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2020年1月 1日 (水)

「孤独のグルメ2019 大晦日・弾丸出張SP」を観る

テレビ東京で午後4時から放送された「大晦日恒例年忘れ日本の歌 本当に聞きたい名曲!"一挙100曲6時間"BGMとして年末のあれこれを片付けたあとは、大晦日の定番になりつつあるテレビ東京の「孤独のグルメ」のスペシャル番組を観ました。俳優の松重豊さんが主演する人気グルメ番組です。10月4日からシーズン8が放送中ですが、12月31日の午後10時からは「孤独のグルメ2019大晦日スペシャル 成田〜福岡〜釜山〜弾丸出張編」が放送されたのです。それぞれのロケ地ではゲストとして安藤サクラさん、宇梶剛士さん、六平直政さんが登場しました。
 

実は、放送が始まるのを待ちきれずにテレビ東京のhpにアクセスすると、ドラマの展開は次のように紹介されていました。『今年も年末まで働き詰めの五郎。大晦日は出張先の福岡でのんびりするはずが、商談相手の都合でスケジュールが1日前倒しに。さらに…トラブルが発生!大晦日に高速船のビートルで韓国・釜山へ行くハメに…。しかし、どんな緊急事態が発生しようと、腹は減る。忙しい中でも美味しい料理を堪能することを忘れない五郎は、福岡、釜山それぞれの街で、どんな絶品ご当地グルメと出会うのか。そして無事トラブルを解決し、“食べ納めの一品”を満喫することはできるのか。』 と。
 

連続ドラマ(シーズン8最終話)から繋(つな)がる今回の「大晦日スペシャル」の粗筋(あらすじ)もテレビ東京のhpに紹介されていました。『12月30日。海外出張を終えた井之頭五郎(松重豊)は成田空港近くの中華・定食屋の「栗原軒」へ。店の娘さん(安藤サクラ)が運ぶ鶏にんにく定食や、定番ラーチャンセットに心奪われる中、五郎が選んだ定食は…。期待通りの食堂の味に癒されたのも束の間、翌日会うはずの福岡の商談相手・高橋正則(宇梶剛士)から「今日来て欲しい」と連絡があり、急遽(きゅうきょ)福岡へ。一瞬愕然(がくぜん)となるが、用意した商品を褒(ほめ)められ、安堵した矢先…思わぬトラブルに巻き込まれ、翌朝釜山(プサン)へ行く事態に!失意の中歩いていると、生簀(いけす)がある居酒屋を見つけ店中へ。そこには大将(六平直政)の雰囲気とかけ離れたワインセラーがあり…』 と。
 

この十分すぎる情報のおかげで、メモを取ることなく、番組を観ることに集中できました。スペイン出張から帰国した主人公の井の頭は成田で入った定食屋で「豚朝鮮焼定食」を堪能しますが、店を出たところで福岡の顧客から呼び出しを受けて飛行機で福岡へ向かいます。仕事は無事に終わってほっとしたところで、とんだトラブルに遭遇し、急遽韓国の釜山へ行くことになります。
 

大晦日に釜山へ行くことで腹を決めた主人公の井の頭は急に腹が減り、生簀(いけす)とワインセラーがある居酒屋「活海酒(かつかいしゅ)」に入ります。「本皮剥(ほんかわはぎ)の刺身」「同じく煮付け」「同じく味噌汁」「豚足(とんそく)の唐揚げ」、加えて店の大将がフレンチ出身と聞いて「ウニたっぷりクリームパスタ」を追加注文。主人公の井の頭は気持ち良い食べ方ですべてを完食。飛行機のチケットが取れなかったため、主人公は福岡から翌朝の高速船「ビートル」で釜山へ向かいました。
 

紹介された店主の所用が終わるのを待つ間、腹が減った主人公はあてもなく歩き回り、「タコ」の看板がある海鮮鍋の店を見つけました。言葉は通じないためジェスチャーで「ナッコプセ」(タコ・エビ・ホルモンの鍋)とライスを注文。韓国料理に付き物のキムチやナムルなどのおかずを食べながら主人公の井の頭は鍋に火が通るのを待ちます。店主が出来上がったことを確認してから、やおら主人公の井の頭は食べ始めます。甘辛い味付けである鍋の具材をご飯とともに半分ほど味わったあと、お決まりの丼物に変身させて2度味わうのは主人公の常道です。
 

目玉焼きはセルフサービスで作ることを知った主人公は席の近くにある調理器具で目玉焼きを作ることになります。そして、〆にはうどんを追加注文。(注釈:うどんは中国語であり、韓国でもほぼ同じ発音である) 赤く甘辛いスープとうどんの組み合わせは焼うどん風であると思いご満悦の主人公。例によって、主人公は自己流の食べ方を交(まじ)えて韓国料理を十分に楽しみました。そして、店を出たところで鯛焼き(実は鯉焼き)を見つけてデザート代わりに頬張(ほおば)ります。仕事は無事に済んで「釜山弾丸ミッション」は完了。福岡に戻った主人公は屋台の「トンコツラーメン」(替え玉を追加)と「おでん」を食べながら大晦日を過ごします。この2-3年は出張先で大晦日を過ごすことが恒例になりつつあることに主人公が思いを馳(は)せたところで番組が終わりました。
 
「孤独のグルメ2019 大晦日・弾丸出張SP」を堪能したあとは、午後11時30分から同じテレビ東京で「ジルベスターコンサート」(25周年、渋谷の文化村オーチャードホールからの中継)ですが、この番組を録画しておいて、午後11時45分からはNHK総合テレビで「ゆく年くる年」にチャンネルを変えました。やはり大晦日には名刹(めいさつ)の「除夜の鐘」を聞くことが最高の楽しみなのです。
 

「ゆく年くる年」の中継は奈良市の薬師寺の夜景と写経シーンから始まりました。次いで千葉県成田市の成田山新勝寺、渋谷スクランブルスクエアの屋上(新国立競技場の遠景)、福岡県の太宰府天満宮と坂下八幡宮、千葉県館山市にある被災した布良崎神社、山口県下関市の夜景と光明寺(韓国寺)、成田山新勝寺に戻って本堂の不動明王と歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの睨(にら)み、京都市の知恩院の鐘の音を聞きながら午前0時(新年)を迎えました。全国各地の新年紹介では北海道上富良野町の太鼓や大の字を描く篝火(かがりび)、福岡の坂本天満宮、徳島県の山崎忌部神社、名古屋市の東別院(プロジェクションマッピングによるデジタル掛軸と初鐘)。最後は東京オリンピックに因んだ亀戸香取神社(東京オリンピックの祈願とスポーツ灯籠)および福島県の相馬太田神社(復興を願う聖火リレーと螺貝)から大晦日の風景が中継されました。
 

「ゆく年くる年」の後は「ジルベスターコンサート」に戻って残りの30分間クラシック音楽を楽しみました。ハイライトの一つであるベートーベンの第九交響曲の第四楽章「歓喜の歌」に間に合いました。演奏に聴き入るうちにグラスが進み、最終曲の「美しく青きドナウ」(山田和樹と沖澤のどかの2人が指揮)の演奏をもって午前0時45分に番組が終わったところで就寝することにしました。□

2019年12月31日 (火)

年末の川崎大師参拝

1230日に川崎大師を参拝しました。自宅から車で向かう途中、一部で年末の渋滞がありましたが、予定した午前11時に川崎大師の駐車場(大師公園内)に到着。現地集合することにしていた他の車2台もほぼ同時に到着していました。今回参加する9人が揃(そろ)って駐車場から徒歩で参道に入りました。
 
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山門を潜って境内に入り、
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右手にある御手洗へ向かいます。

 
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昨年頂いた護摩(ごま)札をお返しして、午前11時半の護摩(ごま)修行を申込みました。
 
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本堂の前にある「献香所」に線香を供えます。
 
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「献香所」から振り返って見た「山門」
 
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護摩修行を受ける参拝者で溢(あふ)れる本堂に入って手前角に全員で座ることができました。写真は本堂の外から参拝する人たちです。
 
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定刻に始まった護摩祈祷は僧侶の読経(どきょう)の後、今年も無事に年末を迎えられたことに感謝しながら、大師様のご宝号である
『南無大師遍照金剛』(なむだいしへんじょうこんごう)を繰り返し唱えました。本堂内の仏像を巡ったあと、護摩札を頂きました。護摩修行は約30分で終了。
  
護摩修行の後は本堂脇にある御守授与所で「学業成就の御守り」と「きんらも袋」(300+300円)を頂きました。今回は参加できなかった大阪に住むオチビちゃんに代わってお願いしたものです。
 
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正午を過ぎたばかりでしたから、山門前の蕎麦屋「はやま」は約20分待ちでしたが、段取りよく階の小上がりに案内されました。階の会計で注文した蕎麦が配膳されるまで、生後8か月の赤ちゃんは離乳食と昨年解禁になった液体ミルクを食べさせてもらいます。

配膳されたのは、「天せいろ」(1400円)が2人
 
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次いで、「なめこ蕎麦」(900円)が3人
 
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子供たちが選んだ「力うどん」(900円)が2人


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恒例の「鴨南蛮そば」(1120円)は私の選択です。嬉(うれ)しさのあまり、ピンボケ写真になってしまいました。
 
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配膳されてから30分弱で全員が食べ終わり、店を出て参道へ向かいました。「はやま」の目の前にある住吉商店で葛餅(くずもち)を求めました。3枚入り(1100円)は5-6名用とのこと。
  
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参道の中程に今年(2019年)の月26日にオープンしたスイーツ店の「ごま福堂川崎大師店」を見つけて立ち寄りました。
 
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同行者が選んだのは、金ゴマをトッピングした豆乳本練り黒ごまと、
 
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黒ごまカリントウと、
 
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黒ごまクルミなどです。
  
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駐車場に戻ると、雨が降りやんだ「大師公園」には人影がありませんでした。自宅に戻る途中、自宅近くの寺に立ち寄ってメンバー全員で私の両親の墓にお参りすることで、恒例の年末行事を無事に終えることができました。□  

2019年12月22日 (日)

複合施設「渋谷フクラス」のルーフトップガーデンへ上がってみました!

京王井の頭線「渋谷駅」の前を通過すると、12月5日に開業したばかりの複合施設「渋谷フクラス」が前方(南方向の角)に見えてきました。地上18階建て、高さ103mの高層ビルです。
 
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その低層階(2階~8階)には商業施設である「東急プラザ」(69店舗、)、高層階(8階~17階)にはオフィス、最上階(17階・18階)にも「東急プラザ」が入居し、そして1階には商業施設(路面店舗)、観光支援施設「シブヤサン」、空港リムジンバス(羽田・成田行き)が乗り入れるバスターミナル(通路の車道側)があるそうです。
 
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エスカレーターで2階へ上がると目の前に「東急プラザ」の入口があり、
 
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その右手に屋上へ直行する専用エレベーターを見つけました。
 
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17階には屋上テラス(ルーフトップガーデン)である「シブニワ(SHIBU NIWA)」が、17階と18階には総合エンターテイメントレストランの「CÉ LA VI (せラヴィ)」があるようです。
 
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エレベーターを下りた正面にはクラブラウンジの”CE LA VI CLUB LOUNGE”があり、左手にある”BAO by CÉ LA VI”の脇に「シブニワ」へ出られる自動ドアが。
 
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「シブニワ」に出ました。
 
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南側には18階の「CÉ LA VI」の看板が見え、

 
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西側には17階の”CE LA VI CLUB LOUNGE”と18階の「ルーフトップガーデン」(注、この日は入場不可)があります。その上に少しだけ覗(のぞ)いているのは渋谷エリアでは「渋谷スクランブルスクエア」に次いで2番目に高い「セルリアンタワー東急ホテル(地上41階/高さ184m)です。
 
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北西の角にあるのは17階の”BAO by CÉ LA VI”と18階のファインダイニング”CE LA VI  RESTAURANTSKY BAR”。その上は、「渋谷フクラス」の施設案内にありませんから、ユーティリティになっているのかもしれません。
 
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振り返ると、右手には首都高速3号渋谷線と立体交差する「山手線」と「埼京線」、「桜丘」の再開発エリア(右下)を見下ろすことができました。
 
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正面に聳(そび)えるのは「渋谷スクランブルスクエア」(地上47階建て、高さ約230m)
 
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その右側には昨年9月に開業した複合施設の「渋谷ストリーム」(地上36階建)
 
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「渋谷スクランブルスクエア」の左横には少し霞んで見える「東京スカイツリー」を確認することができます。
 
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左手へ進みました。 
 
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そこには東急百貨店東横店の南館(右下)と同西館(中央)、再開発中の「宮下公園」(中央奥2020年6月完成予定)、「スクランブル交差点」(左)などが広がっています。 
 
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その先には「代々木公園」と「明治神宮」の森、さらに遠くには「東京都庁」(左端)を始めとする「西新宿の高層ビル街」が並んでいます。中央にある先の尖ったビルは「NTTドコモ代々木ビル」(通称:ドコモタワー、三角形の最上部は電波塔)です。 
 
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その左手前には「渋谷マークシティ・イースト」と「同・ウェスト」(左端) 
 
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見下ろすと「スクランブル交差点と「井の頭通り」が「渋谷スクランブルスクエア」の屋上にある「渋谷スカイ」からよりも間近から見ることができます。 
 
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僅(わず)か15分ほどの屋上ツアー(無料)でしたが、十分満足できるものでした。この後に控える「ランチ会」のため、首都高速道路の南に位置する桜丘町のレストラン「トリアス・ダイニング」へ向かいました。グルメ記事に興味がある方はその記事をご覧ください。

 
参考情報です。渋谷駅西口の歩道橋へのアクセスは、以前のように地上の歩道から階段で上がるのではなく、「渋谷フクラス」の2階にあるデッキから入る構造に変わっていました。
 
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また、現在のロ形型をした横断歩道橋(1968年完成、全長199mは当時日本一)は現在工事中のモダンな横断歩道橋に変更され、新設された高層ビル間を繋(つな)ぐペデストリアンデッキで今年3月に完成した「変形ロの字型」の渋谷駅東口歩道橋とも接続されるようです。つまり、「渋谷ヒカリエ」「渋谷スクランブルスクエア」「渋谷ストリーム」「渋谷フクラス」がペストりアンデッキ」で結ばれるのです。
 
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ちなみに、日本の「サグラダファミリア」と揶揄(やゆ)されている渋谷駅周辺の再開発は2027年に「渋谷スクランブルスクエア」の低層棟(中央棟、西棟)が完成すると、一応の完成を見ることになるそうです。□

2019年12月21日 (土)

武蔵小杉のカフェレストラン「ピッコロ」での忘年会

今年もゴルフ仲間との忘年会が開催されました。メンバーの高齢化があり、木枯らしが吹く寒い夜ではなく、昨年から「ランチ会」として開催されるようになり、会場は武蔵小杉駅の最寄りにあるカフェレストラン「ピッコロ」が昨年に続いて選ばれました。
 

JR南武線と東急東横線の武蔵小杉駅から徒歩数分の場所にあります。昨年と異なる点はすぐ近くにタワーマンション”Kosugi 3rd Avenue The Residence”(コスギ サード アヴェニュー ザ・レジデンス)が完成に近づいていることです。「イトーヨーカ堂武蔵小杉店」の隣接地にあるL字型の敷地に高層棟と低層棟(手前)がならんで配置されています。 
 
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裏手に回り込むと、ほぼ完成した外観のタワーマンションに工事用の大きなクレーンがありました。 
 
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工事用に設置されたフェンスには広告パネルが設置されています。
 
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市道の反対側、「セントア武蔵小杉B棟」(地上4階建)の1階に昨年とまったく変わらないファサードのカフェレストラン「ピッコロ」がありました。 
 
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「セントア武蔵小杉」は市街地再開発によって生まれた商業・業務ビル(3階建)で、南北に並ぶA棟とB棟で構成されています。
 
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このエリアが再開発される前からこの地にあった「ピッコロ」は、お気に入りのイタリアン・レストランで、現役時代から良く利用させてもらっていました。外観は変わりましたが、内部の構造はあまり変わっていないように思われます。つまり、入口近くのオープンフロアと一段高くなった奥にある個室の構成は昨年と変わっていません。
 

生ビールで乾杯していると、コースメニュー(税込3000円)の配膳が始まりました。地場野菜サラダ、アンティパスト、そしてタレが入った小皿が並びました。 
 
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「アンティパスト(前菜)の盛り合わせ」は昨年と盛り合わせ方が少し異なります。 
 
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イタリアンの店ですがなぜか「餃子」(6個)も。ハマポークを使用したシェフ特製のイタリアンな餃子で、ビールのおつまみにピッタリとのこと。小皿に入った2種類のタレはこの特製餃子用でした。
 
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輪切りされたバケット(フランスの棒形パン)は硬い外側と柔らかい内側の対比が楽しめます。
 
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本日のパスタは表面に筋が入った筒状の「リガトー二」 注)昨年はペンネ
 
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メインは「肉と魚の盛り合わせ」は「ローストポーク」と「白身魚のフライ」
 
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デザートも昨年と同様のレイアウトですが、各々は少しアレンジされていました。
 
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料理とワインが美味しく、話題も病気自慢と最近のトピックスに終始しながら、約1時間半のランチ会は盛況裡に終わりました。□

2019年12月13日 (金)

「大手門」から「東京駅」まで散策する

  「大手門」の「渡櫓門」を出ると、
 
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右手に「鯱(しゃちほこ)」があることに気づきました。
 
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「江戸城」の正門である「大手門」の大小2つある門のうち、大きい方の門(渡り櫓)の屋根に取り付けられていた鯱(しゃちほこ)です。明暦の大火(1657年)の後、作られた鯱と言われていますが、説明看板には『「大手門」は戦災で昭和20年(1945年)に焼失したため、昭和42年(1967年)に鯱とともに復元したものである』 と書かれています。
 
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こちらは枡形(ますがた)を抜けるところにある小さい方の門(大手高麗門)です。写真の左隅に少しだけ写っているのは皇宮警察の「大手門警備派出所」です。
 
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「大手濠」(左手)と「桔梗濠」(右手)の間に架かる橋を渡って「外堀通り」へ向かうと、JR東京駅は交差点の横断歩道を横断するように表示された立て看板がありました。
 
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北方向にある「大手濠」は大手門から「三の丸」の北にある平川門まで伸びています。
 
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南方向の「桔梗濠(ききょうぼり)」は最初に江戸城を築いた大田道灌(どうかん)の家紋である桔梗紋から名付けられたようです。折れ曲がりながら、「桔梗門」や「富士見櫓」まで続いています。
 
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振り返って「大手門」の全景を撮影
 
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「内堀通り」の「大手門交差点」にある横断歩道を横断して、「内堀通り」を南方向へ歩くと、「パレスホテル東京」の先、左手(東側)には「皇居外苑」の「和田倉噴水公園」がありました。奥に見える蒲鉾(かまぼこ)形の建物は「和田倉噴水公園レストラン」です。
 
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「内堀通り」を横断して「皇居外苑」(皇居前広場)へ向かい人たちの列がありました。
 
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「和田倉噴水公園」の外周に沿って進むと、公園を越しに「パレスホテル東京」(写真左)と「日本生命丸の内ガーデンタワー」の全景を望むことができました。
 
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公園内に入ってみましたが、残念ながら噴水の水は止められていました。
 
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色付いたイチョウ並木を眺めながら歩行者天国になっている「都道404号」(皇居前東京停車場線)を「和田倉門交差点」方向へ歩きました。
 
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左手に石垣がありますので、そちらへ向かうと、
 
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石垣の前に立っていたのは「特別史跡 江戸城跡」の説明看板でした。
 
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「外堀」に架かる「和田倉橋」が見えます。江戸時代には武士だけに通行が認められていたそうです。ちなみに、「和田倉噴水公園」側(左)にある「和田倉門」は門跡として石垣のみが残されているそうです。ちなみに、後方のビルは「日本生命丸の内ガーデンタワー」。
 
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振り返って見る「イチョウ並木」
 
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「東京駅」の駅舎が見えてきました。
 
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「東京駅」まで来たついでに、私が好きな駅弁を買おうと、地上階の中央改札から「中央コンコース」へ入りました。1階には店数が少ないと感じた私は、エスカレーターで地階へ下りると”GRANSTA”(グランスタ、地下一階)で「お弁当エリア」を見つけました。
 
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店内に25店舗があり、端から順に店舗を見て回りました。多彩でいずれも美味しそうな駅弁が売られていますが、いずれも最近発売されたと思われる駅弁ばかりで、お目当ての北海道・函館本線森駅の「いかめし」と仙台駅で買ったことがある米沢名物牛丼弁当「牛肉どまん中」はいずれも見つかりません。
 
駅弁を買うことを諦めた私は電車で帰路に着きました。車内でねっと検索すると「グランスタ」の1階にある「駅弁屋 祭」で売られていることが分かりました。早朝から人混みの中を歩いた疲れが出て、判断力を無くしていたようです。ちなみに、この日の総歩数は約12,400歩でした。(終)

2019年12月12日 (木)

皇居の東御苑散策(後編)

「二の丸池」に架かる橋を渡り終えた対岸の散策路を右手へ歩くと、「二の丸池」の説明看板を見つけました。そこには池に咲く水草の説明があります。
 
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小高い場所から見下ろした「二の丸池」と「二の丸庭園」
 
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小さなせせらぎを渡ります。
 
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水が流れ来るのはこの石の升(井戸?)からでした。
 
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雑木林の中を歩きます。
 
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「新雑木林の野草」の看板には秋の野草として「リュウノウギク」と「キクタニギク」が説明されていますが、もう季節外れでしょう。
 
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「本丸」で「大嘗宮」を参観したあと、「二の丸」を散策しながら休憩所の近くまで来ました。少し北へ進むと「梅林坂」の下から「本丸の高石垣」と「白鳥濠」に沿う広い遊歩道に出ることができるようです。ちなみに、現在値は地図のほぼ中央部です。
 
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「本丸の高石垣」の手前に「白鳥濠」があるはずですが、遊歩道からはほとんど見ることができません。
 
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「二の丸」の西端には、百人の同心が昼夜交代で「本丸」への道を警備していたといわれる「百人番所」(長さ約50m)がありました。
 
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同心番所」はその名の通り同心と呼ばれる武士がいた警備詰所で、多数あった江戸城の「番所」にうち、「百人番所」とやや本丸寄りにある「大番所」とともに現在も残っている「東御苑」の3つのひとつであると説明されています。
 
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三の丸」に入って振り返ると、「大手門」へ向かう退出路は枡形に折れ曲がっていることが分かりました。
 
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人で混雑する売店に立ち寄ってみると、
 
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皇居と皇室にかかわる品物がありましたが、その一つとして『江戸城の昔と今』 と題した古地図が展示されています。
 
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三の丸尚蔵館」にも立ち寄ることに
 
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館内には「屏風(びょうぶ)」「花瓶(かびん)」「扇子(せんす)」「鳳彫像(おおとりちょうぞう)」などが多数展示され、古い「大礼」のモノクロ写真も壁面に掲示してありました。
 

「三の丸尚蔵館」を出てさらに進むと左手に「皇居東御苑」の地図がありました。なぜか南北が逆(北が下)になっています。
 
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大手門」に到着
 
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(続く)

2019年12月11日 (水)

皇居の東御苑散策(前編)

「乾通り一般公開」と「大嘗宮一般参観」のために皇居の「乾通り」と「本丸」を訪れたあと、「東御苑」(二の丸と三の丸)にも立ち寄ることにしました。これまでにも2-3度訪れたことがありますが、「坂下門」を入門してから丁度1時間が経過したばかりであり、「大手門」から「東京駅」へ向かうルートでもありますから好都合です。
 

「桃華楽堂(とうかがくどう)」は昭和41年(1966年)に香淳皇后の還暦を記念して建てられた音楽堂です。注釈:デジカメのバッテリーが切れたため、ここからはiPhone SEで撮影した写真を掲載
 
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「天守台」の東側を北へ向かいます。
 
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「北桔橋門」(北の丸公園・九段)方面と「平川門」(竹橋・一ツ橋)方面の分岐点に差し掛かりました。今回は右方向に進んで、「大手門」を目指します。
 
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宮内庁書陵部庁舎」の北側を抜けて、「梅林坂」を下りると「平川門」方面(左)と「大手門」方面(右)へ至る道が分岐するようです。
 
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左手の石垣の上にも紅葉があります。
 
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丁字路の先に臨時の案内標識がありました。
 
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右へ折れて「本丸」の高石垣に沿って南下します。
 
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  「
本丸」から「二の丸」へ下りる「汐見坂」の先には「白鳥濠(はくちょうごう)」がありますが、心積もりしていたように「二の丸庭園」へと左折します。
 
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期待したように紅葉が楽しめそうです。
 
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「二の丸雑木林」の説明看板がありましたので、
 
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未舗装の遊歩道に入ってみることにしました。昭和50年代の終わりに整備された雑木林です。
 
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左手に美しい和風の建物を見かけました。
 
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「諏訪の茶屋」でした。『明治45年(1912年)に吹上地区に建てられたものでしたが、昭和43年(1968年)に現在の場所に移築された』 と説明されています。
 
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その先には「二の丸庭園」(和風庭園)がありました。江戸時代の古地図を基にして昭和43年(1968年)に造られたものだそうです。
 
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こちらは「二の丸庭園」の中央にある「二の丸池」
 
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右手の「菖蒲田(しょうぶだ)」には花菖蒲の苗が植えられています。「剣の舞」「三歳松風」「沖津白波」などの名前を見ることができます。
 
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(続く)

2019年12月10日 (火)

皇居の令和元年秋季「乾通り一般公開」と「大嘗宮一般参観」: ⑤「大嘗宮」を参観

「天守台」脇から「本丸」内を大きく周遊してやっと「大嘗宮(だいしょうぐう)」の前に出ましたが、参観者が多くて大変混雑しているため、警備員から『写真を1・2枚撮影したら移動してください』 との指導がありました。
 
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このため、いつものように撮影の手順を踏むことはできませんから、「大嘗宮」の右端から撮影を始め、中央を経て、右端まで撮影することになりました。しかし、その順で紹介すると分かりにくいと思われますので、順番を入れ替えて写真を掲載します。
 

先ず、柴垣に囲まれた「大嘗宮」の正面です。「南神門」と呼ばれる鳥居の奥に社殿が並んでいます。鳥居は柱や笠木に直線的な丸材を用いた「神明鳥居(伊勢鳥居)」、つまり「伊勢神宮」と同じ形式です。その手前(両側)には武官の装束を着た衛門(えもん)が控える建物である「衛門喔(えもんあく)」、鳥居のすぐ奥には女子皇族が参列された建物の「殿外小忌喔舎(でんがいおみあくしゃ)」が見えます。
 
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その奥には「大儀式の儀」に先立ち天皇皇后両陛下がお召し替えなどをなさった建物である「廻立殿(かいりゅうでん)」があるようです。
 

すぐ右手には上述した「衛門喔」の右隣に庭火(にわび)を焚(た)いた建物である「庭燎舎(ていりょうしゃ)」(右)
 
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さらに右手には楽師が歌を奏した建物である「風俗歌国栖古風喔(ふぞくうたくずめいにしえぶりのあく)」(左)と「小忌喔舎(おみあくしゃ)」(右)、さらに「衛門喔」と「庭燎舎」(右端)があります。
 
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「小忌喔舎」の後方にある建物は(注、屋根飾りが見える)は「悠紀殿供饌の儀(きょうせんのぎ)」において、天皇皇后両陛下が神饌(新穀をもって調製された御食・御酒など)をお供えになり、御拝礼・御告文(おつげぶん)をお奏しになり、自らもお召し上がりになる建物である「悠紀殿(ゆうきでん)」です。
 

「南神門」の左手にも同様に、「衛門喔」(右)と「庭燎舎」(左)
 
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さらに、「風俗歌国栖古風喔」(右)と「小忌喔舎(おみあくしゃ)」(左)
 
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その後方に見える屋根飾りは「主基殿供饌の儀(しゅきでんきょうせんのぎ)において天皇陛下が をお供えになり、御拝礼・御告文をお奏しになり、自らもお召し上がりになった建物である「主基殿」です。
  
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左端には(注、右端も同様ですが)「衛門喔」と「庭燎舎」(左)と神饌(しんせん、神様への供え物)を調理した「膳屋(かしわや)」があります。
 
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つまり、「大嘗宮」の正面はほぼ左右対称(シンメトリー)に配置されています。
 

「膳屋」に沿って北方向へ折れ曲がる順路にしたがうと、「は北方向へ折れ曲がると、「膳屋」の壁面に木の枝が多数飾られていました。
 
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「膳屋」の裏手には「西神門」がありました。その奥は「小忌喔舎」、その左手の建物は楽師が奏楽を行った「楽舎(がくしゃ)」(手前)と「主基殿」(奥の大きな建物)を見ることができました。その後方にある大手町のビルとのコントラスが不思議な印象を与えます。
 
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新穀を保管した建物である「斉庫(さいこ)」
 
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一番奥にある「廻立殿」の横面です。大手町のビル群が異空間の借景のようです。
 
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順路は「天守台」の前へと続いていました。左手には入場してくる参観者の列が続いています。
 
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順路からは外れますが、「大嘗宮」の周囲に沿ってさらに東方向へ進むと立派な建物が木立の中にありました。柴垣の外にありますから「大嘗宮」の建物とは違うようです。しかし、説明らしきものは見当たりません。
 
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こちらは裏手から見る「大嘗宮」の「廻立殿」(右)と「悠紀殿」(左)
 
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「大奥跡」の表示があります。
 
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その先は通行規制されているため、「東御苑」(二の丸)方面へ行くことができませんので、「天守台」方面へ引き返すことにしました。
 

その途中、「桃花楽堂」の近くで「大嘗宮」の説明看板を見つけました。
 
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「大嘗宮」の建物配置と各建物の用途が分かりやすく説明されていますので、後知恵になりましたが「大嘗宮」の建物の説明に引用させてもらいました。また、128日までの「大嘗宮一般参観」が終了すると、「大嘗祭」で使われた「大嘗宮」はすべての建物が取り壊されて、その廃材はバイオマス発電の資源として再利用されるそうです。(終)

2019年12月 9日 (月)

皇居の令和元年秋季「乾通り一般公開」と「大嘗宮一般参観」: ④「天守台」脇から「大嘗宮」へ

「乾濠」を見下ろす場所にある「天守台」の脇に出ました。
 
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順路にしたがい、南方向へ進みます。奥にある青白縞のテントは「大嘗宮一般参観」のために設置されたもので、その後方には「桃華楽堂(とうかがくどう)」があります。
 
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「大嘗宮一般参観中」は「天守台」へ上がれないようです。
 
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「本丸」の北半分に造られた「大嘗宮(だいしょうぐう)」が近づきました。背面から見る場所ですが多数の建物があることが分かります。その手前を参観を終えた人たちが左手にある退出口へと進んでいます。これから参観する人は、大きく右手方向へ迂回して、「本丸」の南半分に設置された順路にしたがって進むようです。
 
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順路の右手にある「竹林」
 
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『上皇陛下のお考えから平成8年(1996年)に整備されたもので、中国と日本の竹・笹類13種類が植えられている』 と説明されています。
 
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同じく、「石室」
 
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『江戸城本丸御殿の大奥の脇に当たり、火事など非常の際に、大奥用の調度などを避難させた場所と考えられる』 と説明されています。
 
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左手後方には大きな木の間から「大嘗宮」の前面を望むことができます。
 
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「本丸」に造られた「8の字型」の広い通路(南西部)に出ると「大嘗宮」の左半分が良く見えました。
 
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反対(右)側にある「茶畑」
 
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「大嘗宮」の真正面へと続く順路は「本丸」の南半分にある庭に沿って遠ざかって行きますが、木立で隠れていた「大嘗宮」の右半分を含む全体像が見えました。ちなみに、遠方のヘリポートがあるビルは一ツ橋の「学術総合センター」のようです。
 
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順路の南端部には参観者が構える多数のカメラやスマホが正面に見える「大嘗宮」方向を向いて壁のように並んでいます。逆光のアングルですが、現場の雰囲気を伝えるために撮影しました。
 
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右手前方に伸びる順路は侵入が禁止されていて、「富士見櫓松の廊下跡」へは行けません。
 
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「大嘗宮」の真正面辺りに辿(たど)りつきましたが、「大嘗宮」まではかなりの距離(200m近く)があります。
 
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大きくカーブする順路をさらに先へ進むと、順路の右手に不思議なオブジェがありました。後で確認すると「緑の泉」でした。
 
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「本丸」の南側にあるほぼ円形の庭の対面(西側)には参観者の長い行列が続いています。
 
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反対側(右手)には真新しい建物がありますが・・・。
 
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その先(右手)には「休憩所」「売店」「お手洗い」がありました。
 
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(続く)

2019年12月 8日 (日)

皇居の令和元年秋季「乾通り一般公開」と「大嘗宮一般参観」: ③「乾通り」の紅葉(後編)と「西桔橋」周辺

「蓮池濠」の反対側に、「乾通り」から西方向へ伸びる、「道灌濠(どうかんぼり)」があります。江戸城の基礎を築いた大田道灌に因んで名付けられたようです。調べると、「西の丸」(注釈:現在、宮殿と宮内庁庁舎がある場所)の北西部に位置して御所や宮中三殿がある「吹上御苑」(注釈:江戸城の吹上)の手前で南方向へ折れ曲がる形で「西の丸」と「吹上」の境になっており、手前から「下道灌濠」「中道灌濠「上道灌濠」の3つで構成されているそうです。
 
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右手前方に「西桔橋(にしはねばし)」が見えてきました。
 
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左手にある皇宮警察の「外庭東門警備派出所」の前を通過します。その奥の門にはなぜか看板による説明がありません。「外庭東門」である(あった)と考えるべきでしょう。調べてみると、明仁天皇・皇后(現在の上皇・上皇后)がお住まいになっていた「吹上御所」(「吹上御苑」内に平成5年/1993年完成)の外庭に設置された東門でした。ただし、「吹上御所」は改修後、今年5月1日に即位された今生(きんじょう)天皇と皇后がお住まいになる予定のようです。注釈:今上天皇とは在位中の天皇を指す
 
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このまま直進すると「乾門(いぬいもん)」で、すぐ先で右折すると「東御苑」にある「大嘗宮(だいじょうぐう)」に行けることを示すことの案内標識がありました。
 
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北方向へ伸びる「乾濠(いぬいぼり)」の先には屋上に電波塔がある「千代田区役所」があります。ちなみに、「乾濠」と「乾門」は「本丸(天守台)」から見て鬼門である乾(北西方向)にあることを意味します。調べてみると、明治21年に「江戸城西の丸・吹上」に明治宮殿が建設され「乾門」が新設されたことから「乾濠」と呼ばれるようになったそうです。それまでは、濠の形が三日月の形をしていることから名称が「三日月濠」だったそうです。
 
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屋根のない門を抜けて「西桔橋」へ向かいます。
 
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両側にある内堀を撮影する参観者が多いため、「西桔橋」の手前が混み合っています。
 
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景色としては先ほどの方が良いのですが、ここからは「本丸」側にある石垣の美しい傾斜を上手く撮影できました。
 
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西桔橋」を渡ります。
 
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陽光の影響を避けながら「蓮池濠」を撮影しました。蓮が自生していることが名前の由来のようです。右手には歩いてきた「乾通り」に参観者の長い列が続いています。
 
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左へカーブする急坂を上がります。
 
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上り坂の途中で振り返って「西桔橋」を渡る参観者と「乾通り」を歩く参観者の列を良く見て取ることができます。
 
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右手の二段になった石垣
 
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振り返ると、周辺の石垣の様子が良く分かりました。
 
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坂が緩やかになると順路は石垣に沿って右へ折れるようです。
 
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石垣の先にもうひとつの門が見えてきました。
 
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大きな石に穴が直線的に並んでいることに気づきました。石を切り出す時に開けた穴なのでしょう。
 
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いよいよ「本丸」に入ります。
 
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門の左脇に皇宮警察の「狐坂(きつねざか)警備派出所」がありました。上ってきた急坂は「狐坂」と呼ばれているのでしょう。
 
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(続く)

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