趣味

2020年11月20日 (金)

一年振りのドライブ旅行は久しぶりの箱根へ!(最終回)「富士山」を展望する

県道75号線を北上した「仙石原交差点」で国道138号線に入って「乙女峠(おとめとうげ)」を目指すことに。金時山(きんときやま)の麓にある公時(きんとき)神社の前を通過し、急な上り坂を一気に走り上がり、ヘアピンカーブを抜けて「乙女トンネル」(長さ818m、旧乙女道路の一部)を抜けました。

午後4時を少し回った時に「乙女トンネル」の御殿場市側にある「乙女峠 ふじみ茶屋」に到着。名前の通り、富士山の絶景を見ることができるベストスポットです。いつの間にかモダンな建物にリニューアルされていました。木漏れ日(こもれび)の位置から見て太陽がかなり傾いていることが分かります。

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期待しながら富士山を見ると、その斜め後方から太陽光が照らしているため周囲を取り囲む雲に浮いているように見えます。

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後方には「乙女の鐘展望台入口」がありました。

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富士山の夕景を楽しんだあと、道138号線の急坂を一気に走り下りる途中、「深沢東交差点」の脇に「富士八景の湯」を見かけました。

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御殿場ICから東名高速道路に入と、平日の夕方ですから、それほど混んではいません。高速道路を走行し始めたところですが、思い立って「足柄SA」に立ち寄ることにしました。

車を停めて「EXPASA足柄」へ向かいます。同行者は路面店の中で見つけた「いでぼく」(富士山高原の牧場)の「ソフトクリーム」(410円)を購入。高めの料金設定ですが、味見をさせてもらうと、濃厚な味に驚かされました。

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小腹が空いていた筆者は近くの店で売られている「富士宮やきそば」に心を惹(ひ)かれました。

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夕方になって肌寒くなりましたから、車に戻ってから食べることに。静岡らしく「出し粉」がたっぷり振りかけてありますが、なぜか「青海苔(あおのり」は見当たりません。

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そのせいか期待とは裏腹に筆者の口に合いません。そこで同行者に手伝ってもらうことにしましたが、『辛い!』 と言いながら辛(つら)そうに食べています。御免なさい!!

東名高速道路の本線に戻りました。

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余談です。新東名高速道路は御殿場JCTから東京寄りが令和2年(2020年)に開通する予定でしたが、御殿場IC-秦野IC間で用地取得の難航や地質の問題が見つかり工事が遅れているため、まだ一部区間しか開通していません。(注釈:新しい完成予定は2023年)

そこで、今回は昨年3月に開通した伊勢原JCTから海老名南JCTまでの「新東名高速道路」、および先に開通していた海老名南ICから海老名JCTまでの「首都圏中央連絡自動車道」(圏央道)を走ることにしました。

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『横浜・町田ICを先頭に11kmの渋滞』 の表示が出ていますから、渋滞が始まっていた伊勢原JCTからは「新東名」と「圏央道」で海老名JCTに出る変則なルートを走ることは時間短縮になりそうです。ちなみに、この迂回(うかい)ルートと東名高速道路を直進した場合の料金とは同一です。

「新東名(上り)線」に入りました。ちなみに、「伊勢原JCT」以西は「伊勢原大山IC」までが開通しています。

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「圏央道」に入ります。

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「海老名JCT」が近づきました。

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東京方面と名古屋方面が分かれますから、ここで間違えると大変です。

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「新東名」と「圏央道」を順調に走行した後は、午後520分過ぎに大渋滞中の「東名高速道路」の本線に合流します。「伊勢原JCT」から10分強で到着しましたから、「伊勢原JCT」から約6㎞先の「海老名JCT」まで「東名高速道路」をノロノロ走り続けるよりも時間的に速かったと思われます。

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「大和トンネル」を抜けるまでノはロノロ運転が続きましたが、その先はほぼ順調に流れており、午後6時過ぎには無事に帰宅することができました。ちなみに、この日の走行距離は300㎞強です。(終)

2020年9月18日 (金)

車が年々若返る!

自動車の運転免許を取得してから56年、自分の車を購入したからでもほぼ50年が経過しましたが、車オタクの筆者は自分の車を大事にしてきました。安全運転を心掛けるとともに車の整備を怠らないことで、10年以上乗り続けることをモットーとしています。ちなみに、最長は前車の「トヨタ製カムリ」で16年間、10数万km乗りました。しかも、いずれの車も大した事故に遭うことはありませんでした。

現在乗っているのはトヨタ製プリウスです。9年(総走行距離8万㎞)を過ぎましたが、故障はまったくありません。とは言っても、小さな自損事故やもらい事故が増えて来たようです。その最初は、遠出ドライブをした時、不慣れなコインパーキングで料金支払い機へ接近し過ぎてコンクリート製の土台に右前方部を軽く擦(こす)りました。ボディは変形していないため、自宅近くの自動車修理工場でその部位を再塗装してもらうことに。自動車の任意保険を使うほどではなく、自己負担額は約2万円でした。

2回目は交差点で信号待ちをしている時に後続車に追突された事故でした。後部バンパーが変形して車体内へめり込む大きな損傷となり、先方の任意保険で修理しました。後部バンパーの交換と車体シャーシの修正に必要な費用は10数万円だったと思います。そして、3回目の事故は自損事故でした。同居者が出先の屋内駐車場で止める時に、車止めがなかったこともあり、コンクリート製の柱に後部バンパーをぶつけたのです。修理して間もない後部バンパーを再度交換することになり、筆者が加入する任意保険で対応しました。

それから数年が経過した今夏、同居者が運転中、交差点で右折する際にブレーキ操作の遅れで前方の車に軽く接触する事故を起こしたのです。警察は軽微な事故と判断してくれましたが、双方のバンパーに軽い傷ができました。同居者から電話連絡を受けた筆者は直ちに保険会社へ通知して、任意保険により双方の車を修理することが認められました。そして保険会社から送られてきた「保険金請求書」に必要事項を記入して必要書類のコピーとともに即日返送。

損傷が軽微であるため運転には支障がなく、都合の良い2週間後に近所の自動車修理工場へ車を持ち込みました。以前、擦り傷を塗装修理してもらった修理工場です。今回も擦り傷ですから塗装のし直しかと思いましたが、自動車修理工場の判断で「前方のバンパー」と「少し変形したナンバープレート」(自動車登録番号標、注釈:"number plate"は米国で"license plate"と呼ばれる)を交換することになりました。

「交換用バンパー」は短期間で入荷するようですが、「再発行されるナンバープレート」は製作と交換には2週間ほどの時間がかかるそうです。自動車修理工場に指定された日時(10日後)にプリウスを持ち込みましたが、交換・修理が完了するまでにはさらに10日ほど(事故日から1か月強)かかりました。その10日間は代車を利用することになりましたが、『事故が大事に至らず、しかも部品の交換で済んで良かった』 と安堵(あんど)しました。

軽微な損傷だと思われましたが、バンパー周辺部への影響がありフェンダー部の板金塗装(約8万円)が必要になったため修理費用は30万円弱に及びました。しかし、すべて任意保険でカバーできました。幸いなことにヘッドライトには影響ありませんでした。ただし、割引率が最大になっていた任意保険は割引グレードが下がって、次年度からは保険料金が少し高くなりますが・・。

修理する前のプリウスでは前方にある「バンパー」と「ナンバープレート」には高速道路の飛び石などで出来た小さな傷をタッチペイントで補修した跡がいくつもありましたが、「バンパー」と「ナンバープレート」の両方を交換したことで、フロント部が真新しくなりました。自動車は顔ともいえるフロント部の印象が強いのです。前方から見ると9年モノのプリウスには見えません。まるで「染み取り」の整形美容手術(レーザー治療)を受けたように若返ったのです。

しかも、2か月前に受けた車検でも重要な指摘事項が無く、すべての機能が正常でしたから、まだ数年は乗り続けることができそうです。つまり、現在の車も「10年以上乗るという筆者のポリシー」の要件を十分満たしてくれることを期待しています。

2020年6月 1日 (月)

今年も孔雀サボテンが咲きました!

孔雀サボテンは熱帯植物(多肉植物・常緑多年草)で原産地はメキシコ南部からアルゼンチンにかけての中南米とされます。日当たりを好み、耐寒性は余りありません。また、サボテンですから水や肥料のやり過ぎに注意する必要があります。わが家で育てている孔雀サボテンは20年以上前に同居者が知人から鉢植えを貰ったのが始まりで、以来 植え替えや挿木(さしき)で増やしてきました。

孔雀サボテンの特徴ですが、その丈(たけ)は50cmから1mですから、サボテンとしては中型と言えるでしょう。開花時期は5月から6月ですが、花の色は白・赤・ピンク・オレンジ・黄・紫と多彩です。

3年前に建物の改修を行ったため、長期間にわたって鉢植えを日当たりが少ない室内に退避させました。そのため孔雀サボテンはかなり衰弱してしまいました。しかし、昨年にはほぼ回復したことで、今年の開花に期待していたのです。ちなみに昨年のことですが、わが家の孔雀サボテンにカイガラムシが発生したため、丁寧(ていねい)に擦(こす)り落とし、カイガラムシ用の殺虫剤を噴霧して退治しました。

今年は期待した通りに2週間ほど前から孔雀サボテンの茎節に花芽がつき始めていましたが、最初の花芽がついに今朝(昨夜?)開花したのです。一夜しか開花しない「月下美人」とは異なり、孔雀サボテンは花を2-3日楽しむことができます。今年は多数の花芽がありますから、しばらく花を楽しめそうです。なお、下の写真は2020年6月1日午前9時ころに撮影しました。

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余談です。孔雀サボテンは月下美人と良く似ていますが、異なる点がいくつかあります。先ず花の色ですが、月下美人は白色のみです。また、茎(葉)についても、月下美人は薄くて刺(とげ)が無く、孔雀サボテンは厚めで刺(とげ)があります。さらに、開花時期についても孔雀サボテンは5-6月の一回ですが、月下美人は秋(9-10月)にも咲くようです。そして月下美人は草丈が1-1.5mと高く、芳香が強いことも孔雀サボテンと異なります。なお、両者は共にサボテン科エピフィルム属(クジャクサボテン属)の近縁種です。◇


〈2020‐06‐02追記〉 1日遅れで2輪目(右側)が咲きました。

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〈2020-06-03追記〉 3日間続けて開花しました。

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一方、3日目の朝を迎えた最初の花は萎(しぼ)み始めています。紡錘形(ぼうすいけい)をしている蕾(つぼみ(かが)、つまり花芽(かが/はなめ)とは形が明らかに異なります。

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ちなみに孔雀サボテンは、一旦閉花すると2‐3日で大きく開いた花が萎(しお)れ、さらに数日が経過したころに茎節の部分で茎から離れて、ついには落下してしまいます。

〈2020-06-05追記〉 ◇最初の開花から4日後、2鉢の孔雀サボテンはいずれも満開になりました。

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◇◇

2020年5月 6日 (水)

ニュージーランド旅行は楽しい!(最終回) オークランド(後編)

市街地の南東約1.5kmにある火山の地形を生かして造られた「オークランドドメイン公園」(75ヘクタール/東京ドーム16個分の敷地)のひと際小高くなった場所にある重厚な建物「戦争記念博物館」は、ニュージーランドの先住民であるマオリ族の文化や日本のゼロ戦など「戦争と文化」に関するものが展示されているニュージーランド最大の博物館です。

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一際目を引いたのは「ゼロ戦」(艦上戦闘機22型)の実機展示です。終戦時にニュージーランド軍にによってソロモン諸島のブーゲンビル島で発見された日本海軍のものであったようです。ちなみに、館内はフラッシュを用いた写真撮影が許可されています。ただし、三脚の使用は不可。

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旧日本軍パイロット関連の展示

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同じ公園内(博物館の西方)には無料で入園できる大きな植物園「ウィンター・ガーデン」(1920年設立)がありました。晩秋でしたが、ニュージーランドの草花をはじめ、世界各国の花々も咲き乱れていました。各々の花についての説明がないことが少し残念! 参考:関連のURL

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2つの大温室内には熱帯植物やニュージーランドのシンボルとも言える白いシダ(Silver Fern/シルバー・ファーン)を含む100種類以上のシダ類が展示してありました。

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市街地から東方約5㎞の海岸にある「ケリー・タールトン水族館」はニュージーランドや南太平洋の様々な生き物を紹介するユニークな水族館で、オークランドの人気観光スポット。南極ペンギンも飼育しており、その規模は世界一だそうです。写真の「サメのトンネル」。このタイプの展示では、この水族館が発祥の地だそうです。

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近くのレストランで昼食を摂(と)ることに。ワイテマタ湾越しにシティ(市街地)を望むことができる場所でした。

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ホットドッグとアイスクリームを売る移動売店

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訪れた1999年の2年前(1997年)に完成した「スカイ・タワー」(108mの丘に建つ高さ220mの塔)に上がった時の写真がHDDとDVDの写真ファイル内に何故か見当たりません。とは言っても新しもの好きな私ですから、もちろん「スカイデッキ」(塔の112mポイント/地上220mにある展望台)まで上がり、見どころであるガラス床を楽しんだ(?)記憶があります。床に嵌(は)められた大きなガラス板(2m x 3m)越しに広がる地上の眺めは大迫力。怖(こ)がる同行者を前にした筆者は平静を装ってガラス床の上に立って見せましたが、本当はすごく怖かったのです。

ちなみに、国内では、明石海峡大橋のプロムナード(遊歩道)にある透明なガラス床を通して明石海峡を見る体験をしています。また、東京タワーのメインデッキ(地上高150m)にある小さめの"Skywalk Window"東京スカイツリーの展望デッキ(フロア340)でもガラス床を体験しています。

この日も前日と同じホテル「シェラトンオークランド」に宿泊しました。

次の写真は、ニュージーランド滞在の最終日(419日)、ホテル「シェラトンオークランド」のロビーで撮影したものです。ちなみに、1週間余りの海外旅行ですが、スーツケースは2つとも小型のもの(注釈:うち1個は機内持ち込み可のサイズ)を利用しています。 

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ホテル「シェラトンオークランド」のエントランスを出て再び撮影

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午前9時少し前にホテルを出発。午前11:30分に オークランド空港を離陸した日本航空のJL099便から見たニュージーランド北島周辺の島々が眼下に見えました。ちなみに、今回は観光旅行ですからチケットはエコノミー・クラスでしたが、幸運にも復路は二人ともビジネス・クラスの席にアップグレードしてもらえました。

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20年以上前のことであり時効と考えて写真を披露します。当時は例外的に許されていたことですが、水平飛行中(自動操縦モード時)に同行者とともにコクピットを見学させてもらうことができました。日本航空の「グローバル・クラブ」の優良会員(50万マイル搭乗、地球20周相当)であることで優遇されたのかもしれません。

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実は、この数年前、同じ日本航空の欧州路線においても、帰路のシベリア上空でジャンボ機のコクピットに入れてもらったことがあります。眼下に広がるアムール川付近の真っ白なシベリア大地を今も覚えています。

同日の午後7:25分に予定通り成田空港へ帰着することができました。この旅行を皮切りにして、数年後に退職してからは同居者と一緒の海外旅行が毎年のように続くことになります。(終)

2020年5月 5日 (火)

ニュージーランド旅行は楽しい!(その5) オークランド(前編)

6日目の417日 は午前10時までホテルでのんびり過ごしてから「クィーンズタウン空港」へ向かい、午後105分発のアンセット・オーストラリア航空”AN630”便(オーランド行き)に搭乗しました。弓型に反ったニュージーランドの南島と北島の西側を飛行するルートです。南島の「南アルプス」と北島の孤立峰「エグモント山」の景観を楽しんでいると、2時間45分後の午後350分に「オークランド空港」に到着しました。

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ニュージーランド最大の都市であるオークランド(人口:約160万人)はニュージーランドの人口の4分の1以上が居住し、商業および経済の中心になっています。歴史的に見るとオークランドには1350年ころから先住民のマオリが肥沃な土地を求めて住み始めていたそうです。1769年に探検家のジェームス・クックがオークランドの東にあるワイテマタ湾を通過し、1820にはイギリスの宣教師が白人としては初めて移り住んだとのこと。

1839年から白人の入植が始まり、1840年に先住民のマオリと結んだ「ワイタンギ条約」によりイギリスの植民地になりました。これにともない、オークランドの街づくりが始まり、1841年にニュージーランドの首都としてオークランドと命名されたそうです。ちなみに、1865年に地理的に首都として相応(ふさわ)しいとしてウェリントンへ首都が移転しました。

オークランドは市域が広いためレンタカーを予約していました。国際免許証を提示してスムーズにチェックイン。最初に向かった場所は空港と市街地(ダウンタウン)の中間(市街地の南方約5㎞)にある「コーンウォール公園」です。

丘というよりも小山と呼べる「コニーデ型」をした死火山の「ワン・トゥリー・ヒルone tree hill)」(標高183m)の頂上付近に「オベリスク」がありました。頂上付近は草地ですが、公園内には様々な樹木が植わっていたと思います。当時の「ワン・トゥリー・ヒル」の様子は5年後の写真が掲載されている関連のhpを参照してください。

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「ワン・トゥリー」の名前の由来は頂上にニュージーランド原産の大きな木「トタラ」が聳(そび)えていたそうですが、1852年に入植した白人が切り倒して薪(まき)にしてしまい、その跡に松を植えたそうです。これに反発した先住民が1960年代にそれを切り倒したとのこと。

丘の頂上には50年以上も前、オークランド市の創設者でこの土地を所有していた医師のローガン・キャンベル卿により、マオリ族への敬意を表してオベリスクが建てられたものだそうです。たしかに、オベリスクには先住民のマオリ族と思われる人物像(レリーフ)が飾られています。

この日はシティ(市街地)の中心部にあるホテル「シェラトン・オークランド」に宿泊。

翌日(418日)はシティ(市街地)に近い場所には町並みを見下ろせる人気スポットの「マウント・イーデン」(死火山)にも立ち寄りました。写真に写るように、「マウント・イーデン」から約3㎞南にある「ワン・トゥリー・ヒル」を確認することができました。

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北側にある火口跡の先にはシティ(市街地)が広がっていました。ちなみに、一際高い建物は「スカイ・タワー」(高さ:328m、南半球で最大)です。

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次いで訪れたのはシティ(市街地)のすぐ西にある「ハーバーブリッジ」(全長:1020m、高さ:43m1959年完成)。市街地と「ノース・オークランド」を結ぶ美しい橋です。袂(たもと)にあるヨット・ハーバー「ロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロン」脇の桟橋から撮影しました。

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巨大なヨットは「アメリカズ・カップ」に出場するものでしょうか? ちなみに、ニュージーランドはヨットレースの強豪国のひとつです。

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昼食後に展示された乗り物で楽しむ同行者。「ハーバーブリッジ」の西方にある「交通科学博物館」(あるいは輸送技術博物館、通称:MOTAT/モータット、1964年開館)だったと思います。ちなみに、オークランド動物園がある”Western Springs Lakeside Park”の西隣りにあります。

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(続く)

2020年5月 4日 (月)

ニュージーランド旅行は楽しい!(その4) ミルフォード・サウンド

翌日(416日)は「クィーンズタウン」発のグループ・ツアー"Great Sights"(現在の料金はNZ$240/約15,600円)に参加しました。「南西ニュージーランド・フィヨルドランド国立公園」にある世界遺産(自然遺産)の「テ・ワヒポウナム-南西ニュージーランド」には14のフィヨルドがありますが、その中で最も知られるフィヨルドである「ミルフォード・サウンド(Milford Sound)」が目的地です。「クィーンズタウン」から「ミルフォード・サウンド」へは専用車で4時間のロングドライブ。 ちなみに、「テ・ワヒポウナム」は先住民のマオリ語で「グリーンストーン(翡翠)の産地」を意味する名称で、「サウンド」は英語で入り江を意味するそうです。

午前8時にクィーンズタウンを出発。「ワカティプ湖」沿いに国道6号(南島北端のブレナムから同南端のインバーカーギルまで南島を縦断)を南下して「キングストン」を過ぎると、午前9時半ころには「南アルプス(Southern Alps)」を離れて平原に出ました。そこには舗装道路が延々と続いています。注釈:写真に表示されている時刻は日本時間で現地時間より3時間遅れている

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午前10時ころ、「クィーンズタウン」から約150㎞、「テアナウ湖畔」の町「テアナウ」で専用バスから降りてしばらく休憩しました。「テアナウ湖」はその西側で「南アルプス」に接しています。

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南島南部にある町ゴアミルフォードサウンドを結ぶ国道94号が「テアナウ湖」の東岸に続きます。

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山岳地帯にある"Millor Lakes"の広い駐車スペースに入って一時休憩です。

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まだ晩秋ですが山の麓(ふもと)近くまで積雪が迫っています。

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周辺を5分(400m)ほど散策しました。

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景色が美しいポイント”Homer Tunnel"(長さ1.2㎞)付近で再び休憩

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黒っぽい鳥がバスの屋根に・・。嘴(くちばし)の形から鷲(わし)または鳶(とび)のようです。後で調べると「ケア/キーア」と呼ばれる高山地帯に棲むオウムだったのかもしれません。

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"Mirror Tunnel"から約15㎞、「テアナウ」から約2時間、お昼近くに「ミルフォード・サウンドMilford Sound)」の乗船場(観光船ターミナル)に到着しました。地図で確認すると「クィーンズタウン」から直線距離で約70㎞しかありませんが、自動車道(国道6号・国道94号)は南へ大きく迂回するためルート長は約200km。移動には4時間もかかりました。

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「ミルフォード・サウンド」は発見者の出身地であるイギリス・ウェールズにある「ミルフォード・ヘーブン」にちなんで付けられた名前のようです。発見当時は地理の知識が乏しかったことで入り江を意味する「サウンド」と命名されたそうです。フィヨルドの奥にある町の人口は約150名。年間雨量は7000-8000㎜で、一年の3分の2(約230日)は雨が降るそうです。

グループ・ツアーに含まれていた軽いランチ(弁当)を済ませた午後1時半ころ、「クルーズ船」は「ミルフォード・サウンド」の出口である「タスマン海」へ向けて乗船場から出港しました。しかし、残念なことに天候不良であるため、1200m以上の断崖絶壁に囲まれているという「ミルフォード・サウンズ」の上方が霞(かす)んでいます。ちなみに、約15㎞のルートを往復する「ボート・クルーズ」の所要時間は1時間45分、グループ・ツアー料金に含まれる現在の乗船料金はNZ$85(約5500円)。

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クルーズ船は右回りのルートを進むと、視界が少し良くなったようで、遠方に「スターリング滝」(落差155m)が見えてきました。ちなみに、雨天時には一時的に数千もの滝が現れるそうです。それらの滝は快晴時に枯れてしまうため、恒久的に見られるのはわずか2つの滝だけだそうです。それが「スターリング滝」と「ボーウェン滝」(落差160m)で、いずれも「ペンブローク山」に残っている氷河が溶け出した水が作り出す滝なのだそうです。しかし、あと20年ほどでこの氷河は完全に溶けて消滅するとみられるため、これらの滝も同時に見くことができなくなりそうです。

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待望の滝が間近に現れました。私は「滝オタク」なのです。

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斜面を流れ落ちる長大な滝を背景に記念撮影しました。雨天によって一時的に出現した滝なのでしょう。後で調べると、「シンドバッド渓谷」付近にある滝のようです。

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そして、クルーズの終盤に見た水量が豊富な「ボーウェン滝」(落差160m)には大満足しました。

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「タスマン海」の近くにある「デールポイント」まで航行したところで引き返したと思いますが、霧雨が小雨に変わったこともあり、「タスマン海」の様子をはっきり確認することはできませんでした。別の機会に期待することにしました。注釈:これが叶うのは20年後の2019年5月、ノルウェーの「ハダンゲル・フィヨルド」と「ネーロイ・フィヨルド」においてのこと

帰路も専用バスに乗車。4時間ほどかけて午後9時ころ「クィーンズタウン」到着しました。前日と同じホテル「ガーデンズパークロイヤル」に宿泊。長い一日(13時間の小旅行)になりました。(続く)

2020年5月 3日 (日)

ニュージーランド旅行は楽しい!(その3) クィーンズタウン

翌朝(415日)、ホテルから「ヴィクトリア・スクエア」越しに見たクィーンズタウンの町並みです。斜め(写真左上方)に伸びる「ヴィクトリア通とKilmore St(東西方向、写真の左右方向)Durham St N(南北方向、写真右上方に続く)による五角形の変則交差点角(ヴィクトリア通りに面した場所)には「クライストチャーチ・カジノ」が確認できます。注釈:写真に表示された時刻は日本時間(現地時間より3時間遅れている)

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午前8時にホテルを出発。北西方向へ伸びるヴィクトリア通りを通って「クライストチャーチ空港」へ向かう途中、先ほど出発したホテルから見た「クライストチャーチ・カジノ」の前を通過しました。

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「カジノ」前を通過したところで振り返ると、ヴィクトリア通りが行き当たる後正面の「ヴィクトリア・スクエア」の先に、出発したばかりのホテル「パークロイヤルクライストチャーチ」が見えます。

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20分ほどで到着した「クライストチャーチ空港」のロビーで搭乗を待ちました。

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午前1040分にクライストチャーチ空港を離陸したアンセット・オーストラリア航空機(AN609便)はクィーンズタウンへ向けて飛行し、「オプハ湖」(写真中央やや右)と「テカポ湖」(写真左上)の近くを通過します。遠くに見えるのは「南アルプス」の山々です。その左端に写るのが冠雪した「クック山」(標高:3724mかもしれません。

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次いで「オハウ湖」(写真左)と「プカキ湖」(写真右)

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搭乗する「AN609便」の機体が高度を下げました。「ワナカ湖」とそこから流れ出る「クルタ川」が確認できます。

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午前11時25分に山並に囲まれた「クィーンズタウン空港」に到着。クィーンズタウンの市街地は5㎞ほど西方にあるようです。

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年間およそ130万人の観光客が訪れるという「クィーンズタウン」の名前は周囲の山々に囲まれたその美しさが「ヴィクトリア女王にふさわしい」からとして名付けられたことに由来するそうです。ちなみに、「ヴィクトリア女王」については(その1)を参照。内陸に位置するため、昼夜の温度差が大きいようです。1862年に金脈が発見されて発展した町でしたが、金脈が尽きると衰退したそうです。現在は自然の地形や景観を生かした観光やスポーツの拠点として栄えています。ちなみに、人口は約16,000人(周辺を含めると約29,000人)。

軽く昼食を摂(と)った後、「ワカティプ湖」の湖畔に出ると、木製桟橋の巨大な「キウイの像」がありました。ニュージーランドを代表する飛べない鳥「キウイ」です。

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クィーンズタウン名物の「スカイライン・ゴンドラSkyline Gondolas)」に乗ることにしました。「キウイの像」から緩(ゆる)やかな坂道を約500m上がった山麓、「キウイバードライフパーク」のすぐ近くに乗り場がありました。思ったよりも小型のゴンドラが狭い間隔でロープで牽引(けんいん)されています。

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山麓駅の大きなガラスドアには頂上に様々な施設があることが表示されています。当時の利用料金を覚えていませんが、現在の大人料金はNZ$44(約3000円)とやや高額。しかし、「クィーンズタウン」の最大観光スポットですから、「クィーンズタウン」を訪れる人(観光客)にはぜひ利用することをお勧めします。

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急上昇するゴンドラからは「クィーンズタウン」の町並みと「ワカティプ湖」、そして「南アルプス」の冠雪した稜線(りょうせん)を一望することができました。

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「ワカティプ湖」に突き出した緑の半岬(みさき)が印象的です。

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「山頂の展望台」(標高800m)からの展望です。あまりの美しさにしばし見入ってしまいました。これまで世界各地(約50か国)を訪れましたが、間違いなくベストテンに入る景観です。

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「スカイライン・ゴンドラ」で麓(ふもと)まで下りた後は「キウイバードライフパーク」に立ち寄りました。「キウイ」は夜行性の鳥のようで内部は薄暗くなっていたと思います。写真撮影は禁止。高い料金(注釈:現在の入場料はNZ$30/2000円)だったと思いますが、よく観察することができず、やや期待外れでした。

これまで紹介した他、クィーンズタウンの観光スポットをリストアップすると,、「クィーンズタウン」の桟橋近くには市民が集う「アーンスロウ・パークのマーケット」、「ワイ・ウォーターフロント・レストラン」、「クルーズ船乗り場」、「ジェットボート乗り場」、「クィーンズタウン海中公園」などがあります。

この日はすぐ近くにある「ガーデンズパークロイヤル」(現クラウンプラサ・クイーンズタウン)に宿泊しました。(続く)

2020年5月 2日 (土)

ニュージーランド旅行は楽しい!(その2) 高原列車の旅

翌日(414日)は「高原列車の旅」に出かけました。他のホテルに宿泊する日本人客も乗り込んできた専用バスは午前830分にクライストチャーチを出発して午前945分に約70㎞西方にある「スプリングフィールド駅」へ到着。

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スプリングフィールドは南アルプスの山麓にある小さな町で、南西方向にある広大なカンタベリー平野と北西方向の南アルプス山脈(Southern Alps)を見晴らすことができる場所です。ちなみに、最高峰はニュージーランド1位の高さを誇る「クック山」(標高:3724m別名:アオラキ)。

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他のバスに乗車してきた観光客たちとともに午前10時発の「トランズ・アルパイン号」に乗車すると、「ワイマカリリ川」沿いにゆっくり上って行きます。座席は対面の4人掛けですが、オフシーズンであるためか、客車内は貸し切り同然でした。

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ここで海外における長距離列車の思い出です。最初の乗車経験は初めての海外旅行先であるフランスのパリ(ノルド駅)からオランダのアムステルダム駅までの国際列車でした。2度目はアメリカのワシントンD.C.のユニオン駅からニューヨークのペンシルバニア駅までのアムトラック(約330km/3時間40分)で移動、カナダのバンクーバー駅からジャスパー駅までの展望車が接続されたVIA鉄道の個室寝台列車「カナディアン号」(距離:約900km、所要時間:20時間)。

アメリカから帰国した後は、中国の南京駅から上海駅まで(約300km/3時間)の業務移動(説明:現在は新幹線/高速鉄道が2路線ある)、イギリスのロンドン駅からバーミンガムまでの近郊列車(約200kn/1時間50分)、そしてスイスのジュネーブ駅からフランスのパリのリオン駅までのTGV410km/3時間40分、説明:最高速度は速いが都市部では徐行するため平均速度は意外に遅い)と計6回。今回の「トランズ・アルパイン号」を含めても計7回なのです。

この10年来、密かに考えていたことですが、シンガポール(現在はマレーシアのジョホールバル)を出発してマレー半島を縦断、クアラルンプールを経由してタイのバンコクに至る鉄道路線、「イースタン&オリエンタル急行」とも呼ばれる「マレー鉄道」の旅(23日)の計画は、今となっては叶わぬ夢になりそうです。

閑話休題。広大な自然公園「アーサーズ・パス国立公園」内にある「アーサーズ・パス駅」(海抜737m)で一時停車。自然公園内にあるトレッキングコースを楽しむ多数の旅客が乗降するためです。生憎の雨天ですが駅構内を5分ほど散策した後、再び乗車して隣り(約40㎞先)の「オティラ駅」で下車しました。

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先回りしていた専用バスに乗り換えると、専用バスはさらに山奥へと分け入って行きます。

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アーサー峠」のレストランで昼食(鶏・鹿・魚から選択)を摂(と)ったあと、午後145分にアーサー峠を出発してクライストチャーチ方面の引き返し、午後315分にスプリングフィールド近く(約10㎞北方)の「ワイマカリリ渓谷」に立ち寄りました。

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最高速度が時速90㎞という「ジェットボート」(Wimak Alpine Jet)に乗船。20分ほどの快適(ややスリリング)な体験でした。流れが緩(ゆる)やかであることで、高速走行は快適。最後の360度ターンは「ジェットボート」の見せ所でした。

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プチ情報です。ジェットボートは推進力を、プロペラではなく、船底から吸い込んだ水を高速で噴き出すウォータージェット・ユニット(ジェット推進)で得るニュー―ランド発祥(1950年ころ)の高速レジャーボートです。船体はすべて軽量アルミニューム製で、30センチほどしか水がない浅い川でも進めるそうです。ちなみに、名前が似ている「パワーボート」はアメリカ発祥のレース用高速ボート。日本では小型の「パワーボート」が競艇で使われているようです。

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さらに、クライストチャーチ方面へ戻って、午後445分に「ディーンズ農場」に立ち寄りました。立派なお屋敷の前庭でやや遅めの「アフタヌーン・ティー」をいただきました。イギリス発祥の喫茶習慣です。

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「ディーンズ農場」は18430年にクライストチャーチへ入植したスコットランド人のディーンズ一家(法律家のウイリアムとジョン)とその子孫がエイヴォン川沿い(現在のクライストチャーチの市街地)に農場を開きましたが、後に手狭になったため郊外へ農場を移転し、1914年に元の農場と住居をクライストチャーチ市に寄贈したそうです。ハグレー公園(クライストチャーチ植物園)の西方約2㎞にある住居跡は市によって管理され、"Riccarton Bush"の名称で一般に公開されているそうです。

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午後315分に「羊の毛刈り」と「牧羊犬」の見学が始まりました。

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同行者がお手伝い

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飼育されている羊の頭数が人口の何倍と多いニュージーランドは「羊の毛刈り」の本場ですが、日本でも札幌の「丸山公園」、大阪の「天王寺動物園」、千葉の「マザー牧場」などで「羊の毛刈り」を見学できるようです。

午後545分に農場を出発して、午後630分にクライストチャーチに帰着。前日と同じパークロイヤルクライストチャーチに宿泊しました。(続く)

2020年5月 1日 (金)

ニュージーランド旅行は楽しい!(その1) クライストチャーチ市内観光

仕事が一段落した機会を利用して同居者と一緒にニュージーランドへ旅行することを思い立ちました。『退職したら世界一周旅行をしよう!』 と不用意に口走ったことがあり、その手始めにと考えたのです。定年退職が数年後に近づいたタイミング、19994月のことです。南半球にあるニュージーランドを訪れるベストシーズンは12月から2月のようですが、仕事の都合でタイミングを外していまいました。

そこで、休暇期間に合わせた往復航空券と現地の宿泊・移動手段(航空券/レンタカー/鉄道/クルーズなど)について、利用し始めて4年目のインターネットをフル活用することで、短時間ですべて予約することができました。航空券は海外出張でマイレージが溜(たま)まっている日本航空を利用することに。ちなみに、旅行の概要は15年前のブログ記事ですでに紹介しています。

旅程は次の通りです。

4月12日 20::55 成田空港発のJL090便

4月13日 10:50 クライストチャーチ着、市内観光、パークロイヤルクライストチャーチ宿泊

4月14日 高原列車の旅、パークロイヤルクライストチャーチ宿泊

4月15日 10:40 クライストチャーチ空港発のAN609便(アンセット・オーストラリア航空)

         11:25 クィーンズタウン着、市内観光、ガーデンズパークロイヤル宿泊

4月16日 ミルフォードサウンド観光、ガーデンズパークロイヤル宿泊

4月17日 13:05 クィーンズタウン空港発のAN630(アンセット・オーストラリア航空)

         15:50 オークランド空港着、レンタカー利用、シェラトンオークランド宿泊

4月18日 オークランド市内観光、レンタカー利用、シェラトンオークランド宿泊

4月19日 11:30 オークランド空港発のJL099便

       19:25 成田空港着

成田空港発のJL090便は定刻の午前1050分にニュージーランド南島にあるクライストチャーチ空港に到着しました。成田空港を出発してからほぼ11時間後です。当時、この便は北島のオークランド空港を経てJL099便と便名を変えて成田空港へ戻るルートを取っていたと記憶しています。後にニュージーランド航空とのコードシェア(共同運航)を行いましたが、20123月に提携先を同じスターアライアンスの全日本空輸(ANA)に変更。

すなわち、日本からニュージーランドへの直行便はニュージーランド航空だけ(ANAとのコードシェア)が、成田空港-オークランド空港間(NZ90便/NZ99便、毎日運航、所要時間:15時間30分)と関西空港-オークランド空港間(NZ98便/NZ97便、週3回運航)、季節限定)で運行しています。ちなみに、現在のJL090便(毎日運航)はソウルの金浦空港発-羽田空港着に、JL099便(毎日運航)は羽田空港発-台北の松山空港着に変更されています。

話がそれたついでにプチ蘊蓄(うんちく)です。日本航空(JAL)の便名は”JL”に続けて3桁の数字で分かり易いのですが、全日本空輸(ANA)の場合は”NH”で始まります。”NIHON”の略かと思ったことがありますが、実は「国際航空運送協会(IATA)が規定している2文字の「IATA航空会社コード」に従っています。全日本空輸の前身である「日本ヘリコプタ-輸送株式会社」(Nippon Helicopter)の頭文字を取ったものです。ただし、国内便には国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)に登録されている3レタ-コ-ド(ANA)を使っています。ちなみに、日本航空も同様に国内便では"JAL”を使用。

閑話休題。ニュージーランドの南島中部のカンタベリー平野東海岸に位置するクライストチャーチ(人口:約40万人)はニュージーランドでオークランド(人口:訳170万人)に次いで人口が多い都市です。キリスト教会を意味する名称は移民段組織代表者の出身地、イギリスのオックスフォード大学のカレッジ名に因(ちな)むもので、1948年に市名に採用されたそうです。

おもな産業はカンタベリー平野を中心に酪農・畜産・農業が行われており、近年は海外からの観光客が多く、観光や旅行業も盛んであるそうです。海洋性気候の温暖な気候はニュージーランドの主要都市の中で最も人気があるとのこと。

市の中心部から西北西約9㎞に位置するクライストチャーチ空港からタクシーを利用して市街地へ向かい、この日宿泊する予定である大型ホテルの「パークロイヤルクライストチャーチ」のクロークに荷物を預けました。

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ちなみに、このホテルは後に「クラウン・プラザ・クライストチャーチ」に名称が変わり、2011年の大地震で大きな被害を受けたため取り壊され、その後 立て直されたそうです。

早速、市内観光に出かけることにして、ホテルの筋向いにある美しい公園「ヴィクトリア・スクエア」へ向かいました。その入口近くにある堂々とした「ヴィクトリア女王の銅像」前で記念撮影です。ちなみに、台座には移民者たち・農夫・牧羊者などのレリーフがありました。ちなみに、写真に表示された時刻はは日本時間ですから、時差分の3時間だけ遅れています。

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ヴィクトリア女王はイギリス・ハノーヴァー朝第6代女王(即位時の年齢:18歳、在位期間:637か月/1837620 - 1901122日)で、世界各地を植民地化して大英帝国を繁栄に導いた人物です。そして、その子でイギリス王のエドワード7世はニュージーランド王を兼務し、以降イギリス王(または女王)がニュージーランド王(または女王)を兼務して現在に至っています。つまり、ニュージーランドは立憲君主制の王国で、国家元首はイギリス王(または女王)が兼務するニュージーランド王(または女王)なのです。また、その代理者としてニュージーランド総督(Governor General)が置かれています。

閑話休題。公園の奥にはニュージーランドに到達した探検家「キャプテン・クック(ジェームス・クック)の像」もありました。

公園の脇を流れる綺麗な「エイヴォン川」へ向かいました。17年前(1983年)に出張で立ち寄ったことがある景色の美しい場所です。

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次いで、300mほど南にある「クライストチャーチ大聖堂」を訪れました。クライストチャーチのシンボルとして有名な観光スポットです。1864年に着工されて石造りで建設されましたが、3度の地震に見舞われたため、約40年後の1904年に竣工したそうです。

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有料の塔へ上がってみました。螺旋(らせん)階段の壁に落書きが目立ちます。ここには写っていませんが、日本語の落書きもあったことを後になって知りました。

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塔の上部からは周辺の建物が見渡せました。

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大聖堂は2011年の大地震で大聖堂全体が大破し、上半分が崩落した尖塔は完全に取り壊されたそうです。また、財政的な理由で一旦は大聖堂を解体することが決まりましたが、2017年に一転して修復することになったようです。現在は立ち入りが禁止されているとのこと。その代わり、近くに紙管を使った聖堂「カードボード・カセドラル」(日本人建築家の坂茂氏の設計)が仮設されたそうです。航空写真で確認すると大聖堂周辺にあった古い建物は取り壊されているようです。

市民の足であった「トラム(路面電車)」は1995年に市街地を網羅する観光用乗り物として復活していました。市街地の移動に何度か利用させてもらいました。

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この日は半日観光でしたから立ち寄りませんでしたが、時間の余裕があれば市中心部の西側にあって世界第3位の広さ(東京ドーム35個分)を誇る「ハグレー公園」とその中にあり四季の花々が咲き乱れるという「クライストチャーチ植物園」(1863年開園)、地元の歴史に関する展示がある「カンタベリー博物館」(1867年開館)、そしてホテル「クラウン・プラザ」の東方約100mにある「ニューリージェント・ストリート」(1930年代に作られたお洒落な通り)も訪れる価値がありそうです。(続く)

2020年4月17日 (金)

川崎市高津区溝口の商店街を散策する(最終回): 溝口中央商店街③

「二ヶ領用水」の「二子南橋」に到着。写真は東(下流)方向を撮影したものです。

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橋の先に桜が咲いているようです。

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西(上流)方向も真っ直ぐ伸びています。用水には微妙な傾斜(勾配)を付けてあることが分かります。

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「府中街道」と並行するように伸びる「二ヶ領用水」の下流方面で古い桜の木を見つけました。

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これは「二子南橋」の少し上流で見かけた八重桜です。

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さらに上流方向へ歩きました。この先で「二ヶ領用水」はマンション街を抜け、右へカーブしながら「田園都市線」の高架を潜るようです。

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親水エリアで鳩が餌(えさ)を啄(ついば)みながら日向(ひなた)ぼっこをしています。

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「二子南橋」へ戻ります。

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予定時間が近づきましたので、この日に予定される「ランチ会」の会場へ向かい、見覚えのあるアメリカンリブステーキとクラフトビールのCENTURY CAFÉ1階)と「コミック インターネット Fresh 溝の口店」(2階)の前に出ました。

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向かい側にあるカフェ“TETO TEO 溝の口本店”(プラウド溝の口1F)。先月、2号店を高津区二子新地(二子新地駅近く)にオープンしたようです。

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ゲームセンターの「イミクランデ 溝の口店」(地上4階建て)ではアーケードゲーム、キッズゲーム、音ゲー、UFOキャッチャー、スロット、競馬ゲーム、マージャンゲームなど多彩なゲーを楽しめるようです。ちなみに、東京都と神奈川県に7店舗展開しているとのこと。右手角には先ほど見かけた「メガネストアー」が。

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「定例ランチ会」の様子は関連のブログ「竹輪会」に掲載してありますので、興味がある方はそちらを参照してください。◇

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