音楽

2020年1月11日 (土)

高橋真理子コンサート2019 MariCoversを堪能する(後編)

前振りが長くなりましたが、いよいよ本編です。2019年11月23日に東京国際フォーラム ホールAで開催された「高橋真理子コンサート」の中継録画です。前年(2018年)にデビュー45 周年を迎えて円熟味を増した高橋真理子さんが2019年月に発売した自身初のセルフカバーアルバム "MariCovers" を携えて行った全国ツアーの一環最終コンサート)です。  

参考情報です。高橋真梨子さんは1973年にペドロ&カプリシャスの2代目ボーカルとしてデビューして「別れの朝」(日本語詞:なかにし礼)を引き継ぎ、1973年には作詞阿久悠・作曲戸倉俊一の「ジョニーへの伝言」と「五番街のマリー」をヒットさせ、1974年にはNHK紅白歌合戦に「ジョニィへの伝言」で初出場。1978年にはペドロ&カプリシャスを脱退して「あなたの空を翔びたい」でソロデビューします。トップレベルの人気歌手であり続けるとともに作詞家としても精力的に活動して現在の地位を築きました。

閑話休題。最初の曲はヒット曲のひとつである「桃色吐息」をややスローなテンポで歌いあげました。背景にはグスタフ・クリムトの巨大な「アデーレ=ブロッホ・バウアーの肖像」がハイライトされていて異空間の雰囲気を醸し出しています。曲間ね短い暗転の後、2曲目は自身が作詞したバラード曲の「逢いにゆくよ」をゆったりと続けました。短い挨拶のあとは、やはり自身が作詞した「キレイな女」と"crazy for you"-愛しすぎて- 。暗転で背景が青系の照明でクールな雰囲気に変わって自身が作詞した"Silent Love"

再び暗転すると男性(プロデューサーで高橋真理子さんの夫でもあるヘンリー広瀬氏が登場して月にリリースしたセルフカバーについて話し始めました。少し長めのスピーチが終わると、高橋真理子さんが現れて自身が作詞した"Mary's Song"、「祭りばやしが終わるまで」、「訪れ」、自身が作詞した「ごめんね・・・」を続けて歌唱。ピアノ伴奏にリードされて"EVERYTIME I FEEL YOUR HEART"-君と生きたい-

場面が後半に入る前に"Henry Band Play 2019"のプレイが始まりました。先ず3人の男性が舞台上に現れてレジ袋を使ったリズム遊びを演じました。人に増えた男性グループが掃除用モップを使って複雑なリズムを刻むうちにレゲエ風のバンド演奏へ移行し、さらにはドラムスとエレキギターを伴奏にしたフルート演奏が見事に始まりました。

舞台照明が都会の雰囲気に変わって高橋真理子さんが再登場してややアップテンポの曲である「この気分が好きよ」、自身が作詞した「オレンヂ」と「ハッピーエンドは金庫の中」と"Heart Breaker"-波紋の渦-、筆者が好きな「はがゆい唇」(作詞:阿木燿子)、最大のヒット曲"for you...""BAD BOY"、手拍子で始まる自身が作詞した「グランパ」。ここでバンドのメンバーを紹介。

アンコール曲は純白の衣装に着替えた高橋真理子さんが、阿久悠さんが作詞した名曲「ジョニィへの伝言」、アンコールでよく歌われる「アナタの横顔」、自身が作詞した"far away"の3曲を歌いました。

舞台照明が工夫されていて高橋真理子さんの見事な歌唱をさらに盛り上げたことが印象に残りました。ツアーコンサートの最終回でもあり、筆者は完成度が高いコンサートに大満足。2時間があっという間でした。(終)

2020年1月10日 (金)

高橋真理子コンサート2019 MariCoversを堪能する(前編)

1月2日午後9時からWOWOW(ライブチャンネル)で放送された掲題の音楽番組を観ましたので、その内容と筆者の感想を紹介したいと思います。なお、この日は同じチャンネルで午後7時45分から午後9時まで「高橋真理子 Cover Songs Collection」の放送も予定されていますので2つの番組をまとめて観ることにしました。
 
本稿では放送順に従って「高橋真梨子 Cover Songs Collection」を先ず紹介します
国内外の様々なアーティストの楽曲を独自のアレンジで高橋真梨子さんが歌った録画を集めたオムニバス番組です。(注釈:髙橋が正しい表記)
 
先ず紹介された曲は終戦直後(1954)のコール・ポーターのヒット曲(ジャズのスタンダードナンバー)である"You'd Be So Nice to Come Home To"(1996年、原信夫と♯ & ♭の伴奏によるスタジオライブ)とニール・セダカが作曲した"Oh! Carol"(2009年ライブ)

日本の楽曲ではザ・ピーナッツが1967年に歌ってヒットした「恋のフーガ」(2005年ツアー)1964年の「ウナ・セラ・ディ東京」(2005年ツアー)を一人デュエットで披露し、1966年の荒木一郎さんのヒット曲「空に星があるように」(2010年ツアー)が続きました。

再びアメリカに戻ってサイモン&ガーファンクルの代表曲(1970年)「明日に架ける橋」(2007年ツアー)と1937年のミュージカル映画の劇中歌"Over the Rainbow"、そしたジョンレノンと小野ヨーコの "Imagine" (2001年ツアー)をハワイアンアレンジ(2001年ツアー)で熱唱。

1975年の吉田拓郎さん/森進一さんの「襟裳岬」(2016年ツアー)と川島英五さんの1976年のヒット曲「酒と涙と男と女」(2015年ツアー)、さらには1977年の角川映画の主題歌「人間の証明のテーマ」(2010年ツアー)も。

そして、井上陽水さんと玉置浩二さんのヒット曲(1983)「ワインレッドの心」(2009年ツアー)が。ここでガラッと変わり日本のロック歌手森重樹一さんの1989年のヒット曲"GLORIA"(2009年ツアー)

最後の曲は日本のロックバンド"Ziggy"のヴォーカル、水積タカシさんの2005年ヒット曲「さよならcolor(2009年ライブ)でした。

戦後74年間の様々な楽曲を高橋真理子さんらしい解釈と歌唱でカバーした1時間余りの番組に圧倒されました。歌唱とは何かを言葉による説明ではなく、歌うことで感じ取らせることに十分な内容です。高橋真梨子さんのヒット曲は”For You”と「桃色吐息」「別れの朝」(日本語詞:なかにし礼)「五番街のマリー」(作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一)などですが、私の好きな(ドキッとさせられる)曲は「はがゆい唇」(作詞:阿木曜子)なのです。

私事ですが、昨年8月下旬に退院して気管支喘息の発作から解放された私は呼吸器の改善療法と称して、気管支喘息を発症する前のペースに戻ってカラオケボックス(ひとりカラオケ)に通い始めました。その練習の成果でしょうか、手応えを感じながら歌える曲の数が一気に増えました。具体的には私がカラオケの合格水準に設定している採点(90点)をクリアした曲が50曲余りから150曲超えになったのです。

しかし、最高得点はまだ94点止まりであり、カラオケ大会にはとても出られたものではありません。ましてやプロ歌手の中でも実力派とされる高橋真理子さんの歌唱を聴いてしまうと、お釈迦様の手のひらでチマチマと動き回る「孫悟空」の足下にも及ばないことは自明でした。しかし、生来楽天的な私は自己満足に浸れることを実感していますから、これからもカラオケを楽しむことにしたいと思います。(続く)

2019年12月24日 (火)

映画「雪の華」とフィンランド旅行の思い出

衛星放送の "WOWOW"1214日に放送された映画「雪の華」を観ました。今年(2019)21日に公開された邦画で、人気モデル兼女優の中条あやみさんが主演した映画であり、女性歌手中島美嘉さんのヒット曲「雪の華(2003)をモチーフとして作られた映画の評判は当時に聞き知っていました。
 

昨年訪れた中欧に続き、今年は5月に北欧4か国を旅行することにしていましたから、その1か国であるフィンランドでロケをしたこの映画に関心がありました。フィンランドのヘルシンキを訪れた時、現地ガイドさんからこの映画のロケ地の一つとして、ヘルシンキ大聖堂からエテラ港へ向かう街路が使われたことを教えられました。
 

映画の前半は東京(隅田川エリア)を舞台に二人が知り合い、契約により擬似恋人として過ごした1か月間の大半を描きます。後半は残りの契約期間を利用して想い出づくりのため二人でフィンランド旅行するシーンが現地ロケでたっぷり伝えられました。擬似恋人の契約が終了した直後、病状がより深刻になったことを担当医師から告げられた主人公(女性)は一人でフィンランドへオーロラを見に出かけます。これを知った男性が女性を追いかけて現地へ出かける状況もすべて現地ロケで表現するという贅沢な演出でした。
 

以下にあらすじを書きますが、ネタバレになっていることをご承知置きください。
 

                          ☆
 

隅田に繋がる小名木川運河)に架かる萬年橋(まんねんばし)で主人公の平井美雪が自転車に乗った男にカバンを引っ手繰(たく)られるシーンで始まりました。その場を偶然目撃してカバンを取り返してくれたのがガラス工芸家をめざすぶっきらぼうな青年、綿引悠輔(わたびきゆうすけ)です。
 

人気漫画を原作とするテレビドラマ「擬装不倫」や「逃げ恥」とは異なりますが、契約恋愛(謝礼100万円)を提案した若い女性とそれに応じた若い男性の二人が東京とフィンランドを舞台として次第に心を通わせるようになる物語です。余命1年と宣告された女性と勤務先のレストラン注、先輩が経営が金詰まりで廃業寸前である男性が出会い、退職金などから100万円を提供するという女性の突拍子もない提案でか月間の「契約恋愛」が成立しました。正に漫画チックな状況設定です。
 

両親がフィンランドで出会ったことと赤いオーロラを見ると幸せになれることを子供のころに聞かされた主人公の女性は、次第に擬似恋愛の相手と心が通い始め、思い出作りのために擬似恋人と一緒にフィンランドへ旅行することを決心しました。二人はヘルシンキの市内を恋人として訪ね歩き、二人は楽しい日々を過ごしますが、それは二人の疑似恋愛の終わりが近づいたことを意味します。
  
帰国後の二人は互いに惹(ひ)かれ合いながら会えないことで切ない時間を過ごします。そして、主人公は主治医から検査結果がさらに悪化したことを告げられるとともに、入院することを強く勧められます。しかし、主人公は主治医と母親の反対を振り切って赤いオーロラを見るためにフィンランドへ一人で出かけてしまいました。それを知った擬似恋人はその後を追ってフィンランドへ向かいます。
 

赤いオーロラをひたすら待ち続ける主人公のもとへ擬似恋人が駆けつけた時、ついに赤いオーロラが夜空を染め始めました。そして、二人は本当の恋人同士であることを実感し合うシーンでエンドロールになりました。状況設定からストーリー展開、そしてエンディングまで漫画チックに終始しましたが、主人公を演じた中条あやみさんと相手役(ダブル主演)の登坂広臣(とさかひろおみ)さん(3代目J Soul Brothers from EXILE TRIBEのボーカル)の二人には好感が持てました。
 

フィンランドの美しい風景を一杯織り込んだ映像と筆者自身のフィンランド旅行の思い出とが二重写しになって、いつの間にか映画に引き込まれていました。分類上は恋愛映画とされますが、私にはファンタジー映画だと思われました。
  
なお、冒頭シーンに登場する場所「レヴィ」はフィンランドの北部(ヘルシンキから飛行機で約1時間半の距離)にあるオーロラの名所です。映画の後半に登場するロケ地は、ヘルシンキ市街地の中心にある「ヘルシンキ大聖堂」、そこから港へと続く「ソフィア通り」(Sofiankatu)、港に面した広場にある「マーケット市場」、大聖堂の東にある「テルヴァサーリ島」(市街地と橋でつながっている)、市街地の北部(ヘルシンキ中央駅の北東、カイサ二エミ公園の北)にある海岸公園の「トコインランタ」、市の中心部で最も人気のある緑地「ルットプイスト」(Plague park)、ヘルシンキの南東に位置する歴史ある「カイヴォプイスト公園」などです。
 
オーロラの名所である「レヴィ」(Levi、フィンランド北部にあるキッティラ空港の近く)を筆者は訪れていませんが、ヘルシンキとその周辺を観光した時に上記のほとんどの場所に立ち寄りました。とは言っても、映画ではそれらの場所に特別感が加味されています。これはオーストリアのザルツブルクを舞台にしたミュージカル映画「サウンドオブミュージック」のケースと同様といえるでしょう。□

2018年9月28日 (金)

東濃の山城「岩村城址と苗木城址」を訪ねるドライブ旅(その3) 「保古の湖」の畔を散策

午前630分ころに自室を出て、県道413号の歩道を保古の湖方面へ向かいました。右手には「くの字形」に折れ曲がって北と東に伸びる「保古の湖」の東端付近が見えてきました。
 
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湖畔にはグラウンドゴルフ場(林間コース)も見えます。「国民宿舎恵那山荘」でもらった案内地図で確認すると、林の右奥にはひろばコースとグラウンドコース、そしてマレッとゴルフ場が広がっているようです。
 
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さらに坂道を下ると「保古の湖」のボート乗り場付近にでました。左側には人工的に造られた真っ直ぐ続く堰堤(えんてい)らしきものが確認できます。
 
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堰堤まで歩きました。ボート乗り場越しに見る「保古の湖」の北方向です。
 
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堰堤の下にテントが見えますから、保古の湖キャンプ場があるようです。
 
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南方向の山々は中津川市の天狗森山(1338m)と橋ヶ谷山(1421m)に続く山並みでしょう。
 
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堰堤を歩ききった場所で見かけた礎石には「平成2年~3年度 保古の湖修繕第1期第2期工事」と表記されていました。
 
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その近くに鳥居がありました。
 
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「保古の湖」の石碑には農地開発事業(107ヘクタール)の一環として保古の湖は、大正10年に起工、昭和8年に完成したことが説明されています。
 
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石段を上がった場所に祀られているのは「水神様」
 
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鳥居の前を通過した先に下り階段がありました。案内地図で確認すると、「保古の湖」を周遊するハイキングコースのようです。この付近が保古の湖キャンプ場の中心部と思われます。そこで、プライバシーに配慮してキャンプ場内の撮影は遠慮しました。
 
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ハイキングコースは右手の小高くなった場所から「保古山」(標高969m)の頂上付近にある「展望台」を経由して「保古の湖」を一周(約80分)しています。また、健脚の方には「保古の湖」の東にある「根の上湖」を周遊するコース(約40分)と組み合わせることもできるようです。
 
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周辺を確認すると、水位が上昇し過ぎた時に、余分な水を放流(オーバーフロー)する施設が設けられていました。
 
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ここで引き返すことにしました。写真は堰堤によって堰(せ)き止められて「保古の湖」が出来ていることが良く分かります。遠方には恵那山が雲間から姿を現し始めています。
 
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南方向の山々も雲がとれました。
 
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ボートに乗って釣りをする人がいます。
 
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(続く)

2018年9月23日 (日)

Halycatフィンガーマスターでピアノ演奏のスキル向上を図る

ピアノの練習をしていて小指と薬指が他の指とは異なり思い通りに動かないことが気になっていました。ネットで練習方法を検索すると、①毎日2時間練習する人は最初の30分を「ハノン」(指の訓練のための教則本)に当てる、②様々な効果がバランスよく配置されている曲を練習の最初に弾く(ウォータールーの戦い・キラキラ星変奏曲)、③指を鍛える道具で弱い指を中心にトレーニングする、などの方法が紹介されていました。

 

小指と薬指(特に小指)を安直に訓練(強化)したい私は③を選択。ネット検索すると指を強化する道具が何種類も見つかりました。そこで、アマゾンで販売している商品の中から中国製のHalycatフィンガーマスター(699円)を選んで注文すると、翌日には自宅に届きました。注、中国語の商品名: Hand Grip(指力器)

 

外観は子供向けの玩具のようで頼りないのですが、握ってみると質感があって、良く手に馴染みます。また、人差し指から小指までの4本を載せるピストンバルブのような部分(上部には滑り止めがある)は好みに従い各々独立して反発力の強さを調整できることも優れた点です。
 
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ちなみに、反発力の調整は手のひらが当たる白い部分(カバー)を外して、内部にあるツマミを回転させることでできます。時計回りは弱くする方向で、反時計回りが強する方向です。そして、この調整をしたあとにカバーを元通りに取り付けようとした時にあることに気づきました。カバーには手の平(親指の付けがふくらみ)に合わせて窪(くぼ)みを付けてあるのは良いのですが、カバー側には本体と接続する円柱の突起が等間隔に設けてあり、本体側も構造が対称的であるため、カバーはどちら向きにでも差し込めるのです。つまりカバーを被(かぶ)せる方向によっては、小指が当たるべきピストンバルブが人差し指のピストンバルブと入れ変わってしまうことが唯一の欠点と言えます。
 
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さっそく使ってみました。至って簡単な動作(運動)であることは良いのですが、そのため何回か動作を反復しただけで飽きてしまうことに気づきました。それを避けるには、何か別のことをしながら(例えばテレビを観ながら)行うのが良いと思います。折角手に入れた文明の利器ですから、ピアノの練習を始める直前はもちろん、空いた時間を見つて指の訓練を毎日続けるつもりです。

2018年9月 2日 (日)

ピアノの練習成果と近い将来の目標

古希を迎えたことを契機として始めたピアノの練習はちょうど3年半を迎えました。私と相前後してピアノ教室に通い始めた二人の孫娘たちは着実にレベルアップしているようですが、頭と体に不調をかかえる私は超低空飛行を続けながら、「入門編」と「初級編」のテキスト(教本)に続いて、より本格的な楽曲を集めた「レパートリーB」を経て、やっと「レパートリーC」に入りました。注、「基礎編」と「レパートリーA」は易しすぎるためスルー(パス)

 

「レパートリーB」に掲載されている主な曲名を挙げると、「星に願いを」(ディズニー映画「ピノキオ」の主題歌、リー・ハーライン作曲)、「愛の夢」(リスト作曲)、「ロミオとジュリエット」(同名映画の主題歌、ニーノ・ロータ作曲)、「ドナウ河のさざなみ」(ヨシフ・イヴァノビッチ作曲)、「家路」(アントニン・ドボルザーク作曲)、「サバ(あるいはシバ)の女王」(ミシェル・ローラン作曲)、「モルダウ」(ベドルジハ・スメタナ作曲)、「シェルブールの雨傘」(ミシェル・ルグラン作曲)、「追憶」(マーヴィン・ハムリッシュ作曲)、「サウンド・オブ・ミュージック」(同名映画のオープニング曲、リチャード・ロジャース作曲)、「美しく青きドナウ」(シュトラウス2世作曲)、「別れの曲」(フレデリック・ショパン作曲)などです。

 

ここに挙げた楽曲の作曲家あるいはく曲名の多くが中欧のポーランド、チェコ、オーストリア、ハンガリーに所縁(ゆかり)があるものです。

ポーランド: ショパン

チェコ: ドボルザーク、スメタナ

オーストリア: サウンド・オブ・ミュージック(ザルツブルク)、シュトラウス2

ハンガリー: リスト

当ブログを読まれている方にはお分かりだと思いますが、今春に中欧旅行へ出掛ける動機づけのひとつとなったのは、これらの曲をピアノで練習したことにあったのです。

 

ちなみに、「レパートリーC」は「ムーン・リバー」(映画「ティファニーで朝食を」の劇中歌、ヘンリー・マンシーニ作曲)で始まり、「枯葉」(コスマ作曲)、「嘘は罪」(メイヒュー作曲)、「ジムノペディ」(サティ作曲)、「乙女の祈り」(バダルジェフスカ作曲)、「トロイメライ」(シューマン作曲)、「ある愛の歌」(フランシス・レイ作曲)、「ラデツキー行進曲」(シュトラウス1世作曲)、「エリーゼのために」(ベートーベン作曲」、「トルコ行進曲」(モーツアルト作曲)、「雨だれの前奏曲」(ショパン作曲)、「ノクターン」(ショパン作曲)など私がピアノで演奏してみたいと思う楽曲が多く含まれています。

 

これらが弾けるようになった暁には、「幻想即興曲」(ショパン作曲)や「春なのに」(中島みゆき作曲)など、いつかはピアノで演奏してみたい楽曲にも挑戦したいと思っています。

前者はピアノの練習を始めた多くの人たちが目標とする曲(10年以上の練習が必要?)であり、後者は今から27年前、アメリカに住んでいた時にかなりの高額で購入したアップルのパソコンで自動演奏して楽しんだ楽曲のひとつでした。自動演奏アプリ(シークエンサー・ソフト)をインストールした「マッキントッシュⅡsi」にMIDIインターフェースで電子キーボード(カシオ製)を接続する構成です。楽曲の複雑な音符をデータとして入力すれば、ピアノやオルガンなど好みのサウンドと任意のテンポで、しかも何度でも自動演奏させることができました。注、シークエンサーとは複数の電子楽器(シンセサイザーなど)の使用タイミングを、事前に設定したとおり、自動的に送り出す装置または機能

その時、いつかは自分の手で演奏したいと思ったものですが、30年後にはその夢が叶うかもしれません。ぜひ、そうありたいと思います。

2018年6月 5日 (火)

中欧3か国を巡る旅(その37) ウィーン旧市街観光(自由行動⑤) ウィーン・モーツァルト・オーケストラの演奏会

通常のトラム(2番)に乗ってリングトラムに乗りながら確認したバス停まで移動しました。ちなみに、バスの路線番号は”74A”。ちなみに、左端に写る建物は「オーストリア応用美術博物館」。注、”HALTESTELLE”は停留所、“A”は”AUTOBUS”のイニシャルではなく、”A””B”の2つのグループがあるうちの”A”
 
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当初の心積もりでは、旧市街の南東にある(トラムDのシュロス・ベルヴェデーレ駅に近い、宿泊するホテルから約1.5kmの距離)[ベルヴェデーレ宮殿(上宮)]へ出掛けて、クリムトやシーレなどの展示を鑑賞することにしていました。もちろん、わが家にポスターがあるクリムトの「接吻」(1908年に描かれた絵画)を鑑賞するためです。しかし、時間的には可能ですが取り止めて、ホテルの自室で1時間余り休憩することにしました。夜のクラッシク・コンサートを鑑賞するためには観光用のカジュアルな服装をフォーマルなものに着替えることも必要です。

 

バスに乗って市立公園脇の“Stubentor U”停留所まで戻り、2時間後にはStubentor”(シュトゥベントール)駅でトラムに乗車し、市立公園の前を通過します。
 
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「ウィーン国立歌劇場」近くの”Kärntner Ring, Oper”停留所に到着。
 
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「ケルントナー通り」から右手のマーラー通り(アーケード街)に入りました。
 
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夕食の会場はオーストリア料理の人気レストラン“BRISTOL LOUNGEです。「楽友協会」で開催される夜のコンサートと夕食がセットになったコースを事前に予約してありました。
 
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ウィーンの中心部の人気レストランらしく、高級感が漂う落ち着いた雰囲気があります。
 
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前菜に次いで「牛肉のカルパッチョ」(Rindercarpaccio)が配膳されました。ロケットの葉(ルッコラ)とパルメザン・チーズがトッピングされています。
 
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この日はオーストリアで主流である白ワインをあえて注文
 
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メイン料理はスィート・ポテトのクリームおよび茹(ゆ)でたブロッコリーを添えた「サーモン・トラウト(切り身)の焼き物」(Gegrilltes Lachsforellenfilet)またはハンガリー風牛肉煮込みの「オニオン・グレービーソースをかけたロースト・サーロイン・ステーキ」(Alt Wiener Zwiebelrostbraten)から選べます。ちなみに、後者はガーデン・ビーンとフライド・ポテトがトッピングされています。
 
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デザートはホワイトチョコレート・ソースおよびピスタチオ・アイスクリームと組み合わせた「モーツアルト・クノーデル」(Mozartcnodel)。ちなみに、「クノーデル」はジャガイモの団子で、「モーツアルト」を冠しているのは無類のお菓子好きであったモーツアルトに由来すると思われます。
[作り方の例] 皮を剥(む)いて茹(ゆ)でたジャガイモを潰(つぶ)し、バター/セモリナ粉/塩/卵黄/粉糖と混ぜ、捏(こ)ねて生地にしたものを麺棒で延ばて約2時間待つ。それを巻いて、適当な大きさに切り、それぞれを団子に成形して約10分間茹(ゆ)でた後、水を除いてからバターを入れたパン粉を塗(まぶ)して完成。
 
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こちらが夕食とクラッシク・コンサートがセットになったチケット(シルバー・パス)の料金は1人100ユーロ(約1万3000円)です。ちなみに、座席はカテゴリーCの1列目6番 注、郵送してもらったため2人分の合計金額は212.9ユーロ
 
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日没したリング通りを歩いて「楽友協会」へ向かいます。ちなみに、「モーツァルトVIPチケット」(320ユーロ)を購入するとレストラン「オープス」からコンサート会場までの辻馬車フィアカーサービスなどを受けられます。
 
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昼間にも訪れていますから、迷わず最短コースで到着したころには、急に薄暮となりました。
 
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受付けのようなショップは、午後のガイド・ツアー後に立ち寄って、「楽友協会」の写真集を買い求めた場所です。
 
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大きな手荷物や外套などはホールに持ち込めませんからクロークへ立ち寄った後、開演30分前にチケットの種類ごとに指定された階段で2階へ上がりました。チケットはブラームスホールの各入口で担当者が確認します。ただし、日本のようにチケットの捥(も)ぎりはありません。
 
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「ブラームス・ホール」は観客がまだ疎(まば)らです。”B”席と”C”席の間に柱があることが気になり、後で調べると、完成後にホールを縦長に変更したためでした。
 
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チケットの種類と座席の関係を説明します。VIP席は両側にある2階席(バルコニー)の前半分、上級席は舞台に一番近い正面のエリア、その次は“A”、”B”、”C”の順。そして、2階席(バルコニー)の後ろ半分は”B”に、舞台の後ろの2階席は”C”に、後方2階席(バルコニー)の最前列は”A"席、その後方は”C"席に指定されています。ちなみに、総座席数は601。

 

徐々に客の数が増えたところで、2本の柱の間からも撮影。左側の壁にはブラームスの胸像のようです。ちなみに、”C"席は一番後ろですが、”B"席よりも一段高くなっており、しかも我われの席はその最前列ですから、前の席に座る人の頭を気にする必要はありません。つまり、ほぼ写真のように舞台の演奏者を見ることができます。
 
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開演3分前になると、当時の様式に従った豪華な衣裳と鬘(かつら)をつけた「ウィーン・モーツアルト・オーケストラ」の団員がステージに登場。ズームアップしながら慌てて撮影したため手振れ写真になってしまいました。綺麗な写真が「ウィーン・モーツアルト・オーケストラ」のhpで見ることができます。
 
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ここから先(演奏中)はカメラ撮影ができません。

 

演奏曲目はモーツアルトの名曲集的な内容が続きました。ドン・ジョバンニから序曲、アリア、デュエット、フィガロの結婚、魔笛、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、などのセレナーデ、交響曲40番、同41番「ジュピター」、ピアノ・バイオリン・フルートコンツェルトなど。そして、フィナーレは「ウィーンフィルのニューイヤー・コンサート」のアンコール曲であるシュトラウスの「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」が演奏されました。後者ではお決まりの手拍子を観客に求めるサービスもあり、500名弱の観客は大いに盛り上がりました。

 

約1時間40分のクラッシク・コンサートが終わり、正面の大きなドアを開けて外に出ました。
 
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トラムの最寄り駅であるシュヴァルツェンベルクプラッツ(Schwarzenbergplatz)駅まで歩き、トラムに2駅乗車したあと、路線番号は”74A”のバスに乗り換えました。次の写真はホテルの近く、”HEINBURGGASSE”(ハインブルク通り)停留所に差し掛かったころのバス内です。ちなみに、2両連結のワンマンカーの座席は横3列。
 
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(続く)

2018年5月31日 (木)

中欧3か国を巡る旅(その34) ウィーン旧市街観光(自由行動②) 楽友協会のホール見学

15分後の午後1時からのガイドツアーに参加するため、楽友協会Musikverein/ムジークフェライン)へ向かいました。トラム(市電)のオーパー/カールスプラッツ駅から東方向へ一駅先(約400m)、シュヴァルツェンベルクプラッツ駅の近くにありますが、購入したばかりの共通チケットを利用してトラム(市電/路面電車)に乗るよりも、歩いた方が確実に時間短縮できると考えました。ちなみに、車道側にはレールが写っています。
 
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が広い歩道の青く塗られたエリアは自転車専用レーンです。
 
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シュヴァルツェンベルク宮殿へ向かう通りとの交差点にある横断歩道を渡って南方向(同宮殿方向)へ向います。
 
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次の交差点で右に折れてロートリンガー通りを200m弱歩くと、ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートのテレビ中継の冒頭シーンで映し出される「楽友協会」のカラフルな建物の裏手に到着しました。定刻までまだ5分以上ありますから大丈夫でしょう。
 
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ロートリンガー通りから右に折れて「楽友協会」の正面に出ました。1812年に設立された楽友協会のこの建物はウィーンの国会議事堂を設計したテオフィル・ハンセンという有名な建築家の手によって1870年に完成しています。
  
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と思ったのも束の間、正面中央の入口は閉じられていたことで、小さな不安が脳裏を過(よ)ぎりました。
 
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それではと、いくつも並ぶドアを確認すると、すべてのドアは鍵が掛かっています。私の行動を見た通行人が建物の横(ホテル・インペリアル側)を指差してくれました。2つある入口のうち、右側の方には”KONZERTKASSA”(コンサート・レジ/BOXオフィッス)と表示された入口があり、ドアが開いていました。入口を見つけたのは定刻の4分前! ちなみに、“ACHTUNG STUFE“は『階段(段差)注意』です。
 
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窓口にネット予約の写しを提示して「ガイドツアー」(英語)のチケットを発券してもらいました。2分前!! ちなみに、“Gesellschaft der Musikfreunde は「ウィーンの音楽愛好家協会」、つまり「ウィーン楽友協会」を意味します。注、通称は”MUSIKVEREIN”
 
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ガイド役の男性にしたがって奥へ進みます。
 
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ロビーへ移動したところで、その男性から「楽友協会」の概略と見学時の注意事項(ホール内は撮影禁止など)の説明がありました。
 
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ウィーン音楽大学(ウィーン・アカデミー)の教授や学生が中心になって古楽の演奏活動している「ウィーン・アカデミー管弦楽団」のポスターが貼ってありました。注、古楽は古典派音楽より古い時代の西洋音楽(中世西洋音楽/ルネサンス音楽/バロック音楽の総称)
 
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左手にあるかなり急な階段で2階へ上がるとツアーの本番であるコンサートホール巡りが始まりますが写真撮影ができません。最初はブラームス・ホール(ブラームスザール)、客席が約600席と小ぶりなホールです。楽友協会のコンサートで3年間指揮をしたヨハネス・ブラームスの功績を称(たた)えて小ホールの名前に使われたとのこと。その隣にある大ホール(通称:黄金の間)はウィーンフィルのニューイヤー・コンサートに使われるホールで、客席数は1680。この大ホールは、ギリシャ神殿の建物の比率を真似しており、しかも舞台//椅子/壁などに木が使用され、吊り天井/内部装飾/床の大空間などが見事に調和して(つまりホール自体が楽器となり)世界一と称賛される素晴らしい音響効果を生み出しているそうです。
 
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大ホールで詳しい説明を受けたあとは地下へ移動し、全部で4つあるというホール(2004年完成)を、ガラスのホール(上方から舞台が見られる席を含めて座席数380)、メタルのホール(客席数126)、石のホール(客席数70)の順に見学しました。なお、バンケットルーム(宴会場)などとして使用される木のホールはスルー。
 
この間に大変なハプニングが起こりました。国内外を問わず旅行中は詳細な情報をiPhoneにメモするのを習慣にしている私は、今回は歴史的・文化的な関心事が多い3か国ですから、メモする内容が『微に入り細に入り」になっていました。しかし、プロローグの「久しぶりの欧州旅行」に書きましたように楽友協会の大ホールで説明を受けている時、長年憧(あこ)れていた場所にいることに気持ちが高揚したせいか、我を忘れた私はそれまで記載してきた詳細メモを誤って消去してしまったのです。茫然(ぼうぜん)自失に陥った私は復活する裏ワザ(iPhoneを強く振る動作)を実行することに思いが至りませんでした。悔やんでも悔やみきれません。
  

「ホテル・インペリアル」の脇にある路地を抜けるとリング通りに出ることできました。先ほどは大きな道路の記憶にしたがったため、迂闊にも迂回するルートを選んでしまいました。
 

リング通りとケルントナー通りを歩いて「シュテファン大聖堂」へ向かいました。
 
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大聖堂前の広場でバイオリンとマイクを手に持った若い男女のグループがいました。大学のコーラスグループのようです。
 
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(続く) 

2018年1月10日 (水)

「マツコの知らない世界スペシャル」にYOSHIKIさんが出演

1月9日(火)の夜、TBSテレビで「マツコの知らない世界」の正月スペシャル番組(20:5722:54)が放送されました。ちなみに、この番組は新しいジャンルのテーマをより身近な情報に変換して紹介することが狙いのようです。最初のコーナーはいつも通りにマニアックなテーマである「デリバリーグルメ!」に続く「YOSHIKIの全てを知るさかいさん」のコーナーに”X JAPANYOSHIKI”さん自身がマツコさんの前に現れました。注、「さかいさん」はYOSHIKIさんの熱烈な女性ファン
    

マスコミに素顔をほとんど露出しないYOSHIKIさんがこともあろうにマニアックな番組「マツコの知らない世界」に出演したのです。独特な切り口で出演者に迫る(出演者の魅力を引き出す)マツコさんとのトークにはリスクがあるはずなのに・・。私の憶測ですが、それを承知でこの番組に出演した理由はNHK紅白歌合戦では時間の制約で告知できなかった映画”We are X”を視聴者に伝えることが主目的なのかもしれません。 

 

しかし、コーナーが進むにつれ、出演することのリスクが杞憂であることが分かりました。マツコさんならではの絶妙なトークがYOSHIKIさんの素顔と魅力を見事に浮き彫りにして行くことになったのです。YOSHIKIさんの生い立ちに始まり、X JAPANを結成する経緯、派手なパフォーマンスを行うビジュアル系ロックバンドとして人気絶頂期の解散、ロックとクラシックの融合を経てビジュアル系を脱したX JAPAN10年後に再結成したことなどを、「さかいさん」が進行役になって振り返えりました。 

 

ストイック過ぎることへの心配に関して頚椎の手術(注、頚椎人工椎間板置換手術)とドラム演奏の休止、1990年代にはレコード会社の期待にもかかわらず曲への拘りから多数のCDをリリースしなかったこと、その背景にあるのは100年先にもX JAPANの曲を聴いて貰いたいとのYOSHIKIさんの思い、YOSHIKIさんを襲った悲劇(ToshIさんの脱退、X JAPANの解散、数ヶ月後にはHIDEさんの死)、亡きHIDEさんのため1か月後に作った曲”Without You”が再結成されたX JAPANに再び生命力を与えることになったことをYOSHIKIさんの言葉と当時のミュージック映像で紹介。 

 

プロデューサーとしてのYOSHIKIさんの顔について、着物、ワイン、香水、クレジットカード、キティーちゃんの例を挙げて紹介したあと、YOSHIKIさんがスタジオで”Foever Love”をピアノ演奏。曲の余韻を残しながら、X JAPANの歴史を振り返るコーナーはエンディングを迎えました。 

 

最後のコーナーは老舗和菓子屋”とらや”(御三家和菓子)」と、これも大きなテーマでした。最初はいつもの軽い調子でスタートした番組も、スペシャルらしく凝った構成に引き込まれいるうちに、2時間があっと言う間に過ぎ去りました。

2017年5月 5日 (金)

モヤモヤさまぁーず2 『ありがとう10周年”歴代メンバー全員集合“3時間半SP』 を観る

「モヤモヤさまぁーず2」が2007年4月に放送を開始してから10周年を迎えた記念番組が4月30日(日)に3時間半にわたって放送されました。この番組は深夜番組としてスタートしましたが、2010年にゴールデン時間帯に移り、現在はテレビ東京を代表する番組として不動の地位を築いています。

 

特番には常連の「さまぁーず」に加えて歴代のアシスタントたちが出演しました。初代の大江麻理子キャスター(報道局)、二代目の狩野恵理アナウンサー(編成局)、そして三代目で現役の福田典子アナウンサー(編成局)、個性が異なる3人です。

 

特番で訪れる場所も3か所が選ばれました。まずは、「モヤモヤさまぁーず2」の初回ロケ地であった北新宿を現役の3人が再訪。次いで大江麻理子キャスターが参加して長野県上田市、そして全員が参加した長野県松本市へ舞台が移りました。

 

私が注目したのは、もちろん大江麻理子さんです。現在は経済報道番組のWBSのメインキャスターを務めているため、最近は硬いイメージが強くなりましたが、4年ぶりのバラエティ番組にも自然に溶け込んでいました。狩野キャスターは不器用ながら相変わらず一生懸命で、その元気なキャラクターをいかんなく発揮していました。

 

上田市と松本市は何度も訪れていますので、上田城松本城など、「さまーず」が立ち寄る先の興味よりも、出演者のキャラクターの違いを楽しむことにしました。番組の詳しい内容には触れませんので、見どころをお知りになりたい方はテレビ東京の関連hpYouTubeにアップされた公式配信ビデオの歴代アシスタントからひと言」「モヤさまネット・オリコンッ」「近況報告」「先輩2人に質問」を参照してください。

 

最期の松本市では、サッカーJ2松本山雅(やまが)FCの選手と対戦した狩野恵里キャスターがPK戦および短距離走に挑み狩野パワーを全開。そして、同じく狩野恵里キャスターの牧伸二風の破茶滅茶なピアノの弾き語り「10周年記念ソング」(注、2016年10月に披露した卒業ソングに続く第二弾)と大江麻理子キャスターのコメントで盛り上がり、長いと思われた3時間半があっという間に経過して、エンディングを迎えました。「モヤモヤさまーず2」の番組はもちろんのこと、大江麻理子キャスターのファンである私にとって至福の3時間半特番になりました。

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