6日後にも岐阜市へ向かいました!(その5)岐阜公園の織田信長居館跡(前編)
「女神の噴水」は「岐阜公園」におけるランドマーク(目印)のようです。
その横には手前の小さめの洋館があり、奥には大きな洋館が並んでいます。どちらかが「岐阜市歴史博物館」でしょう。
奥の洋館は入口が閉鎖されているようです。
手前の方には「名和昆虫博物館」の名称とともに昆虫をあしらった看板があります。
さらに先には「名和昆虫研究所」の表示がある建物が・・。
ちょうど通りかかった制服を着た方に「岐阜市歴史博物館」について訊(たず)ねると、『大きな洋館である「岐阜歴史博物館」は改修のため現在は閉館している』と教えてくださいました。残念!
元来た広い道に戻ったところで大発見です! 「日本遺産・信長居館 発掘調査案内所」の幟(のぼり)を見つけたのです。先ほど「女神の噴水」へ向かった時には、裏側が見えていた幟に気づけなかったのです。粘り勝ちのようです。
しかし、案内所らしき建物は見当たりません。
「来園者休憩所」の案内板に従うことにすると、和風建築の建物内に『日本遺産・信長居館発掘調査案内所」の垂れ幕を発見しました。ついに辿(たど)り着いたのです。
中へ入ってみると、「張りぼて」で作られた大きな模型がありました。赤地に白抜きで「現在位置」と表示されたすぐ先に「織田信長居館跡」の表示を見つけました。それは「ロープウェイ乗り場(山麓駅)」のすぐ近くのようです。
壁際に吊るされた「垂(た)れ幕」には「岐阜城山麓の館」の説明が・・。
そして、その「復元イメージ模型」も置かれていました。
案内所内では発掘結果について説明するビデオが流されていましたから、しばらく観ることにしました。
しかし、別の「垂れ幕」には山頂付近にいくつもの館があったことが図解されていることに気づきました。今回、発掘現場を見学したかったのはこちらの方なのです。
そこで係員の方に訊(たず)ねました。しかし、『山頂付近で発掘された遺構(いこう)は埋め戻されており、今はもう発掘時の様子を見ることはできない』との説明がありました。残念です! 「国史跡 岐阜城跡」の詳細な説明があるパンフレットを頂きました。
往生際(おうじょうぎわ)の悪い筆者は山麓(さんろく)の「織田信長居館跡」を見学することにしました。道案内に従って進むと、長い石段の右手に銅像がありました。
その脇にある「板垣退助遭難の地」の案内看板には、『この近くの場所で暴漢に襲われた』との説明があります。(詳細は省略)
長い石段を上がりました。
長い石段を上り切ったところにある木製のシンプルな「冠木門(かぶきもん)」の右脇には「織田信長居館跡」と刻まれた石柱と「居館の入口」の案内パネルがあります。なお、入口の前で説明を聞く人たちは観光客のようです。
「冠木門」を入った所には「国史跡岐阜城跡」の大きな説明看板が・・。
その中央にある写真を拡大して撮影しました。
こちらは右端の部分です。
(続く)








































































































































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