日記・コラム・つぶやき

2026年4月12日 (日)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その6)岐阜公園の織田信長居館跡(後編)

「信長公以前の居館 ー斎藤氏の時代ー」の説明パネルには『柵の下に見えるのは巨石列通路の下層から見つかった石積の穴と階段です。1567(永禄10)年の信長入城以前、ここには斎藤道三(どうさん)、義龍(よしたつ)、龍興(たつおき)の居城がありました。(以下略)』とあります。

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前方に石垣や石積みが横に長く広がっています。

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「庭園跡と金箔飾り瓦」の説明看板

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「金箔瓦の建物は濃姫のお屋敷か!?」と「第6の庭園跡が見つかる!」の説明看板も・・。

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「居館跡」の敷地は「三重塔方面」へと広がっています。

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「岐阜城」がメタバース(仮想空間)に甦(よみがえ)りました。

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「岐阜城今昔VR」

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朱塗りの橋を渡って、さらに先へ行けるようです。

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小さな滝から清水が流れ落ちています。

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前方に石段が現れました。

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三重の塔」へ上がれるようです。

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左下に人だかりがありました。

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「ロープウェイ」が上空を通過して、前方にある「ロープウェイの山麓(さんろく)駅」へ向かって下りて行きます。

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下のエリアに下りてみました。よく見ると緑色の規制バーに沿って人の列ができています。

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その列は「ロープウェイの山麓駅」まで続いていました。

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同行者は人の長い列に並びたくないようですから、先を急ぐことにしました。

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(続く)

2026年4月11日 (土)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その5)岐阜公園の織田信長居館跡(前編)

女神の噴水」は「岐阜公園」におけるランドマーク(目印)のようです。

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その横には手前の小さめの洋館があり、奥には大きな洋館が並んでいます。どちらかが「岐阜市歴史博物館」でしょう。

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奥の洋館は入口が閉鎖されているようです。

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手前の方には「名和昆虫博物館」の名称とともに昆虫をあしらった看板があります。

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さらに先には「名和昆虫研究所」の表示がある建物が・・。

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ちょうど通りかかった制服を着た方に「岐阜市歴史博物館」について訊(たず)ねると、『大きな洋館である「岐阜歴史博物館」は改修のため現在は閉館している』と教えてくださいました。残念!

元来た広い道に戻ったところで大発見です! 「日本遺産・信長居館 発掘調査案内所」の幟(のぼり)を見つけたのです。先ほど「女神の噴水」へ向かった時には、裏側が見えていた幟に気づけなかったのです。粘り勝ちのようです。

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しかし、案内所らしき建物は見当たりません。

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「来園者休憩所」の案内板に従うことにすると、和風建築の建物内に『日本遺産・信長居館発掘調査案内所」の垂れ幕を発見しました。ついに辿(たど)り着いたのです。

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中へ入ってみると、「張りぼて」で作られた大きな模型がありました。赤地に白抜きで「現在位置」と表示されたすぐ先に「織田信長居館跡」の表示を見つけました。それは「ロープウェイ乗り場(山麓駅)」のすぐ近くのようです。

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壁際に吊るされた「垂(た)れ幕」には「岐阜城山麓の館」の説明が・・。

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そして、その「復元イメージ模型」も置かれていました。

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案内所内では発掘結果について説明するビデオが流されていましたから、しばらく観ることにしました。

しかし、別の「垂れ幕」には山頂付近にいくつもの館があったことが図解されていることに気づきました。今回、発掘現場を見学したかったのはこちらの方なのです。

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そこで係員の方に訊(たず)ねました。しかし、『山頂付近で発掘された遺構(いこう)は埋め戻されており、今はもう発掘時の様子を見ることはできない』との説明がありました。残念です! 「国史跡 岐阜城跡」の詳細な説明があるパンフレットを頂きました。

往生際(おうじょうぎわ)の悪い筆者は山麓(さんろく)の「織田信長居館跡」を見学することにしました。道案内に従って進むと、長い石段の右手に銅像がありました。

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その脇にある「板垣退助遭難の地」の案内看板には、『この近くの場所で暴漢に襲われた』との説明があります。(詳細は省略)

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長い石段を上がりました。

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長い石段を上り切ったところにある木製のシンプルな「冠木門(かぶきもん)」の右脇には「織田信長居館跡」と刻まれた石柱と「居館の入口」の案内パネルがあります。なお、入口の前で説明を聞く人たちは観光客のようです。

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「冠木門」を入った所には「国史跡岐阜城跡」の大きな説明看板が・・。

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その中央にある写真を拡大して撮影しました。

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こちらは右端の部分です。

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(続く)

2026年4月10日 (金)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その4)岐阜公園へ

岐阜市の中心部からやや北東方向に位置する「岐阜公園」へ向かいました。市中の混雑をさけるため、一旦は「長良川」沿いの道に出ました。途中、「金華山」と「岐阜城」が良く見える場所を通過します。

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手前にある"nagaragawa Flavor"(ナガラガワフレーバー)は 長良川近くにある工芸とカフェが一体になったスペースとして観光マップなどに掲載されているスポットで、後に訪れる「河原町エリア」とともに散策しながら立ち寄れる場所です。

前方に「長良橋南交差点」と「岐阜公園正門」が見えて来ました。

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ここからは「金華山山頂」に聳(そび)える「岐阜城」がかなり近く見えます。

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車を停める予定である「岐阜公園第一駐車場」は、「長良橋南交差点」を左折して「長良橋通り」へ入り、少し北上して脇道に入り、「長良川縁」で「長良橋通り」の下を潜る必要がありました。駐車場の入口付近は車で埋まっており、奥(西方)へ進み、「長良橋通り」の下を潜る必要がありました。

余談ですが、岐阜市内の長良川には「コンクリート製の防水壁」が設けられて、「長良川の水位」が上がった時には市中側と河川敷側を行き来する通路が木製の扉で閉じる仕組みがあり、被害を最小限に留める工夫が施されています。

車を停めた河川敷側にある駐車エリアから階段を上がり、「長良川南交差点」を斜め方向に横断して、階段で高くなった場所にある門へ向かいます。

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正門の右手前に弓を構える武者姿の騎馬像がありました。

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その台には「若き日の織田信長」と刻まれています。

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正門を入った右手に「岐阜公園の案内地図」がありました。なお、現在地は中央のやや右よりで、岐阜城・7織田信長公居館・神社仏閣・博物館・美術館・ロープウエイ乗り場などの場所が示されています。

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「クア(健康)の道」として「金華山・長良川・岐阜公園コース」と「主要施設」を案内する看板も・・。

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そして、左手に「岐阜公園総合案内所」(無料休憩所)がありました。

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館内に入ると「大きな地形模型」が目を惹(ひ)きました。山腹に「ロープウエイの山麓駅」と「三重の塔」を確認でき、山頂近くにも建物があるように見えますから、「岐阜公園」とその周辺を再現したもののようです。そして、手前(提外)の町並みは「河原町エリア」でしょう。

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奥には「イートインコーナー」が・・。

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そして、右手には「まちなか案内所」も。

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筆者が立ち寄った目的は、『織田信長館跡の発掘現場について尋(たず)ねる』ことでした。係員さんからは『「岐阜市歴史博物館」で聞いてほしい』との答えが・・。先ほど見た「案内地図」によれば、「歴史博物館」は「岐阜公園」の南寄りにあるようです。

ほぼ一本道ですから、「歴史博物館」へは歩いて向かうことにしました。

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途中、左手の広場で「猿回しのショー」が開催されているのが見えました。

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右手には比較的に新しい建物の店舗があり、

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その先では両側にも・・。

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さらに先には苔(こけ)がむすエリアへの入口がありました。

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その近くで地図を見つけました。この先の「女神の噴水」がある広場に面した場所に「岐阜市歴史博物館」はあるようです。

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女神の噴水」です。その奥に立派な建物が・・。

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(続く)

2026年4月 9日 (木)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その3)岐阜市内のホテルに宿泊

「遠州森町PA」を出発。「浜松SA」を経由して「豊田JCT」で入った「東名高速道路」、そして「名神高速道路」と「東海北陸自動車道」を順調に走行して「岐阜各務ヶ原IC」から岐阜市内へ入る状況は「前回のドライブ」と同様に順調でしたから、ここでは省略します。

午後5時ころ、岐阜市の中心部にあるホテルへ到着しました。雨が降り続いていましたから、ホテルの地下駐車場から1階のエントランス・ホールに出ました。

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受付カウンターでチェックイン

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筆者たちの客室は7階にありました。

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なお、この日は「新東名高速道路」の「藤枝岡部ー島田金谷間」で工事渋滞があり、愛知県から岐阜県に入るころから雨天になりましたが、概ね順調なドライブができました。翌日はきっと好天になってくれるはずだと思いながら早めに就寝しました。

                             ☆

ゆっくり起きた翌朝は、午前8時ころに朝食を摂るため11階にある「スカイレストラン ボン・ルパ(bon-repas)へ向かいました。なお、朝食は宿泊料金に含まれています。ちなみに、"bon-repasu"はフランス語で「良い食事を!」を意味することばです。日本で良く知られるフランス語である"bon appetit"(ボナペティ)と同じ意味です。

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窓際の席へ案内されました。

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「スカイレストラン」と言うだけあって、窓越しの景色が楽しめます。

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ここで、筆者は好きな音楽グループ「ハイ・ファイ・セット」(2013年4月のブログ記事2013年6月のブログ記事2014年6月のブログ記事)のヒット曲「スカイレストラン」(1975年)を思い出しました。都会女性の感傷的な想いを歌ったこの曲は爽(さわ)やかな朝には場違いですが・・。

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テーブルに置かれた「朝食セット・メニューの説明書き」には筆者の好きな「飛騨郷土料理の朴葉(ほうば)みそ」「清流長良川の鮎(あゆ)」「飛騨郷土料理にたくもじ(説明:煮た漬物)」「飛騨郷土料理こも(説明:藁を編んで作ったむしろで包み煮た)豆腐」「飛騨郷土料理赤かぶ漬け」「岐阜の名品明宝ハム」「長良川伏流水の湯葉」などが・・。

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折詰で提供されました。

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「朴葉みそ」は「朴葉の上に味噌と飛騨牛」が載(の)っています。

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温(あたた)めるために使われる小さな焜炉(こんろ)には草書体で何やら書かれていますが・・。

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「サラダ」は陶器の皿に盛られています。なお、白いご飯・味噌汁・飲み物はセルフサービスです。

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寒さが厳しく食材も凍るとされる飛騨地方を発祥の地とする「朴葉みそ」は囲炉裏(いろり)の火で朴葉に載せた漬物や味噌などを温めて食べたと伝えられるそうです。他の料理を摘(つ)まみながら出来上がるのを待ちました。

「サラダ」が苦手な筆者は同行者に少し助けてもらいましたが、その他は完食することができました。ご馳走様!

部屋へ戻って小休止した後、午前9時30分頃に「ホテル・グランヴェール岐山」をチェックアウト。昨日、到着した時には雨模様でしたからホテルの外観を眺(なが)めることができませんでしたから、地下駐車場から表の道へ車を出した時にホテルのエントランス付近とオーバル(楕円形)の筒状をした外観を写真撮影しました。

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最上階(11階)は朝食を摂(と)った「スカイレストラン」と「スカイラウンジ・エスペラート(esperanto、意味:世界共通語を目指して造られた言語名)」があります。

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すぐ目の前に”Star Place Yanagase”(スター・プレイス・柳ヶ瀬)の看板(ネオンサイン)を見つけました。

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岐阜はもちろん、東海地方を代表する繁華街・歓楽街である「柳瀬通り」の西半分である「西柳ヶ瀬商店街」の愛称のようです。つまり、美川憲一さんが歌って大くヒットした「柳ヶ瀬ブルース」(1966年/昭和41年に発売されたムード歌謡)の舞台なのです。

午後の予定までにはまだ3時間ほどありますから、訪れて見たかった観光地を巡る(めぐ)ことにしました。(続く)

2026年4月 8日 (水)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その2)島田金谷ICから遠州森町PAへ

渋滞の最後尾に付きました。

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本線が右手に大きくカーブしていることで、かなり前方から渋滞が続いていることが分かります。

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左側のフェンス脇には『1000m先で工事が行われている』ことを示す標識が立てられています。

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筆者たちが走行する追い越し車線は『1㎞先で規制されている』ことを示す標識が本線右側の路肩にありました。『中央の走行車線もその先で規制されるようです。

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少し先にも同じ内容の立て看板がもう一つありました。ここで雨粒がインドシールド(windshield、なおフロントガラスは和製英語)に付き始めました。

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『左側の車線へ移るようと促(うなが)す矢印』がいくつも並び始めました。

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「一際大きな矢印」が現れた地点で、前を走行する車が車線を変更し始めましたので、筆者も追従することに・・。

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「車線の変更」を完了。

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大きな電光表示板を荷台に搭載した黄色い工事用車両が本線の右端に停車しています。

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左端の走行車線へ移ったタイミングで、また雨粒が・・。

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車列が進む速度が少し上がったようで、前の車との車間距離が長くなり始めました。そして、前方にはトンネルの入口と「注意報らしき電光表」示が見えます。

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なお、「粟ヶ岳トンネル」(長さ4,662m)の中も車線規制が行われていましたが、通常走行には支障ありませんでした。

15㎞ほど先にある「遠州森町PA」(説明:東名川崎ICからの距離は190㎞余り)で昼食を兼ねて休憩することにしました。感の良い方は名前をみて気がつくかも知れませんが、ここは森町は浪曲や講談のヒーローである「森の石松」の出身地とされているようです。

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駐車場の4か所あるエリアの混雑状態はマチマチであることが表示されています。もちろん、空いている奥から2番目のエリアに車を停めることにします。

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駐車場が広くないことから、これまで2-3度立ち寄ったことがあるだけです。

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通路の正面に売店やイートイン・コーナーがあります。

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イートインにある店舗のメニューです。

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筆者は「遠州製麺所」の「とろろ蕎麦」(1,050円)を選びました。

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同行者は「森町茶屋」へ向かいました。

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そして、テーブルに持ち帰ったのは「黄な粉を塗(まぶ)したバニラソフト」(500円)でした。

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一口だけ「お裾分け」を貰いましたから、「とろろ蕎麦」を二人でシェアすることに・・。なお、食べ終わってから気づいたことは、「とろろ蕎麦」の写真を撮影を失念したことです。同行者の行動に気を取られて・・。上に掲載したメニューの写真をご覧ください。(続く)

2026年4月 7日 (火)

6日後にも岐阜市へ向かいました!(その1)東名川崎ICから島田金谷ICへ

前回から日を置かずに岐阜市へ再び行くことになりました。

東名川崎IC」の入口にはある「電光案内表示板」には前回のような「東名高速(下り線)」についての表示はありませんから、安心して「東名川崎IC」から本線に入りました。

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前回とは打って変わり、本線は順調に流れています。

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しかし、突然『藤枝岡部ー島田金谷 工事渋滞 5㎞ 40分』の表示が・・。

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「駐車場案内」に『乗用車〇 トラック△ 大型バス〇』とあるのはすぐ先にある「港北PA(下り線)」で大型トラックの休憩所になっている場所です。

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正面に背の高いビルが見えて来ました。「厚木アクストメントタワー」(高さ約117mのオフィスビル)は「厚木IC」の目印です。その先には「丹沢大山」(標高1,252m)の優美な姿も・・。

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本線左端にある「案内標識」には『中井PA・鮎沢PA・足柄SAとも駐車場が空きがある」ことが表示されています。

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大きな吊り橋が見えて来ました。「東名高速(上り線)」の「東名足柄」(全長370m/最大支間長185m/主塔高81.75mの斜張橋)であり、「上り線」と「下り線」が立体交差する珍しい場所の一つなのです。

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余談ですが、曲りくねり・アップダウンの多い片側2車線の「東名高速道路・山北エリア」における混雑を解消するために「上り線専用の道路と橋」が1991年に建設されました。「東名高速道路:が全線開通した1969年の22年後のことです。

「下り線」の「右回りルート」(注釈:筆者が走行)と「左回りルート」とが合流する地点付近を走行中、急に小雨が降り始めました。

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これも余談ですが、「右回りルート」とは上記の大工事が完了するまで「上り線」であったものの進行方向を逆転させて利用しているのです。

「東名高速道路の足柄SA・駒門PA」と「新東名高速道路の駿河湾沼津SA」はいずれも小型・大型の駐車場に空きがあるようです。

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御殿場JCT」で「新東名高速道路」に入りました。

『藤枝岡部ー島田金谷 工事渋滞 5㎞ 25分』の表示内容は30分前に較べれば通過所用時間がやや短縮されましたが・・。

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雨足が少しだけ強くなってきました。

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『新富士ー新清水 故障車有注意』と『藤枝岡部ー島田金谷 渋滞7km 30分』が表示されています。

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渋滞情報は先ほどと同じ内容です。

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「東名名古屋IC」までは177㎞、140分とありますから、ほぼ通常通りと言えるでしょう。シャッターを押したタイミングでワイパーが・・。

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渋滞情報に『新城-岡崎東 事故渋滞 1㎞ 10分』が加わりました。

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『清水エリアに雨走行注意の警報』が出されています。

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『新静岡 6㎞ 5分』の案内情報が出たところで、「伊佐布(いさぶ)トンネル」(長さ2,149m)に入ります。

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『名古屋 163㎞ 140分』の案内表示を見ながら順調に走行しています。

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『2キロ先 渋滞 現在5㎞ 25分』の表示がありますから、いよいよ渋滞地点に近づいたようです。

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路肩に「警報表示板」を載せた黄色い車が停まっています。

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渋滞の最後尾はまだ見えませんが、何やら不穏な雰囲気が・・。(続く)

2026年3月30日 (月)

岐阜市までを往復する高速道路ドライブ

三月最後の日曜日(3/29)に急用があり、急遽 午前10時頃「東名川崎IC」から東名高速道路に入って西方へ向かいました。ICの入口脇に立つ案内電子版に表示された『横浜町田IC綾瀬SIC、渋滞7㎞、所用時間1時間10分』の内容(警告?)が気になりますが・・。

横浜青葉IC」を過ぎると渋滞の最後尾に到達して一時停止。通り過ぎたばかりの「横浜青葉IC」で下道(国道246号)に出るべきだったかとの疑問が浮かびましたが、もう手遅れです。「横浜町田IC」の先で車両事故が発生したようで、ノロノロ運転が1時間余り続いて「横浜町田IC」を通過。しかし、事故現場は確認できませんでした。

その後、少しづつ車列が流れ始め、満車状態の「海老名SA」あたりから50-60㎞/hへとスピードが上がりました。そして、ほぼ正常に流れ始めた「厚木IC」と「秦野中井IC]を過ぎた「中井PA」で休憩することを考えましたが、「海老名SA」に続いて、ここも満車状態であるため通過。

御殿場JCT」で「新東名高速道路」に入ったあとは通常の走行モード(時速120㎞)で時間の遅れをとり戻し、午後1時30分頃(説明:東名川崎ICからの所要時間は3時間半、通常は2時間45分)に到着した「浜松SA」で昼食を兼ねた休憩を取ることにしました。

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何度も見たことがある「颯遥(はやてはるか)」像が出迎えてくれました。

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「NEOPASA浜松」に入ります。

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なお、その前に拡がる駐車場はほぼ満車状態です。

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館内に入ると新しく設置されたと思われる巨大なメニュー・パネル(写真付き)が目を惹(ひ)きます。

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ザッと眺(なが)めた後、メニュー・パネルの左端に紹介された「遠州濱乃屋」へ向かうことにしました。

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筆者は「おすすめ」の表示がある静岡県産「釜揚げしらすと桜海老丼」(1,529円)に決めました。同行者には「静岡バラちらし丼」(1,419円)が良いのではないかと思いましたが・・。

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同行者は長考した末、意外なことに静岡県産「まぐろの漬け丼」(1,749円)に決めたため、一人遅れて注文することになりました。

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筆者に手渡された「呼び出しブザー」が約10分後に鳴り、店の窓口で料理が載ったトレイを受け取りました。「釜揚げしらす丼」には「あおさの赤だし」が付いています。

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筆者のトレイに置いたお箸(はし)などの向きを同行者に注意されました。ドンマイ・・。説明:昭和時代の和製英語(Don't mind.に由来)、意味は「気にするな!」

数分後に同行者の「呼び出しブザー」も鳴り、同行者はいそいそと受け取りに向かいます。そして、筆者が写真撮をしようとした時にはもう食べ始めていました。トホホ!

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食べ終えて館外へ出ると、予想した通りに同行者はデザートとして「風の牧場てんてん」の「ソフトクリーム」を求めています。

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駐車場の端に立つ「遠江八景」(遠江/とうとうみの風光明媚/ふうこうめいびな場所)案内パネルを見かけました。

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写真では読み取りにくいと思いますので、以下に詳しく説明します。

「①舘山(たてやま)の秋月(しゅうげつ)」(説明:浜松市の夜景スポット、千葉県の館山とは漢字が異なる)

「②細江帰帆(ほそえのきはん)」(古くから舟の航行に利用されたみおつきし/澪標が残る浜松市北区細江町にある場所で万葉集にも読まれている)

「③寸座落雁(すんざらくがん)」(浜松市浜名区細江町毛賀に位置するマリーナでヤシ/椰子の群生と雁/がんの組み合わせが独特)

「④瀬戸夜雨(せとのやう)」(猪鼻湖から浜名湖へとつながる瀬戸に降る夜の雨の情景)

「⑤潮見晴嵐(しおみせいらん)」(東海道を旅する人が初めて海を見る場所/湖西市白須賀宿で、織田信長も茶会を開いたとされる)

「⑥浜名暮雪(はまなのぼせつ)」(雪が少ない遠江地方で珍しい雪景色が特徴)

「⑦弁天夕照(べんてんのせきしょう)」(弁天島で夕日が鳥居の真ん中に沈む時期がある)

「⑧五山晩鐘(ござんのばんしょう)」(中国明朝様式の仏殿がある初山宝林寺の鐘の響きが特徴、五山とは大福寺・摩訶耶寺・方広寺・龍潭寺・初山宝林寺を指す)

その周辺はすっかり春の景色になっています。

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遅めの昼食に満足して午後2時20分頃出発。前方の山並みには巨大な風力発電施設(風車)が林立しています。

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「東名高速道路」へ接続する「浜松いなさJCT」の案内図の下を通過して、

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三岳山トンネル」(下り方向3,262m)に入ります。

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さらに「豊田JCT」で「東名高速道路」に入り、「小牧IC」で「名神高速道路」へ移り、「一宮JCT」で「東海北陸自動車道」に逸(そ)れました。そして、15㎞ほど北に位置する「岐阜各務ヶ原(かがみがはら)IC」を出て、午後4時ごろ岐阜市の目的地に到着。走行距離は約380㎞、走行時間は約6時間。遠くには「金華山山頂の岐阜城」を望むことができました。

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所用を済ませた午後5時過ぎに喫茶店「ビリオン珈琲一色店」で関係者と休憩することに・・。

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四方山(よもやま)話に花が咲き、気がつけば2時間近くが経過していました。ちなみに、喫茶店が多い都道府県は大阪府、次いで愛知県(注釈:筆者が好きな「コメダ珈琲」の発祥地)ですが、ここ岐阜県は1世帯当たりの喫茶代が4年連続で日本一(注釈:2024年現在)です。お喋(しゃべ)りが好き、あるいは暇(ひま)な人が多い!?

外がすっかり暗くなった午後7時少し前、自宅へ向かうことにしました。駐車場から先ほど見た「岐阜城」(説明:山頂部)が光のスポットとして確認できました。

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復路のルートは往路とまったく同じですが、最初の休憩地は「新東名高速道路」の「岡崎SA」に決めていました。

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立ち寄った理由は筆者の大好きな「五平餅(ごへいもち)」を求めるためです。

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筆者はこの店の「五平餅」が一番美味しいと思うのです。

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同行者の関心事は「奥三河鶏」にあるようです。

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なかでも骨がない「愛情焼き」(900円)を自宅へのお土産にするために迷わず2個も購入。

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客で混雑する施設内では落ち着きませんので、車に戻って「五平餅」を食べることにしました。なお、同行者は自販機で飲み物を求めています。

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車内では、駐車場の照明に照らされた「五平餅」が摩訶不思議(まかふしぎ)な光を放ちます。筆者はそれを気にも留めずに同行者とシェアして美味しく完食しました。

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「新東名高速道路」の上り線を快調に走り、約170㎞先にある「駿河湾沼津SA」で休憩する予定で入りましたが、大型トラックで溢(あふ)れる広い駐車場には小型車向けの空きスペースを見つけられません。急遽(きゅうきょ)、次の「足柄(あしがら)SA」に変更。

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「足柄SA」においても駐車場は大型トラックで溢(あふ)れています。「EXPASA足柄」の建物からかなり離れた場所ですが、何とか車を停めることができました。

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なお、約2時間半前に「新東名高速道路」の「岡崎SA」を出発した時には『御殿場ー大井松田 渋滞120分』との注意警報が表示されていましたが、「東名高速道路の足柄SA」を出る頃には『渋滞 1㎞ 5分』へと表示内容が変わっていました。

このためか、「秦野中井IC」を過ぎるまでの上り車線はかなり混雑していましたが、「厚木IC」付近でほぼ通常状態に戻った「東名高速道路」を何とか走り切り、何ごともなく「東名川崎IC」を出ることができました。

日帰りの長距離ドライブ(往復)で少なくなったガソリンを「東名川崎IC」近くのガソリン・スタンドで補給。日が変わる15分ほど前(説明:岐阜市を出発した5時間後)には自宅へ戻ることができました。なお、この日の走行距離は約730㎞、燃費は24.1km/ℓと良好です。◇

2026年3月26日 (木)

確定申告で還付金が支給されました!

確定申告の受付が始まった日(2月16日)に提出した申告書の内容がそのまま認められたとの通知書が数日前に届きました。そこには319日から還付手続きが開始されると記載されています。今回は社会保険料(説明:5種類の公的な保険料の総称)などを漏らさず申告したことで、例年以上の還付金額になったようです。

また、例年通りに株式の売却利益(源泉徴収扱い)など年金以外の所得も漏らさず申告したことで申告所得額が増えたことも還付金が増える要因になったようです。つまり、筆者は所得税の還付金を最大化することを再優先にして申請したのです。

しかし、その考え方に従ってこれまで確定申告を続けたことで住民税額もかなり跳ね上がっていることを確定申告書を今回提出した後になって気になり始めました。住民税額は申告した課税所得額に比例(10%)して決まることに遅蒔(おそま)きながら気がついたのです。

大まかに整理すると、所得税率は課税所得(説明:収入ー経費ー所得控除)が330万円未満が10%、それ以上で695万円未満が20%と大きなステップで税率が切替わります。しかし、住民税は均等割(説明:約5000円と一定)+所得割(説明:課税所得の10%と定率)であり、社会保険料は課税所得に応じて細かく増加するという違いがあるのです。

初歩的な「考え間違い(思い込み)」をしていたようです。次回(来年)は住民税を考慮した申告内容にしたいと思います。

自ら行う確定申告における課題(つまり楽しみ)は尽きません。◇

2026年3月17日 (火)

新一年生がわが家へ来訪してくれました!

この4月に小学校の一年生になる最年少の孫が父親と一緒にわが家へ来てくれました。遠隔地に住むため会えるのは年に一二度です。

事前に得た情報によると、「マクドナルド」の「ハッピーセット」(説明:フライドポテトとチキンナゲットにおまけのプレゼントが付く)がお気に入りとのことで、早速 近くの「マクドナルド店」へ出掛けました。昨年の後半に店舗が全面的にリニューアルされたことで外観は真新しく、ドライブスルー・サービスが中心の店に生まれ変わったようです。

注文のためのレーンは2列ありますが、筆者は空いている左側のレーンではなく、注文中の車の後ろに付けてしまいました。

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今回、注文した内容は心積もりしていた「ハッピーセット」(570円)、「マックフライポテト(L)」(250円)、「ハンバーガー」(190円)、「チーズバーガー」(190円)です。

大きく回り込んだ所にある次の窓口で料金1,270円を支払いました。

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商品を受け取るのは次の3番または4番窓口です。

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自宅に戻ると、同居者が昼食用の料理を準備していてくれました。なお、奥の方に見える茶色い縦長のものは9年前にビルマ(現ミャンマー)で土産物として購入したお坊さんの弁当箱(ミニチュア版)です。

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「マクドナルド」で購入したメニューもテーブル上に並べました。

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食事の後は、筆者と同居者からの「お祝い」を渡すと、孫は大喜びしてくれました。熨斗袋(のしぶくろ)の中から出てきたお札が珍しいようで、繁繁(しげしげ)と眺(なが)めながら、表示された数字(金額)に興味を持って”ゼロ”の数を数えています。そのお父さんから、お札の偽造防止用機能である「透かし(すき入れ)」や「3Dホログラム」などの説明を受けると、さらに興味津々。

中でも、非常に小さな文字(マイクロ文字)で印刷された"NIPPON GINNKO"を探すことをゲームのように楽しみ始めました。視力が良い6歳ですから小さな文字を難なく見つけられるようです。大人には難しいことですが・・。ネット検索で調べたお父さんにお札上の場所を教えられながら、次々に見つけて大喜び! 表裏に各3か所ほどあるようです。興味が有る方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか?

楽しい遊びの後は持参した真新しいランドセルを見せてくれました。孫が自分で選んだ「お気に入り」なのだそうです。その中へ「お祝い」の「熨斗袋」を慎重に入れてから、何度もお札の存在を確認した上で、ランドセルを閉じました。孫との楽しい約2時間はあっと言う間に過ぎてしまいました。再会を約束した後は、お父さんの運転する車に乗ってお自宅へ向かいました。◇

2026年3月 3日 (火)

今年6月にはプリウスの8回目の車検が待っています!

現在、筆者が乗っている車「プリウス」(2011年製の3代目前期)は今年6月に満15年を迎えます。前車の「4代目カムリ」(1994年製2.0L直列4気筒ツインカム)が15年を過ぎて走行距離が14kmを超えたところで重大な不具合が発生したため買い替える必要が生じたのです。ちなみに、その不具合とは電気系統の漏電によるバッテリー上がりが頻発(ひんぱつ)したことです。修理は可能であると思われましたが・・。

丁度その時、筆者は2年前に発売された3代目プリウスに興味を持っていましたから、2月下旬にディーラーへ出向いて試乗した上で直ちに契約しました。なお、納車は1か月後の3月下旬の予定であり、自動車税が切り替わるタイミングでもありました。しかし、311日に「東日本大震災」が発生したことで、納車は数か月遅れることに!

納車まではカムリのバッテリー上がりを防ぐ暫定的な手立てを講じました。降車する時に必ず該当回路のヒューズを取り外すという前近代的な方法です。なお、新年度の自動車税はディーラーが負担してくれることになりました。

2011年6月に納車された「3代目(前期)プリウス」(1.8Lハイブリッド車)は人気通りに完成度が高いものでした。

Evolution_03_main_visual_pc出展:トヨタ自動車 公式企業サイト

長年(15年近く)にわたり、これと言った不具合や故障が無く、走行距離は133,000kmを超えた現在も快適に乗っています。ただし、同居者の運転時に発生した前後バンパーの損傷回数は数え切れませんが、全て筆者の自動車保険(車両保険)でカバー。

さらに言えば、筆者の運転時に発生した車体の損傷も2件ありました。1件は「遠出ドライブ」をした時にコインパーキングの精算機下部のコンクリート基台に車体サイドを軽く擦(こす)ったことによる車体下部の擦(す)り傷です。塗装修復(約3万円)のみでしたから自己負担にしました。

もう1件は信号待ち時に後ろから追突される事故に逢(あ)ったことです。これは相手の自動車保険で修理することに。後部バンパーが強く押されて車体のフレームに食い込んだため、引き出して調整する必要がありました。バンパーの機能が正常に働いたとも言えますが、この変形により本体のフレームに歪みが発生していないか気になりましたが・・。

10年を過ぎると、車検時はもちろん、定期点検時にもディーラーの担当者から買い替えを勧められました。しかし、車を大事に乗ることをモットーにしている筆者は『15年を乗り換えの目安』 にしているのです。そして、「プリウス」が今年6月にその満15年を迎えますが、幸いなことに筆者の「プリウス」にはこれと言った不具合はないのです。

敢(あ)えて言えば、新車購入時にディーラー・オプションで付けた「後退時に左側ドアミラーが自動的に下方向を向く機能」に不満があります。この機能は正常に作動するのですが、後日乗車して車の主電源スイッチを押すと、以前に設定したノーマル状態のミラー角度から大きく変わっていることが時々あることです。その時には面倒ですが、その都度スイッチを押して左ドアミラーの上下方向(角度)を調整しています。

ディーラーの担当者からは『ディーラー・オプションなので改善できない!』 との迷言(昭和時代の戯言か?)が返ってきました。筆者が唯一納得していない不治(ふじ)の問題点(ソフトウエアの不具合が原因?)なのです。

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あれこれ書きましたが、いよいよ3か月後への対応策です。

それは、『今年6月に8回目の車検を予定通りに受けてから、時間をかけて買い替えの時期(タイミング)を考える』ことにしたのです。つまり、15年を越えてもこのまま乗り続けるのです。

理由の一つ目は、トヨタ車の新車納期が最近は半年から1年以上と長くなっていることです。中には「受注を中止」している車種さえあるようです。したがい、今すぐ買い替えたいと思ったとしても、それが叶(かな)わない状況にあるのです。

二つ目は、新車で購入した後は6か月ごとのディーラー点検を欠かさず、プリウスの主要機能(説明:エンジン・操舵機能・トランスミッション・駆動用ニッケル水素電池はいずれも問題なし)を絶えず良好に保っていることです。つまり、現在も問題がまったく無いのです。

なお、ハイブリッド車の寿命に大きく影響すると言われる部品が「駆動用バッテリー」です。3代目モデルに採用された「ニッケル水素電池」はより高性能である「リチウムイオン電池」よりコスト・安定性・安全性において勝っており、ハイブリッド車には適していると考えられるようです。説明:筆者が家庭用二次電池として長年愛用している"Eneloop"も同じ「ニッケル水素電池」

ただし、年数が10年以上、走行距離が15万㎞前後になると(注釈:おおよその目安としてですが)劣化したことを示す「ハイブリッド・システム警告灯」が点灯する可能性があるそうです。その場合には劣化したと考えられる「駆動用バッテリー」をディーラーなどで点検してもらい、必要であれば交換する(費用:15₋20万円)ことになります。

なお、「駆動用バッテリーの劣化」であれば直ちに運転ができなくなる分けではありませんが、「駆動用モーター」や「ハイブリッドコントロールユニット」などの不具合であることも考えられますから、不用意な自己判断で放置することは禁物です。

ここまで書き進んでから、一番重要なことを失念していることに気づきました。それは筆者が「3代目プリウス」の後継にしたい車を見つける(決める)ことが「先決(せんけつ)」だったのです。これは楽しい悩みですが!

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