映画・テレビ

2020年9月24日 (木)

古いイタリア映画「道」を観る

NHK BSプレミアムで917日に放送された1954年(昭和29年)製作の古いモノクロのイタリア映画「道」(原題:La Strada、注釈:邦題と同じ意味)を観ました。監督は「映像の魔術師」の異名を持つイタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ。主演はメキシコ生まれでアメリカ人俳優アンソニー・クインとイタリアの女優ジュリエッタ・マシーナ。

『怪力自慢の大道芸人ザンパノが、白痴の女ジェルソミーナを奴隷として買った。男の粗暴な振る舞いにも逆らわず、彼女は一緒に旅回りを続ける。やがて、彼女を捨てたザンパノは、ある町で彼女の口ずさんでいた歌を耳にする……。野卑な男が、僅かに残っていた人間性を蘇らせるまでを描いたフェリーニの作品。』(出典:all cinema

映画を観ながら書いたあらすじは以下の通りです。

貧しい家庭に生まれた知恵遅れの女性ジェルソミーナは口減らしのため大道芸人のザンパノに僅かなお金で売られて、一緒に旅に出ました。大男で怪力のザンパノは胸に巻いた鎖を胸筋で引きちぎる曲芸を得意としています。一方、ジェルソミーナは教えられるまま道化役で客の関心を惹(ひ)きます。二人は順調に町から町へと旅をしますが、女好きのザンパノはジェルソミーナを一人残して女と出かけたりしてジェルソミーナを寂(さび)しくさせます。

『自分にしたことをあの女性にもしたの?』 と言うジェルソミーナの言葉をザンパノは無視します。耐えられなくなったジェルソミーナはザンパノと別れて故郷に帰ることを決心し、貰った服と靴を返して、徒歩で故郷を目指しました。後を追ってきたザンパノに連れ戻される形で二人の旅がまた始まりました。ザンパノはサーカスの興行師と組んで一座に参加しましたが、トラブルを起こして警察に捕まってしまいます。サーカスの座員はジェルソミーナにザンパノと別れて一座に同行するように勧めましたが、ジェルソミーナはザンパノを見捨てることができません。

ジェルソミーナに親切にした男性との関係を邪推(じゃすい)したザンパノはその男を暴行して死なせてしまいます。ザンパノはその死体を隠して旅を続けました。二人の逃避行のような旅が始まったのです。『ザンパノと一緒に居られるのは自分だけだ』 と言うジェルソミーナの優しさに対して、ザンパノは苛立(いらだ)ち、かつ憔悴(しょうすい)し始めます。そして、ザンパノは寝入ったジェルソミーナを「置いてけ堀」にしました。

4-5年後、別のサーカスの一員となって大きな町に入ったザンパノは、ジェルソミーナが良く歌っていた歌を耳にして、歌を歌う住民に尋ねました。『旅の女性から教わったが、体調を壊していたその女性は身元不明のまま死んだ』 と聞いたザンパノは大きな衝撃を受けます。そして、酔い潰(つぶ)れたザンパノは、夜の海岸に出て波に濡れながら、ジェルソミーナを思い出して悔悟(かいご)の涙にくれるシーンでエンディングを迎えました。

〈視聴後記〉古き良き時代の名作を久しぶりに観ることができました。主演のアンソニー・クインは筆者が好きな映画「ナバロンの要塞」と「アラビアのローレンス」などて強い印象が残る名優です。ジュリエッタ・マシーナはこの映画で初めて知った女優ですが、見事な演技に心惹(ひ)かれました。ちなみに、フェデリコ・フェリーニ監督 とは夫婦関係にあったそうです。そして、この映画を盛り上げたのは何と言ってもクラシック音楽と映画音楽で活躍したニーノ・ロータによる主題歌「ジェルソミーナ」(Gelsomina)です。映画「戦争と平和」「太陽がいっぱい」「ロミオとジュリエット」「ゴッドファーザー」などのヒット主題歌でも良く知られる作曲家です。

2020年9月20日 (日)

小さな旅「滔々(とうとう)たる水郷(すいきょう)~大分県 日田市~」

NHK総合テレビで913日に斉放送された掲題の番組を観ました。関連のhpには以下の様に紹介されています。

『大分県日田市は、山々から幾筋もの川が注ぐ水の恵み豊かな町。古くから伏流水を生かし、みそ作りや鵜飼い、陶器が受け継がれてきました。伝統を大切に生きる人々の物語。』

『大分県日田市は、周囲の山々からのいく筋もの川がそそぐ、水の恵み豊かな町。清らかな水の都ということから、水郷(すいきょう)と呼ばれます。伏流水を活かした老舗しょうゆ・みそ作りや、夜の川で楽しまれる鵜飼い。川の上流では、水の力で土をつく唐臼(からうす)の音が響き、江戸時代から一子相伝で伝わる焼き物・小鹿田(おんた)焼が作られてきました。ふるさとの自然に育まれた伝統を大切に生きる人々の物語です。』

番組の内容は上記の紹介文で良く表現されていますので、ここでは日田市についての情報を思いつくままに紹介しましょう。ちなみに、大分県日田(ひた)市は福岡県と熊本県に近い県北西部の内陸都市で、筑後川水系にあるため歴史的に福岡県の筑後・筑前地方とのつながりが強い町です。地理的には、周囲を山に囲まれた典型的な盆地であり、多くの河川が流れ込み「水郷(すいきょう)」を形成しています。

戦国時代には豊後国を治める大友氏の領地でしたが、秀吉によって大友氏が改易された後は豊臣家直轄地となり、支配者が目まぐるしく変わりましたが、江戸時代に入ると江戸幕府直轄地(天領)となり、明治維新を迎えるまでほぼ天領地として繁栄しました。このため、岐阜県の高山市に似た街並みと文化が現在まで残っています。秀吉の家臣が岐阜県の長良川にいた鵜匠(うしょう)を日田へ招いたことで鵜飼が始まったと伝えてられます。

筆者が日田市の存在を知ったのは、年前に大分県から長崎県までのドライブ旅した途中、九州電力「八丁原発電所」の展示館を見学しましたが、地熱を利用して発電された電気は日田市などへ送られるとの説明を受けたことによります。最近は、ミネラルウォーターの「日田天領水」に加えて、最高気温や天災(集中豪雨による被害)に関するニュースで日田市の名前をよく耳にします。一度は訪れてみたい魅力的な町であることをこの番組で再確認することができました。

2020年9月 4日 (金)

TBSの連続ドラマが注目を集めている!(人気の秘密)

新型コロナウィルス禍のため自粛(巣篭り)生活が続く中、テレビドラマへの筆者の関心が高まっていることを2週間前の記事「最近の連続テレビドラマに思うこと」に書きましたが、そこで紹介した多くのドラマの中で「半沢直樹」(主演:堺雅人さん)と「私の家政夫ナギサさん」(主演:多部未華子さん)がその後も好調を維持しています。

視聴率を見てみましょう。前者は後半に入った「第5話」(816日放送)で世帯視聴率が25.5%(前半のクライマックスの第4話は22.9%)に上昇し、行内の不正を暴いた「第6話」(8月23日放送)も24.3%、そして大きく立ちはだかった大臣とタスクフォースのリーダーを粉砕した「第7話」(8月30日放送)が24.7%と絶好調(説明:同時間帯では他局の視聴率がいずれも一桁)です。なお、9月6日放送予定の「第8話」は制作スケジュールの遅れにより9月13日に延期されることが発表されました。

後者についても818日に放送された第7話(明かされたナギサさんの過去の心の傷が治癒)は前週の第6話の16.0%を上回る16.6%(自己最高)、8月25日に放送された第8話(ナギサさんが本社勤務になることを知って動揺したメイが唐突ナギサさんにプロポーズ)では16.7%と自己最高を4週連続で更新しました。結末が待ち遠しかった最終回(9月1日の視聴率は自己最高を更新する19.6%)を迎えました。

2つのドラマは舞台の設定が正反対とも言えますが、共通する点がいくつもあります。それは主人公のキャラクターが明確であることと、取り巻く人たちが特徴ある人たちであることです。前者には悪意に溢(あふ)れた人物が多数登場して主人公を陥(おとしい)れようとし、後者には良い人(善意の人)ばかりが登場して主人公をサポートします。

また、前者の主人公は協力してくれた人(注釈:最初には敵対していた人を含む)を受け入れますが、後者の主人公は好意を寄せて交際を申し込んだ男性2人に対して意外にクール(冷淡)なのですが、決して誰にも嫌われることはありません。言い換えると、2つのドラマはすべてが裏返しであるため、本質は同じと言えるでしょう。

いずれのドラマも視聴者を毎週ハラハラさせていますが、最後にハッピーエンドが待っていることは確かでしょう。それが分かっていながらドラマの展開に心惹(ひ)かれるのは制作者と出演者の力量によるものと筆者は考えます。ちなみに、制作・放送しているのはいずれもTBSであり、過去にドラマで定評があったTBSが完全に復活したように思われます。3か月間、10回前後にわたって放送される連続ドラマですが、毎回起承転結が用意されており、視聴者を飽きさせません。

これは、昔の連続ドラマである「おしん」(NHKで1983年4月‐1984年3月に放送)や「細腕繁盛記」(日本テレビ系列で1970年1月―1971年4月に放送、原作:花登作「銭の花」)のようにいつ果てる(終わる)とも分からない長編ドラマとは異なり、現代の視聴者は毎回のドラマ展開が明快で分かりやすいことを求めるからでしょう。

今回シリーズの「半沢直樹」では、前回シリーズよりもドラマ展開のテンポが速く、毎回のように成敗(せいばい)される人物(行内だけではなく取引先と政府関係者まで)が登場して、古き良き時代に放送された「水戸黄門」のように毎週視聴者が留飲(りゅういん)を下げることができます。

一方の「私の家政婦ナギサさん」では、まるでアニメ番組の「サザエさん」のように善意に溢(あふ)れた登場人物がドラマを盛り上げるのですが、なぜか自然な流れに感じてしまいます。しかし、冷静に観察すると、かなり「わざ(能)とらしい」のですが・・。

また、主人公の仕事着は優秀なMR(医薬情報担当者、Medical Representativeの略)にはとても見えないファッショナブルなドレスであり、ゴルフ好きの医者へ食い込むためにゴルフを練習する「あざとらし(小聡明)さ」があります。しかし、練習場で着たゴルフウエアが余りにも本格的なもので、そのことをつい忘れてしまうのです。

筆者が一番惹(ひ)かれているのは堺雅人さんと多部未華子さんがクローズアップシーンで見せる目の豊かな表情(演技)です。堺雅人さんは睨(にら)みで敵対する歌舞伎俳優たちと互角に渡り合います。正に歌舞伎風の「睨み合い」です。一方の多部未華子さんは大きくて丸い目の表情で自らの心の中を表現します。これは多部未華子さんならではの演技ですが、その目の動きを見るだけでドラマの漫画チックな進展に納得してしまうのです。稀有(けう)な才能だと思います。

TBSで現在放送中の2つの人気ドラマについてあれこれ書いてきましたが、TBSとドラマ部門で競うテレビ局についても触れておきます。

「相棒シリーズ」(主演:水谷豊さん)、「ドクターX ~外科医・大門未知子~」(主演:米倉涼子さん)、「科捜研の女」(主演:沢口靖子さん)、「捜査一課長」(主演:内藤剛志さん)など数多くのヒットドラマを持ち盤石の体制を確立したテレビ朝日です。

このところ、「相棒シリーズ」がやや低調であることが懸念されますが、この秋には「ドクターX ~外科医・大門未知子~」のスピンオフドラマシリーズ「ドクターY ~外科医・加地秀樹~」(第5弾)に米倉涼子さんが登場すると最近発表されました。このドラマも期待できるかもしれません。◇

2020年9月 2日 (水)

孤独のグルメ Season 8 「第十話 ぶりの照焼きとクリームコロッケ」を観る

8月30日の午後620分からBSテレビ東京で放送された「孤独のグルメ Season 8 第十話 ぶりの照焼きとクリームコロッケ」を観ました。テレビ東京(地上波)で2020315() 2400分~2435分に放送された番組の再放送です。

テレビ東京の関連hpには次のように紹介されています。

『松重豊主演・孤独のグルメSeason8!五郎が訪れた町は「豪徳寺」和食&洋食さらに鮮魚も豊富なお食事処でタレ光るブリの照焼き定食と熱々揚げたてクリームコロッケに大満足』

[番組内容]

『井之頭五郎(松重豊)は商談相手の内田良夫(きたろう)が待つ豪徳寺へ。依頼された書斎デスクのカタログを渡すと、内田は「もの凄いヤリ手と聞いている」などと五郎を煽りだし…。何かと面倒な内田との商談を終え疲れた五郎は、豪徳寺で早めの晩飯を食べて帰ることに。山下商店街を歩いていると「お食事処」ののぼりを発見。

魚や洋食メニューが書かれた黒板と和なのか洋なのか“読めない”店が気になるが入口には「CLOSED」の札が。』

                            ☆

以下は番組を観ながら書いた番組の概要です。

世田谷区豪徳寺が舞台です。小田急の豪徳寺駅を降りた井之頭五郎は世田谷線山下駅前を通って顧客を訪れました。子供が独立して空いた部屋を書斎にするため、機能的な英国クラッシックなデスクが欲しいと言う顧客は、かなり面倒臭い人間のようで、井之頭の苦手とするタイプです。10分ほどで終わるはずの簡単な商談でしたが・・。ドット疲れた井之頭は空腹を感じて食事処を探しました。その日は「立ち食い蕎麦」しか食べていなかった井之頭は山下商店街でやっと見つけた魚料理を出すと思われる洋食屋風の定食屋「旬菜魚(しゅんさいぎょ) いなだ」に入りました。"CLOSED"の表示が出ていましたが、ちょうど開店するところで一安心。

カウンター席だけの小ぢんまりして落ち着いた雰囲気の店内にはあちこちにメニューが貼ってあり、その中から「ブリの照り焼き定食」と「クリームコロッケ」を選びました。食事らしい定食に満足しながら、「ブリの照り焼き」と「ご飯」、そして「昆布の佃煮」と「煮物」で食が進みます。店の気遣いを感じる井之頭。そして、「クリームコロッケ」が配膳されたところで、タルタルソースをかけて熱々のコロッケを次々と口に運びます。付け合わせとともにご飯がさらに進む井之頭。

ご飯が無くなった井之頭はそのお代わりに加えて「刺身」と「梅干」を追加注文。自家製と言う梅干は極めて酸っぱい。刺身の美味しさにも満足します。ソースとタルタルソースを交互にコロッケに掛け食べ切ったところで、トロロと玉子をご飯に掛けた「トロロご飯」に刺身を乗せて「海鮮月見トロロ丼」を味わう井之頭は完璧な定食だと大満足。お茶を締めとし、仕事へのやる気とともに店を出ました。

番組の最後は定番コーナーです。原作者の久住昌之さんがマスターのお勧めの4品を肴(魚)にビールをうまそうに飲みます。「小松菜と油揚げの酢の物」「きんぴらごぼう」「ポテトサラダ」そして「マグロの刺身」を順番に味わったところで、マスターから焼酎(しょうちゅう)を勧められて満面の笑顔が溢(こぼ)れました。

2020年8月24日 (月)

久しぶりの西部劇「夕陽のガンマン」を観る

アメリカの西部劇は日本でも時代劇と同様に人気がありました。筆者にとっての最初の西部劇は中学生時代にテレビ・ドラマローン・レンジャー」「バット・マスターソン」「拳銃無宿」「ライフルマン」、高校時代から本格的に観始めた映画では「リバティ・バランスを射った男」「西部開拓史」、テレビ放送で観た映画も「OK牧場の決闘」「真昼の決闘」「シェーン」「駅馬車」「荒野の七人」「アラモ」などがあり、枚挙には暇(いとま)がありません。

そんな西部劇も日本の時代劇と同様、テレビで観る機会がめっきり少なくなりました。やはり、時代の流れなのでしょうか。そんな折、先週のテレビ欄(番組表)で懐かしい映画のタイトルを見つけました。「夕陽のガンマン」(1965年制作、1967年日本公開)です。当時(55年前)、「マカロニウェスタン」と呼ばれたイタリアで制作された西部劇の舞台はアメリカの西部(注釈:ロケ地はスペイン)で、主役は当時ほぼ無名に近かった米国俳優のクリント・イーストウッド、監督はイタリア人のセルジオ・レオーネでした。

この古い西部劇が地上波で放送された理由は、8月7日に「マカロニウェスタン」の映画音楽を担当したエンニオ・モリコーネ氏が91歳で逝去(せいきょ)されたからでした。同氏はイタリアにおける映画音楽の第一人者で、「マカロニウェスタン」の映画音楽も担当しています。ちなみに、第1作である「荒野の用心棒」で使われた「さすらいの口笛」は日本でもレコードがヒットしました。

さて、1964年に「荒野の用心棒」(1965年日本公開、注釈:黒沢明監督の用心棒を無断でリメイク、ちなみに米映画「荒野の七人」も黒沢作品のリメイク)をヒットさせた同監督が同じ主役俳優で制作した第2作ですが、一端(いっぱし)の映画ファンを自認していた筆者はこの「マカロニウェスタン」を下手物(げてもの)視していたため、観ることはありませんでした。日本人が中国や韓国を舞台とする映画を作るのと同じと考えたからなのです。

つまり、映画「夕陽のガンマン」(説明:ローマとスペインでロケ、テーマ曲が人気)は、それまでテレビドラマ「ローハイド」(注釈:1959‐1964年放送、タイトルの"Rawhide"は牛の生皮/きかわの意、フランキー・レインが歌った主題歌がヒット)と「マカロニウェスタン」の第1作「荒野の用心棒」(説明:スペイン南部のアンダルシア地方で撮影)に出演しただけの新人俳優クリント・イーストウッドの存在を世に知らしめた作品です。ちなみに、クリント・イーストウッドは映画俳優のみならず、後に映画監督、さらには映画プロデューサーとして活躍する映画界のスーパースターとなりますが、話が長くなりますから、ここではこれ以上言及しません。

さて、「夕陽のガンマン」のストーリーを紹介しましょう。主人公である賞金稼ぎのモンコ(説明:名無し男)が1,000ドルの賞金首を仕留めたところで10,000ドルの賞金が賭けられたインディオ一味が近くにいることを知る。同じ賞金稼ぎのダグラス・モンティマー大佐(注釈:ドイツ人俳優のリー・ヴァン・クリーフ)から持ち掛けられたモンコは、協力してインディオ一味の賞金を獲得することに合意する。インディオ一味は顔馴染みの悪党グロッギーと組んでテキサス州の西端にあるエルパソ銀行を襲撃しようと企(たくら)んでいたのだ。

インディオ一味の情報を得るため、頭脳明晰(めいせき)なモーティマーはモンコを一味に潜入させることにする。モンコはインディオの部下を刑務所から脱走させて仲間に入り込むことに成功したが、狡猾(こうかつ)なインディオは保安官をまくためモンコたちにテキサス州南端のサンタクルスにある銀行を襲撃するように命令。モンコは途中でインディオの手下を殺して保安官にエルパソ銀行が襲撃されることを電信(電報)で知らせた。しかし、インディオは2人が見守る前でエルパソ銀行の建物(入口付近)を爆破して銀行の金庫を奪って逃走してしまった。

このためモンコはモーティマーと手を切ろうとするが、モーティマーはモンコを説得してインディオたちを挟み撃ちすることを提案。しかも、モーティマーはモンコを出し抜くためインディオを計画とは違う場所に誘い込もうとするが、警戒心の強いインディオは別の方角に逃亡する。しかし、そこには二人の考えを見抜いたモンコがいた。

正体がバレてしまったモーティマーとモンコはインディオからリンチを受けるがなんとか脱走。インディオは手下たちに二人を追わせるが、その手下たちは全員討ち取られてしまい、逆にインディオはモーティマーから勝負を挑まれる。インディオが横恋慕(よこれんぼ)していたモーティマーの妹夫婦を殺したことで、モーティマーは復讐のためにインディオを追っていたのだ。

インディオは不意を突いてモーティマーを殺そうとするが、モンコに阻(はば)まれてしまう。二人はモンコが立ち会って一騎打ちを行うことになり、モーティマーの妹の写真が入るペンダント型オルゴールが鳴りやんだ時、モーティマーは瞬時の差でインディオを射殺した。復讐を果たしたモーティマーは全ての成果をモンコに譲(ゆず)るという。モーティマーが立ち去った後、モンコは賞金首であるインディオ一味たちの死体(2万7千ドル相当)を数えながら荷馬車に載せて、モーティマーが事前に盗み出しておいたインディオ一味が奪った金が入るサドルバッグと共に、静かに去って行くシーンでこの映画は終わる。

〈視聴後記〉 「荒野の用心棒」は上記したように黒沢作品をコピーしたものであり、舞台をアメリカに置き換えていますが、ストーリー展開は原作とほぼ同じ。独特(策士的)な性格を持つ主人公をクリント・イーストウッドが好演しました。

一方、この「夕陽のガンマン」での主人公はあくまで冷静沈着(クール)な一匹狼であり、その役はクリント・イーストウッドにとって嵌(は)まり役でしょう。

ちなみに、彼が制作と監督に加えて主演した映画「ファイヤーフォックス」(1982年制作、ソ連の最新鋭戦闘機ミグ31を盗み出す話で、離陸(Take off)ドッグファイト/空中戦は大迫力、映画としての評価は分かれたが興行的に大成功)、出演・監督を担当した映画「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年制作、監督も兼任、女性ボクサーの生と死を扱うシリアスな内容、2004年のアカデミー賞で作品賞・監督賞・主演女優賞と3部門のオスカーを獲得)は秀作だと思います。◇

2020年8月 8日 (土)

最近の連続テレビドラマに思うこと

新型コロナウイルス禍が拡大し始めた今年の3月から自粛(巣篭り)生活を続けている筆者はそれ以前よりもテレビを観る機会が増え、元々好きな旅行番組や科学番組だけではなく、連続ドラマも定期的(毎週)に観るようになりました。

新型コロナウィルス禍の影響はテレビ局の番組作成にも及んでおり、2020年第2クール(4-6月期)連続ドラマは放送開始が軒並みに遅れています。その中で特に注目されたのが、719日から「シリーズ2」の放送が始まった連続テレビドラマ「半沢直樹」です。視聴者に好評(8月2日第3回までの視聴率:22.0%22.1%、23.2%)のようで、ネットの書き込みやラジオ番組でもこのドラマの話題で持ちきりになっているようです。「シリーズ1」の最後にそれまで活躍していた大手都市銀行の「東京中央銀行」から子会社である「東京セントラル証券」へ出向させられた主人公の半沢直樹(堺雅人)が銀行で体験した困難を上回る厳しい環境が半沢を待ち受けていました。

前シリーズ以上に多い4人の歌舞伎役者(香川照之、市川猿之助、片岡愛之助、尾上松也)が出演していることから、演技(特に顔芸)が大袈裟(おおげさ)で、その他の男優陣(北大路欽也、古田新太、益岡徹、及川光博、角田晃弘など)の個性的な演技で盛り上げることにより、まるで歌舞伎芝居あるいは時代劇を観るようです。女優陣では半沢直樹の妻花(上戸彩)、部下の浜村瞳(今田美桜)、小料理屋の女将・智美(井川遥)などが華(はな)を添えることが、コテコテの男ドラマにおける一服に清涼剤になっています。7月の前半に「シリーズ1」(総集編)を観たばかりですから、それと比較して「シリーズ2」が初回から全速力で飛ばしていることが分かります。

第1話で大和田取締役(元常務)は中野渡頭取に『施されたら施し返す、恩返しです』 と忠誠を誓い、第2話では半沢に向かって『何なら私が何とかしてあげようか』と懐柔(かいじゅう)しますが、半沢がこれを拒否。大和田取締役は『君はもうお終(おしま)いです。お・し・ま・い・death(デス/死を意味)!』と言うなどその健在ぶりを示し、その部下である伊佐山部長(市川猿之助)は半沢に向かって『詫(わ)びろ』 を何度も繰り返しました。

3話から「シリーズ1」において半沢直樹の天敵であった金融庁証券等監視委員会事務局証券検査課統括検査官(注釈:「シリーズ1」では金融庁検査局主任検査官)・黒崎駿一(片岡愛之助)も参戦しましたから、ドラマ展開はさらに迫力が出ることが期待されます。

他に男性が主人公であるドラマとして、6月18日にスタートした木村拓哉さん主演の『BG 身辺警護人』(シーズン2)は視聴率が14.4%17.0%と7月30日の最終回まで高視聴率で推移し、6月26日スタートの『MIU404主演:綾野剛と星野源のダブル主演、7月31日第6話までの視聴率:10.2%〜13.1%)は堅調ですが爆発力がなく伸び悩み気味のようです。注釈:"MIU404"は警視庁第4機動捜査隊芝浦分駐所の404号車を意味する

一方、女性が主演する連続テレビドラマが好調を維持していることに筆者は注目しました。617日にスタートした日本テレビの『ハケンの品格(主演:篠原涼子、8月5日最終回までの視聴率:11.9%14.2%)77日にスタートしたTBSの『私の家政夫ナギサさん(主演:田部未華子、8月4日5話まで12.4%~14.4%)2つです。

前者「ハケンの品格」(原作:講談社コミックプラスの同名作品)は20071月〜3月に放送された前シリーズの続編(第2シリーズ)です。全シリーズの13年後という設定ですが、主人公の大前春子(篠原涼子)を始めとする主な登場人物はほぼ同じ(例外としてS&F社の社長が故松方弘樹さんから伊東四朗さんに変更)ですから、ドラマの続編としてそれほど違和感はありません。ただし、社長を始めとする幹部たちは一昔前と変わらず正社員と派遣社員を区別(差別?)がそのままであることには違和感があります。

しかし、時代の変化(経営環境のさらなる悪化)によりリストラ(人員削減)が正社員に及びそうになり、しかもその候補者の判定を社長が絶対的な存在と考える”AI”(Artificial Intelligence/人工知能)が行うことでしょう。大前春子とその上司(課長、前シリーズは主任)である里中賢介(小泉幸太郎)がそれに挑むことになりました。里中が提案した直営コンビニ店(注釈:リストラを防ぐのが真の目的)に対して社長は"AI"との囲碁対決で大前春子が勝つことを条件に出します。これに応じた大前春子は奇手を繰り出して"AI"を翻弄(ほんろう)するも、定時(午後5時)になったため投了。

里中が企画したパイロット店は主婦や女性客に大好評。その前夜、大前春子が、徹夜で惣菜(そうざい)のアジフライを作っている時に、現れた警備ドローンを叩き落としたため、器物損壊で派遣契約を打ち切られていたのです。社長は里中の企画を認めましたが、里中は辞表を出し、自らの手で企画を実現すると宣言。その直後、"AI"は社長もリストラ対象に選びました。シーンは1年後に転じ、里中が起業した会社の1号店がオープンする日、長年の夢を叶(かな)えた「新人演歌歌手の龍前寺アキ子」こと大前春子が現れて、来店客の前で演歌を披露するシーンで最終回(85日放送)は幕を閉じました。やや慌(あわ)ただしさ(ドタバタ感)がある最終回でした。

もうひとつの連続テレビドラマ「私の家政夫ナギサさん」は「ハケンの品格」と同様、アニメ(コミックシーモアの電子書籍)「家政婦のナギサさん」が原作で、テレビドラマ化は初めてです。3年前にヒットした「逃げるは恥だが役に立つ」(主演:新垣結衣、星野源)の人物設定とは男女が入れ替わっていますが、同じTBSが二匹目の泥鰌(どじょう)を狙ったのかもしれません。ただし、配役は良く考えられていて、安易さはまったく感じられません。

田部未華子さんは演技力に定評がありますが、その目の表情は女優として出色です。これまでも、NHKの連続テレビドラマ「ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜」(20174月〜6月)と同じく「これは経費で落ちません」(20197月〜9月)、映画「日々是好日」(201810月公開)での演技は好評でした。今回の「私の家政夫ナギサさん」の主人公相原めい(28歳)役も期待通りの好演だと思います。

タイトルにあるもう一人の重要な配役は50歳の「エース家政夫 鴫野(しぎの)ナギサさん」(大森南朋/なお)です。俳優一家に生まれた大森南朋さんは子役出身のベテラン俳優で、映画・舞台・テレビドラマ・CMなどの分野で広く活躍されています。過去が良く分からない「鴫野ナギサ」の家政夫振りとその控え目な発言が「相原めい」をはじめとする登場人物たちに理解されはじめる過程が視聴者には心地よいのです。

急にモテ期に入った恋愛音痴の「相原めい」と22歳も年長でどこか謎めいた家政夫「鴫野ナギサ」を巡る今後のストーリー展開環に興味が湧(わ)きました。ちなみに、6話(8月11日放送予定)の予告編では、それまで時々仕事に行き詰った「めい」に的確なアドバイスをしてくれた家政夫の「ナギサさん」が最大手製薬会社で「めい」と同じMR(Medical Representative/医薬情報担当者)の仕事をしていたことを知った「めい」は「ナギサさん」のことをもっと知りたくなり・・。

以上、紹介したドラマの中で元々ドラマが好きとはいえない筆者が期待して観ているのは、対照的ともいえる2つのドラマ、「半沢直樹」と「私の家政婦ナギサさん」です。時代劇のように過剰演出気味で勧善懲悪(かんぜんちょうあく)ドラマである前者と、現実とはかけ離れた別世界のお伽噺(とぎばなし)のような後者が、視聴者である筆者の心に絶妙のバランスで交互に届くのです。また、両ドラマは出演者がいずれも達者な演技を披露(ひろう)しているため、安心してドラマの展開にのめり込むことができることも大きな魅力です。

なお、本論と無関係ですが、727日からBS日テレで韓国の連続テレビドラマ「チャングムの誓い(大長今)」(韓国での放送:20039月〜20043月)が17年の年月を経て放送されています。ちなみに日本では、NHK BS2200410月〜200510月、NHK総合(アナログ地上波)で20057月~/10月〜、NHK BS2で20071月~20082月に再放送され、その後もTBS・日本テレビ・BS日テレなどでも再放送されました。おそらく、今回は7回目の再放送ですが、総集編ではありませんから、54話がすべて放送されるのでしょう。

放送された第1話で確認すると、画質はアナログ地上波用(注釈:韓国では2001年に地デジ放送が開始されたが2003年時点では100万台程度と少なかった)と思われますから、筆者が13年年前にNHK BS2から録画したDVD と画質はあまり変わりません。わが家のDVDコレクションである2006年のNHK BS2/34話~第54話(物語後半の全21話)および2006年末~20071月のNHK総合総集編・全6話)を時間に余裕がある時に観ることにします。

2020年8月 2日 (日)

神秘のヨーロッパ 絶景紀行「崖の上に街があった」を観る

NHK総合テレビで725 日に放送された掲題の旅行記番組を観ました。

ちなみに、NHKの関連hpには次のように説明してあります。

『ドローン映像を駆使し、地上にも降り立ちながら崖の上に築かれた街を巡るヨーロッパ一周の旅。たった一人が暮らす集落から要塞都市まで、まさに絶景の連続。語りは岡田将生』

                    ☆

番組を観ながら書いたその概要は以下の通りです。

冒頭、急峻な崖の上に街が造られた例がヨーロッパ全土に存在することを紹介した上で、ヨーロッパ文明発祥の地であるギリシャから始まり、北欧のノルウェー、イギリス、ポルトガル、スペイン、フランス、そしてイタリアと、反時計回りにヨーロッパを一周することを説明。そして、崖の上に街が造られた理由と人々の生活をドローンを使った空撮を駆使して紹介する番組であることも明かしました。

最初の訪問地はギリシャのエーゲ海(注釈:その南部であるクレタ海)にあるサントリーニ島の中心地「フィラ」です。頂上が冠雪した岩山のように見えたのは、赤茶色をした岩崖の上に造られた白い建物の一群でした。崖に横穴を掘ってスペースを確保する工夫がある洒落た外観の家々です。崖の下にある小さな船着場からは何度も折れ曲がる石段の道が続いています。580段もあるそうです。ロバが人や荷物を運びます。

現在、観光地となっているサントリーニ島は三日月型をしており、その頂上部にはいくつもの街が点在しています。「フィラ」のすぐ北にある人気リゾート地の「イメロヴィグリ」もそのひとつです。街の中は階段だらけ、複雑な構造でホテルなどが造られています。

過去に何度も地震や火山の噴火が起きましたが、3万年前の噴火と地震によってカルデラが沈んだことで、サントリーニ島はカルデラの中心であり現在も噴火を続ける「ネア・カメニ島」と別の島になったといいます。つまり、サントリーニ島はカルデラ縁の一部であったため、三日月型をしているのです。天災のため島を去った人々もいましたが、残った人々は街を造り続けました。今も古代ギリシャ文明の「ティラ遺跡」(防衛拠点)が残っています。

サントリーニ島はその地理的な特徴からエーゲ海における交通の要衝(ようしょう)だったのです。現在のような観光地になる前は、限られた土地を利用する自給自足の生活だったと村長さんは言います。畑にはワイン用のブドウが栽培されています。火山灰の土地がそれに適しているのです。崖の中ほどにある「聖アンドニオス教会」は1000年も前に洞窟を利用して建てられものでした。

カメラはエーゲ海のもうひとつの島も訪れました。「悲劇に消えた街」です。隣国トルコまで8kmの「ヒオス島」の街「アナヴァトス」は中世に築かれましたが、19世紀にオスマン帝国が襲い、その後の地震で廃虚になりました。

2か国目はノルウェーにある「フィヨルドの一軒家」です。「カルガンベル・フィヨルド」を見下ろす高所にある集落「シェオースン」(子山羊の丘)は利用できる土地が狭く生活が苦しかったことから住民が去り、現在は高齢(89歳)の女性が一人で生活していました。1年の半分を自分の生家で暮しているのです。

3か国目はイギリス南部のコーンウォール地方です。小さなセント・マイケルズ・マウント島は信仰の対象であり、12世紀には修道院が建てられ、その後は貴族の館も建設され、その子孫たちが住んでいるそうです。干潮になると現れる道を歩いて島に渡ることができます。ちなみに、「セント・マイケルズ・マウント」はフランスの世界遺産「モン・サン・ミッシェル」の英語表記であるのは、かつては後者の管理下にあったからといいます。

4か国目はポルトガルです。首都リスボンの北東、スペインとの国境に近いモンサントにある「巨岩のはざま」です。巨岩が多数ある崖に多数の建物が建てられていました。崖に埋め込まれたようです。何万年も前からある花崗岩(かこうがん)の巨石です。レストランの客席は洞窟の中にありました。岩は壁代わりになっています。ポルトガルは元々要塞の街として築かれた街だったのです。

5か国目はスペインにある「街を切り裂く断崖」です。高さ100mの上にあるのはスペイン南部のアンダルシア地方の街「ロンダ」。街の中にある裂(さ)け目に架けられたのが18世期に石で造られた「ヌエボ橋」です。一方がイスラムが築いた旧市街で、もう一方はキリスト教徒が後に築いた新市街なのです。スペインで最も伝統がある闘牛場ともう一つの橋「ビエホ橋」がありました。

市の職員が橋の下を清掃しているところに出会いました。古代ローマ時代の遺跡が見つかったそうです。当時の「ロンダ」は交通の要衝(ようしょう)でした。イスラム王朝が築いた城壁も残っています。イスラムが去った後に街は造り変えられ、旧市街の崖の上に建てられ住宅がありました。岩が堅固であるため安全で見晴らしが良いため快適なのだそうです。

6か国目はフランス南部にあるキリスト教の聖地「 ロカマドゥール 」。そこに「岩窟(がんくつ)の黒いマリア」があるのです。崖と一体になったような建物とともに聖堂が建てられていました。

12世紀にカトリックによって聖地とされたことで多くの人々が巡礼として訪れる街です。その洞窟には「黒いマリア像」があったと伝えられますが、12世紀に作られたた「黒いマリア像」が街の中にある「ノートルダム礼拝堂」に安置されています。

コルシカ島の南端にあるボニファシオの旧市街は石灰岩でできた垂直な崖の上にありました。天然の良港があるため、周辺の国々がその領有を巡って争ったそうです。

7か国目はイタリア中部(ローマの北方)のオルヴィエートにある「世界一美しい丘の上の街」です。火山の噴火で露出した岩の上に、紀元前9世紀、先住民族のエトルリア人が街を築きました。中世には崖を利用した城壁が築かれ、堅固な城壁都市となりました。

オルヴィエートの南方約15kmには「削られる街」と呼ばれる崖の上にある「チヴィタ・デイ・パニョレージョ」があります。長さ300mの橋でしか行けない街なのです。元々は5つの門がある交通の要衝でしたが、地震や地滑りによって地面が崩れ、18世紀には「陸の孤島」になりました。地盤の凝灰岩(きょうかいがん)は脆(もろ)く、今も風化が進んでいると言います。住民は11人。この地を離れ難(がた)い人たちなのです。

最後はシチリア島にある「天空の神々」です。標高751mに「エリチェ」は褐色の建物がひしめいている。現在は100ほどが暮らしている。先住民が造った街に様々な民族が住みつき、キリスト教が普及すると、いつしか「ヴィヌス(ヴィーナス)神殿と呼ばれるようになった。また、12世紀にこの地を支配したノルマン人(北方系ゲルマン人)は砦(とりで)を築き、その周辺に街ができ、30もの教会が建てられた。だが、常駐すれ親父は一人しかいない。

エリチェ」からは素晴らしい絶景が楽しめました。また、ヴィヌス神殿 の石を使って14世紀に建てられた「マドリーチェ教会」は19世紀に内部が改装されて柔らかな印象を与えます。そして、最後に崖の上に暮らす住居と住民の暮らしを紹介して番組が終わりました。

2020年7月31日 (金)

聖なる巡礼路を行く!〜カミーノ・デ・サンチャゴ 1500km〜(3)魂の道

NHK総合テレビで724日に放送された「聖なる巡礼路を行く!〜カミーノ・デ・サンチャゴ 1500km〜(3)魂の道」を観ました。「(1)宗教の道」(ピレネー山脈まで)と「(2)肉体の道」(ピレネー山脈以降)に続く最終回です。

NHKの関連hpには次のように紹介されています。

『キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを徒歩で目指す旅「サンティアゴ巡礼」。スペイン中央部から続く道で、自身の内面と向き合う巡礼者たちの感動の物語。』

『キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを徒歩で目指す旅「サンティアゴ巡礼」。最先端の8Kカメラを用い、3回シリーズでその全貌に迫る第3話は、スペイン中央部に広がるメセタの大地から続く平坦な道のりを追う。高低差もなく、景色の変化がないため否応なく自身の内面と向き合うことになるこの道を経て、巡礼者はいよいよ聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に到着する。』

【語り】武内陶子, 森川智之

                            ☆

番組を観ながら書いた概要は以下の通りです。

3回シリーズの最終回は「サンティアゴ巡礼」の出発地であるフランス南東部の聖なる地、ル・プュイ=アン=ヴレにあるノートルダム大聖堂のシーンから始まりました。

スペインの聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」の大聖堂まで1500km(注釈:スペイン国内は約900㎞)も続くサンチャゴ巡礼路「ル・ピュイの道」は年々人気が高まって、巡礼者の数は年間35万人を超えているそうです。一日平均20km歩く巡礼者たちの多くは人生の節目を迎えている人たちです。中には悩みを抱えている人もいました。

筆者が10年以上前に体験した日本の「四国遍路」(四国八十八か所巡拝、ルート長:1,100‐1,400㎞)と似ています。ただし、出発地が多数ある「サンティアゴ巡礼」に様々なルートがあり、本番組で扱われたのは「フランス人の道」です。ちなみに、昨年の北欧旅行の帰路、コペンハーゲン空港で出会った日本人ご夫妻からお聞きした「ポルトガルの巡礼」(説明:リスボンから北上してサンティアゴ・デ・コンポステーラに至る「ポルトガルの道」)とは出発地とルートが異なります。

ノートルダム寺院を出発した様々な人たち(巡礼者たち)が聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」を目指して歩き始めました。イエス・キリストの影響を恐れた為政者によって殺された聖サンチャゴ(説明:聖ヤコブのスペイン語表記、キリストの使徒のひとり、使徒ヨハネの兄)の埋葬地です。出発地から100㎞余り歩いて到着した「エスタン」では、中世の祭りが行われており、テンプル騎士団(説明:ローマ教皇に認可された中世の騎士修道会)が登場しました。フランスで最も美しい村といわれるそうです。

次いで、やはり美しい「コンク村」まで進みました。そこには天国と地獄が表現されており、巡礼によって救われた巡礼者の自戒(じかい)がありました。四国遍路で見かけた人たちの表情と重なります。そして、いずれにおいても巡礼者たちの心の交流がありました。また、「カオール」ではヴァラントレ橋サンテティエンヌ大聖堂の美しさを紹介しました。

スペインが近づきました。ピレネー山脈を越えるのです。巡礼者たちは難所であるピレネー越えのレクチャーを受けます。フランス側に続くなだらかな上り坂の道をひたすら上って頂上付近を過ぎると、スペイン側の急な下り坂が待っていました。ロンセス・バリェス村に到着。フランスとスペインにまたがるバスク地方を歩きます。バスク人の文化が根付く地域です。巡礼者たちのために架けられた「王妃の橋」を渡ります。

美しいシラウキの町からロブローニョの町に入りました。この「美食の町」では収穫祭が行われていました。目的地まであと580kmです。平らな農地が広がるスペインのメセタの大地を歩きます。地形と景色に変化がないため、「心の難所」と呼ばれるそうです。ここで日本人巡礼者が登場してインタビューに答えました。レオンの町では「レオン大聖堂」が巡礼者たちを迎えました。

巡礼宿のアベ・フェニックスでは魔除けの儀式である「ケイマーダ」が始まりました。巡礼者たちを歓迎するケルト人(説明:中央アジアからヨーロッパに移り住んだ民族、非ゲルマン系)の儀式です。「レオンの町」を出てスペイン北西端(ポルトガルの北隣)にあるガリシア州に入りました。目的地まであと48kmを残すだけになりました

旅のゴールが近づいたところで巡礼者たちの思いが語られます。聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂に到着した巡礼者たちは巡礼終了証を受け取りました。四国遍路では高野山にて御朱印をいただくことと同じです。巡礼を終えた巡礼者たちは90km離れた大西洋に面した景色が美しいフィニステーレ(説明:地の果ての意)へ向かうシーンで番組は終わりました。

2020年7月27日 (月)

日本最強の城スペシャル(第6弾)

7月24日にNHK総合テレビで放送された「日本最強の城スペシャル(第6弾)を観ました。

NHKの関連hpには次のように紹介されています。

『日本の城は誰もが楽しめる魅力でいっぱい。全国からえりすぐりの名城をピックアップ、その楽しみ方や驚きの秘密を紹介。お待たせ!大人気エンターテイメントの第6弾。』

『思わず写真に撮りたくなる美しい城から、自然をたくみに利用した堅固な城、そして戦国の英雄が築いた幻の城郭まで。今回も魅力あふれる城が続々登場。世界遺産・二条城の知られざる素顔とは?かわいらしい宇和島城天守の必見ポイント。秀吉もお手上げの小田原城巨大ディフェンス。鹿児島に伝わる不思議な迷路の城跡。官兵衛や政宗の野望がバーチャルリアリティで浮かび上がる?城好き芸能人が、最も魅力的と思う城を決定!!』

【司会】恵俊彰,赤木野々花,【出演】高橋英樹,春風亭昇太,小日向えり,奈良大学教授千田嘉博

ちなみに、これまで5弾にわたって「最強の城」が選ばれてきましたが、第一弾での最強の城は「高取城」(奈良県)、第二弾では「松江城」(島根県)、第三弾は「岡城」(大分県)、第四弾は「金田城」(長崎県対馬市)、第五弾は「一乗谷城」(福井県)でした。ここで、「最強の城」とは最も魅力的な城を指します。

そして、今回(第6弾)では、「二条城」(京都市)、「宇和島城」(愛媛県)、「小田原城」(神奈川県)、「知覧城」(鹿児島県)の4つの城が候補に取り上げてられました。

                          ☆

番組を観ながら書いた概要は以下の通りです。

名古屋城の天守にいくつのトイレがあったのかの問いで番組が始まりました。

◯二条城

フォトジェニックな城として取り上げられた二条城は将軍上洛の際の宿泊所とするため、徳川家康が慶長8年(1603)に築城されました。先ずその門を見ることになりました。鶴や亀の装飾が見事です。

本丸櫓門は守りの要です。そして、重要文化財の本丸御殿、国宝の二の丸御殿、色鮮やかな唐門など、徳川将軍家の威光を示す絢爛豪華な見どころだらけである、二条城の“知られざる素顔”を写真でクローズアップしました。

◯ 宇和島城

江戸時代初期に築城名人として知られる藤堂高虎が中世城郭を改修して完成させ、伊達政宗の息子・秀宗が入封してから幕末まで伊達家が治めた宇和島城。現存12天守の1つに数えられる天守は伊達家が改修したもので、国重要文化財に指定されています。

天守といえば高くそびえて圧倒的な威圧感を放っているイメージがありますが、宇和島城の天守は海に面した場所に建てられました。城の頂にある天守は小振りですが、唐破風と屋根瓦が凛とした雰囲気を醸し出しています。荒々しい石垣も魅力です。

ここで城の魅力を深掘りしました。二条城にある虎が描かれた襖(ふすま)は強さの象徴であることを明かしました。また、豹は雌、虎は雄、つまり豹と虎は夫婦だと考えてえがかれたと言います。

◯ 小田原城

小田原北条氏が五代100年にわたり関東支配の拠点とした白いか壁が美しい小田原城。常盤御門からスタートして、守りに強いことを説明しました。総延長約9kmもの総構(そうがまえ)に大規模な三段構えの空堀と高い土塁(関東ローム層)を築いたことにより、上杉謙信や武田信玄らの攻撃を跳ね返し続け、その守りの堅さから「難攻不落の城」と呼ばれたことを明かしました。また、豊臣秀吉が3カ月以上に渡る籠城戦に苦しめられたこと紹介しました。

◯ 知覧城

南九州のお城は火砕流(かさいりゅう)が堆積して出来上がった「シラス台地」を利用した独自の構造が特徴的といいます。その中でも代表的な城が薩摩藩が敷いた外城制で重要な存在を占めた知覧城です。台地に刻まれた浸食谷を空堀とし、約40mの切り立った崖に曲輪を築いた天然の要塞であり、攻め入った敵軍は攻め方に迷います。守側は敵軍の動きが手にとるように見下ろすことができるのです。約41万平方mもの広大な城郭には迷路のような遺構が今も良好に残っていることを紹介しました。

4つの城を概観した後は、出演者たちが小田原城と知覧城の土を観察しながらそれぞれの城の魅力を語り合いました。その中で、城マニアの春風亭昇太さんが関東ローム層とシラス台地における掘割の造り方を詳しく解説し、場所によって地形や地質により、様々な工夫があったことを明かしました。次いで、残り2つの城を紹介しました。

◯福岡城

黒田官兵衛・長政親子が築いた福岡城は親子の知恵が詰まっていました。例えば、門と櫓(やぐら)は石垣によってカモフラージュされていることをVR(仮想現実)技術で説明。また、多聞櫓には攻撃用の小窓が設けられていたことを紹介し、2階建ての多聞櫓を含めて50以上の多聞櫓があったことを明かしました。

◯仙台城

戦国大名の伊達政宗が築いた仙台城は天守はありませんが、巨大な石垣に特徴とされますが、VR技術で広い敷地にあった巨大な本丸御殿を視覚化しました。豪華な上段の間が見事です。豊臣秀吉と徳川家康の後に自身が天下を取り、天皇を迎えることを考えていたのではないかと専門家は言います。

福岡城と仙台城について出席者の話に花が咲きました。最後に最も魅力的な城として、出演者たちによって「二条城」が選ばれました。◇

2020年7月25日 (土)

にっぽん!歴史鑑定「平将門と藤原純友 東西同時反乱の真実」

7月20日にBS-TBSで放送された「平将門(たいらのまさかど)と藤原純友(ふじわらのすみとも) 東西同時反乱の真実」を観ました。TBSの関連hpには以下の通り紹介されています。

『平安時代中期。関東と瀬戸内という日本の東西で、同時に大規模な反乱が起こった。平将門の乱と藤原純友の乱である。』

『天皇の血を引く将門がなぜ朝廷から反逆者とされたのか? そして、名門貴族出身の純友が反乱を起こした意外な理由とは?』

『さらにこの2つの乱にまつわるこんな伝説が…「比叡山の山頂で平将門と藤原純友が共謀して反乱を企てた」』

『果たして、本当に将門と純友は共謀して反乱を起こしたのか? その真相に迫る!』

                            ☆

以下は番組を観ながら書いた概要です。

今から1080年ほど前の平安時代中期(天慶2年/939年)、日本の東西、つまり関東と瀬戸内で2つの大きな反乱が同時に起こりました。「平将門の乱」と「藤原純友の乱」です。「前太平記」には『比叡山の山頂から平安京を見下ろしながら将門(まさかど)と純友(すみとも)が桓武平氏の流れを汲む将門は天皇に、藤原氏の流れを汲む純友は関白になる約束をした』と伝えています。

先ず、将門と純友がほぼ同時に反乱を起こした背景を探りました。平将門は下総国(しもふさのくに)に桓武平氏(かんむへいし)の流れを汲(く)む高望王(たかもちおう)の三男平良将(たいらのよしまさ)の長男として生まれ、10代で京に登り摂政(せっしょう)藤原忠平に仕えたことで滝口武士(天皇を護る役職)に登用され、出世街道を歩み始めますが、父の死により出世を断念せざるを得なくなりました。藤原氏に生まれた純友も同様に京に上りましたが、純友の父が亡くなったため、後ろ盾(たて)を失いました。

下総国に戻った将門を待っていたのは一族の領地争いでした。父の領地を奪った伯父の国香(くにか)を将門が討ち取ったため、国香の弟(将門の伯父)の良兼と国香の長男貞盛の恨(うらみ)みを買うことになりました。将門の親分肌と過激な戦い方が後に将門が朝廷に反乱したと見做(みな)されことになると専門家は分析します。しかし、この紛争を知った朝廷は将門に紛争の当事者たちを捕縛(ほばく)する追補使に任命しました。その背景には摂政藤原忠平の存在があったのです。将門と敵対する平良兼と平貞盛は賊軍になったのです。

追い詰められた良兼は将門がいる石井営所を襲撃しましたが、将門はこれを撃退。貞盛は勝ち目がないと逃走。平氏一族の争いはこれで終結し、将門は坂東(関東地方)の治安維持を朝廷から任(まか)されました。富士山の大爆発と大地震が坂東を襲い、朝廷が派遣した国司による過酷な課税に耐え兼ねた農民たちは逃げ出しました。将門は朝廷に属さない荒地を開拓して農地に変えました。

隣国の武蔵野国で問題が起きました。朝廷から派遣された武蔵国権守(国司代理)の興世王(おきよおう)とそれを補佐する武蔵介(むさしのすけ)源経基(つねもと)が税を滞納する足立郡郡司武蔵武芝と対立。将門は手柄を上げるためにその対立の調停役を買って出て、興世王と武蔵武芝を和解させますが、その場にいなかった源経基は自分を殺そうとしたと勘違いし、将門が謀反を企てていると朝廷に申しでました。

当時、都にいた将門の従兄弟である貞盛も将門の悪行を訴えたことにより、朝廷も見過ごせなくなり、事情を聞くため将門に上京するように命じました。将門はこれに応じず、将門は坂東5か国の国司が将門の無罪を証明する書状「諸国之善状」をかつて仕えていた藤原忠平に送りました。これを見た忠平は困惑します。一方の将門は朝廷からの恩賞を期待していました。隣国の常陸国で税を払わない藤原玄明(はるあき)が将門の元に助けを求めてきました。

かつての配下の一人であったため、これを向かい入れます。常陸国の国司は玄明を引き渡すことを将門に要求しますが、物別れに終わり、攻められた将門は常陸国の国府を焼き払ったため、朝廷から謀反を起こしたと判断されました。将門は興世王に相談しますが、関東8か国と伊豆国を支配下に置くことを助言され、それを実行しました。坂東臨時政権を朝廷に認めさせることを決意します。朝廷との行き違いが生じたのです。占いで天皇になるとされた将門は「新皇」に即位することを宣言しました。

この頃、西国にいた藤原純友も瀬戸内で反乱を起こしました。3年前、50代半ばになっていた伊予掾(いよのじょう、説明:伊予国の三等官)の純友は海賊追補使(ついぶし、正六位)に任じられていました。純友は武力ではなく懐柔策で海賊を抑えますが、朝廷から評価されることはありませんでした。伊予国を出た純友は海賊たちを従えて備前国へ向かいました。

備前介の藤原子高(さねたか)が地元の豪族藤原文元(ふみもと)と税をめぐって対立し、これに耐えきれなくなった文元は海賊への対応で協力して親しくなった純友に支援を要請しました。これに対応することで3年前に朝廷からの恩賞を期待したと考えられます。しかし、純友に支援された文元が京へ向かう子高を追いかけて撃ったことで「純友の乱」が始まってしまいました。

純友は朝廷に官位(従五位)を要求する書状を送りました。この二つの反乱に朝廷は将門と純友が共謀して京に攻め上りのではないかと恐れます。朝廷の公卿たちの憶測であるが、純友が将門の乱に乗じて蜂起した可能性はあると歴史学者の下向井龍彦広島大学名誉教授は考えます。混乱に陥った朝廷は2つの乱をどう鎮(しず)めたのでしょうか。

摂政藤原忠平は急を要する「将門の乱」に集中的に対応し、一方の純友には官位を与えて和解することにしました。坂東に戻っていた貞盛は秀郷と協力して将門を攻めました。兵力で劣る将門は戦(いくさ)を優勢に展開しましたが、風向きが変わったことで劣勢になり、流れ矢に当たって戦死しました。新皇を宣言して2か月後のことです。反逆者となった将門の首は京で晒(さら)されました。

朝廷の次の敵は純友でした。朝廷は純友の配下が勝手に反乱を起こしとして討伐軍を派遣すると、配下は純友の元に救援要請が届きました。讃岐にいた討伐軍を攻撃し、朝廷と交渉するために京へ向かいましたが、討伐軍が陣容を立て直したため、引き返して、九州の太宰府を急襲して占拠しました。和解の手段にしようとしたのです。しかし、朝廷にはもはや和解する考えはなく、討伐軍が太宰府に近い博多湊に大挙して上陸して純友軍を撃ち破りました。純友は捕らえられて斬首(ざんしゅ)の刑に処せられて、「純友の乱」も鎮圧されました。

東西で同時に発生した反乱を鎮圧する上で大きな働きをした平秀郷は従四位下(じゅしいのげ)という破格の位が、平貞盛には従五位下の官位が与えられました。平貞盛の子孫に武家社会を造った平清盛が誕生します。圧政が人々を苦しめた貴族社会に大きな影響を与えた二人の武将、平将門と藤原純友は処刑されましたが、日本史に残る大事件であったと総括して番組が終わりました。

〈筆者コメント〉 平将門と藤原純友については、それぞれ当ブログ記事の「将門記(しょうもんき)」「悪人列伝(その4)」および「同(その5)」で紹介しています。特に平将門については、その本拠地であった茨城県坂東市都内(千代田区大手町)を訪れて、所縁(ゆかり)の場所についての詳細を当ブログに投稿しています。◇

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