旅行・地域

2018年7月16日 (月)

中欧旅行(ダイジェスト版) チェコのプラハ

47回にわたり詳細に紹介した中欧(チェコ/オーストリア/ハンガリー)旅行を都市別にまとめたダイジェスト版として改めて紹介します。主要5都市(プラハ、チェスキー・クルムロフ、ザルツブルク、ウィーン、ブダペスト)の最初はチェコのプラハです。

 

                             ☆

 

チェコの首都であるプラハは、地理的にはヴルタヴァ(モルダウ)川の両岸に市街が広がり、ロマネスク以降の時代様式の建造物と石畳の小路など中世の趣が残る古都である。人口は約120万で、中央ヨーロッパ(中欧)で有数の大都市である。歴史的には1346-1437年および1583-1611年の2度にわたって神聖ローマ帝国の首都であった。プラハの中心部は、ヴルタヴァ(モルダウ)川の左岸(西岸)にあるプラハ城と城下町の小地区(マラー・ストラナ)、そして右岸(東岸)の旧市街に大別される。

 

プラハ城での見どころは正門を入った「第一の中庭」で毎時行われる衛兵の交代式 注、正午にはフラチャニ広場に面した正門で大規模な交代式が行われる
 
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1600年代に造られた大きな噴水がある「第二の中庭」を通り抜けたプラハ城の中心部にある聖ヴィート大聖堂の正面と右側面(南ファサード)を撮影。高さが99mもあるゴシック様式の鐘楼(南塔)には2つの時計(それぞれ時と分を示す珍しい方式)が設置されており、287段の階段で最上部まで上がることができる。
   
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交差ヴォールトの高い天井が印象的な中央祭壇付近
 
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後陣(入り口付近)にあるバラ窓は天地創造の場面を表現している。
 
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920年に木造で創建された聖イジー修道院(教会)はプラハ最古の教会で、1142年の火災後に石造りで再建され、17世紀後半にバロック建築によるハァサードが追加された。後方には2つの白い尖塔があり、右側の部分が礼拝堂。
 
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黄金の小径を抜け、プラハ城からヴァルタヴァ(モルダウ)川畔に出てカレル橋を渡ると、プラハ城を遠望することができる。
 
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旧市街の中心部にあるゴシック様式の旧市庁舎。右端の塔には天文時計があり、毎正時には12人の使徒が姿を現わすとのこと。
 
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塔の展望回廊から見るプラハの旧市街(南側)の家並み
 
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北方向にある聖ミクラーシュ教会
 
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東方向にはティーン聖母教会と旧市街広場
 
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ミクラーシュ教会の内部
 
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ヴァルタヴァ(モルダウ)川の対岸にある桟橋からクルーズボートに乗船
 
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クルーズボートはカレル橋を潜って下流方向へ
 
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クラシックな観光船とすれ違う。
 
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赤い屋根の建物はナ・フランティシュク病院で、14世紀から教会が医療を続けできた場所である。
 
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大きな建物は産業貿易省
 
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フラーヴクーフ橋の手前でUターンして広いレトナー公園脇を通過
 
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いくつもの橋と両岸の建物をたっぷり楽しむ約一時間のボートクルーズはプラハ観光には欠かせないもので、ローレライ渓谷の急斜面に広がるワイン畑を眺めながら両岸に点在する城を巡るドイツのライン川下り(所用時間:1時間40)とは異なる趣(おもむ)きがある。(続く)

2018年6月15日 (金)

中欧3か国を巡る旅(最終回) ポーランドのワルシャワ・ショパン国際空港から成田空港へ

約1時間20分のフライトで搭乗機はポーランドのワルシャワ・ショパン国際空港に到着。
 
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この空港では約45分と短めの乗り継ぎ時間です。案内ボードによれば、ポーランド工区の”LO 079”便は定刻の午後10分に出発するようです。
 
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軍用のプロペラ機が駐機しているのが見えました。
 
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左側が搭乗するポーランド航空機で、現在給油作業が行われています。
 
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搭乗時に撮影した機首部(コクピット)
 
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往きのフライトで気になった「親方カップラーメン」(OYAKATA/MISO RAMEN SOUP)をCAさんに頼んでもらいました。後で調べると、味の素の現地子会社が生産しているようです。
 
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10時間以上の長いフライトですから、機内映画を3本観ました。
 
Time/タイム」(109)

 

[解説]

間違って殺人者として告発されたウィルは、「時は金なり」という言葉通りの体制を崩壊させる方法を見つけ出さなければならない。富裕層は永遠に生きることができる一方、ウィルのような貧困層は時間が欲しいと懇願したり、時間を盗んだり貸したりしながら、その日暮らしを送らなければならない。

 

ウィルの独白:「僕には時間が無い。なぜこういう世界になったのか。考えても無駄だ。人類は遺伝子を操作され25歳で年をとらない。だか、その後は時間を手に入れないと、余命は1年だけ。「今や時間は通貨だ。時間を稼ぎ時間を使う。富裕層は永遠に生きられる。貧しい我々は? 僕は1日以上の時間を手に目覚めたい。23時間48...。」注、人のうでには持ち時間が浮き出て表示される

 

「ブレードランナー-2049(164)

 

[解説]

新たにロス市警の「ブレードランナー」になった捜査官Kは長い間隠蔽されていた、社会を混乱させかねない、ある秘密を暴き出した。秘密を知ったKは、ロス市警の元ブレードランナーを探そうとするが...

 

「ゲット スマート」(109)

 

[解説]

極秘スパイ機関が襲撃され、スパイたちの身元が明るみになってしまう事態が発生。チーフは仕事熱心な分析官のマックスウェル・スマートをエージェントに昇格させるが...

 

昔のテレビドラマとまったく同じプロローグ(導入シーン)で始まるのは懐かしい。生真面目なスマートに対して、他のユニークな登場人物たちはジョークを交えて、ちぐはぐな雰囲気を醸し出す。

 

約10時間30分のフライトで成田空港へほぼ定刻(午前8時40分)に到着しました。
 
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今回の「中欧弾丸旅行」は期待通りに内容の濃い充実したものになりました。フライトの遅れや訪問先でのトラブルや失敗は一切無く、無事に帰国できたことに安堵。入国手続きの後、手荷物受取場(バゲッジクレームエリア)でハプニングが起きたのです。小型のスーツケース(ProtecA)が早々と出てきたところまでは良かったのですが、何かが変なのです。よく見ると、鍵が乱暴に壊されて、ロックが解除されていたのです。空港のチェック時にマスターキーを使った開けることは時々あるようですが、これは明らかな犯罪行為です。ワルシャワの空港あるいはプラハの空港のいずれかで行われたと思われます。不幸中の幸いですが、貴重品は何も入れていなかったことで、金品の盗難は免れました。
 
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しかし、鍵が壊れたスーツケースは使い物になりません。ポーランド航空のカウンターで事故証明書を発行してもらい、海外旅行保険で修理費を補償してもらうことにしました。海外出張を含めて、これまで500回くらい飛行機を利用してきましたが、鍵を壊されたのは初めての経験です。帰宅後は速やかに手配しました。鍵を購入したデパート経由で新品と交換してもらい、保険会社へ必要書類と写真を送付したことで、修理代を全額補償してもらうことができました。ちなみに、これらの手続きに2週間ほどかかりましたが、『終わりよければすべてよし』と旅の思い出とします。
 
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(終)


 

<同行者のコメント> 相変わらずの弾丸旅行ですが、今回は貸し切りバスで3か国を移動したことと、ホテルが連泊でであったことから、それほど負担にはなりませんでした。3つの国の観光名所を短時間で効率的に見て回ることができたと思います。ウィーンでは旦那様が直接予約してくれたおかげで楽友協会の見学とブラームス・ホールでのコンサートを楽しむことができました。もし、機会があれば大ホールでウィーンフィルの演奏とバレーダンサーの踊りを見たいですね。つまり、ニューイヤー・コンサートを生で鑑賞できれば最高なのですが・・。

2018年6月14日 (木)

中欧3か国を巡る旅(その46) ブダペストのリスト・フェレンツ国際空港へ

午前9時ころ、予定通りに市の中心部から東南東へ約15km離れた場所にある空港へ向けてホテルを出発しました。

 

グルーパマ・アレーナ」(Groupama Arena)は2014年に完成した多目的スタジアムの脇を通過
 
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その隣接地では新しい建物が建設中です。
 
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バスの車両置き場の先にも新しい建物群がありから、ビジネスエリアとして新たに開発されているようです。
 
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前方に空港と思われる施設が見えてきました。
 
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リスト・フェレンツ国際空港(ブダペスト空港)のターミナルに到着して、スターアライアンスに加盟するLOTポーランド航空が使用するターミナル”2A”で搭乗手続きを行いました。プラハ行きは12:55分発ですから、まだ2時間半ほどもあります。注、空港名はハンガリー出身の有名なピアニストで作曲家のフランツ・リストから名付けられた
 
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添乗員さんが誤ってターミナル"2B"へ案内した時に慌ただしく撮影した写真です。しかも、隣のディスプレイ・ボードを撮影してしまいました。
 
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搭乗までの待ち時間が長いため同行者は、ターミナルの中央にあるスカイコートのショップに入って、あれこれ物色を始めました。
 
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12時15分ころ、”A8”搭乗口へ移動すると、ポーランド航空のワルシャワ行(LO536便)は12時55分に出発すると表示されていました。
 
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12時20分ころには搭乗が開始され、12時30分には搭乗機(B878-8)がエプロンへ早々と移動しました。
 
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しかし、エプロンでしばらく待機して、定刻の12時45分になってやっとタクシーイングが始まりました。
 
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12時50分過ぎに搭乗機が離陸
 
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大平原が広がるハンガリーの大地(国の大部分はなだらかな丘陵地帯、東部はカルパチア盆地)
 
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(続く)

2018年6月13日 (水)

中欧3か国を巡る旅(その45) ブダペストで宿泊したホテル

午後9時ころ、宿泊する「レオナルド ホテル ブダペスト」(LEONARDO BUDAPEST)に到着。ペスト地区(旧市街)の南端に近い場所にありました。
 
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ハンガリーでも喫煙は屋外だけに規制されているようです。2人の男性の後方に”so many salads, so little time”と書かれた看板があることに気づきました。このホテルのレストランのキャッチコピーのようですが、英語らしい常套句であり、セールス用キャッチコピーでよく見かけます。
 
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翌朝は午前5時過ぎに起床。午前6時ころに自室から見た公園
 
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空には雲がかかっています。
 
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午前6時半過ぎに近くの建物の屋根から太陽が覗き始めました。
 
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午前7時になりましたのでカフェテリアへ向かいました。
 
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ホテル名に合わせてレオナルド・ダビンチの「ウィトルウィウス的人体図」が廊下のカーペットに描かれています。
 
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廊下に飾られた装飾品
 
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カフェテリアに到着しました。右手にはすでに多くの宿泊客が朝食を摂っています。カフェテリアを通り抜けた先にはバーがありました。
 
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これは同行者の選択ですが、私が選んでいるうちに食べ始めていました。
 
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私の選択はこの日もあれこれ欲張りです。
 
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この日は午前9時20分にブタペスト空港(リスト・フェレンツ国際空港)へ向かうことになっていますから、それまでの時間を利用してホテルの周辺を30分ほど散策することにしました。
 
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路上駐車は当たり前のようです。
 
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単調な街路を四角いルートで歩いたため、15分ほどでホテルの横に戻ってしまいました。
 
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早朝、ホテルの自室から眺めた公園に入ってみました。
 
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歩いたエリアは道路と建物しかなくて殺風景だと思いましたが、航空写真で確認すると、それぞれの建物にはほぼ例外なく中庭が設(しつら)えられていました。人口密度が高い都市の住宅地には優れた都市計画です。注、京都の町屋の構造に近い つまり、開放された公園はブダペストの旧市街では珍しいのです。
 

しばらく公園で過ごした後、ホテルへ戻りました。朝になって見ると自室は簡素なものですが、一泊するだけですから、これで十分です。いつものことですが、夜のうちにパッキングをほぼ済ませていますから、最終確認をした後は出発時間が来るまで自室で寛(くつろ)ぎました。
 
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(続く)

2018年6月12日 (火)

中欧3か国を巡る旅(その44) ドナウ川のボートクルーズ

3時間後の午後7時に再集合して貸し切りバスに乗車し、ブダペスト観光のハイライトであるドナウ川のボートクルーズへ向かいました。一旦下流方向に走ったあと、折り返して上流方向へ戻り、インターコンチネンタルホテルに近い桟橋に到着。桟橋に係留されていたクルーズボートが出発して15分ほど経ったところで乗船するクルーズボート(定員150人)が桟橋に接岸しました。
 
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午後6時30分になるとクルーズボートが上流方向へ向けて出発しました。太陽はすっかり地平線に沈んで薄暮になっています。
 
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ブダ地区側の河畔にも並ぶ多数のクルーズボートの先に「マルギット橋」が見えてきました。
 
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「マルギット橋」が近づいたところで大きくUターンしました。
 
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ペスト地区側の「国会議事堂」の右手遠くに「セーチェーニ鎖橋」が小さく見えます。
 
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ブダ地区側です。左端に「漁夫の砦」と「「マーチャーシュ教会」、中央はバロック様式の「聖アンナ教会」(Felsővízivárosi Szent Anna-plébánia és templom)、右は「聖フェレンツ教会」(Szent Ferenc sebei templom)。
 
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河畔に建つのは改革派教会 ( Szilágyi Dezső téri református templom )
 
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ライトアップされた「セーチェーニ鎖橋」を通過します。
 
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スタッフが船内を周りはじめましたので、私はホットワインを、同行者はコーヒーを注文
 
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ブダ地区側の「ブダペスト工科大学
 
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鯨をモチーフにしたといわれる未来型デザインのモールBálna Budapest
 
 
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船内の様子
 
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国会議事堂」の目の前を通過
 
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「ドナウの真珠」と呼ばれるブダペスにおける1時間弱の「ドナウ川ボートクルーズ」は、河畔に建つ主要な建物と橋がすべてライトアップでロマンチックに演出されたコースを往復するもので、美しい景色をたっぷり楽しむことができたことは期待以上でした。(続く)

2018年6月11日 (月)

中欧3か国を巡る旅(その43) 自由行動: セーチェーニ鎖橋

セーチェーニ広場の脇を歩いてセーチェーニ鎖橋」の袂(たもと)に出ました。吊り橋型の石橋です。1849年に完成したこの橋の全長は380m、ドナウ川の沿岸で最初に架けられた恒常的な(変化がない)橋です。つまり、ドナウ川を挟んで発展したブダとペストを結ぶ橋として大きな意義がありました。数十年後には他にもドナウ川に架かる橋ができたことで、「セーチェーニ鎖橋」の改修工事が始まり、1915年にその工事は完了しました。しかし、第二次世界大戦でドイツ軍によって中央径間が破壊されたため、1949年に中央径間が再建されて現在に至っています。
 
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橋の欄干には舌がないと言われた(注、実際は口の奥にあった)ライオン像が飾られています。
 
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係留されたレストラン船
 
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「セーチェーニ鎖橋」から見た「ブダ王宮」
 
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鎖橋の名前は橋桁を吊るこの巨大な鎖です。通常の鎖ではなく、強度が高いアイバーチェーン(注、自転車のチェーンのような構造をしたチェーン)で出来ています。
 
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ドナウ川を航行する小さな遊覧船
 
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「ブダ王宮」の北側の門」と伝説の鳥「トゥルル」北門付近、およびケーブルカーが確認できます。
 
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下流に架かる「エルジェーベト橋」
 
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橋の欄干に設置された照明灯
 
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ドナウ川西岸の主要道路であるフリードリッヒ・ボーン(Friedrich Born)通り
 
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「セーチェーニ鎖橋」を渡りきったところにある「クラーク・アーダーム広場」 (Clark Ádám tér)はハンガリー国内の道路の0km点(道路原票)になっています。
 
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「王宮の丘」へ上がるケーブルカー
 
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「クラーク・アーダーム広場」の西側から見た「セーチェーニ鎖橋」です。ライダーの一団が続々と橋を渡って来ます。公に認められて走行しているようで、決められたコースから逸脱しないように、広場を取り巻くロータリーの要所にはパトカーが数台停まっていました。
 
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「クラーク・アーダーム広場」の北側から見た「セーチェーニ鎖橋」
 
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ライダーを眺めたり撮影したりする人たち
 
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「セーチェーニ鎖橋」から見たドナウ川の上流方向
 
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ボートが橋の下を通過して行きます。遠くに見えるのは上流側に係留されているレストラン船。
 
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「セーチェーニ鎖橋」を往復した後はドナウ川東岸エリアで軽く夕食を摂ることにしまいした。 この日の昼食がヘビーだったからです。インターコンチネンタルホテルの脇を南へ歩いて見つけたカフェI Quattro Artistiを選びました。店名から分かるようにハンガリー料理とイタリア料理を提供する店のようです。広いテラス席は開放的で良いのですが、陽が傾くと寒くなりそうですから、建物の中に入りました。
 
ドリンクとしてビールを選びました。アルコールが駄目な同行者はカフェ・マキアートです。
 
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ブルスケッタ(トーストにチーズやミニトマトと各種野菜をトッピングした軽い料理)を注文して2人でシェアしました。
 
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午後6時からは女性歌手がキーボードの伴奏でジャズ曲とポップス曲を何曲か歌うパフォーマンスがあり、ドナウ川の河畔を散策する予定は取りやめて、歌声を楽しむことにしました。同行者も気に入ったのか、休憩のタイミングを見計らって2人に話しかけています。見かけによらず度胸があるのです。席に戻ってきた同行者によれば、二人はハンガリーに来ているパートナーとのこと。
 
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もう少し腰を据えることにした私はフルーティー・ティーを、同行者はカフェラテを頼みました。
 
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(続く)

2018年6月10日 (日)

中欧3か国を巡る旅(その42) 聖イシュトヴァーン大聖堂

貸し切りバスを降りたバイチジリンスキ通りを挟んで反対側から見る「聖イシュトヴァーン大聖堂」
 
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建物の脇を通って「聖イシュトヴァーン大聖堂」の正面に出ました。1905年に完成した新古典主義様式の建物で、高さ96m、幅55m、奥行87.4m。
 
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巨大なドームと2本の鐘楼
      
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入口付近
 
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宗教画
 
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その前に置かれたガラスケースに入った聖遺物箱のパネル展示
 
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聖遺物箱(礼拝堂)に収められているのはハンガリー王国の初代国王イシュトヴァーン1世の右手のミイラです。遺体から失われていた右手がトランシルヴァニアで発見されてから各地を転々とし、1771年マリア・テレジアによってブダペストに戻されたものだそうです。ステンドグラスを通り抜けた光が写り込んでいるのは残念です。
 
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ハンガリーのキリスト教化に貢献し、1083年にカトリック教会が列聖、つまり死後になって聖人に列せられたイシュトヴァーン1世の遺体から失われていた右手がトランシルヴァニアで発見され、1771年マリア・テレジアによってブダペストに戻されたとのこと。
   

主祭壇には大理石製の初代国王イシュトヴァーンが祭られている。
 
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ドーム天井
 
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イエスの磔刑(たっけい)画とステンドグラス
 
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   両脇に計2つあるステンドグラスのは中央部分(黒丸の中)には微妙な違いがありました。
 
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立派なパイプオルガン
 
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バイチジリンスキ通りの反対側(大聖堂側)で貸し切りバスに乗り、次の目的地へ向かいました。「聖イシュトヴァーン大聖堂」からほど近いインターコンチネンタルホテルの前にある広場に午後4時ごろ到着。ここで一旦解散です。広場には19世紀にハンガリーの政治家で詩人であった「エトヴェシュ・ヨージェフ(EOTVOS JOZSEF)の銅像」があります。 注、“VARD”は吟遊詩人を意味する
 
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2時間と指定された自由行動では、貸し切りバスで走った街の中を散策するよりも、目当ての「セーチェーニ鎖橋」を渡ることに加えて、インターコンチネンタルホテルの近くで軽く夕食を摂ったり、ドナウ川の過半を散策したりすることにしました。

 

すぐ先のセーチェーニ広場(Szechenyi Square/Széchenyi tér)には巨大な「セーチェニイシュトヴァーン像」があります。ネット検索の結果によれば、19世紀のハンガリーの政治家(伯爵)で、セーチェーニ鎖橋(くさりばし)の建設に尽力したことで知られるそうです。また、セーチェーニ温泉の名前もこの人物に因(ちな)んでいるとのこと。
 
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(続く)

2018年6月 9日 (土)

中欧3か国を巡る旅(その41) 「漁夫の砦」(後編)

「マーチャーシュ教会」の裏側から横手の路地に入りました。
 
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そして右手に折れると、雰囲気が変わりました。古い建物には”Mathias RFX” ANNNO”(A.D.)、”MCCCCLXXXVI”(1186)、“SALV”(英語Savior:救世主)と表示されていますが、私の知識では意味するところを理解できません。ちなみに、ラテン数字では、M=1000C=100LXXX=0VI=6
 
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民芸店“VOROS SUNに立ち寄りました。
 
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「漁夫の砦」を出て、貸し切りバスの到着を待つ間、前の空き地から前景を撮影
 
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貸し切りバスに乗車してペスト地区の中心部へ向かいました。派手な外観の建物は「現代美術館」(Palace of Exhibitions/Mucsarnok)”。
 
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アンドラーシ通りの突き当たりに位置する「英雄広場」(世界遺産)には聖イシュトヴァーンの王冠と大主教十字を握っているガブリエルを戴く柱がありました。建国1000年を祝って建てられた高さ35mの記念碑です。
 
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広場が接する「デューラー公園」の池と対岸にある「ヴァイダフニャド城」
 
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左手にあるのは「西洋美術館」
 
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ソンディ通りと思われる道を直進
 
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路面電車が走るテレツ環状通り
 
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アンドラ―シ通りの古い建物は「国立オペラ劇場
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商店のショーウィンドウに大きなライオンを見かけました。10年前に丸の内で見た「カウパレード東京丸の内2008」を「思い出させます。
 
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聖イシュトヴァーン大聖堂」が見えてきました。
 
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(続く)

2018年6月 8日 (金)

中欧3か国を巡る旅(その40) 「漁夫の砦」(前編)

尖塔が立ち並ぶ城壁の上(2階、有料)へ上がってみました。正面には「ブダ地区」(手前)と対岸の「ペスト地区」の町並みが広がっていました。
 
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その右手は「インターコンチネンタルホテル」など現代的な建物が立ち並ぶエリア
 
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見下ろすと、U字型に折れ曲がって坂を上がる道路と「漁夫の砦」に入る石段を一望することができました。
 
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マンホールも紋章入り
 
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左手奥の尖塔の先にある建物は「ヒルトン・ブダペスト」のモダンな建物
 
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ドナウ川の上流方向(左:ブダ地区、右:ペスト地区)
 
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「漁夫の砦」の南エリア
 
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ドナウ川の下流方向に架かる橋
 
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爬虫類動物のような装飾
 
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ギフトショップが入る尖塔の下に置かれた西洋式甲冑
 
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広場の右手奥にあるのは1200年代後半に建てられた「マーチャーシュ教会」(正式名称: 聖母マリア聖堂)で、街がオスマントルコに1541年から145年間もの長きにわたって占領された時にはモスク(イスラム教寺院)だったとのこと。そして1800年代後半にはゴチック様式の要素を残しながらバロック様式に改修されたそうです。ステンドグラスやフレスコ画などが美しいそうですが、訪れた時は結婚式が行われていたため、あいにく中へはいることはできませんでした。(有料)。美しいことで有名なステンドグラスが見られなかったことは残念です。ちなみに、この教会を改修した建築家フリジェッシュ・シュレクは「漁夫の砦」をロマネスク様式化する設計も行ったとのこと。 
 
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その尖塔上部 注、ガイドツアー(有料)がある
 
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ダイヤモンド模様でデザインされたカラフルな屋根
 
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「マーチャーシュ教会」の前にあるのは「三位一体像」(Holy Trinity Statue)
 
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(続く)

2018年6月 7日 (木)

中欧3か国を巡る旅(その39) ブダペストのドナウ川河畔から「漁夫の砦」へ

貸し切りバスに乗ってレストランからドナウ川方面へ向かいました。ハンガリーの建国に関わる伝説の鳥「トゥルル」が4本の支柱にとまる「自由橋」は1896年に建設されました。当初はオーストリア=ハンガリー帝国(二重帝国)の皇帝兼王であったフランツ・ヨーゼフ1世にちなんでフランツ・ヨーゼフ橋と呼ばれていました、1918年の二重帝国の終焉とともに現在の名前に変えられてしまったそうです。ちなみに、後方の建物は「ゲッレールト温泉」。そうです、ハンガリーには温泉があるのです。
 
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自由橋の袂からドナウ川に沿って上流方向へ進んだところで、対岸の丘の上に銅像らしきものを見つけました。デジタル・ズームで撮影したため明瞭な画像ではありませんので、調べると「ゲッレールト山の女神像」でした。
 
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 ちなみに、このエリアは「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」として1987年にハンガリーで最初の世界遺産となっています。具体的には、上記したゲッレールトなどの温泉とゲッレールトの丘、これから順次紹介するブダの王宮、マーチャーシュ聖堂と三位一体広場、漁夫の砦、セーチェーニ鎖橋、マルギット橋、国会議事堂、アンドラーシ通り、英雄広場、ブダペスト地下鉄1号線(注、ヨーロッパ大陸で初となった地下鉄)のなどが含まれています。
 

次いで、バロック様式の美しく大きな建物「ブダの王宮」には国立美術館、国立図書館、歴史博物館、軍事博物館などがあるそうです。
 
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「王宮の丘」(右端、標高167m)に「王宮の北側の門」と伝説の鳥「トゥルル」を見つけました。ケーブルカーも線路も確認できます。
 
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インターコンチネンタルホテル」の前にある広場にある銅像は、ネット検索によると、画家のロシコウィチ・イグナーツ・イグナーツ・ジュニアとのこと。バスでこの場所にわざわざ来た理由は、自由行動の後の集合場所に指定されたことで、その場所をメンバーに確認させるためでした。
 
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自由橋の下流側に架かる「エルジェーベト橋」はオーストリア=ハンガリー二重帝国時代の1903年に完成しました。当時、吊り橋としては世界最長を誇る装飾的な橋でしたが、第二次世界大戦で破壊され、戦後再建される時に現在のシンプルな形に変わったそうです。
 
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エルジェーベト橋の下を通過した後は一旦街並みの中を経由してエルジェーベト橋の取り付け道路に入りました。
 
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エルジェーベト橋でドナウ川を渡ります。正面、ドナウ川に面した中腹には十字架を右手に高く掲げた「聖ゲッレールト像」((Szent Gellért-szobor)、「聖ゲレールト」は、ここで殺された千年紀の英雄で、樽に入れられてドナウ川に投げ込まれたと伝えられるそうです。ちなみに、この場所は展望台としても人気があるようです。
 
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「ブダ王宮」の下を通過してセーチェーニ鎖橋」の袂(たもと)に出ました。
 
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漁夫の砦は、1895年から1902年にかけて、建国千年祭における市街美化計画の一環として建築家シュレク・フリジェシュによって建てられたネオロマネスク様式の砦です。つの白い尖塔が白い回廊で結ばれた構造になっており、名前の由来はこの地をドナウ川の漁師組合が守っていたことによるとされるそうです。
 
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7つの小塔(監視塔)から景色が楽しめるそうです。ちなみに、7つの塔はブタペストに古くから居住していた7つの部族を象徴しているそうです。
 

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階段を上がると対岸の「国会議事堂」が良く見えました。
 
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その右手には「聖イシュトヴァーン大聖堂」
 
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砦の中に入りました。広場の中央にあるのはハンガリーを統一した王である「聖イシュトヴァーン一世の騎馬像」(1906年)です。
 
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右手にダブルクロスの十字架を手にし、頭の後ろには聖人に相応しく光輪を戴いていて、威厳に満ち堂々としています。
 
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台座の4面にあるレリーフの最初は玉座の「聖イシュトヴァーン一世」(977-1038年)
 
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戴冠式
 
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教会の縮尺模型を指して指示をする王
 
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戦いに勝利したシーン
 
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(続く)

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