間、奥行一間とのこと。
 
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常楽寺の護法社の神像でしたが、明治期の神仏分離令により独立したようです。駐車場へ戻って2番目の寺に向かいました。(終)

2017年8月14日 (月)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)③

第6番壺坂山南法華寺(みなみほっけじ)は奈良県高市郡高取町にある真言宗系の単立寺院(別称:壺坂寺)
 
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第7番東光山岡寺奈良県明日香村にある真言宗豊山派の寺(別称:龍蓋寺、りゅうがいじ)
 
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上り坂に差し掛かりました。
 
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三重塔を見下ろす場所にある第8番豊山長谷寺は奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派の寺(別称:初瀬寺)
 
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次いで、第9番興福寺奈良県奈良市登大路町にある法相宗の寺
 
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第10番明星山三室戸寺(みむろとじ)は京都府宇治市菟道滋賀谷にある本山修験宗の寺(別称:御室戸寺)
 
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来し方を振り返りました。
 
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第11番深雪山上醍醐寺(かみだいごじ)は京都府京都市伏見区醍醐醍醐山にある真言宗醍醐派の寺
 
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第12番岩間山正法寺は滋賀県大津市石山内畑町にある真言宗醍醐派の寺(別称:岩間寺)
 
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第13番石光山石山寺滋賀県大津市石山寺にある東寺真言宗の寺
 
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第14番長等山園城寺(おんじょうじ)は滋賀県大津市園城寺町にある天台寺門宗の総本山(別称:三井寺)
 
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第15番新那智山観音寺京都府京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派の寺(別称:今熊野観音寺)
 
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第16番音羽山清水寺京都府京都市東山区清水にある北法相宗の寺
 
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三重塔と本堂を見下ろす場所に出ました。
 
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かなり高い場所ですが人口の池がいくつもあり、睡蓮(すいれん)の花が咲いています。
 
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同行者が小さなカエルを見つけました。
 
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振り返って見た池
 
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第17番補陀洛山(ふだらくさん)六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)は京都府京都市東山区五条大和大路上ル東入2丁目轆轤町にある真言宗智山派の寺
 
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第18番紫雲山頂法寺は京都府京都市中京区六角東洞院西入堂之前町にある天台系単立の寺(別称:六角堂)
 
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(続く)

2017年8月13日 (日)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)②

本堂の内部は、中世天台密教の本堂様式に基づいて、仏像を祀る内陣と、礼拝の為の外陣に分かれていました。入口から外陣を経由して内陣に至る字型に巡る拝観ルートにしたがい、内陣に安置されている仏像を拝観しました。中央には本尊(秘仏)が安置されている厨子を覆う鮮やかな糸で織られた布の迫力もさることながら、その 両脇にずらりと並ぶ重要文化財の仏像群に目を奪われます。延文5年(1360年)の火災時に僧侶らによって持ち出されて難を逃れた風神・雷神と千手観音の眷属(けんぞく、従者のこと)である二十八部衆のうち、昭和56年に風神・阿修羅王(あしゅらおう)・摩睺羅伽王(まごらかおう)の3体が盗難にあい、昭和60年に阿修羅王だけが見つかり戻ってきたそうです。つまり、風神と摩睺羅伽王は欠けています。大きさはどれも小ぶりですが、それぞれ恐ろしい顔、穏やかな顔など個性豊かな表情が印象的でした。(注、写真は常楽寺のパンフレットから借用)
 
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祭壇の裏側にもいくつかの仏像が祀られています。こちらにもU字型の拝観ルートを辿りました。仏像群の中央にあるのが重要文化財の釈迦如来座象(高さ139.1cm)。木造(ヒノキの寄木造り)で平安時代の作とのこと。(注、写真は常楽寺のパンフレットから借用)
 
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本堂を出たところで「石仏観音巡り」の案内看板があります。
 
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反対側に番外の石仏観音を見つけました。後方(右上)に写る建物は「行者堂」と「薬師堂」の間にある「普賢堂」です。
 
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本堂の左手へ進みました。本堂を横から見ると、その特徴がよく分かります。
 
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もう一つの国宝である三重の搭が目の前に聳えています。
 
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三重塔・本堂の周りには三十三体の観音石仏が祀られており、それら全てをお参りすると、西国三十三所観音巡礼したのと同じだけのご利益があるそうです。西国三十三所観音はまだ10か所ほどしか参拝していませんから、この寺でご利益をいただくことにしました。ちなみに、西国街道巡りのなかで立ち寄った兵庫県伊丹市の昆陽寺にも同じような西国三十三ヶ所霊場石仏があったことを思い出しました。

 

こちらが第1番の那智山青岸渡寺(せいがんとじ)は和歌山県那智勝浦町にある天台宗の寺
 
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長い階段を上がります。
 
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三重塔は完璧なバランスに安定感があり、屋根を支える垂木(たるき)が美しいラインを描いています。室町時代の大工がその技術を傾注した名建築といえるでしょう。また、搭の周囲は樹々に囲まれ、自然との調和も見事です。
 
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三重塔は室町時代の応永7年(1400年)に再建。三間塔婆本瓦葺、高さ22.8m。塔は本来仏舎利を安置する建物ですが、天台宗では法舎利(釈迦の根本経典の法華経を仏舎利の代わり)を安置して法華経の功徳による国家安穏、護国豊穣を願っているそうです。(出典:常楽寺のパンフレット)

 

一層目はもちろんのこと、二層目と三層目の組物(くみもの、注、柱上の上部構造を支える部材)も見事で、構造と装飾の両面を兼ねた造形です。
 
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第2番紀三井山金剛寶寺(きみいさんこんごうほうじ)は和歌山県和歌山市紀三井にある救世観音宗の寺(通称:紀三井寺)
 
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三重塔脇から見ると、本堂は急な斜面の下に建てられていることが分かります。
 
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第3番風猛山粉河寺(ふうもうざんこかわでら)は和歌山県紀の川市粉河にある天台宗系粉河観音宗の寺
 
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第4番槇尾山(まきのおさん)施福寺(せふくじ)は大阪府和泉市槙尾山町にある天台宗の寺(通称:槇尾寺)
 
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第5番紫雲山葛井寺(しうんざんふじいでら)は大阪府藤井寺市藤井寺にある真言宗御室派の寺(通称:藤井寺)
 
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「西国観音霊場石仏巡り」の散策路は長さ約150m、所要時間3~7分と説明されています。
 
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(続く)

2017年7月17日 (月)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その31) 飯綱町三水地区の「アップルミュージアム」

さっそく、道草です。「サンクゼール・ワイナリー」から800mほど戻った場所にある「いいづなアップルミュージアム」に立ち寄ることにしました。「サンクゼールの丘」へ向かう途中に見かけた施設で、飯綱町役場三水庁舎の向かい側にあります。
 
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一面にりんご畑が広がる飯綱町の小高い丘の上に建つ「いいづなアップルミュージアム」は、りんごを4分の1にカットしたような外観がひときわ印象的な「リンゴづくしの博物館」で、開館時間は午前9時30分から午後4時30分まで。
 
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館内に入った場所には、斑尾山(まだらおやま)の山麓に広がる三水地区(飯綱町の北東部)の立体地図があり、「三水の歴史と文化」と題して、明治22年(1889年)に発足した三水村(みみずむら)の由来と歴史が説明されていました。平安時代からの歴史がある3つの用水があったことが地名の由来であり、3つの用水は斑尾川(注、斑尾高原から流れ落ちる川)と鳥居川(注、北しなの線沿いに流れる川)から水を取り入れているとのこと。注、平成17年(2005年)に牟礼村と三水村が合併して飯綱町が発足)
 
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「三水村」のリンゴ栽培」の説明パネルには、『大正元年(1912年)に和リンゴ栽培が始まり、昭和に入って養蚕(ようさん)が不況になると、桑の代替作物として栽培がすすめられ、第二次世界大戦後のリンゴブームに乗って栽培面積は飛躍的に増加した。昭和38年(1963年)には最高の366haを記録し、昭和43年(1968年)には全国生産量の約1%、9560トンを達成した。』 と誇らしく書かれています。
 
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入館料(大人300円)を支払って展示室へ入りました。
 
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中央にはリンゴの木をイメージさせるオブジェがあり、その周囲にキンゴ畑の四季を表現しています。
 
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リンゴの種類
 
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「香りの扉」
 
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壁面には秋のリンゴ畑の写真が
 
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冬の写真
 
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「リンゴ畑の四季」(リンゴの栽培管理)
 
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「リンゴの歴史と今日のリンゴ栽培」の説明パネルには、『現在栽培されているリンゴの基本種はヨーロッパ東南部およびアジア西部に減勢分布していた種です。この原産地から紀元前にはヨーロッパに広がり、6世紀ころ中国に渡り、0世紀ころ日本に来ています。これが和リンゴです。17世紀ころアメリカに渡り、18~20世紀には南半半球に広がっています。今日のリンゴ栽培は明治4年(1871年)、明治政府がアメリカから75種類のリンゴを導入して始まったものです。』 とわります。
 
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こちらは「リンゴ」を題名に使った映画のポスター、「リンゴ」にちなむ音楽用カセットテープと絵画
 
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「顔が干し林檎のおじいさんとおばあさん」(タスマニアの人形)
 
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展示室を出た”i-cafe”(アイカフェ)で休憩することにして「リンゴジュース」(300円)を注文。スタッフの方がその場でオーストラリア産の珍しいリンゴ「グラニースミス」を切って絞ってくれました。ほどよい酸味があって飲みやすいジュースです。
 
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英国王立植物園から贈られたリンゴの穂木17品種が平成2年(1990年)に植えられたことをテーブルに置かれた説明資料「ニュートンりんご並木」で知りました。
 
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ガラス窓越しに見ると、敷地の前でカーブする道路沿いにそのリンゴの木々が植えられているようです。
 
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「いいづなアップルミュージアム」を30分ほどで退出して道路沿いを確認すると、「世界の主要品種」の立て看板とともに、
 
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リンゴの木が何本も並んでいました。それぞれに小さな立て看板がありますから、英国から贈られたリンゴの木のようです。
 
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飯綱町が地元(三水地区)の名産であるリンゴを意欲的にPRする博物館を運営していることに強い印象を受けました。展示内容を欲張りすぎた嫌いがあって、やや雑然とした展示になっていますが、子供から大人までが楽しめるユニークな博物館です。

 

坂道を200mほど下りて、「サンクゼール」への往路に利用した北信五岳道路(上水内北部広域農道)に入りました。(続く)

2017年7月16日 (日)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その30) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(後編)

食後は中庭を歩くことにしました。ショップとサンクゼール本部との脇には石板が敷き詰められたエリアがありました。催し物会場かもしれません。
 
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ジャムとソーセージを作る工場付近
 
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その前にあるウッドデッキにはブドウの蔓(つる)で作ったと思われるゲート状のものがあります。オブジェでしょうか。
 
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ウッドデッキの近くでワイナリーとデリカテッセンを振り返ってみました。左手のワイナリーは中央の屋根が高いエリアとその右側を見学しました。また、右手の赤い屋根が「デリカテッセン&カフェ」で、それに続くエリアがショップと本部になっているようです。
 
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別のアングルで撮影
 
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ショップに戻ってお土産:を買い求めることに。土産物として無難な味と思われた白ワインの「ナイアガラブラン」(やや甘口)、「ソーセージ」、「イワシとサンマの漬物」(ゆず胡椒・バルサミコ酢・ガーリックオイル)、「栗豆(ひよこ豆)」、「WINE POURER(ワイン注ぎ口)」などを選びました。

 

定休日と聞きましたが、「ワイナリーレストラン・サンクゼール」にも立ち寄ってみることにしました。いったん市道へ出て、もう一つの駐車場がある右手へ向かいます。
 
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その途中に見かけたリンゴ畑
 
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駐車場で車を下り、石畳の遊歩道にしたがって歩くと、前方にレンガ色の建物と純白の教会のようなものが現れました。
 
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左手にあるバラのゲートを潜(くぐ)ると、南東方向の展望が開けました。レストランのテラス席の下にある斜面一帯がブドウ畑になっており、その先は飯綱町の東部、そして遠くに見えるのは長野市との境界にある山並みのようです。
 
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ブドウ畑はブドウの栽培に適した斜面を利用していると思われます。
 
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薄っすらと見える山は志賀高原(標高1340-2307m)でしょう。
 
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定休日であるレストランのテラス席はひっそりとしています。
 
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こちらがレストランの正面入口
 
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「ワイナリーレストラン・サンクゼール」は1989年(平成元年)に欧風レストラン・サンクゼールとしてオープンしたそうです。

 

そして、これは結婚式が挙げられるというサンクゼール教会の礼拝堂(2005年竣工)
 
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教会の左下にある建物には”St. Cousair Chapel”(サンクゼール教会)と表示されています。
 
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その近くから見るブドウ畑と志賀高原
 
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まだ午後1時前ですが、帰路につくことにしました。時間に余裕があれば、また道草を食うつもりです。(続く)

2017年7月15日 (土)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その29) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(中編)

店内を見て回る同行者を残したまま、私は「デリカテッセン&カフェ」に続くウッドデッキに出てみました。広い内庭には大きなケヤキとゴールデンアカシアの木があり、その先にあるのは工場のようです。「サンクゼールの丘」は名前通りに丘の頂上にありますから、左手(西)方向の眺(なが)めは良く、飯綱町の田園地帯の先に鼻見城山(はなみじょうやま、標高723m、写真右手前)があり、その後方には信濃町と隔てる高い山を望むことができます。
 
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内庭の右手にはテーブル席が並べられ、
 
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それに面する場所にも工場らしい建物があります。しかし、そのウッドテラスにもテーブル席がありますから、レストランかもしれません。
      
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ここで同行者に声を掛けて、集合場所である木製の手動搾(しぼ)り機の周辺で待っていると、午前11時までに数名の参加者が集まりました。写真は搾(しぼ)り汁の出口付近です。
 
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次の写真は右手に立つ黒板に描かれた施設内の地図です。入口になっているアーチの左側にはショップとデリカテッセンが、右手の建物はワイナリー、中庭の先にある建物はジャムとソーセージの工場と事務所であることが分かりました。そして、駐車場とリンゴ畑の先にはレストランと教会があるようです。後で知りましたが、サンクゼールは手造りジャムを製造販売する会社「斑尾高原農場」として1982年に発足し、2005年に現在の社名に変更したそうです。
 
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定刻になるとスタッフが現れて、簡単な説明のあと、「サンクゼール」のエントランス道の両側にあるブドウ畑に参加者を引率しました。
 
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この写真は到着時に駐車場からワイナリー(中央の建物)を背景にして撮影したものです。
 

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シャルドネ種(注、フランス原産の白ワイン用ブドウ品種)の若木(約20年もの)は横に張られた鉄線の高さに合わせて若い蔓(つる)を上に伸ばすように、つまり垣根型で栽培されるのだそうです。ちなみに、日本では食用のブドウは藤棚のような平棚で栽培されるのが普通ですが、ワイン用のブドウはヨーロパなどと同様、日当たりと作業性を考慮してこのようにするのが一般的とのこと。
 
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30年以上前にニュージーランドで訪れたワイナリーのブドウ畑やライン川下りで遠望したブドウ畑も垣根型だったことを思い出します。
 

聖書の言葉が書かれた立て看板を見かけました。『受けるよりも与える方が幸いである』(使徒行伝20章35節)と書かれています。新約聖書の一書である使徒行伝(注、使徒言行録のプロテスタントによる呼称)の13から28章は伝道者パウロが伝える主イエスの言葉です。ちなみに、1章から12章はペトロ。
 
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後で知りましたが、「サンクゼール」の経営者夫妻はキリスト教徒とのこと。

 

三角アーチまで戻って右手へ向かうと、ウッドテラスの先にワイナリーの入口がありました。
 
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内部には銅製の真新しい機械が設置してありました。『ブランデーを作るために購入したヨーロッパ製の蒸留器ですが、ほとんど利用していません』 との説明。機械のタンク部(左側)には”ARNOLD HOLSTEIN”および“MARKDOLF BODENNSEE”とドイツ語が表示されています。
 
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後で調べると、アーノルドホルシュタイン社はドイツで有名な(世界トップクラスの)蒸留機メーカーで、スイスやオーストリアとの国境にあるボーデン湖(Bodensee)の近く、マークドルフ(Markdolf)という小さな町にあるようです。用途もフルーツブランデー、ジンやウォッカ、ウィスキー、日本の焼酎など、蒸留酒であれば何にでも対応できるそうです。

 

次いで右手の入口から奥行きのある部屋に入ると、「魚沼の里」の「八海山雪室」で見たものと似た木製の樽(たる)が積まれていました。ワインの熟成工程です。
 
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木製の樽の両側に大きな金属製のタンクが並んでいますが、ワインの品質に応じて使い分けるようです。
 
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このワイナリーではフレンチオーク樽を使用しているそうです。白いチョークで書かれた記号には意味があると具体的な説明を受けましたが、迂闊(うかつ)にも失念してしまいました。SCはシャルドネ、CHはシャトー(注、城から転じてボルドーの生産者を意味する)だったかもしれません。
 
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注、樽に表示されている”ERMITAGE”(注、隠れ家の意)はフランス南東部・ローヌ地方のワインの産地、「エルミタージュの丘」を指す地名で、”TONNELLERIE”は樽製造業または樽職人を意味するフランス語と思われる

 

ワイナリーツアーは予定より少し長い20分弱で終了しました。ブドウを搾(しぼ)る工程も見学できればと期待していましたが、残念ながらワイナリーツアーには含まれていませんでした。もっとも、ブドウの収穫時期ではないこの時期には無いものねだりでした。ちなみに、秋の収穫祭では「ブドウの収穫」と「足踏み搾り体験」を楽しむイベントがあるようです。

 

昼食は、 「ワイナリーレストラン・サンクゼール」が定休日のため、サンクゼール・ワイナリー本店内の「デリカテッセン&カフェ」(営業時間:午前11時~)を利用することにしました。パラソルのあるウッドデッキあるいは芝生席で食事することが可能ですが、日差しを考慮して前者を選びました。
 
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そして、選んだメニューは、「ハム・ソーセージ・キッシュ・パン・野菜サラダのプレート」、「ドーナツ」、「白ワイン(ノンアルコール)」(注、赤は売り切れ)、「フレッシュブドウジュース」の4品。
 
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広い中庭を眺め、ワインとジュースを味わいながらプレート料理を待つことに。
 
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10分後に配膳されました。プレートに盛られた大きめのソーセージは、思った以上に柔らかくてほど良くスパイシーであり、生ハムはキッシュで巻いて食べました。いずれも、アルコールが入ったワインと相性が良いと思いました。
 
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(続く)

2017年7月14日 (金)

グルメを求めて上信越を巡るドライブ旅」(その28) 長野県飯綱町の「サンクゼールの丘」(前編)

国道117号(飯山街道)に戻って南下し、道の駅「花の駅・千曲川」の前を通過。
 
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伍位野交差点を直進してバイパスに入り、南隣の中野市に入りました。

 

道の駅「ふるさと豊田」と上信越自動車道の豊田飯山ICを通過するとバイパスは途切れて県道362号になりました。2kmほど走るとこの日の目的地がある飯綱町(いいづなまち)に入ります。
 
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県道362号は県道459号と交差
 
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真っ直ぐな道が続きます。
 
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と思っていると、少し先(3-4分)で道は左に折れます。
 
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800mほど先の新道交差点を右折して脇道に入りました。
 
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当初の予定では、豊田飯山IC付近で県道96号に入って、隣町信濃町の野尻湖畔にあるナウマンゾウ博物館・一茶記念館(いずれも午前9時オープン)や野尻一里塚などを巡ることにしていました。8年前に野尻湖を訪れたのは夕方近くで、立ち寄ることができなかった場所です。しかし、「菜の花公園」を再訪したため、この計画を急遽中止し、この日の主目的地だけに向かうことにしたのです。

 

再び直線的な道路が北方に伸びています。後で調べると、長野市豊野町(立ケ花橋西交差点)と信濃町古間を結ぶ広域農道「北信五岳道路(上水内北部広域農道)」でした。
 
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700mほど先に「サンクゼール」の案内看板を確認
 
 
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長い坂道を上がった午前10時20分ころ、「サンクゼールの丘」に到着。ブドウ畑とワイナリー(ワイン製造所)、および食材店が一体になった施設です。ちなみに、サンクゼールはフランス語のサン(Saint、聖なるの意)とクゼール(経営者の姓、久世をフランス語風に発音)を組み合わせた造語とのこと。
  
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テレビ東京のトークライブショー「カンブリア宮殿」(2016年11月3日午後9:54から)で取り上げられたことで、「サンクゼールの丘」の存在を知りました。西洋食材店の「サンクゼール」を46店舗、日本の食文化を発信する久世福商店(フランチャイズ)を52店舗、全国で展開しているそうです。
 
 
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草花が咲き乱れるエントランスの先にはワイナリーらしいフランス風の建物が並んでいます。三角形をした門にはアーチ型の通路がありました。「三角アーチ」と呼ばれているようです。
 
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三角アーチの壁面にあるプレートには「1990」の数字が見えますから、比較的新しいワイナリーのようです。
 
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三角アーチの下に木製の古い手動ブドウ搾(しぼ)り機が目に入りました。その横にある黒板には「ワイナリーツアー」(無料)の案内が書かれています。「午前11時にスタートする初回のツアーに参加するのがこの場所を訪れた主目的です。そのため、それに間に合うように移動ルートを調整しました。ちなみに、「ワイナリーツアー」(無料)は午前11時、午後1時30分、午後3時の3回開催され、各15分間のツアーです。
 
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ツアーの時間まで30分以上ありますから、同行者は左手のショップに入って行きます。
 
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ジャズ音楽が流れる店内はワインを中心に、様々な自社商品(ジャムやソーセージなど)が並んでいました。右奥にはデリカテッセン(西洋風惣菜店)とカフェがあります。
  
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同行者はなぜか「柿ピー」などを買っています。
 
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それではと、私はカウンターでワインのテイスティングをすることに・・。あくまでも、土産に買うワインを選ぶためです。販売されているワインの種類は辛口と甘口の両極端で、中間のワインはないとのこと。
 
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(続く)

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