音楽

2025年5月22日 (木)

30数年来の夢がもう直ぐ叶いそうです!

筆者とパソコンの出会いは45年ほど前の1980年頃で、古いブログ記事(2005年12月19日付け)に1999年までの顛末(てんまつ)をまとめて書いています。今回はその記事で触れた"MacIntosh Ⅱsi"(1991年購入)とカシオの電子キーボードを使った「音楽の自動演奏」に纏(まつ)わる話とその後日談です。

アメリカに在住している時に購入した"MacIntosh Ⅱ si"(1989年9月から1993年3月まで販売)は”Apple Computer”(現在のApple)によって設計・製造され、1990年10月から1993年3月まで販売された卓上型のパーソナル・コンピューターであり、先に販売された"MacIntosh Ⅱ ci"の後継機です。その洗練された外観は「アップル」らしさを感じさせました。なお、本体価格はUS$2,999(当時約39万円、2023年時点の$6,994/90万円と同等).

CPUは"MC68030@20MHz"、メモリは1MB(17MBまで拡張可能)、ブラウン管型カラー・ディスプレイは最大解像度640x480、そして外部端子の一つとして「MIDI端子」が付属していました。「MIDI端子」があることが大きなポイントで、当時所有していたカシオ製電子キーボードと「MIDIケーブル」で接続することができました。

なお、"MIDI"とは”Musical Instrument Digital Interface"の略で、電子楽器の演奏データを機器間でデジタル転送するための世界共通規格。1983年に日本のMIDI規格協議会(現在の社団法人音楽電子事業協会)と国際団体の"MIDI Manufacturers Association"により誕生しました。

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自動演奏を行うためには、2つの電子機器(パソコンと電子楽器)を「MIDIケーブル」で接続した上、パソコンの"MacIntosh Ⅱ si"に"MIDI"用の自動演奏アプリ(シーケンサー・ソフト)をインストールする必要がありました。このアプリを使い楽譜データを入力すると、その曲を"MacIntosh Ⅱ si"で再生するだけではなく、「MIDIケーブル」で接続した「電子キーボード」を遠隔制御することができたのです。

また、「電子キーボード」の音色を「ピアノ」「オルガン」「フルート」「バイオリン」などから選ぶことで、様々な楽器で様々な曲を自動演奏できるのです。もちろん、曲の速度も自由に調整することができます。

当時のアプリは、同時に一つの音しか演奏できない(ユニゾン)であることは当時の限界だったように思います。しかし、様々な楽器を自由自在に演奏する快感があり、多数の曲(音符)データを「パソコン」に入力して、大いに楽しみました。中島みゆきさんが作詞・作曲した「春なのに」がその一曲です。

なお、時には気分転換として同じ「パソコン」にインストールした「フライトシミュレーター」で飛行機の操縦(離陸・巡行・着陸)を楽しむこともありました。

しかし、パソコンが自動演奏する音楽に段々飽きてきた筆者は、いつの日か自身の手でキーボードを演奏してみたいと思うようになり、いつしかショパンの目が回るような「幻想即興曲」を弾けるようになることが最終目標になっていました。

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5年間のアメリカ赴任を終えて1994年に日本へ帰任してからは、それまでに増して忙しく海外出張をこなす日々に戻りました。そして、上記の夢を封印して60歳で定年退職を迎えることになりました。そして、退職後は同居者と一緒に国内旅行と海外旅行をする日々を10数年送りました。

その様子は当ブログ記事(「温泉大好き、ドライブも!」(2005年10月~2013年11月)と「旅行大好き、飛行機も!」(2013年11月~)に詳しく記録してありますので、興味のある方は参照してみてください。なお、海外旅行は気管支喘息の発作により緊急入院(2029年8月)することになる3か月前に出かけた北欧4か国(2019年5月)が最後になってしまいましたが・・。

旅行三昧の9年間が経過した2015年1月下旬に古希(69歳、注釈:最近は満70歳とする方が多い)を迎えました。それを機に何か新しいことを始めようと考えた時、最初に思い浮かんだのが「ピアノ」を弾くことでした。早速、近くのピアノ教室へ入学を申し込むと、1か月後(3月)からシニア用個人レッスン(月3回・各30分)の空きがあるとのこと。

それから苦節10年、休まずにピアノ教室に通いました。簡単なクラッシック曲が中心のレッスンです。気力と脳力の衰えを遅らせることが一番目の目的でした。担当する先生が平均2年ほどの間隔で変わったことでマンネリにならなかったのが良かったようです。ただし、練習量が少ないため、上達のスピードは遅々たるものでした。

なお、先生が選んでくれた教則本を3冊目まで終了したところで、4冊目の教則本(曲集)は筆者自身が選ぶことになり、クラシック曲・洋楽・日本のヒット曲・童謡など幅広い曲が網羅されたもに落ち着きました。クラシック曲と洋楽の練習が数曲進んだところで先生から訊(き)かれました。『教則本に含まれていない曲で何か弾きたいものはありますか?』 と。

3月であったことから、筆者は思わず、『中島みゆきさんの「春なのに」を練習したいです』 と答えてしまいました。

先生が有料楽譜サイトからダウンロードしてくれた楽譜(注釈:筆者のレベルを考慮して一番易しいアレンジ版)を使った練習が始まりました。そして、2か月後には何とか丸印(説明:合格ではなく、自分だけで練習できるレベルに達したとの確認)を貰えました。

思い返すと音楽の自動演奏を始めてから30数年が経ち、やっと筆者自身の両手(指)と右足を使って「春なのに」を弾けるようになったのです。もちろん、「ユニゾン」ではありません。これからは最終目標(注釈:無謀であることは十分承知している)であるショパンの「幻想即興曲」を目指してピアノ練習を続けたいと思います。◇

2025年1月12日 (日)

ウィン・フィル ニューイヤー・コンサート2025

元日の午後7時からウィーンの楽友協会からの生中継で「ウイン・フィル ニューイヤー・コンサート」がNHKのEテレで放送されました。いつもは居間のソファーに座ってテレビ画面を眺(なが)めながら開始時間を待ち受けているのですが、今年は番組を録画予約して翌日に観る(聴く)ことにしました。年末からわが家には孫たちが5-6人集まってくれて、賑(にぎ)やかな時間を過ごしていたからです。

翌日、録画しておいた番組を観ていると、約1時間が経過したところで再生が終了してしまいました。その理由はレコーダーのハードディスク(HDD)が他の予約番組でほぼ一杯になったため、録画操作が自動的に中断していたのです。バレーのシーンを楽しみにしている同居者からは・・。1月11日午後2時から同じEテレで再放送されることを知っていた筆者は録画予約に再挑戦をしました。

これが関連のブログ記事を投稿するのが10日間ほど遅れた背景説明です。言い訳はここまでにして、ここから先が1月11日にEテレの再放送番組を見ながら書いたブログ記事の本文です。

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「ワルツ王ヨハン・シュトラウスⅡ生誕200年」である今年(2025年)、現地ウィンではウィン・フィルのニューイヤー・コンサートが例年以上の盛り上がりで迎えられていることを紹介して番組が始まりました。今年の指揮者は近年の「ウィン・ フィルニューイヤー・コンサート」で最多の7回目(2021年から4年ぶり)となるリッカルド・ムーティさん(83歳、イタリア)です。私見ですが、ウィン・フィルのニューイヤーコンサートに最も望まれる指揮者でしょう。

番組の司会役であるNHKの林田理沙アナウンサーも順当な人選と言えます。「ブラタモリ」の5代目アシスタントを2018年から2年間務めて高い人気を博しただけではなく、東京芸術大学大学院(音楽研究科修士課程)出身という西洋音楽に造詣(ぞうけい)の深いアナウンサーでもあるのです。ゲストは俳優の夏木マリさん。

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15分後にコンサート会場から「第1部」の中継が始まりました。指揮者のリッカルド・ムーティさんが登場すると、観客は盛大な拍手で迎えました。今回、最初の曲に選ばれたのはヨハン・シュトラウスIの「自由行進曲Op.226」、次いでヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「オーストリアの村のツバメOp.164」まで演奏が進んだところて聴衆に会釈して小休止です。

再開するとヨハン・シュトラウスII「取壊しポルカOp.269」、同「入江のワルツOp.411」。小休止を挟んで、エドゥワルド・シュトラウスの「ポルカ・シュネルOp.206」と筆者には馴染みのない曲目が続いたところで第一部が終了しました。ムーティさんの安定感に溢(あふ)れる指揮ぶりが印象的です。それはウィン・フィルとの一体感であるとも言えるでしょう。

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休憩時間を利用して主な楽団員の活動を紹介。林田アナの質問にゲストの夏木マリさんがそれまでの演奏についての感想を披露。演奏に参加していたウィン・フィル楽団長のダニエル・フロシャウアーさんも会話に参加。これは毎年のことですが・・。学生時代にドイツを少し学んだだけの筆者にはもちろん通訳者の日本語訳が必要でした。対話の最後に林田アナは「ダンケシェーン(Danke schōn)」と卒なく締めくくりました。

残りの時間はVTRを交えて第二部で取り上げられる女性作曲家ガイガーの紹介とウィン・フィルの状況、ワルツ王ヨハン・シュトラウスIIについて紹介。

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第二部が始まりました。ガイガーなどの曲を挟(はさ)んでヨハン・シュトラウスIIの曲目が何曲も続きます。

最初の曲、ヨハン・シュトラウスⅡの歌劇「ジプシー男爵序曲」の演奏が終わったところで楽団員の笑顔が溢(あふ)れました。同「加速度円舞曲Op.234」の演奏が始まると共に宮殿におけるバレーのシーンが登場。モダンなデザインの衣装とその斬新な色のコーディネーションが目を惹(ひ)きました。同居者が楽しみにしているのです。

画面は演奏会場に戻りました。なぜか少し待ち時間があり、ヘルメスベルガーの喜歌劇「すみれ娘」から「愉快な仲間の行進曲」とガイガーの「フェルディナンド・ワルツ」が演奏されたところで小休止。

ヨハン・シュトラウスIIのポルカ・シュネル「あれか、これか」でバレリーナが再登場しました。またもや衣装が奇抜です。

ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「トランスアツィオンOp.184」と小休止の後は、ヨハン・シュトラウスIIの「アンネンポルカOp.117」と同「トリッチトラッチポルカOp.214」、さらにヨハン・シュトラウスIIのワルツ「酒、女、歌Op.333」が続きました。

観客と楽団員の拍手が鳴り止まない中、最後の曲目になりました。ヨハン・シュトラウスIIのポルカ・シュネル「インドの舞姫Op.351」でした。この曲はヨハン・シュトラウスⅡの「エジプト行進曲」とともに異国趣味に溢(あふ)れており、その時代を反映しています。同時代のモーツァルトによる「トルコ行進曲」も同様でしょう。

鳴り止まない拍手の中、『新年おめでとう(Frohes Neues Jahr)』の掛け声で、いよいよアンコール曲です。

ヨハン・シュトラウスIIのワルツ「美しく青きドナウOp.314」は緩(ゆる)やかに、そしてヨハン・シュトラウスIの「ラデッキー行進曲Op.228」は威風堂々と。この二曲は筆者にとって新年の贈り物です。特に、後者は筆者に新しい年をスタートするための活力を与えてくれるようです。

観客が全員スタンディングオベーションで指揮と演奏を讃えました。

[後書]筆者がウィン・フィルのニューイヤー・コンサートで指揮をするリッカルド・ムーティさんを最初に観たのは20年以上前(おそらく2004年)のことです。その溌剌(はつらつ)とした指揮ぶりは今も記憶に残っています。現在は髪に白いものが目立ちますが、指揮者としての存在感は当時以上でしょう。

そして、NHKの林田アナが楽しそうに番組の進行役を務めたことが印象に残りました。

2024年1月 2日 (火)

賑やかでも穏やかなわが家の大晦日と元旦!?

例年は筆者と同居者の2人で年を越しています。しかし、今年は大阪のコチビちゃん一家がわが家で正月を迎えてくれることになりました。予定より一日遅れでの帰省にはなりましたが賑やかな年末と正月を迎えています。

大晦日(12月31日)はコチビちゃん一家は二組に分かれて過ごすことになりました。一組は二子玉川でのショッピングに出かけ、もう一組はわが家でテレビゲーム三昧の時間を過ごしています。

筆者はいつも通りにのんびり過ごしています。居間のテレビをテレビゲーム用に開放しましたから、自室のテレビでテレビ東京(7CH)で放送される「孤独のグルメSP」と「出川哲郎の充電させてもらえませんか?」(説明:いずれも再放送番組を収録した特別番組ですから観たことがあるものがほとんど)、続いて午後4時からは「お大晦日に歌い継ぎたい100曲」(説明:テレビ東京の年末恒例番組、録画を中心に構成したテレ東開局60周年特別企画)を他ごとをしながらの「ながら視聴」が続きました。

一方、同居者は来訪者への食事サポートでいつもより忙しくしていますが、いつも以上に楽しそうです。そして、外出したグループが帰宅した午後7時過ぎに大勢で賑やかな夕食を楽しみました。

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ヒレカツが並んでいますが、筆者は年越しそばに少しだけ添えていただきました。何れも同居者のお手製です。

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二子玉川から帰ってきたばかりの孫娘が 『紅白歌合戦を観ても良い?』 と意外なことを言います。筆者は 『もちろん良いよ!!』 と応えながらテレビのチャンネルを"7CH"から"1CH"へと切り替えました。午後7時20分に開始する「紅白歌合戦」が丁度始まるところでした。舞台の袖からテレビカメラが司会者たちとともにステージへ入って行きます。以前のオープニングとは大きく変わった演出でした。

「紅白歌合戦」の展開に興味を持った筆者はテレビ画面を写真撮影することに。ドミノ倒しの準備が別会場で進められています。

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出演者の名前と曲は見覚えの無いものです。

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しばらくして自室へ移動した筆者は自室のテレビで「紅白歌合戦」を鑑賞することにしました。「スーパー銭湯」出身のグループのことは筆者にも分かります。

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しばらくは"CH1"と”CH7”を行ったり来たり!

午後10時から 『孤独のグルメSP 沖縄初上陸!"探さないでください"』 が始まりました。これも大晦日恒例の特別番組です。主演の井之頭五郎さんが年末になると必ずハプニングに巻き込まれるのがお決まりです。これまでは韓国の釜山へ緊急出張したり、自分の小さな車に大きな蟹の看板を積んで東京から北海道まで移動したりしています。

今回は都会のゴタゴタから逃れて沖縄で年末を過ごすことにした五郎さんです。沖縄の美味しい料理を満喫しながら、やはりハプニングに巻き込まれてしまいます。今回は歌とダンスのグループ一行と堤防上で遭遇した五郎さんは怪我をしたグループの運転手(マネージャー?)の役目を代行することになりました。

そして、グループの引き立て役として太鼓持ちのような役まで引き受けさせられてしまいます。方法の体で一行から逃げ出しますが、安心したのはほんの僅かです。怪我を押して車で移動しようとしている一行の運転手と再遭遇。心優しい五郎さんはその代行として台湾へ大きな荷物を届けることになりました。任務を完了して、台湾料理と夜市をたっぷり楽しむ五郎さん!目出度しめでたし!!

午後11時30分からは「生放送ジルベスター 年越しカウントダウン」が続きました。カウントダウン曲を楽しみにしていましたが、孫娘からパソコンについての質問が寄せられたため、カウントダウン曲が終わるシーンを見逃してしまいました。コンサートの後半を楽しんでから午前0時30分過ぎに就寝。

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元日は午前7時ころに起床。テレビ東京では早朝から「孤独のグルメ元日!」(説明:11時間を超える再放送番組)が放送されました。しばらく観たあと、午前7時30分にはTBSテレビへチャンネルを切り替えました。毎年、元日には「ニューイヤー駅伝」の中継が放送されるのです。

午前8時ころには元旦とお節とお雑煮です。元旦の挨拶をして賑やかな朝食が始まりました。

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同居者が手作りしたヒレカツが大晦日に続いて食卓に並んでいます。元旦の朝食も賑やかです。

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今年のお雑煮はいつもと違います。入っている具や餅がはっきりとは確認できないのです。

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確認すると切り餅が二切れと鶏肉、キノコ、青菜などでした。新しいメニューを作ったようです。

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お節から小皿へ少しづつ取り分けました。


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薄味で上品なお節です。今年も穏やかな年であることを願いました。

午前9時15分に「ニューイヤー駅伝」(正式名称:全日本実業団対抗駅伝競走大会)が群馬県庁前でスタートしました。1区は混戦でしたが、2区で抜け出したトヨタ自動車が終始安定した走りで首位を守りました。午後2時過ぎ、2位以下に2分余りの差を付けてトヨタ自動車(2・5・6区で区間賞を獲得)が優勝、2位はHonda、3位は旭化成でした。

トヨタ自動車とHondaと並んで優勝候補とされた富士通は後半追い上げましたが1区の出遅れが響いて9位と低調な成績です。4位の黒崎播磨と5位の三菱重工が検討したことが目立ちましたが、概ね順当な結果だったと思われます。なお、今夜7時から「ウイーンフィルニューイヤーコンサート2024年」が始まり、明日の午前8時には「箱根駅伝」がスタートします。賑やかな正月はまだ続きます。

テレビが空いたと思った同居者はNHK BSP4Kで放送中の「街角ピアノ スペシャル:ハラミちゃん パリを行く」を観始めました。筆者が心積もりしていた午後2時30分から日本テレビで放送される「元日から夜ふかし 村上&マツコと大爆笑2024」(予告編)は自室のテレビで看ることに。

午後4時過ぎに筆者のスマホンに常時インストールしている「地震予報」の警報音が鳴りました。北陸の能登地域で大型の地震が発生したようです。その後も頻繁に余震が発生したことで、テレビ放送は地震関連のニュース一色になりました。津波警報も続いています。注釈:主要テレビ局のなかでテレビ東京だけは通常番組にテロップを流すだけにしたのは、いかにも同社らしい合理的な対応です。

午後6時半頃になっても津波警報が出たままで、被害状況がほとんど報じられません。久しぶりに集まった家族で食卓を囲むことにしました。次の写真は第2弾(大人数用)のお節料理です。ただし、左上の大皿は同居者のお手製。

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午後7時になっても地震の情報を伝えるテレビ放送(Eテレ)の状況は変わりません。暫(しばら)くすると 『「ウインフィルニューイヤーコンサート」の放送は1月6日(土)午後2時からに延期する』 旨のテロップが流されました。北陸地方でかなりの被害が発生していることが報じられ始めました。

そして、報道内容に大きな変化が無くなった午後9時ごろにはほとんどのテレビ局が通常の番組(テロップニュース付)に戻りました。注釈:NHKとTBSを除く

ところで、明日開催される予定の第100回を迎える「箱根駅伝」(正式名称:東京箱根間往復大学駅伝競走)は予定通りに開催されるのでしょうか。もし開催されるとしても生中継による放送は・・。なお、過去に発生した大地震では直後のスポーツ大会が中止された例があるようです。

今年こそ穏やかな新年を迎えたと思っていましたが・・。◇

2021年11月16日 (火)

破断したワイヤレスヘッドホンを修復する!

お気に入りのソニー製ワイヤレスヘッドホン"WH-CH510"は度重なる外力によるストレスでヘッドホンベルトとイヤーパッドの接続部が破断して被覆線だけで繋(つな)がる状態になり、その代替品として新たにワイヤレスイヤホンを購入したことは先の関連ブログ記事で紹介しました。

応急処置として破断面を強力な接着剤で接着しましたが、破断面が鏡面ではないため、ちょっとした衝撃で再び破断してしまいました。なお、破断したのは次の写真の左側のイヤーパッドで、白っぽいものは接着剤の残滓(ざんし)です。

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もう少し強度を与える修復方法をあれこれ考えました。最初に思い付いた案はネジ留あるいは金属製の添え板を利用するというものでした。前者は簡便ですがネジの圧力がプラスチック製のヘッドベルトとイヤーパッドの強度を損なう恐れがあり、後者は外部に金属片を取り付けるため見た目が悪くなります。 

第三の案は充填材を使ってヘッドベルトとイヤーパッドを密接に接続した上、金属ワイヤーでしっかり固定するものです。

その手順は次の通りです。まず、ヘッドベルトの内側にあるカバーを外します。そしてヘッドベルトとイヤーパッド両方の破断面に小さな穴を2つずつあけて、被覆付き金属ワイヤーを穴に通して一周させてから締め付けるのです。ここで完全に締め付ける前、ヘッドベルトとイヤーパッドの間隔が狭くなったところで充填材(じゅうてんざい)を隙間(すきま)から注入します。

この時、はみ出した充填材が余分な部分に付かないようにヘッドベルトとイヤーパッドの端にテープを巻き付けて養生しました。こうしておけば接続部の形を整えるのも容易です。 

充填材が固化するまでに数時間かかりますが、それを待って充填が不十分な部分に充填材を追加。さらに数時間経過してからはみ出た充填材を削り取って整形します。

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カバーを外したヘッドベルトの内側です。なお、白い部分はワイヤーを固定するための充填材で、コードが貫通する円形の部品(注釈:ストッパー用と思われる)は取り除きました。

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斜め上から見た修復部

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ここでワイヤレスヘッドホンの機能に影響を与えていないかをチェックする動作確認を行いました。

最後にヘッドベルトのカバーを元通りに戻し、

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白っぽい充填材の表面を黒く塗れば修復作業は終了です。

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加えて、修復作業中に洗濯しておいたイヤーパッドカバーを元通りに被(かぶ)せました。

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以上の修復作業によってほぼ完璧に復元できましたが、実は見切って諦(あきら)めた機能があります。 

ソニー製ワイヤレスヘッドホンは使用しない時には平たくしてかさ張らないようにすることができます。具体的にはヘッドベルトとイヤーパッドが横方向の角度を変えられる回転機構です。イヤーパッド側に軸があり、ヘッドベルト側に軸受けとストッパーが具備されています。

今回のトラブルは外力によるストレスでその軸が根元で折れてしまったのです。残念ながら、破損した軸とイヤーパッドの接合を元通りの強度に戻すことは困難と判断しました。なお、縦方向の角度調整機能は健在です。(注釈:次の写真の左側を参照)

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ソニー製ワイヤレスヘッドホンは安価であるにもかかわらずiPhone SE(第一世代)と組み合わせて使う上で充分な性能があります。屋外て使うには大きさと重量(約132g、注釈:ソニー製ワイヤレスステレオヘッドセットWI-C310は約19g)にやや難点がありますが、それを補って余りがあります。

iPhone SE(第一世代)に添付されていた純正イヤホンはインナーイヤー型で、最近のiPhoneに付属している疑似カナル型の「Apple EarPods with Remote and Mic」とは機能と形状が異なります。マイクが付いていないだけではなく、イヤホンの形状も異なるのです。耳介(じかい、説明:外耳の一部)に引っ掛けて使うインナーイヤー型は平べったく外れやすいのです。 

イヤホンを室内で使用する分にはなんとかなりますが、屋外で歩行する場合には耳から外れ易くてイライラさせられます。ソニー製ワイヤレスイヤホンWI-C310(カナル型)も似たりよったりです。また、最近のテレビ番組でサイズ(形状)が合わないイヤホンが耳の病気の原因になることが詳細に伝えられました。

大きさと重量から室内用と考えられるワイヤレスヘッドホンですが、筆者の場合は屋外での利用に向いています。余談ですが、最近はワイヤレス骨伝導イヤホン(ヘッドホン)もいろいろ発売されています。興味深い存在だと思います。◇

2021年10月22日 (金)

ワイヤレス・ヘッドホンが破損!

1年3か月前に購入して愛用してきたソニー製ワイヤレス・ヘッドホン"WH-CH 510"が破損しました。筆者の乱暴な扱い方によるものです。

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自宅の室内はもちろん朝の散歩時にも"iPhone SE"(第一世代)とのコンビで活用してきました。操作が容易でありiPhone SEに付属するイヤホンに比べて良好な音質が気に入りました。それに味を占めた筆者は昼寝や就寝時にも使うようになったことでヘッドバンドとハウジング(注釈:厳密にはスライダーとアーム)の接続部が破断してしまいました。

仰向けに寝ていればワイヤレス・ヘッドホンに異常な外力がかかることはほとんど無いと思われますが、筆者の癖で横向きになることが良くあります。そうすると、ヘッドホンのハウジングには枕と筆者の頭の両方から圧迫する力(ストレス)がかかるのです。度重なるストレスが積もり積もってついには接続部が耐えきれなかったようです。

強力な接着剤で破断面を張り合わせると一応治(なお)ったように見えましたが、また外力が加わると破断してしまいました。なお、ワイヤレス・ヘッドホンの機能は生きています。しかし、片耳(左耳)だけが正常に装着できるだけなのです。しかも、悪いことに操作部がある右耳のカバーはブラブラの状態のままなのです。

本格的に修繕する方法を時間を掛けてじっくり考える必要がありそうです。当座使用する代替品を探すことにしました。同じものを購入するのも一案ですが、あえて別のタイプを探すことにしました。小型のワイヤレス・イヤホン(説明:左右が完全に独立した完全ワイヤレス・イヤホン)が各メーカーから発売されていますが、装着時の安定性や紛失する恐れがあることが懸念材料です。

そこで選んだ製品は同じソニー製のワイヤレス・ステレオ・ヘッドセット”WI-C310”です。左右のハウジングがケーブルで接続された「首掛け式」(ビハインド・ネック・タイプ、左右一体型)です。装着時の安定性が良く、電源スイッチや音量調整などの操作部は左側(L)にあり、少し慣れればブラインド・タッチで操作できそうです。

Amazon通販へ申し込むと翌日に大きめの段ボール箱が自宅に配達されました。

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開梱するとAmazonが送付時の衝撃を防止する梱包が施された小箱が出てきました。

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中に入っていたのは長さ約15.5㎝、幅約10㎝、厚さ約2㎝の小箱です。

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小箱を開けると、左側に本体とスペア用イヤーピースが入っていました。本体にはMサイズのイヤーピースが左右で計2個装着されていて、LサイズとSサイズが各2個づつビニール袋に収納されています。右側は充電用"USB Type-C"ケーブルx1と説明資料類です。

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本体は一体型ですから組み立てる必要はありません。なお、フラット・ケーブルを採用していることと2つのカナル型イヤホンが磁石で吸着するためケーブルが絡(から)みにくいようです。

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まず、電源ボタンを約2秒長押ししました。青ランプが点滅しましたから、電池の残量はあるようです。なお、電源を切るには電源ボタンを約2秒長押しするようのです。そして、説明書によれば、充電式電池の残量が少ないと赤ランプが点滅するとのこと。

さっそくペアリングを行いました。青ランプが2回ずつ点滅を繰り返すまで約7秒長押ししました。"iPhone SE"の設定モードでBluetoothの項目を確認すると他のBluetooth機器の名前とともに"WI-C310"が表示され、これをタップすると”Bluetooth connected”との英語によるアナウンスとともに接続状態に変わりました。同じソニー製ですから"WI-C310"から流れてくる英語のアナウンスは"WH-CH510"と同じですから安心感があります。

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"iPhone SE"で音楽を再生すると”WI-C310”からその音が流れてきました。ワイヤレス・ヘッドホン”WH-CH510”ほどではありませんがクリアーな音質です。なお、”WH-CH510”と同じBluetooth Ver.5.0”に対応していますからデータの転送速度が速く、遅延も少ないことから安定した音質(説明:音飛びが少ない)が期待できます。

カナル型イヤホンに最初から装着されていたMサイズのイヤーピースは私に合わないようで外耳道に上手く装着できません。Lサイズも同様です。最後にSサイズに変えると何とか安定して装着できました。高級品ではありませんから止むを得ないでしょう。

なお、ソニー製イヤーピース”EP-EX11”シリーズには"SS/S/M/L/LL"の4種類が用意されていますから、自分により合ったものが選べると思われます。


【参考情報】 ワイヤレス・ヘッドホン"WI-C310"の仕様
発売年:          2019年
連続使用可能時間:  15時間
形式:           密閉式ダイナミック型(カナル型)
ワイヤレス形式:    Bluetooth Ver.5.0 注釈:2019年に発表されたVer.5.1では方向探知機能が、
               2020年に発表されたVer.5.2ではLE Audioが追加された
対応コーデック:     SBC/AAC 注釈:iPhoneはSBCより圧縮効率が高く音質が良いAACを採用
変調方式:         FHSS
伝送帯域(A2DP):    20Hz-20,000Hz
ペアリング:        最大8台
操作機能:         電源ON/OFF、音量調整、曲送り/曲戻し、再生/一時停止、電話の着信/終話
通話機能:         ハンズフリー通話
マイクロフォン:      エレクトレットコンデンサー型
音声アシスト:       Siri対応
カラーバリエーション: ブラック/ホワイト/ゴールド/ブルー
携帯性:           ハウジングにマグネットを搭載
重さ:           19グラム

〈追記 2022年6月28日〉 SSサイズのイヤーピースを購入

購入から10年以上が経過して不調になったDVD/CDプレーヤーをAmazonで買い替えるついでにSSサイズのイヤーピースを購入しました。4ピースの製品が3組のセットでした。SSサイズのイヤーピースに交換するとこれまでのSサイズよりもフィット感が向上しました。ただし、色はブラックで本体のホワイトと面白いアクセントになったようです。

余談です。イヤホンをイヤフォンと表記することがあるようです。いずれも、英語の"earphone"をカタカナ表記したものですからどちらが正しいとは言えないでしょう。どちらかと言えばイヤホンの方が使われる頻度が高いようです。ただ、イアフォンはほとんど使われていませんから(注、誤っているとはいえませんが)使うことを避けた方が良いでしょう。そして、ヘッドホンとヘッドフォンも同様です。

2021年4月11日 (日)

東京・春・音楽祭2021 に名指揮者のリッカルド・ムーティ氏が登場

国内最大級の音楽祭である「東京・春・音楽祭2021」(主催:東京・春・音楽祭実行委員会)が319日から423日まで開催されています。今年は新型コロナウイルス感染対策で上野を中心とする各演奏会場では座席制限が行われることに加えて、ライブストリーミング配信も行われています。

ほとんどの演奏会は有料ですが、一部で無料で視聴できるプログラムがありました。それは410日から416日まで(毎日6-7時間、ただし13日は休み)視聴できる「イタリア・オペラ・アカデミー in Tokyo vol.2 アカデミー聴講プログラム/リハーサル」。今年のウィンフィル・ニューイヤー・コンサートで指揮をしたリッカルド・ムーティ氏による直接指導なのです。関連のホームページにアクセスして、氏名やメールアドレスなどを登録をすることで、視聴が可能になります。

視聴はスマホやパソコンなどでできます。ただし、OSのバージョンが新しいこと(Windows8.1以降、Mac OSX Catalina 10.15以降、Android 9以降、iOS 13以降など)が必要であり、同時に複数の端末からアクセスすることはできないようです。

早速、筆者の個人情報を登録するとメール認証を求められました。それをクリアーすると視聴登録をした番組への登録が可能になりました。これもクリアーするとライブ配信が始まりました。パソコンの画面が四分割されて、それぞれに異なったカメラで撮影したライブ画像が映し出されました。何れも良好な画質でした。パソコンでは4Kを選ぶ必要はないでしょう。また、iPhoneでは4K視聴は不可。

筆者が無料で観た番組はリッカルド・ムーティ氏が若手指揮者(指揮受講生4名)の指揮を見ながら直接指導する「イタリア・オペラ・アカデミー in Tokyo vol.2 アカデミー聴講プログラム/リハーサル」です。通訳を介してはいますが、名指揮者から直接手解きを受けることは若手指揮者にとってまたとないチャンスでしょう。

なお、リッカルド・ムーティ氏が指揮する演奏会(有料)は419日と421日の午後630分からヴェルディの歌劇「マクベス」、422日と423日の午後7時からモーツァルトの交響曲第35番ニ長調 K.385「ハフナー」が予定されています。(詳細はこちら

2021年1月13日 (水)

ソニー製ワイヤレス・ヘッドホンWH-CH510のイヤーパッドが劣化損傷!

昨年の7月に購入したソニー製ワイヤレス・ヘッドホンWH-CH510は安価であるにもかかわらず、筆者にとって機能と音質が十分満足できるものであったため、毎日のように長時間使用し続けて来ました。そんな折、今年に入ってイヤーパッドの劣化に気付きました。表面に裂け目ができ始めたのです。就寝時にradikoを良く聴くのですが、筆者の癖で時には頭の右側を枕に載せることがあります。つまり、ヘッドホンに頭の重さが掛かるのです。右側のイヤーパッドの損傷が激しいことがその証左です。表面に貼られた薄いプラスチック製シートは摩擦に弱いのでしょう。

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購入時と見た目が変わらない左耳側のイヤーパッド

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表面がかなり傷んだ右耳側のイヤーパッド

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電子ピアノのヘッドホンについてもスポンジ製のイヤーパッドが5年ほどで損傷したことがあります。その時、Amazonで出品製品を調べると、交換用イヤーパッドが安価で販売されており、問題なく交換することができました。今回も同様の方法で交換用イヤーパッドを購入することにして探しました。いくつか見つかりましたが、上記のスポンジ製イヤーパッドと異なり、本体への固定方法はプラスチック製の本体に同じくプラスチック製部品が装着されたイヤーパッドを嵌合(かんごう)させる構造になっていることが分かりました。互換性の問題がある可能性だけではなく、イヤーパッドを固定するために接着剤が使われているかも知れません。

ソニーのhpを閲覧すると、交換用イヤーパッドはヘッドホンを購入した店舗または「ソニーの相談窓口」で購入できることが分かりました。しかし、ソニーのhpにはイヤーパッドを交換する時にヘッドホンの本体を破損する恐れがあるため、「ソニーの相談窓口」に相談することと修理扱いにすることを推奨しています。修理料金の目安は約5,000円とのこと。これでは4,000円弱で購入したヘッドホンより高額になります。また、修理のためソニーの窓口に本体を何日か預ける必要があります。

そこで、発想を転換して、イヤーパッドの上に被せるカバーを使う案を検討しました。装着感や音質の劣化が懸念されますが、ヘッドホン本体への悪影響は最小限に抑えられることで、カバーが劣化した場合は簡単に新品と交換することができる利点があります。Amazonの商品の中から"mimimamo"と言う製品を見つけました。「スーパーストレッチ ヘッドホンカバー」(伸び率最大280%)です。サイズはLMがあり、ヘッドホン本体の色に合わせてカラーバージョンも多数揃っています。

筆者のヘッドホンWH-CH510Mサイズが適合することも分かりました。本体の色は黒ですからカバーの色も黒にしました。Amazonでの販売価格は2,200円と高い印象ですが、吸湿・速乾性に優れた国産生地の「テンセル」が使われており、優しい肌触りとのこと。また、抗菌・防臭加工が施されているそうです。早速、Amazonで購入することにしました。

翌朝、わが家に"mimimamo"が届きました。B5サイズに近い薄い梱包ですから郵便受けに入っていました。同時にAmazonサイトの「マイアカウント」には配送完了の通知も。

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早速、開梱して"User Manual"の指示にしたがってヘッドホンカバーをヘッドホンの本体(イヤーパッド部)に装着しました。

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いたって簡単な作業です。ドーナツ状のイヤーパッド全体がカバーでスッポリと覆(おお)われたことで見た目は少し変わりましたが違和感はありません。

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いつものように耳に装着すると、肌触りが無機質的なものからより自然素材に近くものに変わりましたが、音質はこれまでと同じのようです。機能面では右耳側にある操作ボタンが隠れることはなく、まったく問題はありませんでした。

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ヘッドホンカバーを装着したことで当面はソニー製ワイヤレス・ヘッドホンWH-CH510を安心して酷使(こくし)することができそうです。ちなみに、このヘッドホンカバーは洗濯可能ですから、汚れたり素材が伸びて緩(ゆる)みが出たりしても洗濯することで復活させることができるとのこと。きっと長持ちしてくれることでしょう。

2020年5月17日 (日)

BS-TBSのスペシャル番組「テレサ・テン 名曲熱唱 ~没後25年目の真実~」を観る

歌手テレサ・テン没後25年(説明:1995年5月8日に静養先のタイ・チェンマイで気管支喘息による発作のため死去)を迎えて202058日にBS-TBSで再放送された掲題の番組を観ました。2018年12月29日に初回放送されたこの番組は1989年(平成元年)1124日に放送された番組などTBSが保管する映像を集大成したものです。以下は番組を観ながら書いたあらすじです。

1953年に中国大陸出身の両親のもとに台湾で生まれたたテレサ・テンの生い立ちから、13歳で歌手デビューして、17歳の時香港に活動の場所を移し、さらに1974年、21歳には日本での歌手活動を開始。当時、テレサをスカウトした日本のレコード会社のスカウトなどがその経緯を証言しました。テレサの声の魅力や、父親が日本へ行くことに強く判断したことなどです。テレサの父親は戦時中、抗日活動をしていた国民党の軍人でした。日本のレコード会社の幹部がこの父親を直接説得したことでテレサは来日することになります。

演歌へ路線を変更した2作目の「空港」が大ヒットトし、この曲で第16回日本レコード大賞新人賞を獲得して日本でもトップ・スターの仲間入りを果たし、歌手活動も軌道に乗った。続く「雪化粧」もヒットし、さらなる活動が期待されました。しかし、台湾と香港などで実績があったテレサでしたが、日本では新人扱いで苦労したことと、それにめげないで歌に専念するテレサの歌声が続きました。日本での待遇も徐々に改善されて行きました。ドリフの人気テレビ番組である「全員集合」にも出演して活躍することになります。

テレサ・テンは日本以外での活動も続けていました。19735月に台湾で発表されたラブソング「月亮代表我的心」(邦題:月は何でも知っている)を1977年にカバーし、台湾だけではなく広く中華圏でヒットして、テレサ・テンの代表作になりました。中国語(北京語)だけで歌っているため、日本ではあまり知られていませんが、夏川りみさんが「永遠の月」(日本語の歌詞)の題名でカバーしています。ちなみに、原題を日本語に直訳すると『月は私の心を代表(表わ)している』 となります。

順風に思われた4年後の1979年、テレサは台湾(中華民国)のパスポートではなく、インドネシアの正規パスポートで日本へ入国しようとしたことで、一年間の国外退去処分を日本政府から受けてしまいます。グレーゾーンとの判断だったようですが・・。「紅白歌合戦」に出場する夢が破れたテレサはアメリカへ渡りました。

そんな折、テレサの歌(カセットテープのコピー)が中国国内で人気を博したことで、テレサは自らの意志と関係なく中国を巡る政治問題に巻き込まれて行きました。そして1年後、台湾政府に協力することを条件として台湾へ戻ることを許されたテレサは、台湾政府に利用され、軍の広告塔になります。時代の波に飲み込まれ始めたのです。

一方でテレサの日本復帰の動きが関係者達の努力によってデビューから5年後に実り始めました。1984年に再デビュー曲の「つぐない」(作詞:荒木とよひさ、作曲: 三木たかし)がリリースされました。しかし、パスポート事件の影響があったため、立ち上がりは絶不調。テレサの記者会見を機に人気が一気に復活してその年の「第17回日本有線大賞」を受賞。加えて、「日本レコード大賞」の最優秀歌唱賞にもノミネートされましたが惜しくも細川たかしに賞を譲ります。そして、翌1985年にリリースした再デビュー2曲目の「愛人」(作詞作曲は前作に同じ)も大ヒットして念願の「NHK紅白歌合戦」への初出場を決めました。しかも、前年に続き「日本有線大賞」を連続受賞。

番組の内容からそれますが、下の写真は1984年にリリースされたCD「つぐない」(オリジナル曲とカバー曲を計12曲収録)のジャケットを撮影したものです。

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閑話休題。翌1986年にリリーズされた第3曲目も「時の流れに身をまかせ」(作詞作曲は禅2曲と同じ)も大ヒット3年連続の「日本有線大賞」を受賞。1987年には「別れの予感」を・・。タイトルが自身の未来を暗示するようで意味深な曲でした。テレサ・テンが作詞家の荒木とよひささんと作曲家の三木たかしさんと対談してヒット曲について語り合うシーンが挿入されました。

中国で解放派の胡耀邦(こ ようほう)が実権を握ると、それまで禁止されていたテレサの歌が中国国内で解禁になり、テレサの夢であった中国本土でのチャリティコンサートが実現するかに見えました。しかし、ここで大きな波がテレサを襲います。胡耀邦が死去し、鄧 小平(とう しょうへい)が権力を握ると、民主化を要求する学生たちのデモ隊を中国の軍隊が鎮圧した「天安門事件」が1989年に勃発(ぼっぱつ)したのです。その直前、テレサは中国への返還が決まっていた香港で民主化活動を支援するコンサートを開いています。

天安門事件の直後に来日したテレサは自身の気持ちを記者たちに語り、また日本デビュー15周年番組の終盤にテレサは『自分が中国人であることを誇りに思っている。中国の将来を心配している』 と日本のファンに日本語で語りかけました。そして、最後に歌った2曲は「悲しい自由」と「時の流れに身をまかせ」です。

スペシャル番組の最後に民主化運動で荒れる現在の香港のシーン(注釈:香港の民主化デモは2019年3月に始まっていますから、今回の放送に当たって追加したと思われる)を流して2時間の番組が終わりました。テレサ・テンの生き様を知るとともに、自らのヒット曲と日本・中国・世界の名曲をカバーした曲など、多数のの名歌唱を堪能(たんのう)することができました。

                           ☆

最後に蛇足ですが、筆者の思い出を書きたいと思います。テレサ・テンが日本でデビューしたころから彼女の歌をラジオ放送やカセットテープで聴いていましたが、本格的に聴くようになったのは1983年からです。その切っ掛けになったのはソニーから発売されたカセットサイズ(伸縮ボディ)のウォークマン"WM-20"を購入したことです。

本体が小型(カセットケースと同じサイズ)であることと、解放型の小型ヘッドホン(バーチカルインザイヤー方式)が気に入りました。海外出張時に携行するのに最適なオーディオ製品でした。それまでも、搭乗する飛行機の機内サービスで音楽を聴いて楽しんでいましたが、好きな曲はそれほど多くない上、その音質に不満があったのです。

カセットサイズのウォークマンとカセットテープを数本、さらに交換用乾電池(単三アルカリ電池1本で約5時間駆動可)などをアタッシュケースに余裕を持って収納できました。テレサ・テンの歌声を聞いていれば長時間で退屈な長いフライト中も快適に過ごすことができました。特に、顧客とのハードな交渉を目的とする気が重い出張でもテレサの歌声で気持ちを落ち着かせることができるのです。つまり、私にとっては精神安定剤の「トランキライザー」代わりなのです。テレサの歌声に励まされたことで、度重なる難局をすべて乗り切ることができました。

どれほどテレサの歌を聞き続けたかを計算してみました。一回のフライトで少な目に見積もって20曲、おそらくカセットテープ2本の約30曲だったのでしょう。この推定によれば1983年からアメリカに転勤するまでの6年間(出張32回、64フライト)の累計で1200曲から1800曲を聴いたことになります。ちなみに、現在でもカラオケでテレサ・テンのヒット曲は例外なく歌うことができます。

今回のスペシャル番組において、30数年ぶりにテレサ・テンの曲をまとめて聴いているうちに、現役時代(特に1980年代)の海外出張を懐かしく思い出しました。

2020年2月15日 (土)

「美しく青きドナウ」の題名についての考察

今日(2月15日)の午前10時からテレビ朝日の音楽番組「題名のない音楽会」でウィーン・リング・アンサンブルの演奏シーンが中継されました。ウィーン・フィルハーモニーの主要団員で編成されるこのグループを率いるのはウィーン・フィルハーモニーのコンサートマスターを2016年までの45年間にわたって務めたライナー・キュッヒルさん。キュッヒルさんに現在の楽団長で第1ヴァイオリンのダニエル・フロシャウアーさんを加えてヴァイオリンが2人、ヴィオラ・チェロ・コントラバス・フルート・ホルンが各1人、クラリネットが2人の計9人編成です。

ちなみに、メンバーのほとんどがウィーン・フィルハーモニーのソロ奏者や首席奏者。また、2人のヴァイオリニストたちはウィーン・フィルハーモニーのニューイヤーコンサート(NHKによるテレビ中継)で顔を見知る人たちです。そして、楽団名にある「リング」は、私が想像した通り、ウィーンの旧市街を取り巻く環状道路の「リング」にちなんで命名されたそうです。

30分間の短い番組で演奏されたのは計3曲。ヨハン・シュトラウス1世が作曲した「ラデツキー行進曲」、スエズ運河の開通で生まれたヨハン・シュトラウス2世の「エジプト行進曲」(ライナー・キュッヒルさんが打楽器を担当)、そして最後の曲はもちろんヨハン・シュトラウス2世の代表曲である「美しく青きドナウ」でした。注釈:上記の文中では2012年のニューイヤーコンサート(マリス・ヤンソンス指揮)の"YouTube"(ビデオ)へリンク、私の好きな指揮者のひとりであるマリス・ヤンソンスさんは残念なことに昨年11月逝去された

1867年にシュトラウス2世が作曲した「美しく青きドナウ」("An der Shoenen, Blauen Donau")は合唱用のウインナ・ワルツですが、同氏が作曲した三大ワルツの中で最も人気が高いようです。なお、ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤーコンサートにおけるアンコール曲としてラデツキー行進曲とともに演奏されることでも知られます。注釈:"Schoenen"における"oe"は"O‐Umlaut"("o"の上に横並びの点が2つ載った文字、ドイツ語や北欧語などで使われる)の略式表記

「美しく青きドナウ」を聴いていると、私の頭の中に大きな疑問府が思い浮かびました。この有名なワルツ曲の曲名についての疑問です。こうなると我慢できないのは私の悪い癖であることを承知しながら、あれこれ調べてみることにしました。

ドイツ語の原題はハンガリーの詩人カール・イシドール・ベックの作品におけるドイツ語タイトル"An der Donau"(ドナウの畔で)を曲名として拝借したとされます。"An der Shoenen, Blauen Donau"を直訳すると、「美しい、青(碧)いドナウの畔(ほとり)で」となります。前置詞の"An"は「~に/で」(英語の”by”に相当)を意味します。

それが日本語で「美しく青きドナウ」になった理由は前置詞の"An"を無視(改変)したためですが、「日本ヨハン・シュトラウス協会」の呼称に従っているため、特に異論は出ていないようです。

また、「美しき青きドナウ」と呼ばれることがある理由はドイツ語の解釈をより厳密にしたためと考えられます。すなわち、形容詞の"Shoenen"(美しい)は続く形容詞の"Blauen"(青い)と並列ではなく("und"が入っていない)、"Blauen Donau"(青きドナウ)を修飾しているのです。つまり、日本語としては「美しき青き」の方が正確と言えるからなのです。□

2020年2月11日 (火)

第92回アカデミー賞受賞式

2月10日(月)の午前8時30分から衛星放送の"WOWOW"でロサンゼルスのドルビー・シアターから生中継された番組「アカデミー賞受賞式」を観ました。案内役はジョン・カビラさんと高島彩さん、ゲストはアメリカ在住の映画評論家の町山智浩(ともひろ)さん。私が愛聴しているTBSラジオのトーク番組「たまむすび」で毎週火曜日に最新映画を紹介する「アメリカ流れ者」のコーナーを担当しているとても話上手な人です。

下馬評(前評判)では、第一次世界大戦のフランス北部戦線を描いた「1917 命を掛けた伝令」(作品賞・監督賞・撮影賞など10部門でノミネート)と韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」(監督賞・脚本賞など6部門でノミネート)の最有力作品間の争いであり、次いで最多となる11部門でノミネートされたコミック映画の「ジョーカー」、ブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオが演じた落ち目の俳優とその専属スタントマンの2人を主人公とする愉快なドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(10部門でノミネート)、マフィア映画の「アイリッシュマン」(10部門でノミネート)、車好きの私が注目する「ル・マン24時間レース」(注釈:世界3大自動車レースの一つ)をフォード社の立場で描いた「フォード vs フェラーリ」(4部門でノミネート)、ルイザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott)の自伝小説「若草物語」(1868)を新たな視点で映画化した「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」(6部門でノミネート)などが挙(あ)がっていたようです。

昨年に続いて今年も司会者不在の受賞式です。怪我の巧妙により好評であった昨年のスタイルを踏襲して祭典が始まりました。最初に登場したのは歌手で作曲家・音楽プロデューサー・女優・モデルであるシャネール・モネイ、"It's a beautiful day in the neighbourhood"(2019年に公開された映画"A Beautiful Day in the Neighbourhood"のオープニング主題歌)を熱唱して会場を盛り上げました。

次いで登場したプレゼンターはコメディアンで俳優のスティヴ・マーティンと同じくコメディアンで俳優のクリス・ロック。まるで掛け合い漫才のようなやり取りと著名な出席者を弄(いじ)って会場を爆笑の渦に包みます。アメリカン・ジョークの連発はまるで機関銃のような凄(すさ)まじさです。

いつまで経っても受賞発表がないなと思っていると、本物のプレゼンターが現れて助演男優賞を発表しました。今回のアカデミー賞における一大関心事です。トム・ハンクス、アンソニー・ホプキンス、アル・パチーノ、ジョー・ペシなどのオスカー受賞者を相手に俳優として無冠の帝王(注釈:プロデューサーとしては5回受賞)のブラック・ピットが助演男優賞を受賞できるかどうか、もし受賞したらブラピがどんなスピーチをするか、映画ファンの関心が集まっているのです。そして受賞者は期待通りにブラック・ピットでした。しかし、スピーチはなぜか控え目。

ここからは駆け足で受賞者と受賞作品をできるだけ発表順に列挙します。

長編アニメ映画賞は「トイ・ストーリー4」

歌曲賞は「ロケットマン」の“(I’m Gonna) Love Me Again”

脚本賞は「パラサイト 半地下の家族」

脚色賞は「ジョジョ・ラビット」のタイカ・ワイティティ

短編実写映画賞は「向かいの窓(The Neighbors’s Window)」

美術賞は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

衣装デザイン賞は「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」のジャクリーン・デュラン

長編ドキュメンタリー賞は「アメリカン・ファクトリー」

短編ドキュメンタリー賞は“Learning to Skateboard in a Warzone (If You're a Girl)”

助演女優賞は「マリッジ・ストーリー」のローラ・ダーンが受賞しました。初めてのオスカーです。

音響編集賞は「フォード vs フェラーリ」

録音賞は「1917 命をかけた伝令」

撮影賞も「1917 命をかけた伝令」のロジャー・ディーキンス

編集賞は「フォード vs フェラーリ」のマイケル・マカスカーとアンドリュー・バックランド

メイクアップ・ヘアスタイリング賞(特殊メイク部門、旧メイクアップ賞)は日本人の辻一弘氏2019年に米国籍/市民権を取得して"Kazu Hiro"に変名)。2018年の「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」に続いて「スキャンダル」で2度の受賞。快挙です。

視覚効果賞は「1917 命をかけた伝令」

国際長編映画賞(外国語映画賞)は「パラサイト 半地下の家族」

作曲賞は「ジョーカー」のヒドゥル・グドナドッティル

短編アニメ映画賞は「Hair Love

監督賞は脚本賞・国際長編映画賞を受賞した「パラサイト」ポン・ジュノ監督が受賞。前評判の高さを反映した形になりました。

幕間には映画主題歌が何曲か披露され、その1曲として披露された"Into the Unknown"(アナ雪2のエンドソング)を松たか子さんが参加した女性グループ(世界のエルサ役たち)が歌い上げました。

主演男優賞は「ジョーカー」のホアキン・フェニックス

昨年、「ボヘミアン・ラプソディ」で主演男優賞を獲得したラミー・マレックがプレゼンターとして登場して出演女優賞を発表しました。初受賞となったのは「ジュディ 虹の彼方に原題:"Judy")のレネー・ゼルウィガー(注釈:本人はレネィが正しいという)です。「オズの魔法使い」で知られるミュージカル女優のジュディ・ガーランドを熱演・熱唱したことが評価されました。「コールドマウンテン」(2003年)での助演女優賞に続く主演女優賞の受賞となり、2つ目のオスカー獲得です。

最後を飾る最高の栄誉である作品賞(Best Picture)をどの作品が獲得するかがこの授賞式で最も注目されました。「フォードvsフェラーリ」「アイリッシュマン」「ジョーカー」「ストーリー・オブ・マイライフ」「マリッジ・ストーリー」「1917 命を懸けた伝令」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」「パラサイト 半地下の家族」が競った結果、最も勢いがあった「パラサイト 半地下の家族」部門受賞)に決まりました。

ちなみに「1917 命をかけた伝令」が撮影賞・音響編集賞・視覚効果賞の部門を受賞、「ジョーカー」は主演男優賞と作曲賞の冠、これらの2作品と4冠の「パラサイト 半地下の家族」が僅差でオスカーを競ったことが分かります。昨年は注目作品の「ボヘミアン・ラプソディ」「アリー/スター誕生」「グリーンブック」「女王陛下のお気に入り」「ブラックパンサー」「バイス」、そしてメキシコ映画の「ROMA/ローマ」などが目白押し状態でしたが、今年は静かな競争だったと言えます。

しかし、国策で力を付けた韓国映画を象徴する「パラサイト 半地下の家族」がアカデミー賞の主役になったことが映画ファンへ強烈なインパクトを与えたと思います。そして、一昨年の第71回カンヌ国際映画祭において最高賞であるパルム・ドールを獲得した是枝裕和(これえだひろかず)監督の「万引き家族」と同様、社会の格差問題を扱った作品であることに今の時代を感じました。□


〈追記 2020.2.17> ミュージカル映画「シカゴ」を観る
レネー・ゼルウィガーが主演したミュージカル映画「シカゴ」(2002年)は、放送映画批評家協会賞(2003年1月)のアンサンブル演技賞を受賞しましたが、75回アカデミー賞(2003年2月)では主演女優賞にノミネートされたものの惜(お)しくも「めぐりあう時間たち」のニコール・キッドマン にオスカーを浚(さら)われました。しかし、助演したキャサリン・ゼタ=ジョーンズが助演女優賞を獲得したほか、作品賞・美術賞・衣装デザイン賞・音響賞・編集賞の6部門でオスカーを獲得し、この年の最高峰作品に選ばれました。

例によって長い前書きに続いて本題です。衛星放送の"WOWOW"で放送されたミュージカル映画「シカゴ」を録画してあったことを思い出した私は早速観ることにしました。その時、同居者が突然、『私、この女優さん、大好き!』 と言います。キャサリン・ゼタ=ジョーンズのことかと思いましたが、レネー・ゼルウィガーの方でした。「ザ・エージェント」「コールドマウンテン」「ブリジット・ジョーンズの日記」など、これまでに主演した映画のタイトルを並べ、『映画「ブリジット・ジョーンズ」のために14㎏も太ったのよ!』というのです。意外でした。しかし、よく考えるまでもなく、同居者の方が圧倒的に熱心な"WOWOW"ファンなのです。

さて、映画「シカゴ」のストーリーです。時代は1924年頃、場所はシカゴ、夫と浮気をした妹を殺した人気絶頂の踊り子ヴェルマが登場。次いで、踊り子になる夢を持つ女性ロキシーはコネがあると偽(いつわ)って自分を弄(もてあそ)んだ男を射殺。こうして二人の殺人容疑者の女性が留置所内で知り合います。

ヴェルマを担当する敏腕弁護士の策略のお陰で「悲劇の主人公」になったロキシーは一夜にしてスターになりました。他に注目される人間が登場すると人気は急落しますが、弁護士の策略で人気が復活。裁判においても陪審員の心を掴(つか)む作戦が成功して無罪を獲得します。

しかし、再び新しいヒロインが出現したことで世間に注目されなくなったロキシーは、ヴォードヴィル(注釈:歌が入る軽演劇)の女優となりますが、なかなか上手く行きません。そんな時、ヴェルマからの誘いが入り、二人は「殺人犯コンビ」としての売り出しに大成功するところでハッピーエンドを迎えます。(上映時間113分)

100年近く前のシカゴ(アル・カポネがのし上がりつつある頃)を舞台にしていますから、ストーリー展開は破天荒(はてんこう)で面白く、二人の女優が見事な歌唱とダンスを披露するシーン(夢と現実の使い分け)が素晴らしい。主演男優のリチャード・ギヤが持ち前のカッコ良さに加えて、海千山千(うみせんやません)の弁護士を好演し、女性主体のこのミュージカル映画を盛り立てました。私が好きなミュージカル映画の「ウエスト・サイド・ストーリー」と「サウンド・オブ・ミュージック」に並ぶ傑作だと思います。

ちなみに、3月13日にも"WOWOW"で放送される予定です。

余談です。女優の米倉涼子さんは初演から20年以上も続いているブロードウェイのミュージカル「シカゴ(2012年・2017年・2019年)で、日本人としては初めて出演して、ロキシー・ハード役を演じました。

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