旅行・地域

2017年9月26日 (火)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 安来市の「月山富田城跡」(その1)

午前8時の数分前に道の駅「広瀬富田城」へ到着。この民家のような建物の中にある広瀬絣(かすり)センターでは絣の染めから織りまで体験見学(10:00-17:00)することができるそうですが、まだオープンしていません。
 
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「月山(がっさん)県立自然公園案内図」には「月山富田城跡」「太鼓壇公園千畳平」「山中鹿介像」「岩(巌)倉寺にある堀尾吉晴公墓」「菅谷口」「中谷口」「塩谷口」などが表示されています。後で確認すると、天台宗の名刹・清水寺を中心とする地区(安来市清水町、清水山山麓)、国民保養温泉地に指定されている鷺(さぎ)の湯温泉地区(安来市古川町、足立美術館がある)、そして富田(とだ)城跡を中心とする月山地区の3つの地区から構成される「清水月山(きよみずがっさん)県立自然公園」の一部(月山地区)を意味するものだったようです。
 
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「富田(とだ)城」の概要説明には、『飯梨川右岸の月山(がっさん、海抜189m)を中心に気付かれた複廓式の山城である。陰陽十一ケ国を領有した尼子氏の本城で、周囲は断崖絶壁が多く防衛上最高の立地条件を備えており、中国地方における中世城郭(じょうかく)の代表的な城跡として国の史跡に指定された』 とあります。この「富田城」は艱難(かんなん)辛苦(しんく)に耐えて尼子再興運動で主家に忠義を貫いた悲運の武将・山中鹿介(しかのすけ、本名幸盛)が活躍した場所としてとみに有名です。
 
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右手に「安来市立歴史資料館」がありました。残念なことにこの日(火曜日)は定休日のようです。
 
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その前にある「史跡富田城跡」の写実的な絵図
 
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道の駅「広瀬富田城」の左裏手が「富田城」登城ルートの起点です。しかし、現在は山麓の区間(道の駅裏から山中鹿介像の手前まで)が整備工事中のため通行できません。事前に確認しておいた通り、「史跡富田城跡」の裏手にある自動車道を利用して山麓にある駐車場まで進むことにします。
 
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史跡「富田城跡案内板」には左下の、道の駅「広瀬富田城」と「安来市立歴史資料館」から「千畳平」「太鼓檀」「奥書院」「厳倉寺」「花ノ檀」「能楽平」「お茶庫台」「山中御殿」「台頭成」など多数の廓、「七曲り」、山頂にある「三の丸」「二ノ丸」「本丸」に加えて、「菅谷口」(左)、「搦手口」(中)、「塩谷口」(右)の登城ルートが描かれています。
 
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道の駅「広瀬富田城」から表通りに出て「月山・太鼓檀・巌倉寺」方面へ進みます。
 
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工事中のためこちらの道路が「山中鹿介像」「山中(さんちゅう)御殿」「本丸」へのルートとして指定されています。右手にある飯梨川(いいなしがわ)の河川敷に大駐車場があるようです。
 
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御子守神社と巌倉寺(いわくらでら)の参道前を過ぎ、棚田が右手に続く林道のような道を上がります。ちなみに、参道の反対側には「太鼓壇」と「千畳平」への登山口がありますが、工事車両だけが通行でき、登山者は通行することができません。
 
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「史跡富田城跡」の駐車場に到着
 
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駐車場の脇には山中御殿(さんちゅう御殿)まで180m、本丸まで760mと表示されています。
 
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この先には駐車場がありませんから、住民以外は徒歩で上がる必要があるようです。前方に小高い場所が見えます。
 
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自生するコスモス
 
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Y字路の右方向には車止めがありました。右手の「塩谷口」と合流して「山中御殿跡」へ向かう登城ルートが整備されるようです。
 
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(続く)

2017年9月25日 (月)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 島根県安来市へ(後編)

大山と蒜山の景色を期待して蒜山(ひるぜん)高原SAでしばし休憩することにします。
 
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建物の左手にオオサンショウウオベンチがありました。蒜山は「はんざけ」とよばれる特別天然記念物のオオサンショウウオの生息地として真庭市北部が国指定となっているようです。ちなみに、当ブログでは三重県名張市の「赤目四十八滝」の記事でも触れています。
 
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大山(だいせん、別名:伯耆富士)の最高峰(剣ヶ峰、標高1729m)付近は笠雲に覆(おお)われています。右手前にある尖った山は大山山系のひとつである烏ヶ山(からすがせん、標高1448m)で、その形から山陰のマッタ―ホルンと呼ばれているそうです。SA内を移動して2枚撮影しました。
 
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本線に戻ると、SA内からは見えなかった蒜山三山の上蒜山、中蒜山、下蒜山(標高1100m)が後方に現れましたが、忽(たちま)ち遠ざかって行きました。
 
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蒜山三山の左手(北側)に見える山々は烏ヶ山との間にある二股山と皆ケ山でしょう。
 

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鳥取県江府町(こうふちょう))に入ると米子自動車道は下り坂になり、前方に雲海のようなものが・・。
 
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溝口(みぞぐち)ICを過ぎると視界が広がり、米子の市街地が近づきました。
 

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米子自動車道入口交差点(米子JCT)で国道9号のバイパス(山陰自動車道)に入ります。
 
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山陰自動車道(米子道路、無料区間)に続き、山陰自動車道(安木道路、有料区間)を西進した安来ICで県道334号に出て、さらに県道45号で安来市(やすぎし)を南下しました。
   
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最初の立ち寄り先に予定した「足立美術館」が近づきましたが、開館時間の午前9時まで1時間以上もありますから、その先にある「月山富田(がっさんとだ)城跡」(別名:広瀬富田城)へ向かうことにします。
 
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道の駅「広瀬富田城」まで1.6kmの地点に差しかかりました。
   
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広瀬町の飯梨川(いいなしがわ)沿いにある「三日月公園」を通過します。「カフェ桜」と牛の像を写しましたが、公園内には尼子経久(あまごつねひさ)の銅像もあるはずです。また、山城の「月山富田城跡」を望むベストスポットのようです。道草を食いそうですから通過しました。
   
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三日月公園の角にある交差点を左折して、飯梨川(いいなしがわ)に架かる富田橋を渡ります。道の駅「広瀬富田城」まで500mに近づきました。

   
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(続く) 

2017年9月24日 (日)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 島根県安来市へ(前編)

当ブログでは近畿地方の城廻(伏見城跡淀城跡勝竜寺城大阪城坂本城跡彦根城安土城跡長浜城跡園部城跡小谷城跡舞鶴城跡亀山城跡福知山城竹田城跡)に続いて山陰と山陽(中国地方)の姫路城鳥取城跡米子城跡松江城岡山城を紹介しましたが、今回はさらに西進して、「天空の城」とも呼ばれる島根県安来市の「月山富田城跡」、島根県津和野町の「津和野三本松城跡」と岡山県高梁(たかはし)市の備中松山城跡の3か所巡ることにしました。しかし、それだけでは同行者のご機嫌を損(そこ)ねそうですから、島根県安来市の「足立美術館」、同出雲市の「出雲大社」、同大田市の世界遺産「石見銀山」、そして岡山県津山市の名城「津山城跡」にも立ち寄る予定です。
 
                           ☆

   

ハツ半を少し回った午前3時半近くにオチビちゃん・コチビちゃん宅を出発しました。まだ暗い名神高速道路から中国自動車道に入り、午前4時15分ころ、西宮名塩SAに立ち寄って早い朝食を摂ることにしました。
 
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営業中のフードコートに入って選んだメニューは「名塩(なじお)ラーメン味噌)」(700円)と「温泉卵」(50円)です。人気がある名塩コロッケから期待した神戸南京町皇蘭監修の名塩ラーメンは、中太のややちぢれ麺でしっかりとコシがあり、バラ塩チャーシューが2枚、モヤシ、ネギ、名塩ラーメンと表記された海苔がトッピングされています。いずれも食感が良いですが、残念なことに温(ぬる)めのスープは平凡な味に感じられました。無難にうどんを選べば良かったのかもしれません。
 
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さらに80kmほど西進し、兵庫県宍粟(しそう)市にある揖保川(いぼかわ)PAに立ち寄るころには東の空が明るくなり始めました。
 
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それとともに霧が出始めました。宍粟市(しそうし)と佐用町(さようちょう)の間にある西下野トンネル(長さ698m)付近
 
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 トンネルを抜けると、霧はさらに濃くなりました。
 
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佐用JCTを通過します。前回はここで鳥取自動車道に入って鳥取市へ向かいました。
 
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佐用JCTから50kmあまり先の落合JCTで米子自動車道に入りました。まず、大内原トンネル、
 
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次いで湯原ICを通過しますが、相変わらず霧が立ち込めています。
 
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標高400m地点を通過するころには霧が少し薄れてきたようです。
 
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玉田山トンネル(長さ1630m)を通過します。
 
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トンネルを抜けると、そこには青空が広がっていました。山を越えると天候が大きく変わるのです。
 
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標高500m地点を通過
 
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前方に大山(だいせん、標高1729m)が見えてきました。右手前は岡山県(真庭市)と鳥取県(倉吉市)の県境にある上蒜山(かみひるぜん、別名:大蒜山、標高1202m)と中蒜山(標高1123m)のようです。岡山県側は蒜山(ひるぜん)高原と呼ばれる西日本を代表するリゾート地があります。
 
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余談です。山の読み方は「やま」「さん」「ざん」「せん」「ぜん」と多様です。ちなみに、「やま」は和語、「さん」は漢音、「せん」は呉音です。私は中国山地、特に鳥取・岡山県境部に「せん」と「ぜん」が多いことに興味を持っていました。(注、前者は鳥取県の「大山」を筆頭に約70か所、後者は「蒜山」の1つだけ) 読み方の由来については定説がなく、あくまでも私の推測ですが、「せん」が「呉音」(例、須弥山、しゅみせん)であることから朝鮮半島からの渡来人と深い関係があると考えられます。後に隋と唐との交流で漢音が伝えられた後にも読み方が変わらなかったのは、古代出雲国(島根県西部の出雲市と同東部の安来市に存在)の影響があるのかもしれません。(続く)

2017年9月23日 (土)

京都のラーメン店「一蘭」(再訪)

先月初旬に訪れたばかりですが、所用でオチビちゃん・コチビちゃん宅へ車で向かいました。自宅を出たのは前回より少し早い丑の刻(午前2時)です。東名高速道路・新東名高速道路・伊勢湾岸自動車道・東名阪自動車道・新名神高速道路を通るルートはいつも通りですから、説明を省略して、走行結果だけを披露することにします。途中で長い休憩を取ったため走行時間は約7時間半、走行距離450.9km、平均燃費26.3km/ℓでした。
 
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オチビちゃんとコチビちゃんの家族と過ごした数日間の行動は省略しますが、所用を終えた後、全員で「天然とんこつラーメン専門店 一蘭(いちらん)」(京都八幡店)へ出掛けました。私だけではなく、オチビちゃんも大好きなラーメン店(本社:福岡県福岡市)です。午後1時半を過ぎていましたが、席を待つ10数名の客の列が店の外まで伸びていました。
 
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ラーメンのメニューはとんこつラーメン(790円)のみで、好みに応じて替え玉・半熟塩ゆでたまご・追加ねぎ・追加チャーシューなどのトッピングを加えたり、ごはんと組み合わせることができることは、いずれも以前とまったく同じです。頑(かたく)なにポリシーを守っているのです。
 
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カウンター席の空き具合が表示されるのも変わっていません。混雑しているためか、店内で待つ間に店員がオーダーシートを配布してくれました。客の好みを記入する選択式の用紙です。さらにカウンター席の空き具合を確認して大人数の我われを適宜案内してくれました。注、空いている場合は席を自由に選ぶことができる
 
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前方の暖簾(のれん)と隣席との間にある仕切りによって店員や他の客の目を気にならない「味集中カウンター」も顕在です。
 
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食券に加えて、味の濃さ・にんにくとねぎの量、チャーシューと秘伝のたれの有無、緬のかたさを指定した用紙置いて店員を待ちます。
 
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数分後にラーメンが配膳されました。私にはやや少なめの細緬の量がちょうど良いのです。細麺と薄切りチャーシューはとんこつスープに沈んでいますが、赤い秘伝のたれのが中央にあり、日の丸弁当のようにも見えます。
 
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この日も美味しく完食することができました。ただし、癖がなくマイルドなとんこつスープは味わう程度にして、飲みきることは断念。
 
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4年前の記事の繰り返しになりますので、店内の説明とラーメンの感想はあえて簡略にしました。□ 

2017年8月24日 (木)

帰路の大渋滞

善水寺の駐車場からアクセス道路を経由して市道へ出ると、案内標識は左折して甲西大橋北詰交差点へ出ることを推奨していますが、回り道になると考えて右折することにしました。すれ違いが困難な狭い道とされるルートです。確かに、狭い山道でした。幸いなことに対向車がなく、無事に県道13号へ出ることができました。そして、岩根交差点で国道1号に入れば、新名神高速道路の甲賀土山ICのアクセス道路にそれる前の交差点までは一本道です。

 

前野交差点を右折して曲がりくねったアクセス道路走れば甲賀土山IC新名神高速道路に入ります。4kmほど走ると鈴鹿トンネルが迫りました。
 
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鈴鹿トンネルを抜けると亀山西JCTの工事現場に差し掛かります。
 
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安坂山トンネルを通過する時、カーナビが亀山JCTと鈴鹿IC間(約5km)で渋滞が発生していることを表示し始めました。
 
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亀山JCTで東名阪自動車道へ合流します。すでに渋滞が始まっていました。
 
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こういう場合は、慌てて走行車線へ入らないで、約3km続く合流車線を走行するのが正解です。
 
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鈴鹿ICが近づくと渋滞区間が2つに分離しました。
 
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四日市ICまで25分と表示されています。
 
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渋滞を抜けて四日市JCTで伊勢湾岸自動車道に入りました。こちらは渋滞と無縁のようですが、横風が強いため、慎重に運転します。
 
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1時間後、浜松SAに立ち寄って休憩することに。同行者はソフトクリーム店”Pecolita”(ペコリータ)で「富士山麓牛乳ソフト・コーン」(380円)と「サバサンド」(500円)を選びました。サバサンドはトルコ・イスタンブールの名物とのこと。脂がのったサバとオニオン・レモン果汁の組み合わせがさっぱりしていて、食べやすいサンドイッチです。
 
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浜松SAを出発して間もなく、大井松田IC-横浜町田IC間で30kmの渋滞が発生しているとの表示が!!
 
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今度は御殿場IC-横浜町田IC間で断続40kmの渋滞との表示も。
 
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御殿場IC-横浜町田IC間断続渋滞45kmと渋滞区間は徐々に長くなります。
 
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午後7時ころ、駿河湾沼津SAに立ち寄って休憩することにしましたが、駐車場が満車のため、空くのをしばらく待つことに。
 
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小腹が空いたため、ドライバーズスポット天神屋でテイクアウトした「静岡おでん」を食べながら1時間余りの長い休憩を取ると、渋滞区間の長さが短くなったようです。出発することにしました。東名高速道路に入って御殿場ICに差し掛かると交通量が増え始め、中井PAの手前から渋滞が発生していることがカーナビに表示され始めました。
 
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秦野中井ICが近づくと、車列の速度が徐々に落ち始めました。カーナビによれば渋滞区間が海老名SAの手前から東京方面へ移動しているようです。
 
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このまま渋滞区間が東京方面へ移動することを期待しましたが、厚木ICが近づくと渋滞区間は厚木ICの手前まで戻ってきました。
 
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そして、ノロノロ運転は厚木IC、海老名SA、港北PAを過ぎても続きました。横浜町田ICの出口が先頭かも知れないと考えましたが、実際は渋滞の名所である大和トンネルの入口。トンネルを抜けると、長い渋滞が嘘のようにスムーズに流れ始めました。自宅に戻ったのは午後10時を少し回っており、予定より2時間余りの遅れ。ちなみに、平均燃費は約24km/ℓと、渋滞に遭遇した割には、まずまずの結果でした。

2017年8月21日 (月)

湖南三山・国宝巡り(その3) 岩根山善水寺の本堂と厨子

県道22号で菩提寺西交差点まで戻り、さらに県道27号で甲西大橋北詰交差点を左折して岩根山(十二坊、標高405.5m)の山道に入り、温泉施設「ゆらら」を過ぎ、S字カーブを道なりに老人ホーム「ヴィラ十二坊」方面へ走りました。
 
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老人ホームを過ぎると、国宝「善水寺」の案内標識には右手400mと表示されていました。よく整備された山道はこの先で狭くなるようです。
 
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50台の車が停められる広い駐車場に到着しました。正面に「善水寺」の入口があるようです。
 
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「善水寺」の案内図には失われた僧坊跡(推定)も表示されています。
 
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洗面所の前を通過したところに入山受付を見つけました。その先には「本堂」のような建物が確認できます。
 
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「善水寺」は奈良時代和銅年間(708-715年)に元明天皇の勅命により鎮護国家の道場として草創され、和銅寺と号したそうです。桓武天皇が病気になられた時、最澄上人が本尊の薬師仏の前に池水を供えて7日間病気平癒の祈祷を行い、その霊水を天皇に献上したところ、病がたちまち平癒したことで、天皇より「善水寺」の寺号を賜ったとのこと。

 

入山受付の先、左手には寛文三年(1663年)に建立された「鐘楼」
 
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右手にあるのは「元三大師堂(がんざんだいしどう)」は江戸時代、正徳三年(1713)再建で、 本尊元三慈恵大師良源大僧正の等身大尊像を奉安しているそうです。
 
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「百伝池」は「岩根の池」とも呼ばれ、前述した寺号の「善水寺」に縁がある池です。
 
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国宝の「本堂」は南北朝時代の貞治五年(1366年)に再建された木造平屋建・入母屋造桧皮葺(ひわだぶき)・桁行(けたゆき)七間・梁行(はりゆき)五間の天台密教仏殿です。正面に向拝を持たないため、屋根の曲線を見ることができます。
 
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国法建造物「善水寺本堂」の説明看板には寺号についてパンフレットとは少し異なる内容が書かれていますので引用します。『善水寺(天台宗)は、和銅年中(710年ころ)の開基で、和銅寺2と号した。その後、延暦9年(790年)に伝教大師が中興して善水寺と改めたという。しかし、延文5年(1360年)3月に火災にあい、記録などが消失した。貞治3年(1364年)5月に延海が再建し、天和2年(1682年)に東叡山輪王寺より医王院の号が下がり、岩根山医王院善水寺と号した。』
 

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さらに詳しい説明もあります。
 
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その前には蓮の花が咲いています。
 
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本堂の入口は左奥にありました。
 
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横から見た本堂の屋根
 
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履物を脱いで本堂の回廊を進みます。
 
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本堂の横にある庭
 
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本堂の前面に出ました。蔀戸(しとみど)は上下2枚に分かれ、上半分だけが内開きできる、半蔀(はじとみ)です。ちなみに、蔀戸は板の両面に講師を組んだ戸のこと。
 
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この寺でも本堂内の写真撮影はできません。
 
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本堂内は前二間通りが礼堂(外陣)、中二間通りが正堂(内陣)、後一間が後戸、後戸には五間幅の張り出しが付いています。内陣仏壇上には厨子(国宝)内の本尊薬師如来(重要文化財)をはじめ、三十余躯(く)の仏像が安置されていました。拝観コースは後一間まで続いていました。安置されている本尊をはじめとする仏像は善水寺のhp(本尊ならびに諸尊)に写真と説明が掲載されていますので、そちらを参照してください。

 

一通り拝観させていただいた後は、境内を散策するつもりでしたが、外気温が上昇し、日差しも強くなりましたので、駐車場に停めた車に戻ることにしました。

 

本記事で紹介したもの以外に、行者堂・地蔵堂・観音堂・閼伽井(あかい)・不動岩などの見どころがあり、善水寺のhp(境内案内)で紹介されていますので、関心がある方は参照すると良いでしょう。(終)

2017年8月17日 (木)

湖南三山・国宝巡り(その2) 阿星山長寿寺の本堂・春日厨子(後編)

釈迦如来坐像(重要文化財)は藤原時代の作。皆金色・寄木造・高さ1.77mで、涼やかな表情をしています。
 
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 絹本著色仏画の「十六羅漢像十六幀」(重要文化財)
 
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左側の回廊に出てみました。
 
  
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そして、こちらは順路となる右脇の回廊です。本堂の右手奥、小高い場所に最近建てられた収蔵庫には、大仏の阿弥陀如来坐像が安置されているそうです。本堂の裏側にもガラス窓の中に仏像が安置されていましたが、撮影は控えることにしました。
 
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 本堂を退出して、右手に続く石段を上がって収蔵庫へ向かいました。
 
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こちらも内部は撮影禁止です。
 
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長寿寺のパンフレットから引用した大仏「丈六阿弥陀如来坐像」の写真を掲載します。藤原時代の作で、皆金色・寄木造・定印・高さ約3m。(注、丈六座像は高さ約8尺、2.43mのものをいう)
 
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収蔵庫の前から見た長寿寺の本堂です。常楽寺(西寺)と同様、三重塔が本堂の反対側(左後方)の小高い場所に建っていた伽藍(がらん)配置を容易にイメージできました。
 
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「丈六阿弥陀如来坐像」の詳細と「三重塔」の移築についての解説パネル
 
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先ほどは撮影を控えた本堂の裏手回廊の遠景
 
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本堂の前まで戻って、その左手前(東側)に石段があることに気づきました。
 
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長寿寺の鎮守社である白山神社の拝殿
 
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白山神社の本殿
 
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二の鳥居を潜って、白山神社の参道を戻ります。
 
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子宝祈願の石が祀られる「内佛堂」に立ち寄りました。
 
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山門脇の受付まで戻ると、先に到着していた同行者は冷たいお茶を頂いています。私も少しお裾分けに預かることに。

駐車場から県道119号の終点に出たところで湖南市の田園風景を撮影
 
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緩(ゆる)やかな傾斜地に造られた棚田
 
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県道119号を戻ります。次は3つ目の寺である善水寺です。12kmとあり、常楽寺と長寿寺とはかなり離れています。
 
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少し進んだ場所にも棚田がありました。
 
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(続く)

2017年8月16日 (水)

湖南三山・国宝巡り(その2) 阿星山長寿寺の本堂・春日厨子(前編)

常楽寺の駐車場から県道119号に出てさらに約1km南下。生涯学習施設「阿星のステージ」と町営公園「じゅらくの里」を過ぎて県道の終点に長寿寺の案内看板を見つけました。
 
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案内看板にしたがって右折すると、50mほど先に長寿寺の駐車場(約20台)がありました。山門脇にある受付で拝観料(大人500円)を納めて参道に入ると、
 
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紅葉シーズンの写真が飾られています。
 
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一直線に伸びる参道が続きます。参道脇に植えられた楓(かえで)が直射日光を遮ってくれることに感謝しながら歩きました。
 
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阿星山(あぼしさん)長寿寺は阿星山(693.1m)の北東麓にあり、常楽寺の西寺に対して東寺と呼ばれる天台宗の古刹(こさつ)です。奈良時代後期、聖武(しょうむ)天皇の勅願によって良弁が創建したと伝えられ、七堂伽藍二十四の僧坊があり、聖武天皇が皇女の長寿を願い長寿寺という寺号を贈ったことに始まるそうです。平安時代初めに中興されて阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台密教の修行寺院となった後、一時衰えましたが、鎌倉時代初期には源頼朝が、室町時代には足利将軍家が祈願所として諸堂を造改修したといわれ、寺内への軍勢などの乱入を禁止した足利尊氏の制札が保管されているそうです。そして、信長が本堂の左後方にあった三重塔を安土城内の總見寺へ移築したため、現在は本堂、弁天堂、石造多宝塔を残すだけになりました。ちなみに、三重塔は總見寺に重要文化財として現存しています。

 

参道の左手に子宝祈願の石が祀られる「内佛堂」があります。
 
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さらに進むと、参道は二手に分かれました。右手が長寿寺の本堂方面で、左手が鎮守社の白山神社の参道となっています。
 
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フクロウの置物を見かけました。「ふくろうのお宿」と表示されています。「長寿寺」の名前にちなんだのでしょう。
 
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参道の右手に「日本最大級の石造多宝塔」がありました。
 
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これは聖武天皇の菩提を弔うために鎌倉時代に建立されたものだそうで、上部が大きいことでアンバランスかつ無骨な姿が味わい深い印象を与える立派なものです。相輪が欠けていることが惜しまれます。
 
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参道の先にある鐘楼
 
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重要文化財の「弁天堂」の説明看板
 
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こちらが池の中にある「弁天堂」
 
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小池の中島に立っていて、桁行(正面)一間、梁行(側面)一間と小規模、屋根は一重入母屋造・唐破風付檜皮葺(ひわだぶき)でありながら、美しい建築です。左手では睡蓮の花が咲いています。
 
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国宝「長寿寺本堂」と重要文化財「長寿寺弁天堂」の説明看板
 
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国宝に指定されている「長寿寺本堂」は双堂(ならびどう)と呼ばれる古い木造建築の様式だそうです。
 
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屋根が低くて形姿(なりかたち)のすぐれた国宝の本堂は天平(注、奈良時代前半)年中に創建されましたが、貞観(じょうかん、奈良時代後半)年中に消失・復元して現在に至っているそうです。大きさは桁行(正面)五間、梁間(側面)五間、屋根は一重寄棟造、向拝は三間檜皮葺、四面回廊がある天台伽藍には珍しい建築とのこと。中央三間は桟唐戸の入口、左右に連子窓になっています。(出典:長寿寺のパンフレット) 注、説明看板には鎌倉時代前期に建てられたとあり、いずれが正しいのか不明

 

本堂の脇に重要文化財「丈六阿弥陀如来坐像」の案内看板が立っていました。注、丈六は仏像の背丈を示し、坐像の場合は約8尺(2.43m)
 
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写真を撮っている間に同行者はさっさと本堂に上がっています。
 
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正堂と礼堂とに分かる本堂内は写真撮影ができません。正堂内陣にある春日厨子(かすがずし)内には中央に秘仏のご本尊「子安地蔵尊」、脇士に「観世音菩薩」と「毘沙門天」が安置されているそうです。秘仏のため、ご開帳は50年に一度だけですが、数年前に行われたため当分開帳されることはないとのこと。グループの参拝客と座って説明員から長寿寺と仏教の話を20分あまり聞かせていただきました。(注、以下4枚の仏像写真は長寿寺のパンフレットから引用貞観)

 

春日厨子(国宝)
 
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阿弥陀如来坐像(重要文化財)は藤原時代(平安時代中後期)の作。皆金色・高さ1.42mの寄木造、定印(注、両手のひらを上に向けて上下に組む形)、二重敷茄子(注、敷茄子とは蓮華台の下にある鼓形の台)の立派な蓮座に坐し、美しい唐草をきりすかした二重円光(注、光を二重の輪で表した光背)を負っています。
 
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(続く)

2017年8月15日 (火)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)④

第19番霊麀山(れいゆうざん)行願寺は京都府京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町にある天台宗の寺(別称:革堂)
 
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第20番西山善峯寺(よしみねでら)は京都府京都市西京区大原野小塩町にある善峯観音宗の寺(別称:よしみねさん)
 
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第21番菩提山(ぼだいさん)穴太寺(あなおじ)京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻にある天台宗の寺(別称:穴穂寺)
 
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第22番補陀洛山総持寺は大阪府茨木市総持寺にある高野山真言宗の寺
 
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第23番応頂山勝尾寺(かつおじ)大阪府箕面市粟生間谷にある高野山真言宗の寺(別称:弥勒寺)
 
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第24番紫雲山中山寺は兵庫県宝塚市中山寺にある真言宗中山寺派の寺(別称:中山観音)
 
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第25番御嶽山清水寺は兵庫県加東市平木にある真言宗中山寺派の寺(別称:清水さん)
 
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第26番法華山一乗寺は兵庫県加西市坂本町にある天台宗の寺
 
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第27番書寫山圓教寺(えんぎょうじ)は兵庫県姫路市書写にある天台宗の寺(別格本山)(別称:西の比叡山)
 
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下り坂に入ったところにある第28番成相山成相寺(なりあいじ)は京都府宮津市成相寺にある真言宗の寺(別称:成相さん)
 
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第29番青葉山松尾寺は京都府舞鶴市松尾にある真言宗醍醐派の寺(別称:まつのおさん)
 
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第30番厳金山(がんこんさん)宝厳寺(ほうごんじ)は滋賀県長浜市早崎町にある真言宗豊山派の寺
 
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本堂の右奥に出た所にある第31番姨綺耶山(いきやさん)長命寺は滋賀県近江八幡市長命寺町にある寺
 
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本堂の右脇に出れば、第32番繖山(きぬがささん)観音正寺は滋賀県近江八幡市安土町石寺にある天台系の寺(別称:仏法興隆寺)
 
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そして、第33番(満願)谷汲山(たにぐみさん)華厳寺(けごんじ)岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある天台宗の寺(別称:たにぐみさん)
 
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本堂の右手前にあるカエデが色付き始めています。湖南三山は紅葉が美しいことでも知られているそうです。
 
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常楽寺の境内を出ると、左手に三聖神社(さんせいじんじゃ)がありました。常楽寺の塀が参道と鳥居に迫っていて、参道は人がやっと通れる幅しかなく、不自然なほど窮屈になっています。
 
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伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、速玉之男神(はやたまのおおかみ)、事解男神(ことさかのおのかみ)を祭神とする神社でした。平安京の表鬼門に鎮座する日吉大社の摂社と思われます。拝殿は入母屋造、間口二間、奥行二間、本殿は一間社流造、間口一間、奥行一間とのこと。
 
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常楽寺の護法社の神像でしたが、明治期の神仏分離令により独立したようです。駐車場へ戻って2番目の寺に向かいました。(終)

2017年8月14日 (月)

湖南三山・国宝巡り(その1) 天台宗阿星山常楽寺(本堂・三重塔)③

第6番壺坂山南法華寺(みなみほっけじ)は奈良県高市郡高取町にある真言宗系の単立寺院(別称:壺坂寺)
 
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第7番東光山岡寺奈良県明日香村にある真言宗豊山派の寺(別称:龍蓋寺、りゅうがいじ)
 
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上り坂に差し掛かりました。
 
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三重塔を見下ろす場所にある第8番豊山長谷寺は奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派の寺(別称:初瀬寺)
 
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次いで、第9番興福寺奈良県奈良市登大路町にある法相宗の寺
 
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第10番明星山三室戸寺(みむろとじ)は京都府宇治市菟道滋賀谷にある本山修験宗の寺(別称:御室戸寺)
 
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来し方を振り返りました。
 
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第11番深雪山上醍醐寺(かみだいごじ)は京都府京都市伏見区醍醐醍醐山にある真言宗醍醐派の寺
 
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第12番岩間山正法寺は滋賀県大津市石山内畑町にある真言宗醍醐派の寺(別称:岩間寺)
 
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第13番石光山石山寺滋賀県大津市石山寺にある東寺真言宗の寺
 
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第14番長等山園城寺(おんじょうじ)は滋賀県大津市園城寺町にある天台寺門宗の総本山(別称:三井寺)
 
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第15番新那智山観音寺京都府京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派の寺(別称:今熊野観音寺)
 
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第16番音羽山清水寺京都府京都市東山区清水にある北法相宗の寺
 
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三重塔と本堂を見下ろす場所に出ました。
 
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かなり高い場所ですが人口の池がいくつもあり、睡蓮(すいれん)の花が咲いています。
 
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同行者が小さなカエルを見つけました。
 
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振り返って見た池
 
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第17番補陀洛山(ふだらくさん)六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)は京都府京都市東山区五条大和大路上ル東入2丁目轆轤町にある真言宗智山派の寺
 
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第18番紫雲山頂法寺は京都府京都市中京区六角東洞院西入堂之前町にある天台系単立の寺(別称:六角堂)
 
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(続く)

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