日記・コラム・つぶやき

2026年10月10日 (土)

アマチュア無線局の免許を更新する!

アマチュア無線局の免許は車の運転免許と同様に5年毎に更新する必要があります。ただし、更新(再免許)手続きは書類を提出するだけで、適正検査・落成検査などはありません。

以前は、申請用紙に手書きで記入して、申請手続き費用として収入印紙を申請用紙に貼(は)った上で、管轄の地方電波管理局へ郵送する方法でした。紙製の免許状が送付されると、電波利用料が請求されます。これは5年分を一括前納するか、毎年納付するかを選択することができました。

筆者が5年前に更新手続きをした時から、ネット経由で手続きができるようになったことで手続きが容易であり、紙の用紙を使う申請よりも手数料が安くなります。

今回もそのつもりで「総務省の手続きサイト」にアクセスすると、セキュリティがかなり厳しく変わっていました。従来通りにID(メールコード)とパスワードの入力に加えて「ワンタイムパスワード」が加わったのです。

スマホで"Microsoft"の"Authenticator"をダウンロードして、それを使い上記の関連hpに掲載されている"QR code"を読み取り、電子メール・アプリで「ワンタイムパスワード」を受け取る手続きが加わったのです。それほど難しくないのですが、今回は総務省のシステムが一新された(説明:基礎データは以前のシステムから引き継がれている)ためなのか「パスワード」の更新が必要となり、更新手続きに少し手間どいました。

しかし、ログインすれば「更新手続き」そのものは、更新内容が前回の申請・認可された内容と同じですから簡単なものでした。(説明:変更がある場合は事前に変更届けを提出し、変更検査を受ける必要がある) 確認事項の一つずつに回答する度にその結果を保存するかどうかに回答することは冗長(じょうちょう)であると感じました。筆者はまとめて最後に保存することで充分だと思います。

最後に申請内容を確認して「決定ボタン」を押すと更新手続きは完了です。直ちに筆者が登録しているメールアドレスに更新申請を受付た旨(むね)の確認メールが届きました。続けて「申請手数料 電子納付手続きのお知らせ」と題したメールが届きました。「電子納付手続き」には3つの番号(納付情報)が必要とのこと。

それは、1.収納機関番号、2.納付番号、3.確認番号が必要ですあり、総務省の関連hpにアクセスして、「申請届出状況照会」の「申請手数料の納付情報詳細」で確認するようにとの指示がありました。そのページをコピー(印刷)しました。

この情報を使い、翌朝には「申請手数料」(1,700円)を郵便局の「Pay-easy対応ATM」で納付しました。なお、書面申請の場合は交付請求手数料を含む3,300円)と割高になります。

また、前回までは電子申請でも地方の電波管理局から紙製の免許状が郵送されて来ましたが、今回からは「電子免許状」に変わったため、「総務省の関連hp」で新しい免許状を閲覧(えつらん)することになります。なお、必要があれば「電子免許状」をダウンロードして紙に印刷することもできるようです。

審査にどれだけの日数が掛かるかは不明ですが、更新手続きの期間が、現状の免許が期限を迎える6カ月前から1カ月前であることから考えて1カ月近く掛かるのかも知れません。その通知とともに「電波利用料」の納付案内が届くと思われれます。

なお、筆者は有効期限の3か月以上前に更新手続きを行いましたが、万一この期限が過ぎてしまった場合は、「更新」ではなく「再申請」の手続きが必要になります。その場合はそれまでの『コールサインを希望する』 と記述すれば同じ「コールサイン」が再度割り当てられます。

しかし、「コールサイン」の残り枠(わく)が少なくなった地域(説明:関東・東海・近畿・九州)では更新しなかった局の「コールサイン」が関係のない新規申請者に割り当てられることもあるようですから、期限を過ぎてしまった場合は再申請を急ぐ必要があるでしょう。電子化された手続を正確に説明しようとしたため、硬い調子の説明文になってしまいました。

最後に余談です。わが家にはアマチュア無線局免許状が、筆者の2件(第2級)と同居者の1件(電話級、現在の第4級)の計3件あります。と言うのは、筆者が実家に住んでいる時に取得した「局免許」と就職のために上京した後に取得した「別の局免許」を今も持っているのです。

今回、更新手続きをしたのは前者の"JA"で始まるコールサインの局免許についてです。

筆者と同居者ともアマチュア無線の活動は現在休止中ですから、他の2件については手続きの煩雑(はんざつ)さと電波利用料(全ての資格に同一で300円/年)の支払いを考慮して更新手続きをしないことにしたのです。なお、60数年付き合った"JA"で始まる「コールサイン」には愛着が強いため、今回も更新して保持することにしました。

なお、残り2件の免許を更新しない理由は終活の一環ではなく、筆者が今年80歳(傘寿)を迎えたことで始めた身の回りの無駄や煩(わずらわ)しさを減らす活動の一つなのです。機会があれば他の見直した事項も当ブログでご披露(ひろう)したいと思います。◇

2026年10月 8日 (木)

川崎市の市民健康の森・東生田緑地(最終回)

東方向に向いて小さな社がありました。

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小高い場所ですから北方向も木の間越しに空と住宅を見ることができます。

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足元には最近植えられたと思われる花が咲いています。

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北方に立つ鳥居の先には丘陵地帯まで広がった住宅地を見ることができました。川崎市の北部に位置する多摩区などのエリアは「多摩丘陵」の南端部に位置しているのです。

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立ち並ぶ鳥居を潜って階段を下りました。赤い幟(のぼり)には「正一位根岸稲荷大明神」と白い文字があります。

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「根岸稲荷大明神」(通称:根岸稲荷神社)は地域の山神様として祀(まつ)られてきましたが、創建年代や由来・由緒は不明なのだそうです。

なお、「三峯神社」から保存緑地(説明:私有地の竹林)に入った所には「生田根岸古墳群」(説明:古墳時代終末期の7世紀後半~8世紀頃、5基の円墳で構成、最大規模の第4号墳は直径約18.5m・高さ2.2m、参照:関連記事)があるそうです。

そして近くの東生田1丁目(生田緑地の飯室山北斜面、北口/長者穴口から遊歩道で約20m)には横穴墓群の「生田長者穴横穴墓群」もあるそうです。7世紀中頃から後半にかけて築かれた32基の大規模な横穴墓です。独特な「羽子板形(はごいたがた)」の構造で泥岩(でいがん)の地層に掘り込まれており、遺骸(いあがい)を安置する「玄室(げんしつ)」とそこへ続く通路「羨道(せんどう)」で構成されているそうです。

川崎市にはこれらを含めて約20か所の古墳があることが「川崎市生涯学習財団のhp」で説明されています。多摩川に近い丘陵地帯であることにより、古い時代から人が多く暮らしていた証左(しょうさ)でしょう。

神社の階段を下り切ると、下方に「県道13号」がありました。ここは切通しの上部のようで急な壁面も覗(のぞ)いています。

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「県道13号」に従って北方向へ目を転じると、かなり低い位置に「横断歩道橋」がありますから、

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かなり急な下り坂です。

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左手には竹を利用した土留め階段があります。この辺りは農地なのでしょうか?

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すぐ右手にも「横断歩道橋」がありますので、こちらを利用することにしました。

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「根岸稲荷歩道橋」です。

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先は行き止まりのように見えますが・・。

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「横断歩道橋」の上から見た「県道13号」の南方向(根岸陸橋方面)

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そして、北方向(府中街道方面)

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「横断歩道橋」は左へ直角に折れました。

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振り返ると、高低差を調整する構造になっていることが分かります。

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緩(ゆる)やかな上り坂が続いています。右手に切通しの上へ上がる階段があります。次の目的地である「三峯神社」へ行けるかもしれませんが、同行者は、「もう階段は上がらないからね!』 と宣言したばかりですから、止む無く通過することに。

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「東生田遊歩道橋」の真下を通過します。この橋を「東生田自然遊歩道」が通っているのです。

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                               引用:川崎市の関連hp


振り返って見た「東生田遊歩道橋」

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右手を振り返ると、坂道が「横断歩道橋」の袂(たもと)近くへと伸びていました。この坂道を上がろうかと思いましたが、

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下り坂を先を行ったはずの「同行者」の後ろ姿が見えません。

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ここで予期しない下り階段が現れました。この辺りは傾斜が急なのです。

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階段を下り切ると、前方で「県道13号」が大きく右カーブしているのが見えました。駐車場はもう直(す)ぐです。

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左前方に駐車場が見えます。「県道13号」は100mほど先で「府中街道」に行き当たります。

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筆者が利用したこのコインパーキングは「車両ナンバー読み取り方式」ですから、4桁の数字を入力します。

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支払い方法は現金・カード・バーコードなど各種方式に対応していますが、筆者は"PayPay"で支払いました。

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約50分間の駐車料金は440円

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この日の総歩数は3,261歩でした。

<後記>「日向山」と呼ばれるだけあって起伏(きふく)に富んだルートを思い返しました。公園ではないため、人が植えた草花はほとんど見かけませんでした。また、雑木林の中に続く散策路は周囲見晴らすことは出来ません。

「緑地」内では「街の樹」である「淡墨桜(うすずみざくら)」と「犬桜(いぬざくら)」があるとの説明を読んでいましたが開花の季節ではないため気づきませんでした。春に美しい花を咲かせる様子を想像しました。

なお、後者は聞き慣れません。"AI"に尋(たず)ねると、『バラ科サクラ属の落葉樹で、山地や沢沿(さわぞい)いに自生します。よく知られるソメイヨシノのような大きい花ではなく、小さな白っぽい花が房のように並んで咲くのが特徴です。開花時期はおおむね4月下旬から5月ごろです。』 と答えてくれました。

その名前がある理由は。『犬桜は桜の仲間ではあるものの、一般的な花見の桜とは見た目がかなり違う種類として名づけられたとされています。』 とのこと。

「東生田緑地」に続いて、「三峯神社」に参拝してから「東生田自然遊歩道」が続く「生田榎戸(えのきど)特別緑地保全地域」も歩く予定でしたが、心身ともにギブアップ! しかし、ちょうど良いルート長になりました。◇

2026年10月 7日 (水)

川崎市の市民健康の森・東生田緑地(その3)

木製テーブルの上には奇妙な形の木製人形が置かれています。

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その後ろには多くの立て看板が並んでいます。これらも地元の小学生が描いた「東生田緑地」について書いた作品のようです。

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奥にある長椅子に座って休憩することにしました。先ほどまで歩いて来た「遊歩道」が見えます。

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前方には「ひなたぼっこ広場」の立て看板があります。

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その脇にあるのは「花畑」のようですが、花は咲いていないようです。

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前方には生田の町並みが広がっています。なお、手前に見える大きな建物は、「根岸陸橋交差点」から確認した「介護老人保健施設」のようです。

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少し右手の丘の上には「明治大学生田キャンパス」の建物があります。

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先を急ぐことにして「散策路」が続く左手へ向かうと、早速 階段が待ち受けていました。

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階段の先は再び林間に続く平坦な「遊歩道」になりました。

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左脇には伐採された木の幹と枝が置かれています。

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左手の高みへ上がる階段を通り過ぎました。

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「日向山の頂上」へ向かう階段のようです。

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「遊歩道」を直進します。

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右脇に「ダイヤモンド富士」と書かれた看板に大きな矢印が描かれています。『矢印の方向へ進んでね!』 とも。

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右手には竹林が広がっていました。

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左手は「日向山の頂上」と思われます。

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右手に「保有竹林」の看板が・・。

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「遊歩道」は竹林に沿って続いています。

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「丁字路」にある『ダイヤモンド富士見ませんか! ここから右、富士山スポット!』 と書かれた立て看板には「富士山の頂上で輝く太陽」の絵が添えられています。勿論(もちろん)、その案内に従うことにしました。

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「遊歩道」が一直線に続きます。

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右手に立つ看板には『筍を勝手に取らないでください!!』 と書かれていました。

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並んで立つもう一つの立て看板には『日向山おすすめクイズ』 として、二問出題されています。

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そして、その近くに「ダイヤモンド富士」が見える場所を示す立て看板がありました。看板に隠れていますが、西方ある木の間が広くなったところから、西方やや南寄りにダイヤモンド富士が年に2回だけ見られるそうです。

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”AI"に訊ねると、秋は11月4日頃の16:30前後、冬は2月7日頃の17:00前後とのこと。

ここから上り坂になりました。

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突然でしたが、左上方に鳥居と社が見えました。

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(続く)

2026年10月 6日 (火)

川崎市の市民健康の森・東生田緑地(その2)

「東生田自然遊歩道」は尾根道を西方(注釈:正確には北西方向)へ続いて「東生田緑地」の西端付近まで延びていますから、往路はそのルートを辿(たど)ることににしました。

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周囲の雑木林は木漏れ日があり明るい空間を演出しており、

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ほぼ平坦な「尾根道」と相まって快適な「散策路」です。

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前方に開けた空間が現(あらわ)れました。

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その手前、右脇にテーブルと長椅子が一体となった木製の休憩施設があり、その後方には緑地の保守・清掃用の道具などが入っていると思われる小さな倉庫が建っています。

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明るい空間は住宅地が建ち並ぶ「東生田緑地」の南西の端(説明:北エリアだけが西方へ続いている南エリアとの角地)に差し掛かったことで生まれたものでした。ここは「東生田自然遊歩道」からは外れた場所でした。

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後で調べると、「東生田自然遊歩道」は「日向山」の頂上の少し手前(東寄り)から北へ逸れて、北西方向に長くのぼた「東生田緑地」の北エリアを西方へ向かっていたのです。少し言い訳になりますが、「日向山」の頂上にあった「案内看板」には「この西端部付近」から北へ逸(そ)れると北側に続く「東生田自然遊歩道」に合流できる道が描(えが)かれていたことで、筆者はそのルートを辿(たど)ろうとしたのです。何故(なぜ)か、それが見当たらないのです。

後方に立っている看板「日向山の森・掲示板」に「ポンチ絵」のようなルート図を見かけました。このルート図では筆者が辿(たど)ろうとしたルートは分岐点の先で途切れているように描かれています。

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「日向山」の頂上付近まで戻って本来の「東生田自然遊歩道」へ入る「後戻りルート」には気が進みません。そこで市道に出る場所まで歩くことにすると、前方に小さな看板が立っているのが見えました。

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そこまで歩くことにしました。期待した通りに「東生田自然遊歩道」のルート図が明瞭に描かれていいますが、「日向山」の頂上付近で北へ逸(そ)れてから西方へ進むルートしか描(えが)かれていません。

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この時にスマホ(iPhone SE3)の地図アプリを使って確認すれば良かったのですが、後になって知りました。先ほど脇を通過した住宅は「Y字路」の交点に接して建っており、そこを右手へ折れて進むと「東生田自然遊歩道」に出ることが出来たのです。「東生田自然遊歩道」の案内看板がこの場所に立っている意味を考えるべきでした。お粗末(そまつ)の一席!

ルート探しにうんざりした筆者は「緑地内」へ引き返すことにしました。

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先ほどとは別の看板には「日向山の森」の保全活動についての告知がありました。

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5枚上の写真に写る看板「日向山の森・掲示板」が立っている分岐点まで戻り、南へ向かう「遊歩道」に入りました。つまり、当初予定したルートを短縮して、復路に計画していたルートに切り替えたのです。

すると、目の前に急な下り階段が現れました。ここで尾根から南斜面を下るようです。

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長めの階段を下り切るとほぼ平坦な道に変わり、「尾根道」と同様に歩きやすくなりました。

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右手には木の間越しに住宅街が見えて来ました。

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路傍を見ると、切断された大木から茸(きのこ)がいっぱい生(は)えていました。

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傾斜地に快適な「散策路」が続いています。

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再び右手の木の間から住宅街が・・。

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前方では「散策路」が緩(ゆる)やかな上り坂に変わるようです。

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大きく左へカーブしながら「上り坂」が続きます。

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子供が書いた文字で『日向山にある「キンラン」「ギンラン」』 の表示とともに、写真が数枚貼(は)ってありました。


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"AI"検索で調べると、「キンラン(金襴)」は『山地や丘陵の明るい落ち葉樹林内に自生する、ラン科キンラン属の多年草(地生ラン)で、美しい黄金色の花を咲かせます』 とありました。また、「ギンラン(銀ラン)」は『ラン科キンラン属に分類される日本の山林に自生する地生の多年草で、清楚(せいそ)な白い花を咲かせることからその名が付けられました』 と。

「日向山頂上」の南下付近に出たようです。

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そして、大木に根元に「ひだまりの森」の壊れた看板が・・。

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「自然の良さ~自然を大切に~」と子供の文字で書かれた手書きの作品が立て看板になっていました。先ほどの立て看板と同様、これも小学生が作成したもののようです。

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隣りには「森のゆりかご」と題した作品も。

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前方にテーブルと椅子がいくつも並んでいる場所が見えて来ました。傾斜地に作られた「日向山ぼっこ広場」のようです。

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ちょうどいいタイミングであり、ここで小休止することにしました。(続く)

2026年10月 5日 (月)

川崎市の市民健康の森・東生田緑地(その1)

横浜市の「市民の森」を訪れたことで、筆者が住む川崎市にも無いかと思い調べてみました。すると、有ったのです。但し、名前は「市民健康の森」ですが・・。各区に一つずつ指定されているそうです。

南から順に、川崎区の「海風の森(浮島公園)」、幸区の「夢見ヶ崎公園」、中原区の「井田山緑地」、高津区の「春日台公園」、宮前区の「水沢の森」、多摩区の「東生田緑地(日向山の森)」、麻生区の「東生田緑地」です。

これらを北から順に訪れることにしました。最初は多摩区の「東生田緑地(日向山の森)」です。「関連のhp」には『東生田自然遊歩道の途中にある約4.5haの緑地で、森林浴の森、野鳥の森、ひだまりの森などのゾーンに分かれ、里山の四季の移り変わりが味わえる。』 と説明されています。注釈:東生田自然遊歩道は読売ランド前駅から向ヶ丘遊園駅まで丘陵地帯に続く約6.5kmの遊歩道

名前が「東生田緑地」ですから、筆者は「生田緑地」の東にあるのかと考えながら場所を確認すると「多摩区枡形4丁目」であり、「県道3号」と「県道13号」が交わる「根岸交差点」の北西に広がる丘陵(きゅうりょう)地帯にあることが分かりました。つまり、「生田緑地」の北西約1km、「東生田にある緑地」だったのです。なお、上記した県道はいずれもよく利用しますが、「東生田緑地(日向山の森)」の存在を知りませんでした。調べると、「根岸陸橋交差点」の少し北(県道13号沿い)にある「横断歩道橋」およびその付近に「東生田緑地の入口」があるようです。

                             ☆

10月4日(日)の午前中、天気予報に依れば雨の心配がありませんから、10月4日(日)の午前中に「東生田緑地」へ出掛けることにしました。走り慣れた「県道13号」(横浜生田線)を北上して、「小田急線」と立体交差する「根岸陸橋」(生田根岸跨線橋)に差し掛かりました。その先にある「根岸陸橋交差点」は「県道3号」(世田谷町田線)が交差していますから交通量が多い場所です。

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交差点の左前方に小山が見えますが、これが「東生田緑地」のようです。

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「東生田緑地」には専用駐車場がありませんし、「根岸陸橋交差点」付近にも「コインパーキング」がありませんから、400mほど先で「県道13号」が「府中街道」に行き当たる「枡形(ますがた)一丁目交差点」に近い「タイムズ平安会館たま」(9台)に車を停めて、目的地まで「県道13号」をその「陸橋」まで300₋400mほど歩くことにしました。

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駐車場から「県道13号」を歩いて戻ることになりますが、何故(なぜ)かこの区間だけは歩道が設置してありませんから、右手にある路地を進むことにしました。筆者が写真撮影をしている間に「同行者」はかなり先行しています。

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路地を少し進むと、「県道13号」の下を潜(くぐ)る通路があり、路地の前方には長い階段が現(あらわ)れました。

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階段を上がり切ると整備された歩道が続いていました。「同行者」はさらに先を歩いています。
 
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コンクリート製の保護壁の外側に薄紫の花が咲いていました。

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黒い実が実っています。何の花でしょうか? "AI"検索で調べてみると、「クサギ(臭木)」のようです。

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その先には竹林が広がっています。

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側溝の上にドングリが沢山落ちていました。竹林だけではなく「ブナ科」のブナやイヌブナの雑木林があるようです。

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坂の頂上付近に「横断歩道橋」が見えてきました。あの辺りに入口があると思われます。しかし、すぐ右手に階段があることに気付きました。

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「横断歩道橋」に近くに「東生田緑地」の入口があると思っていましたが、意外に早く「入口」の一つであると思われる階段が現れました。確信はありませんが、取り敢(あとりあ)えずこの階段を上がることにしました。

思ったよりも長い階段でした。でも、香川県にある「讃岐金刀比羅宮(さぬきことひらぐう)」の785段より少ない段数のはずです。

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小さな子供のように何段あるかを数えながら上がるうちに、足元が疎(おろそ)かになりそうになり数えるのを50で止めました。左側に手摺がありますが、かなり錆(さ)びていて持ちにくいのです。次の写真は振り返って下方を見たものです。恐らく100段くらいはあるのでしょう。

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階段が途切れて急な上り坂の舗道に変わりました。

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左手に「東京スカイツリー」と大きく書かれた写真入りの案内看板が立っていました。

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そちらを見ると、「多摩川」の先に都内の遠景が広がっていました。

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ズーム撮影をすると白いマンションの先に「東京スカイツリー」が確認できました。次の写真の左端に写る別のマンションの先には特徴あるビルも確認できました。渋谷区代々木にある「NTTドコモ代々木ビル」です。

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上り坂が右へ折れ曲がった先にまた階段がありました。

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左手方向には「横断歩道橋」から続くと思われる上り階段がありますから、ここで「Y字路」になっていたのです。
 
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右手の階段脇にはこんな案内看板が立っています。「日向山」の説明と注意書きでした。

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上り階段は打って変って未舗装ですから足元に注意しながら上がりました。2にに前の雨によりまだ滑りやすいのです。

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「日向山」の頂上に出たようです。

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左手には石畳(いしだたみ)の広場が広がっています。

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右手に2つ並んでいる看板のうち、手前の看板には「この付近の地図」が分かり易く描(えが)かれています。筆者たちが中央上の「谷戸の森」(青く塗られたエリア)から下に伸びる階段が「横断歩道橋」から続く別の階段と合流して右手へ折れ曲がっている様子が分かります。そのすぐ隣にも別の階段の無い坂道も描かれています。

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隣りにある看板は「東生田自然遊歩道案内図」です。

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「東生田自然遊歩道」は上の地図の左端にある「小田急線読売ランド前駅」から北東方向へ進み、「山下川」を越えた所で右に折れて「生田浄水場」沿いに東へ進み、再び「山下川」を渡り、「生田東高校」と「枡形中学校」の近くで「東生田緑地」に入り、「県道13号」の「横断歩道橋」の先にある「生田榎戸(えのきど)特別緑地保全地区」を通り抜け、「向ヶ丘遊園駅」方面へ続いてことが描(えが)かれています。

「立て看板」の先には朽(く)ちた木材が置かれていました。

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(続く)

2026年9月18日 (金)

横浜市港北区 小机城址市民の森(最終回) 本丸広場からコインパーキングへ

ロープに括りつけられたピンク色のテープの先を見ると、西方へ続く道があることが分かりました。「富士仙元は右」とはこの道を指していたのです。進入禁止と感じたのは筆者の早とちりであり、その道へショートカットをするなと言う意味だったのです。

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それではそちらの「遊歩道」へ向かおうかと考えましたが、すでに「同行者」は「根古谷広場」へ向かう下り坂をどんどん下りて行きます。いつも通り、帰路に入ると歩くテンポが速くなるのです。

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往路では気づきませんでしたが、竹林は手入れが行き届いており、下草もほとんどない綺麗(きれい)な状態です。

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「遊歩道」が直線になると、「同行者」の後ろ姿が見えました。歩きやすい「遊歩道」に入ったこともあり、「同行者」は筆者の方を振り向くことはありません。

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「遊歩道」は急な下り坂になったことで「階段」が併設されています。「同行者が『階段を下りてね!』 との声を掛けてくれましたので、それに従うことにしました。

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階段区間が終わると、やや緩やかな下り坂に戻りました。「遊歩道」には細かい心遣(こころづか)いが感じられます。また、「同行者」の姿が・・。

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再び階段が併設する急坂に差し掛かりました。

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今度はコンクリート舗装の表面に滑(すべ)り止めが施してあります。これは「O(オー)リング」と呼ばれるそうです。

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電柱にある「小机城址」に看板内は「横浜Fマリノス マリノスケ」と「港北区 ミズキー」のキャラクターが描かれています。前者は分かり易い名前ですが、後者について調べると同区の木である「ハナミズキ」の妖精(ようせい)とのこと。

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「市道」に出ました。西方へ歩き、「第三京浜」の高架橋を潜(くぐ)ると「富士仙元」へ行けるのですが・・。「同行者」は筆者の気持ちを分かっていないようで、車を駐車した「県道12号」沿いの「コインパーキング」へ向かっているようです。

「市道」の右手方向には「第三京浜」の高架橋が見えます。このルートでも「富士仙元」へ行けるのですが・・。

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参考情報です。事前の調査によると、「小机城址の西側エリア」にある「富士仙元(ふじせんげん)」(注釈:Google Mapでは「小机富士」と表示)は「城趾内」に設置された築山(つきやま)、つまり「小さな富士塚のようなもの」です。「富士塚」と言っても、関連の"Instagram"によると、現在は木立に囲まれているため眺望(ちょうぼう)はまったくないそうです。

なお、筆者は各地にある「富士塚」を尋ねたことがあります。興味がある方の参考として、以下にリンクを貼って置きます。

2007年10月25日・同26日・同27日、2008年8月14日◇

本物の「富士山」についても、次の通り登ってブログ記事に残しています。2005年11月の「小富士登山」、2005年8月22日ー同28日「富士登頂」(1回目)、2008年8月22日ー同28日「富士山登頂後記」、2009年8月21日-同23日「富士登山」(2回目)、2010年8月11日-同8月14日「富士登山」(3回目)。

正面には「JR横浜線」が切通しを通過する区間には金網のフェンスが見えます。

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少し先で市道は線路との間隔が広がり、それらの間に住宅が建(た)ち並んでいます。

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やっと「同行者」に追いつきました。

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差し掛かった「十字路」で北の方角に伸びる市道を眺(なが)めました。「小机城址」内にあった地図によると、この市道を進むと「新横浜公園」の近くに出るようです。後で地図を確認すると、信号がある「新矢之根交差点」で「県道13号」と交差していることが分かりました。

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「JR横浜線の城山踏切」に差し掛かりました。

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折から左手(新横浜駅方面)から電車が迫っています。「橋本行」のようです。

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「橋本駅」は神奈川県相模原市にある駅で、「京王相模原線」の終点駅でもあります。また、橋本駅の南口地下には現在工事中の「リニア中央新幹線」の駅(仮称:神奈川県駅)が設置されることが決まっています。

                            ☆

ここで余談です。ラーメンの「一蘭(いちらん)」が大好きな筆者は、「一蘭 相模原店」に以前何度も通っていましたが、そのためだけに往復2時間近く掛けるのは負担であり、最近は通販で「博多細麺ストレート」を購入して楽しんでいます。また、「県立相模原公園」や「市立相模原麻溝公園」を訪れたことがあります。

なお、「相模原市」は近年発展が著(いちじる)しく、人口では神奈川県において「横浜市」(約375万人、説明:東京23区の約1,000万人に次ぐ第2位)と「川崎市」(約156万人、説明:福岡市に次ぐ第6位)に次ぐ県内第3位の約71万人で「政令指定都市」(2010年4月1日から)に移行しています。

一方、横浜市と川崎市は県から財政をはじめとするすべての権限を有する「特別政令指定都市」の法制化を国に働きかけています。これに対して神奈川県は財政基盤の大きな部分を失うことになるため、この法制化には反対しているようです。もし、これが実現すると「相模原市」が実質的に「神奈川県で第一の市」になるのですが・・。

                            ☆

「閑話休題(かんわきゅうだい)」。踏切を越えた左手に「コインパーキング」の"Amenity Park"を見かけました。「小机城址」に近い上に、料金が30分200円と安いのです。「タイムズの会員」である筆者は「タイムズのアプリ」を使っているため、見つけられなかったのです。

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すぐ先の右手には「コインパーキング」の「リパークの小机第3」もありました。これは筆者が駐車した「リパーク小机町」のと同じチェーンですが、料金は25分220円と微妙に安いようです。25分単位とは細かい・・。

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「県道12号」の「小机辻交差点」に出ました。

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左手には「リパーク小机第2」がありました。ここの料金も25分220円。

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右手を見ると、「第三京浜」の高架橋の少し手前(左側)に筆者が駐車した「リパーク小机町」が小さく見えました。トホホです!

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横断歩道を渡って「コインパーキング」までの距離を考えると、急に足が重くなったように感じられました。

最後に、駐車場からの往復を含めた滞在時間は丁度(ちょうど)1時間、総歩数は5,328歩でした。そして、駐車料金が600円に収(おさ)まったのは幸運でした。

「小机駅前」を通過した「小机駅東側交差点」で「県道13号」に入り、次の目的地へ向かいました。◇

2026年9月17日 (木)

横浜市港北区 小机城址市民の森(その4) 二の丸広場から本丸広場へ戻る

辺(あた)りを見回すと、右手の竹林の奥にある「空堀」には「遊歩道」があることが分かりました。

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そう言えば、先ほど「井楼(せいろう)」から「二の丸広場」へ向かう途中(説明:櫓跡と井楼の間)に左手の「空堀」へ下りる階段を見ていますから、そこから続いているのでしょう。

「二の丸広場」の最北部を東方向へ進むと、北東端に「空堀」へ下りる階段らしきものがありました。空堀の底にある「遊歩道」を通って「本丸広場」へ行けるのです。

そして、脇にある標柱もそれを示しているようです。

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事前に作成した計画では、遠回りと考えられる「このルート」を敢(あ)えて利用して「本丸広場」へ向かう予定でした。その理由は、「小机城趾 市民の森」の北斜面(きたしゃめん)からの展望を期待したのです。ひょっとすると、自宅がある川崎市方面が見られるかもしれないと・・。

しかし、周囲は小高い木立に囲まれていて展望が利(き)きませんし、ましてや「空堀」の底から見える筈(はず)もありません。従(したが)い、「空堀内」を歩く「このルート」ではなく、「本丸広場」から辿(たど)った「遊歩道」を戻ることにしました。

その前に、「二の丸広場」の北端を(空堀沿いに)戻りながら広場内を眺(なが)めました。

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ここは「木製ベンチ」が並ぶエリアです。

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珍しいことに「屑籠(くずかご)」が置いてありました。

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前方に階段が見えて来ました。

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「二の丸広場」に入る時に見た「立て看板脇の階段」と同様、「魯台(やぐらだい)」(天蔵台)へ続く階段です。

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元来た「遊歩道」を引き返しました。途中、先ほど通過した「土塁(どるい)」(説明」防備壁)を上がります。

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「土塁」を下りる途中、地面から浮き出ていた「木の根」に躓(つまず)いて(説明:右足の靴先が当たり)転倒ししそうになりました。幸いにも左膝(ひだりひざ)と左手を地面に突いたことで、尻餅をつく形になりましたが・・。

前夜の降雨で地面が滑りやすくなっていたのです。「同行者」に助け起こされましたが、ズボンの左膝と左手の手ひらが湿った土塗(つちまみ)れになってしまいました。トホホ!

少し前のことですが、東京都稲城市にある「城山公園」でも、「尾根道」から下(おり)る「長い階段」の最下部で尻餅(しりもち)を突(つ)いています。この時も雨後でした。

写真撮影を自粛(じしゅく)して、無事に「本丸広場」へ戻ることができました。

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「本丸広場」にあるベンチに座って土で汚れた手足を拭(ぬぐ)いました。

小休止後、北方向へ歩くと、「空堀」に続く「散策路」が「本丸広場」の右手奥(北東の角近く)にある階段に繋(つな)がっていることが分かりました。

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すぐ近くにある「小机城址 市民の森」の案内看板に描かれた地図を見ると、「空堀」を通るルート(本丸広場₋二の丸広場)がしっかり描かれていました。しかも、「二の丸広場」へ行く手前で見かけた「空堀」へ下りる階段も表示されているのです。最初に立ち寄った時に確認しておくべきでした。注釈:「井楼(せいろう)」の振り仮名(ふりがな)がシールを貼(は)って訂正されている

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「本丸広場」の北端に続く「空堀」を見下ろすと、伐採(ばっさい)した竹が何本も置かれていました。

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そして、手前の「土塁」には大木の切り株が残っています。

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以前はこの大木のように聳(そび)えていたのでしょう。

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「本丸広場」の北西方向を撮影しました。

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次いで西側も。奥まった場所になぜか木製のベンチが置かれています。

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南東の角には「二の丸広場」方面へ向かう「散策路」の出入口があります。

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南西の角付近には標柱があり、「富士仙元(ふじせんげん)」「本丸広場」と表示されています。「竹製の柵(さく)」の脇から伸びるロープに括(くく)りつけられたピンク色のテープが気になりました。「富士仙元」(説明:富士山を模して作られた人口の山/富士塚のこと)へは立ち入れないことを示しているのでしょうか?

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(続く)

2026年9月16日 (水)

横浜市港北区 小机城址市民の森(その3) 井楼を経て二の丸広場へ

土塁(どるい)と空堀を超えた場所の右手に木製のベンチが一つだけ置かれていました。

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前方を見ると、木立の間を通して一段低くなった開けた場所が広がって木立の間から見えました。

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どう下りるのかと思えば、足元に「下り階段」が現(あら)れました。

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その左手には切断された「大木の幹(みき)」が横たわっています。すでに朽(く)ちかけているようです。

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「せいろうあと」と書かれた標柱が立っています。

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角度を変えて撮影すると漢字表記が現れました。

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聞きなれない名称です。"AI"検索で調べると、「井楼(せいろう)跡(あと)」のことでした。「井楼」とは、『戦陣(せんじん)や城において、敵陣の偵察(ていさつ)や見張り(物見)を行うために、木材を井桁(いげた:井の字型)に高く組み上げて作った簡易的な櫓(やぐら)のこと』 です。

「小机城址 市民の森」の案内看板には、周辺の市道を通るルートと「城内の配置(縄張り)」、および現在地が表示されています。

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ただし、「井楼跡」は、標柱と同様、「いろうあと」と表示されています。注釈:"AI"は「いろう」は誤りと指摘

左へカーブする急な階段が待ち構えていました。「本丸広場」からはかなり低い場所に「二の丸広場」はあるようです。

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「下り階段」を下り切って道なりに右へカーブして進むと、左手に「空堀」へ下りる階段がありました。どこへ向かうのかは表示されていません。 「二の丸広場」は右手方向です。

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「遊歩道」の左手に「上り階段」がありました。

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「櫓台(やぐらだい)」へ上がる脇道でした。

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"AI"によると櫓台(やぐらだい)とは、『城郭(じょうかく)において、櫓(やぐら)を建てるために土を盛り上げたり石垣を積んだりして造られた基台(土台部分)のことです』 と教えてくれました。

すぐ先で「二の丸広場」に出たようです。

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「竹灯籠(たけとうろう)まつり準備中」のパネルが設置してありました。

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これも"AI"に訊(き)くと、『竹灯籠まつりは、竹林の間伐材を利用した竹灯籠の柔らかな灯りで、夜の境内や公園を幻想的に照らし出す地域おこし・環境保全のイベントです。毎年11月上旬(令和8年は11月7日土曜日を予定)に「小机城址 市民の森」で開催され、約3,600個の灯籠がともります。』 と教えてくれました。

「二の丸広場」はかなりの広さがあるようです。

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正面には変わった形の立木が気になり撮影しました。

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古木(こぼく)の幹(みき)の下部は朽(く)ち始めています。そして、左側へ曲がった幹(あるいは太い枝)はかなり以前に切断されたようです。

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その奥に林の中へ続く道が見えます。どこへ行けるのか気になります。

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その横に階段が見えます。これは先ほど脇を通過した「櫓台(やぐらだい)」から下りる階段でしょう。

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「同行者」は「二の丸広場」に入ったところで佇(たたず)んでいます。

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後(あと)で訊(き)くと、『やぶ蚊(か)にいっぱい刺(さ)されたわ!』 と言います。半袖(はんそで)のシャツを着ている筆者も両腕が20か所近く赤くなって痒(かゆ)いことに気づきました。湿気が籠(こも)る林の中を歩いてきたからでしょう。それとも、「二の丸広場」に蚊の巣窟(そうくつ)があるのでしょうか?

近くで「二の丸広場」の標柱を見かけました。

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その隣には「二の丸広場」の案内看板もあります。

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ここで疲れを感じた筆者は近くにあったベンチで小休止することにしました。

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(続く)

2026年9月15日 (火)

横浜市港北区 小机城址市民の森(その2) 空堀を経て本丸広場へ

さらに坂道を上がると小高くなった場所で「丁字路」に差し掛かったようです。柵は左右に分かれていて、中央部が空いています。ただし、ロープが張って合って進むことはできません。

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標識の表示によると、左手は「富士仙元」、右は「本丸広場」で、そして後方は通過したばかりの「根古谷・お手洗い」です。

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ただし、「本丸広場」の指示が曖昧(あいまい)です。事前に調べたルート図によれば、この「丁字路」で「二の丸」方面と分かれるはずですが・・。「城址内」を回る順番を考えると「二の丸」が先ですが、それが確認できない(注釈:後で分かりましたが空堀の外側を遠回りする)ため、筆者は前者を選びました。

迷わず左手へ進むことにしました。「散策路」が右手へ折れ曲がった場所に出ました。

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そこには「空堀(からぼり)」と題した看板があり、そこにはその機能と目的が説明されています。

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下を覗(のぞ)いてみました。まず左手は笹や草が生い茂っているため良く見えません。

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一方、右手は「空堀」の様子がよく分かります。なお、前方に見える小高い土手に続く柵(手摺)は歩いてきた「散策路」です。なお、次の写真の上部中央に小さく写るのが先ほど見た標識であり、右手(写真では左)へ伸びる「散策路」は確かに途切れているように見えます。

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緩(ゆる)やかな坂道を上がると、木製の立派な門がありました。

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「本丸広場」の入口です。

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門を潜(くぐ)ると「小机城址」と刻(きざ)まれた石柱が立っていました。

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「本丸」の立て看板にはその役割とが説明されています。ただし、現在地が「本丸」とは断定できまいとここと。400年以上前に廃城になったため資料が残っていないのでしょう。

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「本丸広場」はそれほど広くはありません。右手と奥には土塁(どるい)と思われる小高い場所が続いています。

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そして右手前には「小机城」の案内看板が立っており、

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右半分にはその歴史が簡潔に説明されています。

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左側に描かれた「小机城想定図」も等高線まで入っており「城址内の配置」が見やすいものです。先ほどの「丁字路」で「空堀」に沿って進むと「二の丸」へ直接行けることが示されています。ただし、「空堀」内は通行できないようですが・・。

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地面に白色の茸(きのこ)を見つけました。

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「本丸広場」を散策するのは後にして、先に「二の丸広場」へ向かうことにしました。

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「土塁(どるい)」とその先にある「空堀」を越えるようです。

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ここにも「空堀」の説明看板があります。

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「空堀」を越えます。まず、右手です。

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こちらは左手です。

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反対側の「土塁」を上がりました。

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(続く)

2026年9月13日 (日)

横浜市港北区 小机城址市民の森(その1) 小机駅近くのコインパーキングから小机城址の根古谷広場へ

横浜市港北区小机町(こづくえちょう)にある「小机城址(じょうし) 市民の森」へ出掛けました。先日、横浜市旭区の「追分市民の森」を訪れましたが、「市民の森」繋(つな)がりの探訪(たんぼう)です。

                            ☆

実は、川崎市麻生区の「麻生ふるさと公園」のブログ記事(その7)で触れた「小机城」は、室町時代前半に関東管領(かんりょう)の上杉氏によって築かれたと伝えられます。なお、関東管領上杉氏(注釈:京都の公家出身)は、室町時代に鎌倉府(説明:鎌倉に置かれた地方行政機関) のトップである鎌倉公方(くぼう、説明:鎌倉府の長官)を補佐し、関東地方を広く支配した有力な武家一族です。

ですから、それよりも前の「新田義貞(にったよしさだ)による鎌倉攻め」の当時には「小机城」は存在していなかったとことになります。さらに、「小机城」は「新田勢」が進軍した「鎌倉街道上道(かみつみち)」沿いではなく、「鎌倉街道中道(なかつみち)」に近く、時代的・地理的に「鎌倉攻め」とは無関係なのです。

また、日本史において「小机の戦い」と言えば、応仁の乱(おうにんのらん)が収束(しゅうそく)に向かった1478年(文明10年)、お家騒動(おいえそうどう)と家督争(かとくあらそ)いによって起こった「長尾景春(ながおかげはる、説明:関東官僚上杉氏の有力家臣)の乱」を最終的に鎮(しず)めた「太田道灌(おおたどうかん)」が「小机城攻め」により落城させた戦いのことです。

                            ☆

神奈川県道13号線(横浜生田線)で「新横浜駅」へ向かう途中、「第三京浜の港北IC」の先で「鶴見川」に架かる「小机大橋」を渡り、「新横浜公園」に差し掛かる手前で右手に見える「小高い山(丘)」の上にあるのが「小机城址」です。

その少し先の「新横浜公園の脇」に出たところにある「多目的遊水地交差点」では、直進するのではなく、右折して「県道13号線」は続きます。なお、直進すると「横浜市都市計画道路新横浜元石川線」に入ります。つまり、元石川交差点-多目的遊水池交差点間は重複区間なのです。

「県道13号」は「小机駅東側交差点」で「県道12号(横浜上麻生線)」に行き当たりました。左折すると「県道13号」は「県道12号」の「重複区間」として「岸根交差点」まで続きます。今回はここで右折して「小机駅前交差点」を通過し、「小机辻交差点」を右折して、「JR横浜線の踏切」を北方向に渡った十字路の左手に目的地である「小机城址市民の森」があります。

しかし、「小机城址」には「専用駐車場」がありませんから、「小机駅」周辺のコインパーキングなどを利用することになります。筆者は県道12号線(横浜上麻生線)沿い(注釈:小机駅と小机辻交差点の中間)にある「タイムズ 小机町」(4台、30分220円)を利用するつもりでしたが生憎(あいにく)満車状態。

その場合に備えて調べておいた代案は、少し先(西方)へ向かった「第三京浜」の西側にある「タイムズ 小机町第2」(30分200円)です。ただし、「日産スタジアム」で試合や催(もよお)し物がある場合には駐車場が混雑しますからどのコインパーキングも要注意です。

なお、電車を利用する場合には、「JR横浜線小机駅」で下車、その北口を出て「日産スタジアム」とは反対方向(西)へ向かい、線路に近い市道を利用すれば徒歩約10分(距離約600m)で「小机城址市民の森」の「南側にある入口」に到着します。

「県道12号」の「小机辻交差点」の横断歩道から北にある住宅街に続く「狭い市道」を進むと、左手に「立派なお寺」がありました。「曹洞宗(そうとうしゅう) 金剛寺(こんごうじ)」です。室町時代の1540年に開創された歴史ある寺院であり、本尊は「薬師如来(やくしにょらい)」。

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なお、「曹洞宗」は道元禅師(どうげんぜんじ)が中国から伝えた仏教(禅宗)であり、大本山は福井県吉田郡永平寺町の「永平寺(えいへいじ)」と横浜市鶴見区の「総持寺(そうじじ)」です。筆者はいずれの寺院にも参拝したことがあります。

市道からも見える大きな仏像は「慈(いつく)しみ観音さま」とのこと。

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真っ直ぐな市道を北へ進み、

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「JR横浜線の城山踏切」を渡ります。

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「十字路」の角に「案内標識」を見つけました。

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それに従い左へ折れると、真っ直ぐな市道が西方へ続いていました。


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住宅の角にも「案内板」があります。

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そして、前方に「第三京浜」の高架が見えてきました。

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右手に入る道は行き止まりのようです。

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そのすぐ先(注釈十字路からは約150m)にある看板の上部に書かれた文字は薄れていますが、「小机城址」と書いてあるようです。それに従って矢印の方向(右手)へ入ります。

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緩(ゆる)やかな坂道が続いています。

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前方に階段が現(あらわ)れました。

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階段を上り切ると、

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「根古谷広場」に出ました。トイレと水飲み場がありました。

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奥にある「案内看板」には、地図付きで「小机城址 市民の森」の概要が書かれていました。簡潔で分かり易(やす)い説明です。

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『小机城址 市民の森は、小机城の跡地にある市民の森です。この森は本丸と二の丸などがほぼ原型で残されている小高い丘の上にあり、足を一歩踏み入れると、見事な竹林が目に入ってきます。』 (出典:横浜市市民の森ガイドマップ)

さらに「竹林」沿いに続く坂道を上がると、

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ここで来し方(こしかた)を振り返ってみました。

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上り坂はまだ続くようです。

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(続く)

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