日記・コラム・つぶやき

2018年7月 9日 (月)

不用品の売却談

現役時代は海外出張の機会が多かったことで、私の部屋はいつの間にか海外の土産物で溢れてしまい、購入した時の記憶が薄れるとともに不用品(ガラクタ)と化しました。特に、中国・台湾・ベトナムなどでは訪問者が手土産を持参する習慣があるため、自分の好みではないものや価値が定かではない品物を貰うことが多いのです。いずれも処置に困ります。ゴミとして処分できるものはまだ良いのですが、大きな美術品・木彫の仏像・書画などは処置に困ります。

 

まだ終活ではありませんが、多くの不用品に囲まれている生活は精神衛生に良くありません。最近、人気があるメルカリでこれらを売ることを考えましたが、商品の撮影・梱包・発送・質問/トラブルへの対応などが煩雑で、しかも手数料(販売金額の10%)が必要であるため断念しました。対面で不用品を買い取ってくれる店をネットで検索すると、わが家の近くにもあることが分かりましたので、早速十数点を持ち込みました。ユーズドの店です。入口を入った左手にある受付カウンターはブックオフのものと良く似ています。スタッフに売りたい品物を渡して受付票を受け取った後は店による査定を待ちます。

 

数分後には私の番号が店内放送で呼ばれました。カウンターに出向くと、スタッフが査定結果を説明してくれました。買い取り可能な品物は約半数と期待外れです。この店では書籍・切手・コインを扱っていないとのこと。買い取り可能な品物の評価額は私が期待するものとは逆でした。大きくて見た目が良いものは二足三文である一方、小さくて可愛らしい物の評価が高いのです。例えば、私が一番期待していた木工象嵌(ぞうがん)細工の美術品は僅か100円であるのに対して、干支(えと)が描かれたお猪口セットと絵付きガラス玉の置物はいずれも200円と健闘しました。しかし、木彫の大黒天は何と30円と最低評価。

 

査定の条件をスタッフに尋ねると、「売りやすい物は高く評価するが、売りにくいものや大きくて展示(保管)するスペースが必要なものは低い査定となる。美術品としての価値は評価しないので、高く売りたい場合は専門の古美術商へ持ち込む必要がある」とのこと。痛く納得しました。買い取り価格の合計は1000円にもなりませんでしたが、不用品の半数を処分して重荷を下ろしたことで、充分満足できました。ちなみに、自治体が回収する粗大ゴミに出せば、一品当たり200円あるいは500円のチケット(粗大ごみ処理券)を購入する必要があります。

 

翌日は貴金属・切手・金券などを扱う店に出かけました。最初の店で買い取ってもらえなかった切手とコインに加えて、金券(商品券や株主優待券など)を持参しました。ついでですから、これまでに収集した国内の記念切手(800)の半数近くも加えました。これまで、郵便料金が変わるたびに古い記念切手を郵便局へ持ち込んで、手数料(5/)を支払って新しい通常切手に交換してもらうようにしてきましたが、とても使い切ることはできません。つまり、記念切手はかさばりませんが、死蔵状態ですから、不用品の範疇に入れるべきなのです。

 

土産物用としてアルバム化された海外の記念切手はほとんど値がつきません。値が付く唯一の例外は中国の文化大革命当時に発行された記念切手とのこと。アメリカで発行された芸能人が描かれた切手シートもゼロ査定。国内で発行された記念切手は額面の50%(シートは80%)で一律に査定されます。注、シートとは切手の周囲(四方)に白地の部分が残っている状態のものを指す

 

外国のコインもかなり溜まっていました。ドルやユーロのコインであれば海外旅行先で使うことができますが、それ以外は発行された国でしか価値がありません。とにかく、買い取ってもらえそうな記念コインとともに各国のコインも持ち込みました。記念コイン以外は値が付きませんでしたが、兎に角引き取ってもらえました。 コインが溜る理由は海外出張後に手荷物の中から見つけることも珍しくないからからです。

 

もし、買取店で外国のコインを引き取ってもらえない場合は、三井住友銀行の支店に置かれたユニセフ外国コイン募金箱に寄付するつもりでした。これから 海外旅行をする場合には、帰国時に成田空港などの到着ロビーにはユニセフ外国コイン募金箱あるいはリムジンバスの乗車場付近にある回収箱に投入することにします。

 

最後は金券です。これは相場がはっきりしていて、かなり良い金額で買い取ってもらえました。国内の記念切手が買い取り価格の約70%を占めたことで、買い取り金額の総額は2万円近くになりました。加えて、不用品の買い取りについていろいろ知識をえたのが最大の成果。日を改めて同じ店を訪れ、手元に残っているすべての記念切手と金券を2万円強で買い取ってもらい、不用品の処分で一区切りを付けることができました。その対価として2軒の買取店から総額4万円強の支払いを受けたことは望外の成果でした。

2018年7月 2日 (月)

衛星放送受信用アンテナの交換作業

日頃、掃除が行き届かないテレビ周りが気になり、テレビをテレビ台(スピーカー内蔵)ごと移動して徹底的に掃除することにしました。ホームシアター用ではありませんが、結構な重量(約34kg)があるため、キャスターが付いています。移動防止用と傷防止用のキャスターストップを外せば、容易に移動が可能で、その下の床に溜まっていた塵と埃を一気に取り除くことができました。衛星放送を受信しながら行いましたが、時々画面が乱れるのです。アンテナ・ケーブルのコネクタが緩んでいるのかと思い、確認しましたが、すべてしっかり締められていました。ここで、テレビ台をもとの場所に戻せば、この記事を書く発端となるトラブルに遭遇することはなかったのです。

 

テレビの周辺が綺麗になったことで気持ちがハイになった私はつい余計なことを考えました。最近、ほとんど使わなくなったビデオデッキ(1999年ビクター製)をテレビ台の棚から取り外して、代わりに古いDVDレコーダー(2002年シャープ製)を設置することです。テレビ台に元々あるBDレコーダー(2015年シャープ製)と組み合わせると、何かと便利に違いありません。別番組を同時に録画でき、DVDレコーダーでは音楽CDも再生することもできます。注、わが家のBDレコーダーは音楽CDに対応していない これまで同居者はソニー製のラジカセでダンス音楽のCDを聞いていましたが、20数年前にアメリカで購入した年代もので、数年前に音楽カセットテープの録再ができなくなり、つい最近にはCDの再生が覚束なくなったそうです。また、アメリカ仕様の大きなラジカセは、わが家の狭いリビングには不釣り合い、つまり邪魔な存在だったのです。

 

これは一石二鳥の妙案だと変更案を実行しました。もう一度、テレビ台を壁面から移動させて、ビデオカセットレコーダーとDVDレコーダーを入れ替え、テレビとのAV接続を行い、最後に分配器のBS/CS出力(衛星放送)との芋づる式接続にDVDレコーダーを加えれば、入れ替え工事は完了です。そのはずでしたが、先程まで写っていた衛星放送が映らない、つまりテレビ画面には「アンテナが接続されていません」と虚しく表示されているのです。チャンネルを変えても同様。それではと地デジに切り替えると、こちらは正常に写っています。

 

衛星アンテナの配線を接続する順番をテレビ・BDレコーダー・DVDレコーダーの3者で入れ替えても状況は変わりません。衛星受信アンテナが故障してしまったようです。現用のアンテナ(2006TDK製BCS-45DHV)は購入して12年が経過していますから、寿命だったのかもしれません。今年12月に開始される4K/8K衛星放送の様子を見て、12年後には、それに対応するテレビとアンテナを購入することを考えていましたから、予定が狂ったことになりました。ちなみに、良い環境で使用すれば衛星放送受信アンテナの寿命は15年ほどのようです。当面の対策として現行の衛星放送を受信するアンテナを購入する(買い替える)ことにして、近くの家電量販店へ出かけました。10年以上前に衛星放送用アンテナを購入した時には豊富な製品が展示されていましたが、現在は2K/4K/8K対応(受信周波数:11.7~12.75GHz、右旋回・左旋回偏波用、出力周波数:1032~3224MHz)と現行の2K(11.7~12.75GHz、右旋回偏波用出力周波数1032~2072MHz)が各1種類しか扱われていません。もちろん、私は後者を購入。注、TDK製BCS-45DHVは2007年ころに製造中止になっている

 

自宅に持ち帰り、簡単な取扱い説明書にしたがって組み立て、既存の衛星アンテナと交換するだけのはずでしたが、予期せぬ問題が生じました。既存のアンテナと新しいアンテナ((MASPRO製BC45R、オフセット型)は形状が異なるため、新しいアンテナは既存の取付け金具ではポールの長さが足りず、アンテナがベランダの手摺りに当ってしまうのです。注、現用品(センターフィード型)は小型であり、購入した方はオフセット型でやや縦長であるため ホームセンターで探しましたが、適当な太さのポールが見つかりません。そこで、強度に難点はありますが、ポールを繋ぎ足すことで必要な長さを確保することにしました。ここで、やっと冷静さを取り戻した私は、屋内配線のVU(地デジ)とBS/CS(衛星)の分波器(ケーブル一体型)に断線などの異常が発生した可能性が高いことに気づき、同種のものと交換しました。その理由は、テレビ台を移動させた時にBS/CS側のケーブルが強く引っ張られて、断線寸前になって画面のチラツキが発生と思われるからです。衛星放送受信用アンテナと接続するケーブルには15V/0.5Aの電流が流れているため、これを断続するとアンテナ内の電子回路が損傷する恐れがあります。注、テレビやレコーダーなどの説明書にも注意書きがある

 

ベランダに出て、新旧のアンテナを交換し、アンテナ・ケーブルを接続し直せば、残るはアンテナの方位調整だけです。旧来のアンテナを設置した時には、春分の日あるいは秋分の日の午後2時に太陽がある方向にアンテナの正面を向ければ良いとのアバウトな基準であったため、テレビ画面を確認しながらの方位調整であったため長時間を要しました。今回は文明の利器であるiPhoneを活用することにしました。アプリのコンパスの精度を利用する方法です。BS放送と110CS放送は東経110度に位置する衛星からの電波を利用していますが、地上(東京・横浜)からみると衛星は方位222.4222.5度、仰角38.038.3度にあるはずです。仰角はアンテナの取付け金具(固定および仰角調整用)に表示された目盛りを利用して調整し、方位はiPhoneのアプリであるコンパスを利用して、同じ取り付け金具とポールとの角度を変えて行います。具体的にはアンテナ取付け金具の平らな部分にiPhoneの上部を押し当てながら、コンパスの針が所定の方位を指すようにするだけです。

 

テレビとBDレコーダー(アンテナに給電するように設定)の電源を入れると衛星放送の画面が写りました。電波の強さを示す数値は"90"であり、目安の"60以上"を大きく上回っています。念のため、方位と仰角を微調整しましたが、いずれも"90"が最大値でした。『iPhone恐るべし』です。この状況を考えると、故障したのはアンテナではなく、分波器の方だったのかもしれないとの思いが強くなりましたが、もう引き返すことはできません。12年もの長きに亘って働いてくれたアンテナに感謝して、役目を終えてもらうことに決めました。本当にありがとう。

2018年6月25日 (月)

胃カメラ検査とピロリ菌

国民の三分の一は逆流性食道炎の可能性があると言われていますが、かく言う私もその一人です。3年ほど前から胃と食道付近に違和感が常態化し、それに伴い食欲不振に陥りました。内科医院を受診して逆流性食道炎と診断されて投薬療法を受けたことで、その症状は少し軽くなったように感じましたが、胸やけと食欲不振は現在も続いています。つまり、この症状は私の生活の質(QOL: Quality of Life)を低下させる一番の要因になっているのです。

 

逆流性食道炎の原因は、①横隔膜と下部食道括約筋の衰えで起こる胃の入り口である噴門(ふんもん)の弛(ゆる)み、②腹圧の上昇、③胃酸分泌過多、の3つがあると言われます。私が投与されている飲み薬は③を改善する対処療法を目的とするものです。①と②は悪い姿勢に起因する身体の歪(ゆが)みで起こることが多いとされますが、私の場合はこれらを積極的に改善することを怠っているため、大幅な改善が見られないのかもしれません。

 

遅まきながらですが、定期検診で受けているバリウムを用いたX線撮影では見つかりにくい食道と胃の異変を直接見る胃カメラ(上部消化器官内視鏡)検査を担当医師に依頼しました。20年以上も受けてこなかった検査です。最近の胃カメラは、大腸カメラ(大腸内視鏡)と同様、食道や胃にポリープが見つかれば、直ちに切除することができる点が優れています。ちなみに、大腸ポリープは4年前と昨年の2回、切除手術を受けています。

 

胃カメラによる検査は昔受けた時と基本的には同じでした。前日の夜食を早めに摂り、当日の朝は水またはお茶だけにして、病院へ出掛けました。白い液体の薬(消泡剤)を飲んだ後、喉の付近に軽い麻酔をうけました。そして、唇と歯で胃カメラの通路となるプラスチック製のマウスピースを咥(くわ)えて手術台に横になり、左半身を下にすれば準備は完了です。最近は鼻から入れる経鼻挿入が一般的だと思っていましたが・・。また、胃カメラのチューブは昔より細くなったように見えます。

 

消化器専門医師が長い胃カメラを私がくわえたマウスピースから口の中・喉、そして食道へと巧みに押し入れます。体が反応して胃の内容物を吐きだそうとする嘔吐反射が起きましたが、胃の中には水と胃液だけですから、吐くことはありませんでした。そして、横にいる看護師さんが優しく背中をさすって落ち着かせてくれたおかげで、胃カメラはいの入口(噴門)に到着。

 

食道を観察するためか、胃カメラが上下しながらさらに胃の中まで入るのが感じられます。時々胃カメラが停止したポイントで写真を撮りながら、胃壁全体を撮影するために胃の中を縦横無尽に移動し始めました。これも気持ちの良いものではありません。もうそろそろ終わりにして欲しいと思い始めたころ、担当医師がそれを察したのか、「終わります」の言葉が聞こえました。やれやれです。

 

私が落ち着いたところで、消化器専門医師から検査結果について2つの指摘がありました。それは、「胃壁には2つのポリープを認めたが、ガン化する可能性は低いので、直ちに切除する必要がないものである。胃壁全体に慢性胃炎の兆候(赤い斑点)が見られることから、ピロリ菌の有無を検査することを勧める」というもの。食道が炎症しているとの指摘はありませんでしたから、私の場合は逆流性食道炎ではなく、非びらん性胃食道逆流症(NERD)なのでしょう。

 

後日、担当の内科医からも同様の説明があり、慢性胃炎の主原因と疑われるピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ菌)の存在を検査することになりました。ちなみに、慢性胃炎(腺細胞の軽微な萎縮)になったことでピンク色の胃壁に赤色の斑点(発赤)が現れていました。ちなみに、健康な胃壁は年齢にかかわらず綺麗なピンク色をしているそうです。慢性胃炎の症状は上腹部不快感、膨満感、食欲不振とのことで、逆流性食道炎の症状とか似ていますから、逆流性食道炎として治療してきた私の病気は慢性胃炎だったのかもしれません。治療方法は胃酸の分泌を抑え、胃粘膜を改善する薬を投与する薬物療法が一般的とのこと。注、慢性胃炎は胃酸を分泌する腺細胞が萎縮し胃酸の分泌が減少する病気

 

ピロリ菌の有無を調べる検査には、呼気を分析する方法(尿素呼気試験)と血液検査による方法(抗体検査)があるそうですが、担当医師と話し合った結果、検査用サンプルを即日採取できる後者が選ばれました。私の場合は、逆流性食道炎の症状を抑えるため、胃酸の分泌を押さえる薬を常用しているからです。前者の場合、検査の前の2週間は薬を控える必要があるとのこと。

 

ピロリ菌の除菌療法は、1種類の「胃酸の分泌を抑える薬」と2種類の「抗菌薬」の合計3剤を、1日2回、7日間服用する治療法です。指示通りに薬を服用すれば1回目の除菌療法の成功率は約75%といわれます。状態が安定する3か月後(8月以降)に除菌できたのかどうかについて検査を受けることになりました。もし除菌できていない場合には、抗菌薬のひとつを他の薬にかえて、1回目と同様に7日間服用します。これでほとんど除菌に成功することが期待できます。ちなみに、20132月から2回目の除菌まで健康保険が適用されるようになったそうです。

 

ピロリ菌の除菌に成功しても直ちに慢性胃炎が完治するわけではありません。担当医師からは、今後も胃カメラによる検査を定期的に受けて、慢性胃炎が改善されたことと胃癌の兆候がないことを確認する必要があるとの指摘および助言をしてもらいました。

 

今回の結果を踏まえて、現在定期的に受けている「歯の検診」(半年に1回)・「健康診断」(年1回)・大腸カメラ(3年毎)に加えて、「胃カメラ(内視鏡)検査」(3年毎)を定期検査項目として私の長期予定表に書き込みました。

2018年4月30日 (月)

久しぶりの入院手術: 白内障(後編)

4日目の視力測定では、裸眼で0.9、眼鏡ありでは1.2と、前日より改善されて、申し分ない結果でした。前日と同様、シャワー浴と洗髪(介護)

 

5日目の視力測定では、裸眼が0.9、眼鏡ありでは1.2+と、さらに良くなりました。この日もシャワー浴と洗髪(介護)

 

そして、6日目は午前7時に点灯。看護師により手術前の瞳孔を広げる目薬を左目に点眼してもらう。午前8時に朝食を摂り、右目に3種類の目薬を点眼。午前830分から眼科診察を受けた後、午前9時からシャワーを浴びる(洗髪はパス)。午前12時から30分毎に手術前の目薬を点眼してもらう。午前12時に昼食。右目に3種類の目薬を点眼。午後3時から左目についても右目と同様の手術を受けました。

 

手術当日のプロセスは2日目の右目とまったく同じであり、特記することもありませんので、細かい説明は省略します。後先になりましたが、入院中は飲酒ができませんので休肝日ならぬ「休肝週」と位置づけるとともに、食生活を改善する好機と考えました。日頃、食べ残すことを常としている私は、病院食を残さず食べることを目標に設定。6日目までの結果は、量が多かった棒棒鶏(バンバンジー)を少し残した3日目の夕食を除いて、すべての食事を完食しています。

 

翌日(7日目)は午前7時に点灯。午前730分ころ、看護師が左目の眼帯を外してくれ、午前8時には朝食、午前830分から左目の術後診察がありました。幸いなことに、右目と同様、左目も正常でした。そして、右目に加えて左目にも手術後の目薬(化膿止め)13回点眼することになりました。両眼を手術したことで、左右の見え方はがほぼ同じになり、裸眼での視界はバランスの良いものになりました。つまり、短焦点の眼内レンズを入れた両眼は近視の強さがほぼ数年前の状態に戻りました。午後120分ころから受けた視力測定(左右)では、裸眼で0.9/0.8、眼鏡補正付きではいずれも1.2でした。

 

手術から1か月以上が経過して両眼の状態が安定してから新しいメガネレンズを誂(あつら)えることになりますが、それまでは予備用としてキープおいた数年前(1つ前)のメガネを暫定的な使用することにしました。

注、子供の頃からメガネと無縁であった私も、30才代後半に眼の疲労により一時的に近視のような状態(仮性近視)になり、それが本物の近視へと移行してメガネの使用を開始

注、還暦を過ぎてから近視が進行した理由は核内白内障が起きたためと考えて られ、左右で焦点距離が異なる不同視(左目:中等度近視-5D、右目:強度近視-8D)も生じた

 

最終日(8日目)の午前10時に予定通り退院することができました。当分のケアとして、両眼に手術後の目薬を13回点眼することが必要です。また、洗顔は医師の許可が出るまで禁止で、洗髪は介添えが当分(1週間程度)は必要とのこと。

 

今回の入院は白内障の手術が目的でしたが、①食事の内容に制約がないこと(ただし、飲酒は不可)、②病室での過ごし方は自由であること(ただし、生活のリズムは規則正しい)、③外部からの不必要な刺激やストレスが無いこと、により乱れ勝ちであった私の生活リズムを一旦リセットする貴重な機会になりました。つまり、視覚の曇りを取り除くとともに、心身のリフレッシュにも役立つ8日間であったと思います。

 

今後は通院で回復状況を担当医師に確認してもらえば、大学病院に通うことは必要はなくなり、自宅近くの眼科医院へ従来通り定期的に通院することになります。これまで消化器系の手術(入院3回、通院1)と外科・皮膚科の手術(すべて通院)を受けた経験がありますが、これまでの手術とは異なる心理的な抵抗感が眼科の手術にありました。しかし、担当医師と3回も事前打ち合わせする機会を通じて抵抗感や懸念は医師の懇切丁寧な説明によって霧消し、むしろ手術を楽しむ余裕さえ生まれました。最後に、患者をリラックスさせながら手際よく手術を進める高度な手術スキルを持つ医師に出会えた幸運に感謝します。
 

 

[参考情報] 近視・遠視・老眼・白内障

 

人の目は眼球の前部にある水晶体と網膜の組み合わせで外界の様子を視覚として捉える機能があります。(注、水晶体を保護する角膜および取り入れる光量を調節する虹彩は省略) 外部から眼球な入る光は水晶体で屈折して網膜上に像を結びますが、水晶体の屈折率と水晶体から網膜までの距離により、正確に像を結ぶ場所が網膜上・網膜の手前・網膜の後ろになります。それぞれ正視・近視・遠視と呼ばれる状態です。幼児は、眼球が未成熟で水晶体と網膜の距離が十分でないため、一般的に遠視であることが多いのです。

 

ひとが成長するにしたがって、眼球も大きくなるとともに、遠視から正視あるいは近視へと変化します。この変化は人の成長が一段落する20才過ぎまで続きますが、個人差があるため、正視・遠視・近視のいずれかになるのです。正視または正視に近い遠視と近視の人は裸眼でも支障はありませんが、中程度以上の遠視または近視の人はメガネまたはコンタクトレンズで矯正する必要があります。

 

水晶体は毛様体(もうようたい)と呼ばれる筋肉で眼球と結ばれており、この筋肉の緊張と弛緩(しかん)によっつ水晶体の厚さを変え、網膜上に像を結ぶように遠近調節します。このため、上記した軽度の遠視や近視をカバーすることができるのです。

 

しかし、加齢によって水晶体が硬くなったり毛様体の機能が衰えたりすると、毛様体筋が十分緊張できず、手元にピントが合わせられなくなります。この状態が老眼(老視)と呼ばれるものです。正視・近視・遠視のいずれであっても老眼になりますが、近視の人は変化を認識しにくいため、「近視の人は老眼にならない」という迷信(都市伝説)が生まれました。老眼になった人は近くに焦点が合うようにオーレンズを使った老眼鏡で補正する必要があります。ただし、遠方は逆に見えにくくなりますから、老眼鏡を外すことになります。

 

白内障は水晶体内の核と呼ばれる部分が紫外線など外的な影響や老化現象によって透明度が失われることが原因です。名称通りに水晶体が白濁して(通過する光量が低下して)物が薄暗く見える場合が多いようです。濁り方によっては水晶体内で光が乱反射して眩(まぶ)しく見える場合があります。この現象は夜間に強い光を見た時に起こります。つまり、白内障になると車を夜間に運転する時に明るい街灯や照度の高い信号を見るとこの現象が顕著になります。

 

サングラスをかけて強い日光を避けることで水晶体が劣化するペースを遅らせることができるかもしれません。ただし、誰にも不可避な老眼現象ですから、早い人は60才代始め、通常は70才前後、80才を超えるとほとんどの人が白内障になると言われます。白内障の進行を薬によって遅らすことができますが、元に戻すことはできません。生活に支障が出始めた場合は、眼科手術により水晶体を人工眼内レンズと交換する必要があります。
 
[追記] 術後の経過が良好であったことから、医師と相談の上、1か月が経過したところで新しい眼鏡を誂(あつら)えました。注、できれば眼が十分安定する2-3か月後が良い 掛かりつけの眼鏡店で相談した結果、手持ちのメガネ・フレームが古くなっていたため、フレームも新調することにしました。医師が設計通りの結果を出してくれたことで左右のバランスが良いため、左右のレンズはほぼ同じ(注、乱視の入り方が少し異なる)であり、左右の見え方はまったく同じとなるはずです。事実、1週間後に出来上がったメガネをかけてみるとその通りでした。ひと言で表現すれば、数年前の視界に戻ったのです。加えて、人工的な眼内レンズを入れたことで、眼で感じる明るさはこれまで以上ですから、クリップオン・サングラスは手放せません。注、色つきのレンズは採用せず ちなみに、医師の助言にしたがい、視力変化への補償(6か月)があるレンズを選びました。(2018年6月10日)

2018年4月29日 (日)

久しぶりの入院手術: 白内障(前編)

3年半前の定期健診で指摘された白内障が徐々に進行して、症状が悪化した右目の視力は0.5以下まで低下し、左目も0.7近くになったことが定期的に通院する眼科の視力検査で判明しました。担当医から視力が低下した右目の手術が必要となったことと、日常生活に支障がない視力がある左目も一緒に手術するかどうかは手術を担当する医師と相談するようにとのアドバイスとともに、私が希望する大学病院への紹介状を書いてくれました。これまで家族が入院と通院したことがあり、私自身も大腸ポリープの切除手術を入院と通院で計2回受けたことがある大学病院です。自宅から車でのアクセスが良いことも希望した理由の一つです。

 

自宅近くの眼科医院でさまざまな検査を受けましたから、その結果が生かされると考えましたが、大学病院ではより詳細な検査を受けることになり、2月初旬から3月にかけて3回も通院することになりました。身長・体重・血圧・心電図の測定にはじまり、血液検査(感染症を含む)、視力・眼圧・眼底・水晶体(屈折率)など数え切れないほど多項目に亘(わた)りました。大学病院の担当医師からそれらの検査結果(異常なし)の説明を受けたあと、私に与えられた選択肢(通院/入院・手術内容・レンズの種類)について一つひとつ確認する遣()り取りが行われました。

 

このプロセスを経て4月下旬の8日間入院して両目の手術を合わせて受けることと、両眼とも短焦点レンズを入れることが決まりました。注、片目の場合は3日間の通院または入院 ここまで決まれば、「まな板の鯉」も同然ですから、4月上旬に予定していた中央ヨーロッパ(中欧)への旅行(8日間)に予定通りに出かけました。そして、帰国してからは毎週教室に通うピアノの練習に専念する日々が続きました。入院する日の3日前からは右目を清潔に保つ(注、細菌の増殖を抑える)目薬を朝昼夕の13回点眼することは忘れませんでした。

 

入院日の朝、午前9時前に車で病院へ向かいました。手術前ですから、私自身が運転しましたが、自宅へ車を戻すため、同居者に同行してもらいました。入院手続きは事前に記入しておいた書類を大学病院の窓口に提出して午前9時過ぎには完了。病室のベッドが準備されるまで約2時間待った後、入院に際しての注意事項の説明を受けた上で、病室へ向かいました。ちなみに、追加料金が不要な多人数部屋は空いていないとのことで、差額料金を負担する必要がある病室です。

 

病室で寛(くつろ)いでいると、正午過ぎに昼食(一般常食)が配膳されました。病院食はボリュームが少ないので、年齢が進むとともに食が進まなくなった私にはもってこいの食事なのです。午後には翌日手術を受けるに際しての事前準備と手術の概要についての説明が15分ほど手術担当の看護師さんからありました。ここまでで初日のオリエンテーションは終了。翌日の手術に良好な体調で臨むため、病室でのんびりと過ごすことにしました。午後6時からの夕食を済ませ、午後7時半からシャワーを浴びてさっぱりしたところで、少し起こしたリクライニング式ベッドに横たわりながらラジコでラジオ番組を聴いた後、早めにに就寝しました。今回の入院は目の手術を受けるためですから、テレビの利用は申し込んでいません。ちなみに、消灯時間は午後10時です。

 

翌朝は午前6時に起床。午前730分ころ看護師が病室に現れて瞳孔を広げる(散瞳する)目薬を処方したことから始まり、午前8時の朝食、午前830分には眼科診察室で担当医師による診察、午前10時にも手術前の目薬を差してくれました。最初の目薬点眼で瞳孔が十分に開いていたそうですが、午前11時と午前12時にも同じ目的で3種類の目薬を点眼してもらいました。昼食を済ませた午後145分ころ、両眼に麻酔用の目薬をした後、車椅子に乗って病室から手術室へ移動。看護師が持参した手術関連の書類(手術同意書・各種検査データなど)と患者のバーコードを手術室のスタッフが確認したあと、午後2時に手術に移されました。

 

手術室の中央にあるリクライニングチェアに座り(横になり)、心電図・血圧計・脈拍計を身体に装着し、手術する右目に大量の麻酔薬を点眼(局所麻酔)。さらに、目の周囲を念入りに消毒し、瞼(まぶた)の周囲に麻酔薬を注射し、半透明のパッチを右目を覆うように貼られ、目が開いたままにする器具が装着されました。さらに、右目の部分だけを出す穴が空いた顔全体を覆う布(ドレープ)を顔に被せて、右目の周囲を両面テープで固定し、目の表面を清潔な水でたっぷり洗浄して、白内障の手術が始まりました。

 

右目の上には大きな医療器械(顕微鏡)があり、そこから右目に向けてカラフルな光が照射しながら手術が行われたため、患者である私には何が行われているのかはまったく伺い知れません。(注、あえて例えると半世紀前のSF映画「2001年宇宙の旅」のラストシーン近く、ボーマン船長が木星の軌道上に見つけたモノリス(石柱状の謎の物体)から別の銀河へワープ(超光速航法)する時に見た移り行く銀河) 

 

事前に入手した知識によれば、細いメスで角膜と結膜の境界あたりを切開し、その切開口から眼内に挿入した超音波が出るパイプで白濁した水晶体の核と皮質を細かく砕くとともに外へ吸い出し、その代わりに小さく折りたたんだ人工的な眼内レンズと清潔な水を残した嚢(のう)の中に挿入・注入し、傷口を閉じるプロセスが行われたようです。

 

すべて順調に進んだようで、右目の手術は15分ほどで終了。眼帯を着けてもらったあと、再び車椅子に乗せられて午後230分過ぎに病室へ戻りました。血圧を測った後、2時間はベッド上で安静にするように言われました。そして、2時間後にも血圧を測定して安静時間が終了。病棟における自由行動が許可されました。ちなみに、この日は2つある手術室で15名ほどの患者が白内障の手術を受けたようです。夕食は午後6時。この日はシャワーと洗髪は厳禁です。

 

翌朝(3日目)630分ころ、看護師さんが手術を受けた右目の眼帯を外してくれると、室内の見え方がいつもとは違っていました。極度の近視と霞みがかかっていた右目の視界がクリアで明るくなった反面、左目の方は微(かす)かに霞みがかかってやや薄暗いことを知りました。つまり、これまでとは逆の状態になったのです。そして、午前715分に室内灯が点灯され、午前8時に朝食が配膳さるました。午前830分から眼科診察室での診察(毎日)があり、手術した右目は正常であるとの診断を受けました。これに安心した私はシャワーを浴びたくなり、午前930分から(30分間)のシャワー浴と洗髪を予約しました。首から下のシャワーは自分でしますが、洗髪は担当医師からOKが出るまで看護師さんにしてもらう必要がありました。

 

午前10時過ぎには前日あった説明通りに3種類の目薬が新たに処方されました。術後の化膿止め(朝昼夕に点眼)です。3-5分間隔に眼薬を点眼した後は通常のティッシュペーパーではなく、大学病院の売店で購入したクリーンガーゼ(ウエットティッシュ)を使うように指導されました。午前中に眼科外来で術後初めての裸眼視力検査を受けましたが、体感と同様、視力は裸眼で0.7まで大幅に改善しました。そして、左目の手術の準備として、右目と同様、目を清潔に保つ目薬を手術までの3日間、朝昼夕に点眼するプロセスが始まりました。 

 

午前930分から首の下に限定してシャワーを浴びた後、看護師さんに洗髪してもらったことで、スッキリすることができました。午前1210分ころ、昼食が配膳されました。

 

この日の午後から5日目までの2日半は朝の眼科診察と視力測定以外は予定が入っていませんので、ラジコでラジオ番組をたっぷり楽しみながら、中欧旅行のブログ原稿を書き溜めることにしました。チェコのプラハ(投稿済み記事の続き)、同じくチェスキー・クルムロフ、オーストリアのザルツブルクとウィーン、ハンガリーのワルシャワ、帰国フライトまですべてカバーしたいと思います。プロローグの「久しぶりの欧州旅行」で書きましたように、旅行の終盤に差し掛かったウィーンで、それまで旅行中に書き溜めて来た詳細メモ(忘備録)を誤って消してしまう失態を仕出かしたため、記憶が薄れる前に詳細メモを復元する作業を続けているのです。(続く)

2018年3月31日 (土)

フェイスブックの時価総額が1日で約4兆円も急減、何が起こったのか?

319日、SNSの代表格であるアメリカのフェイスブック(Facebook2004年創業、アクティブユーザー数20億人超、2017年の売上約4.3兆円)社の株価が約9%(184ドルから170ドルへ)急落して、同社の時価総額はわずか1日で370億ドル(約9%、約3.9兆円)も減少した。これにより同社CEOのマーク・ザッカーバーグ氏の資産額は約51億ドル(約5400億円)減少してしまった。ちなみに、ザッカーバーグ氏はフェイスブック社の発行株式の16%を保有しており、フォーブス氏によればその資産額は695億ドル(約7.3兆円)と試算されている。注、328日には152ドルへと316日の株価から17%下落したことからマーク・ザッカーバーグ氏の資産額は118億ドル(12400億円)減少したとみられる

 

この株価急落の背景は2016年の米大統領選挙で、トランプ陣営が雇った調査企業のケンブリッジ・アナリティカ(CA)社が、5000万名のフェイスブックユーザーの個人情報を不正収集していたとの内部通報者の情報による報道がニューヨーク・タイムズ紙によって流されたことにある。昨年来、同社はフェイクニュースの発信源として批判を浴び、イギリスや欧州諸国の世論の混乱を招いたと避難されていた。

 

また、フェイスブックのセキュリティの脆弱性は度々指摘されている。200912月にはプライバシーポリシーを変更したことにより個人情報が利用者に無断で第三者に提供されたため、プライバシー容疑団体などがフェイスブックを込め連邦取引委員会(FTC)に提訴した。201111月、提訴者とフェイスブックはセキュリティとプライバシーに関して誤解を招く表現を使わないことと利用者が意識して承諾する方法を採用することで和解した。

 

20136月には加入者の個人情報が米国家安全保障局などの情報機関に提供されたことがワシントン・ポストによって報道され、その後も携帯電話番号が無断で送信される機能や利用者の携帯電話から音声を収集・分析しているのではないかとの疑義が出されている。

 

今回のスキャンダルの中心人物とされるのは英ケンブリッジ大学の心理学者アレクサンドル・コーガン氏で、ロシアのサンクトペテルブルク大の研究チームと心理テストの共同研究を行っていた人物である。フェイスブックによると、約27万人がこの心理テストを提供するアプリをダウンロードしたが、このアプリは利用者に通知したり同意を得たりすることなく、すべてのフェイスブック上の友人についてのデータも収集していた。コーガン氏は、フェイスブックの利用規約に違反して、こうして集めたデータを英データ会社ケンブリッジ・アナリティカ(CA)に売り渡したとして批判を浴びている。

 

つまり、5000万人の個人データはハッキングによりフェイスブックから流出したのではないが、フェイスブックの甘い個人データ管理と個人データを使って収益を上げる同社のビジネスモデルがこのスキャンダルの背景となったとして、同社の道義的責任が問われているのである。また、CA社は2016年の米大統領選でトランプ陣営を支援するターゲティング広告に、このデータを活用したことが同社のアレクサンダー・ニックス最高経営責任者(CEO)によって明らかにされた。その資金はトランプ大統領の支援者や側近によって約1500万ドル(約16億円)の資金援助で行われたことをニューヨーク・タイムズ紙が報じている。

 

321日、マーク・ザッカーバーグCEOCNNの番組に出演して、『不正が起こった時点ですぐに気づかず、正しい対応ができなかったことを申し訳なく思っている。これは信用を裏切る行為で非常に残念だ。私たちには人々のデータを守る基本的な責任があり、それができないならサービスを提供する資格はない』と謝罪した。さらに、4月に開かれる米国議会で、同氏は自ら状況を説明する方針であると伝えられる。しかし、個人データの不正利用にとどまらず、さらに大きな政治的スキャンダルへと発展する可能性があり、今後の動向に注目したい。

2018年3月17日 (土)

プリンタを買い替えました!

9年前に購入したキャノン製インクジェットプリンタ "PIXUS iP4600"が動かなくなりました。数か月前から搬送ローラーギアのかみ合わせが悪くなったようでガリガリという異音を発し始めてはいたのですが、何とか印刷ができていましたので、様子をみていたのです。今週になって突然、電源ランプ(緑色)とエラーランプ(オレンジ色)が交互に点滅しはじめました。パソコン側にはプリンタトラブル”5C00”が表示されて、ヘッドを動かす機能に異常が発生したことを示しています。取扱説明書で確認すると、『プリンタトラブルが発生した。パソコンと接続しているケーブルを外し、プリンタの電源を切ってから、電源プラグをコンセントから抜く。そして、電源を入れ直す。それでも回復しない場合は、修理受付窓口に修理を依頼してほしい。』 と書いてありました。

 

購入したころはインクジェットプリンタがかなり高価(4万円強)でしたが、Canon PIXUS iP4600の機能と性能に惹かれて選びました。それ以来、使用する上で細かい点で気になること(例、電源を入れてから使用できるようになるまでにかなり時間がかかることなど)はありましたが、今週まで満足していました。4年前、電源が入らなくなる、あるいは印刷中に突然電源が落ちる故障が発生してメーカーに修理を依頼したことがあります。原因はプリントヘッド・制御基板の不具合で、ロジックボードと印字ヘッドを交換することで正常に戻りました。修理料金は10,080円。

 

ちなみに、プリンタの買い替えはノートパソコン(Windows 7を実装)を買い替えるタイミングに合わせようと考えていました。つまり、Windows 7の延長サポートが終了する2020114日を買い替えの期限としていたのです。つまり、予定より1年半以上前にインクジェットプリンタが故障したことになります。わが家に1台しかないインクジェットプリンタが使えなくなると不便ですから、早速修理に出すことにしていつも利用している家電量販店へ持ち込みました。

 

修理受付窓口で症状を説明すると、駆動部のギアに不具合が発生しており、さらにプリントヘッドにも異常がある可能性があるので、基本的な修理に1万円から1万2000円、プリントヘッドの交換が必要な場合はさらに5000円ほどかかることになると思われるとの説明がありました。9年を経過しているため、修理用部品が無い可能性があり、たとえ修理したとしても寿命が大幅に伸びるとは考えられません。そこでインクジェットプリンタを買い替えることにしました。注、キャノンのhpで確認すると、"PIXUS iP4600"の修理対応期間(製造打ち切り後5年)は2014年9月末日で終了

 

店員さんはエプソンとキャノンのどちらを買いたいかと尋ねますので、即座にキャノンと答えました。30年近く前にアップルのマッキントッシュコンピュータと同時に購入したアップルのプリンタはキャノンのOEM製品(他者ブランド製品)であったことから、キャノン製だけを使い続けてきた経緯があります。つまり、私はキャノン製のインクジェットプリンタへの「親和性」が高いのです。キャノン製の新型プリンタが展示されているコーナーには、安価(リーズナブル)なPIXUS TS3130(4色ハイブリッド/1.5型モノクロ液晶モニター付)から、中級のPIXUS TS5130(4色ハイブリッド/2.5型液晶モニター付)とPIXUS TS6130(5色ハイブリッド/3型タッチパネル付)、そしてハイスペックのPIXUS TS8130(6色ハイブリッド/4.3型タッチパネル)が並んでいました。注、PIXUS TS3130だけは背面給紙(後トレイ)のみ

 

PIXUS iP4600の後継機種と考えられるPIXUS TS5130で十分だと思いましたが、大型タッチパネル付のPIXUS TS8130にも魅力があります。PIXUS TS8130は、外形寸法がPIXUS iP4600よりすこしだけ小さい(注、奥行きは28mm大)のですが、インク代が高くつきそうですから候補から外しました。ベテランの店員さんはすかさず「キャッシュバック」される”GOING2020! SPRINGキャンペーンを説明してくれました。PIXUS TS61301000円、PIXUS TS8130は2000円がキャノンから払い戻されるというのです。注、インクタンク5/6色マルチパックを購入して一緒に申請すると、さらに1000円追加して払い戻される

 

インクタンクはグレーが追加されて6色(独立インクタンク)になりますが、PIXUS TS8130を購入することにしました。横幅が59mmも小さい製品で、価格は約19000円です。一方、故障したPIXUS iP4600は家電量販店に無料で引き取ってもらいました。ちなみに、自治体の粗大ごみ回収に出すと200円かかります。Windows7、Windows8.1Windows10に対応していますから、わが家のノートブックパソコン(Windows7搭載)との互換性にも問題はありません。注、Windows8には対応していない、Windows7SP1以降に対応

 

自宅に持ち帰って早速設置してみました。段ボール箱に収納されたPIXUS TS8130の本体は保護材(強度があるテープとビニールシート)で厳重に固定されており、すべてを外すのはけっこう大変な作業ですが、輸送時の震動などでダメージを受けにくいと考えれば安心です。インクタンクをカラーコードにしたがって指定された場所に挿入。用紙をセットしてプリントヘッド調整用のパターンを印刷して、それを上部の原稿台ガラス上にセットし、“OK”を選ぶと自動的にプリントヘッド位置調整が終了しました。もちろん、ノートブックパソコンとは従来通りUSBコードで接続。

 

次いでパソコンとスマートフォンと接続する作業に移りました。セットアップCD-ROMを使ってもセットアップすることができますが、私はインターネットからダウンロードする方法を選びました。指定されたURLを入力してキャノンのウェブサイトを開いて、「セットアップを行う」を選び、機種名を入力し、「セットアップ」をクリックし、さらに「ダウンロード」をクリックし、「セットアップ開始をクリックしてダウンロードしたファイルを画面の指示に従って実行すればパソコンとの接続が完了しました。

 

スマートフォン(iPhone)との接続手順は以下の通りです。PIXUS TS8130本体の準備として、ホーム画面の設定アイコンをクリックして、基本設定→本体設定→LAN設定→無線ダイレクトを選択。iPhone”App Store”からアプリケーションソフトの”Canon PRINT Inkjet/SELPHY”をダウンロードしてインストール。iPhoneの設定メニューのWi-Fiで“DIRECT-r965-TS8130“を選択、ダウンロードしたアプリケーションソフトをタップして、画面の指示に従って、使用するプリンタを登録すればiPhone内にある写真屋やファイルをWi-Fiインターフェースで印刷することができます。注、無線LANを使用する場合は接手方向が異なります

 

最後に、PIXUS TS8130の魅力的な機能を紹介しましょう。

1) 複写機能(最大A4/レターサイズ、コピー/スキャナー機能)

2) 見やすく使いやすい4.3型タッチパネル(設定・操作用)

3) Wi-Fiインターフェース(スマホ/タブレットからの印刷)

4) 自動電源ON/OFF 注*

5) PIXUSクラウドリンク(各種クラウドで共有する写真・ファイルを印刷する機能)

6) 2WAY給紙(給紙口が前後2か所にある) 注*

7) 原稿取り忘れ検知機能

8) メモリーカード内の写真・ファイルを印刷する機能 

9) プリンタブルディスク(BD/DVD/CD)に印刷する機能 注*

     注* PIXUS iP4600にも具備されていた機能

 

なお、これまでPIXUS iP4600との組み合わせで使用してきたキャノン製カラーイメージスキャナ”CanoScan8000F”2003年購入、修理対象外)はバックアップ用として保管することにしました。

2018年3月 1日 (木)

ハードディスクドライブ(HDD)をリスクから守る

パソコンには不可欠の大容量記憶装置であるハードディスクドライブ(HDD)は可動部品で構成されているため、もっとも寿命が短い部品と言えるでしょう。HDDの主要部品は、小型モーター(スピンドル)に直接駆動(ダイレクトドライブ)されて毎分数千回転(注、4,200/5,400/7,200/10,000/15,000rpmが主な回転数)するディスク(プラッタ)とディスクの特定の場所へ迅速に移動する(シーク/走査)ヘッドアセンブリ(磁気ヘッド/サスペンション/アーム/ロータリー・アクチュエータ/シークモーター)であり、いずれかの劣化(不具合)が発生すると突然寿命が訪れます。したがって、HDDの寿命を予測することは困難であることが多いのです。時には、HDDが異音を発して故障の前兆を知らせることもありますが・・。

 

プラッタ表面の磁性体とヘッドが直接接触すると故障の原因になりますから、ライナーと呼ばれる被膜層が磁性体の上に作られており、ヘッドはその上を滑るように移動します。高速回転するプラッタ表面には薄い空気層が生じるため、ヘッドはライナーに接触することはありません。しかし、経年変化によりライナーが失われるとプラッタとヘッドが直接接触してヘッド・クラッシュという故障を引き起こします。通常、HDDは記憶容量を増やすため複数のプラッタが組み込まれていますから、プラッタ表面の磁性体ごとにヘッドアセンブリが具備されます。注、プラッタの両面に磁性体が造られている場合は2倍のヘッドアセンブリが必要となる

使用方法にもよりますが、HDDの寿命は通常3~4年とされます。したが20180225hdd0001って、3~4年以上使用したHDDは新しいものと交換するのが記録したデータを保護する観点から望ましいといえます。最近はHDDを診断するソフトウェアが利用できますから、HDDの状態(健康度)を適宜計測することができます。私の場合はフリーソフトの”CrystalDiskInfo”を使用しています。HDDのファームウェアによって実現される自己診断機能のSMARTSelf-Monitoring Analysis and Reporting Technology)情報を読み取ることができるソフトウェアです。”CrystalDiskInfo”の優れている点はUSB接続ハードディスクのSMART情報も確認できるということです。詳細は省略しますが、計測された「現在値」(不良セクター数など)がメーカーの定める「しきい値」に達した時に健康状態が「異常」と判断されます。また、現在値の変化傾向で劣化度合いを判断することもできます。

 

20180225hdd0005外付けHDDUSB接続)として使ってきたI-Oデータ製RHD-UX500は気がつけば10年を過ぎました。もともとはNASとして使用するI-Oデータ製LANDISK HDL-GX500ReSATAExternal Serial ATA)接続してミラーリングする目的購入したものでした。しかし、親機のミラーリング機能に不具合が生じた際に、子機はWindowsフォーマットでない(別のOSでフォーマットされている)ため中身を読み取ることができず、バックアップの意味がありませんでした。そのため、Windowsフォーマットにし直して、USBインターフェースでパソコンに直接接続してデータのバックアップ目的で使ってきました。RHD-UX500はセルフパワー方式のHDDですが、パソコンの状態に応じて自動的に動作を停止するモード(自動電源ON/OFF)に設定してありましたから、実質的な動作時間は数分の一程度でしょう。とはいえ、最近はモーター音が目立つようになったこともあって廃却することにしました。

 

20180225hdd0003前回、HDDを廃棄する時には物理的に破壊する方法を取りましたが、HDDのケースは頑丈であり、手こずった記憶があります。そこで、今回は無意味なデータを重ね書きしてデータを完全に消去する方法を選びました。使用したのはフリーソフトの”WipeDisk”です。特殊な文字列でデータを一回上書きする低秘匿から、データを2回上書きする通常秘匿、データを35回上書きするグーㇳマン方式まで10種類から選択することができる優れものです。ただし、上書きの回数を多くすると所要時間が比例して長くなりますから、現実には適当な回数で妥協する必要があります。私はデータを2回上書きする通常秘匿を選びました。それでも500GBHDDを秘匿するのに10数時間もかかってしまいました。
注、ファイル単位で完全に消去(上書き)することは「ウイルスバスタークラウド」などのセキュリティソフト(データ消去ツール)を使って行うことができる

 

20180225hdd0006[参考情報] HDDの内容(ファイル/フォルダ)を右クリックして削除するとファイル/フォルダはデスクトップのゴミ箱内に移動します。右クリックあるいは「ゴミ箱を空にする」をクリックすることでそれを削除すると、当該HDDのファイル/フォルダ・リスト上では見ることはできなくなりますが、HDDからファイル/フォルダが消去されたわけではありませんから、ツールを使えばファイル/フォルダのリストを容易に復元することができます。また、再フォーマットすると、確かにファイルが消えますが、特殊なツール(データリカバリーソフト)を使用することで復元ができます。したがい、いずれの方法もHDDを廃棄する場合には不十分な安全対策でといえます。

 

このHDDはまだ使えそうですが、役目を十分果たしてくれたことに感謝して、近い将来、小物金属として自治体の廃品回収に出すことしました。ただし、当面は緊急時のスペアとして保管することにします。

最後に蛇足ですが、HDDを快適に使用するためにWindows OSに具備されたツールを紹介しましょう。それは、ローカルディスクのプロパティの全般にある「ディスクのクリーンアップ」、ツールの「エラーチェック」と「最適化(ディフラグ)」の3つです。「ディスクのクリーンアップ」は不要なファイルを削除して、利用できる容量を増やす機能で、「エラーチェック」はファイルシステムエラーおよび不良セクターをチェックする機能、「最適化」はドライブ上の断片化されたファイルを最適化する機能で、HDDのレスポンス(読み書きの速度)を改善することができます。なかでも「最適化」はHDDに負担を与え(寿命を縮める恐れがあり)ますから、1か月に1度以下の頻度に留めるのがよいでしょう。

2018年1月27日 (土)

「仮想通貨」を考える

最近、テレビや新聞で採り上げられることが多い「仮想通貨」についての私見を書きたいと思います。まず、「仮想通貨」とは何でしょうか? それは通常の通貨のように特定の国家(注、複数国家の場合もある)によって価値が保証されたものとは異なり、特殊な仮想グループ(バーチャルコミュニティ)でやり取りされる電子マネーの一種です。電子マネーといっても、電子的に行われるクレジットカードによる支払いや銀行預金からの引き落としや振り込みなどの電子決済で扱われるものは、もちろん「仮想通貨」ではありませんが、厳密には通貨ではなく、代用通貨と呼ばれます。百貨店や全国共通図書券などの金券やJR東日本が発行する“SUICA”などプリペイド・カード(前払い方式)の交通系電子マネーも電子決済に利用される代用通貨なのです。

 

身近な「仮想通貨」は企業やその提携企業が発行する「ポイント」(例、セブン&アイ・グループの“NANACO”、イオングループの”WAON”、カルチュア・コンビニエンス・クラブのTポイント、三菱商事の”Ponta”など)です。ちなみに、“NANACO”と”WAON”には“SUICA”と同様のプリペイドカードの機能も備えています。顧客の囲い込みが主目的で、通常は利用者に発行される「ポイントカード」(ICチップ内蔵)を利用して、商品やサービスを購入した時に「ポイント」が付加されたり、商品やサービスの支払いに使ったりできるものです。前置きはここまでにして本題に入ります。

 

「仮想通貨」の概念は1995年ころにアメリカで生まれ、1999年には一部の仮想通貨が存在していたようです。そして、仮想通貨という表現も2009年ころにできたものであるとされます。(注、2008年に中本元哲史(なかもとさとし)と名乗る人物がインターネット上に投稿した論文によって提唱され、2009には、その理論を実現するためのソフトウェアがオープンソースで開発され、ビットコインの最初の取引が行われ、2010年にはビットコイン両替ができる最初の取引所が誕生しましたとされる) 

 

現在、数百種類ともいわれる多数の「仮想通貨」が流通しているようですが、良く知られるものは「ビットコイン」、それから派生して生まれた「ライトコイン」、無償の有志が運営する「ヴァージ」などです。今週、国内最大の仮想通貨取引所である「コインチェック」から巨額の「仮想通貨」が流出した(不正送信された)事件が明らかになりました。顧客から預かった580億円分の仮想通貨(NEM/XEM)が外部からの不正アクセスにより盗まれたのです。「仮想通貨」の流出事件といえば、4年前にも仮想通貨交換所の「マウント・ゴックス」から465億円相当の仮想通貨「ネム」が流出(注、社長による横領として裁判中)して、同社は2017年に倒産(民事再生手続きを申請)しました。その他にも、2016年に「ビットフィネックス」(約66億円)と"THE DAO"(約52億円)、2017年には「ナイスハッシュ」(約72億円)などの事例があります。
注、NEMは暗号通貨で経済活動をするプロジェクト名、XEMはその貨幣名

 

「仮想通貨」の代表格である「ビットコイン」を事例として『仮想通貨」についてもう少し詳しく説明します。「ビットコイン」は通貨と交換する形で手に入れる(購入する)ことができます。これはネットワークゲームなどで利用される架空の通貨とよく似ています。両替して手に入れて自分のウォレット(財布)に保存した「ビットコイン」は、一般的な電子マネーと同様に使用することができます。家電量販店のビックカメラなど「ビットコイン」での支払いを受け付けているお店で、長い文字列の「ウォレットID」を使って電子的に「ビットコイン」での決済ができます。すると、決済後には自分の所有していた「ビットコイン」が減り、お店の所有している「ビットコイン」が同額だけ増えます。

 

通常の電子マネーと違いがないように思われますが、「ビットコインID」を持つ個人間の送金において以下のメリットがあります。

○インターネットを経由して個人間で直接送金できる(短時間での送金ができる、銀行などに依頼する必要がない、通貨単位を意識する必要がない)

注、銀行を利用する国内送金の手数料は数100円/件、海外送金の手数料は6000-9000円/件

○手数料が無料あるいは格安である(特に手数料が高い海外送金の場合に有利)

○監視や制限が存在しない(マネーロンダリングに悪用される恐れはあるが)

 

円やドルなどの通貨と「ビットコイン」の決定的な違いは『通貨を管理する「中央銀行」が存在しない』ということです。つまり、「ビットコイン」には発行を司る組織や流通を管理する組織が存在しないのです。といっても「ビットコイン」が取引されるコミュニティは、無法地帯ではなく、コンピューターのネットワークを利用して管理する仕組みとなっているのです。新しい通貨の発行や取引の詳細情報(取引台帳)はそのすべてがコンピューターネットワーク上に分散されて保存されるのです。この仕組みがあることですべての記録は残りますが、その記録に個人情報は含まれません。

 

このように「ビットコイン」はネットワーク上に分散して保存されている取引台帳のデータと期間中に発生したすべての取引のデータの整合性を取りながら、すべての取引記録を取引台帳に追記されます。そのためには膨大な計算量が必要ですが、「ビットコイン」では有志のコンピューターリソースの余っている能力を借りて膨大な計算を行い、大きな取引台帳に追記を行っているのですが、この追記作業の手伝いをしてくれた人、追記作業のために膨大な計算処理をし、結果として追記処理を成功させた人には、その見返りとしてビットコインが支払われます。この一連の行為は「ビットコイン」の採掘(マイニング)と呼ばれます。つまり、「ビットコイン」の新規発行はマイニングの結果としてだけ行われるのですが、無制限に新規発行されるのではなく、「ビットコイン」の発行総量には上限が設定されています。

 

最後に、「ビットコイン」のリスクと海外での規制についても触れましょう。上記したように取引所から顧客の「ビットコイン」が盗まれることとともに、「ビットコイン」の価値変動幅が大きい(ボラティリティが高い)ことも大きなリスクです。この理由は「ビットコイン」の価値には裏付けがなく、利用しようとする人や利用している人たちの思惑で「ビットコイン」の価値が大きく変動するからなのです。ですから、目先が効く人には大儲けのチャンスでもありますが、投資や投機の経験が豊かな人以外は近寄らないのが身のためだと私は考えます。ちなみに、「ビットコイン」の相場変動を紹介しましょう。
 

2017年1月2日    105,491円/BTC     注、BTCは「ビットコイン」の単位

2017年4月3日    135,470円/BTC

2017年7月3日    288,855円/BTC

2017年10月2日   512,458円/BTC

2018年1月1日  1,944,980円/BTC     注、1年前から18.4倍に急騰

2018年1月22日 1,197,000円/BTC     注、1月1日から21日間で38.4%急落

 

中国では従来の取引所禁止に加えて、アクセスの遮断やウォレットサービスなどほぼすべての仮想通貨サービスが検閲され、政府によって制限されることが明らかになりました。これが今年に入って「ビットコイン」が急落した最大の原因だと見られています。また、韓国でも仮想通貨取引が禁止される可能性が浮上したと伝えられます。そして、アイスランドは「ビットコイン」を禁止し、インド・インドネシア・コロンビア・タイ・台湾・ヨルダン・レバノン・ロシアなどでは国が法的に制限しているようです。そして、今月の18日にはドイツとフランスの財務大臣が3月に行われるG20(20か国・地域)財務省・中央銀行総裁会議の場で仮想通貨に対する規制案を共同提案(国際的に規制する呼びかけ)を行うことを明らかにしています。

2018年1月20日 (土)

不要な「不動産」は借金と同じ!(続編)

半年前に投稿した記事に親から相続した田舎の土地とアメリカで衝動買いした別荘地などの不動産を処分した顛末(てんまつ)を詳細に書きましたが、今回はその続編として、若い世代のゴルフ人気が低落したことなどで処分が難しくなったゴルフ会員権の扱いと私のゴルフ人生を振り返ってみたいと思います。

 

私とゴルフの出会いは40年ほど前にミャンマー(旧ビルマ)へ出張した時のことです。仕事のパートナーである現地駐在員(日本人)が、休日の娯楽(気分転換)にと、私をヤンゴン(旧ラングーン)市内のヤンゴン・ゴルフ・クラブ(注、1909年設立の名門コース)へ誘ってくれたことです。当時のミャンマーではゴルフ場はここしかなかったようで、プレーする現地の人たちはそれほど多くない、居たとしても政府関係者か上級軍人だけで、利用者の多くは我われのような外国人だったと思います。注、現在は主要都市にゴルフ場が計10か所ほどあり、外国人観光客だけではなく、ミャンマーの市民もゴルフを楽しむようになっている

 

ヤンゴン・ゴルフ・クラブに到着すると数名の男の子たちが車を取り囲み、トランクに積まれた3つのゴルフバッグを奪い合うように取り出したかと思うとクラブハウスへと運んで行くのです。もちろん、チップをもらうためでした。まったくの初心者である私を一瞬で見抜いたキャディさんは初心者に向いたクラブ(打ちやすい3番ウッドとショーアイアンなど)を選択してくれ、狙う方向をアドバイスしてくれました。しかし、クラブを振ってもなかなかゴルフボールに当りません。例え、当ったとしてもチョロ・トップ・シャンクなどが続きました。

 

クラブが偶然ボールに当った瞬間、どこからともなく出没した男の子が私のボールを確保してくれるのです。ラフでは芝を捻(ひね)って作ったティーにボールを載せて私が打ちやすいようにサポート(注、実際はズルですが)してくれました。そうこうしながら前半のプレーが半分以上経過するころには何とかクラブがボールに当るようになりました。なにせ一度もゴルフの練習したことがなく、コースにぶっつけデビューした超初心者の私は偶然にもその日ではじめてのナイスショット(注、正しくはグッドショット)をすることができました。

 

しかし、その瞬間に男の子たちが右手の池にいっせいに飛び込みました。ボールの行方を目で追うと、大きくスライスしながら見事に池に落ちました。男の子たちは私のクラブスイングを見て、飛距離とスライスの度合いを瞬時に見切ったようです。その時は男の子たちの判断理由をまったく理解できませんでしたが今では・・・・。ロストボールを拾うことも彼らの重要な仕事だったようです。

 

ヤンゴンでは2度ほどプレーしましたが、仕事のパートナー(日本人)には大変な迷惑をかけたことを後で理解した時には、穴があったら入りたい気持ちになりました。とは言っても、めげることを知らない私は、その後もタイ・マレーシア・インドネシア・フィリピン・ニュージーランド・アメリカなどへ出張した時に、誘われればゴルフ場へ出掛けました。頻度は年に1・2度と多くはありませんでしたが。

 

そして、本格的にグルフを始めたのは40歳を過ぎてアメリカの子会社へ出向した時です。先輩のアドバイスにしたがってゴルフセットを購入し、週末にはゴルフ練習場とゴルフ場通いを怠ることなく「週一ゴルファー」としてゴルフに励んだ結果、1年でスコアは100を切り、2年でボギーマン(スコア90)、3年目は週末のボランティア活動に参加(任期1年間の責任者)したため練習量が減り、スコアは一進一退することになりましたが、4年目にはボギーマン(スコア90)から10ポイント近く改善することができました。ちなみに、帰国した5年後までのベストスコアはホームコースで出した73(ワンオーバーパー)、つまりアウトはパープレイの36、インはワンオーバーの37です。

 

帰国後はプレーする頻度(ひんど)が激減して、年間2・3度のペースで推移しましたが、その10年後に先輩から勧められてゴルフ会員権を購入したことで、「月一ゴルファー」になり、ボギーマンとしてさらに15年が経過しました。しかし、2・3年前から体力の衰えと腰痛を感じ始めると、スコアが不安定になり、ボギーマンの90から100オーバーのスコアをしばしば記録するようになってしまいました。そして、18ホールをプレーするのが辛くなり、「隔月ゴルファー」へとプレーする頻度が半減しました。

 

昨年の12月、ついにゴルフ会員権を処分(返上)することを決心しました。会員権市場で購入希望価格を調べると、限りなくゼロに近いことを知ったからです。つまり、売却しようとしても、ほとんど買い手がつかない状況にあるのです。「返上手続き」は簡単でした。送られて来た書類に記入して、会員証書と印鑑証明を添えて返送するだけでしたから、翌年の年会費が発生する12月中旬までにすべての手続きを完了。しかも、期待していなかった預託金(注、売却した場合はその権利が買主に移行)、10万円弱が返済されることになりました。

 

これからは非会員(ビジター)としてプレーすることになりますが、チェックイン時の利便性確保とポイントを貯めるため、ポイントカードを会員用から非会員用(年会費無料)に切り替えました。これで従来とほとんど同じ環境(2か月に1回程度)では、年会費を考慮した一回当たりのプレー代がこれまでよりかなり安くります。注、「月一ゴルファー」の場合は、年会費を考慮すると、ビジターとほぼ同じ

 

不動産だけではなく、処分しにくい動産をすべて整理することができましたから、これらについて子供たちに迷惑をかけることはないと思います。これからは、終活準備に煩(わずら)わされず、気ままに旅行を楽しむことができそうです。□

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