音楽

2018年6月 5日 (火)

中欧3か国を巡る旅(その37) ウィーン旧市街観光(自由行動⑤) ウィーン・モーツァルト・オーケストラの演奏会

通常のトラム(2番)に乗ってリングトラムに乗りながら確認したバス停まで移動しました。ちなみに、バスの路線番号は”74A”。ちなみに、左端に写る建物は「オーストリア応用美術博物館」。注、”HALTESTELLE”は停留所、“A”は”AUTOBUS”のイニシャルではなく、”A””B”の2つのグループがあるうちの”A”
 
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当初の心積もりでは、旧市街の南東にある(トラムDのシュロス・ベルヴェデーレ駅に近い、宿泊するホテルから約1.5kmの距離)[ベルヴェデーレ宮殿(上宮)]へ出掛けて、クリムトやシーレなどの展示を鑑賞することにしていました。もちろん、わが家にポスターがあるクリムトの「接吻」(1908年に描かれた絵画)を鑑賞するためです。しかし、時間的には可能ですが取り止めて、ホテルの自室で1時間余り休憩することにしました。夜のクラッシク・コンサートを鑑賞するためには観光用のカジュアルな服装をフォーマルなものに着替えることも必要です。

 

バスに乗って市立公園脇の“Stubentor U”停留所まで戻り、2時間後にはStubentor”(シュトゥベントール)駅でトラムに乗車し、市立公園の前を通過します。
 
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「ウィーン国立歌劇場」近くの”Kärntner Ring, Oper”停留所に到着。
 
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「ケルントナー通り」から右手のマーラー通り(アーケード街)に入りました。
 
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夕食の会場はオーストリア料理の人気レストラン“BRISTOL LOUNGEです。「楽友協会」で開催される夜のコンサートと夕食がセットになったコースを事前に予約してありました。
 
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ウィーンの中心部の人気レストランらしく、高級感が漂う落ち着いた雰囲気があります。
 
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前菜に次いで「牛肉のカルパッチョ」(Rindercarpaccio)が配膳されました。ロケットの葉(ルッコラ)とパルメザン・チーズがトッピングされています。
 
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この日はオーストリアで主流である白ワインをあえて注文
 
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メイン料理はスィート・ポテトのクリームおよび茹(ゆ)でたブロッコリーを添えた「サーモン・トラウト(切り身)の焼き物」(Gegrilltes Lachsforellenfilet)またはハンガリー風牛肉煮込みの「オニオン・グレービーソースをかけたロースト・サーロイン・ステーキ」(Alt Wiener Zwiebelrostbraten)から選べます。ちなみに、後者はガーデン・ビーンとフライド・ポテトがトッピングされています。
 
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デザートはホワイトチョコレート・ソースおよびピスタチオ・アイスクリームと組み合わせた「モーツアルト・クノーデル」(Mozartcnodel)。ちなみに、「・クノーデル」はジャガイモの団子で、「モーツアルト」を冠しているのは無類のお菓子好きであったモーツアルトに由来すると思われます。
[作り方の例] 皮を剥(む)いて茹(ゆ)でたジャガイモを潰(つぶ)し、バター/セモリナ粉/塩/卵黄/粉糖と混ぜ、捏(こ)ねて生地にしたものを麺棒で延ばて約2時間待つ。それを巻いて、適当な大きさに切り、それぞれを団子に成形して約10分間茹(ゆ)でた後、水を除いてからバターを入れたパン粉を塗(まぶ)して完成。
 
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こちらが夕食とクラッシク・コンサートがセットになったチケット(シルバー・パス)の料金は1人100ユーロ(約1万3000円)です。ちなみに、座席はカテゴリーCの1列目6番 注、郵送してもらったため2人分の合計金額は212.9ユーロ
 
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日没したリング通りを歩いて「楽友協会」へ向かいます。ちなみに、「モーツァルトVIPチケット」(320ユーロ)を購入するとレストラン「オープス」からコンサート会場までの辻馬車フィアカーサービスなどを受けられます。
 
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昼間にも訪れていますから、迷わず最短コースで到着したころには、急に薄暮となりました。
 
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受付けのようなショップは、午後のガイド・ツアー後に立ち寄って、「楽友協会」の写真集を買い求めた場所です。
 
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大きな手荷物や外套などはホールに持ち込めませんからクロークへ立ち寄った後、開演30分前にチケットの種類ごとに指定された階段で2階へ上がりました。チケットはブラームスホールの各入口で担当者が確認します。ただし、日本のようにチケットの捥(も)ぎりはありません。
 
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「ブラームス・ホール」は観客がまだ疎(まば)らです。”B”席と”C”席の間に柱があることが気になり、後で調べると、完成後にホールを縦長に変更したためでした。
 
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チケットの種類と座席の関係を説明します。VIP席は両側にある2階席(バルコニー)の前半分、上級席は舞台に一番近い正面のエリア、その次は“A”、”B”、”C”の順。そして、2階席(バルコニー)の後ろ半分は”B”に、舞台の後ろの2階席は”C”に、後方2階席(バルコニー)の最前列は”A"席、その後方は”C"席に指定されています。ちなみに、総座席数は601。

 

徐々に客の数が増えたところで、2本の柱の間からも撮影。左側の壁にはブラームスの胸像のようです。ちなみに、”C"席は一番後ろですが、”B"席よりも一段高くなっており、しかも我われの席はその最前列ですから、前の席に座る人の頭を気にする必要はありません。つまり、ほぼ写真のように部隊の演奏者を見ることができます。
 
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開演3分前になると、当時の様式に従った豪華な衣裳と鬘(かつら)をつけた「ウィーン・モーツアルト・オーケストラ」の団員がステージに登場。ズームアップしながら慌てて撮影したため手振れ写真になってしまいました。綺麗な写真が「ウィーン・モーツアルト・オーケストラ」のhpで見ることができます。
 
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ここから先(演奏中)はカメラ撮影ができません。

 

演奏曲目はモーツアルトの名曲集的な内容が続きました。ドン・ジョバンニから序曲、アリア、デュエット、フィガロの結婚、魔笛、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、などのセレナーデ、交響曲40番、同41番「ジュピター」、ピアノ・バイオリン・フルートコンツェルトなど。そして、フィナーレは「ウィーンフィルのニューイヤー・コンサート」のアンコール曲であるシュトラウスの「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」が演奏されました。後者ではお決まりの手拍子を観客に求めるサービスもあり、500名弱の観客は大いに盛り上がりました。

 

約1時間40分のクラッシク・コンサートが終わり、正面の大きなドアを開けて外に出ました。
 
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トラムの最寄り駅であるシュヴァルツェンベルクプラッツ(Schwarzenbergplatz)駅まで歩き、トラムに2駅乗車したあと、路線番号は”74A”のバスに乗り換えました。次の写真はホテルの近く、”HEINBURGGASSE”(ハインブルク通り)停留所に差し掛かったころのバス内です。ちなみに、2両連結のワンマンカーの座席は横3列。
 
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(続く)

2018年5月31日 (木)

中欧3か国を巡る旅(その34) ウィーン旧市街観光(自由行動②) 楽友協会のホール見学

15分後の午後1時からのガイドツアーに参加するため、楽友協会Musikverein/ムジークフェライン)へ向かいました。トラム(市電)のオーパー/カールスプラッツ駅から東方向へ一駅先(約400m)、シュヴァルツェンベルクプラッツ駅の近くにありますが、購入したばかりの共通チケットを利用してトラム(市電/路面電車)に乗るよりも、歩いた方が確実に時間短縮できると考えました。ちなみに、車道側にはレールが写っています。
 
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が広い歩道の青く塗られたエリアは自転車専用レーンです。
 
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シュヴァルツェンベルク宮殿へ向かう通りとの交差点にある横断歩道を渡って南方向(同宮殿方向)へ向います。
 
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次の交差点で右に折れてロートリンガー通りを200m弱歩くと、ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートのテレビ中継の冒頭シーンで映し出される「楽友協会」のカラフルな建物の裏手に到着しました。定刻までまだ5分以上ありますから大丈夫でしょう。
 
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ロートリンガー通りから右に折れて「楽友協会」の正面に出ました。1812年に設立された楽友協会のこの建物はウィーンの国会議事堂を設計したテオフィル・ハンセンという有名な建築家の手によって1870年に完成しています。
  
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と思ったのも束の間、正面中央の入口は閉じられていたことで、小さな不安が脳裏を過(よ)ぎりました。
 
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それではと、いくつも並ぶドアを確認すると、すべてのドアは鍵が掛かっています。私の行動を見た通行人が建物の横(ホテル・インペリアル側)を指差してくれました。2つある入口のうち、右側の方には”KONZERTKASSA”(コンサート・レジ/BOXオフィッス)と表示された入口があり、ドアが開いていました。入口を見つけたのは定刻の4分前! ちなみに、“ACHTUNG STUFE“は『階段(段差)注意』です。
 
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窓口にネット予約の写しを提示して「ガイドツアー」(英語)のチケットを発券してもらいました。2分前!! ちなみに、“Gesellschaft der Musikfreunde は「ウィーンの音楽愛好家協会」、つまり「ウィーン楽友協会」を意味します。注、通称は”MUSIKVEREIN”
 
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ガイド役の男性にしたがって奥へ進みます。
 
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ロビーへ移動したところで、その男性から「楽友協会」の概略と見学時の注意事項の説明がありました。
 
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ウィーン音楽大学(ウィーン・アカデミー)の教授や学生が中心になって古楽の演奏活動している「ウィーン・アカデミー管弦楽団」のポスターが貼ってありました。注、古楽は古典派音楽より古い時代の西洋音楽(中世西洋音楽/ルネサンス音楽/バロック音楽の総称)
 
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左手にあるかなり急な階段で2階へ上がるとツアーの本番であるコンサートホール巡りが始まりますが写真撮影ができません。最初はブラームス・ホール(ブラームスザール)、客席が約600席と小ぶりなホールです。楽友協会のコンサートで3年間指揮をしたヨハネス・ブラームスの功績を称(たた)えて小ホールの名前に使われたとのこと。その隣にある大ホール(通称:黄金の間)はウィーンフィルのニューイヤー・コンサートに使われるホールで、客席数は1680。この大ホールは、ギリシャ神殿の建物の比率を真似しており、しかも舞台//椅子/壁などに木が使用され、吊り天井/内部装飾/床の大空間などが見事に調和して(つまりホール自体が楽器となり)世界一と称賛される素晴らしい音響効果を生み出しているそうです。
 
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大ホールで詳しい説明を受けたあとは地下へ移動し、全部で4つあるというホール(2004年完成)を、ガラスのホール(上方から舞台が見られる席を含めて座席数380)、メタルのホール(客席数126)、石のホール(客席数70)の順に見学しました。
 
この間に大変なハプニングが起こりました。国内外を問わず旅行中は詳細な情報をiPhoneにメモするのが習慣にしている私は、今回は歴史的・文化的な関心事が多い3か国ですから、メモする内容が『微に入り細に入り」になっていました。しかし、プロローグの「久しぶりの欧州旅行」に書きましたように楽友協会の大ホールで説明を受けている時、長年憧(あこ)れていた場所にいることに気持ちが高揚したせいか、我を忘れた私はそれまで記載してきた詳細メモを誤って消去してしまったのです。茫然(ぼうぜん)自失に陥った私は復活する裏ワザ(iPhoneを強く振る動作)を実行することに思いが至りませんでした。悔やんでも悔やみきれません。
 

「ホテル・インペリアル」の脇にある路地を抜けるとリング通りに出ることできました。先ほどは大きな道路の記憶にしたがったため、迂闊にも迂回するルートを選んでしまいました。

 

リング通りとケルントナー通りを歩いて「シュテファン大聖堂」へ向かいました。
 
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大聖堂前の広場でバイオリンとマイクを手に持った若い男女のグループがいました。大学のコーラスグループのようです。
 
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(続く) 

2018年1月10日 (水)

「マツコの知らない世界スペシャル」にYOSHIKIさんが出演

1月9日(火)の夜、TBSテレビで「マツコの知らない世界」の正月スペシャル番組(20:5722:54)が放送されました。ちなみに、この番組は新しいジャンルのテーマをより身近な情報に変換して紹介することが狙いのようです。最初のコーナーはいつも通りにマニアックなテーマである「デリバリーグルメ!」に続く「YOSHIKIの全てを知るさかいさん」のコーナーに”X JAPANYOSHIKI”さん自身がマツコさんの前に現れました。注、「さかいさん」はYOSHIKIさんの熱烈な女性ファン
    

マスコミに素顔をほとんど露出しないYOSHIKIさんがこともあろうにマニアックな番組「マツコの知らない世界」に出演したのです。独特な切り口で出演者に迫る(出演者の魅力を引き出す)マツコさんとのトークにはリスクがあるはずなのに・・。私の憶測ですが、それを承知でこの番組に出演した理由はNHK紅白歌合戦では時間の制約で告知できなかった映画”We are X”を視聴者に伝えることが主目的なのかもしれません。 

 

しかし、コーナーが進むにつれ、出演することのリスクが杞憂であることが分かりました。マツコさんならではの絶妙なトークがYOSHIKIさんの素顔と魅力を見事に浮き彫りにして行くことになったのです。YOSHIKIさんの生い立ちに始まり、X JAPANを結成する経緯、派手なパフォーマンスを行うビジュアル系ロックバンドとして人気絶頂期の解散、ロックとクラシックの融合を経てビジュアル系を脱したX JAPAN10年後に再結成したことなどを、「さかいさん」が進行役になって振り返えりました。 

 

ストイック過ぎることへの心配に関して頚椎の手術(注、頚椎人工椎間板置換手術)とドラム演奏の休止、1990年代にはレコード会社の期待にもかかわらず曲への拘りから多数のCDをリリースしなかったこと、その背景にあるのは100年先にもX JAPANの曲を聴いて貰いたいとのYOSHIKIさんの思い、YOSHIKIさんを襲った悲劇(ToshIさんの脱退、X JAPANの解散、数ヶ月後にはHIDEさんの死)、亡きHIDEさんのため1か月後に作った曲”Without You”が再結成されたX JAPANに再び生命力を与えることになったことをYOSHIKIさんの言葉と当時のミュージック映像で紹介。 

 

プロデューサーとしてのYOSHIKIさんの顔について、着物、ワイン、香水、クレジットカード、キティーちゃんの例を挙げて紹介したあと、YOSHIKIさんがスタジオで”Foever Love”をピアノ演奏。曲の余韻を残しながら、X JAPANの歴史を振り返るコーナーはエンディングを迎えました。 

 

最後のコーナーは老舗和菓子屋”とらや”(御三家和菓子)」と、これも大きなテーマでした。最初はいつもの軽い調子でスタートした番組も、スペシャルらしく凝った構成に引き込まれいるうちに、2時間があっと言う間に過ぎ去りました。

2017年5月 5日 (金)

モヤモヤさまぁーず2 『ありがとう10周年”歴代メンバー全員集合“3時間半SP』 を観る

「モヤモヤさまぁーず2」が2007年4月に放送を開始してから10周年を迎えた記念番組が4月30日(日)に3時間半にわたって放送されました。この番組は深夜番組としてスタートしましたが、2010年にゴールデン時間帯に移り、現在はテレビ東京を代表する番組として不動の地位を築いています。

 

特番には常連の「さまぁーず」に加えて歴代のアシスタントたちが出演しました。初代の大江麻理子キャスター(報道局)、二代目の狩野恵理アナウンサー(編成局)、そして三代目で現役の福田典子アナウンサー(編成局)、個性が異なる3人です。

 

特番で訪れる場所も3か所が選ばれました。まずは、「モヤモヤさまぁーず2」の初回ロケ地であった北新宿を現役の3人が再訪。次いで大江麻理子キャスターが参加して長野県上田市、そして全員が参加した長野県松本市へ舞台が移りました。

 

私が注目したのは、もちろん大江麻理子さんです。現在は経済報道番組のWBSのメインキャスターを務めているため、最近は硬いイメージが強くなりましたが、4年ぶりのバラエティ番組にも自然に溶け込んでいました。狩野キャスターは不器用ながら相変わらず一生懸命で、その元気なキャラクターをいかんなく発揮していました。

 

上田市と松本市は何度も訪れていますので、上田城松本城など、「さまーず」が立ち寄る先の興味よりも、出演者のキャラクターの違いを楽しむことにしました。番組の詳しい内容には触れませんので、見どころをお知りになりたい方はテレビ東京の関連hpYouTubeにアップされた公式配信ビデオの歴代アシスタントからひと言」「モヤさまネット・オリコンッ」「近況報告」「先輩2人に質問」を参照してください。

 

最期の松本市では、サッカーJ2松本山雅(やまが)FCの選手と対戦した狩野恵里キャスターがPK戦および短距離走に挑み狩野パワーを全開。そして、同じく狩野恵里キャスターの牧伸二風の破茶滅茶なピアノの弾き語り「10周年記念ソング」(注、2016年10月に披露した卒業ソングに続く第二弾)と大江麻理子キャスターのコメントで盛り上がり、長いと思われた3時間半があっという間に経過して、エンディングを迎えました。「モヤモヤさまーず2」の番組はもちろんのこと、大江麻理子キャスターのファンである私にとって至福の3時間半特番になりました。

2016年5月 2日 (月)

ベトナムの旅(その35) 「水上人形劇」を鑑賞する(後編)

Le Loi王の還剣伝説」(続き)
 
 
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「四霊獣の龍・鳳凰・麒麟・亀の踊り」(省略)
 
「仙女の踊り」
 
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上演が終わると、水の中に浸(つ)かりながら長い竿(さお)と紐(ひも)で人形を操(あやつ)った演者(人形操者)が6名登場しました。14幕のなかには人形が激しい動きをするときに黒い竿が見えることもありましたが、歌舞伎や人形浄瑠璃(じょうるり)の黒衣(くろご)と同様、存在しないという約束事になっているのでしょう。
 
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これで全員(9名)のようです。
 
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両手を上げて観客の声援に応える演者たち
 
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操(あやつ)り人形たちがベトナム語で会話しながら、コミカルに動き回っている様に見入っていると、上演時間の約50分間があっという間に過ぎ去りました。
 
午後7時半過ぎに「水上人形劇場」を出て夕食会場へ向かいました。この日の夕食会場は「ベトナム風フランス料理」のレストランLa Vertical(ラ・ヴェルティカル、垂直を意味するフランス語)です。ハノイ市街南部(ホテルニッコーの近く)にありました。1階は右側が客室で、左側がショップと厨房になっていますが、2階にも客室があるようです。ちなみに、フランス人がシェフを務めるこのレストランはトリップアドバイザーでハノイのレストラン1405軒の中で396位にランクされています。
 
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一階の客室に案内されました。インテリアに合わせてテーブルセッティングもシックな色調です。
 
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ディナーのメニュー(フランス語と英語で併記)
   
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まず配膳されたのはメニューに記載されないアミューズ(先付け)は「野菜スープ」
   
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ついで、前菜は”French terrine with pepper & mix salad”(フレンチテリーヌ 胡椒とミックスサラダそえ)
 
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スープは”Mushroom soup with spices”(スパイス入りキノコスープ)でした。ちなみに、この日のドリンクには久しぶりに白ワインを選びました。
 
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三角形をした柔らかいフランスパン
 
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魚は”Rice Perch Fish in papillotte, 5 flavor sauce”(カワメバルの包み焼き 5種香味ソースかけ)
 
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肉は”Grilled chicken with Xeres sauce, William potato”(焼き鳥のシェリー酢風味ソースかけ ウイリアムポテトそえ) 注、Xeres(グゼール)はシェリー酢のこと
 
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デザートは”Profiterole with honey ice cream & hot chocolate sauce”(アイスシューのホットチョコレートかけ)
 
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連日、ベトナム料理三昧(ざんまい)の私には、しゃれた雰囲気のレストランでフランス料理を食べることが良い気分転換になりました。一方、同行者は料理の上品な味はもちろん、料理を盛る器やサーブの仕方が気に入ったそうです。

 

この日、ニンビン省まで往復したバスに再乗車して、午後9時半ころにDAEWOO(デウー)ホテルに到着。前日に続いての連泊です。
 
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(続く)

2016年5月 1日 (日)

ベトナムの旅(その34) 「水上人形劇」を鑑賞する(中編)

「農村の生活風景」(続き)
 
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「蛙(かえる)釣り」
 
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「家鴨(あひる)を襲(おそ)った狐(きつね)を追放」では、まずアヒルが登場しました。
 
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ついで、木の上でアヒルを狙(ねら)うキツネも登場
 
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キツネをめぐって大騒ぎ
 
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「魚釣りと漁獲」
 
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「フォーク(民族音楽)演奏: 神様を歓迎する信仰的な演奏(チャゥヴァン)」
 
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「鳳凰(ほうおう)の踊り」
 
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Le Loi王の還剣伝説」も上演されました。15世紀初頭に興(おこ)った黎朝(レチョウ)の初代皇帝黎利(レ・ロイ)にまつわるホアン・キエム(還剣)湖の伝説です。
 
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(続く)

2015年9月14日 (月)

カセットテープ音源のデジタル化

Dscf5464引き出しの奥から懐かしいカセットテープが3本出てきました。古いものは40年以上、新しいものでも20年近くが経過している骨董品です。わが家ではビデオテープやアナログレコード(EP盤)のデジタル化は完了しているはずでしたが・・・。ちなみに、アナログレコードのLP盤は現在もレコードプレーヤーで再生して聞いて楽しんでいますからデジタル化は無用です。

 

アナログ音源のデジタル化はパソコンを使えば容易に行うことができます。音声入力端子を使えばWindows OSに標準装備されている(アクセサリーファイルに入っている)サウンドレコーダー・ソフトを使えば簡単にできるのです。ただし、簡単なソフトであるため音量の調整は目分量(手さぐり)で行う必要があり、しかも録音後の編集もできませんから、かなり苦労したことを覚えています。ちなみに、パソコンによってはマイクとラインの切り替え設定をする必要がある場合があります。

Dscf5466大量にアナログ/デジタル変換作業をした経験がありますから、3巻のカセットテープくらいは「お茶の子さいさい」です。さっそく、同居者のラジカセ(25年ほど前にアメリカで購入したソニー製)を借りてカセットテープの録音状態を確認しようとしましたが、カセットテープを入れて"PLAY"(再生)ボタンを押しても反応がないのです。テープを入れ替えてもリールが回転しません。カセットテープレコーダー部の駆動系がいつの間にか故障していたようです。ラジカセが駄目ならソニー製カセット・ウオークマン(お気に入りのカセットケースサイズ)とアイワ製小型カセットレテープレコーダーがあるはずでしたが・・。

 

ここでやっと思い出しました。ラジカセがあれば必要ないと判断して、他の電子機器(CDウォークマン、ポータブルMDプレーヤー、古い携帯電話など)と一緒にかなり前に廃却していたのです。

Dscf5468後悔しても始まりませんから対応策を考えることに。今さら普通のカセットテープレコーダーを購入するのも気が進みませんから、USB端子付き(アナログ/デジタル変換機能付き)のカセットテープレコーダーを購入することにしました。価格が一番安いものは3,000円以下ですが、長年愛用している太陽電池付きテスター(PS-8)と同じサンワ製の「カセットテープ MP3変換プレーヤー 400-MEDI002」(3,480円)をAmazonで購入しました。

 

Amazonから送られてきたのは例によって大きなダンボール箱ですが、その中から出てきたのは手のひらに載せることことができる小さなボール紙の箱でした。その中には、本体・USBコード・ソフトウェアが入った小さなディスク、そして簡単な説明書が入っています。まず、説明書に一通り目を通したあと、パソコンに専用ソフトをインストールして必要な設定を行い、本体とパソコンをUSBコード(Type A/Mini-Bコネクター)で接続すれば準備完了です。あとは、カセットテープをセットして本体のプレーボタンを押し、パソコン上の操作画面にある録音ボタンをクリックすれば、カセットテープの再生とアナログ音のデジタル化が始まります。

Dscf5473もう少し詳しく説明します。本体にはオートリバース機能がありますから、カセットテープを裏返す必要がないのは便利です。また、パソコン画面上で事前に行う設定は、言語の選択、録音ファイル形式(mp3/WMA/WAV)の選択、無音レベルの調整、ファイルの記録先(ファイル)の指定、ファイル番号とトラック番号などです。私はWindows PCで使いやすいWAV形式および記録先としてiTunes Mediaを選びました。音量調整を手探りで行わなければならないサウンドレコーダー・ソフトに比べると、本ソフトはカセットテープを再生して、波形の振幅と左右のバランスを確認しながら行えますのでとても便利です。
 
Dscf5477唯一、戸惑ったことは録音/停止/消音/一時休止のボタンを押したあと、どのボタンが押されているかが表示されない(色の変化などがない)ことです。しかし、不親切だと思いながら操作していて気づきました。カーソルを各ボタンの上に移動する、と押した牡丹だけは変化がありませんが、他のボタンは緑色の縁取りが現れた、操作可能であることを示してくれるのです。私は押した牡丹をカラー表示するべきだと思うのですが・・。
 

 

さらに重箱の隅を突くようなコメントをもう一つ。入力がない(無音)時にモーターが発する雑音と思われる周期的なクリック音が出ることも気になりました。しかし、カセットテープのヒスノイズ(磁気テープに固有な雑音)より低レベルですから、実害はないと思います。もう1点、専用ソフトウェアには編集機能は含まれていませんので、他のフリー・ソフトウェアで編集を行いました。

 

Dscf5480不要部分のカット(トリミング)、圧縮(データレートの低減、サンプリングレートの変更))、エフェクト(フェードイン/フェードアウト/最適レベルに正規化/ノイズやヒスを削除/ピッチ変更/ボイスチェンジ/クリーンアップ)など、かなり複雑なことができる優(すぐ)れものです。特に、ノイズ削減は効果絶大で、処理の前後を比較すると、その効果は歴然です。また、編集したあとでも、元に戻す機能があってとても便利なのです。  

 

今回はパソコン内にファイルとして保存する目的のため、WAVデータの圧縮はしていませんので60分当り、400~580Mでした。したがって、60分のファイルはそのままCD一枚に収まりますが、90分のファイルは軽く圧縮すれば同様にCDにコピーすることができます。また、スマートフォンなどの端末に入れるにはmp3形式に変換すればよいでしょう。参考として、3つのファイルの冒頭部分を添付します。(注; ココログの制約条件である最大1MBに収めるためサンプリングレートを大幅に低減してデータを圧縮してあります。 
 
<添付音声ファイル> THE ROYAL WEDDING正信偈(しょうしんげ)結婚式
 

 

注)「正信偈」は親鸞聖人が書かれた教えである「教行信証」をコンパクト(840字)にまとめた念仏で、浄土真宗では阿弥陀如来の徳を讃(たた)える七五調の詩(うた)「和賛(わさん)」とともに最も多く唱えられますが、いずれもほんらい厳密に言えばお経ではありません。ちなみに、浄土真宗の重要なお経ば、阿弥陀仏のことを集中的に説いた浄土三部経である「大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)」「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」「阿弥陀経(あみだきょう)」の三つを指すようです。

 

以上の評価結果をまとめると、今回購入した「カセットテープ MP3変換プレーヤー」は安価ですが、期待した通りの実力を備える優(すぐ)れた製品でした。

2015年5月23日 (土)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 プラウィサタ劇場でラーマーヤナバレエ鑑賞(後編)

シータが優雅に踊ります。
 
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突然、雷鳴が轟(とどろ)いて強風が吹き始めると、屋根にある換気用開口部を通して雨が劇場内へ降り込んできましたが、何事もないように「バレエ」公演はそのまま続行されました。私は入場する時に身に着(つ)けててもらった腰布(Sarong、サロン)をレインコート代わりに・・。
 
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ラーヴァナがシータの前に現れました。
 
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そこで、シータは火の輪(結界)を使ってラーヴァナから身を守ります。
 
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しかし、ラーヴァナの企(たくら)みにより結界は取り除かれてしまい、シータはランカ王国へ連れ去られてしまいます。
 
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ランカ王国のラーヴァナとシータ
 
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ラーマとラクシュマナがランカ王国のラーヴァナを攻めます。
 
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そして、2人はラーヴァナを討ち取りました。
 
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シータはラーマに助け出されて帰国することに
 
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ラストシーンではシータが自らの純潔を証明してハッピーエンド
 
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出演者全員が集合したフィナーレ
 
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主演者と助演者たち
 
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出演者たちの呼びかけに応じた同行者が、観客ではただ一人、ステージに上がりました。
 
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1時間半と長い上演であるにも関わらず、最後まであきることはありませんでした。美しくエキゾチックな音楽と衣装、優美な身のこなしがマッチしていました。特に、手先から腕までの動きのしなやかさ、ステップの軽やかさ、足さばきと裾(すそ)さばきの見事さ、照明による効果的な演出とスピーディな舞台展開、などなど。今回の旅行中に観た3つの舞台の中ではこのバレエに一番心惹かれました。ちなみに、ジョグジャカルタ市内から十数キロ離れた郊外にあるプランバナン遺跡にある屋外劇場やバリ島でも同じような舞踊ショーが開催されています。

 

余談ですが、上演中にひとつ驚いたことがありました。上述しましたように、突然の閃光と大音響、意外な演出だと思いましたが、落雷とそれに続く土砂降りでした。それでもバレエ公演は何事もないように続行されました。劇場の開放的な構造が災いして、大きな雨粒が霧雨となって客席まで・・。無礼とは思いましたが、腰に巻く布を頭に被(かぶ)ってそれを凌(しの)ぎました。

 

バレエ公演が終わっても、豪雨は収まらず、遊歩道は10cm近く冠水して川のように流れ始めたため、止むを得ず靴と靴下を脱ぎ、ズボンを膝(ひざ)まで捲(まく)り上げて、足元に注意しながら駐車場まで歩きました。写真では大粒の雨がまるで牡丹雪(ぼたんゆき)のように写っています。とんだハプニングでした。
 
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ホテルへ戻る道路も所々で冠水していましたが、劇場から20分以上かけて無事に帰着できました。翌日はインドネシア旅行の最終日で、ブランバナン寺院の観光を残すだけになりました。そこで、記事の投稿を小休止し、箸休(はしやす)めとして、つい最近(今月前半)の国内旅行の触(さわ)りを書きたいと思います。(続く)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 プラウィサタ劇場でラーマーヤナバレエ鑑賞(前編)

GAZEBO Garden Restaurant”で食事をしたあとは、隣接する「プラウィサタ(PURAWISATA)劇場」で「ラーマーヤナバレエ」を鑑賞することにしました。
 
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Ramayana Ballet”と書かれた入口脇の看板が興味をそそります。
 
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登場人物の顔を表現したと思われるお面が飾られています。
 
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半円形をした劇場には三方向からステージを見られるように階段状の椅子席が配置されていました。バリ島・ウルワツ寺院の劇場と基本的に同じ“Amphi-theater”(ひな壇式の観覧席がある劇場)ですが、異なる点は大きな屋根があることです。しかし、左右と後方に大きな開口部があり、開放感に溢れているとともに、夜風が吹き抜けて爽(さわ)やかです。ちなみに、楽団はステージの左側に陣取っています。
 
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正面に入退場門(バリ島の割れ門と異なる)だけがある舞台セットはウルワツ寺院の劇場と同じです。
 
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「ラーマーヤナ」はインドの古代叙事詩で、ウルワツ寺院の記事で紹介しましたように、そのあらすじは次の通りです。(詳しいあらすじについてはジャワ島の記事を参照)

 

『古代インド、コーサラ国の王子ラーマ(ヴィシュヌ神の生まれ変わり)は、宮廷の陰謀により追放されましたが、森の中で妻シータと義弟のラクシュマナと3人で仲良く暮らしていました。シータの美しさにひかれたランカ(現在のスリランカといわれる)の王ラーヴァナは、シータを自分のものにするため、ある企(たくら)みを練ります。そして、その企みはまんまと成功して、ラーヴァナはシータを自分の城へ連れ帰ります。ラーマとラクシュマナは、その後を追います。ラーマやスグリーヴァたちの軍はランカに攻め入り、激しい戦いの末、ラーヴァナを討取って勝利を収めます。こうしてシータはラーマのもとに戻りますが、ラーヴァナに囚(とら)われていた間の貞操に疑いをもたれたことで、シータは燃える火の中に飛び込み、無事なことで貞操を証明する』です。しかし、オリジナルの「ラーマーヤナ」では悲しい結末になっているようです。

 

定刻になると司会者が登場してインドネシア語と英語で「ラーマーヤナバレエ」の登場人物について簡単に紹介をしました。
 
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照明が大きく変わって「ラーマーヤナバレエ」が始まりました。座っているのは語り部のようですが、「バレエ」と称しているように、ガムランの演奏と歌は入りますが、セリフは一切ありません。そこで、私の推測にしたがって各シーン(写真)のコメントを書くことにしました。
 
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まず、森で暮らすラーマ、シータ、ラクシュマナの3人が登場。
 
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ランカの王ラーヴァナが登場
 
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ふたたび、ラーマ、シータ、ラクシュマナの3人
 
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シータの美しさに心惹かれるラーヴァナ
 
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ガルーダが登場
 
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白猿のハノマンも登場
 
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(続く)

2015年5月21日 (木)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 “GAZEBO Garden Restaurant”でインドネシア料理

マリオボロ通りを300mほど南へ歩いた場所でベチャに乗り、次の目的地へ向かいました。歩道を歩くように見えるペインティングされた巨大な象の置物は写真撮影スポットになっているのでしょう。
 
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同行者と私を乗せたベチャが夜風を切って走行しました。
 
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スピードがより速いベチャが追い抜いて行きます。
 
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約2km(直線距離約1.5km、所要時間約10分)ほど離れた“GAZEBO Garden Restaurant”に到着。ちなみに、”GAZEBO”(ガゼボ)は洋風庭園にある東屋を指します。まずホールのような場所に入ってチェックインします。
 
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スタッフに案内されてその建物を抜けると、建物が立ち並ぶ庭園のような場所に出ました。建物(レストラン)ごとに異なる料理が提供されますので、好み応じた料理を楽しめる趣向がありました。これで”GAZEBO Garden Restaurant”の名前の洒落(しゃれ)た意味が分かりました。
 
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噴水のある場所には”PURAWISATA AMPHI-THEATHEATRE(プラウィサタ劇場)と表示されていますから、その劇場も同じ敷地内にあるようです。
 
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我々が予約したレストラン“Gazebo”はその右手にありました。
 
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内部にはインドネシア料理のビュッフェ・ステーションが並んでいます。料理はこれまでに食べたインドネシア料理と同じですが、いくつか新しいメニューを見つけました。「ペースト状にした米粉のお粥」「かき揚げ」「鶏肉のフライ」、そして「錦糸玉子入り混ぜご飯」などです。
 
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左から「野菜のニンニク(BAWAN PUTIH)炒め」「かき揚げ(KAKIAGE)」「野菜カレー(KARE SAYURAN)」
 
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左が「美味しい春巻きと豆腐(LUMPIA & TAHU CANTIK)」、右は「ナスのチリソース(BALADO TERONG)」
 
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左から「焼売(しゅうまい、SIOMAI)」「ジャワ風焼きそば(BAKMI GORENG JAWA)」「田舎風焼き飯(NASI GORENG KAMPUNG)」
 
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ピーナツソース(PECEL)で味付けされた野菜やピクルスなど
 
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白いご飯と錦糸卵入り混ぜご飯
 
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「米粉のお粥ココナツミルク味(BUBUR SUMSUM)」(左)は好みに応じて「黒糖のシロップ」(右)を加えるようです。
 
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季節のフルーツ
 
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一通り見て回ったあとに、同行者は気に入ったメニューを自分のプレートに取り分けました。
 
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こちらは私のプレートです。もちろん、ビンタンビール(写真右上)も忘れません。
 
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小編成のガムラン楽団の伴奏で女性がジャワ民謡を歌い始めました。
 
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私のデザートにはなぜか錦糸玉子入りの混ぜご飯が味見程度に・・
 
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「かき揚げ」にサクサク感がないことと、「混ぜご飯」が酢飯ではないことなど、日本の料理と違う点はありましたが、すべて美味しく食べました。(続く)

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